モンスターハンター In My Eyes   作:あずき犬

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プロローグ

東西シュレイド王国の滅亡後、各地に点在する小国による長い戦争時代の末に大陸はメゼポルタに首都を置く共和国に統一された。人々の脅威は他国による侵略からモンスターへと移っていた。歴戦の戦士達は、兵器をモンスターを狩る武器に持ち替えていった。

戦争が遥か昔の英雄伝説として語られるようになった現代、腕に自信を持つ者達は、希少な素材を得るために、または名を上げるために、またはその対価を得る為に、ハンターとして世に出て行った。
これは、そんなハンター達が我が物顔で町を、フィールドを闊歩していた、荒々しくも、眩しかった時代の物語である。



第1章 猟団編
第1話 樹海


何処までも深い暗闇。

 

世界には闇しか存在していなかった。

 

粉々に砕け散り、光を失った宝石が徐々に一つの形を作り上げ、微かに、ほんの微かに光を放ち始める。

 

幾度と繰り返される創造と破壊。生み出された光は、同じく生み出された影に飲み込まれて消えていく。

組み込まれたシステムはいつも同じ答えを導き出す。

 

でも、ほんの小さな揺らぎ、観測することすらできない微細な不確定要素により、決して生み出されるはずでなかった未来が生まれることがある。

 

私を作り出したのは、この世界を構成する最も小さい物質より小さなレベルのわずかな揺らぎ。

 

その揺らぎはまるで大海原のさざ波のように私の世界に波及する。

 

人はそれを奇跡と呼ぶ。

 

 

 

 

 

まぶたが重い。

まだ目を開けてもいないのに、光がまぶたを透過している。暖かい光。上半身に光が降り注いでいるのだろう。

 

起きなくてはいけない。はたしてどうすればまぶたが開くのか。体が覚えていてくれた。目を開けたい、見たいと思うことがその回答。

まばゆい光が私を襲う。思わず手をかざす。手、これが私の手。

手の平を眺め、ゆっくりと指を開いていく。

開かれた指の隙間から緑色が飛び込んできた。徐々に体の感覚が目覚めていく。

光に照らされて熱を持ち、吹き抜ける風を感じる、上半身。下半身はどうなっているのだろうか。身をよじるが思うように動かすことができない。ただ、冷たくザラザラした感触がある。見下ろしてみると、私の下半身は苔むした土の中に埋まっていた。

一度目を閉じて深く深呼吸をする。緑色の匂いが胸に充満する。思考回路に空気が行き渡る。

 

これは、森の匂い。

 

耳を澄ます。風の音にまざる木の葉が揺れる音。微かに聞こえるのは小鳥の囀り。単純な分子で構成される様々な情報が入力され、統合されていく。

 

「ほらみろ、動いた」

 

男性の声が聞こえた。思考回路は答えを導き出すことが出来ない。更なる情報が必要。

ゆっくりまぶたをあけていく。赤いハット帽をかぶり銀色の顎髭を貯えた男性がこちらを覗きこんでいるのが見えた。

 

「モンスター…… じゃないニャ」

男性に続いて、緑を写し込む大きな目をしたけむくじゅらの動物が尖った二つの耳を細かく動かしながら私を覗きこむ。

 

様々な入力情報を交差させ、単純な思考回路が複雑に絡み合う。

 

「ふむ、ギルドの調査指令にはなんの特記事項もなかったんだが」

 

男性は立ち上がり腕を組む。

私には男性の言葉とその表情から導きだされる感情のズレが理解できなかった。困惑と歓喜が同居している。

 

「まあ、ほっていくわけにもいかんだろ」

 

私に顔を寄せる男性の服を動物が引っ張る。

 

「でも、勝手なことしちゃギルドにまた大目玉くらうニャ」

 

動物が男性と目を合わす。

男性が何か言おうとした時、上空から白い鳥が飛びおりてき、男性の右肩に器用にとまった。

 

「ギルドの迎えが来たみたいだな」

 

男性はそう言い、肩に止まり翼を休める白い鳥の喉を撫でる。

男性はハット帽を被り直しながらしばらく物思いに耽っている様子だったが、

 

「まあ、なんとかなるだろ。なあ、お嬢さん」

 

と言い、ごつごつした右手を私の目の前に差し出した。

目の前に差し出された手に自然と手を伸ばす。私はその手を強く握りしめた。

 

この手は決して放してはいけない

 

