GetBackers -奪還屋- Parallel Universe 作:世紀末ドクター
―――場所は変わって学園長室。
蛮と銀次の二人がアルビレオに同行して学園長室に到着した時、すでにそこには学園長と高畑、マリーアの3人が集まっていた。
マリーアの姿を認めた蛮は、彼女に訊ねる。
「マリーア、木乃香ちゃん達はどうした?」
「勿論、全員無事よ。まあ、地上に戻る途中で、どっかの誰かさんが操るゴーレムが襲って来たりとかしたけどね?」
そう言って、チラリと学園長の方を見るマリーア。
学園長の額にはどこかにぶつけたかのような傷がある。その傷跡で蛮はマリーア達が地上に戻る時に一体どんなことが起こったのか大体の事情を察した。
蛮は少し呆れたような顔で学園長に言った。
「じいさん…悪戯は程々にしといた方が良いぜ?」
「フォフォフォ、マリーアさんにも同じことを言われたぞい。ただ、マリーアさんからは『やるなら確実に安全を確保してからやれ』とも言われたがの」
それは注意するところが違うんじゃないか?
蛮と銀次の二人は内心でそう思ったが、そういえばマリーア自身も結構な悪戯好きであることを思い出した。
実際、最初にマリーアに会った時の銀次など、いきなり心臓を抉り出されていた。いくら『神の記述』のカードの力の説明の為だったとはいえ、あれはどう考えてもやり過ぎである。
正直、あれに比べたら、学園長がやらかした程度の悪戯は全然マシに思える。蛮は「まあ、いいか」と思考を切り替えると学園長に言った。
「まあ、結果的には何事も無かった訳だしな…。それより報告が一つあるぜ」
「うむ、既にマリーアさんから大体のことは聞いておるよ。しかし、アル君まで図書館島から出て来るとはの…?」
そう言って、学園長はアルビレオの方を少し意外そうな顔で見た。
この男は、本当に滅多なことでは図書館島の地下に籠ったまま出て来ない。
この男が図書館島の地下から出て来たということは、それだけ面倒な厄介事であるということの裏返しでもある。
そして、アルビレオは学園長に自分の目撃した内容を語った。
―――図書館島地下のドラゴンを殺した少女と思しき人物。
大戦の英雄であるアルビレオをして、下手に追跡していたら殺されていたと言わしめるほどの相手。
すでに蛮と銀次は聞いた話であるが、改めて話を聞いてみると、やはりどうしても蛮と銀次には『ある存在』のことが頭にチラつく。
「正直、あれほど絶望的な力の差を感じたのは、先の大戦の『黒幕』と思しき人物と相対した時以来でしたよ。…いえ、あの時以上ですね」
自分では勝てないと、アルビレオは断言した。
アルビレオで勝てない以上、この学園の魔法使いで対処できるレベルを超えているのは確実。そして、それは必然的に蛮と銀次に出番が回ってくることを意味する。
アルビレオからの報告を聞いた学園長は蛮と銀次の方へチラリと視線を向けた。そして、その視線を受けた蛮は、学園長に対して一応の釘を刺して置くことにした。
「じいさん、言っとくが迂闊なことを考えんなよ? 多分だがあのドラゴンを殺した奴の強さは『雷帝』と同じレベルだ。万が一にも『本人』だったら最悪この都市が丸ごと更地になるぜ?」
「ふむ…『雷帝』とは何じゃね?」
聞きなれない言葉に当然ながら学園長が反応する。
蛮は腕を組んだ姿勢のまま、面倒くさげに学園長の問いに答えた。
「表向きには、俺らの世界での銀次の『通り名』だよ。つっても、ただの通り名って訳でもなくてな…。少し前まで銀次の中に居た『別の人格』さ」
そうして、蛮は『雷帝』について知っていることを、学園長に説明する。
銀次の怒りの感情が高まった時や、彼が命の危機に陥った時に現れていたもう一つの人格。
文字通り無限のエネルギーを内包し、物理法則すらも超越した圧倒的な攻撃力と回復力を持つ最強クラスの怪物。
そして、かつての無限城で『呪術王』との戦いで相討ちになって消滅したはずの存在である。
つまり、本来なら既にこの世に存在するはずがない。
存在するはずがないのだが―――
「それでも、君らはドラゴンを殺した者がその『雷帝』かもしれないと疑っておると?」
「…流石に『本人』かどうかまでは知らねえよ。けど、少なくとも相手がそのレベルの実力者って想定をした上での対策をとる必要はあるだろうぜ」
「ふーむ、対策といってものー…」
話を聞けば聞くほど、規格外の相手としか言いようがない。
無論、相手が本当に『雷帝』だと決まった訳ではない。だが、赤屍と同等レベルの強さを持つ『雷の使い手』など、蛮と銀次の知る限りたった一人しか存在しない。
特に『雷帝』の場合、攻撃の威力だけでなく攻撃範囲も桁外れに広い。真っ向からの戦闘になれば、周囲に雷がまき散らされ、周囲への破壊もシャレにならないレベルになる。
