モンスターハンター In My Eyes   作:あずき犬

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グラビモスを狩猟したイズナは、団長から狩猟講座の卒業を言い渡された。
狩猟対象を自分で決めるよう言われたイズナは、かねてから心に決めていたモンスターの狩猟に向かう。
今まで培ってきたハンターとしての技術、精神力、そして猟団の皆の思い。総てを動員した総力戦が幕を開く!
挑むは天空に君臨する陸の女王。

「第13話 女王」
どうぞ。



第13話 女王

私が狩猟したいモンスターは心に決めていた。ナグリに来てから毎日エルザのもとに通い、依頼書を眺めているが、なかなか目当てのモンスターの狩猟依頼は来ていない。

団の維持の為に、採取クエストをこなし、地底洞窟や火山洞窟でアルセルタスなどの小型モンスターや、ネルスキュラやゲリョスなどの中型モンスターを狩り続けている。ハチミツやアオキノコなどの必需品は採取はもちろん、ナジムからも買い付け、十分な量を貯めることができた。

 

実は団員が一名増えた。私がカガリの工房を訪ねると、カガリの後ろに身を隠し、舌を出している。ペルヴェだった。

晩餐会の次の日、ペルヴェは父親と名乗る男性に連れられてキャラバンにやってきた。新しいハンマーと荷馬車に乗せた大量の荷物。

男性はペルヴェがカガリに弟子入りしたいと言っていると言う。国王から受け取ったペンダントはペルヴェが作ったものらしく、宝石は貴重な修羅原珠から高度濃縮結晶生成された集中回路が組み込まれたものであった。彼女はドンドルマの工房学校で主に装飾品の研究をしていたらしい。装飾品は今加工業界の最先端技術であり、回路研究が実地で活用されるために必要不可欠な技術であった。

彼女は私がグラビモスを狩る様子を見てハンターになるのは諦めたらしく、今後はカガリに弟子入りして、狩りの最前線で装飾技術を極めたいらしい。国王の了承も得、父親も、類い稀なペルヴェの装飾加工技術をさらに向上させるためにも前線の現場においてやってほしいと団長に頭を下げた。

団長は団員を見渡し、皆が頷いたのを確認し、入団を許可した。

ナグリの酒場でおこなわれた入団式ではカガリの横にべったりとくっつき、ひたすら私の方を睨みつけていた。

 

ナグリに来て数日が過ぎた日の早朝、エルザがキャラバンに駆け込んできた。ベッドに座っていた私は立ち上がる。ついにその時がきたのだろう。エルザは息を切らせて私の目の前に一枚の依頼書を両手で開いて見せる。

 

【依頼主】放浪の植物学者

【依頼内容】メゼポルタから伝説の薬草「カスミ草」を探して遥々遺跡平原までやってきたが……。カスミ草は見つからないが、あとは山頂の調査を残すのみ。しかし、山頂からは雌飛竜の声が……。なんとかして下さい。

 

リオレイアの狩猟。筆頭ハンター達の狩猟を見て絶望し、あれから彼等の技術を目標に様々なモンスターを狩猟してきた。どんな小型モンスターを狩猟する時でも、常にリオレイアをイメージして狩猟を続けてきた。一日の狩猟が終わり、キャラバンで眠りにつくまでハンターの手引のリオレイアのページを擦り切れるまで読み尽くし、頭にその動きを叩き込んできた。朝、目を覚ますと、ページを開いたまま寝てしまっていたこともあった。

体が震えた。いわゆる武者震いというやつだろうか。

騒ぎを聞き付けて団員達がキャラバンに集まる。

団長が笑顔で私の顔を見た後、私の肩を掴み、親指を立てる。ナズナが心配そうに私を見上げる。今回の狩猟は一人で行かせて欲しいと伝えている。私はナズナに大丈夫と頷く。ペルヴェを従えたカガリが私の肩を叩く。心配そうに見ていたナジムとハクも私のそのような様子を見て安心したように笑う。

