砂上船で見たジエン・モーランを狩猟するために猟団を探すイズナ。
彼女の心を動かしたものは……。
「第25話 砂塵(2)」
どうぞ。
さて、どうしたものか。
大陸最速の看板を掲げた船でロックラックにやってきたものの、行く当てはまったくない。港を歩くと、忙しそうに水夫や商人達が歩いている。それらの喧騒の中、私は完全に浮いた状態になっている。大荷物と人の隙間を縫うように進み、なんとか【案内所】と看板の上がる小屋に辿りつくことができた。
中を覗くと、小屋いっぱいにチラシが積まれており、アイルー達が走り回っている。仕方なくチラシを手に取り眺める。
『ロックラックの歩き回り方』ロックラックの町の地図と、観光名所のイラストが乗っている。チラシを見ながら小屋を出ようとすると、コートの裾を誰かが引っ張る。振り向くと、さっきまで小屋の中を走り回っていたアイルーが、手の平を上に向けて立っていた。
「100Zニャ」
私はポーチから100Z紙幣を取り出し、アイルーに手渡した。こんな紙切れ1枚が100Zもするのかと、自分の経済観念の無さを痛感する。
小屋のすぐ横にベンチがあったのでニコと並んで座り、チラシを眺める。
今いる場所は、町の乗っかる台地の最下層の港地区。ジエンレースの時はここが出発地点になる。
台地の上には食べ物や武器、防具、お土産などの屋台が立ち並び、町中央にはギルドの集会場の建物がある。この建物、ジエンの牙をもした2つの塔がそそり立ち、峯山祭の間は、祭の参加者に解放されており、集会場の前の広場が、祭の主会場になる。
レースの際には参加者が広場から伸びる大通りを練り歩き、設置された観客席からその様子を見ることができるようだ。
とりあえず、地上に上がろうと、港の中を歩く。港に荷揚げされた荷物は巨大クレーンのようなもので町に吊り上げられているらしい。クレーンの順番待ちの列を通り抜けて、階段に向かう。
「あれ、ジエン追っ払ってくれたハンターさんじゃん」
振り返ると、金髪のボサボサ頭、そばかすだらけの女性が作業用のツナギを着て立っていた。
「そっか、あんたは私初めてだったね」
女性は両手の荷物を地面に降ろし、右手を差し出す。
「私、ビクトル・ジャン・シュラヒム。あんたを運んだ高速砂上船の機関長。ジャンって呼んでよ」
そう言えば船旅の途中、モジャモジャ頭の船長と甲板の上で言い合いをしている姿を見たことがある。
私は、狩猟書士隊のカードを取り出そうとポーチに手をやる。
「イズナさんでしょ」
手を止めて、ジャンの方を見る。
「ごめんなさい。ハンター年鑑で見たの」
ハンター年鑑、そういえばバルバレの年鑑に載った事があった。警戒は崩さず、ジャンの右手を握りながら頷く。
「今からどっか行く当てある?」
私が首をふると、彼女は嬉しそうに
「じゃあさあ、この荷物一緒に上まで持っていってよ。クレーンはお金かかるし、ね」
両手を私に向けて合わせる。別に行く当ての無い私は頷く。人が集まる場所にいけば何か情報を仕入れることができるかもしれない。また、祭の前後はギルドも撤退するらしく、ギルドナイトに気をつける必要もない。
なによりも、砂上船でジエン・モーランを見てから狩ってみたい気持ちがさらに大きくなっていた。ハンターを募集している人がいれば、と思いながらジャンが持っていた大きな革袋3つの内の1つを受け取る。何が入っているのか知らないが随分重い。ニコも小さな箱を両手で抱えるようにして持たされている。
「あとで、名物のトロピカルパフェのジエンサイズを奢るから、さあ、いきましょうか」
3人の目の前に、遥か彼方まで永遠と伸びる階段がその口をあけていた。
※
高速砂上船ド・アルベルト・ゲルヒムの船長、グルザムと副長ミラヒムの二人は港の物資管理センターに来ていた。ロックラックに行くことが決まってから、立ち寄った港で、物資の輸送依頼を受け、ここから、それらを更に目的地に向かう船に載せ替えなくてはならない。
また、混雑する港の使用許可、今回はジャンの依頼でドックの使用許可も必要となり、2人は書類作成におわれていた。
「ミラヒム、あのハンター、誰か後をついていってるのか」
