前回までの粗筋
ボスヤスフォートはクワ=トイネ公国と日本国との話し合いによる決着を提案するが国王ハー
ク34世に却下される。
パーパルディア皇国国家戦略局は日本の猟銃を分析した結果、盛大な勘違いをしてしまう。
神聖ミリシアル帝国の情報部員ライドルカは王国から脱出した獣人族から要望をうけ、使者と
してロウリア王国を訪れていた。
第二十二話 王国の闇
ジン・ハークで人気の酒場、竜の巣では冬に積もった雪を氷室に貯めて氷を作り、それで酒を
冷やして飲む。
ハリネズミの獣人でありA級冒険者でもあるヴィンス・ウィズは名物の麦酒を飲みながら、以
前から疑問に思っていたことを口にいた。
「なあライドルカ、ジン・ハークはかなり南に在るよな」
「たしかカルトアルパスとだいたい同じ緯度だったはずだ」
情報局員のエルフ男性、ライドルカが答える。
「ここ、雪降るの?」
「北のアルタラス島には行ったことあるけど、冬でも半袖で過ごせたほど暖かかったぞ」
「、、、、、、、」
酒場のロウリア人はなんてこと訊くんだという顔をしており、ライドルカは沈黙している。
「え、俺なんか不味いこと聞いた?」
もし転移後も日本の気候が変わらないと仮定する。
ロデニウス大陸は日本国より南にある。
クワ=トイネ公国の港湾都市マイハークは沖縄の千キロ南に位置している。
この星の大きさが地球の二倍だとしても、ロデニウス大陸は地球で言うと台湾からフィリピン
あたりに位置し、亜熱帯の気候になるはずである。
ロデニウス大陸の海岸線が北西から南東へ斜めになっていることから考えても、ジンハークは
沖縄より南であり冬に雪が降るとは考えられない。
もし雪が降るのなら転移後の日本国は寒帯に位置し、物凄く寒くなっているだろう。
数分の沈黙の後、ライドルカが口を開く。
「ロデニウス大陸の中央山脈に三か月ごとに四種の上位属性竜が渡ってくる。その影響で季節が
変わるんだ」
春は雲竜、夏は炎竜、秋は大地竜、そして冬は氷竜が来ている。
そのため雪が降るのである。
「何故竜族の中でも神龍に次ぐ上位属性竜がこの辺境の地に来るんだ?」
「前にロデニウス大陸には魔帝の遺跡は少ないと言ったな。実は数少ない魔帝の遺跡がここ王都
ジン・ハークの地下にある」
「正確には八龍の一体がここに封印されて、それを監視しているのさ」
古の魔法帝国はインフィ=ドラグーンの神龍に手を焼いていた。
神龍に対抗するため、光翼人がこの世界に転移してくる以前から彼らと敵対していた邪龍族を
捕獲、使役して戦わせていた。
その中でも強力な八匹の邪龍を八龍と呼ぶ。
かつてこの地には戦神の神殿があり、戦神は神殿の巫女との間に子供を作った。
戦神と巫女の間に生まれた半人半神の巫女は凄まじい力を持ち魔帝を手こずらせたという。
彼女に対し、魔帝四貴族の一人であり魔法帝国邪龍軍団を統べる魔龍公ビューネイは、八龍の
一体、猛毒邪龍フンババを差し向けた。
巫女は七日七晩戦いフンババを退治した。
辛くもフンババを討ち取った巫女であるが、猛毒を含んだ返り血を浴び続けた結果、巫女は正
気を失い味方を攻撃し始めた。
その姿を哀れんだ神々は星神に頼んで彼女をある星に封印した。
その星は死の迫った者にしか見えない死告星となったという。
フンババの死骸はジンハークの地下深く封印されている。
神龍とそれに匹敵する邪龍は基本的に不死身である。
死んでも長い時をかけて周囲の魔素を取り込み復活してしまう。
フンババが復活しないよう四種の上位属性竜が交代で監視しているのである。
その結果ロデニウス大陸の気候は四季が存在するのである。
「なるほどね」
ヴィンスはライドルカの説明に納得した。
その後巫女の従妹とこの地の豪族の当主が結婚し、ロウリア王家の祖となったのだという。
ライドルカとヴィンスの会話は続く。
