「第30話 決断」
どうぞ。
祈猟祭初日。町の通りを埋めつくすモンスターの張り子と人々。そこかしこで様々な屋台が開店し、軽快な音楽が流れる。
毎年のこの日、大陸中の集会場を統括するギルドマスター、ギルドナイトの幹部達がドンドルマの断頭台に集合する。所謂ギルド会議である。
断頭台2階の大会議場には、各ギルドマスター達、ギルドナイトの幹部、そして古竜観測省の上席が一同に会し、広い会議室に設けられた円形の机を取り囲む様に椅子に座り、机の上の資料をめくり、隣り合う者達と雑談を交わしている。
雑談のざわめきが扉の開く音で一斉に静まる。メゼポルタのギルド総本部長カイゼルが巨体を揺らして、既に机上の資料をめくるエイギルの横の席に着き、会議室後方の扉から入室したメゼポルタギルドのギルドマスターとメゼポルタのギルドナイト達が空いている席に座った。
「みなさん、本日はお忙しい中、よく集まっていただきました」
カイゼルが立ち上がり挨拶を述べる。
「凶悪無慈悲たるモンスター共の襲撃に恐れをなすこともなく、適正にして迅速なクエスト処理、そして既存生態系への御配慮。共和国民のギルドへの信頼は益々大きくなるばかり。これもひとえに皆様方ギルドマスター、及び各ギルドナイトの皆様のご尽力の賜物。わたくしギルド総本部長といたしましては、大いに感謝いたしますとともに、各ギルドの御栄達を願うばかりでございます」
カイゼルは深々と頭を下げ席に座る。
その後、各ギルドマスターから、今年一年間の狩猟実績の発表があり、観測省は観測した古竜のデータを読み上げる。カイゼルからの慰労の言葉。
毎年同じことの繰り返し。あくびをするエイギルをカイゼルが睨みつける。
「では、よき狩りを」
カイゼルの言葉で会議は終わり、彼とメゼポルタのギルドマスター、ギルドナイト達はそそくさと席を立つ。
「学術院長が行方不明と聞いておりますが」
エイギルの横に座り、腕を組む大柄の竜人族が言う。ドンドルマのギルドマスターにして、竜人族の大長老その人である。
ドアに向かうカイゼルは取っ手に手をかけて、しばらく俯く。
「メゼポルタ地域における、狩猟モンスター数に不自然な偏りが見られるが、総本部長はどのようにお考えか」
更に問い掛ける大長老に対し、メゼポルタのギルドマスターが笑みを浮かべながら答える。
「学術院長に関しては、個人的な理由で失踪していると聞いております。モンスターの狩猟数に関しましては、生態調査の更なる精査を待ち、適切に対処するつもりでございます」
メゼポルタのギルドマスターは頭を下げる。大長老は腕を組んだまま、目を閉じる。
「我々は単なるハンター互助会ではない。【グランド・イド】の発現抑止が第一義。ギルド設立時の誓いを忘れないで欲しい」
「もちろん」
メゼポルタのギルドマスターが言葉を発するのを抑え、カイゼルが会議室内を振り返る。
「第二義として、モンスターの驚異の排除もお忘れなきよう。技術革新による国民生活の向上。それに伴う労働力の確保。西方諸国との生存競争の矢面となるメゼポルタの立場も御配慮願いたいものです」
カイゼルは深々と頭を下げると、会議室全体を見渡し、扉を開けた。
断頭台を出たカイゼル達は、それぞれ、広場に横ずけされたアプトノスが引く竜に乗り込む。政府高官との飲食会に出席するのだろう。共和国の大統領も祭の見物に来ているらしい。ドンドルマギルドに警護の依頼が来たが、お門違いとエイギルが門前払いした。
会議室の窓からカイゼルの乗る竜車が走り去る様子を眺めていたエイギルは振り返り、会議室を見渡す。
誰一人として、会議室を出ていく者はいない。皆が押し黙り、エイギルを見つめる。
