勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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とある女魔術師のお話

 

 

 

 

 

 スーイ・コメーテストと名乗り始めたのは何年前からだったろうか? 

 100、200、いやそれ以上前か? スーイの方は大切なものだけど、コメーテストはノリで付けたからたまに忘れてしまう。

 

 こういう時は昔から思い出すのがいいだろう。そう、さいしょから、ずーっとむかしから。

 つまらない話だけども、思い出したついでです。折角ですし語ってみましょうか。

 

 本当に、つまらないお話だけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火が回り込んでるね。逃げ場は?」

 

「多分全部潰された。強行突破は無理でもないけど、現実的じゃない」

 

「まさかこんなことされるなんてね。いくら私達が怖いからって、村ごと焼くかなぁ?」

 

「ドラゴン様の遺体もこれじゃあ焼けちゃうね。残念だなぁ」

 

 

 危機感を感じられない雰囲気で話している年上の精霊(エルフ)達を眺めながら、スーイは床に熱線で落書きをして遊んでいた。

 スーイは村の中で一番若い精霊(エルフ)だったから、みんなに蝶よ花よと愛でられて育ち、かなり我儘な性格になっていたが、そもそも人格を形成するのに足る情報をまだ得ていない赤子同然の存在であった。

 

 彼女が知っていることは二つ。

 一つは自分達が精霊(エルフ)と呼ばれていること。土地の魔力から生まれるその概念は、生まれつき強大な魔力を持ち、非常に優れた身体能力と魔術への適性を持つのだとか。

 もう一つは、精霊(エルフ)は嫌われ者だということ。力は強いくせに気まぐれで、何をしでかすか分からない。そういう評価を世間からはされている。精霊(エルフ)の立場として言わせてもらうと、ただ何も考えずのほほんと暮らしているだけなのだが、天災が何も考えずのほほんとしていると言えば周りに暮らす者達からしたらそれはそれは恐ろしいことだろう。

 

「うわー、もしかしてと思ったけど魔族と人間が手を組んでる。凄い、私初めて見たかも」

 

「そんなに僕達が嫌だったのかなぁ。嫌なら嫌って言ってくれりゃあ良いのに」

 

「どうします村長? これ、逃げられなさそうですよ。ここにいる私達以外はみんな殺されちゃいましたし、多分今から全力で応戦しても魔力切れで負けます」

 

「うーん……仕方ない。ちょっとおいでスーイ」

 

 長老に呼ばれたので、スーイは落書きをやめて小さな手足を動かして長老の元へと歩いていった。ただそれだけなのに周りの精霊(エルフ)達は可愛いだの愛らしいだの漏らしている辺り、彼らの妹への溺愛っぷりは半端では無いのでしょう。

 

「今からみんなで頑張って君をここから逃がす。心配しなくてもいい。君が、『翼』を授かった君が生きていれば我々はみんな生きているも同然だ」

 

 まぁ、死にたくないし生かすなら自分だろうなとは思っていたのでスーイは納得こそしていたが、一つだけ心配事があった。

 

 自分一人になったら何をしようか。

 暇なのは嫌いなので、遊び相手くらい欲しいのだが、皆の話からそれが叶わないのはなんとなくわかっている。でも暇なのは嫌だ。

 

「心配する必要は無いよスーイ。何が楽しいか、何がしたいかというものは君が今から決めるものだ。どんな形でもいい。どうか、楽しく生きてくれ」

 

 

 

 

 その日、精霊(エルフ)は事実上完全に滅亡した。

 土地から生まれる彼らの発生源である土地は完膚無きまでに壊され、生き残りが居ないように徹底的に殺された。たった一人の生き残りは、とりあえず暇なので逃げ切ったことを確認してから、餌を探すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっ、……は」

 

「ほーら、早く話さないと死んじゃうよ?」

 

 女の子の首をにぎにぎとしながらスーイは歌うように問いかける。彼女は嘘をつかれる事は別に嫌いではないし、嘘を吐くことも人間の素晴らしい美徳だと考えている。

 

 だが、気に食わない。

 

