モンスターハンター In My Eyes   作:あずき犬

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バルバレを去ったイズナ達は、ギルドの追っ手をまき、はるか東新大陸へ逃げ落ちる。気を張り続けていた旅に一時の安らぎ。


第3章 流転編

「第17話 黒影」
どうぞ。


第3章 流転編
第17話 黒影


「あ、カエルのハンターさんだ」

 

粉雪が舞い散る中、袋一杯の生肉をかついで、村への坂道を下ると、村の子供達が私の回りに集まってきた。

 

「ほら、カエルつけてるでしょ」

 

赤い着物の女の子が嬉しそうに私の髪飾りを指差す。

 

「ほんとだ」

 

男の子達が背伸びをして髪飾りを覗きこむ。

 

「ねえ、なんでカエルつけてるの」

 

女の子が無邪気に尋ねる。

 

(大切な思い出だから)

 

言葉を出せない私は戸惑う。

 

「これ、ハンターさんを困らせるんじゃありませんよ」

 

子供達の後ろから、背の高い、竜人族の女性が現れる。スラリとした手足を隠す夜桜模様の着物。年齢は長寿の竜人族にとって意味をなさないが、噂では200歳を超えるらしい。金の装飾の髪飾りが歩く度に優雅に揺れる。

 

「饅頭屋さんが探してましたよ」

 

子供達は賑やかに笑いながら、一斉に村へ坂を駆け降りて行った。

 

「ご苦労様。だいぶ寒くなってきましたね」

 

女性は言って坂を下り始める。私はその後を濡れた坂道に足を取られないよう慎重について行く。吐く息が白く広がる。その先に、もくもくと白い煙を空に幾筋も立ち上らせる村が見えてきた。

 

ユクモ村。

 

バルバレの町から、商隊のキャラバンに紛れて、砂原を超え、陸路、辺境の村村を渡り歩き小さな港町に着いた。そこから遠洋漁船に載せてもって東大陸海を渡り東新大陸に降り立った。港からはガーグアが引く運搬アイルーの荷車に乗せてもらいこの村に行き着いた。マリアの古い馴染みの村長の計らいで、かつて村付きのハンターが住んでいた小屋を借り、村人の生活のため、村近くの渓流地帯でアプトノスを狩って生肉を剥ぎ取り、薬草などを採取して時を過ごしてきた。

かつてはこの村にもギルドカウンターがあったそうだが、今は訪れる者もハンターではなく、良質な温泉目当ての観光客のみとなり、ギルドカウンターは閉鎖されている。

 

村の中央の広場に着くと、女性は竹で作られたベンチに腰掛けた。簡単な屋根が取り付けられており足元には燃石炭を利用したストーブが赤々と温かそうな光を放ち、その上では、やかんが蒸気を出している。

 

「どうぞ、おかけになって」

女性はやかんから急須にお湯を入れ、しばらく置いて、湯呑みに緑色のお茶を注ぐ。私はベンチに腰掛け、湯呑みを受け取る。湯気を吹きながらお茶を頂いた。この苦さにはなかなか慣れないが、体が温まる。

 

「マリアさんはまた火山?」

 

女性は上品にお茶を飲み、ベンチの上に湯呑みを置く。

マリアはナズナとニコを連れて少し足を伸ばして火山地帯に行った。前に二人で採取に出かけたときに、大型モンスターの気配を感じ、調べたところ、村人がラングロトラというモンスターを見かけたとの証言を得た。

マリアは、村の冬支度のため、生肉や薬草を採取することも必要と判断し、二手に別れた。

私は俯いて頷く。私が火山に行きたかったが、マリアは「まだ、だめ」と言って譲ってくれなかった。

キャラバンではいつも狩りに出る方だったので、こうしてハンターの帰りを待つことの不安さを初めて味わう。

 

「あなた達が来てくれて助かりました。冬支度の為にわざわざギルドからハンターを派遣してもらったら悪いものね」

 

