俺があいつを知ったのは、ストリート音楽というジャンルに足を踏み入れ、本気で取り組む事を決めて間もない頃だった。
「そうだ彰人、歌うならこの子のは聞いといた方がいいよ。」
そう言って杏が見せてきたのはとある動画サイトのユーザーのチャンネル。見た感じ、どうやら歌い手の様だった。
【SHINN】と名付けられたチャンネルには当時、そこまで動画の本数は上がっていなかった。ただ、つい最近に自分が歌った曲が上がっており、珍しく杏が進めてきたと言うこともあってか試しに一曲、そんな軽い気持ちで再生した。
後悔……は、言い過ぎか。ただ、少しばかりのショックや絶望に包まれたのは事実だ。
聞き終わった後、呆けていた俺に杏が放った一言が更に俺を突き落とした。
「凄いでしょ?これであたし達と同い年なんだよねぇ。」
しみじみと語る杏をよそに、俺はただただ自分の自信が砕けていくのを感じていた。
これで同い年?明らかにレベルの差がありすぎるだろ……
そんな考えが脳内を支配していた。
そして神様の悪戯はこんな時に発揮される。
カランカランと子気味良い音と同時に1人の男子が入店してきた。
俺はその時、あいつと…【SHINN】と出会った。
────────────────────────────────
「東雲、それは本気で言ってる?」
そう言って俺を怪訝そうな目で見るのは、透野シン。【SHINN】の正体である。
「あぁ、マジだ。正直に言うが、俺だってお前に頼むのは気が引ける。だけど、俺はもっと上に行きたい。技術を上げたい。その為にお前の力を貸してほしい。」
透野は黙り込み、アゴに手を添えてる。中々に端正な顔立ちをしているのに、動画で顔出しをしない辺り少々疑問に思う。
俺たちが座っているテーブルに会話は無いが、ファミレス内は騒がしく張り詰めた空気にはなっていない。ただ、俺としてはそれが逆に居づらい。早いとこ出てカフェに向かいたい。
「それ、他の人には言ってるの?」
透野が言っているのは、俺たちビビバスの事だろう。もちろん…
「言ってない。言える訳ないだろ。」
「だろうね。だから滅多に来ないファミレスに来てこの話をしたんでしょ。」
俺の思惑はコイツに見通されていたようだ。
「なぜ?」
「さっき言ったろ?もっと上に…」
「違うね」
「…は?何言って…」
俺が反論するよりも早く、透野は言葉を紡ぐ。
「それはいつも東雲が思ってる事だ。今に始まった事じゃない。それならもっと前から僕に頼むはずだし、仮に何か思う事があって僕の元に来たとしても、1人では来ない。
青柳と一緒か、ビビバス全員で来るだろう?だって1人が大幅に実力を上げた所でチームプレイにはあまりいい影響がない事ぐらい君は分かってるはずだ。
青柳に実力を合わせたいって訳でもなさそうだしね。」
「………。」
透野は俺の目を見つめて言う。
「君、負けたでしょ。それも同じ目標を持った人に。」
「……っ!?」
図星だった。
「そんで言われたんじゃないの?技術が足りない、もしくはそうだな……………
ガタッと音を立てて俺は勢いよく立ち上がった。テーブルが揺れて置いてある手には無意識に力が込められる。そんな俺から透野はずっと目を離さなかった。
「正解かな。まぁそこはいいんだけど、もう一度聞くよ?なぜ、
コイツの視線は、俺を逃してはくれなかった。
「………悔しかったんだ」
────────────────────────────────
正直最初から怪しかった。
東雲は滅多に僕を遊びや歌関連に誘わない。そんな東雲が青柳の同伴もなしでサシで話がしたいとか言うのだ。何かあると思うに決まってる。
「歌を……教えてくれ。……お前の技術を習いたい。」
東雲はそう僕に頼んだ。
いいよ、と言うのは簡単だ。実際中学の頃は白石さんの練習にしょっちゅう付き合ってたし。
だけどね東雲、僕の
「……悔しかったんだ」
東雲はそう言った。成る程、ある程度の予想は出来てたけどやっぱりそうだよね。
「東雲、個人の歌とチームの歌ってどう違うと思う?」
「……は?急に何言ってんだ?」
「いいからいいから、それでなんだと思う?」
「……声の量とか、重なりとか…か?」
「うん。正解。といってもこれはそこまで重要じゃないんだ。」
東雲は、’何言ってんだこいつ’見たいな顔をしている。
「チームの歌っていうのは、声を重ねたり音を分けたりする事で重厚感や音の幅を広げる事ができる。でも、個人の歌っていうのはそれが出来ない。じゃあ東雲、2つ目の質問。個人の歌がチームの歌を凌駕する為にはどうすればいいと思う?」
「それは……………」
東雲は唸っているが、この質問の答えは難しく考える必要はない。至って単純だ。
「答えは簡単。圧倒的な歌唱力で凌駕する。それだけだよ。」
僕はそう言い切った。
「声の重なりも、幅も、重厚感もチームワークも何もかもを全て黙らせるほどの実力で相手を凌駕する。その為には絶対に研鑽を怠ってはならない。…………東雲、このやり方って君に出来る?」
「…あ?…それはどういう意味だ?」
おっと、誤解させてしまった様だ。
「あぁ、ごめん言い方が悪かったね。僕のこのやり方っていうのはさ、東雲のやりたい事を全て否定するってことになるんだよ。」
「は?」
だってさ
「東雲達が目指しているのは伝説を超えること。僕も昔謙さんにどんなものかを教えて貰ったけど、今まで謙さんが出会った人やチームの実力でそのイベントが出来たって話してた。
対して僕のやり方は全て個人で行う。そこには人との関わりやメンバーとの関係なんて一切無い。あるのは自分自身への信頼だけ。
……対局にあると思わない?」
「…………………。」
東雲は押し黙ったまま口を開く事はなかった。
ファミレスでの出来事はこれで幕を閉じた。
────────────────────────────────
結局東雲は僕に教わる事はなく、チーム内で問題を解決させた。
それでいい。君には頼れるメンバーがいる。
僕とは違って。
登場人物紹介2
東雲彰人
基本プロフィールは本家参照
シンとの関係性は知り合い以上友人未満。動画でシンの歌を聴いて以降無意識的にライバル視している節がある。シンの問題については知っており、本人としては同じ舞台で戦う事を望んでいる為解決には割と協力的。スイーツの好みがシンと微妙に合わない。
ライバルキャラっぽい感じにしたかったのですが、なんか主人公に対して憧れとか持ってるけど素直にそれを認めたくない感じになってる。
青柳冬弥
基本プロフィールは本家参照
初めて主人公と会ったのは彰人と活動を始めて数日後にWEEKEND GARAGEにて遭遇。元々彰人から動画を見せられていたので存在は知っていた。同じクラスということもあり、彰人よりも友人関係は良好。音楽の趣味が合う為お互いにオススメの曲を教え合うぐらいには仲が良い。シンの問題は知っており、友人ということもあり解決には積極的に協力してくれる。
立ち位置としては良き理解者見たいな感じ。必要以上に干渉はせず、だけれどいざというときは力になってくれる、そんな存在をイメージしてる。