書類にペンを走らせながらグルザムが言う。
「はあ、それが、着岸と同時に降りちゃったみたいで、どこに行ったもんだか」
書類から顔をあげずにミラヒムが答える。グラヒムのくだらない趣味に付き合うつもりは毛頭ない。
水夫は全て、荷物の搬送に回しているし、日雇いハンターも契約料を支払って別れている。手の空いている者などいない。グルザムのペンが止まる。
「お前なあ、俺は一応、団長だぜ。こうもう少し、敬う気持ちをだな」
ミラヒムは無視して書類を確認する。
「団長、ここ、間違えてますよ」
書類をグラザムに差し出す。
「もういい、俺が探してくる」
机にペンを放り投げて立ち上がったグルザムの裾をミラヒムが握り締める。
「逃げようとしても、だめですよ、団長」
書類のほとんどは団長の自書でなくてはならない。グルザムもそれに気付き、席に座りため息をついてペンを握る。
まあ、狭い町のこと、祭が始まる前には見つけることができるだろう。グルザムは諦めたようにペンを走らせる。
※
こんな訓練だけは二度としたくない。
私とニコは荷物を降ろし、ベンチに倒れ込む。照り付ける砂漠の太陽。気温は高いが、高台の上の為か風には涼しさがある。
「ごめん。先に行ってて」
途中で座りこんだジャンを放ってとりあえず階段を登り切った。高台の壁面に沿って岩を切り取り作られた階段は、景色を楽しみながら上がれば、ちょうどいい運動になるだろうが、荷物を持って上がることは二度としたくない。
座り込む私達の前を、荷物運びの男性達が体より大きな荷物を担いで次々に上がっていく。
中には4人掛かりで、神輿のように人を乗せた……、目があったジャンはさすがに恥ずかしそうに神輿から降りてきた。
「やっぱりハンターさんはすごいや。体の鍛え方がちがうね」
気まずさを隠すように饒舌になったジャンの後をついて通りを歩く。設営準備中の屋台が並ぶ。
町の中央の広場には、観客席の骨組みが組まれ、木材を担いだ作業員達が走り回っている。
「ここが祭のメイン会場ね」
ジャンは立ち止まり、広場と、看板を降ろしたギルドの集会場を眺める。
「ここが参加するハンターの受付所」
ジャンの後に続いて集会場に入る。懐かしい景色が広がる。ハンター達の人いきれ。酒と血と料理の匂い。左手には受付カウンターが並び、右手にはギルドバー。バルバレの集会場とそっくりな形状。バーでは昼間からハンター達が大騒ぎしている。ジャンは人の間を縫って、集会場奥の大きな掲示板の前に私達を案内した。
「猟団に属していないハンターさんは、ここで募集案内を見て契約できるよ」
もともとはクエスト用の掲示板だろうが、今は、ハンター募集のチラシがところせましと貼り付けられている。猟団名、撃龍船の名前やスペック、募集ハンターの武器種や、報酬。ざっと見てみたが、弓を募集している猟団はなさそうだ。短期決戦である早狩りでは一撃の軽い弓使いを募集する猟団は滅多にないだろう。ジャンもそのことに気付いたらしく
「まあ、祭の直前になれば、だんだん限定が無くなってくるもんだからね」
ジャンは言いながら降ろした荷物を担ぐ。
3人は集会場を出ると、ロックラックの煉瓦作りの町並みを進む。
観光客はほとんど見当たらなくなり、町の雰囲気が変わってゆく。地元の子供達が大騒ぎしながら走る路地の角を曲がり到着したのは、路地の裏手にひっそりと立てられた工房であった。撃龍船を模した小屋の形状から、船の工房だと分かる。
「失礼しまーす」
ジャンが戸惑いもなく扉を押し開けて中に入る。
小屋の中は薄暗く、肌寒い。小さなカウンターの上に荷物を下ろす。
「おーい、誰かいませんか」
ジャンが若干声を大きくして叫ぶ。
「なんか用か」
すぐ近くのカウンターの向こうから老人が顔を出す。はげ上がった頭。濃い色付き眼鏡。身長はジャンの胸くらいか。
「お師匠、久しぶりです」
ジャンが老人に抱き着く。
「この感触は、ジャンか」
抱き着かれたジャンの胸に顔を埋めた老人がボソリと言う。
ガラガ萬船工房。ジャンが修業した工房らしい。工房長のガラガは盲目ながら、武器、防具の加工はもちろんのこと、特に砂上船の設計、建造に長けているらしい。