「亜人排斥主義なんて掲げて、この国は一体何を考えているんだ?」
神聖ミリシアル帝国は国民の半数がエルフであり、その他の国も多くの亜人種を抱えている。
何故ロウリア王国は国際社会から孤立するような政策を掲げるのだろうか。
ライドルカは不思議に思った。
「何も考えてないのでは?」
明らかに場当たり的な行動である、とヴィンス・ウィズは断言する。
それを聞いて周囲のロウリア国民の怒りが沸騰する。
「先代国王は亜人排斥政策の撤廃を目指したらしいが、失敗したようだ」
現王の父親、33世は32世の亜人排斥政策を撤回し、全種族を平等に扱う事を目指した。
しかし法案は様々な既得権益層の抵抗に遭い、骨抜きにされた。
成立した法律は平等とはほど遠いものであった。
エルフドワーフ獣人の国民は税金を多く払わねばならず、労役を課され裁判でも不利となる。
結局のところヒト種を上級国民、亜人を下級国民として身分を固定化する内容であった。
失望した亜人の代表者たちは怒り、毒を塗ったナイフで33世を刺した。
その結果33世は残りの人生をベッドの上で過ごした。
中途半端な改革で何も成果を残せなかった33世の評価は低かった。
その後を継いだ34世も惰性で政策を続けているだけ、と二人は分析していた。
二人の会話を聞いていた王国民の怒りが高まっていく。
しかし相手は世界第一位の列強国、手を出せばただでは済まない。
二人のテーブルにジョッキが二つ置かれる。
「お客さん、これを飲んだら帰ってくんな」
竜の酒の店主が出してきたのは氷の入ったレモン水であった。
「王様を馬鹿にする人に出す酒はないんですよ」
たとえ相手が列強国の人間であっても譲れない意地があった。
店主の行動に王国民が喝采を送る。
「そうか、邪魔したな」
ライドルカとヴィンスは勘定を払って竜の酒を出た。
「どうする?宿で飲みなおすか?」
「ん、あっちに酒屋があったから何か買って帰ろうぜ」
二人は酒屋のあった路地に向かって歩き出す。
すると道端に人が集まっていた。
そこには黒と赤の衣装をまとい、黒髪を頭の両側でお団子にしてまとめた女の子が歌を歌って
いた。
金属の缶を叩く軽快な音と共に、2と4と11の数字を繰り返す不思議な歌詞であった。
「どこから音楽が流れているんだろう?」
ミリシアル製の音楽再生装置を使っているのだろうが、それらしい大きさの魔道具が見当たら
ない。おそらく巧妙に隠してあるのだろう。
木箱の上に掌に乗る大きさの薄い石板の様なものがあり、その物体から音が出ているように見
えるが、気のせいだろう。
二人が歌を聴いていると、後方で腕を組みながら訳知り顔で立っていた男が話しかけてきた。
「歌はうまい、しかし胸のあたりのアイドルオーラが致命的に足りないと見た。私には良さ分か
るが一般人には伝わらないかもしれない。残念ながら競争の激しい芸能界で生き残るのは難し
いかもな」
訳知り顔で話すので関係者なのかと尋ねたが、全くの無関係の通りすがりであり芸能界の人間
でも無く只の素人らしい。
じゃあさっきの態度は何だったんだと二人は呆れた。
不意に二人の肩に手が置かれた。女の手でだった。
「お二人さん、ミリシアルの人?夜はいいよね~」
歌手とよく似た声の女が話しかけてきた。
よく見れば顔の特徴が良く似ているので二人は姉妹なのだろう。
それよりも大事なことがある。この女、物凄く強い。
ライドルカの一応情報部の人間である。
危険な地域に赴くこともあり、それなりの護身術は身に着けている。
それにより軍人なみの危険察知能力も持っている。
ヴィンスは腕利きの冒険者であるから言うまでもない。
その二人に全く気付かれることなく肩に手を置く。
ライドルカとヴィンスでは逆立ちしてもこの女に勝てないと分かった。
ライドルカは胸ポケットの中の魔導拳銃を取り出そうとする。
