「いやー犬獣は凶敵でしたねえ」
「………」
「……今思い出しても身の毛がよだつ、隆々とした体格に黒い体毛、狼をも連想させる犬獣は……モふりたかった」
「…………」
「マックスさんもそう思いません?かっこよく登場しようとして敷石に足を引っ掛けて転んだ挙句犬獣と戯れて高町さんに助けて貰ったマックスさん?」
「もう、勘弁してくれ、ください……」
「……そこは反骨精神を見せてくれないと困る」
神社での騒ぎから数日後、明日は中学校での催し物か何かで小学校が午前授業となり、更にその翌日は休日ということも重なってクラスでは生徒たちが楽しそうに遊びに行く約束や計画を練っている。
かく言う三人組も明日は午後からずっと遊ぼうと計画を立てていた。
途中から先日のマックスのドジを弄る流れになってしまっていたが。
あの日、いざ行かんと飛び出したマックスは茂みから出た瞬間に神社の敷石に足を引っ掛けて豪快にこけた。
それはもうある種、芸術的ともいえるこけ方だったという。
その時の惨事はなのはやユーノ、竜馬は勿論のこと、知性を持たないジュエルシードの暴走体である犬獣でさえ気まずげ空気をただよわせた。
どんな怪我でも魔力と強度があればある程度防いでくれるバリアジャケットも羞恥心からは彼の身を守ってくれず、よろめき生まれたての小鹿の様に立ち上がったマックスの顔は非常に言葉では表現しきれない状態。
なのは達の顔を直視できず、俯きながら彼は必死に恥ずかしさを紛らわすために事前に決めていたOREZITUHAのセリフを何とか言い切るとまず犬獣が我に返りマックスに襲い掛かった。
この時点でなのははバリアジャケットへの変身が済んでおり幼いながらに身に秘めていた強力な魔力を外へと放っていた。
そしてユーノはなのはの肩に、竜馬はなるべく遠い所へと避難をしていた。
そのため犬獣は本能的に一番組し易いであろう身も心もボロボロなマックスへとその牙を向けたのだろう。
犬獣に襲い掛かられ再び成す術もなく地面に転がるマックス。
踏み台として非常に印象のあるデビューを果たすことが出来たが、はっきり言って犬獣で前足で転がされて頭を齧られている姿はドリフも真っ青な絵面であった。
その後、彼が転がされて悲鳴を上げている姿に我に返ったなのはが砲撃魔法で犬獣だけをピンポイントに吹き飛ばしてジュエルシードを封印。
その間にもう一度なんとか立ち上がったマックスは定番の『さすが俺の嫁ry』発言を発してなのは達に何か言われる前に全力疾走して二人が待つ家へと帰って来たのだった。
最初は二人もマックスに同情して傷を抉らずそっとしていたのだが、うじうじした状態が3日4日と続くと流石に今後の介入に影響が出ると考えわざと弄ったりして元のペースに戻そうと奮起していたのだがご覧のありさまなのであった。
ちなみに当の現場を目撃したなのはと竜馬は学校では今までの冷たい目から一転、そっと生暖かい目で項垂れているマックスを見守り、すずかやアリサから二人の態度の変化にいったい何があったのか不気味がっていたりする。
もう踏み台も何もあったものではない状態に陥っていた。
陰鬱とした空気を全身から発しているマックスに大地は彼の肩を掴んで揺さぶる。
「あーもう、うじうじしてるとこっちまで暗くなってくる!ショックで引きこもらずにちゃんと学校来てるあたりは評価するけど、そろそろ立ち直ってくれないと困るんだよ!?」
「……もうすぐ市街地で木が暴走するお話になる、ここで何らかの問題が発生した時に私たちが動けないと大変な事になる」
がくがくと揺らされてもなお、大地にキレることも無くされるがままとなっているマックスはハイライトを失った目でボソリ、ボソリと言葉をこぼす。
「もう、放っておいてくれよ二人とも、所詮俺には無理な事だったんだ……」
「よく聞けマックス!」
いつになく真剣な大地の声にマックスは驚いて俯きがちだった顔を上げる。
そこにはマックスの知らない独りの漢がいた。
「マックス、今お前に足りないものを教えてやろう!」
「足りない、もの?」
その漢の言葉にマックスは自然と疑問が口から滑り出す。