ジャンはカウンターの上に私たちが運んできた革袋を乗せる。
「私の乗る船を見てほしいの」
言いながら荷物の口を開ける。中身は、大量のゼニー紙幣であった。
「いい音といい匂いがしよる」
老人は紙幣に手を突っ込み笑う。
荷物から解放された私とニコは小屋を出る。取り敢えずどこかに宿を借りて、あの掲示板を見に行くしかないようだ。ジエンサイズのパフェには興味があったが、あの娘にとってはきっと1ゼニーも無駄に出来ない大切なお金なのだろう。諦めて、宿とパフェは自分で探すしかない。
「イズナさん。」
ジャンの声が後ろから聞こえた。
「泊まるとこ決めてないんでしょ」
振り向いた私は頷く。
「じゃあ、私といっしょにここに泊まりなよ。手伝ってくれたら、宿泊代もいらないって。ねぇ」
大陸中から続々とハンター達が集まってきている中、空いている宿泊所を探すのは至難の技だろう。また、いくらギルドが撤退しているとはいえ、どんな迷惑がかかるかわからないと思い、少し迷っている私に、腰に手を当てたジャンが笑いかける。
「ジエンサイズのパフェ、食べたくない?」
厄介になることに決めた。
※
ロックラックの老舗喫茶ロックラックカフェ。町の中央の商店が立ち並ぶ町並みの中にひっそりと立つ煉瓦作りの古びた喫茶店である。ほの暗いランプ照明の下、テーブルの上には、少し苦めのブラックコーヒー、そして、二本のクラッカーが天を貫く牙のようにそそり立つトロピカルパフェ。高さは私の目を超えている。二つ並んだパフェのせいで対面に座るジャンの顔が見えない。私の横ではニコがロックラック饅頭にかぶりついている。長い柄のスプーンを握る。正にジエンサイズ。武器となるスプーンをどこから振るえばいいのか。ジャンをみると、牙のクラッカーをひっこ抜き、バリバリと食べている。身も蓋もない。
※
喫茶ロックラックカフェの外を集会場に向かって男性が二人で歩いている。
グルザムとミラヒムの二人であった。
「じゃあ、本当にレース登録するんですか」
ミラヒムが呆れた表情で呟く。
「おうよ。あのハンターさえ見つけれればなんとかなる」
グルザムは手に持っていた紙コップに入ったビールを飲み干すと、空っぽになった紙コップを握り潰す。
「あんな速いだけの船で登録したら笑いものですよ」
ため息をつくミラヒム。
「副長よぅ、あの船でギルドの装甲撃龍船出し抜いてみたいと思わないか。おれはよ、久しぶりに年甲斐もなく興奮してるんだぜ」
グルザムは大袈裟に両手を振りまわす。
「登録はしますけど、あのハンターを見つけられなければ棄権しますよ」
煉瓦造りの町並みを抜けて角を曲がると、通りの遥か向こうに集会場の建物が見えた。
※
久々のフカフカベッドについ寝坊してしまった。薄暗い屋根裏部屋にカーテンの隙間から光りが差し込んでいる。下着姿から、ワンピースに着替え、鏡の前で髪を整え、カエルの髪飾りを付けた。階段を降りると、走ってきた女性とぶつかる。
「あら、ごめんなさい」
中年の女性は頭を下げると、廊下を走り去る。誰なのだろうか。女性の走り去った方を見ながら狭く長い廊下を歩くと、広いリビングに出た。
テーブルの上には所狭しとパンや飲み物が並び、回りを取り囲んで座った子供達が、大騒ぎをしながらパンを口に運んでいる。
「ほら、あんたたちが大騒ぎするからお客さんが起きちまっただろ」
恰幅のいい先程の女性が子供達に一喝する。一瞬静かになるが、すぐにまたパンの取り合いを始め、横では牛乳をこぼした子供が泣いている。
「ごめんなさいね。すぐに朝ごはんの用意をするから」
女性はテーブルの椅子を引いてくれた。
「ねえ、お姉さんもじいちゃんのでしになったの」
隣にすわる女の子がパンを頬張りながら私を覗きこむ。私は首を振る。
「そうなんだ。ジャン姉ちゃんの友達だからてっきりでしだと思ってた」
女の子は抜けた歯を見せて笑顔を私に向ける。
「バカだなあ。こんな綺麗な人がでしなわけないだろ、でしってのはだな、こうボサボサの不細工な」
前にすわる男の子の後ろに腕を組んだジャンが立っていた。
「ボサボサの不細工で悪かったな」
