順調な狩猟に見えたが……。
忍び寄る黒い霧、それは悲劇への予兆。
「第15話 予兆」
どうぞ。
ツルハシを振り下ろす。火花が飛び散り、岩が割れる。岩の隙間から手の平大ほどの緑色の結晶が現れた。隙間に手を突っ込み、剥がし取る。取り出した鉱石を天井の隙間から射す光にかざす。上質なドラグライト鉱石だ。持ってきた革袋に突っ込む。ひと抱えある革袋はパンパンになっている。
地底洞窟での採取クエストを受注し、ナズナ、ニコとひたすら採取に明け暮れる。
ゲリョス装備は大規模なメンテナンスが必要らしく一式をカガリに渡した私は今、採取専用に作ったレザー一式装備を着用している。
レザー式は体にフィットしたその形状から、採取等の作業がやりやすく作られている。また、ペルヴェに作って貰った装飾品を付ける事により、採取回路が発動し、採取箇所がなんとなく頭に浮かび上がり、採取技術も以前より目に見えて上達し、貴重な鉱石を砕くことなく、結晶体のまま採取することができるようになっていた。
必要なドラグライト鉱石も集まったしそろそろ帰ろうかとエリア内を見渡すと、ニコがケルビを追い掛けていた。ドングリランスでケルビに突っ込むが空振りに終わり崖にぶつかる。
座りこむニコにナズナが歩み寄る。
「やっぱりダメニャ」
俯き泣き出すニコ。ナズナは腕を組みニコに言う。
「でも、怖がらずに突っ込めたニャ。すごい進歩ニャ」
ニコの教育係をかってでたナズナは採取クエストの合間に小型モンスターの狩猟をニコにさせていた。ブナハブラから泣きながら逃げ出していたニコも今ではアプトノスの様なおとなしいモンスターに攻撃が出来るようになっていた。様子を眺める私にナズナが気付く。
「そろそろ帰るニャ」
私は頷き、革袋を背負った。
*
チコ海岸から帰った日、団長は私の狩猟謹慎を解いてくれた。しかし、大型モンスターの狩猟は禁止された。スキュラフィストも壊れてしまいパワーハンターボウしかない今、リハビリをかねて防具強化のために採掘を中心にクエストを受注している。
ペルヴェがガラス石で派手に飾られた新しいポーチを作ってくれ、エルザがギルドに懐中時計を注文してくれた。
*
ナグリに戻り、加工工房に顔を出す。地元のハンター達で混雑する工房の前で水筒の水を飲み休憩していたペルヴェに革袋から鎧玉を取り出し渡した。
「ご苦労様」
ペルヴェは鎧玉を受け取ると、光にかざし、様々な角度から光の反射具合を見る。
「いい鎧玉だね。採掘上達した?」
実際、狩猟を考えずに採掘に集中すると、よりいい鉱石が眠っている場所が何となく分かるようになっていた。上鎧玉だけでなく、尖鎧玉を掘り当てることもあった。
「ニコっ!」
ペルヴェの声にニコはとっさに私の後ろに隠れる。相変わらずのニコの様子に、ペルヴェは両手を腰に当ててため息をつく。
「あんた、やればできるはずなんだから頑張りなさい」
言いながらニコの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「おーい、ちょっと来てくれ」
工房からカガリの声がする。ペルヴェは大声で答えると私達に手を振って走っていった。
キャラバンに戻ると、団長が出入口下の階段に腰掛けていた。
「おう。無事でなにより」
片手を上げて団長は立ち上がった。
「どうだ、モンスターを狩りたくてうずうずしてるか」
私は頷く。傷は完全に癒えていた。ただ、モンスターに向かいあった時、平静でいる自信がなかった。しばらくモンスターを狩猟していないせいもあるが、リオレイアの待ち伏せ咆哮がトラウマになってしまっているのか、採取でもエリアを移動するときはつい身構えてしまう。
