「第19話 別離(1)」
どうぞ。
降り積もった雪を掻き分け、顔を出したキノコを採取する。水が染み込み冷えたウルククスの毛皮の手袋に白い息を吹き掛ける。
寒風が吹き付ける中、私とニコは相変わらず採取の日々を送っていた。
冬に近づくにつれ、背中のカゴの中身が減ってきている。村長からは冬支度はほとんど出来たからゆっくりしてればいい、と言われたが、体を動かしていないと、不安だけが募る。
立ち上がり、ホットドリンクを飲み干す。白一色に覆われた山々が見える。
山際を見上げた先に、見慣れない物が見えた。目を懲らす。丸い巨大な風船のような物。気球だろうか。かつて、バルバレでの狩りの時に見たことがある。
私は雪に体を埋め、尻尾だけを出したニコを引っ張り出し、気球を指差した。いつもより少し足を伸ばして雪山まで来ていたのだが、ベースキャンプを出てすぐにポポの死骸を見つけていた。ウルククス等の肉食モンスターも時折り見かける事があったが、今まで、雪山を群れで行動し、巨体を誇るポポの死骸は見たことがなかった。まして、その死骸には、殴り付けられた爪痕と、火傷の様な不思議な傷跡があった。別の大型モンスターがいるのだろうか。
見知らぬ気球といい、ポポの不自然な死骸といい、言われぬ不安を感じ、私達は素早く荷物を片付けて、ユクモ村への帰途についた。
ユクモ村に着くと、降りしきる雪の中、和傘を差した村長が村の出入口で私を待っていた。同じ傘の中に入るよう手招きをしている。村長の着物からは不思議な香りがする。お香と言うものだと聞いたことがあるが、上品過ぎてペイントや肥やし玉の臭いにまみれている私には良さは分からなかった。
「ギルドから通知が来ました」
村長は抑揚を感じさせない口調で淡々と語る。ギルドという言葉に体が強張る。
「古竜観測省が、雪山でジンオウガを確認したらいいんだけど」
ジンオウガならこの時期、はるか山奥でたまに村人に発見されている。雪山に現れたとしても、村からは遠く離れているため、特に影響はないと思うが。
わたしの思いを読み取ったように村長は続ける。
「観測気球で確認したら、獄狼竜だったみたいなの」
獄狼竜は、電撃を操るジンオウガの原種に対し、龍属性攻撃を多用し、攻撃力、スピード等、あらゆる面で原種を上回るジンオウガの亜種である。が、その存在すら疑問視されており、ここ数年間で狩猟実績はハンターの手引、モンスター図鑑を見る限りでは全く無かったはずである。
「このままでは雪山の生態系に異変が出るらしいの」
そこまで話すと、村長は足を止めて、わたしの方を向いて話し始めた。
「ギルドはハンターをこの村に派遣するみたい」
私はギルドを通さず狩りや採取をしているため、ギルドからすれば、ハンターのいない村に獄狼竜が迫っていることになる。ギルドとしては当然の判断だろう。
しかし、ハンターが派遣されればいずれ私達のこともばれる。速やかに移動しなければならないが、マリアがあの状況では難しい。
それで村長は私が一人になる時を待っていたのだろう。
この話を聞けば、きっとマリアは一緒に移動しようとするだろう。しかし、今彼女に一番必要なものは、休養とリハビリである。
私は村長の配慮を理解し、頷いた。
「ギルドのハンターが村に着くのは2日後になるそうよ」
村長は私から視線を外し、前を向いて歩き出した。
「もし、明日、雪山に採取に行くなら気を付けて下さいね」
村長はいたずら娘のように笑う。この人はどこまで人の心を読んでいるのだろうか。
小屋に戻るとマリアが晩ご飯の支度をしていた。
雑貨屋の息子が徹夜で作り、もみじいが加工技術を駆使して完成させたマリアの車椅子は小さな段差くらいは軽く越えることができ、今ではマリアの思う通りに動く事ができていた。
「おかえり。寒かっただろう」
私は頷くと、ウルククス装備を扉の横に掛け、ブーツを脱ぎ、テーブルの椅子に腰掛けた。
テーブルの上にはすでに料理が並べられている。
どうやら鬼門番の息子が私の帰りをマリアに教えているらしい。雑貨屋の息子も鬼門番の息子も、マリアの件に関しては本気で反省しているらしく、二人ともかいがいしく介護に精を出してくれている。
「じゃあ、食べよっか」
皆でテーブルを囲み、両手のひらをあわせる。
湯気の立つ白ご飯をかけ込み、みそ汁をすするマリアは全く料理に手を付けていない私に気付いた。
両膝の上に置いた私の両手の甲に大粒の涙がこぼれ落ちた。マリアを騙して出発しないといけないと思うと、いままでのいろんな思い出が急に私を襲ってきた。
