モンスターハンター In My Eyes   作:あずき犬

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世界を巡る旅を終えたイズナは、自らの心の中へと旅立つ。


第4章 転生編
「第29話 聖域」
どうぞ。


第4章 転生編
第29話 聖域


砂嵐の季節の終り。

砂漠から吹き付ける砂埃混じりの乾燥した強風が止み、背部に広がるフラヒヤ山脈から湿り気を含んだひんやりとした風が街を吹き抜ける。

街に子供達が駆け出し、大人達は待ち侘びたように堅く閉じられた窓を開く。

彼らは一様に砂埃から顔をだした街で一際高くそびえ立つ漆黒の塔を見上げる。

ギルド黎明期、その塔の頂上において、街を襲ったモンスターの首を落としたことから、断頭台と呼ばれている。通り名の通り、畏怖の対象であるとともに、ハンターを目指す者達の憧れの対象。大陸中に広がるハンターギルドを統べる現地統括本部、ドンドルマギルドである。

 

断頭台を中心に広がるドンドルマの辻々では、砂嵐から解放されるこの時期、一年で最大の祭典となる祈猟祭の準備が進められている。街のそこかしこに飾りが施され、各地区では巨大なモンスターの張り子が作られ、当日のパレードを待つ。

 

 

「今年も山風が吹く季節になりましたな」

 

断頭台中層に位置するギルド本部長室の大きな窓から街の景色を眺めながら、姿勢良く立つ顎ヒゲを蓄え、丸眼鏡をかけた老人がつぶやく。

 

「ベルド、あれはどんな調子だ?」

 

椅子に深々と座る小柄な男性、いや、少年が、机の上の書類に目を通しながらつぶやく。

 

「相変わらずですよ。本部長」

 

ベルドは言いながら、眼鏡をかけ直し、窓の外から少年の方に視線を移し、両手を広げる。

 

「もうかれこれ10日になるか」

 

少年は切り揃えされた銀髪を見ながら腕を組む。青い瞳が宙を見つめる。

 

「鉄条の交換時に眠らせているだけですからね。すごい生命力です」

 

言いながらベルドは再び窓の外に視線を送る。

 

「純粋結晶のなせるわざか。どちらにせよ、そろそろだな」

 

少年が立ち上がる。身長はベルドの胸付近。

 

「観測の準備をはじめろ」

 

命令し、頭を下げるベルドの前を大股で歩きだした少年は足を止める。

 

「あれ、ちゃんと呼んどいてよ」

 

ベルドは苦笑いをしながら頷く。

 

「本部長も趣味が悪い」

 

少年は無表情でドアに向う。

 

「舞台を整えてあげるのがギルドの本懐だろ。…… ちょっとムカついたのもあるけど」

 

ドアを引き開けながら、足を止めた少年は冷ややかな視線をベルドに向ける。

 

 

夕日に染まる断頭台。地上階の集会場に次々とハンター達が帰ってくる。意気揚々と素材を持ち帰る者。傷だらけの体を引きずるもの。無事の再会を喜び合うもの達。集会場に併設された酒場がハンター達で溢れかえる時間帯である。

 

断頭台上層階の小さな温室。空中庭園とも言われるこの温室では、植物学者が大陸中から集めた植物が成育されていおり、ハンターの狩りの助けとなる実や薬草が栽培されている。そこから開発された様々な薬品が調合技術と共に実戦に導入されている。

地上の喧騒を余所に、夕日の差し込むガラス張りの温室内の一角、ガラスの天井に向かって梢を伸ばす大木の下に男性が一人立っている。赤いハット帽に不精ヒゲ、赤いコートを羽織った彼は大木の梢を見上げていた。

 

「書記官殿は植物にも興味があるのか」

 

扉を開け、銀髪の少年が大木に歩み寄る。

 

「エイギル、イズナを捕らえたのか」

 

赤いハット帽の男性は振り返り、エイギルにつめ寄る。

 