男の子は硬直して振り返る。
「ジャン姉ちゃんごめんなさい」
男の子は手を合わせて目をつぶる。
「あんた一週間皿洗い係しな」
男の子はうなだれて頷く。
「イズナさん、騒がしくてごめんね」
ジャンが笑いながら私に両手を合わせる。
「この子達は職人さんたちの子供なの」
私の前のテーブルにパンと牛乳が並べられた。
目を閉じ、両手を合わせてから、パンにかじりつき、牛乳を喉に流しこむ。タンジアを出てからはずっと、堅く焼しめたパンを少しずつ食べ、民家にもらった水を飲み過ごしてきた。焼きたての柔らかいパン。搾りたての牛乳。それだけで涙がでそうなくらいありがたい。
「おかわり、沢山あるから、あわてないでね」
恰幅のいい女性が呆れたように言いながら、もう一切れパンを皿に載せてくれた。
そういえばニコの姿が見えない。辺りを見回していると、
「ニコちゃんなら、職人さん達とドックにいったよ」
ジャンがテーブルの上の皿を片付けながら教えてくれた。
食事を終え、歯を磨き、集会場に向かおうと、小屋の出口に向かうと、カウンター横の小部屋からジャンの声が聞こえた。
出掛ける事を伝えた方がいいと思い、少し開いたドアから中を覗く。
薄暗い小部屋の中、ガラガ老人とジャンが椅子に座り、三脚の上に組まれたキャンパスを覗きこんでいた。
「竜骨の角度は12、15、18、22、船尾に向かって、528」
ジャンがキャンパスに定規をあてて小さな声で呟くように言う。ガラガは頷きながら、
「4番を23.529まで伸ばせないか。それだけで3ノルテ速くなる」
早口でつぶやく。聞き取りながらジャンは素早くキャンパスに書き込んでいる。盲目の造船技師の船の作り方なのだろう。私は邪魔しないように静かにドアを閉めた。
街路樹の立ち並ぶ町を歩く。集会場に向かう大通りには朝早くから会場設営の作業音が響く。
行き交う人々や、アプトノスが引く荷車を避けながら、広場を横切り、集会場に入る。ムッとしたひといきれ。昨日より多くのハンターが集まり、掲示板の前に人垣を作っている。朝一番にハンター募集のチラシが張り出されることから、できるだけいい条件の船を見つけるために、早朝から行ったほうがいいとジャンに教えてもらっていた。寝坊してこの有様。間をすり抜けようとするも、防具の出っ張りや刺に突き刺されそうになる。ハンター達が防具を身に付けて来ている理由が分かった。
なんとか前に出て掲示板を眺めるがやはり弓使いを募集する船はない。肩を落として集会場を後にする。
※
「まったく、ジャンは俺の船を自分のオモチャかなんかと勘違いしてるんじゃないか」
グルザムとミラヒムが集会場に入る。あまりの人だかりに唖然とする。
「だから、早く起きて下さいって言ったのに」
二人で、壁のように立ち塞がるハンター達の間を縫っていく。
「いててて」
グルザムが呻く。アルセルタス装備のハンターが頭を下げて謝る。刺が頬に刺さったらしい。
掲示板の真下に出て、ハンター募集のチラシを貼付けた。
掲示板の回りがざわめくが、すぐにため息に変わる。
張り出されたチラシ、船は、迎撃設備のない高速船砂上船、募集ハンターは弓使い。報酬も他の船と比べると桁が一つ落ちているありさま。レースに置いては船のスペックが最重要視される。それが、速度以外は低スペックの船、しかも、一撃の威力が低い弓使いの募集とくれば応募するハンターなど皆無であろう。
ため息と、嘲笑の中、グルザムとミラヒムは掲示板の前の人だかりから逃げるように飛び出て、そのまま集会場を出る。
※
昼前まで、ガラガの工房でジャンと職人の妻達と昼食を作る手伝いをし、全員分の弁当の入ったかばんを肩に掛け、ジャンと二人、階段を下り、地下の港に隣接して立ち並ぶドックに向かった。
ゲルヒム号は陸に上げられ、足場が組まれた作業場に固定されている。ガラガ工房の作業員達がガラガの指揮の下、慌ただしく作業に打ち込んでいる。船の足元ではニコが作業道具を持って走り回っていた。
ドック脇のテーブルにパンや鍋に入ったスープ、飲み物を並べる。
荷物運びや、雑用など、細々した作業を手伝い、ドックに泊まり込む作業員を残して、私とジャンは町に戻った。