 

団長はハンター養成講座は卒業と言ってくれた。このリオレイアの狩猟は私がハンターとして生きていけるかの試験であると思っている。知識、技能の基礎は団長達のおかげで習得することができた。実戦でどこまでそれを生かすことができるのか。リオレイアはそれを試すには1番いいモンスターだと思う。

 

キャラバン内で防具を身につけながら、防具に傷や綻びがないか念入りに確認していく。バルバレで作ってもらったゲリョス一式装備は数々の狩猟を経てなお、傷一つ見当たらない。狩猟の度に点検してくれているカガリや、丁寧に仕事をしてくれた縫製職人の老人達のおかげである。ゲリョス一式は火属性の攻撃に弱いことから、ハク特製の火属性強化の料理も食べてきた。所持品を確認する。回復薬類、ハチミツ等の調合物類、罠類に大樽爆弾、睡眠ビンなどの補助道具、ポーチと運搬用の樽にいっぱいの道具はナジム商店のおかげである。矢入れとスキュラフィストを背中に背負う。ペルヴェが作ってくれた宝石が揺れるネックレスを掛ける。

キャラバンの出入口横の姿見で全身を眺め、ベレーから見える銀髪にカエルの髪飾りをつける。今、私がこうして狩猟に出ることが出来るのは、いろんな人のお陰である。感謝してもしきれない。

団長とナズナに鍛えて貰ったハンターとしての腕と力。エルザにリオレイアの物真似を見せるために私はここに帰ってこなければならない、と思うことが生きる為の力を与えてくれている。みんなに感謝の気持ちを伝えるためにも私は一人前のハンターになりたい。どんな苦しい狩猟でも、みんなの笑顔のために乗り越えなくてはならない。

鏡の中の私から視線を外し、キャラバンの出口に向かう。一歩、一歩、歩きながら顔を上げ、深呼吸をする。体の武者震いは無くなっていった。キャラバンの出口のカーテンを開ける。まばゆい光りの中に身を送りだした。

 

 

 

 

遺跡平原のベースキャンプで一人、支給品を確認し、ポーチ内を整理する。大樽爆弾2つをロープで繋ぎ、ペイントビンを武器にセットした。目を閉じる。側を流れる滝の音、小鳥の囀りに包まれる。深く呼吸し小さく頷く。開いた両目に迷いの光は微塵もなかった。

連結した大樽爆弾を背負い、遺跡平原に向かう坂道を走りだす。

目の前の湿地帯からピンク色の水鳥が数えきれない程の大群で大空に飛び上がる。

大群を追い掛けた先に、優雅に上空を旋回する黒い陰が見えた。

あの姿、忘れもしない。陸の女王リオレイアだ。

 

 

 

 

遺跡平原を見下ろす岩山を登る。盾虫の群れを蹴り飛ばし、垂直に切り立った岩壁の微妙な凹凸を慎重に探し、少しずつ、少しずつ高度を上げていく。 岩山の頂上には龍の巣と呼ばれる小さな広場がある。普段は何の変哲もない岩だらけの広場だが、恐らく今、そこにはリオレイアの巣が出来ているのだろう。平原から見上げた陰はまっすぐ龍の巣にむかって消えていた。

岩壁を登りきり、息を整え、遥か眼下に広がる平原を見下ろす。黄草の平原が風に波打ち、湿地帯が太陽の光を反射している。リオレイアはいつもこの景色を眺めているのだろう。

背負っていた大樽爆弾一つを龍の巣の入口横に下ろした。この大樽爆弾は最後の決戦用で、もう一つは平原地帯の岩陰に隠しておいた。火球を武器とするリオレイア相手に爆弾を抱えて移動はできない。

スキュラフィストを構える。弓の射出口にはペイント液が入ったビンが取り付けられ、射出口から送りだされる矢にペイント液が付着する仕組みになっている。

深呼吸をし、息が整った事を確認すると、狭い岩の隙間を通り龍の巣に入った。

 