様々な因子から私の思考回路が導きだした最も大切な回答。

その手は、無骨で、無造作で、一方的で、でも、力強くて、温かくて、とても大きくて、永遠に続くと思われた無限の闇の中から私を引き上げてくれたのだから。

 

 

 

 

ギルドから派遣された荷馬車の中、私は男性が持ってきた大樽の中に入れられていた。膝をかかえこみ窮屈に体を折り曲げている。荷馬車を引く小動物のいななきと、荷馬車が地面を駆る振動の中、男性は私の入った樽に顔をつけて一方的に話しかけてきた。

 

「討伐予定のモンスターに逃げられたのが幸いしたな。大樽爆弾用の樽があってよかったな。少し窮屈かもしれんが、ベースキャンプに着いたら出してやるよ」

 

そこまで話して、男性が急に声色をかえた。

 

「なあ、ナズナ。おまえもそう思うよな」

 

おそらく荷馬車の手綱を握っていた者に気付かれたのだろう。

 

「ニャ?そ、そうニャ。あんな迷路みたいなマップのせいで逃げられたニャ。だ、団長が野良プーギーを探し回っていたせいじゃないニャ」

 

 

荷馬車は小1時間ほど疾走して止まり、私の入った樽は、乱暴に地面に転がり下ろされ、そのままどこかに転がされて行った。

 

転がる樽が止まり蓋が開く。しばらくして、恐る恐る顔を出す。回りは崖に掘り込まれた窪地。私の目の前には、日よけのテントが立てられ、その下には、布が張られたベッドがある。回りを見渡してみると、火が燃え上がるたき火があり、さっきの男性と動物がしゃがんでいる。その向こうには、一面に広がる樹海を見渡すことができた。ベースキャンプは高台の上に設営されているらしい。

 

「窮屈な思いさせて悪かったな」

 

私に気付いた男性が立ち上がり、私の方に向かって歩いてきた。

男性は歩きながらハット帽を脱ぎ銀色の短い髪をかきむしる。側に駆け寄ってきたけむくじゅらの動物がハット帽を受け取る。

「最近ギルドの監視がきびしくてな」

 

男性は、笑いながら片手を差し出した。

 

「俺はみなから団長って呼ばれてる。太陽の団ってちんけな猟団の団長をしてる」

 

私も右手を差し出し、自分の名前を思いだそうとする。

私の名前。はるか昔に、誰かに呼ばれていた名前。思い出すことが出来ない。

 

(私は……)

 

何か言わなければと思い、声を出そうと口を開くが、声の出し方が分からない。

 

「言葉が通じねえか」

 

団長は言いながら差し出された私の右腕に目をやる。

 

「イズナか。この辺りじゃあんまり聞かない名前だな」

 

団長は私の右腕に書き込まれていた文字を指差す。

 

「猟団っても、今のところは俺とこいつと看板娘のお嬢と加工屋のあんちゃんの4人だけだけどな」

 

団長は遅れて駆け寄る毛むくじゃらの動物の頭を撫で付けながら言う。毛むくじゃらはしばらく目を細めていたが、しばらくして団長の手を払い除ける。

 

「団長のオトモのナズナニャ。よろしくニャ」

 

ナズナも背伸びをして茶色い毛に覆われた右腕を私に差し出した。その手と握手するため立ち上がった私に団長が言う。

 

「まあ、なんだ、とりあえず俺のアンダーウェアを貸しとくよ」

 

私から目を逸らす団長。樽に入る自分の体を見る。差しこむ光に輝く肩までのの銀髪。細身ながらも筋肉質に引き締まった体の私が素っ裸で立っていた。

 

 

日よけの裏で私が着替え終わると、ナズナが木箱で小さなテーブルを作り皿を並べていた。テキパキ動くナズナを眺めていると、見られていることに気付いたナズナは動きを止めた。

 

「ニャ。腹ごしらえしたらバルバレにもどるニャ」

 

言いながらぎくしゃくとスプーンを並べはじめた。

 

「団長が向こうで生肉を焼いてるから手伝ってきて欲しいニャ」

 

照れを隠すように目を逸らしたナズナは、たき火の方を指差す。

たき火の側では団長が携帯型の肉焼機に巨大な肉塊をぶち差してハンドルを回しながら鼻歌を歌っていた。

 

「…… 上手に焼けましたっと」

 