「ああ。そこで、太陽の団団長のあんたに首実検をしてもらいたい」

 

エイギルは団長の前を素通りし、窓の外の大木の下をゆっくりと歩く。

 

「首実検……、イズナの首を落としたのか」

 

両手拳を握りしめた団長がエイギルを睨みつける。

 

「落とす前に、確認しておきたいんだ」

 

エイギルは振り返ると、悪戯っ子のような笑みを浮かべて団長を見上げる。

 

「あれが人間であったかどうかをね。あんたモンスターの専門家だろ」

 

言葉を詰まらす団長の前を通り、エイギルは温室の出口に向かう。

 

「行くぞ」

 

 

幾階も螺旋階段を登っていく。所々に開けられた小窓から夕日が差し込み足元を照らしている。

どこまで登るのか。団長は息を整え、螺旋階段を見上げる。断頭台の最上階にはモンスター用の特製の檻があると聞いた事がある。

遥か昔、ドンドルマの街に突如現れた巨大なモンスター、火の海となった街での迎撃戦の末、なんとか討伐したモンスターの首を断頭台屋上で切り落とし、残ったモンスターの体を閉じ込めていたという。首を切り落としてもそのモンスターの体は檻の中で10日間生き続けていたらしい。

ため息をつき、変わらぬペースで階段を登るエイギルに続く。

 

 

断頭台の最上階。鉄製の頑丈な扉の前でエイギルは立ち止まり、扉の前に立つギルドナイトに話しかける。頷いたギルドナイトが、首から下げた鍵を扉の鍵穴に差し込む。続いてエイギルがポケットから取り出した鍵を別の鍵穴に差し込み、二人同時に鍵を回す。

閂が動く鈍い音が響く。鍵を戻し、ギルドナイトが重い扉を開く。

強風が吹き付け、団長はハット帽を押さえた。小さな黒い物が風に乗り舞い上がる。団長は一つ掴み上げ、光に翳す。黒い物は羽根だった。見たことがない形状である。いくら力を込めても折れ曲がることのない芯。その羽根先は鋭いナイフの様に、不用意に触れた団長の指傷を付けた。わずか羽根一枚で、この持ち主がどれだけ強大な力を持つか想像ができた。

エイギルは羽根を手に立ち止まる団長に顎で早く来いと指示する。

強風に煽られながら、一歩づつ前に進む。立ち並ぶ空の檻。その一番奥。ギルドナイトが二人と副本部長のベルドが檻の前で立つ。

 

「さあ、書記官、これが、あなたがしようとしていたことの結末だ。しっかり確認しろ」

 

エイギルの声が空間中に鳴り響く咆哮に消える。ハット帽を押さえた団長は檻に近寄り見上げる。

 

 

檻の中を覆わんとする巨大な漆黒の翼。鉄条につかみ掛かる青黒い鱗に覆われた巨大な左腕。その先には、ナイフ程の大きさの鋭利な爪。立ち尽くす団長を掴みとろうと、鉄条からはみ出た爪が空を切る。団長は後ずさりしながらも目を懲らし、陰になっている部分を見つめる。頭部に当たる部分。額から角の様に突き出る青黒い甲殻に半分覆われた、美しい女性の顔。瞳は閉じられているが、間違いなくそれはイズナの顔であった。美しい肌に紫色の血管が縦横に走り、脈打っている。

 

団長は力無く、その場に膝をつき、ハット帽を握りしめた手を垂らす。団長の銀髪が風になびく。

 

「貴様の迷いが生み出したモンスターだ」

 

うなだれる団長の横に立つエイギルが叫ぶ。

 

「同じ失敗を繰り返しやがって」

 

エイギルの一喝に、うなだれる団長の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 

「だが、今回は俺の中では想定事項だ」

 

エイギルは言い捨て、ベルドの下に歩み寄る。

 

「始めるぞ」

 