いた。

 

龍の巣の広場には黄草や木の枝で作られた円形の巣があり、その上で首を高く伸ばし辺りを伺っている。

矢を番え、最大に力を溜める。ペルヴェが作ってくれたペンダントが緑色に鈍く輝く。発動した集中回路により、体内の神経伝達が最適化され、より少ない力で弓弦は最大まで引き絞られ、高速で放たれる。風を切る矢はリオレイアの胴体に着弾する寸前で3本に別れ、ペイント液を撒き散らしながらリオレイアの胴体に突き刺さる。鋭利な金属性のやじりだけをリオレイアの体内に残し、風切り羽は衝撃で光を放ちながら粉々にくだけ散る。ペイントの甘い香りが充満する。

侵入者に気づいたリオレイアは私の方を向くと、低い音を立てて息を吸い込む。バインドボイスが来ると予想し、横移動で突進の軸線から逃げる。

まさに轟音。遥か空の彼方からでも地上に響きわたる大咆哮をこの至近距離で全身に浴びる。

両手で両耳を抑えるが脳髄にその振動波が直接伝わり、体が硬直する。その私のすぐ横をリオレイアが突進で通過する。振動で地面が揺れる。

耳鳴りの中私はペイントビンを取り外し、腰装備に収納し、矢を番え、引き絞りながらリオレイアから離れ、距離をとる。

振り返ったリオレイアと目が合う。正に女王と呼ぶに相応しい威厳に満ちた頭部の甲殻に、黄金色に輝く瞳が見える。高貴な女王が、成り上がりの下級士官をなぶるような眼力。いや、つまらないおもちゃをもらった少女のような、圧倒的な高圧感。常人はその瞳に見つめられるだけで心を貪り食われるという。

私はその瞳を冷たく見返し、顔面に向けて矢を放つ。同時に回転回避し、横移動で再突進の軸線上から離脱し起き上がる。私の矢を顔面に受け止め、リオレイアは私の真横を突進で駆け抜ける。さっきより短い制動距離で振り返ったリオレイアはもう一度私に向かって突進する。矢を番える間がないと判断し、回転回避でその場を逃れる。回転回避から起き上がると、リオレイアはすでに突進からこちらに向きを変えていた。

リオレイアが首を下げ息を吸い込む。危険を察した私は、弓を背中に納刀し、距離をとるため、リオレイアに背中を向けて全速力で走る。背中から熱風が私に襲いかかり、追い抜いていく。足元で爆発が起こる。慌てて回避し、身を丸める。爆風に包まれた。拡散火球。リオレイアから扇状に爆発が拡散する。リオレイアが吐き出した高温の息が空中で酸素と結合し、地面に落下する衝撃で爆発が起こる。

致命的なダメージは回避できたが、息を整えるため、一呼吸を置き、リオレイアを睨む。高貴な女王はどうやらこんな私を遊び相手として認めてくれたようだ。

おそらく、出会い頭の連続突進と拡散火球により、彼女に出会ったもの達はみな、おもちゃから動かないただの物になっていたのだろう。リオレイアに挑み、初手で戦線離脱するハンターも多いと聞く。 爆発の衝撃で若干足は痺れているが、私は歯を食いしばり弓を構える。私に威嚇するリオレイアの頭部に続けざまに矢を放つ。矢によるダメージなど微塵もないように平気な顔で、リオレイアは地面を蹴る。納刀する間はない。欲張らず、そのまま回転回避する。突進をやり過ごして振り返ると、突風が私を襲う。慌てて巻き上がる砂誇りから目を反らす。空中で尻尾を伸ばし縦回転するリオレイアが見えた。後悔した時には遅く、縦回転の遠心力が乗った尻尾に薙ぎ払われて私は空に舞上がり、地面に叩きつけられ、斜面を転がっていた。口に入った砂を吐き出す。吐き出した唾に血が混ざる。口の中の血の固まりを吐き捨て、上空をホバリングするリオレイアを見上げた。