こんがり焼き色が付き、湯気を立てる肉塊を横の器に置き、次の生肉を用意しながら団長は日よけの下から目を細めて出てきた私を見つけた。

 

「おう。ちょっと遅い昼飯になっちまったが、腹ごしらえしたら、バレバレに向かうつもりだ。まあ、肉焼きマスターと持て囃された俺が焼く肉食って精を付けてだな」

 

喋っている間に生肉がみるみる黒く焦げていく。私が肉の方を指差すと、団長はあわてて焦げた肉塊を肉焼機から取り上げた。

 

「あちゃー、やっぱりあの歌にあわせなきゃ上手く焼けねー」

 

テーブルの上には、こんがり肉と焦げ肉、猫印の特大肉まんが並ぶ。焦げ肉の前に座った団長は、

 

「肉焼マスターと言われた俺が……」

 

と呟きながらまずそうに焦げ肉にむしゃぶりつく。気まずくこんがり肉の前に座った私に肉まんを口一杯に頬張ったナズナが顔中に肉まんの皮を貼付けて笑いかける。

 

「大事な肉を焦がした団長が悪いニャ。遠慮せずにたべるニャ」

 

むせながら焦げ肉を食べ終えた団長は口の周りをハンカチで拭き、肩に留まった鳥に木の実の餌を与えている。

こんがり肉を目の前に、皆の食べっぷりをながめている私に気付いた団長は

 

「どうした、腹減ってないのか」

 

私のこんがり肉をちらちら見ている。 腹が減るという感覚。今の私の感覚がそうなのだろうか。肉汁を滴らせたこんがり肉を眺める。不思議な感覚に襲われる。見たことのない食べ物だが、遥か昔に見たことがあるような。大事に、大切にしていた物のような感じ。

「町までまだまだ歩いていかなきゃならん。どこでモンスターに出会うか分からんから、食える時に食う」

 

団長はむせながらまた焦げ肉にむしゃぶりつく。

 

「それがハンターの心得さ」

 

私はうなずくと、両手でこんがり肉を掴むみ、一気にむしゃぶり食べる。こんがり焼けた表面。程よく火が通った柔らかい内部。口の中に香ばしい肉汁が広がる。一度口に入れると、止まらなくなる。一気に食べつくし、残った骨を皿に置き、手の甲で口の周りの油を拭き取った。その食べっぷりにあきれて見とれていた団長とナズナであった。

 

「嬢ちゃん。いい食べっぷりニャ」

 

 

 

 

食事を終えると、団長とナズナは特に言葉を交わす事もなく、それぞれがベースキャンプの片付けを始めた。みるみる内に荷物が小さく折り畳まれ、大樽2つ分と、木箱1つにまとめられた。旅なれた旅人の職人技である。

団長は木箱と大樽1つ、布をくるんだ筒を背負い、ナズナが大樽1つを体にくくり付ける。私も申し訳程度に食器の入った小さなリュックサックを背負い、樹海の密林を歩いていく。

先頭を歩く団長のすぐ後ろを歩いている私は、視界を遮る密林と、木の根がはい回る足場の悪さ、そして覆い茂る下草のせいですぐに方向感覚を失ってしまった。なんの躊躇もなく、草を掻き分けて進む団長を見ていると、時折空を見上げていることに気付いた。見上げると梢の向こうに白く輝く鳥が見えた。さっきまで団長の肩に止まっていた白い鳥だ。樹海の上空から行き先を案内しているのだろう。賢い鳥。見とれていて団長と距離があいてしまった。後ろからナズナに突っつかれて慌てて団長の後ろに駆け寄る。

団長の背中が止まる。団長の肩越しに前を覗き込むと、遥か地平線まで見渡す限りの砂原が見えた。

見たことのない雄大な風景に思わず団長の前に歩み出たところで、肩を掴まれ後ろに引っぱられる。我に返り足元を見ると、断崖絶壁に足を踏み出していた。 尻餅をつき、団長を見上げる。肩に白い鳥をとまらせ、団長は高笑いをしていた。

 

「好き好んで砂漠に飛び込むのはモンスターだけだぜ」

 

砂を払いながら立ち上がろうとする私に団長が手を差し延べてくれた。

 

「バルバレ砂漠だ」

 

