勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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魔性の彗星

 

 

 

 

 

「と、飛んでる……」

 

「うん、飛んでるね。それじゃ、加速するよ」

 

 空を飛んでいた。

 人類の飛行魔術は未だ空を飛ぶには至らない。正確には、飛行自体は可能ではあるが空を飛ぶことの燃費が、地面を速く走ることより良くなることがない、空を飛んでも利益が出るほどの燃費で使えないと言った方がいいだろう。

 

 だから、空を駆ける魔術は進歩しなかった。

 

 魔術を極めたスーイでもそれは同じ。彼女ですら、魔術での飛行は難しい。

 だからこれは魔術ではない。彼女の嫌う、努力でどうしようもならない、再現性のない、1代限りの特殊な力。

 

「え、お姉さん……皮膚が……」

 

「本気を出すと擬態が剥がれちゃうんだよね。みんなには内緒だよ? 私は──────」

 

 空を駆ける速度が徐々に上昇する。

 鉄の筒のような翼を羽ばたかせることなく、そこから途方もないエネルギーを放出しながら空を舞うスーイの皮膚が剥がれ、鱗が顕になる。爪が鉤爪に、歯が牙に、その擬態が剥がれ落ちる。

 

 

「龍核励起、翼砲展開。精霊特権・骸天苅地(エスパシオ・ネゴ)起動」

 

 

 スーイ・コメーテストは魔王と同じく、御伽噺にしか存在しない既に架空の存在として語り継がれたモノ。

 かつてはその名を聞いただけで多くのモノが震え上がり、許しを乞うた生態系の頂点にして、現存する同種の全てはその足元にも及ばない究極の竜種、天上龍。

 

 

 その亡骸より生まれた精霊(エルフ)

 通称、龍骸精霊(ドラコ・エルフ)。この世でただ一人、その『翼』の権能を持って生まれた空の支配者。

 

 魔力を噴射するという形での飛行を可能にする特殊な形状をした黒い筒のような翼。

 そのエネルギー源となる、無制限に魔力を生み出す胸部の魔力炉。

 空気抵抗を減らす為に編まれ自動展開される魔力障壁と、翼と同時に展開された、突撃の際に更に抵抗を減らす為に身に纏う特殊装甲。

 

 その速度は音すら置き去りにして、彼女に抱えられた人間の少女は何が起きてるかも理解できないまま、超速度で切り替わる視界の光景を見て何も考えずこう呟いた。

 

 

 

「……きれい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がんばれー」

 

「はしれー」

 

「いそげー」

 

「りゅうしゃとかげー*1

 

「いけー」

 

「君達状況理解してる!? まぁ応援してくれてるんだろうねありがとう!」

 

 

 なんで牛の被り物をしているのか本当によく分からないし、なんで魔獣に追われてるかも知らないし、なんで小さな女の子を5人も抱えているのか理解できない。

 

 

 理解は出来ないけど、それはめちゃくちゃ見てて楽しかった。

 ひぃこらひぃこら、口の悪い女の子5人に尻を叩かれながらも決して見捨てずにしっかりと森を走る。

 

「て言うかこの被り物なんなんだよ! 脱いでいい!? 暑い!」

 

「「「「「そもそもそれ何?」」」」」

 

 いやそれお前らも知らないのかよ。

 しかしこのままでは全員纏めて喰われそうだ。助けてやるのも良いかもしれないが、あまりにも状況が分からない。まずその牛の被り物は本当になんなんだよ。

 

「あ、転んだ」

 

 そんなこんなしていたら、遂に牛頭が盛大に木の根に足を引っ掛けてずっこけた。抱えていた5人の女の子は見事な着地をしたが、牛頭は顔面から思いっきり倒れていた。他人事なので痛そうだなぁ、と後ろから追いかけてきていた魔獣に追いつかれたのでおしまいか、とスーイはふわふわと浮きながら考えていた。

 

 

 だが、驚くことに牛頭はそこで終わらなかった。

 どうやら後ろの魔獣は5人の女の子だけが完全に狙いだったようで、ほんの一瞬だけ動きが5人のうちの()()()()()で止まる。転んでいた牛頭はその一瞬の隙を逃さなかった。

 

 飛び跳ねるように立ち上がると、回転しながら遠心力で威力を乗せた剣を魔獣の側頭部へ叩き込んだ。

 

「……見事」

 