彼は一つ首肯するとマックスの鼻先に指を突き付けて言葉をつづける。
「ああ、そうだ!お前に足りないのは燃える心だ!これが無い男はどんなに強いモノノフであろうとダメになる、分かるか!?」
「お、おう……」
「というわけで過去の失敗で腑抜け切ったお前に再び燃える心を与えるためにこれを用意した、受け取れ!」
そう言って大地がマックスに突き付けたのは先日バス通りにオープンした全国でも有名な娯楽施設の入場券だった。
「ユートピアって確かあのユートピア、だよな?それがどうし……な、これは」
マックスも当然この娯楽施設の事は知っていた。
暑い季節になるとほぼ必ずCMで流れている独特なメロディー、そして画面いっぱいに広がる水飛沫に映像だとわかっていても涼しく感じてしまう有名なソレは老若男女問わず魅惑を感じざるを得ないものだった。
「そうだ、明日プールに泳ぎに行く!水着の準備をぬかるなよ!」
大型レジャー施設『海鳴ユートピア』のチケットを手にしたマックスは歓喜に心が震えていた。
大地の渡してきたチケットを手にしたことで彼が言わんとすることがマックスにも真に理解できたのだ。
そこから来るのは歓喜、心の底から湧き出る感情にマックスは先程までの陰鬱な状態は何処へと言わんばかりに生気に溢れた状態へと成る。
そしておもむろに目の前の大地、いや一人の友の肩に手を置き、吐き出すように言葉を紡ぐ。
「大地っ!お前の事を俺はどうやら今まで見縊っていたようだこれまでの非礼も含め許してくれ!」
「なーに、いいことさ。俺たちは友なんだ、当然のことをしたまでだ」
突然の謝罪の言葉に大地は驚くことなく鷹揚に頷き、彼もまたマックスという一人の友の肩に手を置く。
「大地!」
「マックス!」
「「我が友よ!」」
「……え、プールに行くって、今はじめて聞いたんだけど」
そして、オルガはというと二人の暴走に置いてきぼりにされていた。
いつもとは違い肩を組み合ってHAHAHAと笑う二人の後ろには先程大地が取り出したチケットがひらひらと舞っていた。
地面に落ちたチケットの表には『皆でもっとユートピア!』とカラフルな色調で描かれた謳い文句とオープン限定バージョンということで様々な聖衣に身を包み、たわわな果実を持った女神たちがその存在感をアピールしていたという。
◇ ◇ ◇
「マックス!プールだぞプール!」
「だな大地!プールだ!」
翌日、学校の午前授業が終わると同時に教室から駆け出した二人は各々の家に荷物を放り投げ、プール用のバッグを引っ掴み待ち合わせ場所のバス停前までやってきていた。
バスが来るまでの間、荷物に忘れ物が入念にチェックをしてる二人。
その時ふとマックスが思い出したかのように呟いた。
「そういえばオルガは結局あんなに誘ったのに珍しく来なかったな」
彼の脳裏にあるのはもう一人の友人、いつも冷静沈着で二人のフォローをしてくれる掛け替えのない存在だ。
マックスは、どこかに行けば必ず二人の近くにいる彼がいないことに少し寂しさを覚えていた。
そんな彼の様子に気づいた大地もまた同様に寂しさを覚えながら言葉を紡ぐ。。
「確かに、彼にしては彼らしくないというか、まあカナヅチだからバレるのが恥ずかしいとかそんな理由じゃない?意外にそんな強情な所があるからさ」
「ふーん、お前って抜けてるようで意外に見てるんだなあ」
その何気ない一言に大地は驚いた顔をしてマックスの顔を繁々とみる。
その反応にマックスもまた何か変な事を言ってしまったのかと焦る。
すると大地はそっと己の身体を抱きマックスから距離を取っていく。
「え、何デレ期?ごめんなさい、男はノーセンキューなんだ。悪いがホモは帰ってくれないか」
一瞬固まる空気。
他に並んでいるバス待ちの客たちも心なしかマックスから一歩二歩と距離を置いている。
その言葉に茫然としていたマックスだったが、暫し後に大地の言葉を再認識して爆発する。
「褒めてやったらこれかよ!?昨日のお前は何処逝った、お前ってなんでそう残念なんだ!」
「失敬な!残念王のマックスよりは残念じゃない!」
「よーし、よし、ちょっと面貸せ!プールの底に沈めてやる!」