夕食の後、もう一度船を見てみたいというジャンと共に夜の町をドックに向かった。設計図を片手に、船の細部を丹念に確認したジャンは船の甲板に上がった。
「この船、ちょっと変でしょ」
一人事のようにつぶやきながらジャンは帆柱をさする。
「ねえ、ハイランド王国って聞いたことある?」
ジャンは帆柱の先を眺める。私は首を振る。
「今はもう無くなっちゃった国なんだけどね」
私に悲しい笑顔を見せる。
「この船はハイランド王家の殿乗艦だったの」
ジャンは帆柱から離れて甲板のへさきに向かって歩く。
「ハイランドのあった砂漠地帯には、諸国の間に血の盟約っていうものがあったの。それは、諸国に異変があれば、何を捨てても、盟約国のために駆け付けなくてはならない、ていうものだったみたいね」
ジャンはへさきに腰掛けた。
「盟主であるシュレイドが滅びた後も、砂漠の諸国はみんなそれぞれの高速砂上船を持ち続けていたの」
ジャンは適当に結んだ髪留めを外す。ウェーブのかかった美しいブロンドの髪が月明かりを受けてシルクのように広がる。
「とっくに盟約は無くなっていたのにね」
ジャンは私に笑いかけると、ブロンドをかき分けて月を眺める。
「今日は珍しいお客さんが来ていますね」
突然後ろから男性の声がする。振り返ると、長身の男性が立っていた。
「輸送猟団副長のミラヒムと言います」
ミラヒムはジャンと同じように上空の月を眺めながら私の前に歩み寄る。
「ギルド外交という言葉、聞いたことありますか」
ミラヒムの問いに私は首を振る。ミラヒムは頷くと私の方を見ながら語り始めた。
「ギルドという組織はドンドルマに本部を置く現場主義の断頭台派と、メゼポルタに本部を置く首都派に分裂しています」
ミラヒムは話しながらジャンの脇に立つ。
「首都派はモンスターを狩るハンターの互助会というよりは、辺境地域の資源開発機関として政府と深い結び付きがあるのです」
ミラヒムはジャンと目を合わせ、頷く。
「これから話すことは、ここで忘れて下さい」
砂漠地帯北部の辺境の小国ハイランド王国。この国はかつてからシュレイド方面からのモンスターの侵入に対抗する為、軍事力の増強に多大な資金と人材を費やしていた。
そうした中、ギルドの調査隊を名乗る人々が王国を訪れ、町に集会場を設置させてほしいと訴えた。
増加するモンスターの対応に追われていた王国は彼らの要望を聴き入れ、町の一角にギルドの集会場を設置した。
すると、珍しいモンスターを狩猟することができると、大陸中のハンターが集まってくる。ハンターが狩るモンスターから剥ぎ取った素材や、ハンター達が武器を購入したりすることで落ち込んでいた経済が活性化し、王国はいつの間にかハンター無しでは成り立たない経済状況となっていった。
そうした中、ある日、厄災級のモンスターが町に接近する。ハイランド王国の場合はアカムトルムであった。
ギルドは厄災級モンスターを狩猟できるハンターを派遣する変わりに、住民の全員避難を王国に要求する。誰もいなくなった町でギルドが一時的に町を統制し、ハンターがアカムトルムを討伐する。
町に帰ってきた人々は、ハンターを称賛し、ギルドへの信頼を高める。ギルドが政治、経済、人心を完全に掴み取ったところに、共和国の使者が訪れ、併合に応じなければギルドを撤退させると交渉を持ちかける。ギルドがもたらした安全な生活と豊かな経済を失いたくない住民達は、共和国への併合を望み、気がつけば王国は崩壊。
国王は王立討伐隊隊長のグルザムに殿乗船を拝下し、共和国の辺境の地方官に任命され野に下った。
「私たちは密かに各地に散ったハイランドの人々を繋いでいるのです」
ミラヒムは話し終え、ため息をつく。
「ハイランドの再興は無理でも、ハイランドという国があったことを皆に知って欲しいんですよ」
ミラヒムは悲しい顔で目を細めて笑う。
「ジャンは、ハイランド王国の第二王女でした」
ミラヒムの言葉に驚き、ジャンを見入る。今まで意識はしなかったが、豊かな美しいブロンドのウェーブ、大きな青い瞳、月明かりの下、俯くジャンに高貴な雰囲気が漂っている。