 手放しに褒めてしまいたくなるような、鮮やかな一撃だった。

 絶体絶命の状況でも諦めず、見事に逆転の瞬間を捉え、その機会を逃さなかった。あと見た目が面白い。結局青年が5人の女の子を無事に家に届けても、その被り物が何なのかは分からずじまいだったし。マジでアレなんなんだろう。

 

 

 しかしほんと、なかなかに面白かった。

 なのでスーイはもう少しだけその牛頭を観察してみせることにした。もう既に夜も遅いので野営地でも探しているのだろうか。女の子達の家に泊めてもらえばいいのに、なにか事情でもあるのだろうか。そう考えていると、さすがに5人の女の子を抱えて走ったのは疲れたのか、牛頭は少しだけふらついて、運悪く崖に……

 

 

 

「崖ェ!?」

 

 

 

 何か考えるよりも早く行動していた。

 急いで翼に魔力を貯め、放つ。かなりの距離は離れていたがこれくらいなら相手に影響を与えない最高速でも1秒かからずに辿り着ける。

 

 

「うお……ってあれ?」

 

 

 自分の能力はよく知っていた。この程度の距離ならば絶対に間に合うことなんて知っていた。だけど、本当に急なこと過ぎて私はとんでもないミスを犯してしまったことに気が付かなかった。

 

 

 翼出しっぱじゃん。

 現存する生物の特徴に一切当てはまらない、生物学の極点にして遺産(オーパーツ)であるスーイの『翼』が、牛頭にガン見されてしまった。

 

「……」

 

「いやぁ、ありがとうございました。本当に死ぬところだったよ。……あれ、聞いてる? おーい?」

 

 どうしよう。

 ずーっと昔に師匠には『精霊(エルフ)ってことは絶対にバレないようにね。多分ろくなことにならない』って言われてたのに、思いっきり翼を見られてしまった。

 もうこれは殺すしかないか、殺すか、でもなぁ、と物騒な方向に思考を傾けながらスーイはもう隠すことを諦めて小さな背中に巨大な翼を格納していた。

 

 あ、でもなんか鈍そうだし気がついてないかも? もしかしたら牛頭の被り物のせいで見えてないかも? 

 

 

「そういえば、その翼……さっきも飛んでたしもしかして……」

 

 

 ダメかぁ〜。なんか触れてこないしいけると思ったけどダメだった。

 

 

「もしかして……アンタ、魔術師か!? なら、命を救って貰った上で図々しいお願いなんだけどさ……」

 

 

 あ、いける。コイツ意外とチョロいわ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 その青年の話によれば、青年はなんかどっかでユーシャの選別なるものを受けたけど弾かれて、仕方ないので修行の旅の途中との事らしい。あと牛頭はなんかえげつない呪いの籠ってる外れないタイプの装備だった。なんであんなもん拾ってきていたのか、スーイはめちゃくちゃ気になったが触れないでおくことにした。

 

 そして、力をつける為に魔術について学びたいがどこに行っても「才能が無い」の門前払い。なのでスーイに頼ってみたとのこと。

 

 全く嘆かわしい。魔術とは力無き者が理不尽に立ち向かうための手段だと言うのに、それを才能がないという理由だけで見捨ててしまうとは。

 

 師匠だったら見捨てない。

 ならば、私も見捨てはしない。

 

「条件がある」

 

「条件?」

 

「色々あって私はあまり顔を表に出したくない。だから、君は私と出会ったこと、私から教わった事を決して他言しないこと。もしも誰に教わったか聞かれたら独学とでも答えてくれ」

 

「なるほど……だからなんかモヤがかかってるみたいにさっきからフードの下が見えなかったのか。わかった。約束する。よろしく……じゃなくて、よろしくお願いします、師匠」

 

「契約成立だね。破ったら大変なことになるから本当に頼むよ」

 

 どうやら認識阻害の魔術はちゃんと発動していたみたいだ。さすがに、精霊(エルフ)の特徴である長耳とかは見られてたら誤魔化しようがなかったかもしれなかったと胸を撫で下ろしつつ、スーイはぼんやりと昔に思いを馳せる。

 

 

 師匠、師匠かぁ。

 私は師匠みたいな師匠になれるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「才能ないね。諦めた方がいい」

 

「嘘でしょ!?」

 

