「第4話 入団」
どうぞ。
岩陰に腰を下ろし、回復薬を口に含み、息をひそめて体力の回復を待つ。
採取クエストの入団テストをクリアした次の日、私は大型モンスターの入団テストとしてドスジャギィの狩猟に遺跡平原を訪れていた。
当初、出会ったドスジャギィにペイント瓶を使用しペイントに成功し、順調にダメージを与えていたが、ジャギィとその雌であるジャギノスの群れに襲われ思わぬダメージを食らい、なんとか逃げだし、岩場で息を整えていた。
ハンターの手引を広げると、ジャギィ達の群れに遭遇したのは遺跡平原から右手に岩山の頂きを見ながら回り込んだ、蔦の広がるエリアになる。蔦に覆われ、ジメジメとぬかるむ地面の細長いエリアは、モンスターとの距離が重要である弓にとっては非常に戦いにくいエリアになる。
手引を閉じ、懐中時計をみると、すでに2時間が経過していた。ポーチから生肉を取り出し、携帯肉焼機を広げると、あの歌を鼻歌で唄いながらこんがり肉を焼き、貪り食べた。
スタミナが回復し、体の奥から力が湧いてくるのを感じる。
さて、どうしたものか。何気なく調合書をめくってみる。
入口から奥に続く細長いエリア。群れはエリアの奥から私に向かって一斉に走りよってくる。薄暗い蔦の下……。
あるページで手が止まる。
材料を確認する。まず石ころとネンチャク草。平原にはふんだんにある素材。このクエスト中にも採取しており、ポーチから取り出した。まずこの二つを調合する。すぐに素材玉ができあがった。できあがった粘着性を持つ玉を横に置く。
次にこれを光蟲と調合する。振り回した虫取り網にバッタや蝶々にまじって、うっすらと光を放つ小さな丸い虫がいる。これが光蟲らしい。光蟲をつまみ上げて革袋に放り込み、さらに素材玉を入れる。
出来上がったのは黄色い小さな玉。つまみ上げて見てながめる。閃光玉である。
ジャギィの巣のエリアに入る。早速、私に気付いて駆け寄ってくるジャギィとジャギノス達。ぎりぎりまで引き付けて、取り出した閃光玉を先頭のジャギィの鼻先に投げつける。目を伏せた私にも分かるくらいの強烈な閃光が辺りをつつむ。
目を開けると、ジャギィ達が目を回しふらついている。すかさず矢を構え、一匹づつ狙い打ちにしていく。
最後に残っていたジャギノスが私に飛び掛かるが、回転回避で攻撃をかわし、振り向きさまに矢を放つ。 すべてのジャギィとジャギノスは一掃できた。
エリア内を見渡すと、目当てであるドスジャギィは倒れたジャギィ達の向こうに体を丸めて寝転び、はなちょうちんを膨らませていびきをかいている。自分の群れが全滅したのに悠長なものである。
私は、矢の適性距離まで音を立てずに近づき、力いっぱい弦を引き、矢を放つ。矢はドスジャギィの頭部に命中し、ドスジャギィは飛び起きて回りを見渡している。
次の矢を番えて、狙いを定めた私は、ドスジャギィから今までと違う威圧感を感じて一瞬矢を放つのが遅れた。
ドスジャギィは、自分の群れが私によって全滅させられたことに気付いたのだろう。自らの残り少ない体力も反りみず、鼻から白い蒸気を吹き出しながら怒り狂い、今までとは比べものにならない程素早い動きで体全体でタックルをしかけてきた。
放たれた矢はドスジャギィの背中の上を通過し、攻撃直後で硬直状態にあった私は、その捨て身の攻撃をまともに体で受け止めてしまった。無意識に後方へ飛び下がり、首を胸の方にまげ、受け身の体勢をとる。 背中から腰の辺りに激痛を感じながら、地面を転がる。蔦に覆われた青空と、ジメジメした苔むした地面が目まぐるしく回転する。最後は蔦の絡まる石柱に体を打ち付けられ、苔の上に横たわり、空を見上げていた。
なんとか弓を握ろうとしたが、手には何も握られていない。激痛に顔を歪めながら首を曲げて横を見ると、体を起こせばすぐに手に取る事ができるような距離だが、今の私には遥か彼方に思えるところにハンターボウが転がっている。死の恐怖に全身の毛が逆立つ。
首を上げて、当たりを見渡すと、こちらに見向きもせずに足を引きずり、エリアから逃げ出すドスジャギィが見えた。
私は再び空を見上げる。
(助かった)
全身の力が抜けた。