「国が滅んじゃったのに王女ってのも恥ずかしいだけなんだけどね」
ジャンは照れたよう肩をすくめて自嘲するように笑う。
「ギルドには何の感情もないつもりだったんだけどね」
ジャンは顔を上げる。ブロンドが揺れた。
「でも、やっぱりくやしいから、ギルドよりいい船造りたいと思うの」
腕を組み俯いていたミラヒムが私を見つめる。
「いまの今まで迷っていたんですが、イズナさん、この船でジエンレースに出てくれませんか?」
ジャンは驚いた顔でミラヒムを見つめる。
ミラヒムは真剣な顔で、私を見つめている。
目を閉じ、昨日のジエン・モーランを思い浮かべる。撃龍槍は無いとはいえ、大砲やバリスタなどの基本装備は完備されている。ジエン・モーランの動き自体は経験は無いものの、ハンター用の雑誌で見たことはある。
ギルド外交や、ハイランドについては、私がどうこう思える立場ではないが、ただ、ジエン・モーランを狩ってみたい気持ちは強い。ただ、本当に速度だけのこの船でギルドの撃龍船に対抗できるのか。考え込む私の気持ちを汲むようにジャンが言う。
「ミラヒムは王立討伐隊のエースパイロットだったの。この船ならば取り合えず一番先にジエンを見つけることができるはず。見つければミラヒムの操縦で距離を取り続けて、あとはイズナさんの弓があれば」
確かに、リュウガンはジエンに相性がよさそうだ。集会場に集まるハンター達の数からも、私を雇ってくれる船は見つかりそうにない。私は頷いた。
思わずミラヒムとジャンが抱き合う。じっと見ている私に気付いて二人は距離をとる。
「船長には内緒だけど、私とミラヒムは国を出た時にからずっと一緒なの」
ジャンはミラヒムの手を握る。
「国が無くならなければ叶わない恋でしたけどね」
ミラヒムは照れ笑いをする。
ジャンはミラヒムの手を離すと、体を折り曲げ、息を吸い込みながら伸びをする。
「そうと決まったら、根性入れて船つくんないとね」
ブロンドの髪を無造作に束ねる。いつものジャンにもどっていた。
「もし、ギルドを出し抜ければ妹姫も喜んでくれますね」
ジャンはミラヒムの言葉に頷く。
「私の妹、別の国に養女にいったんだけど、ギルドに無理難題のクエスト依頼して嫌がらせを続けているの」
ミラヒムとジャンは笑いあう。
※
「そういうことは早く言ってくれ」
明くる日、作業音が響くゲルヒム号の船長室で、ミラヒムと並ぶ私にグルザムがつぶやく。
「まあいい、取りあえず出場登録をしてくる」
相変わらずのボサボサ頭をかきむしりながら、席を立ち、私達の横を通り、ドアに向かいかけてグルザムは立ち止まった。
「ハンターさん、名前、知られちゃまずいか?」
ギルドを抜けて密猟している私に何か事情があると考えたのだろう。私は頷く。グルザムは頷く私を見て親指を立てて部屋を出ていった。
「船長に許可は取っているので、ここにある本は自由に読んでもらって結構です」
ミラヒムは、船長室の壁一面の書棚を指差す。
「まあ、ほとんどは船長の趣味色ばっかりですけどね」
ハンター年鑑、雑誌、ギルドで配られるモンスター図鑑、グルザムは趣味がばれると言って恥ずかしがっていたが、各地で買い集めた書籍の数はなかなかのものである。簡単に狩りに行けないジエン・モーランに関する記述を探し、読み込まなければならない。私はミラヒムに頭を下げる。
「礼を言うのはこちらの方です。頑張りましょうね」
ミラヒムは書棚の前にしゃがみ、ジエン・モーランの記述を探しはじめた。操縦担当の彼も知識を仕入れる必要があるのだろう。
私は取りあえず目の前の雑誌を抜き取る。
【狩りに生きる 特集ナルガ女性防具に見る狩りと色気】
……、先は長くなりそうだ。ため息をつきながらページをめくる。
その夜、ゲルヒムのドック内で猟団のささやかな出陣式が行われた。テーブルの上には職人の妻達が作った料理が並び、回りには、グルザムやミラヒム、ジャン、そして私とニコ、船のクルー達、ガラガを始め、作業員の皆が酒の入ったコップを手に立ち並ぶ。
グルザムが手に持ったコップを額に近づけて目を閉じる。
「恵みを与えて下さった砂漠の神と、砂塵とともに生きる人々に感謝して」
