モンスターハンター In My Eyes   作:あずき犬

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イビルジョーがいるというモガの森へ行ったレミとニコ。捜索隊が組織され、イズナとカルラは森に向かう。
辺境のこの地でギルド、学術院、書士隊そしてハンター達の様々な思惑が交差する。

「第28話 喪失」
どうぞ。


第28話 喪失

決して甘く見ていた訳ではなかった。

これは、イビルジョーとは別のモンスターとしか思えない。あまりにも莫大な龍属性エネルギーが具現化し、赤黒い帯になり私を襲う。龍属性に強い耐性がある獄狼竜装備でもダメージを防ぎきる事ができない。龍属性のブレスは装備を、体をも貫通し、私の精神を蝕む。

 

片膝をつき、呼吸を乱しながら見上げた私は、見開かれた口、ナイフのように不揃いに並んだ牙、そして水蒸気を上げながら垂れ流される唾液に恐怖し、体の震えを抑える事が出来なかった。

 

 

 

 

モガの村人で結成されたレミの捜索隊は10人を一塊として3つの部隊に分けられた。そのうち、村長を隊長とする捜索隊が、洞窟内でそいつを見つけた。同行していた村長の妻アイシャは、かつてギルドの受付娘をしていた時の知識から、こいつがただのイビルジョーではなく、怒り喰らうイビルジョーと判断し、村長は即座に撤退を指示した。

信号弾を使い、予め決めていた通り、モガの森の出口に近い盆地で全員が合流した。

怒り喰らうイビルジョー、まさに狂ったように貪りつくすイビルジョーの強個体であり、身体能力は全ての面で通常種と比べて格段に強化されている。

長年その発生の理由については不明とされていたが、最近の研究から、狂竜ウィルスと関係があるのではと言われている。

 

一旦村に帰り、ギルドに連絡して狩猟してもらう、という意見でまとまり、皆が慌てて森の出口に向かう。

残されたのは、全員の退去を確認していた村長、呆然と立ち尽くすカルラ、そして私。

 

「カルラ、気持ちは分かるが」

 

村長がカルラの肩に手をかける。カルラはその手を振り払った。

 

「私がもっと強いハンターだったら」

 

膝を地面につき、うなだれるカルラ。

村長に介抱され、ゆっくりと立ち上がると、顔を俯けたまま、森の入口に向かい歩を進め始めた。

 

峠を登り切ったところで、二人は私がいないことに気付いた。

 

 

 

 

人一人がやっと入れる狭い洞窟の横道に身を転がし、なんとか一息つく。回復薬Gを続けて飲み干し、元気ドリンコの蓋を開けた。冷たい瓶に口をつける。

勝ち目がない。放つ矢は素早過ぎる動きの為にほとんどが適性距離を外していた。ブレスをまともに受けた左腕は痺れて力が入らない。いわゆる龍属性やられ状態になり、体全身にうまく力が伝わらない。体の運動神経の回路を無茶苦茶にされた状態。まともに立っていることも出来ない。

打ち消しの実を取り出し、ハンターナイフの柄で殻を割った。鼻をつまみながらゼリー状の中身を飲み込んむ。やっと体に力が戻る。

さて、どうしたものか。

イビルジョーと聞いていたので、一応罠肉は持ってきている。だが、罠肉を置くことすら出来なかった。初顔合わせは完敗。

 

息を殺して、横道からはい出る。

辺りに殺気は感じない。なんとか付けることができたペイントの臭いは更に洞窟の奥に続いている。洞窟の入口は漆黒の闇。森の入口でもらった捜索用の松明に火を点し、警戒しながら洞窟に入る。

 

暗い横道を松明の明かりを頼りに進むと、天井の割れ目から光が帯のように差し込む広い空洞に出た。以前カルラと採取に来た時に、光のドームと名付けた場所である。広場の端は崖になっており、ここから崖を伝って行けばテラスと呼ばれる、断崖絶壁に張り出した広場に出ることが出来る。

