「第31話 夜明け」
どうぞ。
祈猟祭最終日。
ドンドルマ断頭台前広場。日が沈み随分経つが、人の波は増える一方である。
それまで町中を練り歩いていたモンスターの張り子が一つ、また一つと広場に集まる。祭の実行委員達が大声を出し、人垣を掻き分けて、広場の中心をロープで取り囲む。ここでモンスターの張り子を全て燃やし、モンスターの魂を自然に帰す。祈猟祭が再生と死と転生の祭典といわれる由縁である。
今年の祈猟祭張り子部門総合優勝のウラガンキンの巨大な張り子が人々の拍手の中、広場の中央に進んでいく。
広場を取り囲むように立ち並ぶ様々な夜店の一つ。アイルーの料理長が作る中華料理店の前に、広場に向かって設営されたオープンテーブルで舌つつみを打つ人々。みな一様に笑顔でテーブルの上の大皿に山の様に盛られた料理を食べながら、広場を眺める。
その中に、テーブルを取り囲む、団長、ナジム、カガリの姿があった。
「みんな本当によくやってくれた」
団長が酒の入ったコップをを掲げる。
「一番の功労者はペルヴェじゃがな」
ナジムが笑いながら酒をあおる。
「わしらはよう儲けさせてもらいました」
ナジムの笑い声の中に、両手に料理が盛られた大皿を持ったハクが団長達のテーブルに皿を並べる。
「大陸中を回ったおかげで料理のレパートリーが大分増えた二ャル」
団長は笑いながら頷くと、早速湯気を上げる料理に手を付ける。
「預かり物も整備が終わった。いつでも渡せる」
カガリが太い腕で酒を口に運ぶ。
目の前が突然明るくなり、大きな歓声が響く。振り返ると、歓声の向こうに赤々と巨大な火柱が上がっていた。張り子が燃やされ始めたようだ。
炎に照らされ、漆黒の断頭台が朱色に染まり揺れる。
黒煙とともに、橙色に煌めく火の粉がまるでモンスターの魂そのもののように星空高く舞い上がる。神秘的な光景に皆が心を奪われ、火の粉の行く末を見守る。
「イズナ、元気にしとるんかの」
火の粉を見上げるナジムが誰になくつぶやく。団長は火の粉の行く末の向こう、断頭台の最上階を見つめる。
「ああ。会ったら驚くぞ」
長く苦しい孤独な旅の末、イズナが手にしたもの。
断頭台の檻の中で、死よりも苦しい痛みに耐え続けたイズナが手にしたもの。
それは、燃え上がる火炎の中から生まれた小さな火の粉の様に、自由に空に舞い上がる、誰にも拘束されない、決して揺らぐことのない強い心。
そして…… 。
※
断頭台の屋上。今にも降ってきそうな星空の下。張り子を燃やす黒煙が山からの風に吹かれて、遥か砂漠に向かって広がり流れていく。
腫れがなかなか引かない左腕のせいで成人男性用の白衣を着せられた私は、断頭台屋上の段差の上に腰掛けて、生き物の様に形を変える黒煙を眺めている。
吹き付ける風が銀髪を揺らす。
激痛のために一睡もできなかった夜が続いた。
しかし、痛みが和らいだ今日、日中少しだけ眠る事ができ、エイギルから屋上に出て外の空気を吸う許可を得た。
ただし、私のすぐ後ろには護衛役のハンターが立っている。ドンドルマギルドの筆頭ハンターエルドア。彼が自ら私の護衛を買って出たのは、ロックラックでの狩猟について知りたかったかららしい。
当時の私の装備、ゲルヒム号の秘密兵器。それらを知ったエルドアは納得し、あの後、ギルドに帰ってきてドンドルマのハンター達から大笑いされ、メゼポルタのギルド幹部からこっぴくお叱りを受けたと言い、豪快に笑った。
風が吹き抜ける。乱れる髪を手で抑える。
「なあ、イズナ」
エルドアの言葉に振り返る。
「その、もし、よかったらなんだけどさ」
いつもの豪快さからは想像できない、曖昧な言葉使い。
「いっしょにひと狩りいかねえか」
エルドアらしくない、はっきりとしない言い方。まっすぐ私を見据えるその顔は暗くてよく見えない。
私は笑顔で頷く。
「うっしゃー!」
エルドアはガッツポーズをして天を仰ぐ。
子供のようにはしゃぐエルドアを不思議そうに眺める。
大陸随一の大剣の使い手。ハンターの頂点と言われるドンドルマの筆頭ハンター。身の丈を超えるエピタフプレートをまるで棒きれのように扱う剛力の狩人。常に一人で強大なモンスターを奢ってきた彼がはじめて狩りに人を誘った瞬間であった。