 正直スーイは舐めてた。

 マジでここまで魔術の才能がないとは思ってもいなかった。日常生活で使う分には問題ないが、戦闘中に予め覚えている魔術陣を展開して使用する使い方も、高速で組上げて使用する使い方も、他にも思い付く方法は色々あるけどこれより簡単な2つはちょっと存在しない。

 

「……使えないわけじゃないけど、前衛として戦う君が身につけても得するようなモノはない。せいぜい毎晩火を起こしやすくするくらい」

 

「マジかぁ……マジで才能ないのかぁ……リスカが小さい頃に本読んだだけで爆発を起こせるようになってた時点で気がついてたけど、俺マジで才能ないのかぁ……」

 

 思ったよりも本気で落ち込んでいる弟子にほんのちょっとだけ罪悪感をスーイは抱いてしまう。

 あと、多分それはリスカという子の方がおかしい。爆発はどんな原理のものであれ複数の魔術の融合術式なので、子供が簡単に読める本に書かれてる知識だけでポンポン使えるようなものでは無い。本当のことだとしたら、それは弟子の言う『リスカ』という相手が天才なだけだ。

 

「それはそれとして君は才能ないよ」

 

「2回も言う必要あります!?」

 

 口が滑って追い打ちをかけてしまい、弟子は完全に不貞腐れてしまっていた。しかし困ったことにスーイは生涯で師匠くらいとしかまともに話したことがないのに、人間の難しい心の機微なんて理解出来るはずがなかった。

 

 だから、スーイは自らが最も信頼しているものに頼る。

 自分が修行の途中で上手くいかなかった時、師匠がいつも見せてくれた魔術を使う。

 

「……これは、蝶?」

 

「うん。魔力を光らせて、蝶の形にする。結構難しいから君には無理だけど、綺麗でしょ? でも君には多分無理だよ」

 

「いちいち無理なこと強調しないでください……でも」

 

 弟子はバカ真面目に何かを読み取ろうと必死に夜闇を舞う光の蝶を目で追って、まるで真理を得たかのようなドヤ顔でこう呟いた。

 

 

「めちゃくちゃ綺麗ですね。今まで見てきたどんな魔術よりも、綺麗です」

 

 

 そりゃ当然だ。

 これは師匠が師匠のお姉さんから教わって、どんな日も決して休まずに綺麗さを追求し続けて、自分も同じように長い刻の中で磨き続けた最強の魔術。

 二人の人間の人生と、一体の精霊(エルフ)の全てがこの魔術には込められている。綺麗だなんてものは褒め言葉じゃなくてただの事実だ。それをまぁ、よくもこんな真理を獲得したみたいな真面目な顔で、純粋な目で、幼子のような瞳で言えるもんだ。

 

 なんて答えてやろうか、しばし逡巡する。だって、この魔術を師匠以外に見せるのは初めてだったのだから、こういう時なんて言えば分からない。

 

 

 

「……ありがとな、弟子」

 

 

 

 その言葉は考えるよりも早く、すっと喉から漏れだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔術の才能がないと知るや否や、「対魔術師の戦闘訓練に付き合って欲しい」と方針を切りかえてきた。昨日あんなに凹んでいたのに、今日でそんなこと言える切り替えの早さに、スーイは少し驚いた。人間はもうちょっと引き摺るものだと思っていたからだ。

 

 しかし困ったことに、スーイは人間の魔術師の戦い方なんて知らないので、とりあえず適当に相手をしてやることにした。

 

 

「は? は? は? 待って待って、多い多い! 魔術師ってみんなこんなことするの?」

 

「師匠はできたよ。がんばれー」

 

 なのでとりあえず死なない程度に全力で叩き潰して力量を図ることにした。

 スーイは龍骸精霊(ドラコ・エルフ)として空気を取り込むだけで魔力に変換する炉心を持っているため魔力切れという概念とは無縁であり、更に彼女には永い年月があった。

 普通の魔術師はあらかじめ用意した魔法陣を展開するか、覚えているモノを高速で組み上げるかをするが、スーイはそれすらしない。

 

 ただ魔術の基礎基盤を全て叩き込んだ。

 ただ魔術の制御方法を全て叩き込んだ。

 

 師匠がスーイに授けたのはそれだけ。それだけでスーイは最高の魔術師に至った。

 