口の中を切っただけだが、ゲリョス装備にびっしりと紫色の粘液が付着している。空中ムーンサルトに毒。リオレイアの持つ必殺の技である。ゲリョスの皮が持つ毒耐性に救われた。

リオレイアは本気を出してくれたようだ。私は空中を舞うリオレイアに狙いを定め、矢を放つ。こちらも応じなくてはいけない。さらに、瞬時に次の矢を番え、腰を屈め矢を放つ。放った剛射が適性距離でリオレイアの足から腹部に命中する。顔面を狙ったつもりがダメージのせいか、下方にずれてしまったようだ。

リオレイアは今まで無敵であった空中において攻撃を受けたことが意外だったのか、飛行したまま、威嚇の咆哮を上げる。距離をとり咆哮風圧の影響下は脱していたが、第一ラウンドはこのあたりが潮時だろう。私は弓を納刀し、龍の巣から崖下に飛び降りた。

 

 

 

 

崖下の蔦の上に岩壁を背に座りこんだ。

息を整え、スタミナの回復を待つ。足の痺れはなくなっていた。ポーチから回復薬グレードをとりだし口にほうり込む。ハチミツの甘味で体力が回復し、アオキノコと薬草の苦みがほてった頭を冷やしてくれた。息を吸い込み、長く、深く吐き出す。口の中の鉄の味もなくなっている。感じるのは軽い昂揚感と、漂うペイント液の甘い香りのみ。甘い香りは平原地帯から漂う。私は睡眠ビンを弓にセットした。

 

 

 

 

リオレイアは岩山を下りて直ぐの平原に降り立っていた。平らな平原が広がるこのエリアは、弓使いの私にとって、有利に戦況を進めることが出来るだろうと考え、このエリアの北端の岩陰に大樽爆弾を一つ隠しておいた。その方をちらりとみる。枯れ草で偽装した爆弾は無事なようだ。

弓を構え、走り出す。出会い様に適性距離から矢を放つ。ちょうどこちらに振り向いたリオレイアの頭部に命中する。矢を放つと同時に納刀し、リオレイアに背中を向けて走り、距離をとる。背中の向こうから大咆哮が聞こえる。振り向くと、こちらに向かって突進してくるリオレイアが見えた。弓を構え、引き絞りながら横移動し、リオレイアの移動先の空間に向けて矢を放つ。着弾を確認しないまま次の矢を番え、弓弦を引き絞りながら移動する。放たれた矢はリオレイアの頭部に着弾し、睡眠液の霧が飛び散る。振り向いた瞬間のリオレイアに矢を放つ。またも着弾を確認せず次の矢を番える。強走回路と集中回路の相性の良さを実感する。

矢を放ち、次の矢を番えながら移動、矢を放つ。広い平原地帯だからできる戦法である。

私は夜ごと、ハンターの手引やモンスター図鑑のリオレイアのページを読み、このシーンを思い描いてきた。

リオレイアは睡眠瓶の効果で、その場に体を丸め、いびきをかいて眠り込んだ。私は弓を納刀し、岩陰に隠していた大樽爆弾をリオレイアの鼻先に運び、地面に置き、距離をとる。両足を肩幅に開き、矢を番え、弓弦を引き絞った。片目を閉じ、慎重に大樽爆弾に的を絞る。現れた斜線軸が放物線を描き大樽爆弾に吸い込まれる。矢を放つ。

 

閃光の後、轟音が響きわたり、周辺から鳥が一斉に空に飛び立つ。

爆煙が薄れると、煌々と黄金色に輝く目が二つ浮かびあがる。口から燃え盛る炎を溢れさせ、翼をめいいっぱい広げ、大咆哮を上げる。

その威圧感に足がすくむ。リオレイアはゆっくりと私に近づいてくる。我に帰った私は距離をとるため、がむしゃらにリオレイアに背を向けて走った。私の右方向を、火球が通り過ぎる。更に左方向。3連続火球。次は確実に私を捉えるだろう。私はそのまま顔面から地面に飛び込む。緊急回避した私のすぐ直上を火球が通り過ぎる。顔を上げると、火球はそのまま岩壁にぶつかり爆発した。岩壁が崩れ、私の上に小石が降り懸かった。