狩りに生きる最新号に載っていた、女性ハンターへの口説き文句【こんな言葉で誘われたい!】読者投稿ナンバー1。
ものうげに空を見上げる横顔。風になびき虹色に光を変化させる銀髪。遥か遠くを見つめる漆黒の瞳。そしてそれらからは想像もつかないハンターとしての恐ろしいまでの力量。エルドアはうっとりとその光景を目に焼き付けた。
※
冷たい床の上に敷かれた薄い布の上、小さな鉄格子の窓からのまばゆい光が顔に当たり、静かに目を開けた。
こんなにゆっくりと眠ることが出来たのはどのぐらいぶりだろうか。上半身を起こして辺りを見回す。
「おはよう。今日は元気そうだな」
檻の外のギルドナイトが声をかけてくれた。
完全に元の形に戻った左手を開き、閉じる。もう一度開いて、力を入れて握りしめた。力が戻りつつある。安心すると、急にお腹が空いていることに気づいた。体が元に戻りつつあることを実感できた。
檻の外のギルドナイトは朝の交代の為に、もう一人のギルドナイトと談笑している。私は鉄条の方に歩みよた。私に気付いたギルドナイトが檻に近づいてくれた。
「どうした?」
更に近づいてくれるように手を降る。鉄条に耳を付けたギルドナイトの耳もとに、片手をそえて、私は、そっとつぶやく。
「お腹が空きました」
恥ずかしさに顔が朱色に染まる。
ギルドナイトは笑顔を作ると、もう一人のギルドナイトに気づかれないように、親指を突き立て、檻の前から走り去っていった。
ぶかぶかの白衣を引きずり、鉄格子の明かり取り窓に近寄り、背伸びをして窓の外を覗き込む。眩しさに目を細める。
砂漠の遥か彼方の砂丘から眩しい朝日が昇る様子が見える。眼下を見ると、町はまだ砂丘の影に覆われ、眠っているように見えた。
祭が終わり、また日常生活が始まる。祭の余韻に浸る町並み。
豆粒のように見える小さな家々。それぞれに家族が住み、それぞれの生活を営んでいる。
砂丘の影が徐々に短くなり、屋根に朝日の光が降り注ぎ始める。
思えばいつも、夕焼けに沈む町ばかりを眺めていた。朝日を受けてキラキラと窓ガラスが輝く町並みは、夕焼けのオレンジ色に染まる町並みとは別のものに見えた。
町が生まれ変わったよう。世の中は滔々として、一箇所にとどまることが無い。終わりがあるから始まりがある。長く暗い夜があるから明るく輝く朝に心が躍る。
この世界は常に生まれ変わり続けているものなのだろう。毎日毎日同じことの繰り返し。無限の時間を繰り返す美しいリズム。だけどそのリズムは奏でる者には気づくことができないもの。リズムから外れてしまった私には何でもないその繰り返しのリズムがとても美しいものに見えた。
そしてそのリズムが太陽が昇る度に少しづつ変わり続けていることも私だけが知っている。
檻の食事用の小窓が開く音が聞こえて振りかえる。
さっきのギルドナイトがトレイに載せたトースト2枚と湯気をたてるコーヒーカップを差し入れてくれた。
今まで差し入れられていた固いパン一つとは大違いである。トレイを持ち上げて笑顔のギルドナイトに頭を下げる。
「いいってよ。あんたが元気になってほんとによかったよ」
きっと苦しむ私を見ていてくれたのだろう。
光の差し込む明かり取り窓の下に座り、バターがたっぷり塗られたトーストをかじる。そのあまりもの香ばしい香り、味に涙がこぼれた。噛み締める度に生きていることを実感する。
※
明かり取り窓の外を眺めていると、檻の小窓が開く音が聞こえた。
顎ひげをたくわえた老人が小窓を開けて立っていた。
「ドンドルマギルド副本部長のベルドと申します」
老人は私にむかって深々と頭を下げる。
私は、明かり取り窓の下の台を飛び下りて小窓を身をかがめて潜り、檻を出た。頭を下げる彼の横を通り、檻を振り返る。
「ハンターイズナさん、お話しが有りますので、どうぞこちらに」
頭を上げたベルドは私の前を歩きだす。
彼に続いて歩く私は少し立ち止まり、今まで私が入っていた檻をもう一度眺めた。