女性は目を細めて私に笑いかける。

 

―― いい、村長はああ見えて人使いがすごいあらいから、笑顔に騙されて何回やばい狩りにつれだされたか ――

 

マリアが村に来てすぐに私にそう言って笑った。

 

「お、村長さんにイズナちゃんじゃないかニャ」

 

二人の前を年老いたアイルーが通りかかる。村の大温泉の番頭アイルーである。

 

「あら、番頭さん、精がでますね」

 

番頭は後ろに、薪木が山のように詰まれた荷車を引いている。

 

「雪が積もる前にやっとかニャいと、凍えちまうからニャ」

 

番頭は言って、よいしょっと声を上げて、二人の横の坂を登る。

 

「ニャ?」

 

突然荷車が軽くなる。私は、荷車に生肉の入った袋を乗せて、荷車の後を両手で押した。

 

「ありがてぇ。すまねえニャ」

 

番頭は言うと、前に歩きだす。何かをして体を動かしていたかった。ハンターの帰りを待つことがこんなに気苦労するものとは思わなかった。

 

生肉を雑貨屋のおばちゃんに渡し、以前村付きのハンターが使っていたという小屋に帰る。

 

じっとしていられないので、防具を脱ぎ、村長に借りた普段着用の動きやすい着物に着替えた。備え付けの小さな台所の釜戸に鉄釜に入った燃石炭を放り込み、蒔きに火を起こす。

長い旅の中で覚えたのは、拠点を持たない狩りの難しさと、料理だった。

 

ユクモ特産の大豆から作った味噌汁、白いご飯、さっきの狩りで採取した焼き魚が出来上がり、小屋の中においしそうな匂いが充満したころ、嗅ぎ付けたように、マリア達が帰ってきた。

 

「いい匂い。イズナが作ってくれたの」

 

マリアが肩に降り積もった雪をかき下ろしながら背中のヘビーボウガンを降ろす。マリアは桶のお湯で顔を洗う。タオルで顔を拭きながら心配そうに見つめる私を見る。

 

「ラングロトラぐらい何頭も倒してきてるから大丈夫って言ってたでしょ」

 

言いながら革袋から赤い甲殻の付いたモンスターの腕を取り出す。

私は頷くと、みんなの皿を並べはじめた。

 

バルバレから逃げ出した時からは想像もできなかった落ち着いた時間が流れる。

 

テーブルを囲み、食事を摂りながら、ナズナがニコの成長ぶりを褒め、ニコがラングロトラの舌にまき取られていったナズナの話をする。

食器のあと片付けをしながら、ふと思う。

 

早く狩りがしたい。

 

と。

 

 

カエルの髪飾りを取り外し、とうのおけの中の脱いだ着物の上に大事に置いた。体を洗う小さなタオルを持ち、湯舟に向かう。

硫黄の匂いの湯煙の中、雪の舞い散る寒さに震えながら、素早く掛け湯をして白く濁る湯舟に入る。熱すぎるかなと思う水温だったが、肩までつかると、熱さは感じず、冷えた頭部が気持ちいい。思わず長いため息が出る。あとからナズナとニコが湯舟に飛び込む。

貸し切り状態の大露天風呂の片隅で、マリアが湯舟にお銚子を載せたお盆を浮かべて、おちょこで酒を飲んでいる。

ユクモの酒は、限りなく透明で度数がとても高い。髪を結い上げたマリアの褐色の肌がほんのりピンクに染まっている。

普段は混浴の露天風呂だが、番頭の計らいで、狩りから帰ったあとは貸し切りにしてくれている。

 

「ど田舎だけど、この温泉があるだけでここは世界で一番の狩場だわ」

 

マリアがおちょこをお盆に載せ、顎まで湯に浸かる。

 

「マリアは、いつここに来たニャ」

 

湯の中を泳ぐニコの横で顔だけを出したナズナが聞く。

 

「前に来たのは、シズクさんがいたころだから、大分前ね」

 