立ち上がり振り向くと、空中に浮かびあがったリオレイアが反動をつけ、体を揺らしながら私に向かって飛び掛かってきていた。まさに女王が空を優雅に舞っているように見えた。がむしゃらにに回転回避で回避する。

起き上がり睡眠ビンをとり外し、着地体制の隙をつき、剛射を放つ。矢は全て振り向いたリオレイアの頭部に命中し、頭部の甲殻が破壊されて飛び散る。姿勢を崩したリオレイアの腹部に剛射を放つ。スタミナが切れる寸前まで無我夢中で矢を放ち続ける。

スタミナが切れ、弓弦が引けなくなり、フラフラと座り込んだ私をおいて、立ち上がったリオレイアは大空に舞い上がり、岩山の方に消えていった。

 

その場に座り込み乱れた呼吸のまま、ポーチから元気ドリンコの瓶を取り出す。震える指先に力が入らなかったため、口で蓋を取り外し、一気に飲み干した。スタミナが回復し、呼吸が落ち着いていく。指先にも力が戻る。

危なかった。スタミナが切れたところを追撃されていたらひとたまりもなかっただろう。

ゆっくりと立ち上がる。腰の懐中時計をみると3時間が経過していた。発見までの時間と移動時間に1時間と少しかかっていたので実質90分以上戦闘を続けていたことになる。集中力が切れかけていたのだろう。冷静にならなくてはならない。

 

私は、平原地帯を走り抜け、ベースキャンプに戻ると、小川の水をすくい、顔を洗った。肌を刺すような冷たさに、ほてった気持ちが冷静さを取り戻していく。

簡易のベットに腰を下ろし、目を閉じる。鼓動が冷静さを取り戻し、静かに規則正しく脈打つ。

 

 

 

 

そのころ、バルバレのギルド大船の受付カウンター周辺はいつもと違う雰囲気のざわめきに包まれていた。

掲示板には

【緊急クエスト中につき、遺跡平原での狩猟はできません】

との貼紙が張り出されている。大型モンスターの狩猟時などでは、ハンター同志がかちあわないようにそのようなチラシが張り出されることはよくあることだった。

男性ハンターが何気なく、下位受付カウンターに立つイリアに誰が狩猟しているか聞いたところ、イリアは目を輝かせて

 

「紅蓮の女神が一人でリオレイアに挑んでるんです!」

 

と答えたところから、ギルド内は異様な雰囲気に包まれていった。

新人ハンターが、リオレイア、しかもソロ。4人チームが狩猟するならまだしも、ハンター登録して二、三月たらずの新人ハンターがソロでリオレイアに挑むことは自殺行為である。

言われてみれば上位受付カウンターではエリカがずっと組み合わせた両手を顔の前に置き祈り、銅鑼ねえちゃんは銅鑼を鳴らす事を忘れて天井を眺めている。

銀髪を揺らして無愛想に歩く無表情なハンターに少なからず恋心を抱いていたハンター達は彼女の無事を祈る。上位ハンター達も、その無謀さを歎きながらも、死闘を繰り広げているであろう新人ハンターの無事を祈らずにはいれなかった。

ギルド内のバーカウンターでは、誰かが

 

「女神の無事を祈って」

 

とつぶやき酒を口に運んだ。

 

 

 

 

ナグリのキャラバン内では団員全員が集まり、無言で各々椅子や、ベッド、樽の上に座っていた。みな仕事が手に付かず誰からともなく集まり、気がつくと全員がここに集まっていた。