かつて町を襲ったモンスターは断頭台の屋上で首を切り落とされながらも、この檻の中で生きつづけたらしい。首のないモンスターはその後どうなったのだろうか。檻の中からギルドナイトに聞いても誰も答えることができなかった。この檻を出ることができたのだろうか。
立ち並ぶ空の檻の向こうでベルドが扉の前に立ち、私を待っている。
全てを失い、全てを手に入れた場所。私はしばらく檻を見つめると、ベルドのもとに走った。
※
小さな窓から朝日が差し込む、永遠と続く螺旋階段を下り続けて、ベルドは扉の前で立ち止まる。
ベルドに促されて、扉を開ける。扉の向こうは大きな窓からまばゆい光が差し込む部屋。
目が慣れて来る。
逆光の中、団長、ナジム、ハク、カガリが、言葉をなく立ち尽くしていた。
自然と涙が溢れる。ポロポロと大粒の涙をこぼし、両腕で目を擦る私にみなが駆け寄り、抱きしめてくれた。
「もう体は大丈夫か?」
カガリが目を真っ赤にし、恥ずかしそうに太い腕で顔をこする。
「もう、大丈夫。心配かけてごめんなさい」
何度も頷きながら、涙声で私は答えた。
「そうか、よかった」
カガリは頷きながら腕を組み、部屋の天井を見上げる。
「かわいそうに、たいそうじゃったな」
ナジムが私の白衣に顔を擦りつける。
最初に違和感に気付いたのはハクであった。「イズナ、声」
ハクのつぶやきに皆が、呆気に取られた顔で私を見、そして、窓際で笑う団長を見る。
「な、ビックリしただろ」
高笑いする団長に私は思いっきり抱き着いてやった。今度は驚いた団長が、笑い声を飲み込み、思わず咳込む。
カガリからずっしりと重い荷物を受け取った。中を見ると、イビルジョー戦でボロボロになったはずの獄狼竜一式にリュウガンが、まるで新品のように磨かれて綺麗に畳まれていた。
ありったけの鎧玉で強化された獄狼竜装備を身につけ、リュウガンを担ぐ。
「勇ましい格好じゃ」
破顔したナジムが目を擦りながらつぶやく。
「もしかして、ジエンレースに出てたニャルか?」
ハクが呆れた様子で頷く私を見上げる。
「あれ、イズナじゃったんか」
ナジムが言いながら天井を仰ぐ。
「これも、直した」
カガリがカエルの髪飾りとぺルヴェの首飾りを差し出す。確認はしていなかったが、この2つも、イビルジョーの唾液を浴びていたのだろう。
「カガリさん、ありがとうございます」
私は髪飾りと首飾りを握りしめてカガリに頭を下げる。
「お、おう。なんか照れるな」
頭をかくカガリ。
「太陽の団のハンターよ、さっそくだが腕鳴らしといくか」
団長が言いながら、歩き出す。
「ドンドルマギルドにハンター登録をしておいた。あまたあるクエストがお前を待っている」
追い掛ける私は頷きながら涙を拭き取る。
二度と取り戻すことの出来ない過去。
だけど、一度結ばれた絆は、何度でも、何度でも、生まれ変わり、手にすることができる。
もう、失った過去に涙を流す必要もない。
ただ、信じた道を、前を向いて歩いて行けばいい。
※
受けとった荷物の中、ふと思い出し、いつか、旅の商人から貰った年代紀を開く。
大陸歴231年、大シュレイド王国第6代王朝アッセンドルフ3世治世。大陸中央の交易都市ドンドルマにおいて、突然現れた巨大モンスターにより、町は壊滅に近いダメージを受けた。シュレイド城下に勃興したばかりのハンターギルドが総力を結集し、そのモンスターを捕らえ、物見台の塔の屋上で頭(実際には角、頭部のたてがみのような甲殻、もしくは、暗諭としての頭であり、荒ぶるその心との説もある)を落とされた、炎妃龍ナナ・テスカトリは、10日間、檻の中でもがき苦しみ、やがて、美しい少女に姿を変えて檻を出てフラヒヤ山脈の遥か奥に消えていったとある。
ハッピーエンドだったんだ。
そして、この少女はおそらく…… 。
あの痛みに耐えぬいた少女は何を感じ、どんな思いで山に消えたのだろうか。
きっと、溢れる未来に希望を抱いて歩いていたのだろう。
今の私がそうであったように。
ドンドルマでハンター稼業を再開した太陽の団。そんな彼等の元にバルバレからの依頼が舞い込む。
そう。私は今度こそ決着をつけなくてはならない。
次回
「第32話 黒蝕竜」
お楽しみに。
では、よき狩りを。