「第16話 落日」
どうぞ。
早朝、バルバレの町に着いた。団員達は、昼過ぎまで荷物整理に追われていた。
やっと落ち着いた頃、マリアがキャラバンを訪れベッドに横になっている私を買い物に誘った。
マリアはいつもの狩猟防具を身につけていたが、ベッドから起き上がったばかりの私は、普段着で、ベッドの横に丸まっていたニコを連れて、バルバレの商業地区へ向かった。
どうも体の調子がおかしい。まるで高熱が出たときのように足元がフワフワしている。頭にもやがかかり、深く考えることが出来ない。少し外を歩けばましになるかもと思い、マリアの背中を見ながら歩く。
*
イズナ達の姿が見えなくなると、団長は団員全員をキャラバンに集めた。
それぞれが思い思いの場所に腰掛ける。団長は窓際に立ち、差し込む光を背に話し始めた。
恐竜ウィルスの話。最近各地で討伐したはずのモンスターが黒い息を吐き出しながら甦る現象が多発していること。
団長はドンドルマギルドの密命を受けて調査中、樹海で古龍の化石を見つけた。その中からイズナを見つけたこと。
古い文献にシュレイドを滅ぼした黒龍を呼び出した黒のハンターが古龍の骸から生まれたとの記載があること。
イズナがバルバレに来てから、ウィルスに感染したモンスターが周辺で激増したこと。
ウィルスと接触して異常があった場合、ギルド本部からイズナを辺境地域へ追放せよとの命令が来ていること。また、やむを得ない場合は殺害せよとの命令が来ていること。
団長がずっと一人で思い悩んでいたこと。
「なんで言ってくれなかったんですか」
エルザが俯いたまま低い声で言う。
「ひどいです」
途中から嗚咽するエルザ。
「私、そんなこと全然知らなかったから、ハンターさんにババコンガの狩猟勧めました」
涙が膝に落ちる。
「すまない」
団長は頭を下げる。
「見損なわれたもんだな」
カガリが腕を組み団長を睨みつける。
「そんなに俺達が信用できなかったか」
カガリは側の机を叩きつける。
「すまない」
団長はつぶやきうなだれる。
「みんな酷いニャ。団長がどんなけ悩んで」
ナズナが飛び出す。
「いいんだ」
団長がナズナの頭を撫でる。
「で、どうするつもりだ。辺境でなくバルバレに来たってことはあいつを殺すのか」
カガリは言い終わってから自分の言った言葉の恐さに戦慄した。エルザは両手を顔にあてて泣きじゃくっている。
団長は首を振る。
「俺はな、あいつを信じてみようと思うんだ」
「俺達の所に来てからのあいつの変化にはいつも驚かされてきた。で、チコの浜辺でおもったんだが」
「あいつなら乗り越えれるんじゃないかとな」
しばし沈黙の後、カガリが口を開く。
「ギルドに逆らうっていうのか」
団長は頷く。
「そのつもりだ。だから……」
団長はそこで声を詰まらせる。みなが団長に注目する。逆光で団長の表情は見えない。エルザは両手で両耳をふさぎ首を振っている。団長は握り締めた手を震わせる。
大切に、大事に、何もないところから築きあげた宝物のようなこの団を、
「今日で太陽の団は解散だ」
ガラス細工を床に投げつけるように、粉々に、割った。
「近いうちにギルドナイトが来る。お前達は、最後まで何も知らなかった、俺に騙されてたと言い切れ」
「団長はどうするんですか」
エルザが下を向いたまま言う。
「イズナと地下に潜る」
団員達は何か言いたそうだったが、皆うなだれてそれぞれの店に帰っていった。
団長はキャラバンの入口前の階段に力無く座り、地面を眺める。
一瞬、小さな影が道路を走る。見上げると、流線型の物体がギルド船に向かって高速で空を飛んでいる。ギルドバード。団長は一挙動で立ち上がりギルド船に向けて全力で走り出した。
*
ギルド船内のカウンター前でエリカとギルドマスターが話している。
「だから、新しくできる闘技場の受付を、ここにして、掲示板をもっと大きくしてですね」
空耳だろうか、何か小さな音が聞こえた気がして、天井を見上げる。気のせいだろうか。
「で、マスターがいつも占領してるカウンターをちょっと狭め、あれ?」
前を見るがそこにギルドマスターの姿はなかった。
ギルド船の階段を2段飛ばしで駆け上がるギルドマスター。昼間の太陽が照り付ける甲板に踊り出る。見渡すと大銅鑼の下に鳥の死骸が見える。駆け寄る。拾い上げて死骸の足に取り付けられた小さな金属製の筒を取り出す。筒を開け、中から細長い紙を取り出す。表に1305の数字。裏面は真っ黒に塗られている。腰に吊していたレンズの束を取り出す。1305と数字が振られたレンズをとり外し、眼鏡に取り付けた。紙を見つめるギルドマスターの向こう、団長が甲板に踊り出、ギルドマスターに駆け寄る。