私を引き起こした団長は、樹海と砂漠の間に一直線に伸びる断崖絶壁にそって歩き出す。

断崖絶壁の縁をしばらく歩くと、砂漠に向かって下っていく小道が見えた。踏み締められて作られた小道を降りていくと、崖下の窪みに小さな桟橋があり、巨大な布の帆を張った船が一隻停泊しているのが見えてきた。よく見ると、船は骨や布、不思議な模様のついたなめし革で出来ている。

桟橋に降り立つと、筋骨たくましく、日に焼けた大勢の男達が、桟橋の板の上に車座になって座り込み、小さな板の上に駒のような物を乗せて大騒ぎしている。なにかの賭け事なのだろうか。男達の間を縫うように船に向かって歩いていくと、その内の一人が私達を見つけて立ち上がり、歩み寄る。

 

「お疲れさん。無事でなにより」

 

日に焼けた男は団長と握手しながら、私の方をチラチラと見る。その視線に気付いた団長は

 

「探索の途中に偶然昔の狩り仲間に会ってな。バルバレに向かうらしいから、一つ運んでやってくれ」

 

と説明しながら私にウィンクをし高笑いをする。何の説明も受けていなかった私はただうなずくことしかできなかった。男はしばらく私の方をじっと眺めていたが、

 

「訳ありか。団長の頼みなら断れるわけねぇ。俺はこの撃龍船の船長だ。よろしくな」

 

言いながら、私に歩み寄り、手を差し出す。私は砂で汚れた手をアンダーウェアーで拭き取り船長の手を握り返した。握手を終えた船長は両手を叩きながら周りの男達に叫ぶ。

 

「さあ出航だ。帰りは順風だ。帆を広げろ」

 

 

バルバレの町。大陸中南部に広がるバルバレ砂漠のオアシスに作られた交易を主産業とした町である。大陸中央に位置する大都市ドンドルマ、南西地方の交易都市ロックラック、豊かな鉱物を産出するエルデ半島、西部海岸地帯から海を渡れば、海洋商業都市タンジア。バルバレは陸路輸送においてはそれら都市を結ぶ交通の要衝である。

特に、南風が弱まり、砂嵐が収まるこの時期には各地から商人達がキャラバンを組んで集まり交易や情報交換を行い、町は一年で一番の賑わいを見せる。

また、バルバレの町は、砂漠の周辺に点在する樹海や、原生林、遺跡平原など、大陸中の様々なモンスターを討伐することができる良質な狩場への拠点としても知られている。自然、ハンター達が集まり、バルバレの町は商人とハンターの町とも言われている。 団長は砂漠周辺の樹海の調査を行いながら、猟団の拡大のため腕ききのハンターを探してしばらくバルバレに滞在しているようだ。

 

「ハンターってのはだな」

 

砂を掻き分けながら進む撃龍船の甲板上。団長は、手摺りを掴み乾いた風に髪をなびかせる私に話しかけてくれていた。

 

「強大なモンスターに立ち向かい、奴らを討伐する命知らずの馬鹿共であり、モンスターの脅威から人々を守り、生活に必要な素材を剥ぎ取って持ちかえる絶大な尊敬を受ける職業でな」

 

団長はそこまで話すと、腕を組み、砂漠を眺める。小さな砂丘を乗り越えたため、船が揺れる。

 

「必ず生きて帰ってくる奴らのことさ」

 

最後の一言は自分に言い聞かすように呟き、腕を組んで黙ってしまった。

 

黙りこんだ団長の横で船が進む度に舞い飛ぶ砂粒に目を細めながら欄干に肘を付いて景色を眺めていた私は、砂漠のはるか彼方に突如立ち上がる砂柱を見つけた。

 

「なあ、イズナ、あんたハンターになる気ないか。」

欄干から身を乗り出して砂柱の立ったあたりを凝視する私に団長は続ける。

 

「俺の旅の本当の目的なんだが」

 

言いかけた団長の方に振り向いた私は団長の肩を叩き、船の遥か彼方の砂漠を指差す。団長がその指差す方に目をやったその時、さっき見た砂柱より船に近い場所で再度砂柱が立ち上がり、岩山の様な大きな物体が砂の中から飛び上がり、また砂柱を巻き上げて砂の中に消えていった。

 

「ダレン・モーラン」

 

団長が呟くと同時に船のマストからぶら下げられた大銅鑼が激しく打ち鳴らされた。

 




突然現れたダレン・モーラン。その巨大さに圧倒されるイズナ。しかし、団長の危機に…… 。

次回
「第2話 急襲」
では、よき狩りを。
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