モンスターハンター In My Eyes   作:あずき犬

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ドンドルマで狩りを再開した太陽の団。一方、バルバレではマルコス達筆頭ハンターが黒のハンターを追いかけつづけていた。

「第32話 黒蝕竜」
どうぞ。


第32話 黒蝕竜

原生林に空気を震わす咆哮が響き渡る。

木々の梢が揺れて、小鳥の群れが空に舞い上がる。

 

広場にはガララアジャラの死骸が横たわり、取り巻くように、ハンターが4人。マルコス、ガルティア、マリア、カイト、バルバレの筆頭ハンター達。

 

すでに剥ぎ取りを終え、帰り支度をしていた彼等は突然の咆哮に辺りを見回す。ギルドでの案内では、狂竜化したガララアジャラのみの討伐だけのはずだった。マルコスのまわりにハンター3人が集まる。

 

「リーダー」

 

不安げな顔でマルコスの側に歩み寄るカイト。

 

「黒のハンターか」

 

ガルティアが辺りを見回しながらつぶやく。

 

「黒のハンターが近くにいるということは」

 

マリアが背中に担いだヘビーボウガンに手を掛けながら空を見上げる。

 

「あいつが帰ってきてるんでござろう」

 

組んでいた腕をほどき、マルコスは背中の双剣を抜き出す。極限まで磨き込まれた二つの刃が光を反射する。

 

「突然メンバーが再結成されたのはこういうことだったんすね」

 

カイトは唾を飲み込みながら腕にとまる虫を撫でると、ガルティアと目を合わして、咆哮の聞こえたエリアに向かって走り出した。

 

「イズナ、今はドンドルマにいるって聞いていたけど」

 

走り出したカイトとガルティアを見ながら、マリアがマルコスの側に近寄る。

 

「黒のハンターの目撃情報がバルバレの周辺で相次いでいるらしいでござる」

 

ゆっくりと歩き出すマルコス。

 

「イズナを探していると」

 

マルコスはマリアの言葉に頷く。

歩き出す二人に上空から風圧が襲う。身をかがめる二人の上空を影が覆う。

 

リオレイア亜種。桜色の甲殻が光輝き二人の行く先をであるエリア出口に向かって滑空する。

黒のハンターの咆哮が聞こえたエリアへの出口をその巨体が塞ぐ。

 

「合流させてくれないみたいね」

 

マリアが舌打ちをしながらヘビーボウガンを構えた。

「こちらとしても、合流させたくはないでござる」

 

つぶやいたマルコスは、抜き身の双剣をきらめかせてリオレイア亜種に向けて走り出した。

 

 

 

 

数時間後、リオレイア亜種、更に現れたグラビモスを討伐したマルコスとマリアは、救援に駆け付けたギルドナイト達によって、バルバレの集会場に搬送された。

さすがの筆頭ハンターも、複数モンスターによる追撃につぐ追撃により、疲労し、体のあちらこちらに激戦を想像させる傷をつくっていた。

他のハンター達が心配そうに、カウンターにもたれかかる傷だらけのマルコス、階段に腰掛け、俯くマリアの回りを沈黙して取り巻いていた。

受付娘達が救急箱を持ち、マルコス達の側に駆け寄る。

 

「俺達より、誰かあいつらを助けにいってやってくれ」

 

マルコスは差し出されたイリアの腕を振り払い叫ぶ。

 

ガルティアとカイトがクエストから戻ってきていない事はみな気付いていたが、この集会場には彼等を上回る技量を持ったハンターは存在しない。

受付カウンターから飛び下り、歩み寄るギルドマスターにマルコスが掴みかかる。

 

「頼みます。すぐに救援を送ってください」

 

両肩を掴まれ、体を揺すられるままのギルドマスターが目を見開く。

 

「ばかものが! 貴様筆頭ハンターだろうが、取り乱しおって」

 

その眼力と一喝にマルコスは、力無くうなだれた。

 

「手配はしておる」

 

ざわついていた集会場が静まり返る。

 

「仲間を心配する気持ちは分かる。だが、信じてやることも必要じゃ」

 

マルコスはギルドマスターに肩をさすられて頷く。

 

「お前達に必要なのは、次の戦闘に備えて、傷を癒すことじゃ」

 

ギルドマスターに促されて、萎縮していた受付娘達がマルコスとマリアに歩みより傷の手当を始めた。

 

