「第8話 休日」
どうぞ。
バルバレの商業地区。目抜き通りの噴水広場横に、大手喫茶店チェーン店【タンジア珈琲バルバレ噴水広場店】がオープンした。
海運交通の要所に位置し、大陸一の物資の集積所であるタンジアの港で生まれた小さな喫茶店が発祥で、いまでは大陸中にチェーン展開を広げている。港町の利点を生かし、世界中から集まった珈琲豆から旬の豆を厳選し、発祥当時から変わらない伝統の方法で挽かれたタンジア珈琲はどの町でも人気で、地元喫茶店の脅威となっている。
祈猟祭の今日、大陸中央の大都市ドンドルマでは、町中に人が溢れ、巨大なモンスターの張り子が町を練り歩いている頃だろう。
この日、年に一度、大陸中のギルドマスターがドンドルマに集いギルド長老会議が開かれるため、ギルドマスターが不在となるバルバレでは休日の一つになっている。商人達にまじって、普段厳めしい甲冑姿のハンター達も普段着で町に繰り出している。
混雑した大通りに根を下ろした大木の下がちょうどタンジア珈琲のテラスになっており、そのテーブルの一つを囲むように若い女性が5人で座っている。テーブルの上ににはそれぞれが持ち込んだマイマグカップに混じり、パンケーキ、クッキーなどの皿と雑誌数冊がところ狭しと載せられている。
下位受付娘イリアが足元のかばんから雑誌を取り出す。
「じゃーーん」
と雑誌をかかげるイリアに、上位受付娘エリカが口にスティッククッキーをくわえながら
「今月号の『狩りに生きる』じゃん」
吐き捨てるように言う。
「ちっちっ、これよ、これ!」
イリアは雑誌をテーブルの上に置き、表紙を指差す。
【シリーズ筆頭ハンターに聞く】
表紙一面に銀色の長い髪の男性が載っている。
私とエルザは同時に口に含んでいたコーヒーを吐き出した。
「ちょ、なにするのよ。朝一で並んで買ってきたのに」
慌てて手元のハンカチで雑誌を含拭くイリア。私とエルザは顔を見合わせた。
(ござる様だ)
あの、ござる弁に早口、小声、後にござる様と名ずけたリーダーマルコスが澄ました顔で表紙を飾っている。
「ああ、筆頭リーダーさまぁ」
イリアが雑誌を胸に抱く。
「ちょっとイケメンてだけで澄ましてて私は嫌い。どっちかってと、筆頭ガンサー様の渋さったらもう」
エリカはうっとりと空を見上げる。
「はい、はい、で筆頭リーダー様は何とおっしゃられているの」
銅鑼ねえちゃんが雑誌を取り上げ、かぶりつくように雑誌に見入る。取り戻そうと手をばたつかせるイリアを片手で軽く抑えながら雑誌を開く銅鑼ねえちゃん。伊達にハンマーを担いではいない。
【本誌編集長タガイルが送る筆頭ハンターに聞くシリーズ第1弾! 筆頭リーダーに聞く狩りの神髄】
タガイル(以下タ):筆頭ハンターに聞くシリーズ、第1弾は白銀の双牙こと筆頭リーダーに来ていただきました。よろしくお願いします。
筆頭リーダー(以下筆):よろしくお願いします。
ページには飾り椅子に座り、真面目な顔で話すマルコスが1ページまるごと写っている。顔を真っ赤にして笑いをこらえるエルザ。
タ:忙しいところすみません。それにしても、すごい人気ですよね。
筆:町にいるより狩場にいる方が長い生活を送ってきたので、そんな実感はありませんよ
タ:謙遜しないで下さい。飛ぶイャンクックも落とす勢いですよ。今や、バルバレのファッションリーダーにして、本誌調査でも、彼氏にしたい男性No.1、夫にしたい男性No.1、一緒に狩りに行きたい男No.1、ハンター一式装備が似合う男性No.1、と総なめ状態ですよ。
筆:有り難い話しです。
タ:最近では、リオレイアを狩猟されたそうですね。
筆:ええ。ドンドルマにいたときから得意としていたモンスターですからね。なんとか狩猟出来ました。
タ:狩りをする時はどのような事を考えているのですか。
筆:頭の中は空っぽですね。モンスターと対峙したときは体が勝手に動きますね。呼吸みたいなものです。雑念が入ると、無駄な動きが出てしまう。これがいけない。雑念が消えて、モンスターと向き合い対話できたとき、スマートな狩りができますね。
エルザが必死に笑いを堪えている様子が伝わる。
タ:狩りの境地ですね。では、狩りに行かない、例えば休日はどのように過ごされているのですか。
筆:そうですねぇ。体を休めるために、読書や、音楽を聴いています。狩人、特に双剣使いにとってはやはりリズムが大切ですからね。
タ:休日でもやはり筆頭ハンターなのですね。では、次に、本誌の読者からの質問です。
えーー、これ、1番多かった質問なのですが、好きな女性はどのような女性ですか。