イビルジョーは私に背を向けて、地面に転がるジャギーの死体を貪り食べていた。血と唾液がしたたり、怪しく光を反射する巨大な顎と、空虚な瞳を私に向けた。

 

洞窟中にイビルジョーの咆哮が響き渡る。

震える空気に私の髪が逆立つ。

リュウガンを構え、素早く矢を番える。

弓弦を引き絞りながら移動し、巨大な顎に矢を集中させる。

イビルジョーの動きが少し鈍い。さすがに疲れているのか。集中的に攻撃を加えたイビルジョーの顎が砕け、どす黒い血液が地面に飛び散る。高温の血液は、空気に触れると、水蒸気を上げながら沸騰し、蒸発していく。超高温の血液、その維持の為に、彼はひたすら食べつづけることを宿命づけられている。

 

『オ前、プロトアニマカ』

 

頭の中に低い声が響く。砕けた顎から滴る血液の蒸気の中、イビルジョーの虚ろな瞳が私を捕らえている。

 

『ヤット出会エタ』

 

私は頭の声を振り払い、一心に矢を放ち続ける。

 

『コノ、渇望ノ苦シミカラツイニ解放サレル』

 

龍属性が具現化され、紫色の炎がイビルジョーから沸き上がる。その瞳にも紫色の火が灯る。

 

レミとニコをどうした

 

矢を放ちながら問いかける。

 

『白いのは逃げた』

 

私は番えた矢を弦から外した。体から力が抜ける。

 

 

永遠に続くと思っていた、暖かい日常。心のよりどころとなる揺るぎないいつもの生活。

でも、それは、掴んだと思えば指の間から抜け落ち、醜い泥水に変わり、足元に広がり、やがて私を飲み込んでいく。

あの時、モンスターと心を通わせた時から、私はきっと、もう、日常から切り離されてしまっていたのだろう。

一人で生きていくと決めたのに。どうしても捨てる事ができなかった。

私の唯一の希望の光。それですら、私は捨て去り、踏みにじり、前に進まなくてはならないというなら……

私は、モンスターにでもなんにでもなってやる。

 

 

『サア、早クオ前ノ命ヲオクレ』

 

尋常でない龍属性の炎を纏ったイビルジョーは、全身の筋肉に力を溜めると、私にその体をぶつけてきた。

受け身すら取れない私はその巨体に押し飛ばされ、龍属性の炎に燃やされながら、洞窟の壁に叩き付けられた。

体から吹き上がる紫色の炎。視界は徐々にその炎に覆われていく。

 

私の心が焼かれていく。

 

鼓動が早くなる。

 

呼吸が激し……

 

痛みがな……

 

私がきえ……

 

助け…… て。

 

あの黒い腕が、私の胸の中の光をいとも簡単に握り潰した。

 

 

 

 

 

モガの森の中央に位置する平野地帯。

ぬかるんだ足元を水がゆっくりと入江に向かって流れている。

入江から揚陸船で上陸したギルドナイト達は岩影に身を潜めていた。

揚陸時の無防備な状態で襲撃を受け、被害は甚大であった。半数近いギルドナイトが遠距離からの狙撃を受けて戦闘不能に陥っていた。怪我をしたギルドナイト達は狙撃の死角になる崖下の窪地に運び込まれ、応急手当てを受けていた。

 

「シュルツ、出直した方がよくないか」

 

エピタフプレートを担いだ男性が、ポーチから包帯を取り出している顎ひげのギルドナイトに顔を寄せる。

 

「いや、事は一刻を争う。怖じけづいたか、エルドア」

 

シュルツは負傷した左腕を包帯で縛りつける。両手を広げて肩をすくめたエルドアは岩影に腰を下ろす。

 

「もう聞かせてもらっていいだろ。俺達は一体何に襲われてるんだ」

 

回りのギルドナイト達と目を合わせたシュルツは頷く。

 

「断頭台の筆頭ハンターのあんたなら知っておくべきだろうな。アイリア、説明してやってくれ」

 

染み出た血が広がる腕を押さえて止血しながら、彼は側にしゃがんでいた女性ギルドナイトを見る。

 

