「第18話 門出」
どうぞ。
足元の雪を掻き分けて坂道を登る。ウルククスの毛皮から作ったフードとコートにうっすらと雪が積もる。ブーツの中まで雪の冷たさが染み入る。担いでいる鉱石やキノコが満載されたカゴを背負い直した。
「ご、ご苦労様です」
村の入口で寒さに震えていた鬼門番の息子が姿勢を整える。
ナルガクルガを討伐して以来、ずっとこの調子である。私は軽く頭を下げる。
「ご苦労さん、精が出るねぇ、ほれ」
饅頭屋の前を通りかかると、饅頭屋が店先の特大蒸籠から出来立てのユクモ饅頭を取り出し、紙で包んで渡してくれた。
「ほれ、ちびちゃんも」
頭を下げる私の足元ではウルク装備を作ったときにできた端材から作ったフードとコートを着込んだニコが出来立ての肉まんを両手で受け取る。
湯気を立てる饅頭と肉まんを頬張りながら坂道を登ると、私達の小屋の前で着物の上にコートを着込んだ村長と、雑貨屋の息子が作ってくれた木製の車椅子に座ったマリアが談笑していた。
「あら、お帰りなさい」
村長が私に気付いて頭を下げた。
「ご苦労さん。寒かっただろう」
マリアも手を振る。
ナルガクルガを討伐して数週間、村や周囲の山々はすっかり雪に覆われた。
マリアは折れた骨の治療に専念していた。村の医者から、もう歩けなくなるかも知れない、と言われて、取り乱した私だったが、とうの本人は気にもせずリハビリを精力的に行い、医者いわく、奇跡の回復力でこうして外に出ることができるようになった。
「マリアさんからチコ海岸の話を聞いていたの」
村長は笑う口元を手で隠す。
「カイトさんは以前に村に来て下さったことがありましてね」
村長は思いだし笑いをする。
「饅頭屋さんの看板よくみたことあります?」
私は首を振る。
「カイトさんは饅頭大食い記録保持者なんですよ。村から【饅頭ハンター】の称号を贈らせてもらったのですが」
そんなことは一言も言ってなかった。
「あの子ったら、雑誌の取材の時も恥ずかしがって、記者に絶対書かないでくれって頼み込んでたわ」
マリアは笑いながら話しを続ける。
「私は別のチームだったからここにはいなかったんだけど、大食い勝負に負けたマルコスが医者に運ばれてすごい悔しがってたらしいわ」
「そうそう、マルコスさんは、どんな称号より凄い称号でござるって饅頭を握りしめながらブツブツ言ってましたわ」
また二人で笑い出す。
バルバレやナグリにいたころを思い出すと、胸の奥が痛む。
作り笑いをして二人から離れて小屋に入る。上がり框で雪を落とし、フードやコートを扉横の取っ手に掛けた。小屋の中は暖炉に火が灯り、汗ばむほど暖かい。
ブーツを脱ぎ、床に上がると、小さなテーブル向かって座り、こちらに背を向けて、鉛筆を握りしめているナズナに気付いた。
何をしているのかと後ろから覗き込む。
【おともがっこうけいかくしょ】
一生懸命鉛筆を握り、一文字一文字必死に書き込んでいる。
しばらくして、覗いている私に気付き、見上げたナズナと目が合う。
「ニャ! 見ちゃダメニャ」
ナズナはあわてて紙を丸める。気まずい沈黙が流れる。
「ナズナ先生はおともの学校を作ろうとしているニャ」
装備を脱いだニコがモジと私を見上げて言う。
「こら、まだ言っちゃダメニャ」
ナズナはニコに駆け寄り、口を塞ごうとする。
「むごご、先生は新人おともが安心しておともできるようにがんばってるニャ」
ナズナはニコの口を抑えていた手の力を緩めた。
「ニコを見てて思ったニャ」
ナズナは丸めた紙を開く。
「おともの学校があれば、新人アイルーも安心してハンターのおともができるニャ」
私達には表だって感情をあらわにすることはなかったが、ナズナはずっとニコをほったらかしにしたハンターを許すことが出来なかったらしい。
「おともを雇う時の約束事も作りたいニャ」
恥ずかしそうに話すナズナが眩しく見えた。
同じ時を過ごしてきたはずが、急に成長したナズナに対し、何も変わることが出来ない自分が恥ずかしくなる。
「いつか言おうと思っていたニャ」
ナズナは両手を握り締める。前を見つめる大きな瞳に力がこもり眩しく輝く。
「マリアさんが治ったら、ぼく…… 」
曇りの無い、透き通る瞳が私に向けられる。
「僕、おともを引退するニャ」
おそらく、ハンターという職業が生まれ、アイルーがおともをするようになり、初めての事だろう。おともアイルーが自らおともを辞めると言うことは。
背後で拍手が聞こえた。振り返ると、村長とマリアが拍手をしている。
「すごいじゃないか。あんたそんなこと考えていたんだね」
マリアは言って、包帯でグルグル巻きの左足をパンと叩く。
「私の足一本とは比べものにならないくらい大切なことだよ。すぐに行動を起こしなさい」
「でも」
俯くナズナにマリアが一喝する。
「こうしている間にも、どこかでおともが傷ついているかも知れないじゃないか。私のせいにされたくない」
興奮するマリアを村長がなだめる。
「ナズナさんからはずっと相談を受けていました。昔この村に来ていたネコ婆と連絡が取れました。ドンドルマのおとも協会本部に来て欲しいと言っていましたよ」
村長は言いながら、コートのポケットから猫印の付いた封書を取り出し、ナズナに手渡した。封筒を開け、中の便箋を読むナズナ。
おとも協会でも、懸案事項だったらしく、何度か指導を試みたが、きまぐれなアイルーには受け入れられなかったらしい。でも、同じアイルーが指導してくれるならば、ナズナは封書を直すと私を見上げた。
ナズナは私にとっても狩りの先生であった。イアンクックとの死闘を思い出す。彼が必死にニコに狩りを教えていた姿。そしてニコの成長。ナズナには先生の姿が似合っている。
作り笑いではない笑顔で頷いた。
次の日の早朝、ナズナは一人旅支度を整え、港町への定期便の荷馬車に乗り込んだ。見送る私達に手を振り、荷馬車が出発する。
「あんた!モンスターの回転攻撃に気をつけるんだよ!」
車椅子に座るマリアが叫ぶ。
「ニャ?」
荷馬車が揺れ、聞き取れなかったようだ。近い将来にはモンスターの回転攻撃に巻き込まれるアイルー達が続出するのだろう。
道のりは大変だろうが、どうかがんばってほしい。知らないうちに頬を涙が伝う。
ありがとう。
私に狩りを教えてくれて。
夢を叶えるために進む後ろ姿をみせてくれて。
荷馬車を追い掛けていたニコが涙で顔をぐしゃぐしゃにして戻ってきた。
一人前のおともアイルーの顔をして。
逃亡者であるイズナ達に安住の地は無い。一時の安らぎを与えてくれたこの地も例外ではない。
イズナ、マリア、ニコはそれぞれが自らの道を見つめて旅立つ。
次回「第19話 別離」
お楽しみに。