モンスターハンター In My Eyes   作:あずき犬

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交易都市タンジア。様々な人々が様々な理由でこの街を訪れる。
海を渡る予定だったイズナだが、航路が閉鎖されていることを知り、宿を探す。人との出会いは偶然であり、必然。

「第23話 港風」
どうぞ。


第23話 港風

交易都市タンジア。東大陸海に突き出た半島の付け根の平野に広がる東新大陸最大の都市である。

 

早朝にココット村を出た私とニコは、街道を歩き、夕方前にはタンジアに到着した。

すでにユクモでの出来事をギルドが確認しているだろうから、いつまでも東新大陸にいることは出来ない。取り敢えず東大陸海を渡るべきだろう。

港に向かって町をさまよい歩く私とニコは溢れるような人いきれの中、大通りの中央に立ち止まる。

バルバレのバザールでも、ごった返す人々に驚かされたが、この町はその比ではない。

様々な人種、竜人族、アイルー達が引っ切りなしに行き交う。

 

見上げた遥か向こう巨大な風車がゆっくりと回っている。

 

突然背後で大きな怒鳴り声がする。振り返ると、ガーグアが引く荷馬車が私のすぐ後ろまで来ていた。

 

「危ねえだろうが。どこ見て歩いてやがる」

 

手綱を持つ男性が大声で叫んでいる。

 

私は慌てて、通りの中央から端に寄る。

 

「曳かれてえのか、気をつけろ」

 

私に向かって叫ぶ男性の荷馬車は四角い巨大なキャラバンを引いていた。キャラバンには大勢の人が乗っていて、みな一様に私を睨みつけている。

 

よく見ると、私がいた大通り中央の足元には、2本の鉄のレールが敷かれており、通りの人達は、そのレールを避けるように歩いている。キャラバン専用の通り道なのだろうか。

私は、荷物を入れたリュックを背負い直し、風車の方に向かって歩き始める。恐らく、風車がある方が港なのだろう。湿った潮の香りが風に乗って通りを吹き抜けている。

 

 

潮の香りが強くなる。

風車の下に来ると、船のチケット売り場を見つけたが、カウンターには、人だかりが出来ており、怒号が飛び交っていた。

人だかりの最後尾から背伸びをしてカウンターの方を見るが、怒号が聞こえるのみで何も見えない。

 

「前で見てくるニャ」

 

荷物を私に預けたニコが人だかりの足元をカウンターに向かって走り抜けていく。

 

「海にモンスターが出て、船が出せないみたいだニャ」

 

戻ってきたニコは、乱れた毛並みを嘗めながら言う。

私はため息をつき、今夜の宿を探すことにした。

 

 

 

 

港付近の宿はほとんどが私と同じように船を待つ人々で満室になっていた。

数件の宿を周り、宿場街の端の、見るからに荒れ果てた安宿に入る。

【風車亭】のロビー、薄暗いカウンターの向こうで、新聞紙を眺めながらタバコをふかす男性にガラフから貰った、狩猟書士隊二等書士マリベルのカードを差し出す。

 

「泊まりかい? 生憎、部屋は一杯だぜ。他を…… 」

 

男性は新聞紙から横目で私のカードを見て言葉を止めた。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 

新聞紙をカウンターに置いた男性は、宿の階段を駆け上がって行った。

 

【ついにギルド動き出す。謎のモンスター】

 

新聞紙の文字に目を落とす。

 

【二日前から、港の沖合に居座るモンスターに対し、ギルドから調査隊が派遣されることが決定した。目撃情報や被害状況から、なぞのモンスターについて、タンジアギルド広報部は……】

 

腹部に衝撃を感じ、新聞紙から目を離した。下を見ると、カウンターの手前で、小柄な女性が前屈みにうずくまっていた。

 

「どんだけ頑丈にできてるのよ」

 

女性は拳をさすりながら、目を潤ませて私を見上げる。

モンスターの攻撃すら、弾き返す獄狼竜装備である。素手で殴りつければ、殴りつけた方が怪我をするだろう。

短い栗毛をかきあげるその顔は、黒目がちの大きな瞳も合間って、幼い少女に見えたが、薄い化粧がのっていることから大人の女性であることが推測できた。

 

「で、あなた誰?」

 

私を睨みながら、体を起こした女性は、白いドレスのフリルを揺らせて、カウンターの上のカードを覗き込む。身長は私の鼻先くらいか。

 

「マリベルって、ちょっと、あんた」

 

女性は視線をカードからカウンター奥で小さくなっている男性に送る。

 