正直、敵対や戦闘が避けられるならそれに越したことは無い相手である。
「つまり、その人物と接触しても極力刺激しないようにするしか対策が無い訳じゃろ? 万が一、相手が敵対的だった場合はどうするんじゃ?」
「そうだな。万が一、敵対するなんてことになった時には、俺と銀次が出張ってやるさ」
余り気は進まねえけどな、と蛮は自分の首の後ろを掻きながら返答する。
本気で真っ向から戦うことになれば、間違いなく命懸けになる。はっきり言って、割りに合わないとも思うがやらない訳にはいかない。
今回の厄介事について言えば、大元は蛮達と一緒に飛ばされた『神の記述』のカードが原因である可能性があるからだ。もっともその可能性についてまで、学園側に公開するつもりは蛮達には無かったが。
「君らなら勝てるのかね?」
「勝つさ。仮に『本人』が相手だったとしてもな」
蛮は言い切った。
凄まじい強敵であることは間違いないが、絶対に勝てない相手という訳でも無い。
それならば、残された問題は―――
「あとの問題は、万が一に戦闘になった時に周囲への被害をどうやって最小限に防ぐかだ。……相手を倒してもこの街が更地になったら意味がねえからな」
実際、周囲への被害を防ぐということが一番難しい。
場合によっては住民の避難などといったことも必要になるかもしれないが、流石にその辺りは学園側の協力も必要になるだろう。
その辺りの調整は今後も詳しく詰めていく必要がある。
(まったく、ホント思った以上に面倒くせえことになりそうだぜ、こりゃあ)
そんなことを考えながら、蛮達は学園側との話し合いの内容を詰めて行ったのだった。
◆
そして、学園長室での話し合いを終えた帰り道。
学園長室での話し合いが思った以上に長引いたせいで、今はもう明け方だ。
明け方の肌寒い空気の中、蛮、銀次、マリーアの三人は街の通りを歩いていた。
(あ~…くっそ眠いぜ)
結局、ほぼ徹夜な訳でかなり眠い。
通りの歩道を歩きながらも、ついつい欠伸が出てしまう。
そして、蛮が欠伸をしたのと同じタイミングで、ふと銀次が足を止めた。
蛮は怪訝に思い、振り返って銀次に問いかける。
「…? どうした、銀次?」
「あのさ、蛮ちゃん、さっきからずっと考えてたことがあるんだけど―――」
そういえば、学園長室での話し合いのときも、銀次はほとんど口を開かずに何か考え事をしていたようだった。
なにやら思い詰めたような感じの表情をした銀次。そして、そんな彼の口から次に出た言葉は、蛮やマリーアを思わず唖然とさせるようなものだった。
「―――もしも、相手がオレ達の知ってる『雷帝』で、戦わなきゃいけない状況になったとしたら、オレ一人で戦わせてくれないかな?」
一瞬、蛮は銀次が何を言ったのか分からなかった。
思わず「何言ってやがんだ、テメェは」といった風な表情を浮かべてしまう蛮。
そして、当然と言うべきか、マリーアも蛮と同じ顔をしている。
「銀次…お前、自分で何言ってるか分かってるか?」
蛮がそう聞き返すのも無理はない。
そもそも、あの『雷帝』の強さを銀次が知らないはずがない。あの存在が赤屍と並んで最強の一人であることは今さら疑いようがない。
そんな怪物に対して、わざわざ数の優位を捨てて、一対一の戦いに拘る理由など何処にも無いはずである。
しかし、銀次にだけは拘りたい理由があった。
「勿論、分かってるよ。けど、オレ、もしも『雷帝』に会えたら、言いたい事っていうか、言わなきゃいけない事があるんだ」
「言わなきゃいけない事?」
蛮は視線で訊き返した。
そして、蛮からの視線を受けた銀次は一つ頷くと、少し寂しげな顔で言葉を返した。
「うん―――ずっと、独りにしたままでゴメン、ってさ」
その言葉に、蛮とマリーアは今度こそ呆気にとられた。
思わず蛮とマリーアの二人はお互いに顔を見合わせてしまう。
蛮にもマリーアにも、銀次の言っていることが最初は全く分からなかった。
「銀ちゃん、それって……」
今度はマリーアが聞き返した。
やはり、理解出来ないという様子の蛮とマリーアの二人。
そして、銀次は自分の右手を胸に当て、胸の内を探るように銀次は言葉を紡ぎ出した。静かに、しかし確実に。
「確かに『雷帝』はオレの中にずっと居たよ? 実際、『雷帝』がオレに力を貸してくれなかったら、オレはとっくに死んでるだろうし、何度も助けられてる。けど、オレ自身は『雷帝』のことを、どれだけ理解してあげられてたんだろう…」
どこか悔いるような銀次の声。
蛮もマリーアも、静かに語る銀次の話をただ黙って聞いていた。
「今にしても思えば、欠片も理解なんてしてなかった。むしろ遠ざけようとしてたと思う。だから、多分、その所為で『雷帝』はずっと独りだった。一番近くに居たはずのオレですらが遠ざけようとして、理解しようとしなかったから…」