「学術院観測書士隊筆頭狩猟書士重砲部隊。狩猟書士の中でも最強と言われている部隊ですね」

 

エルドアは女性の言葉を聞きながら口笛を吹く。

 

「聞いた事があるな。大陸で最初に老山龍をしとめた部隊だな」

 

アイリアは頷くと、もう一度、シュルツの顔色を伺う。シュルツは苦痛に顔を歪めながら頷く。

 

「依頼主は首都派と学術院です」

 

エルドアは筋肉で盛り上がる腕を組む。

 

「メゼポルタと学術院がこんな田舎で何してやがる」

 

言葉を詰まらせたアイリアに代わりシュルツが答える。

 

「実験だ」

 

「実験?」

 

聞き返すエルドアであったが、シュルツは答えず、懐中時計を取り出し、文字盤を見つめる。

 

「別動隊が動き出す。行くぞ」

 

頷いたギルドナイトたちが岩影から飛び出していった。

 

 

 

 

モガの森の出口直前で村長に当て身をしたカルラはただ、ひたすらに走り続けていた。震える足が絡まり、何度も転び、全身は泥だらけになっている。唇を噛み締めて、立ち上がりまた走り出す。捜索隊がイビルジョーを見つけた洞窟に入る。

静まりかえる洞窟内にモンスターの叫び声が響き渡る。

 

光のドームの方から叫び声が聞こえる。片手剣を抜きながら、ドームを覗きこむ。

 

紫色に燃え上がるイビルジョー、そして、その視線の先には、同じように紫色の炎を纏ったイズナ。恐ろしい程のスピードで次々に矢を放っている。その顔には表情が無く、瞳が真っ赤に輝いている。そして、口にはハンターナイフがくわえられている。

距離が空いている時は矢を放ち続け、イビルジョーの突進に対してその懐に飛び込み、紙一重で交わした後には、口にくわえたナイフを手に持ち、イビルジョーの足元を滅多切りにしている。返り血はイズナに降り懸かると同時に蒸発し、エリアは濃い水蒸気に包まれる。

人間の戦い方ではない。まるで狼が牙で獣に攻撃をしているように見えた。

水蒸気をも切り裂き、距離を取ったイズナはまたナイフを口にくわえて矢を放ち続ける。イビルジョーの龍属性のブレスがイズナに直撃する。吹っ飛ばされ、後方の壁に激突し、倒れこむイズナ。慌てて身を乗り出すカルラだったが、何事もなかったかのように起き上がるイズナを見て戦慄した。

ナイフをくわえ直し、イビルジョーに向かって歩く彼女は笑っているように見えた。

一体何が起こっているのか理解出来ない。イズナはどうなってしまったのか。

昨日までの彼女とはまるで別人。というよりも、別の生物。

その場にしゃがみ込み、体を震わせた。

恐ろしくて見ていられない。ハンターを生業としているからにはカルラ自身、命のやり取りの場面も幾度と見てきたが、これは、ハンターとモンスターではなく、モンスター同士の命のやり取り。それも古竜クラス。イビルジョーの龍属性のブレスにより、洞窟の天井が崩れ、カルラの上にも砂埃が舞落ちる。龍属性のブレスを回転回避でかわしたイズナは矢をひたすら壊れた顎に命中させる。イビルジョーは苦痛に顔を歪ませながら顎を振り払う。いかなる物も瞬時に溶かしてしまうというイビルジョーの唾液と、どす黒い血液がイズナに降り懸かる。獄狼竜装備に蒸着された鎧玉の成分が溶け出している。もうほとんど防具としての機能は無くなっているのだろう。光輝いていた防具はその光を失い、黒々と辺りの光を吸い込んでいる。イズナは髪を振り、体に纏わり付く唾液を振り払う。血液の蒸気の中、光の帯に照らされて輝く銀髪。現実感のないその光景にカルラは魅入る。