モンスターといえども、自分の仲間が殺されれば、己の命など反りみず、捨て身の攻撃を仕掛けてくることがある。それが群れを率いるモンスターを狩るということの難しさなのだろう。手引には書かれていないが、ハンターとして知っていなければいけないことだった。
(ハンター失格だ)
私は激痛に堪えて、石柱を支えにして上半身を起き上がらせた。石柱に背をもたれて、ポーチから薬草で包んだ回復薬を取り出し、震える手で口に運んだ。回復薬の苦みが、折れかけた私の気持ちを前向きに変えた。
四つん這いになって移動し、ハンターボウを拾い上げた。腰の激痛は取れないが、両手足は思うように動かすことができた。
石柱に手をかけながら立ち上がる。腰に手を当てると、ブレイブ装備の背中から腰にかけてが原形を留めない程に歪んでいるのが分かった。この装備がなければ立つことは出来なかっただろう。加工屋の丁寧な仕事のおかげである。
私の不注意で大切な装備を壊してしまった後悔に襲われる。 気を取り直して、ゆっくりと歩き始めた。
狩らなければ狩られる。
厳しいハンターの掟が私を前に前に進ませていた。
ドスジャギィの亡きがらから、丁寧に素材を剥ぎ取り、その場に座り込む。
腰に提げていた信号銃に弾を込め、上空に向かって打ち上げた。雲一つない青い空で炸裂した信号弾から白い煙が雲のようにたなびいた。
空になった銃を下ろすと、私は、ふと、目を閉じたドスジャギィの頭を少し撫でてみた。
*
クエストから戻ると、すぐに団員達が駆け寄ってきた。
ギルドから私が怪我をしたと聞いていたらしいが、普通に歩く私を見て皆が胸を撫で下ろしたようだった。特に団長の狼狽振りは目に余るものがあったが、私の無事を確認すると、
「まあ、これで正式に太陽の団のハンターと認めよう」
と言い気をとりなおすと、両腕を一杯に広げる。
「ようこそ、我らの団へ」
私は大袈裟に言う団長の胸に飛び込まず、カガリの前に立ち、壊れた装備を見せながら頭を下げた。
「あんたが無事ならそれでいい。気にせず存分に狩れ」
カガリは言って私の肩に手を置くと、はずかしそうに店に戻って行った。
「取り合えず、入団式だ。ナズナ!」
高笑いしながら団長が言う。横に控えていたナズナが胸を張る。
「準備万端だニャ」
「やったー」
エルザがどびあがって私の手をとる。
その日の夕方、太陽の団一行は、バルバレの商業地区にやってきていた。まわりは夕食の準備のための買い物客で混雑し、みな慌ただしく歩いている。
【狩人酒場】と看板が掲げられた建物の前に来て皆が立ち止まる。ナズナがまず店に入る。
しばらく店の前で待っていると、ナズナとタキシード姿の店員が姿を現した。
「どうぞこちらに」
店員の案内で、私たちは店に入り、カウンターと、3卓のテーブル席だけの1階を通り抜けて、階段を上がり、屋上に出た。
【ようこそ太陽の団へ】
すぐに横断幕が目に入ってきた。屋上は貸し切りのパーティースペースになっており、植栽の鉢植えが並んだ中、中央にテーブルと椅子が5脚揃えられている。横断幕は吊り下げられた照明のロープにくくり付けられていた。
植栽に近づきよく見ると、星やモンスターの形に器用に折れた折り紙の飾りがいくつもくくり付けられている。
私がその飾りを手に取ってながめていると、ナズナが私のスカートの裾を引っ張る。見ると自慢げに胸を張っている。ここ2日ほど、ナズナの姿が見えなかったのはこの準備の為だったのだろう。私はナズナに丁寧にお辞儀をするとともに、入団試験はいったいなんだったのかと首を傾げた。
全員が椅子に座ると、団長が立ち上がる。
「無事、入団試験をクリアし、あまたいた希望者のなかから、イズナが我らの団に入団することとなった」
団長は言いながら、テーブルの上にあったボトルを掴み、灰色の広口の盃に中身をそそぐ。
「ここに我ら太陽の団団員として、入団の契りを交わしてもらう」
ここに来る途中、エルザに聞いたところによると、猟団への入団とりわけ、ハンターが入団する時には、猟団のために命を懸けるハンターに敬意を表して出来る限り派手にもてなすのが通例らしい。
