待ち構えるのはジンオウガ亜種こと獄狼竜。
深紫の稲妻の中、極寒の地において繰り広げられる狩猟。
「第20話 別離(2)」
どうぞ。
雪山にベースキャンプを設営した。旅仕度をまとめてテント内に置く。
弓を取り出し、ペイントビンをセットし、ホットドリンクを飲む。
カエルの髪飾りに手をかざし、しばらく目を閉じる。狩りは一人でするものではない。シズクさんが言ったという言葉を思い出す。そう。私がここに立っていることができるのは、たくさんの人の思いのおかげ。
まぶたを開ける。澄み切った、一片の曇りもない漆黒の瞳。体の全てに力がみなぎる。
ニコがウルクランスを胸に抱えて自信に満ちた瞳で頷く。私達は雪山を走り出した。
※
雪山の中央に位置する広い平原。
その中央を、紫色の稲妻を纏い、闊歩するモンスター。ジンオウガ亜種、別名獄狼竜。その姿は神々しく、モンスターというよりは神話やお伽話に出てくる神や悪魔に近い。輝く双角を高々と掲げ、悠然と進む。その姿にしばし見入ってしまう。古竜種のみが持ちうる龍の力を操り、歩く後には、紫色の蜃気楼が広がる。
彼方から放たれた矢が冷えきった空気を切り裂き、獄狼竜の背中で弾ける。凄まじい臭いのペイント液が降り懸かる。怒りをあらわにしたモンスターは体を震わせると、大地を揺るがすような大音量の咆哮をあげた。エリアにいたバギーなどの小型モンスターが崖下に身を寄せ合う。
咆哮を終えたモンスターの顔面に、強烈な火花が散った。それも2連射。
相手を確認した獄狼竜は直後に大ジャンプで矢の放たれた方に飛び掛かる。空中で一回転し、背中から落下した。付近の岩盤が割れ、雪と砂埃が空に舞い上がる。砂埃から回転しながら飛び出した小さい生きものは、着地と同時に弓弦を引き絞り、矢を放つと同時に信じられない早さで次の矢を番え放つ。その全てが獄狼竜の頭部に命中し、火花を散らす。
針を通す射撃としか表現出来ない。さらに接近した獄狼竜は拳を地面に突き立てる。爆発のように龍属性の稲妻が地面から沸き上がる。もう一撃。更にもう一撃。獄狼竜の回りのエリア一帯が龍属性の稲妻で満たされている。小さい生き物は、その一撃一撃を紙一重で回避し、崩れた体制から矢を放つ。
「う〜む」
岩山の陰から様子を眺めていたもみじいは唸る。岩山を下り、崖下の移動加工施設の釜の前に座り込む。
「お師匠、どんなあんばいニャ」
若いアイルーが額に真っ赤な紅葉をあしらったヘルメットを被る老アイルーに尋ねる。
「村長から聞いた以上だ。ぼーとするな。釜に火をいれろ、いつでもはじめれる用意じゃ!」
「はいニャ!」
どこにいたのか、わらわらとアイルー達が集まる。
「一世一代の大仕事じゃ」
もみじいは叫ぶと、スコップを手にとり、燃石炭を釜に掬い入れはじめた。
※
基本的な行動パターンは原種とあまり変わらない。ただ、この龍属性の稲妻は電撃と違い、いかなる防御も関係なく、人の体を焼く尽くしていく。直接的なダメージは回避し続けるが、龍属性の稲妻にかするだけで肌がちりちりと焼かれる感触がある。
強化されたゲリョス装備も、端々が焼かれ、黒く変色している。整備を欠かさず大切に使ってきたゲリョス一式防具もこの狩りが限界なのかも知れない。
獄狼竜は立ち止まり、その場で天を仰ぎ、叫び声をあげながら、龍蝕虫を集める。原種が雷光虫と共生関係にあるように、亜種は龍蝕虫と共生関係をもち、それを自由自在に操る。龍殺しの実の成分を取り込んだ龍蝕虫が獄狼竜の周囲に集まり、次第に紫色を帯びた塊を作っていく。
攻撃のチャンスと見て、いななく獄狼竜の顔面に剛射を放ち続ける。頭部の角が音を立てて割れた。獄狼竜はお構いなく、龍蝕虫を集め続け、全身から龍属性の稲妻を爆風のように沸き立たせた。
あまりの神々しさに思わず見とれてしまう。
紫色に輝く稲妻を全身に纏い、胸を反らし、私を見下げる。
原種は無双の狩人と言われているが、これはもはや狩人とは呼べない。数々の戦場を戦い抜いた戦士とでも呼ぶべきだろうか。