ヴィンスは待て止めろと言おうとした。
しかし胸ポケットに何かが入っていて邪魔をしているのに気づく。
いつの間にか紙が入っていた。
一体どうやってそんなことをしたのかとライドルカは戦慄する。
「日本国の事が知りたければ、先ずその紙に書かれている処に行ってみるといいよ。川内の紹介
だって言えば何でも話してもらえるさ」
その紙にはクワ=トイネ公国の港湾都市マイハークにある、居酒屋鳳翔という料理屋の場所が
書かれていた。
川内と言った艦娘は歌っていた艦娘に向く。
「那珂ちゃん、もう帰るよ」
「え~川内ちゃんもう?」
「思ったよりも外国の人が多いね。これは迂闊に市街地に攻撃出来ないわ」
「そうね、出来ればしたくないわ。じゃあ次の曲で最後にするね」
「ファンの皆、残念だけれど次の一曲で最後です。聴いてください、〇は〇璧で〇極の〇ッター
!」
後ろを見ると先ほどの後方彼氏面男が、首を明後日の方向に曲げて気絶していた。
死んではいないようなのでしばらく寝るとき苦労するだろう。
那珂ちゃんの胸を小さいと言った報いであった。
二人は最後の曲を歌って帰って行った。
音楽再生機は見つからなかった。(石板らしきものをいじったら音楽が止まったがあれが再生
機な訳がない)
「あれが日本国の艦娘か?並みの人間じゃないぞあれは」
「俺は戦場で出会ったらすっ飛んで逃げる」
二人は初めて出会った艦娘について感想を言い合う。
その時ライドルカの携帯魔導通信器が着信を告げた。
相手は上司である情報局局長アルネウスであった。
「え?ブルーノと合流して帰還しろ?」
ブルーノ=カンティアンは帝国情報部の同僚である。
「彼はパーパルディア皇国に潜入していたはずでは?それがなぜジン=ハークにいるのですか?
は?ブーレイ傭兵騎士団!?」
どうやら彼は潜入先の秘密工作部隊に配属されたらしい。
「身分がばれて罠に嵌められたとかではなく、気づかれずに選ばれたのですか?まあ彼は優秀
ですから適正があったと思いますが、大丈夫なのか皇国」
ライドルカは皇国の防諜のザル具合にあきれた。
「もう十分皇国の情報は集まったし、流石に危険なので拾って帰国しろと、分かりました」
面倒な仕事が追加されライドルカは溜息をついた。
ロウリア王国の富裕層が住む区画にある、王国最大の貿易商アジン・ド・レイの館。
今夜は宴席が取り行われていた。
出席者は館の主ド・レイと同じ貿易商人、それ以外は地方に領地を持つ貴族であった。
彼らはすでに息子たちに家督を譲り、引退してはいたがいまだ影響力を持っている。
テーブルに料理が並べられ、感嘆の声が上がる。
「ほう、これがパーパルディア料理ですか!」
テーブルに並ぶのはロデニウスの料理ではなく、日本人が見ればイタリアかフランスの料理に
よく似た料理であった。
ちなみにロデニウス大陸の料理は和洋食に似ている。
これらを作ったのはパーパルディア皇国出身の料理人である。
出席者は自国の料理よりも洗練された味のする皇国の料理に舌鼓を打つ。
そして話題は今回の戦争に移った。
「ギムを奪還されたと聞いた時は焦りましたが、どうやら勝てそうですな」
「それにしてもクワ=トイネごときに手こずるなど、やはり『うつけ』の息子ですな」
「奇襲されたとはいえ日本国とかいう新興国相手に全滅するなど情けない」
この場にいる彼らは王国と王族に対する忠誠心が低い様に見える。
特に現王に父であるハーク33世に対しては嘲りの言葉が多く飛び交う。
「33世も亜人排斥を無くすと言いながら中途半端に終わりましたな」
「信念があるなら家族を人質に取られても貫き通せば良かったのです」
「息子のズボンに毒針を仕込まれて金玉がメロン位に腫れあがった程度で、法案を修正するとは
根性がありませんな」
「あれ以来息子がズボンを穿けなくなったのには笑いましたな」