「ニコはどうだ」
私の後ろにぴったりとくっつくニコが急に名前を呼ばれ、ビクッと震える。
「ハンターさんがおっきなモンスターを狩るとこ見たいニャ」
ニコの答えに団長は高笑いをする。
「そうか、そうか、よし我等のハンターよ、明日から狩猟解禁だ」
団長の言葉に頷く。全身に力がみなぎるのを感じた。狩りに出たい自分を押し殺していたことに気付く。
「目の色が変わったな。ハンターはやっぱりそうでなくちゃな」
団長は私の肩をポンと叩くと
「ナズナとニコのこと頼んだぞ」
手を振りながらナグリの町に消えていった。
夕食を終え、私とエルザは、掲示板を眺めていた。私の復帰第一戦をどのモンスターにするか。
依頼書を眺める私の肩を誰かが叩く。振り返ると満面の笑みのペルヴェが立っていた。彼女の後ろには大きな木箱を抱えたカガリがいる。
「狩猟解禁おめでとう。ハンターさん」
ペルヴェがガッツポーズをする。カガリが木箱を地面に降ろした。
「ゲリョス装備の整備が終わった。持ってきてくれた鎧玉のおかげで随分強化出来た」
木箱の中には綺麗に折り畳まれた防具が納められていた。思わずかけより、手に取る。幾重にも蒸着された鎧玉のせいか、ゲリョスの革が前よりも輝いて見える。胸に抱きしめた。ともにリオレイアと戦った戦友に再開した気分だった。
「それから、スキュラフィストなんだが」
カガリは背中に背負っていた袋から見覚えのある弓を取り出す。とんでもない使い方をして壊してしまったスキュラフィスト。回復してからは何度もカガリに謝り、団長の反省文にもずいぶん謝罪の言葉をつづった。
「試験的に剛撃の機構を組み込んでみた。スキュラハガーだ」
カガリは私に弓と矢筒を渡した。しっくりとくる重量感。感慨深げに武器を眺める私にカガリは
「防具、武器どちらの性能も強個体モンスターでも通用するだろう」
と言い、空になった木箱を掴むと
「存分に狩れ」
と言い残し、手を振って工房に戻っていった。
「がんばってね。ハンターさん」
ペルヴェが後をおう。が、足を止めると、何か思い出したように私の側に走り寄る。
「お師匠さんね、壊れた弓を見て、ずっと俺のせいだって言ってた。あんなお師匠さんもう見たくないから」
ペルヴェは私に手を振ってカガリの大きな背中を追って走る。
エルザと話し合った結果、緒戦の相手はニコのトラウマであるババコンガに決めた。場所は原生林。チコ海岸に近い。ニコが緊張にブルブルと体を震わせる。
*
カガリの言った通り、防具は十分強化され、ババコンガの転がり前転に巻き込まれるも、ほとんどダメージが無かった。スキュラハガーの剛射機構もスムーズに稼動し、前のような弓に負担がかかるようなことはなかった。
そこまではよかったが、この臭いを耐えきれない。キノコを食べては放屁。ダメージをあたえても放屁。挙げ句の果ては、あれを掴んで投げつけてくる。エリア中に肥し玉級の臭いが充満する。ナズナも至近距離で放屁を貰い、慌てるニコを残して、ふらつきながらエリアをでていった。
臭いにクラクラしながらも、突進や前転突進を挙動を見きって紙一重でかわし、弓弦を引き絞りながら移動し、相手が止まった瞬間に弱点らしき顔面に適性距離から全弾を命中させる。ババコンガは頭を下げて尻尾を高く上げる。あれを投げつけてくることを予想し、距離をとってバックステップで離れる。あれは私の随分手前で地面に散らばる。嫌々、弓を引き絞りがらそれを踏みつけ前に出て硬直状態にあるババコンガに剛射を放つ。
*
「すごいニャ」
