「第24話 砂塵(1)」
どうぞ。
砂原を颯爽と走る高速砂上船。高速輸送猟団、砂塵の嵐の拠点船ド・アルバルト・ゲルヒム。団長であるグルザムの出身地方の言葉で砂漠に咲く紅い花という意味らしいが、砂埃にまみれた無骨なその船体は花という言葉の対極に位置する。
ただ、その船は、戦闘を前提とした撃龍槍や大銅鑼等の対大型モンスター兵器を搭載せず、流線型の船首、命一杯に広がり、風を受ける巨大なマスト等から輸送船として、船速を追求した形状をしている。
船の後方に位置する船長室で、輸送猟団長のグルザムは椅子の背にもたれながら、ぶ厚い本に見入っていた。
船長室の扉がノックされ、長身の若い男性が入ってくる。
男性はグルザムの側に歩みよる。
「団長も好きですねぇ」
グルザムは雑誌を眺めながら、男性を一瞥する。
「お、ああミラヒムか、こんな仕事していくには、これからは情報よ。情報が大事なんだな」
ミラヒムは団長の机の上から一冊の雑誌を取りあげて表紙を眺める。
【必見!美人ハンター図鑑(特別袋綴じ付き)】
パラパラとページをめくる。肌を露出した際どい装備を身につけた女性ハンター達がカラーで描かれている。
「装備を身につけてるより素っ裸の方がいいと思いますが」
ミラヒムの言葉を聞いたグルザムは、首を振りながら言い返す。
「若いなーお前、キリン装備のエロさが分からんかな。筋肉質の、こう、見えそうで見えないのがって、だ、か、ら、情報収集の一貫としてだな」
席を立ったグルザムが雑誌を取りかえしたところで船が激しく揺れた。
机の上のペンが床に転がり落ち、天井では照明が激しく揺れている。
「そうそう、ジエン・モーランにみつかっちゃいました」
ミラヒムが頭をかきながら報告する。
「そういうことは早く言ってくれ。直ぐに船上に移る」
甲板に駆け上がると同時に、グルザムとニラヒムは激しい砂粒にたたき付けられた。船員たちも全員が甲板に上がり、砂つぶてに目を細めながら砂漠を眺めている。
グルザムは手すりにしがみつきながら移動し、甲板の後部に設置された操舵台に上った。操舵を担当する船員が蛇輪にしがみつき、必死に航路を維持している。
「やつは今船底にいます」
吹き付ける風の豪音に負けないように操舵士がグルザムの耳元で叫ぶ。
「足の速さはこっちのほうが上だ。逃げ切れないか」
グルザムの叫びに答えようとした操舵士が回転する蛇輪に弾き飛ばされ、甲板に転がり荷物にしがみつく。
左右に大きく揺れた船の右舷から砂の山が浮かび上がる。
砂柱を巻き上げる二本の長い牙。連山のごとき背ひれ。高速砂上船の10倍はあろう体長。峯山龍ジエン・モーランである。
ここまで接近されると、ジエン・モーラン自身が巻き起こす暴風に巻き込まれて逃げ切ることはできない。
「ったく、見張りは何してたんだ」
グルザムは叫びながら蛇輪を握る。
「団長が乗せたお客さんをみていましたよ」
ミラヒムが柱にしがみつきながら呟く。
「あ、なんか言ったか? 仕方がねえ。戦闘に入る」
蛇輪をミラヒムに預けたグルザムは側の伝声管に叫ぶ。
「予定変更だ。狩り取れるだけ狩り取ってトンズラする」
言い終わらない内に甲板に上がっていた日雇いハンター2人がそれぞれ大剣とハンマーを抜刀し、船員達も、甲板前部の倉庫からピッケルを取り出す。
操舵台から降りたグルザムは、甲板の端でうずくまるボロボロのコートを纏い、深くフードを被った女性と、同じくフードを被るアイルーに歩みよる。
「すまねえ。戦闘になっちまった。ひるませたらとんずらするから、ちょっと待っててくださいね」
フードの人物は頷くと、ジエン・モーランの方を見上げる。整った美しい横顔に一瞬状況を忘れて見とれてしまう。お付きのアイルーにロックラックまで運んでほしい言われ、大金を積まれた。どこかの領主か金持ちの娘だろうか。
ちょうど峯山祭が近く、ロックラックへ運ぶ荷物も積載してたこともあり乗船を許可した。
どういう素性の女性だかは知らないが、初めてのジエン・モーランにさぞかし驚いているだろうと、思ったが、フードの中の瞳は冷静にまっすぐジエン・モーランに向けられていた。
大砲が炸裂する音にグルザムは振り返る。ジエン・モーランの背中から黒煙が上がっている。
