勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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愛、理解

 

 

 

 

 自分に視線が集まってるのをホシは何となく実感していた。

 

 そりゃそうだとそれを甘んじて受け入れる。街中に水着を着ている自分のような美少女が現れれば誰だって視線を奪われてしまうだろう。特に脚。艶やかさと可愛らしさの黄金比で生まれた程よい肉付きのこの脚は並の男ならば一撃で一生脚大好き人間にされてしまう破壊力を自負しながら、知らない男の人生なんて知ったことじゃないとホシは走る。

 

 何となく、直感的に嫌な予感がする。

 リスカが基本的に知らない街で1人にすると、ぼったくられまくって一文無しになってしまうだとか、そういう理由ではない何か、表現出来ない嫌な予感。

 

 

 それを背中に感じ取りながらホシはまた一歩足を前に出して、その足が空を踏む。

 

 

「…………マジか」

 

 

 浮遊感、落下が始まる前に見えた光景は自分の足元に広がる先程まで歩いていた街並み。

 何かに触れられた感覚も、魔術の予兆も感じられなかった。ほぼ間違いなく『祝福』や『異能』による攻撃。それもホシを狙うということはほぼ確実に『異能』、つまり魔族による攻撃だ。

 

(問題は誰が、何処から仕掛けてきたかですね。街中なら結界があるはずなので簡単に魔族が侵入できるはずがないし……)

 

 突如として上空に攫われたにも関わらず、ホシの精神は非常に落ち着いていた。

 正確には落ち着いていると言うよりは焦ってもどうにもならないと判断したというのが正解だ。恐らく、相手の異能は視認発動。視界に捉えられた時点で効果を及ぼす形ならば、まずは相手が何処にいるかを探し当てた方が早い。

 

 再び視界が切り替わり、自身がどんどんと海の沖の上空へと連れていかれていることを理解した。

 

 

 ……いや、おかしくない? 

 

 

 さすがに無条件で相手を移動させる祝福や異能なんて強すぎると思うけれど、現在の状況はまるで無条件に移動させられているとしか思えない。

 既に陸地が見えないほどの海のど真ん中の上空に連れてこられていながらも、ホットシート・イェローマムはあくまで冷静に思考を続ける。死者故に彼女は誰よりも打たれ強く、誰よりも恐れを知らず、そして少々()()

 

 

「あ」

 

 

 気がついた時にはもう遅い。

 自らの真上に小石が現れたと思えばそれが瞬きの間に巨大な岩山に変貌する。

 

 回避、羽根を作り出して羽ばたくか? 

 

 防御、全身を鎧で固めるか? 

 

 

 

 

「うーん、これは無意味(ムリメ)

 

 

 

 何をしてもどうせ妨害されて無駄にリソースを削られるだけ。

 ならば自分はこの程度では死なないからと、下手にリソースを使う事を避けてホットシート・イェローマムは大海の水底でミンチになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはギロン・アプスブリ・イニャスの過去のお話。

 

 傷だらけで森の中で倒れた彼女は、そのまま二度と目を覚まさないものかと思っていたが、なんと再び目を開けることが出来たのだった。

 

「…………ァ」

 

 だが体は上手く動かない。

 鎧は脱がされてはいたが、そんなこと関係なく体が重い。あの鎧を意識のない自分から脱がせるなんて大したものだとも思ったが、重要なのはそこではない。

 

 

 顔を見られた。

 

 魔王軍の幹部を名乗る、フルフェイスの鎧の騎士と言えば最近少しは有名になっている。その正体が自分だと、自分を治療してくれた人間は確実に知ってしまっただろう。

 こうして今も生きていることを考えれば、自分が魔王軍幹部であるとバレたわけではなさそうだが、それでもいつか、何処かで必ず綻びが生まれる。もう自由に食べれなくなる。

 

 ……人を騙すというのは好きでは無い。向こうが勝手に勘違いしてくれるならば良いが、自分から誰かを騙すなんて、騙さなければいけないということは、自分に力がないと認めているようで好まない。

 だが、やらなければならない。魔王様との約束を守るためにも、今はまだ正体がバレてはいけないのだ。

 

