かつてココット村に起こった出来事が今もガラフ達を苦しめ続けていた。乗り越えるのは彼ら自身。
「第22話 湖水(2)」
どうぞ。
朝もやに霞む景色の中から、木箱と長尺の太刀を背中に担いだガラフが現れた。
「やっぱり来ていたか」
ココット村の入口、冷えきった空気の中、街道の傍らにあった小さな岩に腰掛けていた私とニコが立ち上がる。
「勝手にするがいい」
ガラフは私たちを一瞥し、街道を歩き続ける。
朝日を受けて、湖から立ち上る靄が徐々に晴れていく。
さざ波一つない、静かな湖面に、暁光を受けた空が写し込まれる。
緑の絨毯のような緩やかな稜線の先に、身を寄せ合うように佇むココット村。
前を歩くガラフは丘陵の頂で足を止め、しばしその風景を眺める。
「この景色を見る度に思う」
ガラフの言葉に、景色を眺めていた私は彼の方を見る。
「心の有様は、かくのごとく穏やかで、静寂で有りたいものだな」
ガラフは呟くと、また前を向いて歩き出した。
森の入口に到着すると、ガラフは背中の太刀を抜き出し、光に翳す。荒波の様な波紋の浮き出た刀身が静かに、怜悧に輝く。銀色の柄を強く握る。
太刀をゆっくりと鞘に戻し、側の木に立て掛ける。背負っていた木箱を降ろし、中から銀色に輝く一式防具を取り出し、身につけ始めた。
恐ろしい程の迫力の中に、繊細な職人芸の細工が見える。集会場で見たことがあるリオソウル装備に形状が似ているが、銀色に輝くその装備には得も言われね迫力を感じる。
常人では成し遂げることが出来ない、過酷な狩猟を成し遂げた者だけが身に付ける事を許される装備。シルバーソル。そして飛竜刀【銀】。
昨日、ガラフが着ていたクロオビ装備とは格が違う。
私は羽織っていたコートを脱いだ。
※
それは圧倒されるような剣技だった。飛竜刀の切っ先が煌めくたびに、ティガレックスの皮膚が切り裂かれ、血飛沫が巻き上がる。
打突から、左右の連続切り下げ、横一文字の払い切りの後、音もなく太刀が鞘に吸い込まれていく。
ガラフは森の広場で出会ったティガレックスに対し、躊躇することなく、駆け寄り、切り付けた。
ティガレックスの翼手、足元を集中的に切り付けるガラフを見ながら、私は頭部に矢を集中させる。
無数の傷から血液を吹き出し、頭部は龍属性の炎に飲み込まれている。
「奴が村の近くに現れたのは10日位前になる」
上空に飛び上がったティガレックスを眺めながら、ガラフは太刀を鞘から抜き出し、ちり紙で刀身を撫でるように拭いている。
私は上空に向けたリュウガンの射出口を地面に向けて降ろした。
「なんとか、この森まで追い詰める事ができた」
ちり紙をポーチに直し、太刀を鞘に納めたガラフはポーチから元気ドリンコの瓶を二本取り出し、一本を私に投げて寄越した。あわてて放物線を描く瓶を掴む。
蓋を開け、腰に手を当てて元気ドリンコを飲むガラフに頭を下げた。
「かつてのココット村のことはクロから聞いたか」
ガラフは飲み干した瓶をポーチに直した。
飲み口から口を離した私は、まだ半分以上残っている元気ドリンコを見つめながら頷く。
「ココット村は俺の生まれ故郷だったんだ」
クロはミナガルデ公国崩壊後、ココット村は鉱山の開発のために無くなったと言っていた。
「俺が何も知らずにほっつき歩いてる間、村は何度も古竜の襲撃を受けていた」
ガラフはハンターナイフを抜き出すと、下草を刈り取りながら進み始めた。私は慌てて元気ドリンコを飲み干し、彼の後に続く。
「村の大長老がそれらを、たった一人で撃退し続けていた」
岩を裂くようにして幹を伸ばす大木を頼りに急な崖を登っていく。
「撃退戦で大怪我をした大長老を村人達が無理矢理床につかせた頃、公国の首都ミナガルデが老山龍に襲撃された」
崖を登り切る。振り返ると、豊かな森の向こうにココットへ続く緑の丘陵の畝が見えた。
「全市民が避難した中、ギルドから派遣された狩人達によって老山龍は討伐された」
ガラフは景色を眺める私の横に立ち、その眺望を目を細めて眺めている。
「俺が村に帰った時にはもう国は無くなっていた」
身を翻し、ガラフは崖から離れて森に向かう。
「村にはすでに地質調査隊が来ていた」
森で一番の高台。鬱蒼と草が繁る薮の奥から、モンスターのいびきが聞こえていた。