 彼を騙したのは心底気に食わない。彼を騙していいのは私だけだ。彼を弄んで良いのは、私だけだ。

 考えれば考えるほど、細い首を締め付ける手には力が篭もり、今自分が人間の幼い女の子の首を締めているという事実も忘れかけてしまう程。

 

「っと、これ以上は殺してしまうね。ほら、離してあげるからさっさと話しな。それとも、もう一回絞められたい?」

 

「……けほっ、ぁ……」

 

 ちょっと強く絞めすぎたのかリーンの様子がおかしいと思い、そこでスーイは人間が酸素を吸えないと肉体や脳の動きに影響してくるということを思い出した。軽い痙攣を起こしているし、もしかしなくてもちょっとまずいかもしれない。

 

「ちょっと失礼……ここかなっと、えいっ」

 

「!?」

 

 リーンの体に比喩なしに電流が走る。

 さすがに今度こそ死を覚悟した彼女であったが、一瞬の痺れの後に先程よりも呼吸が楽になっていることに気がつき、首を傾げる。

 

「精度が私の売りだからね。リスカみたいに周りごとぶった切ったり、ホシみたく丸ごと飲み込んだり、ギロンみたく周囲を更地にするなんてことはしないからさ。ほら、恐れないで、恐れていても何も始まらないよ?」

 

 一歩、目の前の怪物との距離が縮まる。

 怪物、そう怪物だ。リーンの10年にも満たない人生経験でも、目の前にいる存在が『怪物』であることには気が付ける。人間という生命に与えられた危機感知能力が、目の前の存在から逃げろと全力で警鐘を鳴らしている。

 

「まぁ怖いよね。でも君の手足はまだ動く。口だって動く。やれることは全部やった? 本当に? まだやれるんじゃないか? 逃げる手段は、勝つ手段は、本当に残されていないかな? まだ投げ出すには早すぎるんじゃないかい? 

 ──────君の持てる全てを出し切ってから。絶望するのは、それからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔ばなしの続きです。

 

 スーイは暇なのでとりあえずそこら辺の魔獣を捕まえて食べたり、寝たり、空を飛んだりしていた。スーイは生まれつき強いから、誰もスーイには勝てなかった。もしかしたら自分が戦っていればあの日、皆を助けられたかもしれないかもとかも考えたけれども、めんどくさいしやらなかっただろうなぁとすぐに記憶から消した。

 

 そんなある日、山の中でぼーっとしていたら人間が通り掛かった。ちょうどお腹も減っていたし、人間っていうのは村のみんなの仇であることも思い出した。

 とりあえずお腹も減ったし、食べよう。

 

 

「ひぃ!? 魔獣!? 魔族!? いやなにこれ! 来ないでください!」

 

 

 その人間のメスは魔術師だった。出会い頭に魔術をぶっぱなしてきたが、スーイの体表は大したことの無い魔術なんて防御しなくても勝手に打ち消す。間合いを詰め、爪で一薙か『翼』を使えば終わりだ。

 

 

「──────解析完了。純粋な魔力防御か。ならこれだね」

 

 

 そう思っていたら、その人間のメスは懐から何枚かの鉄片を取り出して、今度は魔術を使ってそれを射出してきた。だが、その程度のモノが自分の皮膚を貫くことがありえないのはスーイはよく知っている。だから、止まらずに突っ込もうとした。

 

「!?」

 

 そして、生まれて初めての感覚と出会う。

 体の一部が急に熱を帯び、思考が途切れかけるほどの鋭い感覚が発生する。赤色の体液が零れ、零れた箇所が上手く動かない。

 

「…………痛い?」

 

 理屈ではなく本能で、その感覚を理解した。

 

 痛い。痛い? 痛い……? 痛い!? 