「ギルドバードか、どこから」
ギルドマスターが紙を裏返えすと、レンズを通して文字が浮かび上がる。
「黒のハンターの観測隊からだ」
ギルドマスターは文字を読みながら答える。ギルドバードは超特急便の為にギルドで特別に飼育されている鳥で、この世界で一番速く空を飛ぶことができるが、着陸の仕方は教えられていないため、直線にただ飛び続け、何かにぶつかると絶命する。ギルドマスターは紙から目を外す。
「なんと?」
団長が急かす。ギルドマスターはレンズを外し、団長を見上げる。
「ゴア・マガラ急襲、警戒されたし」
ゴア・マガラ、黒のハンターの観測省での呼び名。
顔を見合わす二人を一瞬影が包む。あわてて見上げる。黒い霧に包まれた巨大なものが羽を広げて滑空している。飛びさる方向の甲板に走る。黒い霧は商業地区の一角に向けて急降下している。団長が膝から崩れ落ちる。
「くそっ、早過ぎだ」
うなだれる団長にギルドマスターが歩み寄る。
「どこへなりと消えなさい。すぐにギルドナイトがやってくるだろう」
団長はふらふらと立ち上がる。
「団員達の事をよろしく頼みます」
ハット帽をとり、深々と頭を下げると、甲板の出入口に向かって走り去った。
*
マリアは、もくもくと私の前を歩いている。竜人族と人間のハーフという彼女は歩幅が広い。距離が開いたので早足で追いかけた時、目の前に影がかかった。
振り向こうとした時、突然背中に衝撃を感じた。気がつくと、前を歩いていたはずのマリアを追い抜き、地面に叩きつけられていた。致命的な痛みだった。目を開けようとするが、まぶたが開かない。いや、まぶたは開いているが光を感じないのか。体を動かそうとするが、まるで全身が鉛になってしまったように重く全く動かすことが出来ない。
それ以前に体の感覚が全くない。
意識が薄れる。
マリアが呼び掛ける声が遠くで聞こえるが、だんだんと小さくなり、ついには何も聞こえなくなった。
体が寒い。
無性に眠たい。
何もかもがどうでもよくなる。
もう、疲れてしまった。
私は深い眠りに落ちていった。
二度と目覚めることのない眠り。
あの長い、終わりのない暗い闇に引きずり込まれる。
そして、
闇に漂う私を掬いあげたのは、凍えるほど冷たいあのモンスターの腕だった。
*
商業地区の通りの店が風圧で破壊され、砂埃や商品である布や植物、木材が舞い上がる。
レンガ造りの道路に倒れるイズナに駆け寄る。起こそうと背中に手を触れて絶望した。イズナを揺するマリアの両手が真っ赤に染まる。
振り返ると、舞い上がった砂埃の向こうに黒いもやが見える。もやの中には、危険な何かがいる。回りを見渡す。風圧で倒れた人達が起き上がろうとしていた。イズナの側で震えているニコを呼ぶ。
「このことをすぐにキャラバンに伝えなさい」
震えて動けないニコ。
「早く!」
ニコはビクッと体を震わすと、とまどうようにイズナの側をゆっくりと離れ、覚悟を決めると、四本足で風のようにキャラバンに向かって走り去った。
マリアは腰を屈め、イズナの首元に指を当てる。脈はない。楽しそうに海岸を走り回っていたイズナの姿を思い出し、心が折れそうになる。が、今はこの状況を打開しなくてはならない。
背負っていたヘビーボウガンを構える。砂埃が落ち着くと、黒いもやの中から、漆黒の甲殻に覆われた巨大なモンスターの姿が徐々に明らかになっていく。
偶然居合わせたハンター達もそれぞれの武器を取り出している。
ハンター達の持つ武器を確認する。大剣が2人。太刀が一人。武器は大剣の2人がブレイズブレイド改にフルミナントソード、太刀はウインドイーター。大剣は初心者に毛が生えた程度。太刀は中級クラスか。一瞬で味方の戦力を分析する。町に出かけただけだったので弾丸は通常弾数発しかない。頼りになりそうなのは太刀使いくらいか。
ため息をつき、モンスターの戦力を分析する。
大きさはリオレイアよりひとまわり大きい。燐粉のように黒い霧を撒き散らしマントのように背を覆い尽くす翼は通りの幅を超えている。頭部には研ぎ澄まされた刃のような牙が並ぶ、人一人はゆうに飲み込めそうな口。目が見あたらない。何らかの触覚器官をつかって相手を認知しているのだろう。すべての戦力はリオレイアを上回っていそうだ。市街地戦も初めて。なんとか撃退できればいいが。