マリアは指折り年数を数えていたが、途中でやめてしまった。

私がマリアの顔を覗きこんでいると、マリアは、

 

「シズクさんは書記官、団長さんのフィアンセだった人よ」

 

私が興味をもったのを嬉しそうに話す。

 

「シズクさんはね、いつも裸一貫で辺境の狩場に乗り込んで、村に溶け込みながら目的のモンスターを狩っていたわ」

 

ナグリで団長から借りたドレスの女性。どんな人か知りたかった。

 

「神風旅団のエースハンターでね、ユクモにはアマツマガツチってとんでもないモンスターを狩りに来てたの」

 

天候を操る竜、アマツマガツチ。村に来た頃、村人がみなその事を語っていた。だからこの村はハンターをとても大切にしている。

厄災級のモンスターを一人で狩るシズクさんはどんな恐ろしい見た目なのだろうかと想像していたが、村の人は私を見てシズクさんの生まれ変わりと言った。私と同じ弓使いだったらしい。シルバーソルに身を包み、ファーレンフリードを担いでいたと言う。

 

「私はアマツマガツチが村に接近してたから、村人の避難と護衛のためにギルドから派遣されたの」

 

マリアはユクモ酒を口に運ぶ。

 

「でも、誰一人避難してくれなかった。みんなシズクさんがアマツマガツチを倒してくれることを信じて疑わなかった。村人達の出来る限りの助けを受けて、彼女は見事アマツマガツチを討伐したの」

のぼせたニコが湯舟から上がり、洗い場に寝転ぶ。

 

「狩りは一人でするものじゃない。いろんな人の助けのお陰で全力を出せるってのが彼女の口癖だったわ。でも……」

 

マリアはおちょこを置き、思い出すように湯煙の隙間から覗く夜空を眺める。

 

「嵐が急に晴れて、霧の中から、巨大なアマツマガツチの死骸を背景に、濡れた髪を気にしながら全くの無傷で現れたシズクさんには見とれてしまった。ハンターの一つの完成形だと思ったわ」

 

マリアは、言うと、立ち上がる。スラリとした褐色の長い手足、ヘビーボウガンを担ぐ体には程よく筋肉がついている。結った黒髪を解き、首をふる。黒いサテンの布のように黒髪がなびいた。

 

「ちょっとのぼせたみたい。先に帰ってるね」

 

マリアは湯舟から足を出し、ニコの横にのぼせて横たわるナズナを跨いで脱衣場に出て行った。

 

私も湯舟から上がり、洗い場の椅子に腰掛けてのぼせた体を冷ます。

 

マリアが言う通り、シズクさんというハンターはもの凄いハンターだったのだろう。では、なぜ、黒のハンターに殺されてしまったのだろうか。

 

のぼせた頭ではいくら考えても答えは見えない。

ナズナとニコがお互いを支えあいながら脱衣場に向かう様子に、気が緩んでしまう。

狩りは一人でするものじゃない。シズクさんの口癖を思い出す。

 

そう、取り敢えず私はユクモの冬支度のために明日も全力で採取に出なくてはならない。

 

昨日の寒さから一転、暖かい日差しが小屋に差し込む。

体が大きなハンター用のトリプルベッド、ハンターサイズと呼ばれるベッドで上半身を浮かせる。横ではニコとナズナが掛け布団を蹴り抜けて転がり、その向こうではマリアが寝息を立てる。

皆を起こさないように、ベッドから降り、桶の水で顔を洗う。気温は暖かいが、桶の水は肌を刺すほど冷たい。

タオルで顔を拭いていると、小屋の扉をノックする音が聞こえた。扉横に掛けられた鏡で簡単に髪の毛を整えて、扉の覗き穴から外を見る。笑顔の村長が立っていた。朝が弱い竜人族が多い中、この村長はいつも朝一番に尋ねてくる。

あの笑顔は何かを頼みにきた時の笑顔だろう。私は扉を開け、小屋の外に出る。外は明るい光に照らされ、小屋の中より暖かく感じた。

 