銅鑼ねえちゃんが生唾を飲み込みながらページをめくる。
(無口な女性)
エルザが私の耳もとで囁く。
筆:好き嫌いなんてありませんよ。でも、こんな仕事してると、やはりハンターに理解のある女性がいいですね。理想を言えば、狩りで背中を預けれる女性。休日は身も心も休ませたいので、どちらかと言えばもの静かな女性に惹かれます。見た目にはこだわりはありませんが、髪は長からず、短からず、目がきりっとし、体格はすらっとしていて、ぱっと見はおとなしく、危なっかしい感じでも、芯に強さを持っている女性がいいですね
タ:随分具体的ですが、意中の女性でも。
筆:あくまで理想です。
エルザが私の脇腹を肘でこ突く。
他の女性も雑誌から顔を上げて私の方を見る、というか睨みつける。
「まさかね」
3人が同時に呟く。
「私もハンターになっちゃおかな」
イリアが伸びをしながら呟き回りを見渡す。エリカと銅鑼ねえちゃんは押し黙ったままである。
「ちょっと、人がビックリ発言してるのに、何もの静かな女性を演じてるんですか」
イリアは横に座るエリカの肩を揺する。
「筆頭リーダー様〜 」
ため息混じりに小声で銅鑼ねえちゃんが呟く。皆が意外な表情をして銅鑼ねえちゃんを見る。
「なによ。私が恋しちゃダメなの」
ぶすっとした表情で声を荒げる銅鑼ねえちゃん。
「筆頭リーダー様が出発するときはいつもより半歩踏み込んで銅鑼鳴らしてるのよ」
銅鑼ねえちゃんは言い、恥ずかしそうにコーヒーに口をつける。
イリアは意を決した表情で私を見て言う。
「ハンターちゃんはどうなのよ」
私は慌てて両手の平を顔の前で振る。
「それがねぇ、心当たりが無いわけではないのよね」
私の横で、エルザが考え込むように目を閉じ、腕を組む。受付娘2人と、銅鑼ねえちゃんは身を乗り出し叫ぶ。
「どういうこと!」
エルザは薄目を開けて私の方を見る。私はパンパンにほっぺたを膨らましてエルザを睨みつける。エルザは吹き出すと、私に抱きついて来た。
「かわいい! ハンターさんは、わたしのものなの。誰にも渡さない」
私はエルザの腕のなかで身をよじる。受付娘2人と銅鑼ねえちゃんは、納得出来ない様子で椅子に座り直す。
「お揃いの髪飾りとか、ちょっと怪しいとは思ってたけど」
銅鑼ねえちゃんはコーヒーを飲みながら私とエルザの方を見る。エリカはケーキを口に運びながらちらちらと私達の方に視線を向けている。イリアはまだ納得いかない様子で、こちらを睨みつけている。
気まずい空気を破ったのは男性の声だった。
「あれ、エルザさんにイズナさんじゃないっすか」
パーカーを着たカイトが空気を読まずにテーブルに近づいて来る。
「受付のお姉さん方と、銅鑼のあねさんまで、こんな美人さんが集まって」
「うるさい! あんたはあっちいってな」
銅鑼ねえちゃんの一喝に
「ひどいっす」
言いながらルーキーは肩を落として去っていった。誰からともなく、笑いが起きた。
日頃の狩りの無事と、素材を与えてくれたモンスターに感謝し、狩られたモンスターの魂の安寧と転生を祈る祈猟祭の午後の時間がゆっくりと流れていく。
*
不思議なリズムに乗って踊っている、としか表現出来ない攻撃だった。2種類の剣を巧に操り、一定のリズムで切り刻んでいるかと思えば、敢えてリズムを狂わせて、踏み付けようとする足をかわして一撃を加える。
採取クエストのため、遺跡平原をウロウロしていた私とナズナが渓谷の中、天然の岩の橋の下でアオキノコを採取していたときだった。近くのエリアから耳をつんざくモンスターの大咆哮が聞こえ、私は思わず立ち上がり、回りを見渡した。
「リオレイアの大咆哮ニャ」
ナズナがポーチにアオキノコを突っ込みながら辺りを伺う仕種をする。
最近、遺跡平原でも、リオレイアの目撃情報が相次いでおり、ギルドカウンター横の掲示板でも注意を呼びかけていた。
陸の女王リオレイア、一目でいいから見てみたい。 私はポーチに握っていたアオキノコを入れると、声のした方に歩き出した。ナズナが私の腰装備の裾を引っ張る。
「見てみたい気持ちは分かるニャ。でも、一つだけ約束して欲しいニャ」
私は立ち止まり、ナズナと向き合う。
「絶対に手を出さないこと」
ナズナは私の目を覗き込み言う。今の採取クエスト用の所持品では到底狩猟することは出来ないことは分かっていた。私はナズナの目を見ながら頷いた。
エリア際で草むらに紛れ、音を立てないように頭を出すと、遥か向こうの平原に、草色の翼を広げるリオレイアが見えたた。