光を失った防具に反して、輝きを増す銀髪と真っ赤に輝く瞳。昔聞いた物語に出てくる悪魔の姿に見えた。

イビルジョーが顎をつきだし、イズナにかぶりつく。一瞬、その口の中に消えたイズナであったが、すぐに唾液と血液まみれになって地面に吐き出された。血まみれの手にはナイフが握られている。

まさに悪魔としか思えない。単なる恐怖が畏怖に変わる。

戦闘を見つめるカルラは、震える膝を地面に付けた。これ以上人では無くなっていくイズナを見ていられない。でも、この狩猟は見続けなければならない。おそらくレミはもう。その仇をイズナが命を懸けて取ろうとしてくれている。悪魔に魂を売らなければ勝てない相手なのだろう。せめて私にもう少し力があれば、イズナをここまで追い込むことはなかっただろうに。握り締めた片手剣を見つめる。

 

「まさに、悪魔の所業」

 

突然の声に背後を振り返る。身の丈を超える大剣エピタフプレートを担ぎ、腕を組む大柄の男性と、ギルドナイトスーツの者達。彼等がいったい何者であるのか、カルラには見当も付かなかったが、大剣を担ぐ男性の足元にしがみついて叫ぶ。

 

「はやく、はやくイズナを助けてあげて」

 

男性は前を見ながら首を振る。

 

「残念だが、人間である私達では足手まといになるだけだ」

 

カルラはその場に崩れ落ちた。

イビルジョーの咆哮に振り返る。

 

天井に向けて咆哮を上げるイビルジョーの足元に、切り裂いた腹からこぼれ落ちる臓器にまみれたイズナがいた。左手にナイフを握り、右手を握り締めている。

土埃をあげてイビルジョーが倒れ込む。

開かれた右手から紫色に輝くクリスタルのような宝石が地面に落ちる。イズナは無表情で何度もその宝石を踏み付けた。砕けた宝石が光を反射しながら辺りに散らばる。

 

 

「いくぞ」

 

大柄の男性が巨大なエピタフプレートを構えながら叫ぶ。しがみつくカルラを振り切り、飛び出した男性にイズナがナイフを振るう。

男性はエピタフプレートを盾変わりに、その突進を受け止めると、その場で回転し、大剣の腹でイズナを吹き飛ばした。

 

「今だ!」

 

男性の叫び声を合図にギルドナイト達が飛び出し、起き上がろうとしているイズナに小さな丸い玉を投げつけた。

右手で玉を振り払うイズナだったが、同時にその玉が破裂し、白い粉がイズナの周囲に舞い散る。

捕獲用麻酔薬を更に増強した強化麻酔玉。二歩、三歩進んでイズナは地面に俯せに倒れた。

呆然とするカルラの目の前でギルドナイトはイズナに駆け寄り、髪を掴み、顔を確認している。

 

「すさまじいな。見ろよ」

 

大柄の男性がエピタフプレートをギルドナイトに見せる。たった一撃で、超硬質金属の刀身にひびが入っていた。

 

「まあ、なんとか任務は完了だ。ドンドルマに向かう」

 

顎ひげ撫でているギルドナイトは立ち上がると、天井の隙間に向けて信号弾を打ち上げた。

 

 

しばらくして大勢のギルドナイトが集まり、ネルスキュラの糸を寄せ手繰り作られたロープで拘束されたイズナを捕獲搬送用の荷馬車に乗せる。

 

カルラは地面に膝を付き、呆然とその様子を眺めていた。

 

 

 

洞窟の窪みから血まみれのレミを背負ったニコがカルラに歩みよる。

レミが血まみれの顔を歪めて言う。

 

「母さん、ごめんなさい」

 

カルラは血にまみれるにも関わらずレミを抱きしめ、その顔に自分の顔を擦りつけて泣き叫んだ。

 

カルラの泣き叫ぶ声だけが洞窟内に響いていく。

 




長い流転の旅の末、私は全てを失いました。
仲間、大切な思い出、そして私自身。
全ては私が望んだことです。
だから、後悔はしていません。

でも……


次回 第4章 転生編
「第29話 聖域」
お楽しみに。
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