「マスター殿、救援は誰が」

 

治療を受けながらマルコスがギルドマスターに向き合う。

 

「うむ。ドンドルマから専門の猟団を召集した」

 

ギルドマスターは言いながら笑みを見せる。

 

立ち尽くすハンター達を掻き分け、メイドエプロンの女性がギルドマスターに駆け寄る。

 

「マスター、それって」

 

またも肩を掴まれ揺すられるギルドマスターは、苦笑いをしながら答える。

 

「エルザ、落ち着きなさい」

 

激しく前後に揺すぶられたギルドマスターに諭されてエルザは肩から手を離すと、頭を下げる。

 

「太陽の団。紅蓮の女神だ」

集会場がどよめきに包まれる。

 

 

 

 

「くそっ、くそっ」

 

カイトの背中で苦悶の表情のガルティアが首を振りながら何度も繰り返して言う。

ブレスに焼かれた片腕が、血を滴らせながら垂れ下がる。あまりの素早い動きにガードが間に合わなかった。突進をかわし、振り向いたところでブレスをまともに受けた。腕の皮膚が焼け、激痛に盾を落とし、再度の突進に巻き込まれた。右足に激痛が走り、地面をのたうち回った。

まがいなりにもガンランス使いとして、それなりの実力はあると自負していたが、まさか、盾を落としてしまうとは。欺瞞、増長。悔しさはモンスターではなく自分に向けられていた。

 

カイトは操虫を囮に使い、ガルティアの側に駆け寄り、ガルティアを背負うと、一目散に原生林の奥に走った。

焼けただれた左腕。おそらく骨折しているであろう腫れ上がった右足。戦闘の続行は不可能と思われた。

 

「お前だけでも」

 

苦悶の表情を浮かべるガルティアの言葉をカイトは遮る。

 

「きっとリーダー達が来てくれるっす」

 

カイトは笑顔を作り、ガルティアの腕を肩に巻き、引きずるように歩きだす。

 

「すまない」

 

俯きつぶやくガルティアは、動く右腕で、必死にカイトにしがみつき、左足を進める。

 

 

背後から風圧が二人を襲う。そして大咆哮。

奴が追ってきたのだろう。随分長い間原生林をさまよい逃げ続けているが、一向にまくことができない。

 

カイトは舌打ちをしながらも、前へ前へと歩く。背後から奴が近づく振動が響く。 振り向いたところで事態は変わらない。ただ前へ、立ち止まることなく逃げることしか、助かる見込みはない。

 

モンスターが突進する振動を真後ろに感じ、全身に力を入れて、思わず目を閉じた。

 

衝撃は、なかった。

 

奴の叫び声だけが響く。

前進しながら、振り返る。何かを振り払うようにその場で暴れる黒のハンター。その背中には、小さな人影が見える。

暴れる黒のハンターに振り払われるように地面に転がるその人は……、まぎれもなく、あの銀髪の女性ハンターであった。

真っすぐ黒のハンターを見据えた彼女は、立ち止まるカイトに向かって、早く立ち去るように手を振る。

カイトは頷くと、一歩ずつ足を進める。

 

「誰か来てくれたのか」

 

ガルティアは痛みで朦朧としながらも目を開き、とぎれとぎれにつぶやく。

 

「あいつが、あいつが来てくれたっす!」

 

カイトは、息をきらして走り出しながら、言葉をつまらせ叫ぶ。

 

「銀髪の美人ハンターさんっす。紅蓮の女神っす!」

 

叫ぶカイトは、何度も何度も腕で顔を拭い、力強く前へ走り続けた。

 

 

 

 

黒のハンター、ゴアガマラ。視界を覆いつくす巨大な体躯。並のハンターなら、その存在感に思わず尻込みしてしまうであろう。

私は、リュウガンを構え、その頭部に狙いを定める。

眼穿が見当たらないその頭部には、紫色に淡い光を放つ2本の角がそそり立つ。体中から撒き散らされた黒い燐粉が感覚器官の働きをし、振動や熱による情報を触角が感知して対象物を認識するらしいと団長に聞いた。

私を黒い霧のような燐粉が取り巻く。私の体、武器、防具、そして胸の鼓動までも、このモンスターは感じとっているのだろう。

もしかすれば、私の心の中にまでその触覚を伸ばしているのかも知れない。なぜならば、この燐粉こそ、狂竜ウイルスそのものであり、かつて私の心は、こいつに蝕まれ黒く染まってしまっていたのだから。