 用意はしない。それは無策ではなく、下手に用意すれば手札が縛られるから。

 相手の特徴を、魔力の動きを、祝福や異能を、細胞の動きを視てからスーイは最適な魔術を組み上げる。

 一般の魔術師が予め大砲を用意しておき、戦闘時に導火線に火をつけるのだとしたらスーイはそれを戦闘が始まってから瞬時に大砲を作り出し、導火線を介さずに直接ぶっぱなす。

 一般の魔術師がせいぜい2か3個の大砲を用意するのが限界の中、スーイは何十個も同時に作り出す。

 一般の魔術師が火薬を暴発させないように扱う中、スーイは火のついた手で当然のようにそれを扱う。

 

 スーイの魔術に特別なところは何も無い。

 ただ誰でも出来ることを誰よりも速く、誰よりも多く、誰よりも精密に行う。

 

 最強の魔術師の唯一の弟子は、人外の身にて人が到れる極点を夢見たのだ。

 

 

 

 まぁ結果として弟子は初日から死にかけたが、スーイは例えこの辺り一帯を更地にしつつ、1匹の虫だけ生き残らせろと言われても余裕でできるのでまず殺すなんてありえないことだった。

 

 半泣きしていた弟子を見てもスーイは特に何も感じなかった。

 その原因は、至極単純なことにスーイの師匠が彼女に課していた修行が、数百の砲門から致死の魔術が数時間延々と自分を狙い続ける訓練で、よりずっと厳しかったと言うだけである。

 

 

 

 

 

 訓練は続いた。

 弟子は魔術の才能はゼロとしか言いようがなかったが、戦闘の才能自体はかなりのものだった。まず何より、自分に出来ることと出来ないことを理解している。そして、その上で自分の限界の一つ先を常に目指している。

 

「はい、はい、はい。このままじゃ100年経っても私との距離は縮まらないよ。ほら、次はどう動く?」

 

 スーイの魔術の精密性があれば、効率的な訓練を行うことは簡単だ。そして弟子の飲み込みの速さも相まってすぐに実戦として教えられることはなくなっていった。そもそもスーイは誰かと戦うなんてことはあまりしてこなかったので専門外なのだ。

 

「はい……今日はここまで。いや、これで全部だね」

 

「はぁ……はぁ……え?」

 

「もう私から教えることは無いよ。お疲れ様。またいつかね」

 

 名残惜しいがこれでこの師弟生活終わり。改めて、人間というものの成長速度の凄さを知ることが出来た。

 そして何より、とても楽しかった。弟子は、スーイが扱う魔術を全て馬鹿みたいにすごいすごいと褒め称えてくれた。そんなことが当たり前でも、スーイにとって自分の全てであるこの魔術を誰かに褒めて貰えることは、何よりも嬉しい事だった。

 

 ……そう、楽しかった。

 きっと私は、これだけ出来れば楽しかったんだ。

 

 もう終わってもいいかもしれない。

 私はこの思い出だけで、()()()()()()()と師匠に胸を張って会いに行けると、心の底から思えた。

 

 

「ま、待ってくれ師匠!」

 

「なんだい? もう教えることは本当にないんだよ」

 

「いや、違くて……その、これを見てくれ!」

 

 

 そう言うと、弟子は何やら目を閉じて集中して魔力を練り出した。

 何か魔術を使おうとしていることは、すぐにスーイにわかった。でもあまりに不器用で、浮かんだ魔法陣も不格好で、逆にそれが何をしようとしているか分からない。理論も方法もめちゃくちゃで、子供が絵画を必死に真似て描いた落書きみたいだったけれど、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………蝶」

 

 

 弟子の掌から、小さな光で出来た蝶が現れた。

 

 

「前に師匠に教えて貰った蝶を出す魔術、必死に練習したんですよ。……本当はもっと綺麗なのにしたかったんですけど、俺にはこれが限界で、でも師匠に見てもらいたかったんです」

 

 

 それは、なんとか蝶とわかるギリギリのラインの不格好さで、今にも地面に落ちてしまいそうな羽ばたきで、今にも消えてしまいそうな仄暗さで、それでも確かに舞っていた。

 

 

 

『これはね、私の為だけに作られた、私の為だけの魔術なの』

 

 

 

 スーイは師匠の言葉を思い出した。その時の本当に楽しそうな笑顔と、そう言いながらその魔術について教えてくれた、その意味を。

 

 

 