 

「…………ん、良かった。気が付いたか?」

 

 

 現れたのは、人間の男。

 中肉中背という印象を受けるが、よくよく見れば中々に鍛えられている。自分には遠く及ばないにしても、人間という枠の中ではかなり限界に近いところまで鍛え上げている。端的に言えば、()()()()()()()()()()()。空腹の腹が下品な音を出しそうになるのを我慢することにも意識を割く必要が出てきた。

 

 それにしても、人を見たら最初に美味しそうかどうかを考えるだなんて、随分と考え方が変わってしまったものだとギロンは自分自身に対して思うが、特にそれを悪い事だとは思わない。むしろ、蓋をしていた欲望が自由に暴れられることに喜びすらあった。

 

「あれ、目覚めたよね? おーい?」

 

「あ、ごめんなさい。少し、まだ意識がぼーっとしてて」

 

「そりゃそうだよな。酷い怪我だったもんな。この近くで魔王軍が出たって聞いたけど、アンタはそこから命からがら逃げてきたってところか?」

 

 まぁ、間違ってはいないだろう。

 訂正するとしたら、その出たという魔王軍幹部が自分自身だってことくらいだろうか。

 

「本当は近くの街にでも運んでやりたかったけど、そういうわけでとりあえずアンタが動けるようになるまではここで治療するしかねぇなって……。ごめんな、こんなところで」

 

「いえ、命を拾って頂いたのに文句なんて言えませんわ。貴方、お名前は?」

 

「ああ。そういや名乗ってなかったな。別に怪しいもの……いや、この時勢に修行の旅してる奴ってもしかして怪しいか? とりあえず俺は──────」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、妾と『彼』は出会ったのです。

 運命的ではあるけれど、ロマンチックではないそんな出会い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギロンから見た『彼』は変な人物だった。

 

 こんなどこで魔族と鉢合わせるか分からない世の中で、強くなる為に修行の旅をしているというのも分からないし、それで魔術の才能もないと来た。

 どうやって結界もなしに1人で野営地を確保でもしてるのかと聞いたら、優秀な師匠が簡単な結界の描き方を教えてくれたらしくそれで乗りきってるとの事だが、一体それまではどうしていたのか、聞きたいような聞きたくないような感じであった。

 

「強くなりたいって、妾から見れば貴方、相当強いですわよね?」

 

「いや、こんなんじゃまだまだアイツには並べない。俺の幼馴染……リスカって言うんだけどさ、そいつは本当に凄いやつで……」

 

 幼少期に魔獣を殴り殺したなんて、祝福のない普通の人間ならば有り得ない話を聞かされた。そんな化物と比べてしまえば、祝福を持たない限りはどんな人間も比べてしまえばそりゃ弱い扱いになってしまうだろう。

 

 そんな話をしている彼も、決して弱くはない。だがあくまでそれは無才の身の上での話だ。

 

 ギロンは多くの人間を見てきた。

 魔術の才能に秀でたもの、剣術の才能に恵まれたもの、『祝福』され生まれたもの。

 

 そんな人間の多くをギロンはすり潰して喰らってきた。だからこそわかるが、そういう人間と彼には埋められない差がある。スタート地点が違うのだ。

 いくら凡人が研鑽を積もうと、同じく研鑽を積む天才には追いつけない。死ぬ気で努力しても、いつか必ず天才が易々と飛び越える限界にぶち当たる。

 

「その努力、いつか貴方は必ず後悔しますわよ。はっきりいって、無駄ですもの」

 

「……そうかもな。でも、それで今出来ることをやめる理由にはならないだろ? 今、そうするべきだと思ったからそうする。未来で俺がどうなるかはその時決めればいい。その時に出来ることを一つでも増やしておけば何かが変わるかもしれないから」

 

 

 そうやって笑って語る彼を見て、ギロンは特に何か思う訳ではなく、強いていえば憐れんだ。

 

 現実が見えてない、と。

 

 ギロンが強くなりたいのは、自分の限界がまだ見えないからだ。ギロンが全てを望むのは、自分には全てを望めるほどの伸び代があるとわかっているからだ。

 