猟団での楽しかった思い出が、その後の別離の悲しい思い出に塗り替えられていく中でも、ずっと前を向いて暮らしてきたつもりだった。
その結果、マリアに大怪我を負わせて、しかもそのマリアを騙してここを離れなくてはならない。
そしてその後、私はどうなるのだろうか。
こんな悲しい思いばかりするならば、暗い闇の中で永遠に眠り続けていた方がよかった気がする。
こんな悲しい気持ちになるならば、団長達に出会わなければよかった。
突然、私の体が暖かい物に包み込まれた。
涙を拭いて見ると、マリアが椅子に座る私を後ろから抱きしめてくれていた。
振り返ると笑顔のマリアが見えた。
「あんた、喋れない分、いろんなもの溜め込んでるだろ」
マリアの腕の中で小さく頷いた。
「バルバレからずっと、あんたは前だけを向いて突っ走ってきた。わたしはね、あんたのこと超人だって思ってたよ」
マリアの目にも涙がたまっていた。
「でも、あんたは、本当は深く傷ついてたのに、それをごまかしてたんだよね」
涙が溢れて止まらなかった。マリアの腕に抱き着いて小さな子供のように嗚咽をする。
ひとしきり泣きつくし、落ち着いたころ、マリアは私の頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でてくれた。
「ほら、はやく食べないと」
夕食を済ますと、いつもの通り貸し切りの露天風呂に浸かり、小屋に戻ってベッドに入る。
「私ね、こうやって逃亡生活を送るのが楽しくてしかたないの」
ベッドの中で、横に寝転ぶマリアが私の方に顔を向けて笑う。
「もう100年近く生きてるけど、こんなにドキドキする生活は初めて」
私も視線を天井からマリアに向ける。
「それにね、いままで数え切れない程のモンスターを狩猟してきたけど、今やってるリハビリほど達成感が得られたことはなかったの」
マリアは包帯でグルグル巻きにされた左足を掛け布団のなかで叩く。
「昨日なんて、ほんのちょっとだけだけど、何にも支えなく立ち上がれたの」
マリアのリハビリを見ている温泉付きの竜人族の医者も、マリアのリハビリの必死さには舌を巻いていた。
マリアはそこまで言うと、私と反対の方に顔の向きを変えた。
私はマリアの黒い艶のある髪を見つめる。
「村の雰囲気からだいたいの察しはついてる」
私は驚き、思わず上半身を浮かし、マリアの肩に手をかけた。マリアはゆっくりとその手を自分の手で包みこむ。
「私は、リハビリで私に勝つつもり。あなたは、あなたの生きる道を行きなさい」
マリアの肩が細かく震えていた。
「あなたの旅について行けなくてごめんね」
私はマリアの背中に体を押し付けて頷いた。
マリアはすべて分かっていたのだろう。
マリアがそう言ってくれたおかげでマリアを騙さなくてはならないという罪悪感から解放された気がした。
でも、こんなに私の事を気に掛けてくれていたマリアと別れることは、それ以上に悲しいと思った。
みんなどうしてそんなにまでして私を理解しようとするのだろう。
「あんたを見てると、危なっかしくて、ほっとけないからだよ」
私の心を読んだようにマリアが言う。
「ナズナ先生じゃないけど、あんたはもう一人前のハンターなんだから、自信を持って行きなさい」
私はマリアの言葉に頷く。
心の中で何度も、
ありがとう
と叫んだ。
※
次の日の早朝、私とニコは狩りの準備と旅仕度を済ませた。
テントを折り畳み、リュックにくくり付ける。最後に、鏡をみながら、カエルの髪飾りを付けた。
ベッドで眠るマリアの背中に、姿勢を正して深々と頭を下げた。
旅仕度で大きく膨らむ袋を背負ったニコが名残惜しそうに小屋を出る。私は頭を上げると、小屋から足を踏み出した。
マリアはマリアの戦いを続けると言った。私は私の戦いを続けなければならない。
一体私は何物なのか。あの黒い甲殻のモンスターは私とどういう関係があるのか。
ゲリョス装備を身に纏い、スキュラハガーを担ぎ、降りしきる白い雪の中を歩き出す。
ベッドの中、マリアは両手を握り締めて、体を震わせていた。
一緒に行きたいと言うことができなかった。
押し殺した気持ちを胸に抑え込むように両手を胸に押し付け、イズナの無事を祈る。
「書記官どの、約束を守れなくてすみませんでした」
一筋の涙が流れた。
身を引き裂かれる別れを乗り越え、イズナが向かう先には、ジンオウガ亜種こと獄狼竜。
静寂な白銀の世界、存在するのはモンスターとハンターのみ。
次回
「第19話 別離(2)」
お楽しみに。
さあ、よき狩りを。