エイギルの言葉にベルドは側に立っていたギルドナイトに目配せをする。頷いたギルドナイトはポーチから小さな丸い玉を取り出すと、鉄条の隙間からモンスターの足元に転がした。青黒い甲殻に覆われた足がその玉を踏み付ける。破裂した玉から白い粉末が吹き上がり、檻の中に充満し、そのモンスターはゆっくりと床に倒れ込んだ。

もう一人のギルドナイトが檻の扉を解鍵し、小さな扉を開く。

 

「書記官」

 

扉に向かいながら、エイギルは力無く座り込む団長を見る。

 

「俺はな、あんたのそういう人間くさいところ嫌いじゃないんだ。正直、そこに期待もしていた」

 

エイギルは扉を潜る。申しあわせていたようにギルドナイトが扉を閉め、鍵をかける。気がつけば顔を上げた団長のまわりに大勢のギルドナイトが集まっている。

 

「俺がイズナを取り戻して来てやる。その後は……」

 

顔を上げた団長は檻の中のエイギルの青い瞳を見つめる。

 

「もう絶対に目を離すな」

 

エイギルは目を閉じて眠るモンスターの頭部を両手で包み込む。しばらく目を閉じる。

 

エイギルが目を開くと同時に、モンスターの頭部の中、僅かに残る人間の瞳がゆっくりと開く。エイギルは、息を吸い込むと、そのうっすらと赤色に輝く瞳に見開いた自分の目を近づけた。青と赤の光が交錯する。その場にいた全員の頭の中に声が響く。

 

 

タ ス ケ テ

 

 

 

回りは白一色。天井も無ければ、床も無い。自分の身体も見当たらない。

ただ、存在があるのみ。

 

ここは?

 

言い知れぬ不安に駆られ、思わず声を出す。

 

「あんたの中だよ」

 

エイギルは何もない真っ白の空間に浮かんでいた。

 

あなたは?

 

「エイギルだ。まあ、あんたの同朋みたいなもんだな」

 

私は?

 

「君は、最後期開発のプロトアニマ、汎用型対巨竜兵器。製造コード100999、コード名はイズナ。御手洗高度生命研究所製。純粋生命結晶を使用した汎用回路を搭載した最新モデル。一体5千万ゼニス。今の価値なら小さな国をまるごと買えるだろうね。あらゆる武器を使いこなし、御手洗教授が開発した多層複式精神エンジンを搭載し、高度な戦闘から社会生活全般を担う事ができる。人類の後継機として期待されたけど、御手洗研究所自体が君を開発直後全滅したため、量産化には至らなかったらしいね」

何を言っているのかわからない。

 

「そうかな。君にちゃんと書いてあるよ。商品を購入した時はまずちゃんと取扱説明書を読まないとね」

 

……。

 

「君に分かるように説明してあげたいけど、今はあまり時間がない。君のもっと奥に行かせてもらうよ」

 

待って。

 

白い光の中に消えようとするエイギルは振り返る。

 

私も連れていってほしい。

 

エイギルは少し考えているようだったが、すぐに笑顔をつくる。

 

思念が独立しているのか。いや、多層間を交錯している複式構造のためか。

 

「わかった。おいでよ」

 

白い光に消えようとするエイギルは手を伸ばした。

曖昧な存在が具現化し、白い霧の中から現れた手が、エイギルの小さな手を強く握りしめた。

 

 

 

 

漆黒の闇の中、足元からわずかな光が輝き始める。街の明かりのような小さな光がまるで星空のように眼下に広がる。

 

「多層構造精神の第2層は高度な社会性を司っているんだ」

 

エイギルは上空から高速で光の地面に向かって落下していく。

 

「数が少なくなった人類にとって、社会活動を維持するために君達が必要だったんだね」

 

小さな光の一つ一つが黒い地面の上を直線に動き、直角に曲がり、また直線を描く。光の点一つ一つは重なり合うことなく、規則正しく流れ、止まり、一箇所にかたまっているかと思うと、一気に辺りに散らばり、また直線を描き散っていく。

