夜風の中、団長はイズナに真実を語り始める。
「第12話 告白」
どうぞ。
夕焼けに染まるナグリの町に帰ってきた。
見上げると、ナグリ火山から幾筋もの噴煙が上がっている。
そして、町には煌々と明かりが点され煙突からは数え切れないほどの黒煙が空に昇っている。千の煙突万の黒煙。ナジムが言った言葉を思い出す。
キャラバンに着く頃、私の背中で寝息を立てていたペルヴェが目を覚ました。一瞬どこにいるのか分からない様子で辺りを見回していたが、私の背中に負ぶさっていることに気付くと、小さな悲鳴を上げ、私の背中を足蹴りにして飛び降り、キャラバンまで迎えに来ていたナグリ国王に抱きついた。団長達も手を振っている。
*
皆の歓迎が終わると、私は、疲れた足取りで一人でキャラバンに入る。ゆっくりとした動作で、スキュラフィストを置き、防具を取り外し、ベッドに倒れ込んだ。目を閉じて、両手を握り、胸を押さえる。
私の中には、私の知らない何かがある。グラビモスに殺されそうになっていたペルヴェを見た時の感覚を思い出してみる。
暗闇から伸びた黒い鱗に覆われた腕。あんな腕をしたモンスターは見たことがない。
思いかえしてみると、ダレン・モーラン、イャンクックの時にも私はその黒い腕に救われてきた。いったい私は何物なのだろうか。足元がすくむ恐怖に、震える体を抱きしめるように膝を抱え込み壁を見つめる。
*
カガリの工房の前でナズナが今回の狩りの経過を団長とカガリに話している。ナズナが、イズナの2連射の話をすると、急にカガリが大声で笑い出した。日頃見ないカガリの大笑いに団長とナズナは呆気に取られる。
「そうか、うちのハンターは俺の作った武器をそんな風に使ったか!」
更に笑うカガリ。
「真のハンターは武器の作り手の想像を超える使い方をする。そんなハンターに出会えた武器屋はこの世界で一番の幸せもんだ、ってお師匠に言われたことがあった」
笑い終わったカガリはいつもの落ち着きを取り戻す。
「お師匠になんのために武器をつくってるのか聞いた時の答だ」
カガリは取り乱したことを恥ずかしがるように呟き工房に戻る。
団長は腕組み
「剛射だな」
とつぶやく。ナズナが団長を見上げる。
「書士隊の古文書館で見たことがある」
団長は目を閉じる。
「ギルド黎明の頃、一の引きで二の矢を射る剛の者あり、弓を使っていたあいつがいつかこんな弓を手にしたいって言ってたことがあった」
「シズクさんニャ?」
ナズナが心配そうな顔で団長の顔を覗きこむ。
「ああ、まさかこんな形で出会えるとはな。あいつも想像できなかっただろうな」
団長は自嘲するように笑う。ナズナが心配そうに団長を見上げる。
「卒業だなぁ」
団長は寂しそうな声を出す。
「卒業ニャ?」
ナズナの言葉に団長は高笑いしながら答える。
「団長のハンター養成学校を卒業だ」
*
次の日の朝、ハクの店で朝食をとっていた私たちのところにナグリの王宮から使いの者がやって来、王宮への招待状を手渡して帰っていった。
*
キャラバンの前に、黒のタキシードにいつものハット帽を被り、首元の蝶ネクタイをいじくる団長、シルバーのスーツを着たナズナ、白い一枚布から作られたローブを纏うカガリ、真っ白のコック服に身長ほどあるコック帽を被ったハク、金銀のネックレスを下げ、色とりどりの宝石で彩られた紫色のローブを纏うナジムが、所在無く立っている。招待状にあったドレスコードのため、それぞれが出身地の正装をしていることになる。日頃見慣れない格好にひとしきり笑いあった。
男性陣と入れ違いに女性陣がキャラバンに入って随分時間がたつがいっこうに出てくる気配がない。
「それ、本当に正装ニャ?宝石自慢にしか見えニャいニャ」
ナズナがナジムのローブを引っ張る。