が、口から炎を燃やし、咆哮しながら足をばたつかせている。よくみると、リオレイアの足元にハンターの姿が見えた。筆頭リーダーのマルコスだった。
マルコスは2本の剣のうち、長い方剣でリオレイアの足の甲殻を削り取り、短い方の剣で肉を削ぎ落としていた。踊るような動きにはまったくの無駄がなく、繰り出される剣閃は目で追うのでやっとである。
「さすが筆頭ハンターニャ」
私の横でナズナがうなる。
マルコスの双剣の舞に見とれていた私は小さく頷く。マルコスは鬼人化状態を維持し切り付けていたが、潮が引くように身を引いていく。リオレイアは大咆哮を上げると、マルコスとは別の方向に突進する。リオレイアの突進の先には、盾を構えた筆頭ガンサーガルティアがいた。ガルティアは、その突進を身の丈はある盾で受け止め、カウンターの突きをリオレイアの頭部に突き刺した。
よろめいたリオレイアに
「よっしゃーー」
と奇声を上げて駆け寄ってきたのは筆頭ルーキーカイトであった。カイトは持っていた操虫棍を地面に突き刺すと、反動を利用して空に飛び上がり、リオレイアの背中に着地する。振り落とそうとして暴れるリオレイアの背部にしがみついたカイトはハンターナイフを取り出し、リオレイアの背中に突き刺す。衝撃に声を上げて暴れるリオレイアだが、巧にしがみついたカイトを落とすことは出来ず、ついに、その場に倒れこんだ。
すかさずガルティアがリオレアの頭部に砲撃を放つ。威厳を湛えた女王の頭部の甲殻が無残に崩れ飛び散る。よろよろと立ち上がったリオレイアは翼を広げ、地面に旋風を巻き起こしながら飛び上がる。ガルティアは盾で旋風を受け流し、カイトは地面の上を転がっていった。
エリアの別方向から砲撃の音が響く。見ると、黒髪のポニーテール、褐色の肌の女性、筆頭ガンナーがヘビーボウガンを構えて狙いを定めている。さらにもう一発の砲弾が放たれる。砲弾はホバリングしていたリオレイアの頭部に命中すると、爆発音を立てながらリオレイアの首や胸を貫通している。貫通弾を使ったのだろう。リオレイアは首を曲げ呻くような声をあげると、力無く地面に叩き付けられる。
一斉にハンター達は地面に横たわるリオレイアに集まり、マルコスが、足を、ガルティアが頭部を、カイトが尻尾を一方的に切り付けている。リオレイアは一瞬顔を持ち上げるも、力が抜けたように地面に突っ伏し動かなくなった。
私は握りしめた両手を開き、唾を飲み込んだ。握った両手は汗でびっしょりになっていた。
直ぐに剥ぎ取りに移るものと思っていたが、筆頭ハンター達は、納刀せずに討伐して地面に倒れたままのリオレイアに武器を向けている。不思議に思い見ていると、マルコスがため息をつきながら双剣を背中に納刀した。それを合図のように残りのハンター達も納刀する。
「違ったようだな」
ガルティアが呟き、腰からハンターナイフを引きだし剥ぎ取りを始めた。
私とナズナは目を合わせ、筆頭ハンター達が剥ぎ取りに集中している隙を伺い、隣のエリアに移動した。
日陰の岩場に腰を下ろして、一息つく。
圧倒された。
リオレイアの存在感に恐れなど微塵も感じさせない攻撃、圧倒的な手数、チームワーク。それぞれの武器の特性をめいいっぱい引き出した戦い方。的確なリオレイアの行動の把握。加勢しようなど微塵も思えなかった。何も出来ない自分が分かっていたから。
イャンクック、ゲリョスの討伐でハンターになった気がしていた自分が恥ずかしい。俯いて、両手を膝の上で握りしめる。そんな気持ちを察したのか、ナズナが肩をさすってくれた。
「一つづつ課題をこなしていくことニャ。ソロでイアンクックを狩った時のハンターさんはもっと怖かったニャ」
慰められているのだろう。ナズナの気遣いに心の底から感謝した。今まで無数の巨大モンスターを狩猟してきた彼らと、ハンターになったばかりの私では狩猟技術では比べものにならないことは当然である。ナズナの言う通り、少しづつ進歩できていたらそれでいいのだろう。
筆頭ハンター達の戦い方は一つの理想の形ではあるが、ソロでしか狩猟したことがない私の戦い方とはおのずと違ってきてしまうのだろう。
私は私の戦い方をするしかない。
心配そうにこちらを見ているナズナに作り笑顔をすると私は暗く、じめじめした岩陰から立ち上がり、走り始めた。
ナズナは私の作り笑顔に心底驚いた様子だったが、私の後を追って走りだした。
「団長!ほら」
「ほう、これは素晴らしい」
「どうです。見直しましたか?」
「ああ。しかし、すごいな」
へへっと鼻を鳴らすエルザ。
次回
「第9話 契約」
お楽しみに。
では、よき狩りを。