「おはようございます。イズナさん」

 

満面の笑みの村長が頭を下げる。私は丁寧に頭を下げた。

 

「これ、饅頭屋さんに貰ったので朝ご飯にどうぞ」

 

大きなザルに山盛りのユクモ饅頭が載せられ、出来立てらしく湯気を立てる。ザルを受け取り、頭を下げ、小屋に戻ろうとすると、

 

「鬼門番の息子さんと、雑貨屋さんの息子さんが、水没林に出かけたの」

 

振り向き掛けた私を見透かすように村長が呟く。

 

「また随分遠いところに行ったんだね」

 

いつのまにか、私の後ろにはドアから半身を出すマリアがいた。

 

「それが、なんでも、雑貨屋さんの息子さんが、鬼門番さんの息子さんに、いつも門番してるけど、もしモンスターが来たらどうするんだ、って言ってケンカになったらしいんです」

 

まどろっこしくて話がなかなか見えて来ない。

 

「で、どっちが多く水光原珠を採掘できるかってことで水没林にいったの」

 

笑顔のままの村長だが、心配しているように俯く。モンスターの話がなぜ水光原珠を取りに行く話しになったのかはよく分からなかったが、水光原珠は水没林でしか採取できないのは確かである。

 

「その護衛を私たちに?」

 

マリアは私が抱えていたザルからユクモ饅頭を手に取り頬張る。村長は嬉しそうに頷く。

 

「今は乾季だから、歩きやすいんだけど、この時期になると、出るのよねぇ」

 

私達の興味を引くように上目使いで村長は言う。

 

「ナルガクルガが」

 

 

村の武具屋のもみじいの弟子アイルーが荷馬車で水没林まで送ってくれた。

私達は持参した物品を下ろし、小さなテントを立て、簡単なベースキャンプを設営した。

マリアはベースキャンプの前の切り株に座り、今回の狩りで使うであろう弾丸を制作している。器用に小さな木の実をナイフで削り、内部に火薬をつめる。狩る気満々の後ろ姿。

 

ナルガクルガ、東新大陸にのみ棲息が確認されている中型のモンスター。密林に溶け込む漆黒の毛、刃のような翼。何より、大陸随一のスピード。ハンターになった者は皆、一度は狩ってみたいと願うモンスター。ハンター年鑑の狩りたいモンスター欄に多くのハンターがその名を記していた。たしか、マリアのページにもその名が。

 

マリアが立ち上がり、後ろの私達を振り向いた。準備万端頷く私達を確認すると背中のヘビーボウガンを音を立てて背負い直し、水辺の回廊を走り出した。

 

乾季とは言え、水没林の足元には幾筋も水の流れがあり、足を踏み出す度に水が跳ねる。辺りは鬱蒼とした密林になっており、ところどころにケルビの姿が見えた。この時期には、雪が降り積もる山麓からケルビの群れが、低地になっているこの盆地に移動する。そのケルビを狙ってナルガクルガがやってくるという。かつては大陸全体に多数のナルガクルガが確認されており、港町のタンジアからは狩猟ツアーが組まれていたこともあったらしいが、アマツマガツチの討伐以降、生息地が元の内陸部に移動したため、ユクモ村の人々も滅多にその姿を見なくなったらしい。

 

水没林の中央付近に位置する広い低地にやってくると、向こうから、カゴを担いだ男性1人で歩いてくる姿が見えた。

駆け寄ると、雑貨屋の息子だった。

雑貨屋の息子は体中を水で濡らし、疲れ果てたように、近くの小岩の上に座り、地面にカゴを降ろした。カゴの中には一杯の水光原珠が入っている。

 

「鬼門番の息子さんは?」

 

マリアが、腕を組み睨みつけるように尋ねる。男性は首を振る。

 

「俺はもう帰ろって言ったんだぜ、でもあいつさらに奥のエリア目指して高台の方に行ったんだ」

 

