二周目アルトリアと転生元マスターの逆行譚   作:アステカのキャスター

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十話

 

 それはただ美しかった。

 容姿?美貌?そんなもので表せるものではなかった。

 

 それは湖の乙女のIF。

 聖杯によって存在を格上げされたブリテンの女神。その美しさは言葉に言い表す事など出来ず、昏く冷たく、そして世界が凍りついてしまうかのような恐怖が背中を震わせた。

 

 ラスカは杖を構え、メアも警戒を続ける。

 ただ視線が此方に向いただけでこの圧倒的な死の恐怖。

 

 

「――昏き湖(モルゴース)

 

 

 ただそう呟いた次の瞬間、世界が昏く染まり始めた。

 それは希望すら微塵も湧かないような昏くて光の届かない湖、自分達がいた静寂の水庭が黒に侵され、消えていく。

 

 

「何…これ……」

 

 

 固有結界に似ているが厳密に言えば、ヴィヴィアンが自分の領域を展開したに過ぎない。ヴィヴィアンはブリテンにおける神秘の具現、ただ此処がブリテンであるならばヴィヴィアンに出来ない事は無い。

 

 たった一言、それだけでブリテンの意思そのものを操りこの空間を創り上げた。

 

 

「――――」

 

 

 ヴィヴィアンはラスカ達に手を振り下ろす。

 それだけで二人を押し潰すには充分な昏き津波が襲いかかった。

 

 

「メア!!」

「分かってる!!」

 

 

 妖精の魔術で領域を区切るように四方に結界を張る。

 津波に込められた魔力が異常過ぎて防ぎ切れない。メアが耐えているところでラスカが魔術を展開する。

 

 

風王結界(インビシブル・エア)

 

 

 結界に風を付与し竜巻のように渦を巻かせ、昏き水を押し流す。とんでもない魔力消費量、有り得ないほど込められた神秘の多さ。津波そのものを風で押し返すだけで、魔力が湯水の如く削られる。

 

 結界は壊れたが、昏き湖に流される程度に収まった。幸い水量による圧殺は免れた。

 

 

「ぷはっ!?」

「クソッ、やっぱ固有結界だ!昏き湖の具現、何より()()()()…!!」

 

 

 それはつまり、ラスカの植物系統の魔術が使えないという事。精々水に花を何輪か咲かせる事は出来るだろうが、そんなものは焼け石に水だ。魔術の大半を失い、頼りになるのは結界術とメアの力しかない。顔を上げると想像を絶するものが浮かんでいた。

 

 

「おいおい、冗談が過ぎるぞ……」

 

 

 それは卑王ヴォーティガーンを殺した最果ての槍。

 モルガンが創り上げたレプリカとは言え、その精巧さは本物と比べて遜色がなく、嵐の錨が此方を向いていた。

 

 その数は十三。

 円卓を殺す為に用意したのか、はたまたこの場で創り上げたものなのかは分からない。ただわかる事は一つ。

 

 アレを逃れなければ死ぬだけだと。

 

 

「メア、転移を!」

 

 

 手を握ろうとした次の瞬間、そこにメアリージェは何処にもいなかった。いや、神代紋様を通して生きている事は分かる。だけど、俺に分かるのは微弱なパスラインくらいだ。無尽蔵に送られていた魔力も封じられ、念話も出来ない。

 

 

「隔離……湖に引き摺り込まれたのか!?」

 

 

 アレはもう神そのものと言ってもいい。

 ブリテンの意思を束ねた女神だ。竜の妖精であるメアリージェを隔離し、尚且つ引き離すように昏き湖に閉じ込める。しかもそれを初動すらなく意思一つでやりやがる。

 

 

「っっ!!」

 

 

 多分、モルガンの意思はないが、根底は変わらない。

 どうせ俺をモルガンの奴隷かなんかにしてアルトリアに見せつければ溜飲も下がると思ったのだろう。まあその意思を頼りにするなら多分俺は死にはしないが、死にたくなるくらいの苦痛を味わう事になる。

 

 堕ちてくる聖槍の呪いと衝撃波。

 辛うじて張った結界など障子紙同然、聖剣にも匹敵するその宝具を死なない程度の威力で堕とされた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 意識は辛うじて存在した。