団長は窓際に腕を組んで立ち、遺跡平原の方を睨んでいる。

あの時と同じだった。結婚を控えたシズクが黒のハンターの確保に一人で出かけた時。あの時止めなかったことが悔やまれてならなかった。

 

「頼むから無事に帰ってきてくれ」

 

思わず団長の口から言葉がもれた。

 

 

 

 

岩山と平原の境、小さな段差の岩場が連なるエリア。

リオレイアは段差を一跨ぎで乗り越えて突進を繰り返している。段差を登るために四苦八苦している私とは大違いである。平野部分が少なく、適正な距離を保つのが難しい。無理はせず、抜刀と納刀を繰り返し、段差の上に立ったときは飛び降りながら矢切りを行う。一撃は小さくていい。とにかく手数を優先する。ナズナの言葉が蘇る。が、飛び降り矢を振る私はリオレイアの回転攻撃に巻き込まれて、エリアの端まで吹っ飛ばされた。かなりダメージは大きかったが、いつも吹っ飛ばされていたナズナを思い出し、口に手を当てて笑った。

笑う生き物を初めて見たように攻撃をやめ、リオレイアは首を曲げてこちらを見つめている。

 

すぐ我に帰り弓を構える。リオレイアも姿勢を低くし、拡散火球を吐き出す。拡散火球は威力は大きいが、範囲が限定されるため、首を振り上げ息を吸い込む初動を見切り、剛射を放ち続けた。突進を開始したため、納刀し、段差をよじ登り回避する。振り向きの隙を伺い、段差の上から矢切を行うと、偶然リオレイアの背中にまたがる形になった。

隠れ見た筆頭ルーキーを思いだし、腰のハンターナイフを取り出し甲殻の隙間に差し込む。突然の激痛にリオレイアは咆哮を上げ、空に飛び上がる。振り落とされないように突き刺さったナイフを両手でしっかりと握り締める。直ぐに着地しため、ナイフを引き抜き、何度も同じ場所をえぐる。真っ赤な血が吹き出す。燃えるように熱い血飛沫を浴びながらナイフを振り下ろし続ける。倒れ込んだリオレイアに振り落とされた。

足をばたつかせているリオレイアに向けて、適正距離から剛射を放ち続ける。立ち上がったリオレイアはたまらずエリア移動のために飛び立つ。

私は上空のリオレイアにむかって剛射を放った。矢はリオレイアの頭部に命中した。リオレイアがうめき声を上げて、地面に落下する。倒れ込むリオレイアの頭部に容赦なく剛射を放つ。

リオレイアは再度飛び上がり、私の放つ矢を受けながら空に消えた。懐中時計を見る。4時間を指している。そろそろ残り時間を考えていく必要がある。回復薬グレードと元気ドリンコを飲み込む。

 

 

 

高い崖が連なるエリア。遺跡平原のマップではちょうど中央に位置するエリア。

何気なく断崖の最下部に入ったと同時に断崖の上から大咆哮が私を襲った。

 

バインドボイス。

 

待ち伏せされていた。

 

全身から血の気が引く。回りの盾虫が一斉にひっくり返る。大音量に耳を塞がざるを得ない。動けない私にリオレイアが飛びかかる。私の胸をリオレイアの足が押さつける。息ができない。がむしゃらに体を動かし、唯一自由に動く右手で足首を殴りつけるが、リオレイアの太い足はびくともしない。リオレイアの顔面が私に迫っていた。思わず目を閉じる。衝撃が頭部に伝わる。リオレイアは頭を振り上げると、勢いをつけて私に頭突きを繰り返す。エルザと一緒に買いに行ったカエルの髪留めが粉々に割れて私に降りかかった。リオレイアは更に頭突きを繰り返している。私の頭部から出血した生暖かい血液が顔面を流れていく。