ハーク34世に毒を盛った犯人は彼らであった。
彼らにとっては王家の人々ですら操り人形に過ぎなかった。
「いくらこの国を富国強兵させようとも皇国には敵わないというのに」
パーパルディア皇国はいずれ第三文明圏全てを征服するだろう。
ロウリア王国も例外ではなく、近いうちに属国になると思われていた。
商人たちは早々に祖国を見切りを付けていた。
「そこで養子縁組と言う訳です」
近年皇国は皇都の美観を保つという目的で、家を失った住民を強制的に属領に移送している。
そこで仕事と住居を与えられるが、その仕事のノルマが異常に高いのである。
その仕事に慣れた人でなければ達成できないようなノルマが、はじめてその仕事をする人たち
に課されるのである。
このノルマ量は一度も働いたことのない貴族の令嬢が設定したと噂されている。
当然ノルマを達成できない者は減点されていき、最終的に市民権を剥奪されてしまう。
そうなった元皇国民は属領民の不満のはけ口にされてしまうのである。
ド・レイ家の料理人は元々皇都エストシラントで料亭を経営していたが、ライバル店の営業を
妨害していたことが明らかとなり営業停止処分を受けた。
家賃を払えなくなったところをアジンに援助してもらい属領行きを免れたのである 。
その対価としてこの料理人はアジンの娘と婚約している。
彼らは何らかの原因で商売に失敗したりして破産寸前の皇国民を探し出し、金を援助する代わ
りに親族と結婚もしくは養子縁組させていた。
ロウリア王国が皇国の属国になった時、皇国民の親戚であったなら征服後も地位と生活が保障
されと思われる。
もしかしたら皇国の国籍を得られるかもしれない。
「これで我らは列強国の商人になれるのです」
この世界において文明圏外国の商人と列強の商人では扱いに雲泥も差がある。
自分達の商売が上手くいかないのは祖国が文明圏外国だから、もし自分達の祖国が列強であっ
たならもっと儲ける事が出来るはずだ、と彼らは考えた。
彼らは列強の商人として世界を相手に商売する事を夢見た。
自分達を馬鹿にした文明国の商人を見返せる。
だからこそ皇国の国家戦略局に接触しこの国に援助するよう仕向けたのであった。
「我らの栄光の未来に乾杯」
「我らの踏み台、いえロウリア王国に乾杯」
出席者から笑いが巻き起こる。
「私たちこそ真の愛国者ですよ」
アジンの言葉に出席者からはそうだと同意の言葉が飛び交う。
「それにしてもアジン殿はよく33世の見舞いに行ってらしたが、何を話していたのですか?」
意外にもアジンは寝たきりとなっていた33世に何度も面会し見舞っていた。
この頃は33世は発声も上手くできず、手も痺れて筆談もままならない状態であり、意思の疎
通が難しかった。
アジンは一体何の用があったというのか。
「ああそれはですね」
アジンはこの頃の33世に何を話しかけたのか明かした。
それは33世の人生を否定するような言葉であった。
自国の王相手どころか一人の人間としても言ってはいけない内容であった。
「それは酷い」
出席者はそう言いながらも笑っていた。
「実は私も」
出席者の中に同じような事をしていた人物が何人かいて、彼らは33世に対する罵詈雑言に花
を咲かせた。
宴会場の天井にリンゴ二個分の大きさの小人、妖精が張り付いていた。
「こいつら腐りきってやがる、聞くに堪えん」
この妖精は誰も気づかれずに出席者の顔写真を撮り、会話の内容を録音した。
この記録をどう利用するのかはまだ決まってはいない。
ジン=ハークから北へ約40キロの地点にあるロウリア王国海軍根拠地、通称キタ=ハーク港
戦死した(と思われる)シャークンから海将を引き継いだホエイルは寝不足であった。
大敗を喫したあのロデニウス沖海戦からずっと、彼の一日の平均睡眠時間は3時間以下であっ
た。