「最初の異変は、今まで現れたことのないティガレックスが村の近くに現れたことだったらしい」
下草の中を姿勢を低く保ち、ゆっくりと進んでいく。覆い繁る草の隙間から、身体を丸めて眠るティガレックスが見えた。
「大長老は俺にそれを伝えて息を引き取った」
身を屈めたまま、ガラフは飛竜刀を鞘から抜き出し、目を閉じる。私もリュウガンを取り出した。
「ココットはな、本当に美しい村だったんだ」
目を開き、私に笑いかけて、そう呟いたガラフは銀色に輝く柄を握り締め、ティガレックスに向かって走り出した。
飛竜刀にティガレックスの尻尾が切断され、大量の血液が辺りに飛び散る。舞い上がった尻尾が地面にたたき付けられ、血の臭いが立ち込めた。
呻くような声を出しながら起き上がるティガレックスに、血にまみれたガラフが抜き身の飛竜刀を煌めかせながら近づいていく。
彼は顔面を流れ落ちるティガレックスの血液を、舌で嘗め取り、笑った。
鬼気迫る気迫に、私の足元でニコが震えている。
空を水平に切り裂く稲妻の様に、飛竜刀がティガレックスの全身を切り付けていく。
破壊された鱗や甲殻が飛び散った。
リュウガンを構えた私は、彼の動きを常に視界に捕らえながら、ティガレックスの頭部に矢を集中させる。
紫色の炎の中、頭部の甲殻が崩れ落ちた。
身体中を真っ赤に染めたティガレックスが勢いを増した突進を繰り返す。
横方向に切り付けながら、突進を軽々とかわすガラフ。
攻撃、それ自体が防御に繋がっている。その動きに思わず舌を巻く。
私は弓を納刀し、ティガレックスから距離を取る。
突進後、急停止したティガレックスが頭部を持ち上げて大咆哮を高々と上げる。耳を塞ぐ私の向こうで、咆哮を全く意にかえさず、ガラフが切り込む。
聴覚回路の賜物で、異常な音量は、聴覚にリミッターがかかっているのだろう。
ボロボロになった翼を広げて飛び立とうとするティガレックスに向けてリュウガンを構える。
一羽ばたきで浮かび上がった巨体に矢を放つ。
崩れた顔面に矢が突き刺さり、バランスを崩したティガレックスが地面に墜落し、砂埃を舞い上げて暴れる。
私が矢を頭部に集中させる中、ガラフは、静かに飛竜刀を背中の鞘に納めた。
柄に手をかけたままのガラフは、ふらつきながら身体を持ち上げるティガレックスに近づいていく。
弓を構える私は、ガラフから漂う異様な気迫に押されて、番えた矢を外し、彼の行動に見入る。
戦闘状態からは考えられない程の静寂、張り詰めた空気。
ガラフの方に向きを変えて、威嚇するティガレックスの顔面の直近、ガラフは飛竜刀を抜き出す。
高められた練気で紅蓮に輝く刀身が複雑な光の残像だけを残して、再び鞘に収まる。
鞘口と鍔がぶつかる金属音とともに、ティガレックスは地面に倒れた。
※
ココット村に帰ると、ガラフと私達は村長の家に向かった。
質素な客間に通された。
「そうか。討伐してしまったのか」
イグルはガラフから話を聞いて、うなだれた。
ガラフは頭をかきながら
「へへっ」
と舌を出して笑う。
「ああ、ギルドになんと言えば……」
頭を抱え込むイグルの肩をガラフが叩く。
「そんなもん、間違いでした、すんません、でいいんじゃないか」
イグルは肩に置かれたガラフの手を勢いよく払いのける。
「貴様はそれでいいかもしれんが、国から睨まれ続けられる中、やっと、やっとここまで……」
腕を振り回し、唾を飛ばして叫ぶが、最後には俯いて泣き出してしまった。
「なあ、村長」
イグルの肩に再びガラフが手を置く。
「あんたの頑張りはみんな知ってるんだ。ほら」
目を真っ赤にして、見上げたイグルの視線の先には、心配そうに様子を見に来た村人達が出入口や窓から顔を覗かせていた。
「大長老の息子のあんたがどれだけ大変だったかは分かる。けどな」
イグルはガラフの言葉に顔を上げて涙を拭く。
「俺達ゃ、自分の村は自分で守らなゃならないんじゃないか」
村人達が、恐る恐る部屋に入ってくる。
「村長、キノコ栽培もなんとか軌道に乗ってきたんだし、狩猟祝いも兼ねて、いっそ、パーとお祭りにしてみないか」
若い村人の言葉にみなが頷く。
「なあ、キノコ祭ってのはどうだ」
別の村人が言う。
「わしは、キノコ料理の店を出したいの」
老人が笑顔で言う。
村人達のこんな笑顔、以前に見たのはどのくらい前だろうか。