スコープを覗き込む。いない。スコープから目を外すと、太刀を構えたハンターに突進している。
「速い!」
リオレイアの突進を上回る速さ。巨体がそれ自体凶器となり、一撃で太刀使いは、避けることも出来ず吹っ飛び地面に倒れた。
モンスターは通りの商店の壁に体をぶつけて止まり、翼を広げる。崩れ落ちた商店の残骸の上に、天を覆い尽くような巨大な翼が広がる。羽ばたく度に黒い燐粉が吹き付ける。
風圧に堪えながら大剣使いの一人が一太刀をモンスターの顔面に振るう。金属がぶつかり合うような音と火花。よろめく大剣使いは、刃先がボロボロになった大剣を放りだして逃げ出した。
甲殻は鍛えられた金属より固い。
しゃがみこみ、通常弾を顔面に打ち込む。初弾は弾かれたが、次弾は頭部で炸裂している。恐ろしく固いが、まったくダメージが通らないわけではなさそうだ。リロードし弾を充填する。
突然、背部から大咆哮が襲いかかる。マリアの横をもう一人の大剣使いが転がっていく。
「バインドボイス?」
もう一匹いるのか。あわててボウガンを納刀し、壊れた商店の壁を背に振り返る。
右手に黒いモンスター、左手には、死んだはずのイズナが四つん這いになっている。イズナはフラフラと前進し、目を開く。真っ赤に輝く瞳が見えた。口から黒い息を吐く。狂竜ウィルスに侵されたモンスターそのものだった。
「苦戦しているようだな、筆頭ハンター」
気が付くと、すぐ横にギルドナイトスーツを纏った大男が腕を組み立っている。服装、背中の双剣。ギルドナイトだ。
「あっちのでかいのは聞いていたが、こっちのちっこいのはなんだ。ありゃモンスターか」
ギルドナイトの男性は髭を蓄えた顎をイズナにむけてしゃくる。マリアにもあれが何なのかわからない。
「やばいのはどっちだ」
黒いモンスターも十分手強いが、感じる殺気や不安感はイズナの方が強い。マリアはイズナの方を指差す。
「わかった。アイリア、クレイ、俺とあいつの相手だ」
男性は背中の双剣を引き抜き、切っ先をイズナに向ける。音も無く、若い男性と女性のギルドナイトが近寄り、双剣を抜刀する。
「ジェイスンは筆頭ハンターの援護だ」
マリアの右横に細身の男性ギルドナイトが双剣を抜いて立つ。
大柄のギルドナイトがイズナに突進する。マリアはイズナの方を見ないように、ヘビーボウガンを黒いモンスターに向けて構える。通りを悠然と歩くモンスターに照準を合わせ、通常弾を打ち出す。初弾、次弾は頭部に命中したが、残りはモンスターが急旋回したため、狙いを外れ、商店の残骸に着弾する。飛び散る残骸の影から人が飛び出てあわてて逃げていく。無駄弾を撃つことは許されない。市街地戦の難しさを実感する。
リロードする間、細身のギルドナイトがモンスターに突進し、マントのような翼の下に滑りこみ、足を乱舞で切り付ける。
ふと、イズナの方を見る。四つん這いのイズナは人間とは思えないスピードでギルドナイト達の隙間を駆け抜け、倒れていた太刀使いの腰からハンターナイフを抜き出し、口にくわえて威嚇している。
リロードを終え、モンスターを見る。突進の軸線上から移動し、照準を合わせる。ギルドナイトは乱舞を終え、マントの下から滑り出ている。
外さないよう、全弾を頭部に命中させ、すかさず横移動する。視界にイズナが入る。ギルドナイトが振る双剣の切っ先を紙一重でかわしながら、口にくわえたナイフで切り付けている。すでにクレイと呼ばれたギルドナイトは腕から血を流し、離れた所でしゃがんでいる。
モンスターの方を見ると、翼を広げ、飛び上がったところだった。空中からの飛び掛かりを防ぐ為に、正面から更に回りこむ。が、モンスターは黒い燐粉を撒き散らし、風圧で砂埃を巻き上げ、真っ青な空へ飛び上がっていった。構えていたボウガンの銃口を下げる。
イズナの方を見ると、アイリアと呼ばれた女性ギルドナイトが腕を切り付けられて血を流している。双剣使いの弱点を的確に狙った攻撃。最小限のダメージで戦力を奪っている。
大柄のギルドナイトと、さっきまでモンスターの相手をしていたジェイスンがイズナと向き合う。
切り付けるジェイスンの流れるような双剣の切っ先を信じられないスピードで避け、攻撃の合間に口にくわえたナイフでジェイスンの腕を切り付ける。