男性が指差した高台にはこのエリアから坂道が伸びており、鬱蒼とした密林が見えている。

 

「ったく、世話をやかせるわね」

 

マリアは呟くが、私にはむしろ嬉しそうに感じた。ここに2人いればすぐにユクモに帰れたのに。

 

この人、やっぱり。

 

「さあ、探しに行くよ。あんたはどうする」

 

男性はマリアの眼光に一瞬ビクッと体を震わせる。

 

「俺の責任もありますし、一緒に行かせて下さい。なんか出たら怖いし」

 

マリアは頷くと高台に向かって歩き出した。ため息をつきながらカゴを背負いなおし立ち上がる男性の後を私は歩き出す。

 

高台には細い獣道の両脇を競い合うように密生した林が覆い、その先の開けた平地の向こうには崖が見える。ナズナが崖から恐る恐る下を覗き見る。遥か霞みの向こうに密林が見える。

先頭を歩くマリアが足を止めた。マリアの視線の先には鬼門番の息子が地面に座り込んでいる様子が見える。マリアはがっくりと肩を落とし、鬼門番の息子に近寄る。

 

私は、不思議な胸のざわつきを感じ、密林の中を見る。一瞬、暗闇の中に赤い小さな光が見えたきがする。

なにかいる。ケルビ?

 

私は背中に担いでいるスキュラハガーに手を掛ける。鬼門番の息子に近づくマリアも、足を止めた。近づくと、鬼門番の息子は、カゴに入れていた水光原珠を地面にばらまいて腰を抜かしていた。

 

「きゅ、急に何かに襲われた。た、助けてくれ」

 

と喚いている。マリアは素早く担いでいたヘビーボウガンを構える。

そのマリアが黒い塊に襲われた。密林の中から音もなく突然現れたそれは、的確にマリアに飛び掛かっていた。慌てて回避したマリアだったが、遅れて襲ってきた細長い漆黒の尻尾に振り払われて、エリアの端、鬼門番の息子の近くの岩場に体をぶつける。なんとか起き上がるマリア。ダメージは小さくないようだ。

私は弓を構える。

 

漆黒の体毛。刃のごとく光を反射する翼。猫のような顔にはギラギラと輝く赤い目が二つ。

マリアと私の方を見比べていたそいつの顔面に向けて矢を放つ。顔面で矢が炸裂し、そいつは怒りの矛先を私に向けるようにこちらに向きを変え、咆哮を上げた。思わず両耳を塞ぎ、衝撃に耐える。ナズナ、ニコ、雑貨屋の息子が風圧に耐え切れず後ろにころがっていく。両耳から手を離し、そいつを見上げる。

 

これがナルガクルガ。

 

忘れていた昂揚感が胸に沸き上がる。

そう。この感じだ。

絶対的強者のみが持つ圧倒的な威圧感。体中の細胞が目覚め活性化する。首から下げたペルヴェの宝石が光を放つ。

ああ、私はいつのまにか根っからのハンターになっていたんだ、と気付き、知らぬまに顔がにやつく。

 

ナルガクルガが後ろ足に力を溜める。瞬間、残像を残して翼で切り付けながら飛び掛かる。回転回避で羽の下を潜り抜けた。回転する私の鼻先を刃が通過する。着地した私は素早くペイントビンをセットし、そのまま矢を放つ。振り返るナルガクルガの背中にペイント液が降り懸かった。素早く納刀する。マリアの元に駆け寄る。マリアは、足から血を流し、歯を食いしばっていた。

 

「ごめんなさい。油断したわ」

 

マリアは歯を噛み締めながら手際よくポーチから取り出した包帯で傷口を縛る。私は腰を抜かして震えている鬼門番の息子を睨みつける。

 

「ひゃっ」

 

と叫び声を上げてやっと我に返ったようだ。頷くと、マリアの肩を抱き、エリアの出口に向かう。

 