タンジアのギルドマスターが口を開く。
「怒り狂うイビルジョー。どこからあらわれたんじゃ」
モガ村の一件は村人の噂から大陸中に知れ渡ることとなっていた。
モガの村はタンジアギルドの管轄となる。観測省はギルドに観測結果を報告しなければならない。が、なんの報告もなかった。
「観測省はモガの村では何も観測しておりません」
団長が立ち上がり答える。タンジアのギルドマスターは立ち上がり、机を叩き付ける。
「どういうことだ。急に生まれたとでもいうのか」
タンジアのギルドマスターが声を荒げる。当然である。管轄する狩場に突然凶悪なモンスターが現れたのでは、ハンターの安全を図れない。
「納得できないのは、ドンドルマからギルドナイトと筆頭ハンターが派遣されていることだ」
皆が腕を組み目を閉じるシュルツに注目する。
「依頼したのは私だ」
エイギルが席にもどり、言いながら椅子に座る。
「紅蓮の女神のことはみんな知っているな」
エイギルの言葉に会議室に動揺が走る。バルバレの町を襲った黒のハンター。大陸中ギルドを震撼させた事件である。知らない者はいない。
「紅蓮の女神を追っていた私は、ロックラックで彼女を見つけました」
皆の注目の中、団長が立ち上がる。
「私から連絡を受けたドンドルマギルドが彼女を捕獲するためにエルドアとギルドナイトを派遣しました」
団長は席に座る。ざわめく中、タンジアのギルドマスターが立ち上がる。
「モガの村長はギルドの高官と取引きをしていたとの噂があるが」
会議室がまたざわめきに包まれる。
「タンジアの漁師がモガの村の近くでギルドの軍艦を見たと言っていた」
タンジアのギルドナイトであり、ギルドナイトにしては珍しいボウガン使いのグワベルが足を組みながら言う。
「軍艦なんて持ってるのメゼポルタしかないっしょ」
グワベルの言葉に皆が押し黙る。
団長が立ち上がる。
「モガの島ではかねてから、通常種のイビルジョーの存在は何度か確認されています」
団長は一旦、口を閉じ、エイギルの方に目線を送る。エイギルは前を向いたまま頷く。
「私はここ数ヶ月間、メゼポルタギルドに潜入していました」
会議室が静寂に包まれる。
「学術院の一部の者がメゼポルタと協力して、意図的にモンスターを狂竜化させる方法を確立しています」
狂竜問題については各地でギルドマスター達の頭を悩ませていた。しかし、学術院から、狂竜化する可能性のあるクエストについて情報提供を受けることができるようになり、クエスト公開時にはそのアナウンスが出来るようになり、パニックは鎮静化していた。もし、学術院が意図的に狂竜化を行っていたなら世紀の詐欺になるだろう。
「全てがそうとは限らないでしょうが、モガの件については、メゼポルタによるものの可能性が非常に高い」
「手段、目的を述べよ」
ベイグライドのギルドマスターが早口で言い、腕を組み、団長を睨みつける。学術院出身のギルドマスターらしい言い方である。
「手段は、何らかの方法により、狂竜化を促す狂竜結晶をモンスターに埋め込むもの。目的はモガ村の利権確保と思われます」
団長の言葉に会議室は静まりかえる。
「書記官さんよ、黒のハンターとメゼポルタはなんか関係あるんじゃろうか」
バルバレのギルドマスターが手を挙げる。
「解りません。が、狂竜ウィルスを振り撒くだけではメゼポルタの目的は達成できないでしょうから、別の意思が働いていると思われます」
タンジアのギルドマスターは、ゆっくりと席に座る。
「取り合えずわしらは今まで通りでいいんじゃな」
回りのギルドマスターたちも頷き、団長を見つめる。