双剣を落としうずくまるジェイスンの首元にイズナのナイフが迫ったとき、二人の間に小さな丸い玉が投げつけられた。
破裂音の後、白煙が勢いよく吹き出て、辺り一面に広がる。煙玉だろう。
意表をつかれたイズナはナイフを放りだし、通りを駆け出す。集まっていたやじ馬が道を空ける。離れていたお陰で白煙にまきこまれなったマリアはボウガンを納刀すると、
「書記官殿! これでいいんですね」
と大声で誰に言うでもなく叫び、イズナの後を追い掛ける。
*
掲示板から外した依頼書の束を木箱に入れ、机の上に載せた。
机に落ちる影に気がつく。顔を上げると、腕に巻かれた血の滲んだ包帯が目に入る。ギルドナイトスーツを纏った男女が無表情でエルザを見ていた。エルザは、木箱から手を離すと、少しだけキャラバンの方を振り向く。ついさっき、息を切らして駆け込んできたニコはキャラバンにいたナズナと共にイズナの荷物を担ぐと、エルザとカガリに頭を下げ、振り向く事なく走り去っていった。
覚悟を決め頷くと、彼らの後をついて歩き出す。
工房の釜の前に、無言で座るカガリとペルヴェは工房に入ってきたギルドナイトに気付き立ち上がる。大柄の男性と腕に包帯を巻いた細身のギルドナイト。カガリとペルヴェは無言で彼らの後を歩く。誰もいなくなったキャラバンを振りかえったペルヴェがカガリの服を震える手で握りしめる。目に一杯の涙をためていた。
カガリは服を握るペルヴェの手を握ってあげ、ギルドナイトの後を歩く。
*
バルバレから裏手に広がる岩山に入ったところで、マリアは倒れているイズナを見つけた。駆け寄ると、イズナは全身を震わせて、涙を流していた。
マリアはしゃがみ込み、イズナの背中を撫でる。あの時の傷はなくなり、服だけが破れている。
「もう、帰れなくなっちゃったね」
背中を撫でながらマリアがささやく様に言う。肩を震わせて、涙を流しながら、イズナは頷く。
「一緒に逃げよう」
マリアの言葉に顔を上げるイズナ。その目はいつもの瞳に戻っていた。マリアは懐からハンカチを取り出し、イズナの顔を拭いてやった。
「強くなりなさい。自分に負けないように」
マリアはイズナを抱き抱えて立たせた。イズナの顔がまた涙で濡れる。
イズナは、袖口で涙を拭きとり、何度もマリアに頭を下げた。
「さあ、自分で歩きなさい。長い旅になるわ。いつまでも肩をかせない」
イズナは頷くと、前を歩くマリアの後を歩き出した。
一度だけ、バルバレの町を振り返る。
いつか、また、帰ってくる場所として記憶に焼き付けた。
岩山を登る二人の後を、ナズナとニコが荷物を担いで追い掛けていた。
*
*
あれから、どれくらいが経っただろうか。私は今、バルバレのギルドバーの給仕係をしている。
カガリは、別の町のギルド直営の工房で働いているらしい。こうなることを予想していたのか、団長は、ナジム、ハク、ペルヴェの正式な団員登録をギルドに提出していなかったらしい。ナジムとハクは、二人でバルバレの町を離れ、ペルヴェはナグリの町に帰って行った。
ペルヴェとはよく手紙のやり取りをしている。キャラバンで過ごした時間を懐かしみ、思い出をいつも書き送ってくれる。
私は、まだ、あのころの思い出が眩し過ぎて、直視出来ない。
メイドエプロンの胸ポケットから一枚の写真を取り出す。バルバレを離れる時に撮った宝物。ペルヴェに見つかって、自分の写真を貼付けていた。大切な思い出。
つらいことも沢山あったけど、いつも思い出すのは、イズナの笑う顔。
元気にしてるのかなぁ。
涙が出そうになり、天井を見上げる。
ナズナがイズナの荷物をまとめている時、自分のカエルの髪飾りを勝手に入れた。もし、どこかで出会ったときの目印。
「おーい、注文頼むよ」
テーブルに座るハンターが手を振って叫ぶ。
「はーい」
写真を大切に胸のポケットに直す。
「なんだよ、ぼーとして、彼氏のことでも考えてたんじゃないの?」
言いながら私のお尻を触るハンターの頭をお盆で叩く。
「そんなとこ。で、注文は」
団長はイズナを信じるって言ってくれた。
みんなイズナを信じてる。
だから、安心して、帰ってきてね。
ギルドから追われる身となったイズナはマリアとナズナ、ニコと共に終わりの知れない逃亡生活を始める。まばゆいばかりの太陽の団の思い出。天が巡りめくように、再び日が昇る朝を目差して。
次回
第3章 流転編
「第17話 黒影」
お楽しみに。