「す、すみません。ミューズさんが、書士隊が来たらっていうから」

男性はカウンターから離れて、壁で両手を振る。

 

「私は、“大剣担いだゴンズって大男の書士隊“って言ったはずだけど」

 

腰に手を当てて男性を睨みつけるミューズはため息をつく。

 

「まったく、なにもかもついてないわ」

 

ミューズは俯いてもう一度ため息をついて私を見上げる。

 

「部屋探してるなら、私の部屋に泊まりなさいよ。いいでしょ」

 

再度睨みつけられた男性は何度も頷く。

 

 

ミューズに案内された部屋は安宿にしては、こざっぱりとした調度品が並び、綺麗にシワを伸ばされた大きなベッドも二つ置かれている。開け放たれた窓からは、白いカーテンの向こうに、夕日に照らされた海が広がってる。

ベッドに腰掛けたミューズは、コートを脱ぎ、荷物を部屋の隅にまとめる私とニコをじっと見つめている。

 

「それ、獄狼竜装備でしょ」

 

装備を外し、ワンピースに着替えていた私は動きを止める。ユクモの事がバレてしまうのでは、とミューズを見ると、ベッドに寝転び天井を睨みつけていた。

 

「いやな事を思い出したわ」

 

ミューズは起き上がると、木彫りのたんすの引き出しから毛皮で出来たポーチを取り出す。

 

「私は、主任書士のミューズ」

 

彼女はポーチの中から、革製のカードケースを取り出し私に見せた。

 

古竜観測省学術院観測書士隊

主任書士

ミューズ

 

「わざわざドンドルマから、獄狼竜を観測しに行ったのに、どこにもいないし」

 

カードケースをポーチに入れた彼女は、再びベッドに横になる。

 

「今度は、ティガレックス、それも、強個体がいるっていうから、見に行ったら密猟者に狩猟された後だし、ほんっとについてない」

 

寝転びながら腕を組み、天井を睨みつけるミューズ。着替えを終えた私は、窓際の椅子に腰掛けた。

 

「一番ムカつくのは、か弱い乙女を置いて逃げ出した狩猟書士。見つけたらただじゃおかないわ」

 

ミューズは顔を起こし、私の方を睨みつけながら拳を作り、ベッドを何度も殴りつけている。

殴りつける拳を止めた彼女は、私の顔を見つめる。

 

「あなた、二等狩猟書士だったわね」

 

確かにカードにはそう書いてあった。私は頷く。

 

「だったらちょっとした大型モンスターなら大丈夫よね。どうせ、しばらく船は出ないし、ちょっと仕事手伝ってくれない? 」

 

私はしばし迷う。あのカードのことはよく分からないが、身分を偽っている以上ギルドに近い人間と接近しないほうがいいと思う。

 

「もちろん、ただでとは言わないわ。報酬はたんまり出すわ」

 

ニコが私のワンピースの裾を引っ張る。

私は諦めるように頷いた。

 

 

 

 

シータンジア。食の都と言われるタンジアの中でも一、二を争う人気シーフード料理店、もちろん値段も一、二を争う。

海岸の岸壁に突き出したオープンテラスのテーブル上には、巨大な鍋にありとあらゆる魚介類を放り込んだタンジア鍋が湯気を上げて煮出され、鍋の周りにも高級そうな肉料理が並ぶ。

 

「乾杯!」

 

タンジアビールが溢れんばかりに入ったジョッキで乾杯する。

よく冷えた黄金色のタンジアビールを喉に流し込んだミューズは、

 

「くぅー、最高!」

 

口の周りを白い泡だらけにして噛み締めるように言う。私も一口飲んでみるが、苦くて味はよく分からない。が、強い炭酸のせいか、確かに喉当たりがいい。

 

赤色のドレスにエプロンを着けたミューズは、タンジア鍋から、巨大な海老を取り出す。両手で思いっきり二つに割り、中から出てきた白い身にかぶりつく。

私も真似をして海老を取り出した。頭と尻尾を持ち、少し力を入れると簡単に二つに割れ、なかから白い身が盛り上がる様に出てくる。かぶりつく。

コリコリした食感。口中にに出汁の効いた汁が広がる。そして、後から私の味覚をえもいわれぬ甘みが襲いかかる。新鮮な食材だからこその旨味。

そして、このタンジア鍋は、なんでもかんでも海産物をつっこんどけ! で出来たわけではないことを思い知る。

鍋の中の海産物はみな、今が旬真っ盛りのものばかり。旬の食材が常に集まるここタンジアだからこそ出来ることである。

また、それらを煮込むこの出汁の美味いこと。想像も出来ない数の食材から煮出した出汁を使っているのだろう。

味に全く底が見えない。

口の中が快楽の底無し沼に飲み込まれていく。

 