入団式の段取りもほぼ決まっているらしく、ドンドルマ産の酒を、飛竜リオレウスの頭蓋骨で作られた盃で回し飲みすることから始まるらしい。つがいであるリオレイアを身を呈してでも守るという伝説に端を発するドンドルマ流の入団式だそうだ。
団長から盃を受け取り、中の酒を一口含み飲む。かなり度数が高い。いきなり体中が熱を帯びる。横に座ったカガリに盃を回した。
全員に杯が回ると、今度は各自のグラスに団長が酒を注いで回った。団長は自分のグラスにもなみなみと酒をそそぐと、グラスを持って立ち上がる。回りをみるとみなグラスを片手に立ち上がっている。私も立ち上がる。
「よき狩りを」
団長はグラスを高く掲げて、酒を飲み干した。団員達も、口々に
「よき狩りを」
と叫び、グラスを掲げて酒を飲み干した。私も真似をしてグラスを掲げて飲み干す。
団長はグラスをテーブルに置くと、懐から、革封筒を取り出し、中に入っていた羊皮紙をテーブルに広げた。団員名簿と書かれ、団員達のフルネームが記入されている。
ドンドルマを中心とする広い地域では、名前は特別な魔力を持つと伝えられており、日常生活においては、名前の一部しかお互いに呼び合うことはない。
私は、団員のフルネームを胸に刻みこんだ。よほどの事が無ければフルネームで呼ぶことは許されない。例えば、結婚式や、命が尽きた時。
私は団長から渡された万年筆で、名簿の一番下に
『イズナ』
と記入した。こうして団員の秘密を共有することで、団の結束を図っているのだろう。
「我の団のハンターよ。よろしくな」
「ハンターさん。よろしくね」
「よろしく、ハンター」
「ハンターさん、よろしくニャ」
みなが言いながら拍手する。
厳粛な儀式はそこまでで、それからは、今までの食事から考えられない程の豪華な食事が運ばれてき、宴会が始まった。といっても、最初の酒で酔いがまわってしまった私は、ほとんど料理に手を付けれず、テーブルに突っ伏していた。どうやら私はかなりお酒に弱い体質らしい。
顔を上げると、エルザは酔い潰れ、椅子にもたれて目を閉じ、ナズナは床でひっくり返り、カガリはテーブルに顔をつけて大いびきをかいている。
辺りはすっかり暗くなり、吊り下げられた照明が淡いオレンジの光を発している。
私はふらふらと立ち上がり、姿の見えない団長を探す。団長は屋上の端の段差に腰掛けて、チビチビと酒を口に運んでいた。
「お、どうだ酔いは醒めたか」
近寄る私に気づいた団長が私にグラスを渡そうとするが、私は首を振って断った。
「ハンターたるもの底抜けに酒を飲め」
団長は酒を一口飲むと、屋上から見える夜景に目を移した。立ち並ぶキャラバンの明かりが散りばめられ、ギルドの大船がライトアップされて闇夜に浮かんでいる。
「昔の友人がよくそう言って、無理矢理飲まされたもんさ」
団長は言いながら、ハット帽を脱ぐ。
「この帽子はな、その人から貰ったんだ」
照明に照らされる赤いハット帽。団長が危険を省みずダレン・モーランに走りよった理由がわかった。ただ、今でもくっきりのこる私の歯型が痛々しい。
「俺はな、その人の命を奪ったモンスターを探して旅をしている」
団長はハット帽を被り直し、グラスの酒に口をつける。酒を飲み干すと、団長は私に向き直す。
「あんたにはあんたのしなくてはならないことがきっとある。それが見つかるまてでいい、俺の旅に付き合ってくれるか、退屈はさせないつもりだ」
私がしなくては、ならないこと。
私は……。
そう。私は自分とは何物なのか探さなくてはいけない。ちゃんとした名前を猟団名簿に書けるようになりたい。
私は団長の目を見て頷く。
「よろしくな、ハンター」
団長は右手を差し出した。私はその手を強く握りかえした。
【太陽の団】、ギルドカードに書き加えられた文字をニヤニヤしながら一人眺める。
「ハンターさん、何ニヤニヤしてるんですか」
ビクッと身を震わせて振り返る。エルザがキャラバンを覗いていた。咄嗟にギルドカードをポーチになおす。
「団長が捜してたよ。ギルドマスターから呼び出しがあったみたい。なんだろうね」
次回「第5話 怪鳥」
お楽しみに。
では、よき狩りを。