肌を刺すような冷気で静まりかえった銀世界。ニコには相手の動きを見させるため、しばらく待機させている。このエリアには私と獄狼竜のみ。体を駆け巡る血潮が勢いを増していく。全ての思いが生き抜くことのみに収斂され、限りなく集中力が高まる。回りの景色が視界から消え、寒さも全く感じない。真っ白の空間に、獄狼竜と私が二人。
獄狼竜は紫色に輝く瞳を光らせ、地面に拳を叩き付ける。回転回避で距離をとる。叩きつけた拳の回りから稲妻が天に登る。更にもう一撃。紫色の稲妻の中からもう一撃。回転回避を他用し、距離をとり呼吸を整えた。
見上げた獄狼竜は無尽蔵の龍属性エネルギーを私に見せつけて驕り、ニヤついているように見えた。お互いがニヤつきながら戦っている姿は外から見れば異様な姿に見えるだろう。
スタミナを回復させ、弓を納刀し、全速力で走り、獄狼竜と距離をとる。私に向きを変えた獄狼竜はその場でジャンプ回転し、回りに龍蝕虫の塊を振り撒く。龍蝕虫の大きな塊は4つ。しばらく空中に留まると、時間差を空けて私にむかって飛んでくる。回転回避で逃げるが、その一つが私の背中に当たり砕け散る。衝撃に雪の上に倒れ込む。全身を襲う焼け付くような熱さ。背中の装備がボロボロと崩れる。
ゲリョスの防具は最後の力を振り絞って私から致命的なダメージを防いでくれた。
ポーチから打ち消しの実を取り出し殻を割り、背中に塗り付けた。焼け付くよあな熱さが引いていく。
すぐに立ち上がり、飛び掛かる獄狼竜を回避し、弓を構え、剛射を放つ。首から下げたペルヴェの首飾りが限りなく緑色に輝く。身体の制御が洗練されていく。
こうした剛射の連射は、この首飾りによる集中回路の力がなければ到底スタミナがもたないだろう。
獄狼竜は、さらに弓を構える私を見遣ると、身を翻し、隣のエリアに向かって走り去った。
弓を下ろし、深呼吸をする。落ち着いて防具を見ると、あちこちで黒く変色しボロボロと崩れていた。背中はもう原形すら留めていない。私を守るために犠牲になってくれた。
いつのまにか私の側にいたニコに気付き、折れそうな心を持ち直す。
「ハンターさんが怖くて声をかけれなかったニャ」
ニコは振るえながらイズナを見上げる。全身から湯気を立てて、傷だらこのの装備を身に纏いながら、その顔には傷一つなく、瞳が美しい宝石のように紅い光を放っていた。どんなモンスターでも敵わない威厳を感じる。
私は微笑むと、腰を屈めてニコの頭を撫でる。
私は、二匹のモンスターと戦っていた。目の前の獄狼竜と、心を握り潰そうとする黒い甲殻の腕を持つモンスター。戦闘の間、何度も、心を黒い甲殻の腕に握り潰されそうになったが、それを振り払い続けていた。団員達や、マリア、ニコ達の姿がその腕を振り払う私に力を貸してくれた。
立ち上がり、獄狼竜が走り去った方向を睨みつける。
今なら分かる。心の中の黒い甲殻を持つモンスターは私の一面そのものなんだろうと思う。今までこのモンスターに何度か助けられてきたが、今は違う。この力は今、私と混然一体となり際どいバランスの上で私がコントロールしている。出会った人々との思い出がそれを可能にしてくれた。
走り出す私の後ろをニコが追いかける。
※
「それっ、今のうちじゃ」
もみじいの合図で、さっきまでイズナが戦闘していたエリアに多数のアイルー達が走り出る。それぞれが雪の上に落ちている獄狼竜の甲殻の破片や折れた角を拾いあげる。網を振るうアイルーが龍蝕虫を追い掛けている。
※
龍蝕虫を活性化させる獄狼竜に剛射を放ち続ける。動きを止めた獄狼竜にニコが突進を仕掛ける。固い甲殻に弾かれて吹き飛ぶも、きちんと着地し、次の攻撃に備えている。ジャギーに泣かされていたニコからは想像できない成長だ。でも、それは私も同じ。気をとりなおして矢を放つ。
エリア中に広がる圧倒的な龍属性の高エネルギーにより、景色が歪んで見える。獄狼竜は全身に力を込め、四本の足をふんばる。
何かくる。
ニコに離れるように合図を出すが、間に合わなかった。