まさに、世界一の鍋である。称号に偽り無し。

 

いつもは猫印肉まんを食べているニコも、タンジア鍋の魅力には勝てなかったのか、無言で海老にむしゃぶりつく。

 

【風車亭】の部屋に転がり込んだ私達は、はち切れんばかりに膨らんだ腹を抱えて眠りについた。

 

 

 

 

場所はタンジアに程近い密林地帯。

木々が天を覆い、僅かな木漏れ日しか降り注がないため苔に覆われた地面には、シダ植物が繁っている。

 

相手はドスランポス。太い木々の間を巧に走り回る。威嚇時や飛び掛かりへの待機時を見極めて矢を当てていく。3本同時に番えた矢の内、2本が当たればいい方である。相変わらず速い横移動を繰り返すモンスターとは相性が悪い。

それでも、群がるランポス達をニコが相手してくれたこともあり、大したダメージを受けることもなく、狩猟することが出来た。

 

光の差し込む岩場に腰掛けて元気ドリンコを飲んでいると、青いドレスを着たミューズが日傘を振り回しながら私の前に歩いてきた。

 

「ったく、なにやってるのよ。一人で歩いてる事に気づかず、ずっと話しながら歩いてたわよ」

 

ミューズは腰に手を当てて頬を膨らます。

 

「ドスランポスを狩ってたニャ」

 

ニコがミューズの足元に駆け寄り、ドスランポスの死骸を指差す。

 

「あら、ほんと。ごめんなさいね」

 

ずっとこの調子である。

 

昨日、早朝から調査に出ると言って眠りについたミューズだったが、一向に目覚める気配がなかったので叩き起こした。

寝起きのミューズを引っ張って、密林の調査に出発したのだが、不思議といつもミューズがいない時にモンスターが現れる。

朝からアルセスタス、ドスジャギー、そしてドスランポスを狩ってきたが、何れもミューズとはぐれた時に遭遇していた。

そういう星の下に生まれたのか、単に運がいいのか悪いのか。

 

「ドスランポスは見たかったのに。ついてないなあ」

ドスランポスの死骸を眺めるミューズは、うらめしげな目で私を見る。

前の狩猟書士が逃げ出した理由が分かる気がした。

 

ミューズの目的は密林に点在する遺跡とモンスターの調査らしい。

エリアを移動するたびに、遺跡らしき崩れた岩場にかけより、姿が見えなくなる。

 

「ちょうどいい時間だし、お昼にしましょ」

 

ドスランポスの死骸に食欲をそそられたように、ミューズは私に笑いかけながら手を叩く。

 

私は背負っていた木箱を地面に下ろした。箱の中からフリルのついた白いシートを取り出し、地面に敷き、シートの上に4段重ねの弁当箱を置く。

どこでどう手配したのか知らないが、ミューズは出発の時に罠や爆弾などの戦闘用品を置いて行くように言い、代わりに、4重弁当箱とシートを入れるよう指示した。特に爆弾の持ち込みは一切禁止された。

 

4重の弁当箱には、サンドイッチや色ご飯、魚介類の焼き物、スライスしたステーキ肉がぎっしりと入っていた。

 

「この辺りの生態系は随分豊かね」

 

サンドイッチを上品につまみながらミューズが辺りを見回している。

 

「メゼポルタ辺りでは、乱獲が酷くて狩猟制限がかかってるみたいよ」

 

初めて聞く話しだった。ステーキを噛みながらミューズの顔を見る。

 

「断頭台の方ではなんとか狩猟統制が出来てるみたいだけど、メゼポルタは駄目みたいね」

 

断頭台とはドンドルマギルドの本部ビルと聞いたことがある。

 

「ねえ、学術院の院長が行方不明って噂聞いた?」

 

ミューズは私を同じ書士隊と信じ込んで話し掛けてくれているのだろう。私は首を振る。

 

「私の勘では、院長の失踪とメゼポルタの乱獲に何か繋がりがあると思うんだよね」

 

ステーキを噛み切りながらミューズは一人頷く。

 

食事を終えると、ミューズはスケッチブックを私の木箱から取り出し、ドスランポスの死骸の前に座り、絵筆を動かしはじめた。やっと見ることが出来た書士らしい姿に、弁当箱を片付けた私は、彼女のスケッチブックを覗き込んだ。

 