 

「小さな光の一つ一つは、外部からの様々な刺激なんだ。それらは、何度も、何度も、同じ軌跡を描いて、演算され、同じ回答を出力していく。擬似演算システムと確率計算、そして無謬性。まさに生物演算装置に他ならない」

 

現れた小さな光が高速で直線に動き、徐々に光を集める、黒い空間に飲み込まれていく。そこから吐き出された光はまた、辺りに直線状に広がる。様々な外部刺激が統合され、様々な反応として、社会の一員として常に正しい回答を導き出す。

 

 

次に行くよ

 

光から目を離すと、エイギルの回りを白い光が包み込んでいた。

 

 

 

 

漆黒の空間の中、淡く光を放つ巨大な球体が高速で回転し続けている。エイギルのすぐ横を小さな球体が高速で通過していく。

 

「第3層は秩序を司っているんだ」

 

巨大な球体を中心に高速で円運動を行う小さな球体。視点を離すと、さらに何十もの球体が円運動を行う。よく見ると、小さな球体の回りにもさらに小さな球体が回っている。それらは決して衝突することなく、永遠と単純な円運動をくりかえしていく。

完全なる秩序。

しかし、僅かな誤差、殆ど0に近い誤差により、エイギルの目の前で、軌道を逸脱した球体同士が火花を上げてぶつかり会う。粉々に散った破片がまた、規則正しく円運動を始める。

 

「生物としての不確かさ。それが進化の原動力となるんだ。不確かさを受け入れることが、生物の定義なら、この第3層こそ、君達を生物たらしめている根源なんだろうね」

 

別の球体が運動をやめ、停止し、音もなく崩れていく。

 

「各層に対する侵食が進んでいるようだね。より単純な秩序を求めているんだ。次に急ぐよ」

 

また光に包まれるエイギル。

 

 

 

 

嵐の海。

 

「第4層は感情。原始的な生命の欲求。かなり侵食が進んでいるね」

 

今にも転覆しそうな船が木の葉のように荒れた海に浮かぶ。

 

黒々とした雨雲は悪魔のように手を伸ばし、その船を掴みとろうとしている。

 

エイギルは上空に向かって飛行する。分厚い黒雲を通り抜け、飛び出た青空をさらに上昇する。

風一つ無い静寂な空間。足元を見ると、白く輝く雲が巨大な渦を巻いている。

 

「いかに荒々しい感情であっても、総体として見れば、それは巨大な渦の外縁でしか無いんだね。見てごらん。中はあんなに穏やかなのに、何故生物は外縁に向かって船を進めるんだろうね」

 

雲に向かって落下していくエイギルは稲光に包まれる。

 

 

 

 

真っ白の空間。

 

「第5層は記憶を司るはずなんだけど、おかしいな。こんなところは見たことがないな」

 

エイギルは辺りを見渡す。

 

カエル?

 

手元に、カエルの髪飾りが浮かんでいる。

 

更に近くには、湯気をあげるユクモ饅頭。ジエンモーランのぬいぐるみ。リオレウスの折り紙。竜人族のお守り。首飾り。狩猟書士隊のカード。タンジアコーヒーのマグカップ。

 

カエルの髪飾りに手を触れる。

 

懐かしいバルバレの町並みが広がる。

 

私に話しかける団長。笑うエルザ。足元でポーズをとるナズナ。頭に巻いたタオルを気にするカガリ。走るナジム。早く早くと叫ぶハク。カメラのシャッターが下りる。

 

私を中心に満面の笑みの団員達。写真の左上に弟子娘の切抜き写真が張り付く。

 

「思い出…… なのか」

 

映像を見ながらエイギルがつぶやく。

 

ここは私の一番大切な場所。

 

「そうか。御手洗教授の研究テーマはもともと、人の心のありか。思い出の積み重ねが心を産むのか」

 