 

 意味がわからない。何故人間の、大したことの無いどう見ても弱そうな人間の魔術が自分に『痛い』を味あわせている!? だがその答えが出る前に、立ち止まっていたスーイの腹にまた『痛い』が走る。

 

「魔術師だって最近は結構近接戦するんだよ? まぁ、私以外はあんまりしないかもだけど」

 

「──────ュ」

 

 腹を思いっきり蹴飛ばされてまた『痛い』が走った。

 そのまま吹き飛ばされて木に叩きつけられて、今度は腕と足を何かで貫かれて磔にされる。

 何が起きたかなんて理解する暇もない。ただひたすらに痛い。痛い。そして、分からない。なんでどう見ても自分より弱い、魔力も少ない人間のメスが、自分に『痛い』を与えられる? 

 

「さて、貴方の体表で発せられている魔力防御はもう逆波長の解析は済んだから無効化したも同然だよ? この距離なら頭を潰せる。何か言うことは?」

 

「……ごめんなさい?」

 

「えー、私を殺そうとしておいて、それだけ?」

 

 人間のメスが構えている杖に徐々に魔力が収束していく。あ、やばい。これ言葉を間違えるとろくな目に遭わないやつだ。

 

「こ、殺そうとしてごめんなさい? 助けて、ください……」

 

「はー? 違うでしょ? 私より弱いくせに私の事殺そうとしたんだよ? もっと誠意ってものがない? ねぇ? ねぇ!?」

 

 この後スーイは3時間、磔のままでこの人間のメスにひたすらくどくどとよく分からない説教とダメ出しをされ続けた。何故自分がこんな目にと、スーイは思っていたが、後々考えてみれば殺そうとしたのに問答無用で殺されなかっただけ有情ではあったけど、それはそれとして自分がこんな目にあったことは永遠に納得できそうになかった。

 

 

「えぐ……ごめんなさい……弱いくせに、人間様の足元にも及ばない下等生物の分際でぇ……ひぐっ、楯突こうとしてごめんなさい、視界に入ってごめんなさい……何でもするので、もう許してください。手が、もうちぎれちゃいます……お願いします……お願いします……命だけは……」

 

「よし! 立場ってもんがわかったようね! それじゃあ治療してあげるわ!」

 

 

 ようやく磔から解放されて、まだ自分の掌がちゃんと繋がっていることに安堵したスーイは、無抵抗で人間のメスに担がれて、どこかへと拉致られた。

 その間、完全に油断している人間のメスの首を噛みちぎってやることも出来たかもしれなかったが、完全に理解(わか)らせられていたスーイにそんな事を考えるような生意気さは、もう一片も残されてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 実はこの女魔術師、この時の私は知らなかったが、数年前に『魔王』と呼ばれていた魔族の強力な個体を打ち倒した4人の人間の戦士の内の一人だった。

 

「ねぇ、なんでアンタ私に勝てたの?」

 

「いやスーイが弱いからだけど?」

 

 そんな事を知らなかった当時のスーイはとにかくこの女がなぜ自分に勝てたのかが気になって仕方なかった。生まれて初めて、何かに興味を持ったと言ってもいい。

 

「……スーイは、私みたいに強くなりたい?」

 

「いや。別にアンタみたいになりたいとは欠片も思わないけど、気になる」

 

「ふーん……まぁいいよ。教えてあげる。なんで私がこんなに強いのかを、クソザコな貴方に手取り足取りね」

 

「ヒッ、ご、ごめんなさい……ウジムシ以下の私が貴方様みたいになりたいなんて思ってしまってごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……」

 

「あ、ごめん! 本当にここまで卑屈になると思って無かったからさ! 真面目に答えて!」

 

 あと、スーイはボコボコにされたのが結構トラウマになっていて時々変なスイッチが入るようになってしまっていた。

 

 

 

 ……そしてその日から厳しい修行が、始まったりはしなかった。

 

 まずは女魔術師はスーイにひたすらに言葉を教えた。別にスーイは相手の言語を勝手に理解できる権能を持っていたのでいらないと言ったが、それでも女魔術師はスーイに言葉を教えた。

 

 スーイは言葉に込められた意味を知った。

 

 そしてその後は歴史を教えられた。意味のわからない争いや、文化や、発展。魔術史についての授業は最初は逃げ出したくなるくらいつまらなかったけど、最後の方は自分から教えを乞うくらいになっていた。