獄狼竜は体を激しく回転させながら空中に浮かび上がり、地面を揺らして着地する。回転する尻尾に私とニコは巻き込まれ、平野の端まで吹っ飛ばされた。脇腹から腰に掛けて激しい痛み。見ると、防具が紫色の炎をあげて燃えていた。慌てて地面を転がり炎を消した。
向こうではニコが地面を転がっている。私はポーチから打ち消しの実を取り出すと、指笛で合図して一つをニコの方に投げ、もう一つの殻を割り、自分に塗り付けた。
思ったよりダメージは小さかった。変わりに装備はボロボロと崩れ落ち、脇腹のアンダーウェアがあらわになっていた。
回復薬グレードを飲みながら立ち上がる。ニコには逃げるようにエリアの出口を指差す。全身に打ち消しの実を塗り込んだニコが慌ててエリアを走り出ていく。
そのニコを追い掛ける獄狼竜に向けて矢を放つ。
立ち止まり、ゆっくりと私の方を振り返る。
そう。
あんたの相手は私。
素早い飛び掛かりから、ジャンプ回転後の尻尾のたたき付け、その場での急速回転。3連続攻撃の一つ一つを慎重に、最小限の移動で回避していく。回避しながら欲張らず、確実な隙を見て矢を放ち続ける。
龍蝕虫を放つ攻撃も、塊の射出とともに獄狼竜の後ろに回り混めば簡単に回避でき、さらに攻撃のチャンスになる。背中からの叩き付けは飛び上がりを見切り、着地地点から回避すれば、ひっくりかえった巨体に容赦なく剛射を叩きこめた。
基本は弱点と思われる頭部に矢を集中させるが、攻撃のチャンスがあれば、腕や尻尾にも矢を当てる。
腕のや足の甲殻が崩れて雪の上に散らばる。
獄狼竜は足を引きずり、エリア奥に口を空けた洞窟に走り去る。
あと一息。
呼吸を整えて、回復薬グレードと元気ドリンコ、ホットドリンクを飲み干す。
※
洞窟へ入っていったイズナを確認すると、また、アイルー達がエリア中を走り回り、落とし物を広い集める。今回は大量の甲殻、龍蝕虫を集めることができた。
アイルー達は集めた甲殻やかけらを別エリアに設営された移動式加工工房に運び込む。
工房では集めた素材をもみじいがハンマーを振るい、アイルー達が縫製を行い徐々に装備へと加工している。
落とし物だけで装備をつくるのは至難の技だが、とりあえず形を作り、あとは討伐してからとなる。
大あらわの中、一匹のアイルーがもみじいに歩みより、大事そうに閉じていた両手を開ける。中には紫色に光輝く小さな宝石が握られていた。
「こ、こりゃ、昏玉じゃないか」
獄狼竜の昏玉は強個体がごく稀に体内で生成することがあるという。数々のハンター装備を鍛えてきたもみじいも、めったに見たことがない。
昨日、村長から、イズナのはなむけに新しい装備をあげたい、時間がないので、現場で作りあげて欲しい、と言われたときは、無茶苦茶だと思っていた。が、あの娘が戦っている獄狼竜が強個体ならば、村は襲撃を受ければ壊滅していただろう。
最終的な完成は無理でもなんとか形にして手渡したいと思っていたが、獄狼竜の昏玉を見て気分が変わった。
加工屋の意地をかけてあの娘に完全な装備を渡してやる。もみじいは腕をまくり、頭の真っ赤なもみじをひと撫でした。
※
薄暗い洞窟内に足を踏み入れた。風が無い分、寒さは幾分かましになっているが、太陽の光が届かないため、足元から底冷えが伝わる。
洞窟の中程まで進んだところで、紫色に輝く二つの瞳を見つけた。
獄狼竜は姿勢を低く保ち、力を溜め、いつでもこちらに突進できる態勢をとっている。
獄狼竜の足元にはモンスターの死骸らしき物が転がっている。黒い毛が微かに見えた。見覚えがある毛皮。
この獄狼竜はナルガクルガと縄張りの末、この地にやってきたのだろう。ナルガクルガを仕留めた者同志が戦っていたことになる。
そうか、戦士としての威厳を見せたかったのか。
私は傷だらけでなお、戦闘意欲を失わないこのモンスターに尊敬の念を抱いていた。おそらく獄狼竜も同じような気持ちを持ちはじめてあたのだろう。装備をボロボロにされても、致命的なダメージを与えても立ち上がってくる小さい生き物に畏敬の念を表すため、自らの戦果をわざわざ見せてくれた。