 

放たれた矢がゴアマガラの頭部で炸裂する。龍属性の黒い炎に焼かれ、苦痛の叫び声を上げるゴアマガラ。すぐに態勢を立て直し、私に目掛けて黒いブレスの塊を吐き出す。横移動で避けた私の真横で、その塊は弾け爆発する。翼爪による連続たたき付け。たたき付けられる反対の腕の下を回転回避で通り抜け、背部から矢を放つ。飛び上がりからの滑空突進。バックステップで距離をとり、連続回避で翼の攻撃範囲から抜けだし、すり抜けさまに矢を放つ。曲線状に変化する連続ブレス。初弾を回避し、初弾の軌道をなぞるように移動し、適性距離から矢を放つ。飛び上がりからの拡散ブレス。滑空を警戒しながら、ブレスの範囲外に移動し、ただの的と化したゴアマガラに向かって矢を放ち続ける。

 

ゴアマガラが空中から崩れ落ちた。地面で暴れるその頭部に矢を放ち続ける。圧倒的な体格差、戦力差を埋めてあまりある戦術差を見せつける。

起き上がるゴアマガラを睨みつける。恐怖心はすでに克服済み。むしろ、沸き上がる力と、安心感に満たされている。

 

『苦しい、怖い、痛い』

私の頭の中に女性が泣くような声が響く。

疑問は確信に変わった。

いつか、どこかで、私に優しい声をかけてくれた女性の声。確信が深い悲哀に変化し、どうしようもない脱力感に襲われ、弓矢を握る両手の力を抜く。

 

私の中に残された、最後にして、最大の謎であった、あの人の死。

その謎は、最悪の予想通りの結末であった。

 

プロトアニマは純粋生命結晶が有る限り、体に致命的なダメージを受けても、ギルドの保護下にあるクエストにおいては回復可能である。どうしても、彼女の死に納得がいかなかった。

 

このモンスター、ゴアマガラは、私の母親として造られたプロトアニマ、シズクの生命結晶を取り込んでいる。

 

 

『魂を滅っすることの出来ない絶望』

 

今度は地響きの様な男性の声。いや、数え切れない程たくさんの声が混ざっている。

想像できない程の大勢のプロトアニマ達の声。すべて、黒のハンターに取り込まれた生命結晶が放つ声。

 

 

ゴアマガラは私を中心に、円を描くように歩き始めた。私は唇を噛み締めて、ゴアマガラの言葉一つ一つを受け止めていく。

 

『気の遠くなる戦いの繰り返しに私の心は砕けてしまった…… 。でも…… 私は持っていなかった』

 

私の回りを歩き続けるゴアマガラから今度は大勢のプロトアニマ達の声がする。

 

『何度も、気の遠くなるような時間を掛けても、どうしても手にすることができなかった』

 

ゴアマガラの声を聞きながら、私は弓を握る手に力を込める。

 

『安らかな死を』

 

シズクとプロトアニマ達の声が重なる。

 

天才的生命科学者御手洗教授は人工生物に命を与え、心を与えることはできても、安らかな死を与えることはできなかった。

生命結晶とは、この地上にあまねく存在し、無機物に不規則性を与えることにより、有機物に変化させ、生物を作り出し続けている。彼の研究では、この生命結晶こそ、全宇宙を作り出した揺らぎの元であり、宇宙に多様な環境を作り出し、この生命に溢れる星をも作り出したものという。

あの時、宇宙から飛来した隕石によってもたらされた生命結晶は、宇宙そのものであった。

御手洗教授はプロトアニマを作り出す際に常に不安に駆られていた。それは、彼等、彼女達に死を与えることができなかったこと。唯一の方法は生命結晶を砕くこと。しかしそんなことは彼自身が作り出した多層精神構造に固く保護されて不可能であった。

そして、プロトアニマ達が考え出した方法は…… 。

 

ゴアマガラはプロトアニマ達の大いなる意志であるグランド・イドを取り込み、具現化された物。

 

『絶望により、精神を弱体化させ、生命結晶を吸収することが私の使命』

 

ゴアマガラは足を広げて体重をかけると、高々と吠える。辺りに広がる黒い霧が濃さを増し、触角が紫色に輝く。

 

「シズクさんは何に絶望したの?」

 

私は、弓を引き絞りながら問い掛ける。

 