 

「魔術の歴史は願いの歴史なんだよ。人がもうちょっとだけ便利な暮らしをしたい。もうちょっとだけ大切な人を守れる力が欲しい。そういうものを積み重ねて、今の魔術体系が生まれたんだ」

 

 ある程度学んできたスーイは、女魔術師が夢見がちな人間であることを知った。

 そんな美しい真実ばかりがある訳でもない。魔術の進化の歴史、他者を蹴落す為のものも、より多くの敵を殺すためのものも幾つもある。それでも、魔術について楽しそうに、悲しそうに語る女魔術師の横顔を見るとスーイは何も言えなかった。

 

 

 そして、いよいよ魔術について教えて貰えると思ったら今度は女魔術師の身の上話をされた。

 女魔術師は、優秀な魔術師を多く出している家系の三女として生まれた。長女は祝福を授かって生まれ、次女はパッとしない才覚で、彼女は特に期待もされていなかった。何故ならば、祝福を授かって生まれた子が居たからだ。

 祝福は魔術では解明できぬ真理の向こう側の力。魔術だけでは叶わぬ事を簡単に施す魔性の光。

 

 そんなものよりも、一つ上の姉が彼女に見せてくれた、光で蝶を作る魔術の方が、ずっと彼女は好きだった。一つ上の姉には才能と呼べるようなものは何も無かったが、彼女が教えてくれた魔術が、誰にも期待されずに生まれた自分を笑顔にするためだけに彼女が三日三晩寝ずに生み出したその魔術が、彼女は大好きだった。

 

 

「ほら、この光る蝶すごく綺麗でしょう? これはね、私の為だけに作られた、私の為だけの魔術なの」

 

 とある夜に女魔術師が見せてくれたその魔術は、確かに綺麗だった。

 その魔術に破壊する力はない。その魔術に守る力はない。けれども、その魔術はこの世のどんなものよりも、美しかった。

 

 

 女魔術師の半生についての話は、そこからはざっくりとしたものだった。

 魔王と呼ばれるものが現れて、祝福を持つ姉が殺されて実家に呼び戻されて、そして勇者と出会った。

 彼は真っ直ぐで、愚直で、一度決めたら止まれないとにかく直線な人間だったらしい。そして、彼女の一つ上の姉が作った魔術を、心の底から賞賛してくれた。それだけで彼女は彼について行くことにしたらしい。意外とちょろいなこの女と思った。

 

 旅には楽しさがあった。

 旅には苦難があった。

 旅には、終わりがあった。

 

 

 魔王との激戦で、女魔術師以外の仲間の3人は息絶え、彼女だけが生き残った。

 

 

 

 

「なんでそんなこと、私に話したの?」

 

「君に私の魔術を教える前に、どうしても知っておいて欲しかったからだ」

 

 女魔術師はただ笑顔を浮かべていた。

 自分が教える魔術に、自分の全てを費やしたことを覚えて欲しいと語って、女魔術師はスーイの『師匠』になった。

 

 

 

 そして一転、信じられないくらいのスパルタ指導が始まった。

 多分、人間だったら何百回も死んでいた。それだけ師匠が魔術に関しては本気であり、今まで妥協なく生きてきたという事をスーイは知った。

 

「スーイ、なんか好きな食べ物ある?」

 

「人間の肉」

 

「うん、それ以外で」

 

 師匠はスーイが一つ壁を乗り越えると決まって豪華なご飯を用意してくれた。実は食べ物の味の違いなんてよくわからなかったけど、嬉しそうな師匠の顔を見るのが楽しくて、スーイは適当に答えていた。

 その内、味が分からないのに師匠が作る料理が大好きになっていた。

 

「……え!? アンタ人間じゃないの!? ……精霊(エルフ)! え、数百年前に天災で滅んだって、えぇ!? 滅ぼされた!? 嘘ォ!?」

 

 スーイはある日、村の長老たちがスーイにかけてくれた認識阻害の魔術をうっかり解いてしまって、正体がバレてしまった。

 そして、精霊(エルフ)の真実を伝えると一言だけ謝られた。けれど次の日から特に何も変わらず師匠はスーイに接していた。

 