日本国の海軍に勝てる策を思いつけなかったからである。
日本国の軍船は鉄で覆われており、火矢をいくら射かけても効果がない。
積まれた魔道兵器は自分達の攻撃可能範囲の遥か遠くから船を一撃で粉砕する。
その上こちらより重いはずなのに我々の船の何倍もの速さで航行するのだ。
ロウリア王国海軍の戦い方は相手の船に乗り込み、斬り合いで制圧するというものである。
交戦する以前に接近すら出来ないのでは話にならない。
はっきり言って力の次元が違い過ぎる。
ホエイルと部下たちは連日深夜まで会議を続けたが対策は見つけられなかった。
ロウリア王国海軍にはもう一つ問題があった。
「今日の脱走者は何人だ?」
「69人です」
「そうか海戦の直後と比べてだいぶ減ったな」
ロウリア王国海軍ではロデニウス沖海戦以後、兵士の脱走が頻発していた。
「使い物になる兵士は三割ほどであります」
無作為に選んだ百人の兵士と面談し戦意があるのか調査したが、結果は想像よりも悪かった。
生き残った兵士の三割が恐怖の余り心を病んで勤務できず、三割の兵士が海に出ることを拒ん
で地上勤務を申し出た。
残り一割の兵士は表面上は戦意があるように装っているはいるが本心では逃げたいと思ってい
ることが見て取れる。
ロウリア王国は未だ3,000隻の軍船と十万人に及ぶ海兵を維持している。
しかし現実には戦闘可能な兵士は3万人程度であると推測される。
それでもロデニウス大陸に限って言えば未だ最強であるのであるが。
「逃げたい者は逃げてしまってもいい。合戦中に後ろから刺されるよりましだ」
脱走兵に関してホエイルはもう半分諦めていた。
どうせ数で押しただけでは日本海軍に勝てないと考えていた。
ロウリア王国海軍と日本海軍を比較した場合、軍船の性能でロウリアに勝ち目はない。
唯一ロウリア王国海軍が勝っているのは周辺の海を知っているという所だけである。
ならばそこを最大限利用して戦うしかない。
シャークンは根拠地に日本軍を引きずり込んで戦う覚悟を決めた。
「海軍の機能をここキタ=ハークに集約したのは間違いだったな」
もしここが戦場になれば工廠などの施設は破壊され再建には長い時を要すると思われる。
ホエイルは戦後(あればの話だが)西のピカイア港に機能の一部を移すことに決めた。
ホエイルには気付いた事がある。日本国の軍船は見たところ喫水が深い。
おそらく水深五メートル以下の浅い海には近づけないと思われる。
尤も射程の長い魔道兵器を積んでいるので近づく必要性はない。
魔道兵器の射程から推測するに、彼奴等は沿岸からおおよそ10キロ沖合から我らの基地を攻
撃すると推測した。
そこで彼らが停泊しそうな場所に廃船を沈め、即席の岩礁を造る。
そうして座礁させたところを小舟で近づき、水兵を乗り込ませ白兵戦で決着をつける。
これならばロウリア王国海軍にも勝算があるのではないだろうか?
問題はどうやって即席岩礁に気付かれずに誘い込むかだ。
幕僚の一人が、視界が利かない濃霧の日ならば気付かれないのでは、という意見を出した。
そういった条件下であれば岩礁にはまる可能性も高くなり、兵士達も日本国の軍船に乗り込む
ことが容易くなるかもしれない。
しかし攻める日時を決める権利は日本国側にある。
彼らが霧が発生する日に攻めて来てくれるとは限らない、むしろ避けるだろう。
ならば魔法で霧を発生させるのはどうか?
「霧の魔法なんて、今は亡きムルデカ相談役ぐらいしか使えません」
霧の魔法は上級魔法であり大魔導師クラスのみ詠唱可能である。
海軍唯一の大魔導師であったムルデカ師は先日の海戦で敵艦に乗り込み壮烈な戦死を遂げた。
彼と同等の魔導師は海軍にはいない。
「私の兄が陸軍に務めております、陸軍には煙を出す魔道具があると言っていました」
煙幕を焚いたのなら霧と同じ効果が得られるのではないか?