お願い。ここには触られたくない。

 

イズナが体をあそこまで侵食されながら、なお、侵食に抵抗し、苦しそうに鉄条に噛み付く理由が分かった。

この第5層こそ御手洗教授が人類の後継機として世に生み出したプロトアニマの神髄。教授はそれまで誰も作ることができなかった心を作ることに成功していた。生命科学界を揺るがす大発明であり、人類の新たな進化の瞬間。悲しいかな時代が世に広まることを許さなかったが。

この心こそが、第7層に眠るプロトアニマの土台となるモンスターの表出を押さえ続けているのだろう。

ならば、次の第6層にはおそらく。

 

 

「わかった。ここには絶対に手を出させない」

 

エイギルの体がまた光に包まれる。

 

「そのために君は戦わなくてはならない。できるか」

 

戦う。

 

エイギルはイズナの答えに頷く。

 

ギルドからの依頼だ。

 

クエスト『黒く蝕み心を染めん』

 

 

 

 

目を開ける。薄暗い中に浮かぶ小島。天からは一条の光。獄狼竜一式装備にリュウガン。体を起こし、髪に手を翳す。カエルの髪飾りを握りしめる。リュウガンを強く握りながら、前方を見る。

黒い霧の固まり。紫色の触覚だけが怪しく輝く。

ゴアマガラ。黒のハンター。私を奪いに来たもの。そして私そのもの。

咆哮とともに黒い羽根が私を襲う。振り撒かれる恐竜ウィルス。

 

レミを失った悲しみから私はこいつに魂を明け渡した。だからこいつを怨んではいない。そうしなければ、私だけでなく、モガの村皆が犠牲になったかもしれないから。

でも、私はこいつを騙して私の全てを譲らなかった。いつからだろうか、私の中に心が生まれたのは。

大切な思い出の積み重ね。皆となんでもない話しで笑いあったり、頼りにされたり、教えられたり、疲れ果てた私を抱きしめてくれたり、私のために涙を流してくれたり。だから、私はこいつを騙した。この思い出だけはこいつに喰われたくなかった。こいつの力だけを上手く使いこなし、私を保っていたかった。

 

でも、私には大切な物を守る力は無かった。私に残された力はこれが最後。

 

恐竜ウィルスを纏った両腕が地面に叩き付けられる。回転回避で避け、力を溜めた矢をその顔面に放つ。

その場で回転するゴアマガラの尻尾に弾き飛ばされて地面を転がる。攻撃を受け止めた腕の装備が炭の様に黒くなり、ボロボロと崩れ落ちる。

突進するゴアガマラの腕の間を回転して通り抜け、背後から矢を放つ。振り向いたゴアガマラは翼を一杯に広げて空中に舞い上がり羽ばたく。強風にあおられ、身を屈めた私に向かって滑空する。爪に引き裂かれる。地面を転がり、島の中央にある岩にぶつかる。

呻きながら顔をあげた。もはや、獄狼竜装備はその全てがもろく崩れ落ち、私はアンダーウェア姿になっていた。

膝をついて立ち上がる。ゴアマガラは私に触覚を向け、力を溜めている。

もとから敵わないことは分かっていた。こいつに頼らなければあのイビルジョーは倒せなかったのだから。

でも、

 

でもね、

 

私は、

 

「思い出を失いたくなかった」

 

 

リュウガンを構え、矢を放つ。突進を紙一重で回避し、次に来るたたき付けを予想し距離をとる。

咆哮するゴアマガラの触覚に遠距離から矢を放ち続ける。

その触覚が割れて、地面に散らばる。

ゴアマガラは口に恐竜ウィルスを溜めると、そのまがまがしい固まりを吐き出す。何度もくらった動きを変化させるブレス。体が自然とその動きを読み左右に身を振りながらかわし、ゴアマガラに接近して、血のように恐竜ウィルスをあふれさせる触覚のあった場所に矢を集中させる。