 師匠は、自分に貴方に償えることは何もないと言っていた。

 もしも人間が憎かったならば、私が教える技でいつか私を殺しなさいと言っていた。それだけ言って、師匠はいつも通りスーイを『スーイ』として雑に、それでいて丁寧に魔術を教えてくれた。

 

 釣りも、料理も、狩りも、教えてくれた。

 どうでもいいことを、かけがえのないことを沢山教えてくれた。目を閉じて、目を開けたら経っているような100年にも満たないその時間の中で、師匠はスーイにたくさんの事を教えてくれた。

 

 

 

「……なんで、私に魔術を教えたの?」

 

「強請ってきたのはそっちでしょう?」

 

 

 もう魔術を教えることも出来ないくらい弱った師匠のそばで、スーイはまた一つ疑問を呟いた。

 

「……本音を言うとね、誰かに受け継いで欲しかったの。私が受け継いできたものを、私が知ってきた、大切な人の事を、ずーっと誰かに継いで欲しかったの。でも、名前はいつか忘れられてしまう。だから、魔術に全てを込めたの。私達が、こんなに頑張って生きてたんだよって、誰かにずーっと覚えてもらいたかった」

 

 師匠の人生の喜び、怒り、悲しみ、嘆き、その全てが込められたのが魔術だった。ようやく、自分は師匠という人間の全てを授かったのだとスーイは理解した。

 そして、スーイはまた一つ知らなければよかったかもしれない事を知る。

 

 

「師匠、死なないで」

 

「それは無理だね。人は死ぬ」

 

「嫌だ。私、師匠が好きだよ。離れたくないよ。私、絶対師匠のことも、魔術も忘れないから、もっと良い子にしてるから。料理も手伝うし、掃除もするから」

 

 

 褒められる事を、怒ることを、怒られることを、楽しむことを、共有する事を、伝えることを、自分以外の事を教えてくれた相手。スーイを『スーイ』にしてくれた大切な、自分にとって欠けてはならない何か。スーイはそれを愛だと知った。そして、失うことの恐ろしさも知ってしまった。

 

「師匠がいなくなったら、私はもう生きていけない。責任、取ってよ」

 

 

「責任ならもう取った。スーイには、私の全てを伝えたよ。あと、私もスーイのこと、それなりに……いや、うん。頑張れ。()()()()()()()

 

 それが師匠の最後の言葉だった。

 スーイは、自分が託されたものの重さを知った。スーイは、その重さの苦しさを知った。そして、その温かさを知った。

 

 でもスーイは理解できなかった。

 彼女は人間ではなかったから、それがどれだけ美しいと思っても、どうしても理解だけは出来なかった。飲み込もうとしても、喉の奥に手を突っ込まれたかのように吐き出してしまう、どうしようもなく、スーイはバケモノでしか無かった。

 

 温かで残酷な呪い。

 スーイはその日からひたすらに魔術を磨き続けた。

 これだけが師匠が生きた証であり、これだけが師匠との絆であり、これだけがスーイにとって楽しい記憶の名残だったから。

 

 スーイは人の営みを見続けた。頑張って、精一杯、弱い手足で生きる営みを見続けた。

 

「……わかんないよ」

 

 それを美しいと思えるのに、それが何なのかを理解できない。美しいと思っても、楽しむことが出来ない。

 人生って、なんなんだろう。人じゃない私にそれってあるものなの? いつも答えてくれた人は、もう土に還ってしまった。

 

 スーイの魂は、どうしようもないくらいに囚われてしまっていたのだ。

 このまま生きることへの意味を感じられない。あの時の、楽しかった記憶を再び味わうことは出来ない。それでも、自分が死んでしまえば師匠の事を誰も覚えてくれなくなる。それにまだ()()()()()()()()()()。師匠からの最後のお願いが、果たせない。

 

 最早どこにも辿り着けない。

 種族が滅んだ時点で居場所なんてこの世のどこにもなかった。もう一度見つけた居場所は、呪いになった。

 