ホエイルは使えるのではないか?と思った。
しかし魔道具は貴重品である。大量に用意できなければ作戦には使えない。
もう一人の部下が意見を出した。
「寒い地方の沼地で採れる泥炭というものを燃やすと大量の煙が出るらしいです」
それを船に大量に積み燃やしたらどうか。
「それは試してみる価値がある。皇国に頼んで送ってもらおう」
費用が問題であるが、兵器でない日用品であるならそう吹っ掛けられないだろう。
ホエイルと幕僚達は議論を重ね、大筋の戦略を立てた。
泥炭を積んだ船を風上に配置し、戦闘が始まったら船ごと燃やして突っ込ませる。
大量のボートで攪乱し、日本海軍を混乱させる。
そして奴らを即席岩礁に誘い込み座礁させ、乗り込みをかける。
王国海軍の勝ち筋はここにしかない。
しかしまだ最後の難問が残っている。
「彼奴等の船には艦娘と呼ばれる強力な魔導師が乗って居ます。我が海軍最強であったムルデカ
相談役ですら敗れました」
彼女らが居る限り、乗り込めたとしても船を乗っ取ることが出来ない可能性が高い。
対するホエイルの言葉はシンプルであった。
「何とかしろ、刺し違えてでも倒せ」
「しかし!」
「これが最後の壁だ、これを乗り越えなければ海軍、いやロウリア王国に未来はない‼」
「我らが敗れれば祖国は日本兵に蹂躙されるであろう。お前達の愛する者が日本兵に犯され、殺
され、故郷は略奪される!」
幕僚達は過去に自分達が敗戦国に対して行ってきた行為を思い返す。
「そうなった未来を想像しろ。それが現実になってもいいのか!?」
彼らは各々の大切な人を思い出し、その者らの死の光景を想像した。
幕僚達の目の色が変化した。
先ほどまで恐怖におびえていた瞳が闘志を秘めた兵士のそれに変わる。
ホエイルは叫ぶ。
「王国の興亡は次の一戦に在り!各員奮励努力せよ!」
「は!!」
幕僚達は見事な敬礼で答えた。
ホエイル達はその後も議論を重ね、日本国に対する戦略を協議した。
そして会議の内容をまとめ報告書を清書した。
「どうやら勝算が見えてきたようだ」
もう少し細部を詰める必要があるが、海軍の基本方針は固まった。
ホエイルと幕僚たちはひとまず安堵した。
「奇襲の成功によって時間が稼げたのが良かった。これなら何とか海軍を立て直せそうだ」
日本海軍の司令官に怪我を負わせたと報告されていたので、日本国も進軍を躊躇うだろうと予
想されていた。
幕僚の一人が不服な表情で言う。
「でも悔しいです。奴らは是非とも我々の手で倒したかった」
何処の馬の骨とも知らぬ、怪しげな傭兵団に手柄を取られた事に不満を持つ部下も多い。
幕僚達は誇り高きロウリア王国海軍の面子をつぶされたと思っていた。
しかしホエイルはそのことを笑い飛ばす。
「面子など犬に食わせておけ。手段などどうでもよい、勝てばいいのだ」
幕僚の一人が苦言を呈するとホエイルは反論する。
「勝つことこそ軍人の本分だよ」
国が勝利することに比べれば、個人の功績など取るに足らないというのがホエイルの考えであ
った。
幕僚達は軍人の本分を忘れていたことに気付き、新海将に対する尊敬の念を新たにした。
「皆様お疲れ様です。気を落ち着かせるハーブティーをお持ちしました」
会議の終わりを見計らって、ホエイルの従卒である少年兵がお茶を運んできた。
ホエイルは報告書を筒の中に入れて従卒に渡す。
「ミリアン、この書類を朝いちで王城に届けてくれ」
ホエイルは早馬を出して報告書を王城の総司令部に届けるよう手配した。
「なるべく早く頼む、パタジン将軍が首を長くして待っているだろうからな」
「はい、分かりました」
ミリアンと呼ばれた少年兵が筒を受け取る。
彼はホエイルに対して尊敬の眼差しを向けている。
ミリアン・ユンツの父親はロウリア王国の下士官であったが戦死し、唯一の肉親であった祖母
も病で失ってからはホエイルの家で養育されている。
ホエイルは独身で普段はミリアンと二人暮らしをしている。
ホエイルは31歳、ミリアンは15歳と、親子とも兄弟とも言えぬ微妙な年の差であった。