 堕ちた呪いに魔術回路の八割が侵され、身体の至る所に毒のように巡った痕と、衝撃波による酷い裂傷と打撲、脚の数ヶ所は折れ、鎖で繋がれた腕も折れている。魔眼は頭から流れた血で開けない。

 

 身体は既に痛みを通り越して死ぬ瀬戸際だ。にも関わらず、モルガンの復讐心を引き継いだヴィヴィアンは無感情、無表情のまま此方を見下ろしていた。辛うじて神代紋様を通して常時回復がされているが、呪いの侵食が回復すら阻む。

 

 

「貴様を私の物にする」

「……っは…うっせ……クソ…女神」

 

 

 精々虚勢を張る。それが精一杯だった。

 杖も折れ、聖剣のデッドコピーも呪いに侵され光を失い、魔術のローブは衝撃波でズタボロだ。魔術回路を回すと呪いが溢れ、体内から串刺しにされるかのような痛みに襲われる。

 

 もう詰みだった。

 俺はアルトリアじゃない。聖剣も無ければマーリンのような強さを持たない。俺じゃヴィヴィアンを倒せない。

 

 

「――――」

「近っ……んぶっ!?」

 

 

 突如ヴィヴィアンに口を塞がれ舌を入れられる。

 その時、口を通して何かが流れた。ドロドロと甘ったるくて吐きそうなくらいに芳醇な魔力と同時に体内の全てが躍動し、蝕んでいた呪いが強まった気がした。

 

 

「がっあああああああああああっ!!?」 

 

 

 次の瞬間、身体に高圧電流が流れたような鋭い痛みが走り、そして刻まれたメアの刻印の下にモルガンの紋様が浮かんでいた。メアのように神代紋様を付与したわけじゃなく、血を介して眷属にする吸血鬼の発想に近い。書き換えられた神代紋様。それを魔術でやりやがった。

 

 

「がっ……テメッ…血を介した隷属刻印……しかも神代紋様で……」

「これで貴様は終わりだ。もう何も出来まい」

 

 

 鎖が解かれると力を無くしたかのようにバシャリと昏き湖に倒れ込んだ。辛うじて汚染されていない二割の魔術回路から絞り出し、竜の魔術を描こうとするが……

 

 

「ぐあああああああああああああああああああああっっ!!!?」

 

 

 魔術回路を汚染していた呪いが一斉に解放される。

 主人に攻撃が出来ないそれと同じ、当然刃を向ければ首輪を引っ張られてしまう。攻撃こそ出来なくはない。だが、死より苦しい呪いが身体を蝕むのだ。蒼炎の魔術も失敗に終わり、ただ意識が飛びかけた。

 

 

「死なれても困るな。不死の呪いでもかけておくか」

 

 

 まるで玩具を壊さないようにと思いついたように呪いをかける。ただし、苦痛は消える事は無い。あくまで死なないだけだ。ただ魂を肉体に永久に付随させる術式。首を斬られようが、業火に焼かれようが、人の形の最低限を保つだけの不死。本人の前では意識を飛ばす事すら許されない。

 

 

「さて、モルガンの茶番など終わりだ。回りくどい事をせずに初めからこうすればよかったのだ」

 

 

 十三の聖槍。

 しかもご丁寧に十三の呪いをかけている。不吉と呼ばれた十三の呪いはギャラハッドがその席次に座り呪いを浄化したが、他の円卓にはどうだ?この呪いは神の呪いそのもの。かつてエルキドゥが神の呪いに侵され、ギルガメッシュでさえ為す術はなかった神の呪い。そんな物を食らって本当に死なないと断言出来るか?

 

 多分、ヴィヴィアンそのものが敵に回れば卑王さえ上回る。此処で止めなければその結末に終わる。

 

 止める?どうやって?