私が相手にしているのはそのへんのモンスターとは一味違う。数々のモンスター同士の戦いに勝利してきた偉大な戦士であるということ。
狭い空間の中で最後の狩りの火蓋が切られた。
龍蝕虫の攻撃を最小限の移動で回避する。体を動かすたびに私の装備が崩れていく。
回避を繰り返し、僅かな隙を見逃さず攻撃する。落ち着いて、冷静に獄狼竜の頭部を射抜く。深追いはせず、相手の攻撃はすべて距離をとっていなす。
私が放った剛射の矢が天井の隙間から差し込まれた光の帯に煌めきながら、獄狼竜の頭部に炸裂する。
力無く倒れそうになるも、前足を出して、体を支える獄狼竜はその最後まで私に立ち向かう姿勢を崩さず前のめりに永久凍土の上に倒れた。
洞窟の隙間から差し込む光の筋が戦士として力尽きた獄狼竜を祝福しているように見えた。
弓を納刀し、獄狼竜の骸に向き、姿勢を正して、深く頭を下げた。立派な最後だった。本当の戦士と戦えたことに心の底から充足感が沸き上がる。
長い間、頭を下げて振り返と、そこには神妙な面持ちをしたもみじいとアイルー達がいた。ニコも中に混じっていた。
もみじいが一歩、歩み出て、もみじの飾りのついた兜を脱ぎ私に頭を下げた。
「素晴らしい狩りを見せていただきました」
もみじいは頭を上げる。
「まさに武人同士の仕合であった」
もみじの飾りのついた兜を被る。
「我々ユクモ村を代表し、餞別として、あなたにこそふさわしい武具を送らせていただきたい。そこに眠る獄狼竜の骸をいただいてよろしいか」
よく状況が飲み込めない私の足元にニコが走り寄る。
「獄狼竜の武器と防具を作ってるニャ。あとすこしで完成ニャので、獄狼竜から剥ぎ取りをさせてほしいらしいニャ」
どのみち、今のゲリョス装備はもう使いものにならないだろう。
なによりこの獄狼竜から作られた武具なら是非身に付けてみたい。
私は頷く。
もみじいは頷くと、後ろに控えたアイルー達に指示を出す。
ベースキャンプに戻り、背中や脇腹の治療を済ませ。旅仕度を整えていると、荷馬車を引いたアイルー達が帰ってきた。
荷馬車からもみじいが飛び降り、別のアイルーから装備一式と、灰色に鈍く輝く弓を受け取ると、両手で大事に抱え、私に歩み寄る。
「獄狼竜装備一式に獄狼弓『リュウガン』じゃ。一頭丸々の素材を余すことなく使った。わしの加工屋人生のなかでも傑作じゃ」
姿勢を正し、一礼して装備を受け取る。もみじい達にせかされて早速身に付ける。
頭部はガンナー用ではなく剣士用もので狼のような耳が頭上にそそり立つ。胴体は弓が引きやすいように右腕が付け根から露出しており、胸部の伸縮性のある素材が体に馴染む。左腕には稲妻の形を模した甲殻。
一式装備を身に付けると、露出した右腕に紫色の筋が浮かび上がった。
「やはりな。無傷回路が開かれておる。そなたを持ち主として認めた証じゃ」
もみじいは満足げに頷く。
荷馬車に飛び乗り、私を見下ろすもみじいは
「存分に狩るがいい」
と言い、私が頷く姿を目を細めて眺めると、ガーグアの手綱を引くアイルーに出発を促す。
「年甲斐もなく熱くなってしまったわい」
まわりのアイルーに呟くともみじいは、そのままハンマーを枕に眠り込んでしまった。
※
ギルドから姿を隠すために使っていたフードのついたコートを身につけ、私とニコはユクモ村が眼下に一望できる高台にいた。
ユクモ村の温泉施設に向かう長い坂道で竜人族の医者に手を引かれながら、必死に歩くマリアが見えた。
目が離せなかった。
一歩、一歩歯を食いしばり階段を登るマリア。
がんばれ
自然と両手を握りしめていた。
坂道を登り切ったマリアが満面の笑みを浮かべて医者と喜びあっている。
マリアの戦場はここ。彼女は必死に自分の戦いをしている。
私の戦場はここではないどこか。
フードを深く被り、前を歩くニコに続いて、雪の降り積もる山道を歩き出した。
獄狼竜を狩猟し、新たな力を得たイズナは、ニコと二人、ユクモ村を旅立つ。
彼女達が辿り着いたのは若い竜人族が治める湖畔の村。
次回
「第21話 湖水(1)」
お楽しみに。
では、よき狩りを。