振り返る。威嚇するナルガクルガの向こうでナズナが腰を抜かした雑貨屋の息子とともにエリアを出ていく姿が見えた。いつのまにかニコが武器を構えて私の横にいた。

その場でペイントビンを取り外す。

ニコと目を合わし、頷きあうと、それぞれ別の方向に飛ぶ。

 

翼手の刃をきらめかせてナルガクルガが私に飛び掛かる。刃が地面をえぐる場所を見極め、次の刃の筋を見切り回避する。通り過ぎるとすぐに弓を構え、剛射を放つ。適性距離から放たれた矢は、ナルガクルガの顔面で火花を散らしている。動きが止まったナルガクルガにニコが突進する。ニコのどんぐりランスがナルガクルガの足の肉を削りとる。反動で弾き飛ばされたニコは、空中で回転し、四足で着地する。随分戦いに慣れたものだ。採取の時でもナズナに教えてもらい、順調に成長しているようだ。

弓を納刀する。ナルガクルガはまた後ろ足に力を溜めているが、さっきまでの飛び掛かりと違い、翼手の先にも力を込めているようだ。今までと違う攻撃がくると睨んだ私は、密林の中に飛び込み、腰まで生えた草の中を走り、距離をとる。ナルガクルガは直線に飛び掛かると、その場で回転する。密林の木が翼刃で断ち切られ、木屑や刈り取られた草が舞い上がる。

 

鬼門番の肩を借り、足を引きずりながらエリアを出るマリアは振り返り、イズナの狩りを見つめて呟く。

 

「水を得た魚。あの娘、笑いながら狩りをしてる」

 

 

 

密林の中、腰の高さまである鬱蒼とした草むらの中で息を殺す。ナルガクルガも私と同じように、薄暗い密林に溶け込み、気配を消しているのだろう。

小さな羽虫が私の周りを飛び交う。

ナルガクルガは密林の保護色を身に纏っている。おそらく、この状況はナルガクルガにとって最も得意とする状況なのだろう。本来ならば見通しの効く広場におびき出して応戦するべきなのだろうが、密林でのナルガクルガの狩りが見てみたかった。

大きめの木の影に隠れて立ち上がり、弓を構え、息を殺す。目を閉じて、全神経を耳に集中する。

 

微かに草が擦れる音が聞こえる。

 

密林の上で鳥が飛び立つ音が聞こえた。

 

風で梢がざわめく。

 

自分の鼓動が聞こえる。

 

羽虫の羽ばたきの音。

 

木を伝う水滴の音。

 

……。

 

枯れ枝が折れる音。

 

一瞬で音のした方に向けて矢を放つ。密生した木々の間を抜けて矢が空を切る。

が、ナルガクルガに命中せず、矢は木の幹に突き刺さった。

しまった、思った瞬間、私のすぐ横の草むらから黒い塊が飛び立つ。一回目の回転回避で振り下ろされた翼手の一撃を鼻先でかわし、2回目の回避で遅れて薙ぎ払われた尻尾を回避する。さっきまでもたれていた木が真っ二つに折れている。スタミナが切れて息が上がる。ナルガクルガの赤い目が密林の中に浮かび上がっている。

密林の暗殺者、どこかで見たフレーズが思いだされる。枯れ枝の音はわざと立てたのだろう。こちらの武器の射出時間を読み切った攻撃。隠れていたつもりの私はとっくに発見されていた。

力の差を見せ付けたことに満足したのか、ナルガクルガはうずくまる私を見下ろし、翼を広げると、地面をけり、密林の梢に向かって飛び上がり、空に消えた。

 

弓を背中に担ぎ直す。ポーチから元気ドリンコを取り出し、一気に飲み干した。

密林を出ると、ニコ、ナズナ、雑貨屋の息子が駆け寄ってきた。

 

「怪我はないかニャ」

 

ナズナが頷く私を見て胸を撫で下ろす。私のことより、マリアの方が心配だ。マリアと鬼門番の息子が逃げて行ったエリアに向かう。

 