 こんな怪物みたいな女神をどうしたら止められるのだろう。

 

 俺はアルトリア(アーサー王)じゃない。

 俺では物語の主役を張れるほどの実力などない。

 

 俺では此処で何かを覆せる英雄にもなれない。

 

 意識が切り離される。

 昏き湖に沈む。空も地も昏き世界に意識が沈んでいた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 意識が沈む。

 遠い水底に堕ちるような浮遊感、痛みも苦しみもなく、ただ安息があるだけの湖の世界。

 

 どこまでも堕ちる。

 どこまでも堕ちていく。

 

 息が出来ないのに苦しくない。

 ただ、疲れ過ぎたように身体が重くて動かない。

 

 ああ、このまま昏き湖に溺れてしまうのか。

 辛うじて開けた目に映る全てが昏くて何処か冷たい。

 

 これが固有結界だというならば、なんて寂しい世界なのだろう。冷たくて、光もなくて、ただ昏いだけの世界。

 

 こうしてしまったのは俺だ。

 彼女の心を昏くしてしまったのは俺だ。

 

 分かってる。俺はアルトリアを選んだ。

 後悔なんてしていない。けど、こうしてしまったと苦しむ事も侮辱だ。だから俺にはモルガンを殺せる程の意思が持てない。

 

 

「――――」

 

 

 けど、これだけは違う。

 この世界はモルガンの心象世界なら、それを扱うのは断じてヴィヴィアンではない。

 

 こうするべきだったなんて今更遅すぎる。

 もう手遅れかもしれないなんて理解している。

 

 昏き湖をもがく。

 動かない身体で、見えない世界で必死にもがく。

 

 償いなんてそんな上等なものじゃない。

 ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お前は俺を殺すだけの理由があるなら、せめて最後までモルガン・ル・フェとして居てもらわないと俺が許さない。

 

 これでチャラなんて思ってない。

 こんな惨めな足掻きで復讐をやめさせようなんて思っていない。

 

 これは苛立ちだった。

 何も出来ない自分と、ヴィヴィアンに乗っ取られたモルガンと、そしてヴィヴィアンという理不尽な女神そのものに。

 

 手を伸ばす。

 手を伸ばす。

 伸ばして、伸ばして、伸ばして――――

 

 

「――――」

 

 

 昏き湖の世界で、俺の腕を掴む蒼い袖が見えた気がした。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ヴィヴィアンは昏き湖を閉じる。

 最早この男に興味はなかった。神代紋様を利用した隷属術式も刻み、死なない玩具が死に体なのだ。何も出来ない。ただ命じればこの男は私の思うがまま、沈み始めたその身体を見て最早何も出来ないのを悟った。竜の妖精は昏き湖に永久に封じ、最早脅威などこの場所に存在しなかった。

 

 ただ、次はキャメロットを落とす事を考え、明後日の方向へと顔を向けた。

 

 その一瞬だった。

 

 音もなく、隷属術式を刻んだ男が虚な瞳で私の背中に触れた。死に体の男が、血だらけのまま、意識もはっきりしていないまま、私に触れたのだ。

 

 

「何の真似――」

 

 

 次の瞬間、何かが抜き取られる感覚に襲われた。

 ゾワリ、と嫌な感覚と共に自分の中に存在するある物が抜き取られた。虚ろな瞳で意識など存在していなさそうなのに、この男は一瞬で私からソレを奪い取ったのだ。

 

 

「貴様――!」

 

 

 抜き取られたのは、聖剣の鞘。

 モルガンが盗んでいた全て遠き理想郷。所有者に癒しを齎し、第八次元まで干渉を遮断する妖精の護り。ヴィヴィアンの意思であった時にモルガンに溶け込ませていたが、それを油断した一瞬でこの男は抜き去ったのだ。

 

 魔術回路は殆ど使い物にならない筈だ。

 抜き取れるはずがない。抜き取るにしても私を上回る魔力が無ければ成立しない。そもそも、一瞬でも私を上回る魔力を引き出す事など出来るはずが――!