『人類が殆ど滅亡した後、やっと生まれ、育ち始めた新たな人類が犯した愚行。そして、最愛の人の裏切り』

 

声の最後は嗚咽の中に消えていった。

一陣の黒い風の様な突進を紙一重で回避し、振り向くゴアマガラの頭部に矢を放つ。炸裂する矢を振り払うように頭部を振り払ったゴアマガラは、一瞬飛び上がり、すぐに両腕でたたき付けを行う。派手な攻撃であったが、攻撃範囲は意外と狭い。回転回避で避けた。

矢を番え、放ちながら、ゴアマガラの言葉の意味を考えていた。シズクさんが絶望したこと。人類の滅亡はあのグラビモス亜種による一斉攻撃の事だろうか。その後の人類の愚行とはなんのことだろうか。

 

『人々は残された大切な遺産を使い、同じ愚行をはじめた』

 

強烈な回転攻撃、かろうじて翼爪による大ダメージは避けることが出来たが、遅れて襲う尻尾に弾き飛ばされる。

 

『私は、最愛の人に騙されて、その愚行に手を貸してしまった』

 

膝を落として、ゴアマガラと向き合う私は、脇腹の痛みではなく、その言葉に涙が止まらなかった。

愚行とは、彼女か知らず知らずの内に手を貸していたギルド外交のことだろう。そして、最愛の人とは、やはり団長のことなのだろう。

「それは違う」

 

私は叫びながら矢を番える。団長がギルド外交に手を貸していたかどうかは、もう今となっては分からない。しかし、メゼポルタのギルド本部とは距離を置いている現状から、その可能性は低い。

そして、団長が、ギルド外交の為にシズクを利用したというのは絶対に違う。

 

なんとかゴアマガラに伝えてあげたいが、言葉では信じて貰えないであろう。

私ができる手段は…… 。

番えた矢を元の筒に戻し、弓を背中に担ぐ。鞘から抜き出したハンターナイフを両手で握りしめた。

 

迫るゴアマガラを見上げる。振り降ろされた翼爪を回避しながら、その懐に入り込み、腹部の甲殻に深々とナイフを突き立てた。傷口から黒い霧が吹き出し、私を覆い尽くす。

私を抱きしめるように、ゴアマガラは翼を閉じていく。

精神感応の媒体として、狂竜ウイルスを利用する。

即興で思いついた方法だった。

 

 

黒い霧の中。視界が意味を成さなくなり、私は目を閉じた。ゴアマガラの撒き散らした狂竜ウイルスは、私の体の中、細胞一つ一つ、その細胞を構成する微小域に侵入する。

私の意識にまで侵入した狂竜ウイルスにより、ゴアマガラの意識と私の意識が結合された。

プロトアニマ達の絶望の記憶が私に送りこまれ、私の意識がゴアマガラに送り込まれる。

 

 

 

 

長い浮遊感の後、目を開けた私は、漆黒の闇に包まれていた。

しばらくして目が慣れてくると、私はそのあまりにも美しい光景にため息を漏らす。

 

いったいどのくらいの数があるのだろうか。私のまわりを無数の光の点がとりまいている。まるで見上げた夜空のよう。

この光一つ一つが、プロトアニマ達の生命結晶の輝きなのだろう。

その中でも特に明るく緑色に輝く星に近づく。

 

『やっと会えましたね』

 

シズクの声が響く。光は、私が近づくにつれて徐々に広がり、うっすらと女性の形を作り出す。

 

『どうしてこんなところにまで来てしまったの』

 

私はシズクの声に頷くと、その光に抱き着いた。力いっぱい。

 

「あなたに本当の事を知ってほしかったから」

 

更に強く抱きしめる。私の体が赤々と輝きだす。

二つの生命結晶が混ざり合う。

 

「私の中の大切な思い出。お母さんに一つだけあげるね」

 

 

 

 

ナグリ国。国王の歓迎会に呼ばれた太陽の団の団員達。

幌の中、団長はキャラバンの奥の箪笥から木箱を取り出し、大切に畳まれた白いドレスを両手で抱えるようにして取り出し、私に見せた。

「ふられちまった嫁さんのものなんだが、着てくれないか」

 

ハット帽を深く被りなおした団長は、照れを隠すように笑う。私は頷きながらそれを受け取った。

 

「どう? きつくない?」

 