集まった皆が同じようにコップを掲げる。子供達も見よう見真似でジュースの入ったコップを掲げている。
目を開けると、酒を一気に飲み干す。
静寂が破られ、大騒ぎが始まった。次々に酌み交わされる酒、女性達が並べる料理、騒ぎまわる子供達。私がハンターだと知った職人達が次々と私のコップに酒を注ぐ。注がれた酒はすべて飲み尽くすのが砂漠で生きる人々の流儀らしい。度数の高い酒を何杯も飲み干し、目の回った私は、グルザムに介抱されて、風の通るゲルヒム号の甲板に寝かされた。
「ハンターって奴はみな大酒飲みばかりだと思っていたよ」
グルザムは持っていた酒瓶から自分のコップに酒を注ぎ、甲板のヘリにもたれかかり飲み干した。
「へんな事に巻き込んじまって悪かったな」
私は寝転んだまま首を振る。もともとジエン・モーランが狩りたくて来たのだから願ったりの状況である。
「ミラヒムとジャンの事は聞いてるか」
グルザムが見下ろす先には、職人達と談笑するジャン、クルー達とコップを合わせるミラヒムが見えている。
「若いあいつらをみてるとな、ハイランドなんてどうでもいいように思ってくるんだ」
私はグルザムの横顔を眺める。いつものうだつの上がらない団長ではなく、一国の軍隊を束ねていた男性の横顔。
「どっかで区切りを付ける必要があると思うんだ」
グルザムは私の方を向く。
「俺は、このレースで一つの区切りを付けようと思ってる」
グルザムはまたコップに酒を注ぎ飲み干す。
「レースの結果はどうでもいい。本気でギルドに挑むことができればふっ切れるような気がするんだ」
苦笑いをするグルザム。
「まあ、勝つに越したことはないがな」
「おーい! 船長ー!」
船の下から声が上がる。グルザムは振り返り、地上に向けて手を振る。
「あんたにもいろんな事情があるんだろ、紅蓮の女神」
私に背を向けたままのグルザムの言葉に思わず体に力が入る。
「あんたを見てると、俺達と同じで何かに捕われているように見えるんだ」
私は体の力を抜く。
「現実をありのまま受け入れて、前を向いて歩く時なんじゃないか」
私の方を向いたグルザムは、甲板の出口にむかって千鳥足で歩きはじめた。
「大切な思い出はな、時々立ち寄るオアシスなんだな。生きて行くためにはそこに住み着くことはできねぇ」
私は、ドックの屋根の隙間から見える星空をぼんやりと眺める。
※
「で、船長、登録はちゃんとできたんですか」
完全に酒がまわったミラヒムが下りてきたグルザムに絡む。
「馬鹿にするな、ちゃんと登録してきたわい」
むっとするグルザムの回りに皆が集まる。
「ミスジエンコンテストじゃなく?」
クルーの一人の言葉にどっと笑いが起きた。
「なに!そんなコンテストがあるのか」
グルザムが言ったクルーに詰め寄り襟首を掴む。
「あるわけないでしょ。く、苦しい」
グルザムは手を離しうなだれる。
「登録番号は何番ですか」
笑いを堪えてミラヒムがきく。
「38番、船名は砂漠に咲く赤い花号、ハンターはクラインスト・アリューシャ・ニアヒム」
胸を張って答えるグルザム。
「なんすかそのハンター名は」
クルーの一人が笑いながら言う。
グルザムは顔を赤くして小声でつぶやく。
「俺のかーちゃん」
※
ジエン祭の前日。港は祭に訪れる人々の船で溢れかえり、町には数え切れない程の屋台が軒を連ねる。集会場前の広場には観覧席が設けられ、2階建ての屋根の高さ程の特大の掲示板が設置され、出場する船の名前とそれぞれに付けられたオッズが書き込まれた紙が張り付けられている。掲示板の下には臨時のカウンターが設置され、ジエンレースの賭けを受け付けている。
船の調整も佳境に入り、今日は朝から試験航行を行っている。やることの無い私とグルザムは職人達の子供の手を引き、祭会場をブラブラと歩いている。オッズを見に行くというグルザムと別れて、手品師のパフォーマンスを眺めていた私達にグルザムが駆け寄る。
「納得いかねえ。俺の船、出場する船の中で断トツの一番不人気だった」
どのくらいのオッズだったのか気になりグルザムの顔を眺める。
「300倍だ。有り金全部賭けてきた」