 

 

「ぐっ……はっ、はっ……」

「穢らわしい手でソレに触れるな――!」

 

 

 隷属術式を通して呪いを送り込む。

 不死の呪いこそあれど死より耐え難い苦痛の呪いを死ぬほど送り込む。だが、送り込んだ瞬間、私の身体に悲鳴を上げるような激痛が走った。

 

 

「ぐっ…ああ……!貴様――!?」

 

 

 呪詛返し。

 呪いを返すという術式だが、神の呪いそのものを呪い返す事は出来ない。だが精々二割、送り込んだ呪いを返された。恐らく奴は全ての痛みを魔術でシャットアウトし、神経系に擬似魔術回路を展開し、僅か一瞬だけ私の魔力を上回った。

 

 だが、所詮は私の呪い。

 解呪出来ない道理などない。一瞬驚いたがその程度だ。

 

 

「聖剣の鞘で回復するつもりか?無駄な事を、それを誰が生み出したと思っている」

 

 

 聖剣の鞘の機能こそ封印は出来ないが、この世界は昏き湖として外界と切り離している。聖剣が無ければ機能しないその鞘は最早、持ち主に不老不死と無限の治癒能力をもたらす機能は殆ど機能しない。

 

 回復にも使えなければ、結界としても使えない。

 何の役にも立つ事の出来ない鞘を持って、男は不気味に嗤った。

 

 

 ★★★★★

 

 

 確かに外界から切り離されてしまえば、エクスカリバーが存在しないという事になり、鞘としての機能は失われてしまう。

 

 だけど完全に繋がりが絶たれた訳じゃない。

 何せ聖杯戦争とは違い、アルトリア・ペンドラゴンは聖剣を持ちブリテンに居るのだ。幾らヴィヴィアンでも、ブリテンそのものから外界を切り離す事は出来ない。

 

 

「いいや…回復なんかに使わない……!」

 

 

 でも、これはアルトリアと繋がっているなら出来るはずだ。アルトリアは聖剣を携えし王、だから繋がりを辿り、王としての権限、円卓の力を借りれる筈だ。

 

 ヴィヴィアンという存在は強過ぎる。

 俺では勝つ事は出来ない。聖剣も無ければ聖槍もない。けど、聖槍の見本なら十三も存在する。魔眼を通し最果ての技術そのものを開示、頭を圧迫し、溶かされるような熱量が直接ぶち込まれるが、此処で退けば後はない。

 

 

「ぐっ、ぎぃ……!?!」

 

 

 呪い、折れた身体の節々、血だらけの手。

 死に体なのはもう今更だ。幾らヴィヴィアンでも下敷きとなったモルガンの意思を否定はできない。だから不死の呪いは絶対に解かない。それが幸いし、生きていられる。生きる為に戦える。

 

 

「行くぞ……!」

 

 

 聖剣の鞘は第八次元までの干渉を断つ。

 そしてそれは妖精郷を隔てる()()でもある。最果ては魔眼を通して知り尽くした。ならば後は出来る事をやるだけだ。

 

 

「――最果てへと接続開始、理想郷限定構築!!」

 

 

 聖剣の鞘の上から最果ての技術を編み込んでいく。  

 これは俺が、理想郷を研究し続けてきた俺だからこそ出来る最初で最後の大魔術。俺自身の『(ガーデン)』を聖剣の鞘の向こうの本当の理想郷へと創り替え、組み替えていく。

 

 

「――させるものか」

 

 

 ヴィヴィアンは昏き湖の津波を引き起こす。

 呑み込まれたら術式は中断せざるを得ない。だが、津波に巻き込まれる直前で、昏き湖から蒼炎の火柱が立ち上がった。

 

 昏き湖から空を駆ける竜の妖精の姿が。

 

 

「ぶっは!!探すのめっちゃ大変だったよこのババア!!ってラスカ、大丈夫……!?」

 

 

 最早立っている姿すら痛々しい血だらけの身体。

 メアが神代紋様の繋がりを辿ってきたおかげで、昏き湖の檻から脱出できたものの、その下には隷属術式。それを見た瞬間、憤慨し湖に浮かぶ女神を睨みつける。

 

 

「メア、少しでいい。俺を守れ……!」

「でも!その傷!!」

「頼む……!」

 

 

 何をしているのかは理解出来なかった。

 辛うじて分かったのは、ラスカが必死に紡いでいるものがこの湖から出られる唯一の可能性だということ。

 

 だが、それを見て絶句した。

 死なないが故に生命力、神経系を擦り減らしているおかげで魔力が枯渇しても絞り出せてはいるが、それを続ける事は死の苦しみ。ヴィヴィアンが直接触れなければ解呪出来ないのが幸いしたが、意識を飛ばしてもおかしくない。