「黒のハンターは私が追います」
※
会議室に集まったギルドマスター達、ギルドナイト達が会議室を出ていった後、会議室にはエイギルと団長の二人が残った。
エイギルは立ち上がり、窓の外を眺める団長の横に立ちつぶやく
「ギルドも組織が硬直してきているな」
二人は窓から祭の町並みを眺める。夕日に照らされ、光を放ち始めた張り子がパレードを続けている。
「一回全部壊して作り直すべきなんだろうな」
断頭台の前の広場には出店が立ち並び、大勢の人が笑顔を振り撒き、祭を楽しんでいる。
「あんたは壊される方だろ。それをやるのは、若い奴の仕事だ」
ウラガンキンの特大張り子が広場を通過し、大歓声が響く。
※
エイギルによる観測から5日。私は相変わらず檻の中に閉じ込められている。体のモンスター化は止まり、徐々に背中の翼から羽根が抜け落ち、肥大していた左腕から甲殻が剥がれ落ち始めていた。長く続いた激しい痛みも、発作のように間欠に起こるようになっていた。
私は窓の下の台に布を敷き、体を丸めて寝転びながら、固く焼き締められたパンをかじり、少しづつ飲み込んでいた。口に物を運んだのはいつぶりだろうか。なかなか体が受け付けなかったが、震える右手で小さくちぎったパンを少しづつ口に入れ、唾液でしめらしてゆっくりと飲み込む。
まだ心の整理がついていなかった。あまりにも沢山のことを知ってしまった。記憶の飽和状態とでも言えばいいのか。深い思考ができない。
パンを飲み込むと同時に、左腕にいつもの痛みが襲う。連動するように強烈な頭痛。どうしようもない痛み。体の内側の何かが変わろうとしている。歯を食いしばり、体を丸め、左腕を抱きしめる。あまりの激痛に体を震わせる。体が急激な変化に悲鳴をあげているのだろうとエイギルは言った。何度も床を転がり、壁に腕を叩きつけた。でもそれで痛みは引かない。
いつも、転がる牢獄の床は擦り減り、腕を叩き付ける壁は大きくえぐれている。
痛みが引く頃には、全身に汗をかき、体中から力が抜けていた。
食いしばる歯が唇を噛み、血の味が口の中に広がる。いつまで続くか分からないこの痛み。
その痛み自身よりも、終りの見えない恐怖に涙がこぼれる。
随分小さくなった背中の翼を震わす。抜けた黒い羽根が降り注ぐ。
翼を折り畳み、冷たい床に頬を付ける。
小さな鉄格子の向こうの明かり取り窓から差し込む夕日の光に混じり、心地好い音楽が微かに聞こえた。壁を伝い、鉄格子を握り締めて外を覗き見る。
小さな窓の遥か眼下にドンドルマの町並み。通りに人が溢れ、内部から明かりを点されたモンスターの巨大な張り子がゆっくりと移動している。
「今日は祈猟祭だよ。見たことあるかい」
檻の外から若いギルドナイトが声を掛けてくれた。
私は首を振りながら窓の外を眺め続ける。断頭台最上階のここにはまだ夕日が当たるが、眼下の町にはすでに夜の戸張が黒い雲のように広がり、ただモンスターの張り子が煌々とと輝いている。
「俺さ、ギルドナイトになる前、書士隊にいたんだけど、リオレウスの張り子作り手伝って優勝したことあるんだぜ」
振り向くと、若いギルドナイトは私に微笑み掛けていた。
祈猟祭。
懐かしい響き。あれから一年が過ぎたのか。バルバレの町でコーヒーを飲みながら、ケーキを食べ、たわいもなないおしゃべりをしていた。
もう戻ることは出来ない過去の思い出。何も分からず、いや、分からないことすら理解できず、それがいかに大切な物であったかすら気付くことができなかったあの頃。でも、今なら言える。
私ね、ちゃんと記憶を取り戻したんだよ。
こんな私にも、ちゃんと家族がいたんだよ。