スケッチブックに描かれていたのはドスランポスの死骸ではなかった。今にも襲い掛かって来そうな、鼻息を振り撒くドスランポスの姿だった。

 

「私ね、なんでだか、モンスターの死骸によく出くわすのよ」

 

私に気づいたミューズは絵筆を動かしながら話す。

 

「筋肉の構造、骨格、臓器、そんな解剖学的な知識とちょっとした想像力を使えば、モンスターを生き返らすことなんて簡単」

 

ミューズは筆を止めて、口を尖らす。

 

「『死神の絵師』なんて呼ばれてるの。ひどいでしょ」

 

こんなかわいらしい死神はないと思うが、その描写力には神懸かりなものを感じる。危険なモンスター程、こちらの命を守るために狩猟を優先するため、死骸から生きた姿を描写する能力は重宝されるだろう。爆弾の持ち込みを禁じたのも、体組織が破壊されるから。徹底した職人気質である。伊達に主任の肩書を持っているわけではない。

 

 

 

 

昼食後、調査を進めていたミューズの足が止まる。

私も異変を感じ取っていた。

近くに大型モンスターがいる。

異変は確信に変わっていく。何かが羽ばたく音、そして2頭分の咆哮。

草を掻き分けて覗き見たミューズが私を振り返り手招きする。

 

水場のある広いエリアで、2匹のモンスターがアプトノスの死骸を巡り威嚇しあっている。

上空でアプトノスを足で挟み、翼をはためかすのはリオレウス。

地上でアプトノスの足に噛み付いているモンスター。うっすらと白く輝く鱗と甲殻。その巨体はリオレウスにもひけを取らない。

 

「ラギアクルス亜種」

 

ミューズが呟く。

ラギアクルス亜種。私は改めて草の隙間からモンスターを眺める。海竜種の中でも狩猟の難易度が高いとされているモンスターである。通常のラギアクルスに比べ、亜種は陸上生活に特化していると聞く。

 

ラギアクルス亜種が威嚇しながら体を丸める。

ニコの髭が帯電しパチパチと音を立てる。私やミューズの髪の毛が逆立つ。

咆哮と同時にラギアクルスの体が青く輝き、辺り一面に稲妻のような光が発生する。ラギアクルス亜種の得意とする帯電攻撃である。

一瞬、空中で怯んだリオレウスだったが、すぐに態勢を立て直し、首を後ろに大きく反らすと、大きく開かれた口から灼熱の体液を吐き出す。リオレイアのそれのように、体液の固まりは空中で発火し、燃え盛る火の玉となりラギアクルス亜種に襲い掛かった。

火の玉の直撃を受けたラギアクルス亜種は思わずアプトノスから口を外す。

風圧による砂埃の中、アプトノスを掴んだリオレウスが空へと羽ばたいていく。

 

「どうする?」

 

ミューズが私を見上げている。

正直なところ、獄狼竜装備でラギアクルスは狩猟したくない。雷耐性が弱いこの装備で、あの高電圧の攻撃を受ければ、一撃もつかどうか。悩む私はミューズを見る。

吸い込まれそうな、透き通った、大きな瞳が私を見つめていた。

しかたなくリュウガンを取り出す。

再度逃げ出した狩猟書士に同情する。

 

「生物学的には殆ど完璧なモンスターだけど、海竜種として見ればあの太い尻尾と、水抵抗的に、あの頭部の構造が弱そうよ」

 

視力を強化する特殊な訓練を受けるという書士隊の目は確かである。頷いた私はニコと呼吸を合わせて草むらを飛び出る。

空に向かって威嚇していたラギアクルス亜種は、突然現れた新たな獲物に喜びの咆哮を上げる。

 

挨拶代わりの高電圧球が吐き出される。帯電した体液が青い稲妻を纏いながら空を舞う。回転回避で避ける私の後方に着弾した球は、地面で弾けて広がっている。

 

「ちょっ、ちょっと! なんなのよー」

 

帯電地帯の端で電撃を喰らったミューズが目を回し倒れていった。

直ぐに駆け寄り確認する。呼吸、脈は正常。気絶状態の様だ。ニコに合図をしてミューズを安全な所に移動させる。

 

ラギアクルス亜種の前に踊り出た。私に意識を集中させるために頭部に矢を射る。龍属性の炎の中から青く輝く瞳が現れ私を捕らえる。

 