村人達の笑顔に囲まれ、イグルはまた涙で顔を濡らし、何度も頷いた。
※
「実際のところ、この村は随分危ない橋を渡ってきたんだニャ」
クロが付近で酒や食べかすで汚れたテーブルにふきんで拭きながら私に話しかける。
クロの料理屋で行われたキノコ祭の会議兼、狩猟祝いも終わり、酒に酔った村人達はそれぞれの家にフラフラしながら帰っていった。
「たまたま、大長老がこの付近一体の土地を拝領していたからよかったものの、荒れ地を開墾していく中で、食料難に陥り、モンスターにも襲撃されたニャ」
料理屋に残った私とニコはクロの片付けを手伝い、ガラフは酒に酔い、テーブルに突っ伏している。
「若い村長は付近の村に頭を下げて食料を融通してもらい、植物学を必死に勉強して、キノコを栽培し始めたニャ」
あらかたの空き皿を運び終わり、クロは汗を拭く。
「もう、この村は、代わりの村じゃなく、ココット村なんだニャ」
私は頷くと、ワンピースの両腕をまくり、流し台に山のように詰まれた皿を洗い始めた。
料理屋の端のテーブル。ガラフの指定席では、泥酔したガラフがテーブルに突っ伏し、壁を見つめていた。
※
朝もやの中、ココット村を背にして、丘陵の坂道をニコと並んで登って行く。
村の出入口に差し掛かったところで、岩に座っているガラフを見つけた。
「行くのか」
ガラフは岩に座ったまま、私を見上げている。
「いい村だったろ」
笑いかけるガラフに私は頷く。
「もし、旅に疲れたなら、また来るがいい」
言いながら、ガラフはポケットからカードを取り出し私に差し出した。
古竜観測省学術院観測書士局
狩猟書士隊 二等書士
マリベル
そして学術院の公印。
「ギルドカードは足がつく。これからはそいつを使うがいい」
私は頭を下げながらカードを受け取る。
「密猟の先輩からのプレゼントだ」
朝の冷たい風が吹き抜ける。ふと村を振り返ると、鏡のように空を映す湖が見えた。丘陵に囲まれた円形の広大な湖は豊かな水を蓄え、その水蒸気がココット村にキノコを育ませている。
「心が荒れて波打った時はな、この湖の水を思い出せばいい」
ガラフも座ったまま、湖を振り返る。
「近くから見れば波立つ湖でも、こうして離れて見れば、まさに明鏡止水。少し距離を置くと今まで見えなかった本質が見える時がある」
私の背後から声がする。
「湖水は入れ代われど、湖面は同じ光を照り返し続ける」
声の方を見ると、村の入口から、後ろ手に腕を組みながらイグルがこちらに向かって歩いていた。
「今の気持ち忘れること無く、常に心に新しい風を吹かせて下さい」
イグルは言いながら、懐から、小さなお守りを取り出した。
「竜人族に伝わる護符です。持っているだけで、力が沸き上がると言います」
私は護符を受け取り、ポーチに入れた。
「よき狩りを」
岩に座ったままのガラフと、その側に立つイグルが手を振る。
二人に頭を下げ、私は湖に背を向けて、歩き始めた。
※
イグルが村に帰った後、ガラフはそのまま岩の上に座り続けていた。
そのガラフの背後に人影が近寄る。
「面倒掛けてすまなかった」
その人物は帽子を脱いで深々と頭を下げた。
「敢えてティガレックスを生かし続けてみたが、ギルドの動きは無かったみたいだな」
ガラフは前を向いたまま、人影に話す。
帽子を被り直した人物は腕を組む。
「『鬼神の銀雷』の抜刀術【赤蜻蛉】、しかと見せて貰った。腕は落ちてないようだな」
「あの時と比べたら随分年をとったがな」
ガラフは頭をかきながら立ち上がり、イズナとニコが歩いて行った方を眺める。
「いいハンターになりそうだな」
ガラフの言葉に、帽子の人物が頷く。
「俺がやってやれるのはここまでだな」
ガラフが後ろを振り向く。赤いハット帽に無精髭の男性が晴れ渡る湖を背景に立っている。
「メゼポルタに潜る」
男性は言うと、ハット帽を被り直し、ガラフの横を通り過ぎ、歩き始めた。
「どうか御達者で。書記官殿」
ガラフは男性が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
ココット村を後にしたイズナとニコ。向かった先は海洋交易の中心地タンジア。タンジア鍋、タンジアビール、タンジアチップスそして、タンジアコーヒー。ふう、もう食べれません。
次回
「第23話 港風」
お楽しみに。
では、よき旅を。