 

 

「あーもー!邪魔!」

 

 

 蒼炎の結界を張り、ヴィヴィアンの攻撃を防ぎ続ける。

 長くは保たない。この領域はヴィヴィアンの昏き湖、ゆえにメアでさえ勝ち目はない。

 

 

「うっ……!」

 

 

 メアの攻撃を通さず、置換魔術で一方的に嬲られている。焦るな、メアはそう簡単にやられるほど弱くない。俺の相棒は女神でも恐れずに立ち向かえる強い妖精だ。

 

 幾千もの攻撃に対応し、傷だらけになりながらも俺の前に立ち、ヴィヴィアンの攻撃を防ぎ切る。十三の聖槍そのものを使わないのは円卓に使う為なのか、使えば圧倒出来るそれを使わないヴィヴィアンに焦りが浮かぶ。

 

 

「ぐっ…ああああああああああああっ!!!」

 

 

 痛みに絶叫しながらもメアは守った。

 時間にして三分。メアは全ての攻撃を通さなかった。

 置換魔術を阻害し、津波を蒼炎で吹き飛ばし、たった三分と短い時間、それでも彼女は全てを以て護り切った。

 

 

「ラスカ……!」

 

 

 術式は完成した。

 最果てを理解し、鞘の結界の概念を理解し、編み込まれたソレは他人を傷付ける事には使えない欠陥魔術。ただそれは何よりも強固で、数時間前の自分では辿り着けなかった領域。

 

 不死の呪いが無ければ、頭が焼き切れて死んでいただろう。傷から流れた血をどれほど流したのかも覚えていない。どれだけ呪いで内側を焼き尽くされたか分かったものじゃない。

 

 

 これは俺にしか使えない。

 今の俺だからこそ辿り着けた答え――

 

 

「――接続完了、理想郷限定再現」

 

 

 最果てより遠き理想郷の限定再現。

 これは傷付ける世界に在らず、ただ厄災を封じ込める事にしか特化していない存在しない第三宝具。

 

 

「――――」

 

 

 もう手遅れかもしれない。

 こんな事をしたって彼女は望まないだろう。

 

 今更、本当に今更な話だ。

 アルトリアを救ってモルガンを犠牲にせずとも良かったあり得ない未来があったなら……

 

 いや、そうじゃない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 無理だって分かっている。二人は対極で、どちらかの運命しか選べない。だからモルガンを傷つけた。

 

 本当に今更だ。

 本当に愚かしくて独善的で最低な人間だ。

 

 だけど、それでも手を伸ばす。

 これは湖の乙女(ヴィヴィアン)から彼女(モルガン)を取り戻す為の、最後の切り札――!

 

 

「させるものか。まだやるのなら四肢を落とすまでだ」

 

 

 不死の呪いをかけたのが仇となったとは言わない。

 所詮はただの人間。神の力もなければその存在自身が特別という訳でもない。四肢を落とし、昏き湖に沈めればそれで終わり。地を這う虫けらが如何に手を施そうと天に届かぬ事をヴィヴィアンは絶望という現実を以って叩き潰す。

 

 

「――堕ちろ、祖は最果てに在りし嵐の錨。昏き世界に堕ちし十三の牙」

 

 

 昏き湖に浮かぶ十三の聖槍。

 その一つ一つが最果ての槍と同じ出力を兼ね備え、尚且つ十三に纏わる呪い。対象を呪い殺すという概念まで付与された聖槍。呪われたら身体の内側から自壊していく悪辣な呪いが込められた嵐の錨がラスカに向けて放たれた。

 

 

 

「『終焉を象りし十三の牙(ロードレス・キャメロット)』」

 

 

 それはモルガンの復讐心をヴィヴィアンが形作る円卓を滅ぼし、ブリテンそのものを支配する意志の具現化。この世界では何処にも逃げられない。

 

 

「――対終焉、対粛清宝具展開。もう一つの全て遠き理想郷」

 

 

 もう逃げるつもりはない。

 これは業。守るが故に世界から遠ざける世界の業。滅び行く世界、どうしようもない終焉を封じ込める最果ての理想郷。

 

 

「――帰ってきやがれ、大馬鹿野郎!!」

 

 