「師匠にお礼として俺が用意出来るのなんて成果くらいなんで、とりあえずこれで師匠が喜んでくれたら、とか思ったんですけど……全然うまくいきませんでした……」

 

 

 

 全くその通りだ。

 こんな元の魔術と似ても似つかない最悪なくらいに下手くそな魔術、きっと師匠が見たらブチ切れて1発ビンタをかました後に、腹を抱えて笑い転げるだろう。

 

 でも、この魔術は確かに同じものだった。

 

 誰かを笑顔にする為だけに作られた、この世界で最も美しい魔術だった。

 

 

 師匠がお姉さんから受け継いで、師匠が自分に託し、そして自分が弟子へと繋いだその思いは確かにここに在る。

 本当に美しい、血を介さぬ想いの継承が此処に在る。

 

 

「…………」

 

「……師匠? もしかして怒ってます? あまりに下手くそすぎるとか?」

 

「あぁ、もう、もう! こんなに怒ったなんて生まれて初めてだ馬鹿弟子」

 

 

 一歩、歩み寄る。

 自分よりも大きい大馬鹿者の弟子に抱きついて、その大きさに師匠の事を思い出して、胸の内から溢れた何かが瞳から溢れて頬を伝う。

 とても辛くて、とても苦しくて、どうしても理解できないけれども、これは決して、悪くない。

 

 

 

「ありがとう、本当にありがとう」

 

 

 

 不器用な私が、彼に伝えられる精一杯の想いがそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、まさか……昨日一日リーンちゃんの親を探し回っていたとかかな?」

 

「さすがスーイ、鋭いな」

 

「くまを作って眠気を堪えてる君の目付きには負けるよ」

 

 今にも倒れてしまいそうなくらいフラフラな大馬鹿者の体を支えるようにして立ち、スーイは耳元で囁く。

 

「実はね、君がそうやって駆け回ってる間に……私は彼女の親を見つけてしまったんだよ」

 

「へ……はぁ!? おま、いつの間に!?」

 

「なんてったって、私は君の師匠だからね!」

 

「いつから俺の師匠になったんだよ……まぁ、あの子が無事ならそれでいいよ」

 

 実際のところ、スーイは一晩で遠方にあるツテのある孤児院に爆速で行ってリーンを置いてから爆速で戻ってきただけなのだが、それを彼が知る術はこの世に何一つとしてない。

 

「とりあえずご苦労さま。君も疲れてるだろうし、ここで寝ちゃえば?」

 

「あー……さすがにいきなり一晩動き回るのは疲れたな。じゃ、ちょっと寝るからいい時間になったら……起こ……」

 

 問答無用で魔術を使い彼を眠らせて、膝枕の形をしながらスーイはその寝顔を楽しげに、頬を歪ませながら眺めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は彼女と弟子が最後の別れをする場面へと遡る。

 

 

「それじゃ、またどこかで会いましょう。その時はまた訓練お願いします」

 

「言っただろう? 私はもう君に教えることもないし、君のおかげでもう未練も無いよ。せいぜい大人しく隠居生活をするさ」

 

 本当はもう、人生に満足していた。だから、この後は誰にも知られずにひっそりと命を終えてしまおうだなんてそんなことをスーイは考えていた。考えていたのに。

 

 

「俺の魔術なんかで満足してないで、もっと欲張っていきましょうよ。それくらいした方が、()()()()()()()()()ですよ。何をやるにも、今よりちょっと上を目指した方が」

 

 

 それだけ言って、弟子は彼女の弟子ではなくなった。

 そしてようやく、スーイは自分が彼を欲していることに気がついた。

 

 苦難も逆境も、どんな壁に当たろうと諦めず、自身の全てを発揮して昨日よりもほんのちょっとだけ前に進もうとしていた彼を、そして同じような輝きを持っていた自分の師匠を思い出す。

 

 

 人生を楽しめ。

 

 

 もう十分楽しんだ。精霊(エルフ)としての自分はそう言う。

 でも、本当に、()()を楽しむんだとしたら、もうちょっとだけ欲張ってもいいのだろうか? 

 

 もうちょっとだけ、君のそばで、君の師匠として、君が成長する様を見守っていても、強欲は肯定してもらっていいものなのだろうか? 