グルザムは職人達の妻から借りてきたお金が入っていた空っぽの財布を私に見せた。子供達に食べ物を買ってあげて欲しいと渡されたのに。私は頬を膨らませて怒りをあらわにする。
「すまねえ」
うなだれるグルザム。仕方がない。手品師への拍手の中、自分の財布から100Zを差し出されたハット帽に入れた。
それにしてもすごい人手である。いままでこんな大勢の人を見たことがなかった。迷子にならないように子供達の手を強く握る。
「お姉ちゃん、ほら」
手を握った女の子が空を指差す。雲一つ無い青空に特大の風車が回り、その向こうに巨大な気球船が停泊している。
「ありゃ、観測省の気球船だな。中継用に借りたんだろう」
グルザムも眩しそうに空を見上げる。ユクモの雪山で見たものと少し形が違う。大きさも一回り大きい。
「気球船から観戦もできるんだ。ばか高い観客席代をとられるがな」
政府の高官や地方の領主、大金持ちが乗るらしい。地面をはいつくばって狩猟する私達を高見の見物。空の旅も一度してみたいものである。
屋台で買ったアイスクリームを皆で嘗めながら小屋に戻った。
ゲルヒム号が港に入ると回りの人々から歓声が上がった。マストの帆に掲げられた38番の数字から今回のレースに出場する船だと分かる。
歓声の理由はその船体に描かれた、真っ赤なサボテンの花の絵だった。無骨な他の撃龍船とは一線をきすその流麗な船形。描かれた赤い花が砂の海上を滑らかに滑るように進む。ドックに入港し、最終の点検を行う。
「完璧の出来だわ」
船から下りたジャンが出迎えた私達に興奮気味に話す。
「なかなかのじゃじゃ馬ですが、風を掴めばそれこそ大陸一の速さですね」
遅れて下りてきたミラヒムが体中を砂だらけにし、船を見上げる。
「あたしの秘密兵器も順調だったし」
くくっと笑うジャン。
「出来るならばあれは使いたくありません」
苦笑いをするミラヒムにグルザムが詰め寄る。
「何だよその秘密兵器って」
ミラヒムとジャンはいたずらっぽく笑いあう。
「秘密兵器ですからね。内緒です」
ミラヒムは毅然と答える。
「ったく、俺の船だぜ。無茶しないでくれよ」
ドックの外、砂海の方から破裂音が聞こえた。納得の行かないグルザムを残して皆はドックの外に駆け出す。
日が沈み、星が瞬きはじめた空に色鮮やかな光の花が咲く。そして爆発音。砂海に浮かぶ砂上船から花火が打ち上げられていた。花火が炸裂するごとに、町の歓声が微かに聞こえる。前夜祭が始まったのであろう。
漆黒の闇に赤い光の花が開く。咲いては消えていくはかない花。でも、だからこそ、その美しさは私の胸をうった。一度咲いてしまえばもう元に戻ることは無い。私の心に宿る思い出と同じ。花火の花が開くたびに、楽しかった思い出が輝き、すぐに散って行く。頭のカエルの髪飾りに手をかざす。
でも確かにそこにあった思い出。みんな元気にしているのだろうか。エルザやカガリ達太陽の団のみんな、チコ海岸でみんなで見上げた花火。そしてユクモに残ったマリアは。
大切な思い出はオアシスと同じ。立ち寄るのみでそこに住み着くことは出来ない。グルザムの言葉を思い出す。
私のすべては思い出から出来ている。団長に出会わなければ、深い闇から出ることはできなかっただろうし、団員の皆と出会わなければ私はハンターとして生きては行けなかっただろう。そして、マリアがいなければ、私は人として生きて行けなかった。
グルザムはああ言ったが、砂漠の中のきら星のような町々はすべて小さなオアシスから始まったはずである。
私を私たらしめているこの暖かい思い出達。
明日の狩りで私は一つの答えを見つけようと思う。
今は無き祖国を夜空に散る花火に重ねる彼等のように。
大切な思い出を、もう失ってしまった現実として。
二度と取り戻すことの出来ない思い出として。
道一つ無い砂原を歩くように。
前だけを向いて歩いて行かなくてはならない時が来る。
歓声に見送られ港を出発するハンター達。彼等が目指すは勇気と繁栄の象徴峯山龍ジエン・モーラン。太古より生き続ける古竜と決戦の中、イズナはその声を聞く。
次回
「第26話 心声」
お楽しみに。
では、よき狩りを。