 これは傷つける為に在らず、これは救う為にあるもう一つの遠き理想郷。昏き湖を照らすように最果てに輝く第三の宝具。その真名を解放した。

 

 

「『最果てに紡がれし理想郷(イマージュ・オブ・アヴァロン)』‼︎」

 

 

 ああやっぱり。

 お前(モルガン)はさ、騎士王(アルトリア)そっくりだよ。

 

 他人に迷惑かける所…とか……さ。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 沈む。

 昏い湖の底へと沈んでいく。

 

 ヴィヴィアンに身体の支配権を奪われ、私の人格は奴の心象の水底へと沈んでいく。

 

 寒い、冷たい、苦しい。

 ただ沈むだけなのに此処まで冷たくて、此処まで何もない世界に感覚すら溶けていく。自分が何処にいるのか、何処まで沈んでしまったのか分からない。

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 こんな結末なんて認めない。ヴィヴィアンも私だ。三つの人格それぞれが独立し認め合っている中で、ヴィヴィアンだけが私の人格全てを支配し閉じ込め、支配権を奪った。

 

 こんな結末があってたまるか。

 私はモルガン・ル・フェだ。このままずっと此処に沈み続けるなんて認めない。

 

 

 誰も居なかった。

 私にとって、全てが駒に過ぎないから。

 

 誰も助けなどこない。

 私はヴィヴィアンを取り戻すだけの力がない。

 

 ただ沈むだけ。

 沈み続けて、その先には何もない。

 

 

 

 

 

 もう、自ら意識を閉じてしまおう。

 そうすれば孤独な世界でも夢だけは見ていられる。怒りも憎しみも苦しみも全部捨てて、ヴィヴィアンに渡せば苦しむ事もなくなる。

 

 そう思い瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……眩しい。

 瞳を閉じるには眩し過ぎるくらいに光に溢れていた。

 それは何処か心地よくて、何処か優しくて、何処か暖かい。そんな光が顔を撫でる。

 

 瞳を開けると、そこには手を伸ばす誰かが居た。

 顔も見えない、誰なのか判別は出来ない。

 

 その手はボロボロだった。

 腕は呪われていて、黒い斑点が至る所に浮かんでいる。

 

 なのに不思議と不快感はなかった。

 その手を信じて手を伸ばした。もう無駄かもしれないと思った私の最後の足掻きだ。

 

 あと少し……あと少し……

 

 そうして私の手を強く掴んだ。

 その手は温かくて、何処かゴツゴツしていてしっかりとした男の手だった。

 

 

「――――」

 

 

 その時、微かに見えたその男の顔は悲しくも笑っていた気がした。

 

 

 

 




 第三宝具
 
最果てに紡がれし理想郷(イマージュ・オブ・アヴァロン)
 * ランク:EX
 * 種別:対粛正/対終焉宝具
 * レンジ:50
 * 最大捕捉:1

 対象をラスカの生み出した最果ての理想郷に封印する。マーリンの『(ガーデン)』を聖剣の鞘の妖精郷の結界の擬似再現。神代紋様が二つあった事で可能となった。庭を結界で囲み、定めた対象を最果てへと封じるだけの宝具である。一見するとモルガンが生み出した『罪なき者の塔』に似ているが、違う所は最果ての技術、ロンゴミニアドの収納、保管技術を用いて編み出されて対象を選定し、保管し封印するという事。この技術を用いてモルガンからヴィヴィアンのみと、ヴィヴィアンの使っていた宝具全て丸ごと封印するという事を可能としている。

 言うなればアキレウスの盾の性能にも似ているが、最果てへと送る時点で魂まで理想郷に束縛されかねないので、容易に使えば抑止力が働きかねない。

 ただしこれは傷付けるものではなく、彼女を助ける為だけに生み出された存在しない第三宝具である。

 ★★★★★

 良かったら感想、評価お願いします。
 次回最終回です。

もし番外編がもう一つ書くとするなら?

  • 妖精郷の女王モルガンと賢者ラスカの一日
  • 神聖キャメロットでの槍王とラスカ
  • カルデアでのラスカの奪い合い
  • モルガンかアルトリアの純愛物語
  • IF もし逆行した原因がモルガンだったら

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