「当たり前じゃ。わしの国では持てるだけの宝石を身につけるのが正装じゃ。お前さんこそ、アイルーの正装はこしみの葉っぱのはずじゃ」
「ニャ!失礼ニャ。僕はドンドルマ生まれのドンドルマ育ちニャ」
ナジムとナズナがお互いの服を引っ張り合いしていたとき、キャラバンのカーテンが開いた。
緑のワンピースドレスにカエルの髪飾りを付けた長い黒髪を揺らせて、眼鏡を外したエルザが現れる。ナズナとナジムはお互いに引っ張りあっていた服を離す。
「ポポ使いにも衣装とはこのことじゃ」
ナジムが思わずつぶやく。エルザは団員達にピースサインをすると、キャラバンのカーテンを開く。
私は足を踏み外さないようにゆっくりと階段を下りる。
真っ白のロングドレス、輝くような銀髪にカエルの髪留め。肩先までのストレートな銀髪は歩く度にキラキラと輝く。薄く引かれたピンクのリップが、白い肌から浮かび上がるように見える。広めに開かれた胸元には小さな宝石が付けられたネックレスが、強調された胸元に輝く。
男性陣は私を見つめて声を失っている。
私は団長の前に立ち、腕を組んでいる団長の顔を覗き込む。
私は驚きに息を飲んだ。
今私が着ているドレスは団長から借りたものだった。団長は
「フラれちまった嫁さんが着ていた服だ」
と言って、キャラバンの一番奥の箪笥に丁寧に折り畳まれたドレスを渡してくれた。
*
私が顔を覗き込んでいることに気付いた団長は
「よっしゃ、たらふく食べに行くか」
と言って先頭を歩き出す。
覗き込んだ団長の目に見えたもの、それは涙だった。
私は遅れまいと皆の後を追い掛ける。
*
ナグリ王宮の謁見の間に通された。壇上にはナグリの正装である赤いバイキングスーツを着た国王が横に座る土竜人の若い女性と笑いながら話しをしている。用件を終え女性が国王の側から離れようと背を向けると、おもむろにに国王は女性のお尻を撫でた。
頬を叩く渇いた音が空間にこだまする。
女性の平手打ちが国王の頬にヒットしていた。
国王は、咳ばらいをすると、横一列に並んだ団員達を見回す。
「そなた達の働きでナグリは息を吹き返した。そなた達はこのナグリの恩人である。国民を代表してお礼申し上げる」
国王は言うと、壇上から降り、床に両膝をつき、両手を付けて頭を下げる。ナグリ式の最敬礼である。
「さて、ハンター殿、こちらに」
国王の言葉に戸惑っていると、団長が背中を押してくれた。私は一歩前に歩み出る。回りに整列していたナグリの男性達がざわめく。
覚悟を決めた私は、キャラバンでエルザから教えてもらった通り、片膝をつき、両手を床に付けて頭を下げる。ナグリの女性の最敬礼である。国王は私の首にネックレスを掛ける。
「これはナグリ国民からのお礼じゃ」
視線の先にオレンジ色に輝く雫のような宝石が見える。
「そして、これが…… ワシからのお礼じゃ!」
国王の気配が前から消えた。顔を上げると、臀部に違和感を感じる。振り返ると、国王は鼻の下を伸ばして私のお尻を鷲づかみしている。この対処法もエルザから聞いている。
渇いた音が空間にこだまする。
私の平手打ちをくらい国王は頬っぺたを手の形に赤く腫らしながら
「た、たまらん」
とつぶやく。
*
晩餐会を抜け出した私は、ナグリ火山を一望出来るバルコニーで夜風に当たっていた。
散々土竜人の男性に付き纏われたが、いつの間にか、全員が酔っ払ったエルザに引っ張っていかれた。ナグリの子供達はナジムの手品に見入り、ハクは土竜人のコックと厨房にいったきり帰って来ない。カガリの回りにはナグリの武器屋が集まり真剣にカガリの話を聞いている。ナズナは国王と謎のダンスをしていた。
夜風を全身に受けながら、グラスに入った水を飲む。
「今日の主役がこんなとこで水飲んでるのか」
団長がワイングラスを片手に私の後ろに立っていた。
団長は頷く私の横に歩み寄る。