無意識にポーチに手をやり、肥やし玉を掴み投げつけた。鼻がもげそうな臭いが広がっているはずだが私の臭覚は何も感じない。

リオレイアは私の拘束を解いて空に飛び上がっていった。

私は仰向けに倒れたまま、飛び去るリオレイアを眺めていた。

体に力が入らない。流れてきた血液が目に入り視界が無くなる。震える手でポーチをまさぐる。ポーチの中身はリオレイアに押し潰され、目茶苦茶になっていた。回復薬らしき物を取り出すが、割れた元気ドリンコのガラスまみれでとても口にできない。肥やし玉もまざってしまっている。

後一撃でも攻撃を受ければ命は無かったかもしれない。絶望的な大ダメージに頭が空っぽになる。

 

あきらめかけた私はふと思い出す。

 

「ハンターとは必ず生きて帰ってくる者の事」

 

撃龍船で団長に言われた言葉。

キャラバンに帰ってエルザにこの拘束頭突きの物まねを見せたい。ナズナの心配そうな顔が思い浮かぶ。

あきらめることはできない。

 

頭部の出血を抑えるためにポーチを破り、ぼろ布にして頭に押し付ける。カエルの髪留めが粉々にになってしまっていることに気づく。悲しくて、悲しくて涙が止まらなかった。

 

私は体を引きずるように腕の力だけでエリアを移動する。頭部からの出血はポーチを破って作った布切れが真っ赤に染まるころに止まっていた。ほふく状態で移動し、目的地に到着できた。隣のエリアにリオレイアがいるかいないかは賭けだったが、どうやらその賭けには勝ったようだ。

私は、以前、遺跡平原を歩き回って、ここに薬草が自生しているのを見つけたことを思い出していた。

岩場の隙間から生えている緑の草をひきちぎり無理矢理口に入れる。口の中が痺れるような苦みに吐き出しそうになるが、鼻をつまみ無理矢理飲み込む。またひきちぎり飲み込む。涙と、血液でぐちゃぐちゃになった顔を腕で拭き取る。

ポーチの吊り紐をひきちぎり、ポーチの残骸で作った布切れを頭部の傷にあてて、紐で頭に縛りつけた。出血で目が見えなくなってはいけない。

上半身を起こして、岩を背もたれにして座る。懐中時計を取り出すが、これもガラスが割れ、内部の歯車が飛び出していた。そのまま腰にしまう。片方の手には残骸になったカエルの髪留めが握られていた。涙をこらえて、残骸を腰装備のポケットに突っ込んだ。

もう一度薬草をひきちぎり口に運ぶ。苦みが生きている実感を与えてくれた。

弓を杖にして立ち上がる。出血は多いが、ゲリョス装備のおかげで傷は浅い。まだ戦えそうだ。薬草をかみ砕き無理矢理飲み込む。

 

微かに残る甘い香りを頼りに断崖を登り切った。

耳を澄ますと、リオレイアのいびきが聞こえた。彼女も瀕死状態なのだろう。圧倒的に私の方がやばそうだけど。

龍の巣のエリアに入ろうとしたとき、入口の横に置いたあれを思い出した。それを岩陰から引き出した。決戦用に置いておいた大樽爆弾。

 

大樽爆弾を引きずり、リオレイアの鼻先に置いた。足を引きずり、距離を開け、座り込み、側に落ちていた石ころを拾う。

これで狩猟できなければどうしようか。弓を引くことは出来るのだろうか。一応スキュラフィストを取り出し、肩に掛ける。石ころを握り直す。大きく息を吸い、おもいっきり大樽爆弾に向けて投げつけた。

閃光に目を逸らす。爆音が頭の中で反響する。恐る恐る目を開けた。

砂埃の中から潰れた頭部をもたげて、リオレイアがこちらを見つめていた。

私は座ったまま、膝を折り曲げて弓を固定し、矢を番い、放つ。

1本。2本。3本目の矢を番えると、弓弦が切れ、跳ねた弓弦が私の頬を弾いた。

矢を放てなくなったスキュラフィストを地面に置く。腰に差していたハンターナイフ引き抜き、両手で握り締めて見上げる。

私に向かって歩を進めていたリオレイアはそのまま前のめりに崩れ落ちてきていた。

ハンターナイフを握り締める私のすぐ横の地面にリオレイアの頭部が叩き付けられる。その目にはもはや光はなかった。

 