拘束バリスタが発射され、二人のハンターが歓喜の雄叫びを上げながら、甲板からジエン・モーランの背中に飛び乗る。それに続くように、船員達がピッケルを担いで次々とジエン・モーランに飛び移っていった。
地中深くを移動するジエン・モーランの背中からは鉱脈を通過した時に付着した貴重な鉱石を採掘することができる。船員達はジエン・モーランの背中で散開し、それぞれが採掘のためにピッケルを振るい始めた。日雇いハンター達は、ジエン・モーランの背中の上でコブの様なものをそれぞれの武器で滅多切りに切りつけ、叩きつけている。
ジエン・モーランが背中を揺する。恐らく、興味本意で船に接近したであろうジエン・モーランは突然の攻撃に驚いたのだろう。大きく体を揺らし、二本の角を天高く突き上げた。
「いけねえ!」
グルザムが慌てて、拘束バリスタに向かう。久しぶりに遭遇したジエン・モーランに興奮した船員がほとんど全員飛び乗ってしまっていた。
グルザムはバリスタの横に設置された斧で拘束している鎖を叩き切った。ジエン・モーランが全身を砂原の上に飛び上がらせる。命綱を付けたハンター達と船員が砂原に投げだされた。
「ったく、全員いっちまってどうするんだよ」
グルザムはもじゃもじゃの頭を掻きむしりながら、甲板後方の倉庫に走り、大砲の玉を取り出すと、船の左後方の甲板に取り付けられた砲台向かって走る。
マストのはるか上空を弧を描くようにジエンの巨体が飛ぶ。反対側に着砂するとともに、甲板に砂粒が振り注ぐ。右舷では、船員達が命綱を引っ張り船に戻ろうとしていた。
左舷からジエンが巨体を現にした。グルザムが打ち出した大砲の玉がジエン・モーランの背中で炸裂し黒煙を上げている。
ジエン・モーランは一度、船から離れるようなそぶりを見せると、反動を付けて船に急接近する。
本格的な撃龍船ではないこの船の耐久力では持たないだろう。グルザムはその場にしゃがみ込み頭を抱える。
しゃがみ込むグルザムの前を誰かが歩いている。恐る恐る見上げると、フードを深く被り、ボロボロのコートを着込んだ女性だった。
「危ないからしゃがんでいろ」
叫びながらグルザムはコートの袖を引っ張るが、とてつもない力で手を引き離された。女性は、側に置いていた自分の荷物袋から折り畳まれた弓を取り出した。ハンターマニアのグルザムをしても、その形こそジンオウガの弓の形をしているが、あんな不思議な色の弓は見たことがない。
フードの人物は、甲板の左舷端に立ち、半身になり、両足を肩幅に広げると、折り畳まれた弓を組み立ててジエン・モーランに向けて構えた。背後に下げた矢筒から矢を3本取り出す。矢を番える女性のフードが追い風でめくれ上がり、はためいている。
フードの下から現れたのは強風になびき、美しく輝く銀髪。そしてそそり立つ狼耳。
力一杯引かれた矢は轟音をたてて砂混じりの追い風の中を光の筋のように突き進み、ジエン・モーランの右腕に命中し、紫色の炎を上げた。
龍属性? グルザムは呆気にとられて見つめる。さらに弦が引かれ、矢が放たれる。轟音が鳴り響く。一射目と寸分違わない部位に命中し、バラけた矢がそれぞれ悍ましい紫炎をあげる。さらに接近し、目前に迫るジエン・モーランに矢が放たれる。射出の轟音に続き、ジエン・モーランの右腕の甲殻が音をたてて割れ、たまらず、ジエン・モーランは苦痛から逃れるため飛び上がり、船から離れていく。
「団長!」
ミラヒムが操舵台から叫ぶ。我に帰り振り返ると、投げ出された船員達が皆、甲板に戻ってきていた。
「面舵一杯!現状を離脱!」
グルザムの叫び声を合図に船員達が持ち場に戻る。
グルザムは銀髪狼耳の女性に歩みよる。
「すまねえ。しかし、いい腕だな」
振り返った女性の姿にグルザムは息を呑む。歴戦のハンターの顔を想像していたグルザムはその繊細にして透き通るような肌の若い女性の顔に思わず
「マジ?」
と呟く。
ハンターは筋肉しか認めないというグルザムはこの日から、その考えを改めざるをえなかった。
滑らかに揺らめく美しい銀髪。無表情ながらも、漆黒の瞳にはえも言われぬ深みを感じる。こんな華奢な体であのジエン・モーランをいとも簡単に撃退したのか。コートからはみ出た装備を眺める。形こそジンオウガのものなのだが、いや、聞いたことがある。龍属性を操る亜種、獄狼竜というものがいるということ。彼女が纏うのは獄狼竜一式。手にする弓はリュウガンか。ジンオウガ亜種じたいがほとんどお伽話のように語られているモンスターである。そのモンスターから作られた装備を纏うハンターなど存在するのだろうか。だがあの龍属性の弓の威力は間違いない。頭の中のハンター年鑑を開いてみるがこんな装備のハンターは見たことがない。ということは、密猟者か、どこか辺境の地の村付きハンターか。物見遊山で峯山祭に来たのか、どこかの猟団に招かれたのか。どちらにせよ、これは金の臭いがする。