ゴアマガラは一瞬身を引き、右腕を地面にたたき付ける。回転回避ではなく、弓を引き絞りながら次に来る左腕のたたき付けをかわして矢を放つ。

 

モンスターの攻撃にはそれに繋がる予備動作が必ずある。攻撃を見てかわすことは至難の技だが、予備動作を見切る事が出来れば、避けるだけでなく、攻撃の機会になる。ハンターの基礎。一か八かの回避を続けていればいつか必ず命を落とす。予備動作を頭に叩き込むことがハンターとしての第一歩。ナズナは学校でもそんなふうに教えているのだろうか。アイルーを師匠に持つハンターは世界広しといえど私一人だろう。回転攻撃でいつも飛んでいくナズナを思いだし笑みがこぼれた。

もう二度と戻ることは出来ない過去。

泣き笑う私は、痛みに苦しみの咆哮をあげるゴアマガラに無慈悲に矢を集中させる。

重層する思い出は心を作り、私そのものとなる。

 

そうか。

 

こいつも、いずれ私の一部となる。

苦しみや悲しみから逃げてはいけない。

包み込み、溶け合わすことが私には出来る。

皆からもらったいろいろな思い。

象徴としての勲章。髪飾り。饅頭。ぬいぐるみ。折り紙……

私の心に浮かんでいた物。全てに、それに纏わる人々の思い出があり、人々の思い出が私の思いを作り出す。

足を引きずり突進するゴアマガラに、全ての思いを載せた矢が放たれる。

 

暗闇に光が溢れる。

 

一糸纏わぬ私は心地好い光に包まれた。

 

 

「やっと気づくことができたみたいだね」

 

エイギルの声が頭に響く。

 

「悲しみ、恐怖、苦しみ。逃げ出すのでは無く、受け入れること」

 

 

私は頷く。

 

 

「では、見せてあげるよ。」

 

エイギルは握りしめた両手を開く。

 

 

君の中に眠る本当の記憶。

君が生まれた本当の理由。

 

 

 

 

息が苦しい。

ゆっくりと目を開ける。

回りは透明な水。重なるチューブの先に透明な壁。そのむこうに白衣の老人がこちらを見つめている。

 

壁越しに声が聞こえる。

 

「やりましたな。教授。シズク型に続いてイズナ型も成功ですな」

 

白衣の老人のまわりに同じく白衣を来た人達が集まる。

老人は慈しむような優しい目で私を見つめる。

 

 

光に包まれる。

断片的な記憶が紡がれているのだろう。

 

「御手洗教授だね。君が生まれた瞬間だよ」

 

エイギルの声が響く。

 

私は、どうして生まれたの?

 

エイギルに問い掛ける。

 

「それはね……」

 

また光に包まれた。

 

 

 

 

目の前には様々な光を放つパネルが並ぶ。椅子に座る私にはたくさんのチューブが繋がれている。

パネルの中、木枠で作られた写真立てが置かれている。チューブに繋がれた手でそれを掴み取り眺める。

白衣姿の中年の男性。横には白衣を着た銀髪の中年女性が優しい笑みを浮かべ、男性に寄り添い立つ。二人の手前には銀髪の少女と、銀髪の小さな少年。ピースサインをし、はしゃぐ少年と、それをたしなめるように澄まし顔の少女。

 

「私の家族だった人達だよ」

 

御手洗教授がパネルを触りながら私の方を見る。

 

「みんな、死んでしまったがね」

 

私は見てはいけない物をみてしまった気がして、慌てて写真立をパネルに戻した。

その瞬間、地響きがし、パネルの上の写真立が床に落ち、ガラスが割れた。

部屋の明かりが消え、すぐに暗い非常灯が光を放つ。

 

「教授! 第3防衛ラインが崩壊したそうです。ここも……」

 

マイク放送が途切れた。

御手洗教授はため息をつくと、私に繋がれているチューブを外しはじめた。

 