「今回のグラビモスで、俺のハンター講座は終了だ」
団長はワインを飲み干す。
ハンター講座。思い当たる節は感じていた。私のハンター生活は、採取、調合からはじまり、ドスジャギィ、イャンクック、ゲリョス、ネルスキュラ、そしてグラビモスと徐々に強力なモンスターを狩猟してきた。ハンターとしての基礎から応用まで、順番に狩りについて教わってきた形になる。
「お前はもう一人前のハンターだ。これからは自分で何を狩るか決めろ」
私は団長の方を向き頷く。
団長はしばらく黙り込み、何か考えていたようだったが決心がついたように頷く。
「そのドレスな、死んじまった嫁さんが着る予定だったウェディングドレスなんだ」
団長はバルコニーの手摺りに手をつき、ナグリ火山の方を見る。エルザから聞いてある程度は知っていた。いろいろ思うことはあると思うけど、団長の為に着てあげてとエルザに頼まれた。
「嫁さんは、神風旅団のエースハンターでな、古龍観測省の密命を受けて黒のハンターを追っていた」
黒のハンター。ハンターの手引の中の指名手配犯人の第一に載っている。密猟団黒の団の団長にして、伝説の黒龍ミラボレアスを呼び出して東シュレイドを壊滅させた人物。生きていれば1000歳を超えるが。
「あいつは、黒のハンターの目撃情報を受けて、辺境の村に行ったんだ」
神風猟団は現在の筆頭ハンターの所属する猟団であるが、実質古龍観測省とギルドの実行部隊と言われている。
「ギルドから連絡を受けてその村に行くと、あいつは眠るように死んでいた」
団長はワイングラスを手摺りの上に置き、ハット帽を手に取り眺める。
「俺とナズナがお前を見つけた時のこと覚えてるか?」
団長はハット帽を被り直し、私の方に振り向く。
「あの時、俺達は古龍の化石の調査していたんだ」
土の中に埋まっていた感触はあったが、回りに化石があったかどうかまでは覚えていない。
「お前は古龍の骸の中にいた」
団長が何を言いたいのか分からなかった。
「ギルドに保存されている“古龍の書“にこんな一説がある。『黒龍ノ骸ヨリ現レシ黒衣ノ狩人ハ身ヲ炎龍ニヤドシ世ニ禍ヲ導カン』」
二人の立つバルコニーに涼しげな風が吹き抜ける。私は乱れる髪を押さえる。
「観測省とギルドはお前に黒のハンターとの接点を見ているらしい」
空になったワイングラスを眺める団長は言うべきかどうか迷っている様子だったが、グラスを握り私の方を見る。
「ギルドから辺境へ去るか、お前を抹殺しろとの命令が来ている」
私はグラスを握る手に力を入れる。突然のナグリへの移動の理由が納得できた。
「だがな、今日のあんたを見てはっきりと分かった」
団長は私の足元から髪の毛まで全身を見る。
「俺はあんたを殺すことはできない。だから…… 」
火山の方から小さな爆発音が聞こえる。二人で音のした方を眺める。ナグリではよくある火山の小爆発。黒煙が月に照らされてはるか上空に立ち上る。
「たとえ、どんな事があっても、あんたは生きろ。そのためにハンターとしての基礎は教えたつもりだ」
私は両手でグラスを握り、コクリと頷く。
「今は何いってるのか分かんねえかもしれないが、いつか分かる時が来る」
団長は、私を残してバルコニーから室内に入って行った。
古龍の骸、その中に私がいた。私の過去に何があったのだろうか。バルコニーの手摺りに身を預けナグリ火山を眺める。
「あー、こんなところにいたのら」
振り向くとエルザが酒ビンを握りしめて顔を真っ赤にして立っていた。
「はやくくるのらー、主役がいにゃいとはじまりゃないのらー」
エルザは私の手を引っ張る。普段からは想像できない馬鹿力で私は会場に連れ戻されていった。
私が狩りたいモンスター。それはもう心に決めている。屈辱を味わったあのモンスター。
次回
「第13話 女王」
お楽しみに。