背中のホックをとめてくれていたエルザが鏡の中の私を覗き見る。

大丈夫と私は頷く。

 

「よかった。ぴったりだね」

 

エルザは腰に手をやり、私の全身を眺める。

立ち位置を変わり、今度はエルザが鏡の前に立つ。

 

「そのドレスはね、団長さんがフィアンセの為につくったウェディングドレスなの」

 

エルザのドレスのホックとめていた私は驚きで手を止める。

 

「やっぱり、ちゃんと言ってなかったみたいね」

 

姿見で全身を確認していたエルザは立ち尽くす私に向き合う。

 

「団長のフィアンセのシズクさんはそのドレスを着る事なく死んでしまったの」

 

私は自分のドレスを眺める。まだ誰も袖を通した跡がない純白のウェディングドレス。

 

「団長はね、何かに迷った時はいつもそのドレスを見ているの」

 

エルザは私の後ろに立ち、私の銀髪に櫛を通す。

私の髪を結いながらエルザは鏡に映る私の目を見つめる。

 

「シズクさんを死なしてしまった失敗を繰り返さない選択が最良の選択だって私に教えてくれた」

 

髪を結い終わったエルザは私の前に立つ。

 

「あなたにもいろいろ思う事はあると思うけど、団長が着てほしいと言ったなら、着てあげてほしいの」

 

エルザの目が涙で潤む。

 

「じゃあ、先に出るから、合図したら出てきてね」

 

私の両肩を叩いたエルザは、キャラバンの幌を開けようとして振り返る。

 

「その姿、団長にちゃんと見せてあげてね」

 

頷く私を見てピースサインを作り、エルザは幌の外に出て行った。外から男性陣の感嘆の声が聞こえる。

 

幌の隙間からエルザが顔を覗かせる。私は頷くと、幌を開けて外に出る。息を呑む団員達。階段を歩く度に長いスカートの裾がひらめき、複雑に折り込まれたレースが優雅に揺れて光を放つ。

ハット帽を目深に被る団長。歩み寄り覗き込む私の目に写ったもの。

それは、私の姿を写し込み、とどめなく溢れる涙であった。

 

 

 

 

暗闇に光が溢れる。シズクの生命結晶が回転を始め、急激に光量を増していく。弾き飛ばされた私は高速で光の中から黒い霧の中を通過する。高速で移動しながら私はシズクの言葉を聞いた。

 

ナイフが突き立てられた漆黒の甲殻が割れていく。ゴアマガラの体が激しく揺れ、ナイフが抜け落ち、割れた甲殻が散らばる。傷口の近く、割れた甲殻の下に白銀に輝く甲殻が見えた。

私はナイフを鞘に納めながら、ゴアマガラの翼の中から抜けだし、地面を転がる。なんとか上半身をあげてゴアマガラを見上げる。

ゴアマガラは自らの頭部を翼爪で掻きむしりながら後退していく。触角が崩れ落ち、体中から狂竜ウイルスを吹き出している。周囲の黒い霧がより濃くなっていく。

後退をやめたゴアマガラは翼を広げると、一気に遥か上空に飛び上がった。

 

風圧に地面にはいつくばる私の体の上に、数え切れないほどの黒い羽根が、まるで落ち葉のようにゆっくりと舞い落ちる。

 

立ち上がった私は、腰に下げていた信号弾を上空に打ち上げた。

黒い霧を突き抜けて、上空に打ち上げられた信号弾は、軽い破裂音の後、緑色の煙をたなびかせた。

 

 

 

 

砂漠を駆ける砂上船。

私は甲板で手摺りに顎を乗せて、遥かに広がる砂原を眺めていた。かつてバルバレで狩りをしていたころ、何度も見た景色。

こうして眺めると、ロックラック周辺の砂漠とは、砂山の形状や、砂の色が微妙に異なることに気づく。

髪をなびかせる風も、乾燥したロックラックのそれに比べて少し湿り気を感じる。

新旧大陸をさまよい歩き、バルバレを離れる前には感じることができなかった子細な特徴を感じとることができるようになっていた。

砂粒が荒いのか、ロックラック周辺の砂上船に比べて揺れが激しい。

所々に顔を出す岩山を迂回するように砂上船は曲がりくねりながら走る。

 

「どうした。浮かない顔だな」

 

声の方を向くと、団長が手摺りに手を置き、砂漠の景色を眺めていた。

 

「どうしても帰りたかったんだろ」

 