まずは回避優先の立ち回りで相手の行動パターンを頭に叩き込む。初見のモンスターを狩猟する時の基本。

さっき見た電圧球、のしかかり、腕を払いのける攻撃にはそれぞれの予備動作を確認しながら、隙を見て矢を頭部に当てていく。

ラギアクルス亜種は咆哮を上げながら、体を丸めていく。危険を察した私は弓を納刀し、距離をとる。

稲妻がエリアを蹂躙していく。超高電圧の空間放電。地中に含まれるの水分が蒸発し、辺りが白く染まる。海竜種であるラギアクルスはこの放電で辺りの魚をすべて気絶状態にし、根こそぎ食べ尽くすという。

水蒸気の霧の中、ラギアクルス亜種は威厳に満ちた頭部を擡げて私を見下ろしていた。

 

 

 

 

穏やかな波が打ち寄せる砂浜。丸まって倒れたラギアクルス亜種の死骸に背を預けて、息を整える私は、太陽の沈んだ水平線を眺めていた。

徐々にその色を変化させる夕暮れの空。

 

「やっぱりついてないわ」

 

ミューズの声に振り返る。肩を落とすミューズがニコに手を引かれて、俯きながら歩いていた。

 

「せめて、大放電だけでも見たかったわ」

 

ミューズは砂浜に座り、スケッチブックを開く。

小さなかわいらしい死神の絵師が神に憑かれたようにひたすらに筆を動かしていく。

 

 

 

 

雑踏の船着き場で大荷物を地面に下ろしたミューズと私達は、送別の鈴の音の中、ゆっくと離岸していく船を見ていた。

 

「次の船は何時になるのかしら」

 

私はチケット売場で貰った時刻表を開いて見せた。

ミューズは時刻表を見ながらため息をつく。

 

「はー、ほんとについてないわ」

 

いくら起こしても目を覚まさないミューズ自身のせいだと思うが、私は時刻表をポーチに入れながら辺りを見回す。

 

航路に居座っていたモンスターが突然姿を消し、この日朝一番の便から再開されていた。

居座っていたモンスターはおそらく…… 。

 

「お茶でもしながら時間つぶそうか」

 

港から少し街に戻った倉庫街の一角に雰囲気の良さそうな古い喫茶店を見つけた。

タンジアコーヒー本店。

大陸中に支店を展開するタンジアコーヒーの発祥の店。ちょうどモーニングタイムが終わった頃で、通りに面した席に座る事が出来た。

 

「ちょうどいいわ。報酬渡しとくね」

 

ミューズは言うと、黄色いドレスのフリルを揺らせながら革製の旅行鞄から封筒を取り出した。

受けとった私は、その分厚さに驚く。

 

「当然の報酬でしょ。航路の安全を取り戻したんだから。安いくらいよ」

 

私達のテーブルにウェイトレスがホットコーヒーを並べる。

報酬をポーチに入れ、マグカップのコーヒーを口に運ぶ。

蘇るバルバレの苦い味。

照り付ける太陽。木漏れ日の大木。

みんなの笑い顔。

 

「あら、おいしい」

 

ミューズの声に我に返り、目頭を袖で拭く。

 

「なんかさあ、こんな美味しいコーヒーが飲めるんならさ」

 

もう一口コーヒーを飲み、マグカップをテーブルに置いたミューズが私に笑いかける。

 

「ついてないのも、たまにはいいかなって思うわね」

 

私は頷きながらマグカップをテーブルに置いた。

 

突然、静かな店内にミューズの叫び声が響く。

 

「ゴンズっ!」

 

店の前を、大剣を担ぐ大男が身を屈めて歩いている。

 

ミューズは荷物を掴み取り、コーヒーを飲み干すと、

 

「いろいろ世話になったわね。あなた程の腕があればロックラックに行くのを勧めるわ」

 

と早口でまくしたてて、テーブルの上にコーヒー代を置いた。

 

「嘘つき書士さん」

 

ミューズは私に笑いかけると、喫茶店を飛び出し、男性を追い掛けていく。

振り向いた男性の腹を思いっきりパンチしている。

うずくまる男性。

ミューズに手を引かれて、男性は立ちあがる。

二人は港の方に歩き出した。

 

私は味わうようにコーヒーを飲み干すと、床でミルクを飲むニコを促して喫茶店を出た。

 

見上げる空には勢いよく羽を回転させる風車。

潮の香りを乗せた港風が、心地好く通りを、私の胸の中を吹き抜けていく。

 




水の海から砂の海へ。イズナが目指すのは砂漠のオアシスロックラック。
ハンターの聖地とも言われるこの地でイズナが出会ったのは…… 。

次回
「第24話 砂塵(1)」
お楽しみに。
では、よき狩りを。
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