 

 

 起きて、魔術を磨いて、人の営みを眺めて、魔術を磨いて、理解しようとして、ダメで、魔術を磨いて、磨いて、また磨いて、笑おうとして、でもダメで、何も楽しくなくて、泣いて、魔術を磨いて、磨いて、磨いて、磨いて、磨いて、磨いて、磨いて、磨く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてまた数えきれない月日が経ったある日、気ままに空を散歩していると一人の人間が目に付いた。

 

 

「うぉ!? マジでやばいやばい! 死ぬぅぅぅ!!!」

 

 

 何故か5人の小さな女の子を抱えて、ついでに何故か頭に牛の被り物を装備して巨大な魔獣から逃げ惑うその人間の意味のわからなさに、久しぶりにスーイは興味を持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……優しかったから」

 

「え?」

 

「優しく、してもらいたかった」

 

 リーンはゆっくりと語り始める。

 自分の事をあまり優しくしてくれなかった母親のこと、その母親が突然魔獣になって家を飛び出し、帰ってこなかったこと。

 スーイの事を『お母さん』と呼んだのは本当に偶然で、後ろ姿が似ていたから。すぐに訂正しようとしたけれども、出来なかった。

 

 スーイの隣にいた青年の目。

 生まれて初めてあんな目を見た。暖かくて、不思議な瞳。その心地良さを手放したくないと、その瞳を、自分のものだけにしたいと思ってしまった。だからずっと黙っていた。

 もう死んでいるだろう自分の母親を探してくれるその青年の優しさがあまりにも心地よくて、優しくされることを手放したくなくて、女の子は嘘を吐き続けてしまったことを、涙を流しながら吐露した。

 

 

「…………えぇ。こんな小さい子を目だけでここまで拗らせるか普通?」

 

 

 やっぱ人間って分からない、とボヤきながらスーイは悩む。ぶっちゃけこれはこの子よりも『彼』が悪い。元を辿ればこの子の親が悪いだろう。愛は生まれるものではなく継ぐものだと言うのに、それが出来ないのは親として0点だ。

 

 このまま真実を伝えれば、彼が少しだけ傷つくかもしれない。どうしたものかとスーイは3分ほど考えて、ここ100年の記憶を辿る。ちょうど良さそうな相手を、20年ほど前に見つけた。

 

「仕方ない。許してあげるから、ちょっとこっち来て」

 

「……?」

 

 リーンは、とりあえずスーイの言うことを聞いて彼女の近くへと行くとなんの前触れもなく優しく抱きかかえられた。

 そしてそのまま、スーイは部屋の窓を開けると特に躊躇うことも無く()()()()()()()()()

 

「へ?」

 

「舌、噛まないようにね」

 

 死を覚悟したリーンに対して、スーイは笑っていた。笑いながら、彼女の背中が開く。

 質量保存の法則を完全に無視して、その背中から巨大な黒い筒が何本も飛び出して、金属質な音と共に変形を繰り返す。

 

 

「今から君は人が未だ至ったことの無い空の征服をこの世で唯一味わうことになる。──────しっかりと味わいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・スーイ・コメーテスト
頑張っている人間が好き、というか好きな人間が『頑張っていた』からこそそういう人間が好きになった。彼女にとって自らが身に宿す力よりも、自身の記憶に刻まれた師匠との唯一の繋がりである魔術こそが最も誇れる力である。根本的に何かを頑張れる人が好き。
彼女は、出会いというものが美しいだけのものでは無いことを知っている。出会いは時に、清廉なるモノをどうしようもなく歪めてしまうモノであると。


・師匠
その名前は御伽噺としてしか語られず、本当に実在した人である事を信じているものは、この世でもうスーイだけ。
激戦の中で子を成せない体になり、仲間も失い失意の中で彷徨い立ち寄った山の中でスーイと出会った。


・女の子
本名はリーン。生まれて初めて優しさを知った故に、小さな嘘をついてしまった。



・幼女5人抱え牛頭爆走太郎
天然の人たらし。スーイはさすがにこいつはやばいと思い始めてきた。



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