「ミリアン、どうせなら酒をくれないか」
ホエイルはハーブティーの入ったカップを見つめながら不満を口にする。
「だめです。ただでせさえ最近お酒の量が増えているのですから、控えてください」
ホエイルは大袈裟に嘆いて見せる。
「私はなんて不幸なんだ、せっかく海将になれたのに酒も飲めないなんて、今頃王宮では祝宴が
開かれているというのに、私は晩酌すらできんというのか」
ミリアン少年は困ったような顔を見せる。
「もう、一杯だけですからね!」
そのやり取りを見てちょろいな~と幕僚達は思った。
「ありがとうミリアン」
ミリアン少年は酒を取りに行くため会議室を出て行った。
「そういえばそろそろ明日の天気占いの時間ですよ」
幕僚の一人が皇国製の魔導時計(本当はムー製が欲しかったが、国家戦略局に無理やり高額で
買わされた)を見て言う。
文明国マール王国には第三文明圏唯一の魔導放送局があり、マール王国国営テレビ(通称マル
テレ)の最終ニュースが始まった。
「弟のヤンです、よろしくね」
「ルークです」
「二人合わせてバレンタイン兄弟でーす」
二人は天気占い師兼アナウンサーの兄弟である。
「さあーて明日の天気は」
まずはフィルアデス大陸の主要都市の予想天気が発表され、次にロデニウス大陸の明日の天気
が告げられた。
「続いてロデニウス大陸の天気です。ロウリア王国王都ジン=ハークの天気は、、、」
天気占い師のルークは一度言葉を止め、トランス状態になって話し出す。
「、、、晴れ時々カワウソ。所により血の雨が降るでしょう」
「は?」
ホエイルをはじめロウリア王国海軍の一同は意味が分からずポカーンとしていた。
海軍の中で魔導師をまとめる役割の部下が自分の予想を言う。
「占いに何かが干渉しているのかもしれません」
「何かとはなんだ?」
「大規模魔導災害の前兆であるとか、龍族などの高位の魔物の活動の影響で占いに意味不明な文
言が出る時が有ります。後は魔帝が復活する予兆だという説もあります」
魔導師は引きつった笑いを浮かべた。
「何だそれは、何が起こるか分からんのか」
それでは対策のしようがないとホエイルは頭を抱えた。
「ジン・ハークで何かが起きる事は確実だと思います」
「とにかく最大限の警戒態勢を、、、」
ドーン、ドーン
海の方から腹に響くような重低音が聞こえてきた。
ホエイル達はこの音をよく知っていた。
「日本国の魔道兵器!」
港の方角から爆裂魔法の投射音がする。港に停泊していた船が燃え炎が広がる。
「まさか昨日の今日で攻めて来るとは!」
しばらくは攻めてこないと勝手に思い込んでいた。
油断していたとホエイルは後悔した。
ひゅるるるー
何かが空を切って飛ぶ音がする。
ドッカーン、バリバリ!
何かが落ちて木材が避ける音が響く。
「何が起こっている!」
ホエイルは見張り台に繋いだ魔導通信器を掴み、相手に怒鳴りつける。
「あああ!自分の目で見たのに信じられないいいい!」
当直の見張りの錯乱した声が聞こえる。
「何でもいい、見たままを話せ!」
ホエイルが強く言うと見張りはいくらか落ち着きを取り戻した。
「ああ、俺が見た在りのままを言うぜ」
見張りはまだ混乱していて、上下関係を無視して海将にため口をきいている。
しかしホエイルは今は構わず聞くことにした。
「女です」
「艦娘か?」
「女が海の上を歩いて近づいてきまして」
やはり艦娘だったか。それにしても軍船に乗らずに港に近づいてくるとは盲点だった。
「胸がでかくて太腿も抜群でした」
そんなことは聞いていないと怒鳴ろうとした。
「そいつが俺らの軍船を持ち上げまして」
「なにをいっている?」
「港の施設の方へ投げつけているんです」
「何を言っているのか分からんぞ!」
「自分の目で見ても信じられないんですよ!」
通話している最中にも周囲で落下音と破壊音が響ている。
後にロウリア王国最悪の一日と言われた一日はこうして始まった。
陽性反応が出てしまいました。
でも五日間薬を飲んだだけで治りました。
世界の医学関係者の皆様に感謝申し上げます。