褒めなければ良かったと後悔しつつ大地に掴みかかるマックス。
大地は掴みかかれながらも彼の大事な友人がいつもと同じ様子に戻ったことに嬉しそうに笑みを浮かべていた。
聖小前のバス停からバスに乗って15分。
バス通りに新しく増設された海鳴ユートピア前で降りた二人は持参したチケットを手に中に入った。
オープンして間もないということもあって施設内はどこもかしこも人だらけで移動するのも大変な状態だった。
二人はへとへとになりながら漸く更衣室に辿り着くと、あっという間に着替えをすまし消毒プールを超えて目的地へと足を踏み入れた。
「これは凄い、外から見ても大きかったけど中は想像以上にもっと広いや」
「流石、全国展開するチェーンだけあるな」
二人の目に飛び込んできたのは巨大なウォータースライダーに、大中小と大人から子供の事まで考えられて設置された多種多様な種類のプールの数々。
中でも一際気を引かれたのは入った時から楽しそうな悲鳴が上がるウォータースライダーだ。
ウォータースライダーの前にはお昼を過ぎたこともあってか沢山の人々が順番待ちをして並んでいる。
「おお、楽しそう……」
「今日の目的はそこじゃないだろ」
楽しそうな声に釣られてふらふらと歩いていく大地を捕まえたマックスは案内掲示板を頼りに正反対の方向へと進んでいく。
ウォータースライダーを後にした二人が向かったのは大人向けの室内ビーチの横に併設されている子供用プール。
一見ごく普通のプールにしか見えない場所が彼らの目的地にしてユートピアだった。
いそいそとプールに入った二人はこれまた持参したビーチボールで楽しそうに遊び始める。
ただし、彼らの目は別のボールを見ていた。
『おい、あそこのお姉さん見てみろよ、すっげえぞ!』
『いやいやマックス氏、横のビーチチェアで寝転がっている御仁を見て見なさい』
『!?仰向けに寝ているせいで押しつぶされて脇からはみ出ているだとっ!な、な、なんてけしからん』
『ただ弾めばいいという訳ではない、チラリと見えるチラリズムこそが最も漢の本能をくすぐり、最高の刺激を、夢を与えてくれるのだ!』
『大地!いや師匠、師匠と呼ばせてくれ!!』
『ふふ、マックスよ、道は険しいがついてこれるかな?』
『おう!』
『良い返事だ!』
余りにも最低でゲスな二人であった。
二人は身体のスペックをダメな方向にフル活用して必死にその光景を目に焼き付けようとする。
暫くして、プール内は機械の持ち込みがお断りということもありデバイスを持ってくることが出来なかったことを悔やんでいるマックスはふと視界の端にとてつもない光景を見つけ、驚愕する。
『お、おおおおお!?だ、大地!あそこ!!』
『へ?ふおおおお、まさかあれは伝説の波で紐が解けてからのPORORIなのか!?』
「まさかこの目で見れる日がこようとは!」
「なんて、なんて素晴らしい!生きててよかった!!」
興奮のあまりカモフラージュであるボールを取り落としガン見をする二人。
そんな二人に水を差し、二人の肩にぽんと手を置くものがいた。
「ちょっと君たちいいかな?他のお客さんのご迷惑になるからお兄さんとこっちでお話ししないかい?」
その手は獲物を逃がさない狩人の鉤爪もかくやといった力が込められており簡単には外せない。
二人の顔は絶望一色に染まった。
◇ ◇ ◇
「うう、結局走って逃げてきちゃったけど、もうあそこ行けないよ……」
「不覚だった、戦いの中で戦いを忘れるとは……!」
あの後全力で監視員の青年の手を振りほどき全力で逃走した二人はバス通りをとぼとぼと歩いていた。
「てか逃げたらあの人凄い勢いで追って来たよね、プールは走るなって」
「見事なブーメランだったよな、あそこで偶然波の出るプールが故障して大きな水しぶきを上げてくれたからいい目隠しになって逃げれたが、もしあれが無かったら捕まってお縄になってた気がするな……」
あの青年に捕まった未来を幻視したのかぶるりと震えるマックス。
そんな彼の様子に大地は苦笑しながら呟く。
「でも、来てよかっただろ?」
夕日に照らされながらニヤリと笑う大地にマックスもまた思わず笑みをこぼし答えた。
「ああ、最高だった!」