「どう、ナルガクルガは」

 

マリアは岩壁を背に足を伸ばして座っていた。横には青ざめた顔の鬼門番の息子がオロオロと立っている。マリアの左足の太ももには、小枝の添え木が包帯で巻き付けられている。どうでもない様子を装っているが、マリアの顔からは冷や汗が吹き出し、顔色も悪い。

「せっかく念願のナルガクルガに出会えたのに」

 

ヘビーボウガンを杖がわりにして立ち上がろうとするが、すぐによろめき、鬼門番の息子に抱き支えられる。

 

「足手まといになってごめんなさい」

 

マリアは悔しそうに足の包帯を見て俯く。

私はポーチから村長にもらった水没林の地図を広げた。ペイントの臭いから今、ナルガクルガがいると思われる場所に小石を置く。自分を指差し、小石を指差す。そして、マリア、鬼門番の息子、雑貨屋の息子、ナズナを指差し、今いるエリアから、遠回りをしてナルガクルガを迂回するルートを指し示し、最後にベースキャンプの位置を指差す。全員が頷く。

 

雑貨屋の息子と鬼門番の息子は、水光原珠の入ったカゴをその場に捨て、マリアの両肩を抱えて立ち上がる。不安げに私の方を見る二人に、私は腰に吊っているナイフを指差す。二人の腰にも、ハンターナイフが吊られている。ベースキャンプまでの道のりには、小型のモンスターがいるかもしれない。傷ついた女性を守るためにそのナイフがある、と言いたかったが通じたかどうか。二人は私のジェスチャーを見て、何か感じとったのか、うってかわって力強く頷き、

 

「わかった。あんたも気をつけてな」

 

鬼門番の息子が言うと、指し示したルートに向かって歩き出した。肩を担がれたマリアが私を振り向く。

 

「いい、私の事気にしないでしっかり狩りなさい」

 

マリアが苦痛を堪え、私に向かって叫ぶ。私が頷くと安心したように苦笑いをし、

 

「必ず帰ってくるんだよ。狩りで死ぬ奴はただのバカだからね」

 

と言い残して歩き出す。

先頭を歩くナズナがニコを振り返る。

 

「ニコ、旦那を頼むニャ。自信を持つニャ」

 

私の足元で震えていたニコは頷くと私を見上げた。あなたはもう立派なオトモアイルーだよ、私はニコに笑顔を見せる。

 

エリアを出ていく一行を見送り、広げられた地図を丸める。ナルガクルガのいる中央のエリアに置かれた小石を拾い上げて握りしめた。

 

水没林中央の平地が広がるエリア。ナルガクルガと再会した私は、3連続の飛びかかりをかい潜り、着実にダメージを与えている。

お互いの距離が開き、一息付いたところで、雨に気づいた。乾季ではあるが、水没林では、ほぼ一年中雨が降るらしい。

小雨の中、ナルガクルガは突進の度に水しぶきを上げる。泥だらけになったニコが回転攻撃に巻き込まれて飛んでいく。ナズナ一門はどうもモンスターの回転に巻き込まれる率が非常に高いらしい。水しぶきを上げて草むらに落下するニコ。すぐに体を起こし、私に手を振っているが、ダメージが大きかったのか、エリアから走り出ていった。

気をとり直して、弓を構え、回転中のナルガクルガに向けて剛射を放つ。雨粒を貫き、矢はナルガクルガの顔面に命中する。鮮血が飛び散る。崩れ落ちるナルガクルガ。が、すぐに体を起こす。赤い光が一つになっている。左目からこめかみにかけて大きな傷ができ、、血が流れ落ちている。

ナルガクルガは体を震わせ、水しぶきをあたりに撒き散らせる。体から湯気が上がり、吐く息が白く広がる。全身の毛を逆立て、さらにスピードを上げて突進する。バックステップで突進をかわす。突進をやめたナルガクルガその場で少し後ろに下がり、水しぶきを上げて向きを変える。