「あとは声だけなんだ」

 

自由になった私は椅子から立ち上がる。私が着ている服が写真の少女と同じものであることに気づいた。

 

「声がなかなか思い出せないんだ」

 

白髪の髪の毛を掻きむしり叫ぶ教授。

床に落ちた写真立てを拾おうとする私の腕を教授が引っ張る。

 

「それはもういいんだ」

 

教授は微笑みながらそうつぶやいた。

 

 

視界が白く染まる。

 

私が生まれた理由。

 

「写真の中に僕がいたのに気付いたかい」

 

御手洗教授は……

 

「家族を再生しようとしていたんだろうね」

 

悲しい人。

 

「人類滅亡の危機の中、家族のことを思う。案外みんなそんなものじゃないかな」

 

光が私を包み込む。

 

 

 

 

アーティア一式装備の私は、身の丈を超える巨大な弓を構えていた。回りには同じくアーティア装備の者達が崖の上に一面に並び、同じように弓を構えている。

 

「大丈夫?」

 

私の横の人物が私を見ていた。アーティア装備のため顔や体は光沢のある金属に覆われ見ることが出来ない。が、声には何故か懐かしい響きがあった。小さいころから聞いていた声。安心した私は頷き前を見る。

焼け野原と化した町並み。立ち上る炎と黒煙。地響きが伝わる。とてつもない数の何かがこちらに迫っている。

息を殺してスコープの倍率をあげる。

炎の中から現れたのは、地平線を埋めつくす数のグラビモス亜種。

建物の残骸を踏み潰しながらこちらに横一列に並び近づいてくる。

 

「射撃用意」

 

頭の中に声が響く。

アーティア装備の者達は構えた弓に紫色の光を帯びた長い矢を番える。光子矢。具現化されたエネルギーの矢である。

 

「撃て!」

 

一斉に光の矢が空に打ち上げられる。黒煙の空に星が瞬くように無数の矢が浮かび、まるで花火の様に無数の矢に別れ、放物線を描いてグラビモス亜種の頭上に降り注ぐ。一撃で矢は彼等を貫き、大爆発が起きる。

倒れたグラビモス亜種を踏み付け、後に続くグラビモス亜種が行進を続ける。

 

「第2射用意」

 

声に合わせて光子矢を番えた瞬間、グラビモス亜種達は一斉に口を開ける。燃え上がる炎が見える。

 

「撃て!」

 

合図とともに矢が放たれる。空を光の矢が覆うと同時にグラビモス亜種の吐き出す火炎ビームが私達を包み込み、最後の人類の避難場所である背後の山を吹き飛ばした。

 

火炎に焼かれた私達は、取り出したナイフを握りしめて、グラビモス亜種の群れに向かって一斉に走り出す。

目の前のグラビモス亜種に向かって紫色に輝くナイフを振りかざす。

 

 

また、白い光に包まれた。

 

 

 

 

「こうして人類は滅亡した」

 

エイギルの淡々とした声が響く。

 

手で顔を覆い、嗚咽する私の肩にエイギルの手が触れる。

 

 

 

 

白い光が収まると、私は緑の中に囲まれていた。

 

立ち上がり前を見上げる。

目の前には、巨大な漆黒の竜。

朽ち果て、ほとんどが崩れ落ちたアーティア装備の私は、錆び付き光を失ったナイフを振りかざし、その竜に向かって走る。

長い首をもたげた竜は血まみれの頭部から灼熱の火炎を吐き出す。

火炎に焼かれながら、私はその漆黒の甲殻に深々とナイフを突き立てていた。

薄れ行く意識の中、私は白い光に包まれていった。

 

 

 

 

「ここからの記憶は残されていないようだね」

 

私は泣き腫らした顔でエイギルを見上げる。

 

「残された少数の人々はモンスターに怯えながらも、今の文明を築きあげたんだ」

 

私達は何と戦っていたの?