大木の陰でニコが呟く。完全にモンスターの攻撃を見きっている。全く無駄のない攻撃。バカでかい刀をブンブン振り回して、あれまみれになっていた前の旦那とは比べものにならない。見とれているとババコンガと目が合ってしまった。慌てて逃げ出す。追いつかれる瞬間、背後で矢が命中する音が聞こえ、振り向くと、ババコンガは地面に倒れこんでいた。遥か向こうには、弓を背中に背負い直すハンターが見える。
*
倒れ込むババコンガの向こうでニコがひっくり返っている。走りより、抱え起こした。ブルブル震えながら立ち上がったニコはババコンガの死骸に近寄りまじまじと眺めている。
さて、ナズナはどこにいったものか。すぐに信号弾を撃ち、ナグリに戻って体を洗いたい。辺りを見回していると、私の足にニコがぶつかる。ニコは
「ニャ、ニャー」
言葉にならないように震えながら指を指している。
ニコの指す先を見ると、倒したはずのババコンガが起き上がり、こちらを見ていた。
ババコンガの様子がおかしい。黒と紫が入り混じったような空虚な目。瞳が赤々と輝く。口からは黒いもやを吐き出している。
私はニコをかばうように前に出る。黒いもやが私を覆う。もやを振り払うが、両腕は空を切る。なにが起こっているのか理解出来ない。ただ、この黒いもやが危険なものであることは分かる。しがみつき震えるニコを抱き抱え、一目散にに走り、距離を開ける。ニコを降ろし、弓を構える。ババコンガに生気を感じない。何かに操られているような感じがする。
瞬間、ババコンガの顔面が私の目の前に迫る。さっきまでからは考えられないスピード。振り上げられた腕に叩かれ地面を転がる。痛さより熱さを感じる。みると、叩かれた部分から黒いもやがあがっている。あわてて振り払う。が、黒いもやは徐々に私の全身を包み込む。呼吸が苦しい。
とにかく、ババコンガをどうにかしなくてはと弓を構える。移動スピードこそ段違いに速くなっているが挙動に変化はない。落ち着いて、矢を放つ。
数発矢を命中させると、私の回りのもやが無くなっていた。いやそれにも増して体が軽い。力が沸き上がる。放つ矢はすべてが会心撃になりババコンガを吹き飛ばしていた。自分に何が起こったのかよくわからないが、いけそうだ。ハンターの手引によるとモンスターには強個体というのがいるらしい。生存競争の中、勝ち上がったモンスターのことで、上位ハンターのみが受注できるクエストになるらしい。何かの手違いでそれが現れたのだろうか。こんな黒いもやについては何も書いて無かったが。放つ矢に力が乗る。体中の細胞が活性化している。
しばらく攻撃を繰り返しているとババコンガは地面に倒れ、今度こそ動かなくなった。また起き上がるかもしれないとババコンガの死骸に弓を構える。が、しばらくぴくりとも動かなかったため、納刀した。剥ぎ取りに近づく。
この光景、どこかで見た気がする。なにかがひっかかる。雑念を振り払い剥ぎ取りに集中した。
クエストから帰ってきた私は、キャラバンで皆の出迎えの中、何の前触れもなく、突然に地面に倒れた。
*
目が覚めると揺れるキャラバンのベッドの中にいた。
「よかった、大丈夫?」
ベッドの横にいたエルザが声をかける。キャラバン内には皆の荷物で溢れ返っている。連続する揺れからキャラバンが移動していることが分かった。
「団長がね、ニコちゃんから話しを聞いたとたん、急にバルバレに帰るって」
こんなに困惑し不安そうなエルザの顔は見たことがない。
「ハンターさんは急に倒れちゃうし、団長は何も話してくれないし。どうしたらいいのか……」
エルザが涙をポロポロとベッドの上にこぼす。
バルバレへ戻る太陽の団。しかし、一度狂い出した現実はもはや、歯車の壊れた時計の様に、元の時を刻むことは出来ない。
絶望の中で下される決断。
次回
「第16話 落日」
お楽しみに。