私は頷き、団長に笑いかけた。

 

「帰りたい気持ちが強すぎて、いざ帰るとなると、どんな顔して戻ればいいのか分かりません」

 

私の言葉に団長は高笑いをする。

 

「故郷ってのはそんなもんさ」

 

私は団長から視線を外し、地平線を眺める。

 

「団長」

 

私の呼び掛けに、団長も地平線を眺めながら、

 

「おう」

 

と頷く。

ゴアマガラの意識の中、最後にシズクから聞いた言葉を団長に伝えなければならない。

 

「シズクさんに会いました」

しばらく沈黙が続く。

 

「そうか」

 

団長は表情を変えることなく頷く。少し船が揺れる。

「元気にしてたか」

 

手摺りを握る団長の手に力が入るのを感じた。

 

「シズクさんから言伝てを預かっています」

 

私は砂漠を眺める団長の耳元に顔を寄せて言伝てを囁く。

砂山に乗り上げた船が軋む音をたてて船底を砂原に叩きつける。

手摺りから手を離した私は、笑顔で団長から離れた。顔を真っ赤にした団長は目を見開き、地平線を見つめていた。目をつぶり、笑い出す。

 

「ありがとな」

 

団長は吹っ切れたような笑顔を見せていつものように高笑いをする。

 

 

 

 

弾むような足取りでタラップを走り、夕暮れのバルバレの港に降り立った。

仕事を終えた船乗り達が額に汗を光らせて荷物を下ろし、船の整備をし、談笑している。いつもと変わらないバルバレの港の風景である。

 

必ずここに戻ると決めて、二度と戻ることが出来ないとあきらめた場所。

 

目を閉じる。心地好い雑踏の響きが耳に流れ、乾いた風が私を取り巻く。目を開く。夕暮れの空に偉容を誇るギルドの大船が見える。帰ってきたんだ。

フワフワした足元にやっと実感が湧く。乾いた空気を大きく吸い込む。

 

「よく帰ってきたな」

 

私の横に立つ団長が大きな手で私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「うん」

 

頷く私に団長は笑いかける。

 

「さあ、行こうか」

 

荷物を抱えた私と団長はギルドの大船に向けて歩きはじめた。

 

ギルドの大船に向かう通り沿いに、懐かしい店構えが見えた。先行してバルバレに到着していたカガリが、店の前に道具を並べて開店の準備をしている。

店から荷物を抱えて出てきたペルヴェが私に気付き、荷物を床に放り投げる。涙を拭きながら駆け寄り、しがみつくように私に強く抱きついた。

 

「心配かけてごめんね」

 

私はペルヴェの金色の髪を撫でてあげた。団長から聞いた話では、半独立国であるナグリ国にいたペルヴェを介して、太陽の団員やマリア達は手紙でやり取りを繰り返し、イズナを探し続けていたという。団長がロックラックでイズナを見つけたのも、ナジム達が、辺境の町でロックラック行きの高速砂上船に乗るオトモアイルーを連れたハンターを見かけた、との情報を得たことからだったらしい。

 

「声、よかったね」

 

ペルヴェは涙を滲ませた大きな瞳で私を見上げて笑う。

 

「うん。ペルヴェが1番頑張ってくれたって聞いたよ」

 

頭を私に擦りつけるペルヴェ。

 

「イズナが帰ってきてくれてほんとによかった。もう勝手にどっかに行かないでね」

 

私は、見上げるペルヴェに頷く。顔を袖で擦りながらペルヴェは私から離れた。

 

「エルザのところに行ってあげて」

 

カガリの店を離れて、団長とともにギルドの大船に向かって歩きはじめる。

右手に団長のキャラバンが見えた。

 

「荷物置いてくるから、な」

 

団長はキャラバンの向こうを指差すと、私の分の荷物も奪い取り、キャラバンに向かって走る。

 

団長が指差した方、小さな椅子に、ぶ厚い本が乗せられたテーブル、忘れもしない。はやる気持ちを押さえて、ゆっくりと近づいていく。

緑色のポンチョにショートパンツの女性が、キャラバンの壁の看板を広げるようと悪戦苦闘している。私は近寄ると、悪戦苦闘の原因である、板の隙間に引っ掛かっているカエルのぬいぐるみの足を抜いてあげた。折り畳まれた看板が勢いよく開く。張り付けられていたクエスト依頼書が舞い散った。