「まあ、ロックラックまでは、あと少しなんで、クルーズを楽しんで下さいね」
グルザムはそのまま甲板を降り、船長室に入る。椅子に腰を下ろし、何気なくハンター年鑑を開く。手が止まる。本棚の前に移動し、コレクションしている各地のハンター年鑑の背表紙を指で確認しながら見ていく。指が止まる。一冊のハンター年鑑を取り出すと、机の上に山のように積まれた雑誌を全て床に払い落とし、その年鑑をおいてページを開いていく。
付箋(団長のお気に入りハンター)が貼付けられたページをひらく。
【紅蓮の女神】
謎の失踪を遂げたと聞いていたが。
これは……。
まさしく幸福の女神が舞い込んできたのかもしれない。
ニヤつきが止まらない。
「なにニヤついてるの。気持ち悪」
突然話し掛けられ、慌てて声の方を見上げる。
「ちっ、ジャンか、部屋入るときはノックぐらい」
グルザムの開くハンター年鑑を覗き込んでいた、ジャンと呼ばれた作業着を着た若い女性は顔を上げて、腕を組む。ぐるぐるのくせ毛の金髪。顔中のそばかす。作業着であるツナギには油がいたるとこりに染み付き、砂まみれになっている。
「何回もノックしたわよ。それより、ロックラックに着いたら船をドックに入れてあげてよね」
グルザムはハンター年鑑を閉じると、めんどくさそうに
「わかったわかった。好きなようにしたらいい」
手を振りながら答える。
「その言葉忘れんじゃないよ、変態」
ジャンは床に散らばっていた雑誌を蹴飛ばし部屋を出ていった。
【狩りに生きる 第12回麒麟娘コンテスト総力特集号】
お気に入りの雑誌に油のべったりついたブーツの足跡が残る。
かつて、ロックラックの町は砂漠にそそり立つテーブル状の岩盤の上に出来た交易の中継地点としての小さな集落だった。
交易意外これといって特徴のない集落だったが、いつしかこの町はハンター達から聖地と崇められるようになる。ジエン・モーランを狩ることができる大陸唯一の町となったからだ。
町のすぐ近くに地下砂流の交差地点があり、砂嵐の時期になると、そこかしこにジエン・モーランが現れる。そこに目をつけた興行人が勝手に狩猟レースをはじめた。といっても、実情はジエン・モーランの狩りを博打のネタにし、狩人たちにオッズを付けて早狩りをさせるものだった。
現在では、峯山祭として、狩りの無事と豊漁を願い、町中に屋台が出るような一端の祭になってはいるが、やはり一番の見物はジエン・モーランの早狩りレースである。
ギルドも密猟者も関係なく誰でも参加できることから大陸中から真の猛者が集まる。この時ばかりは、天下のギルドが数あまたある狩人互助会の一つでしかないことを実感する。密猟という言葉もギルドから見た場合であって、ギルドの助けを必要としないハンターも世にはたくさん存在している。
とはいえ、早狩りレースでは毎年、全ての部門でギルド所属の狩人が常にトップをとっている。ジエン・モーランの早狩りに一番必要なものは、狩人の力量よりも船の性能による面が大きいのがその理由である。速度、耐久力ともどもギルドの船には密猟者が乗る船ではとうてい敵わない。特にギルドが特許を保持する撃龍槍の存在が大きい。ボウガンの速射機構やガンランスの砲撃など、ギルドが独自に保持する特許技術は多い。
とにもかくにも、大陸一のハンターを決める祭まであと数日。ロックラックの岩盤下の大空洞に建設された港には数え切れないほどの砂上船が停泊し、港には資材を運ぶ者、観光に訪れた者そしてハンター達が喧騒の中行き交う。
船から資材を運び出す男性達に紛れて、フードを被りなおした私は、ニコとともに喧騒が渦巻くロックラックの港に降り立った。
峯山祭の準備一色のロックラック。港に降り立ったイズナはその喧騒に立ち尽くす。
様々な出会いの中、イズナはギルドの持つもう一つの側面を知ることになる。
次回
「第25話 砂塵(2)」
お楽しみに。
では、よき狩りを。