何かおかしいと感じた私は慌てて横方向に回転回避をする。起き上がった私のすぐ横を黒い物体が叩き下ろされる。跳ね上がる水しぶき。大地が揺れ、バランスを崩し、片手をつく。目の前には逆立った毛に覆われたナルガクルガの尻尾があった。尻尾の先を見ると、さっきまであった小岩が真っ二つに割れている。威力はすさまじいが、攻撃後の隙も大きい。地面にめりこんだ尻尾をなかなか引き上げられないナルガクルガの頭部に連続で剛射を放ち続ける。

 

一つになった赤い光が雨もやの中を流れるように動く。

辺りが薄暗くなる。スコールがくるのだろうか。私の攻撃を受けたナルガクルガは雨の中、空に飛び上がる。

 

弓を納刀する。頭を振り、髪の毛の雨粒を振り払う。マリア達はもうベースキャンプに到着しただろうか。一刻も早く戻り、マリアを村に帰えしてあげたい。

 

でも、

 

この燃え上がるような気持ちは抑えされない。

今、ベースキャンプに帰ればきっとマリアに怒られるだろう。

そして、傷ついたナルガクルガもほってはおけない。狩りをするならきちんと最後まで始末するのがモンスターに対する礼儀だと思う。

 

雨が強くなる。私はナルガクルガのいるエリアに向かって走りだした。

 

切り立った崖の下に密林が広がるエリア。密林を見渡すが、ナルガクルガの姿は見えない。耳を澄ますと、雨が密林を打ち付ける音に、モンスターの鼾が混じっている。崖を見上げると、途中のテラスのような所に黒い塊が見えた。

私は弓を構えると、力いっぱい引き絞る。見上げる私に雨粒が襲いかかる。矢を放つ。放物線を描いた矢は黒い塊に命中する。耳をつんざく豪音がなり響く。両手で耳を押さえる私の真後ろにナルガクルガが飛び降りた。

天を覆い尽くす密林の梢から滝のように水が流れ落ちる。赤い光は、密林の中を縦横無尽に残像を残しながら動きまわる。一歩踏み込む度に水に濡れた草に足を取られそうになる。ナルガクルガは体中から蒸気を吹き出しながら、私に斬撃を浴びせる。立ち並ぶ木々を盾にして、斬撃を紙一重でかわし、動きが止まったところで剛射を放つ。

ずぶねれになりながら密林をはいずり回り、僅かな隙をみつけて確実にダメージを与えていく。

 

辺りがまばゆく輝く。雷の光の中、ナルガクルガは力尽き、大地に横たわった。雷鳴の下、横たわるナルガクルガの顔面に近寄り、腰を屈める。その顔は今までの気迫に満ちたモンスターの顔ではなく、安心して眠る猫のような優しい顔だった。

 

 

スコールが去り、雲の合間から光が差し込む。掘り込まれた洞窟内に設営したベースキャンプから鬼門番の息子が身を出す。

 

「雨、やんだみたいっすね」

 

声にマリアはベッドに横たわったまま、視線を外に向ける。

 

「あ、帰ってきた」

 

鬼門番の息子が手を振る。

 

木漏れ日の光の中、スコールで泥を洗い流された私が、カエルの髪飾りをいじくりながらキャンプの方に歩いてきていた。全くダメージを受けていないその姿にマリアは目を奪われた。

 

虚ろな意識の中、アマツマガツチから帰ってきたシズクと姿がだぶって見える。知らないうちに涙が流れる。

 

―― 書記官殿、ほら、シズクさんが帰ってきましたよ ――

 




こうか(あん)

どんなモンスターでも
へっちゃらニャ!
どんな地面でも
へっちゃらニャ!
たとえ、火の中土の中
この肉球で掘り進む
嗚呼♪
我等、アイルー いざゆかん
嗚呼♪
我等、アイルー オトモ学校

……、 ふぅ。ニャ!

次回「第18話 門出」
お楽しみに。
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