 

 

 

 

 

 だからスーイ・コメーテストは人を愛する。

 師匠のように、頑張れる人間を愛そう。受け継ぎ、鍛え、収斂し、いつか天にも至らんとするその強欲さを肯定しよう。困難を乗り越え、宙に辿り着かんとするその勇ましさを肯定しよう。

 

 

 けれども、この恋だけは彼に捧げよう。

 師匠の大好きな魔術を褒めてくれた。私の大好きな魔術を笑顔で継いでくれた、どこまでも頑張り屋で、どこまでも純粋で、私に恋を理解させ(おしえ)てくれた君に、私は私の全てを捧げて、かつて私を愛してくれた人がしたように、君を殺す気で鍛えてあげよう。

 君が望むならば、私は他の愛する人間全てを生贄に捧げてでも、君を強くする試練を与えよう。例えそれで君が死んでも、三百年くらい泣き続けた後に後を追うくらいで済ませてあげる。

 

 

 でも、人は必ず天から与えられた困難を乗り越えて進化できる。私は、それを何度も見てきた。だから信じる。君を信じる。教え授ける、私の全てを。

 

 全身全霊の恋の全てを、君に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────だから死なないで、今度の試練も乗り越えてくれよ? 愛しい人間くん。

 

 

 

 

 

*1
竜車トカゲ。主に運搬、運送の為に古来より利用されてきた地竜の一種のこと。小型であるが竜種でありながらトカゲと呼ばれるのは、単純に彼らが人間の移動手段、労働力として過ごしてきた期間が長すぎてドラゴンに分類されるようになっても誰もドラゴンと呼ばなかったから。『竜車トカゲのように働く』とは休みなくや一途に一つの仕事に従事する意味として使われることがある






・スーイ・コメーテスト
龍骸精霊(ドラコ・エルフ)唯一の生き残りにして最高の魔術師。あらゆる魔術を彼女はより細かく、洗練し扱う。長い刻で鍛錬してきた極限の技こそが彼女の強さである。

それはそれとして、精神性は最悪。もしも師匠と出会ってなければ彼女が魔王になっていたであろうほどに自己中心的。ただ、自己中心的でありながらその中心には他者を置くという癖がある。人類は好きだけど、優先順位としては『彼』>=師匠>人類なので割と雑。しかし優先順位の問題なので人間そのものの営みも大好き。厳しめの人間賛歌ガール。人間はもっと頑張るべき(彼と師匠基準)。
彼女は師匠から受け継いだものを決して途切れさせようとしない。本当に師匠が大切だから。
彼女は彼が見せた人の乗り越える強さを肯定し続ける。それが本当に大切だから。
宝物を抱える龍のように、我儘に傲慢に、日記を紡ぐ少女のような愛。



・精霊特権・『骸天苅地(エスパシオ・ネゴ)
普段は背中に格納されている龍骸精霊の本体。彼女は『翼』の死骸から産まれた精霊であるために、この権能が付随した。
通常の竜種は魔力を纏った翼を羽ばたかせるという魔術儀式により飛行を可能にしているが、彼女は翼と似た形状をした背部の機構より魔力を放出することで飛行を可能にする。また、魔力を放出するという飛行を可能にするために彼女は空気中の成分を呼吸と同時に胸部の魔力炉にて大量の魔力に変換することも可能である。故に、彼女には多くのモノが引き起こす『魔力切れ』という状態がほとんどない。
その飛行の速度、自由度は現状確認されている龍種や魔族、人間の可能とする飛行魔術では再現不可能な域のものであり、空を舞いながら気まぐれに翼より彗星の火を落とし、超速度で突撃を行い地を抉る様は正しく人の手には届かぬ宙の御業。

だいたいバル○ァルクエルフ。

しかしこの力は彼女にとって、便利な移動手段に過ぎない。なぜなら、彼女が本当に美しいと思うものは自らの研鑽で窮めた技だけだからである。そういう意味では、口には出さないがスーイは自らの認識で天から与えられたものを変容させたリスカ、ホシ、ギロンのことも大好き。というか人間はだいたい好き。本当に優先順位の問題。




・弟子
かつての自分であり、もう一人の師匠。楽しむことを教えてくれた、大切なヒト。決して謙虚な人間ではなく、とても強欲である。


・5人の女の子
実は土地神様。

・牛頭
やばいタイプの呪具。

・リーン
空を飛ぶ魅力に当てられて、後々人類の飛行魔術の技術を200年押し進めたとか何とか。




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