銀次が語る言葉に、蛮とマリーアは言葉をなくしていた。
確かに言われてみれば、本当の意味での『雷帝』が表に出て来たのは、かつての無限城での戦いで呪術王と戦った時の一度きりだ。
それまでの間、銀次に『雷帝』の力を貸すことはあれど、決して自分から表に出てはいない。誰とも会話せず、誰とも触れ合うこともなく、ただ銀次の中の影の人格として存在していただけだ。
そういう意味では『雷帝』が独りだったという銀次の言葉は決して間違ってはいないだろう。
(普段はバカのくせに、こういう所は本当に鋭いんだよな、コイツ…)
銀次の話を聞いて、蛮はそう思った。
今更ながら、こういう優しさだとか、思い遣りだとかの面では、自分は銀次には勝てないと蛮は思う。
蛮の性格上、絶対に口には出してやらないが、蛮は内心でそう思いながら聞き返した。
「アイツ自身は、自分の境遇を孤独だとか、寂しいだとか、別にそういう風には思ってなかったかもしれねえぜ?」
「うん、まあ、確かにそうだったのかもしれないよ?もしかしたら、自分からそう望んでの結果だったのかもしれないし、今、オレが思ってることだって本人にしてみれば、余計なお節介なのかもしれない。けど―――」
そこで銀次は一度言葉を切った。
そして、銀次は一呼吸おいた後、続きの言葉を口にした。
「―――けど、きっと『雷帝』には名前すら無かった。オレには、それがとても哀しいことだとしか思えない」
ある意味、それは決定的な言葉だったかもしれない。
言われてみれば、雷帝というのはあくまでも称号であって、人間としての名前ではない。
名前すら与えられず、誰とも触れ合うこともなく、持っているのは化け物じみた強さのみ。それを孤独と言わずに何と言う。それがたとえ自ら望んだ結果だったとしてもだ。
「これまでのことを振り返って思ったよ。はっきり言って、雷帝がずっと独りだったのはオレの所為だって」
まるで自嘲と後悔が混じったように銀次は言った。
そして、少し間を空けた後、今度は強い意思を宿して口を開く。
「だから、もしも雷帝に会えたら、オレは今度こそちゃんと向き合いたいんだ。もしも戦わなきゃならないとしても、その相手はオレじゃなきゃ駄目だと思う」
強い意思の宿った言葉だった。
銀次が雷帝の桁外れの強さを知らない訳はない。戦うとなれば、最悪の場合、死ぬ可能性すらある相手である。
しかし、それでも譲れない理由が彼にはあった。最初に銀次が雷帝と一人で戦いたいなんて言い出したときは、気でも触れたのかと思ったが、聞いてみると確かに銀次らしい理由だと思う。
そもそも、天野銀次という少年がこういう人間でなければ、蛮は彼と『奪還屋』を組んでなどいなかっただろう。
「ねえ、蛮ちゃん。これってオレの我が儘かな?」
「いや…多分そうでもねえよ」
銀次からの問いに蛮はそう答えた。
正直、真っ向からの戦闘になれば、銀次では少し力不足だという気がしないでもない。
だが、いざという時に本当に『雷帝』を止めることが出来るのは、銀次だけのような気がする。銀次の話を聞いて蛮はそんな風に感じていた。
蛮は少し視線を強めながら銀次に言った。
「だがな、銀次。この俺様を差し置いてまで、わざわざ一人で戦うって言ったんだ。もしも戦いになって、負けやがったら承知しねえぞ」
それはつまり、銀次に任せるということだ。
蛮からの言葉を受け取った銀次は、首肯して答える。
「わかってる。絶対、負けないよ」
もしかしたら、その台詞は強がりだったかもしれない。
だが、あの雷帝が相手かもしれないという想定でも、それだけの強がりが言えれば上出来か。
銀次の返事に蛮は、口の端を少し吊り上げるようにして不敵に笑った。
「まあ、今の時点じゃ、相手が本当に雷帝本人かどうかも分からねえ訳だけどな?」
「うん、まあ、そうなんだけどね」
蛮に言われ、銀次も少しバツが悪そうに笑う。
実際、相手が本当に雷帝かどうか確定していない以上、これ以上深く考えても意味が無い。
そのため蛮は、差し当たり、より手近な問題に話題を切り替えることにした。
「分かんねえことをこれ以上、無駄に気にしても仕方ねえからな。とりあえずはメシだ、メシ。そこらのコンビニで朝飯買って帰ろうぜ」
「今の時間じゃスーパーも開いてないものねー」
蛮の言葉にマリーアが相槌を打つ。
実際、こんな早朝の時間に商売をしているのは、せいぜいコンビニくらいのものだ。ちなみに未だに彼らの金銭と食事事情の管理はマリーアがしている。
そうして、朝食を調達するべくコンビニに向かった一行。しかし、向かった先のコンビニ。彼らはそこでも、また一つ、別の面倒事に出くわすことになるのだった。
次回、幽霊少女の登場(予定)