私の誕生を喜んでくれる人がいたんだよ。
私のそばでいつも私のことを見ていてくれた人がいたんだよ。
涙で視界が霞む。町の明かりが丸く滲んでいく。
みんなに会って、胸を張って言いたい。
でも。
また激痛が全身を襲う。うめき声をあげて、窓から倒れ落ち、床を転がる。
「お、おい、大丈夫か」
若いギルドナイトが心配そうに檻の中を覗き込む。
あまりの激痛に意識が飛びそうになる。いや、この痛みから解放されるならば、意識が飛んでくれることを望んでいた。だが、意識が無くなる寸前で、その痛みは私を愚弄するかのように、痛みに強弱を付ける。唇を噛み締め、痛みを受け止める。
今までで最大級の痛み。背中を中心に痛みは全身に広がる。床を転がり回っていた私は、膝を付き、腕の間に顔を挟み、叫び声を上げながら背中を天井に突き出した。
まばゆい光。背中の黒い翼が白銀に輝く。
牢獄の外では、ギルドナイトが腰を抜かし、声を出すことすらできず、ただ呆然とその神々しい光景に目を奪われている。
薄暗い檻の中、天井まで伸び上がった白銀の翼は、一度羽ばたくと、その羽根を雪のように降らせて、崩れる様に消えていく。
痛みが和らぐ。涙で濡れた顔を上げる。舞い散る雪の様に白く輝く羽根がゆっくりと舞い落ちている。
再度の激痛に目を閉じて唇を噛み締める。より強い閃光の中、私の背中から翼がボロボロと崩れ落ちるように消えていく。
その場に倒れ込み、乱れた息を整えながら、床に降り積もった白銀の羽根を眺めた。
涙で光が霞む。
大切な物を失ってしまった気がした。
私が自分で選択した道だけど。
あの翼を羽ばたかせて大空を翔けることも出来たのかもしれない。
それよりも、私は、地面にはいつくばってみんなと生きることを選んだ。
激痛に顔を歪めながら、私は、目の前に落ちていた白く輝く羽根を握り締めた。
※
「転生を拒んだということか」
ギルド本部長室。エイギルは両手で掴んだ報告書を眺めながらつぶやく。
たまたま、警戒についていたのが元書士隊のギルドナイトだったため、その時の状況を描かせた。
薄暗い牢獄の中、背中を突き出すイズナ。輝く巨大な白銀の翼。舞い散る雪のような白い羽根。
描いた彼の主観が多少入っているかも知れないが、それは、神話の中の物語の一ページに見えた。
「いや、彼女は生まれ変わったんだと思いますよ」
窓の外の夜景を眺めていた団長がつぶやく。
団長は手に持った白く輝く羽根を眺める。
「自分の過去を受け入れ、今を生きていくことを決断したんでしょう」
エイギルは絵を机に置き、宙を見つめる。
「観測者として作られた僕にとっては、観測した事象の一つでしかなかったわけだが……」
目を閉じて、イズナに抱きしめられた光景を思い浮かべる。
「彼女の心を覗いたあの時、僕の心も彼女に覗かれていたんだろうな」
観測者として常に、冷静に有りつづけ、人前で涙など流したことがないエイギルの瞳が潤む。
「柄でもないが、本気でギルドをなんとかしてやろうと思っているんだ」
団長はエイギルの言葉に、思わず笑い出した。
「柄でなさ過ぎだろ。でも……」
笑い声を飲み込んだ団長はハット帽を被り直し、窓の外、祈猟祭の光に溢れるドンドルマの町並みを眺める。
「あいつが今を選んでくれたことが嬉しくてな。ちょっとはましな世の中にしたくなるよな」
フラヒヤ山脈から吹きおろすひんやりとした風。その山風が、町の明かりに照らし出された断頭台を通り過ぎる際に奏でる、静かな、低い音楽が、祭の雑踏の中に消えていく。
長い暗闇を抜けて、イズナが見た物。それは、命を呼び覚ます、輝く太陽の光。
次回
「第31話 夜明け」
お楽しみに。