 

泣き声でエイギルに問い掛ける。

 

「造竜技術って聞いたことある?」

 

私は首を振る。

 

 

あの時代、極端に進歩したバイオテクノロジーによってありとあらゆる生物のクローンが作られ、人々の生活を豊かにしていたんだ

 

でも、どれだけ技術が進歩しても、何も無いところから生物を作ることは出来なかったんだよ。

 

ところが、宇宙から飛来した一つの隕石。この成分を分析したところ、不思議な結晶体の精製に成功したんだ。

 

科学者は生命結晶とよんだ。それはね、あらゆる刺激に対して、ランダムに反応する物質でね、生物の元となる元素の集まりに一粒加えると、恐ろしい勢いで細胞分裂を始めるんだ

 

そうして作られたのが人の生活を豊かにするための生物達だったわけだけど、限られた生命結晶を巡り戦争が始まると、生命結晶をサンプルに人工的に作られた疑似生命結晶によって爆発的に戦闘に特化したモンスターが作られていったんだ。

戦争は片方の全滅で終わったんだけどね

残されたモンスター達を処理する段階になって、彼等に大いなる意思が芽生えてしまったんだね

当時の人々はそれを【グランド・イド】と呼んだんだ。それは、種の滅亡を防ぐために人類を皆殺しにするというもの。

残された人々は武器を持って戦ったけど、ハンターでもない彼等にモンスターは倒せない。だから、残された生命結晶を使って、君達プロトアニマが作られたんだ。

 

 

私にも、生命結晶が?

 

エイギルは微笑みながら頷く。

 

「ほら」

 

私の体が光に包まれる。私の思念体そのものが、美しく光を反射するクリスタルに変わる。

 

 

思いが交差し、溢れる意識が逆流する。

 

 

青い光に包まれる。

 

 

「そろそろ旅は終わりだね。僕ももう眠たくなってしまったよ」

 

早く寝ないとまた母さんに怒られるわよ。

 

「母ちゃんおこると怖いからな」

 

子守唄、歌ってあげようか。

 

「いいよ、恥ずかしい」

 

ほら、早く寝なさい。

 

「うん」

 

声…… 教えてくれてありがとうね。

 

「おねえちゃん」

 

なあに。

 

「また会えて嬉しかった」

 

わたしもだよ。

 

 

 

 

 

渇いた目を閉じる。

エイギルは顔を上げ、辺りを見回す。心配そうに檻の中を見つめる団長。傍らにはギルドナイトが立っている。

 

「どのくらい経った?」

 

ギルドナイトは慌てて懐中時計を取り出す。

 

「扉を閉めてから10分位です」

 

エイギルは顔の汗を拭き取る。全身が汗まみれになっている。乾いた目からは涙がこぼれ落ちていた。涙を袖で拭い、イズナを見る。穏やかな寝顔。閉じられた瞳からは一筋の涙が伝っていた。

 

「終わりましたか」

 

ギルドナイトが開けた扉をくぐるエイギルに、ベイルが話し掛けた。

 

「ああ」

 

所在なく答えるエイギル。ひざまづき、俯く団長の前に歩み寄る。

 

「書記官」

 

団長が顔を上げる。さっき見たばかりの御手洗教授の顔によく似ていた。

そういうことなのだろう。全ては偶然ではなく、必然。

 

「姉ちゃんをよろしく頼むわ」

 

少年の顔からギルド本部長の表情に戻る。

立ち尽くす団長を残し、ギルドナイト達を引き連れて螺旋階段を下りる。

これから忙しくなる。メゼポルタのじじいどもにはなんと報告するべきか。

 

しかし、

 

エイギルはニヤつく口元を手で隠す。

 

あんな風に甘えたのは何年ぶりだろうか。

 




断頭台の檻の中。小さな窓から聞こえる祭の音。彼女の決断は、崩れ落ちた現実を超えることができるのか。

次回
「第30話 決断」
お楽しみに。
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