ハンターナイフから手を離して仰向けに倒れる。腰をまさぐり信号銃を取り出す。恐ろしく頑丈にできたこれは壊れていないことを祈り、玉を込め上空に打ち上げた。

大の字に寝転び見上げた空に白い煙が帯の様にたなびいていく姿を確認した私は目を閉じた。

 

 

 

 

バルバレのギルド内では皆が懐中時計を見ながら掲示板を見守っていた。

受付カウンターからギルドマスターが歩きだし、掲示板の下に来て、貼付けたチラシを剥がそうとジャンプする。が、掲示板の上程に貼付けられたチラシにはまったく手が届いていない。うなだれてイリアに耳打ちをし、歩いてきたイリアがチラシを剥がした。

 

「で、紅蓮の女神はどうだったんですか?」

 

男性ハンターが剥がされたチラシを受け取るギルドマスターに問いかけた。

 

「もちろん」

 

ギルドマスターはブイサインを作る。

ギルド内に歓声が湧き上がる。日頃、ライバルであるハンター同志が抱き合う。

ギルドマスターの横にいたイリアがその場にしゃがみ込む。

 

「ギルドバーの売上も倍増じゃわい」

 

話しかけたイリアから返事がない。見ると、その場にしゃがみ込み泣きじゃくっていた。

 

「よかった。ハンターちゃん、よかったよ」

 

泣きじゃくるイリアの背中をギルドマスターがさする。エリカも机に突っ伏して泣いている。

信号弾を確認し、現場に向かったギルド職員から状況を聞いたギルドマスターは手放しでは喜べなかったが、この歓喜に水を差すことはできなかった。報告書には朱書きで

 

『意識不明、重体』

 

と殴り書きされていた。

 

 

 

 

なんの音だろうか、規則正しく金属を打ち続ける音が聞こえる。鼻からは消毒液の匂い。腹部に圧迫感。

重いまぶたをゆっくりと持ち上げた。まばゆい光に目を細める。白く塗られた天井が見えた。顔を上げると、開かれた窓のカーテンが風で揺れている。窓からは黒煙を吐き出す工場の煙突と見慣れたナグリ火山が見えた。

視線を自分の腹に向けると、私の腹を枕にしてエルザが寝息を立てている。

窓の反対の室内を見ると、椅子に腰かけたペルヴェがこっくりこっくりと顔を揺らして寝息を立てている。その横には腕を組み、壁にもたれかかって目をつぶる褐色の肌の背の高い若い女性。

その女性が薄目を開ける。

 

「あら、気が付いたの?」

 

私は頷く。頭部に痛みが蘇る。ポーチをひきちぎって作った布のかわりに真っ白の包帯が巻かれていた。

 

「私は筆頭ガンナーのマリア。あんた3日間寝ていたのよ。よっぽど疲れてたのね」

 

やっと状況が分かってきた。遺跡平原のリオレイアの横からナグリの病院に運ばれたのだろう。

 

「みんなずっと付きっ切りで看病してくれてたのよ」

 

よくみると、エルザは肌をガサガサにし、頬には涙の後が見える。

 

「先生呼んで来てあげるから、みんなをもう少し寝かせてあげてね」

 

マリアはポニーテールの黒髪を揺らせて病室から出ていった。

私は、枕に頭を戻した。

 

帰ってこれたんだ。

 

安心した私は、柔らかい枕に頭を埋めてもう一度目を閉じた。




死闘の末、リオレイアを狩猟したイズナは、団長から謹慎を命じられ、キャラバンで反省文を書く日々。
そんな彼女のもとに一通の封筒が届く。

次回「第14話 休息」
お楽しみに。
さあ、よき休日を。
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