 

「あららー 」

 

エルザは慌ててしゃがみ、散らばった紙を拾いあげる。エルザの横にしゃがんだ私は散らばった紙を拾い、彼女に差し出した。

 

「どうもすみません」

 

紙を受け取るエルザは、やっと私と目を合わせる。

獄狼竜一式装備、背中にはリュウガン、頭には犬耳、そして、カエルの髪飾り。

 

「イ、イズナ」

 

エルザはしゃがんだまま、私に顔を近づけた。

 

「うん。ただいま」

 

私は頷く。感情が弾けたように、嗚咽の声をあげてエルザが私に抱きつく。

 

「お、おぎゃえりなざい〜〜」

 

 

キャラバンから出てきた団長はうらわかき女性二人がしゃがんだまま抱き合う様子を腕を組んで眺めていた。

気付くと、回りに人だかりが出来ていた。

団長はしゃがんだままエルザと抱き合う私に近寄り、背中を指でつつく。

顔を上げた私は回りに人だかりが出来ていることに気付き、泣き崩れたままのエルザの肩を支えて立ち上がった。

 

「ギルドに報告に行ってくるね」

 

俯き眼鏡を外して顔を拭うエルザの顔を覗きこむ。

 

「うん」

 

エルザは眼鏡をかけ直すと笑顔で答えた。

 

 

 

 

出入口のカーテンを押し開けて団長に続き集会場に入った。いつもと変わらない、ギルドの風景が広がる。右手には、狩りから帰ったハンター達が祝杯をあげるギルドバー。立ち話をするハンター達の雑踏の声が高い天井に響いている。

立ち話をしているハンターの一人が私と団長に気付き、声をあげ、道を開けてくれた。

筆頭ハンター達の危機、救援に駆け付けた紅蓮の女神の話は、ここにいる皆の知るところになっていた。様々な装備のハンター達が話をやめて、カウンターに向かって歩く団長と私を尊敬と、畏怖の眼差しで眺める。

ハンター達はみな、担いでいる武器を取りだし、体の前に立てて、私に向かって敬礼をする。難関クエストを達成した者への敬意の現れである。

人垣の先、ギルドカウンターの手前には、マルコスとマリアが私達を待っていた。階段を駆け降りたマリアが私を抱きしめた。

 

「あんた、よくがんばったね」

 

強く抱きしめるマリアの腕の中で、ユクモでの辛い別れを思い出す。

 

「体は大丈夫?」

 

いろいろな思いが溢れる、それだけ言うのが精一杯だった。

 

「温泉のおかげでちゃんと治ったよ。ありがとう」

 

抱きしめる手を緩めて、マリアは私の顔をながめ、髪をなでる。

 

「なんか、吹っ切れたんだね」

 

照れ笑いする私にマルコスが歩み寄り、右手を差し出す。

 

「カイトとガルティアを助けてくれて、本当にありがとうでござる」

 

私はその手を握りかえした。

 

「怪我をした時はお互い様って、あなたから教わりましたよ」

 

リーダーは顔を真っ赤にして、慌ただしく右腕を戻す。

 

「ちょっと、どいて!」

 

立ち尽くすマルコスを脇によせて、イリアを先頭にエリカと銅鑼姉ちゃんが私に抱き着く。

 

「ずっと心配してたんだよ」

イリアが私に顔を擦りつける。

 

「ペルヴェちゃんからいろいろ聞いてたんだ」

 

エリカは少し離れた場所で笑う。

 

「また銅鑼鳴らしてあげるよ」

 

腕を組み涙顔を崩して笑う銅鑼姉ちゃん。

 

「感動のところ悪いが」

 

ギルドマスターが後ろ手に私に歩み寄る。

 

「きゃつの目撃情報じゃ。緊急クエスト『廻り巡りて回帰せん』」

 

今度こそ決着をつけなくてはならない。私は頷く。

 




手負いのゴアマガラは、東大陸海を越えて竜人族の国へ向かう。
古い言い伝えの通り、天を巡り廻り回帰した黒のハンター。そして、この広大な大地を巡り、絶望の淵から回帰したイズナ。
過去の罪を償う為に生き続ける黒のハンター。絶望を乗り越え、今という時を生きるイズナ。遥か天空の地において、二人の狩人による決戦の火蓋が切られる。

次回
「第33話 天空の決戦」
お楽しみに。
では、よき狩りを。

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