 自分の限界を知って、その上で努力するなんて虚しいでしょう? 限界は分からないからこそ楽しいものなんじゃない。

 その先に何も無いと知りながら、これ以上上は無いと知りながら、行き止まりにぶつかり続けるなんて滑稽な道化みたいじゃない。

 

 でも、その生き方は好悪でいえば好ましい。

 限界を認めず、ひたすらに高みを目指すその強欲な生き方は、とてもとても好ましい。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然視界が切り替わり、何処かの森の中に飛ばされてもギロンは落ち着いていた。

 

 この視界の切り替わり方を知っていた。

 かつての同胞、現在の敵。その中に全く同じ手段を使う相手がいた。

 

 

 

「……強引な誘いは好まないと、前にも言ったはずですわよ、グレイリア」

 

「つれねぇこと言うなよ。こうでもしないとお前みたいな奔放な女は捕まえられねぇって」

 

 

 目の前に現れた八目の魔族をギロンは知っている。

 魔王軍幹部、『回刃』グレイリア。かつて共に肩を並べた、魔王軍が誇る最高戦力の1人。

 

「……リスカさんをどこかに攫ったのも貴方?」

 

「リスカ……? あぁ、『切断』の勇者か。いや、知らねぇよ。あんな恐ろしいもんに手ぇ出したくねぇわ。エウレアにベルティオの旦那をタイマンで殺すようなバケモンと戦いたくないわ」

 

 嘘を言っているようには感じられない。

 つまりリスカはただ迷子になってるだけだと知って、ギロンは安心した。

 

「じゃあ、ホシさんとスーイさんは?」

 

「ああ、あっちは殺したよ」

 

「そうですか」

 

 一息で距離を詰めて、全力で拳を振るった。

 目の前の敵を粉砕する為だけに鋼よりも硬く鋭い肉体の筋肉を隆起させ、空間を切り裂くようなストレートを八つの目玉を弾けさせるつもりで振るう。

 

 

「おいおい危ねぇよ。いや、俺の話じゃなくてな? そんな格好で派手に動いたら……その……見えちゃいけねぇところまで見えちまうだろ?」

 

「ご心配なく。水着というものは意外とちゃんと見えないように作られているものですわ。その童貞臭(きもちわる)い幻想ごと挽肉にしてさしあげますわ」

 

 

 魔王軍幹部は互いに互いの『祝福』/『異能』を知っている訳では無い。

 彼らは魔王という共通の上司を持つ完全に別の考えで動く集団と言う認識が正しい。一時はその立場であったギロンでさえ、直接会ったことがある幹部は2人だけしかいないのだ。仲間意識が低いという訳では無いが、そもそも魔族とは群れる生き方をしない生き物なのだ。

 

 

(『回刃』グレイリア。転移系の異能なのは間違いありませんが、種が分からないとこの上なく厄介、勝利は難しいでしょうね)

 

 

 ギロンの『祝福』は防御と拘束に特化している。どのような相手でも、一度掴みさえすれば確実に勝てる程度には強力なものであるが、だからこそ掴みどころのない相手というものは相性が悪い。

 

 だが、ただの転移系ならば逆にギロンが負ける道理もない。

 

 

「さて、腕が鈍ってないか確かめるか」

 

 

 グレイリアが懐から数本の針を取り出して、ギロン目掛けて投擲する。

 4本の針が、それぞれ2本ずつ寸分違わずその眼球を貫かんと迫り来る。速さ、精度ともに見事なもの。敵でなければ拍手すらしていたところだろう。

 

 

 だが、避けない。

 人体の柔らかい部位を的確に狙った攻撃だろうと避ける必要なんてものは一切ない。瞬きすら、必要ない。

 

 ギロン・アプスブリ・イニャスはどんなものだろうと受け止める。

 どんなものであろうと、喰らい尽くして自らのものにする。この世で最も貪欲な生き物なのである。

 

 

「……おいおい、避けてくれなきゃ小手調べになんねぇだろ?」

 

「じゃあ避けて貰えるような攻撃をする努力をすることですわね。女にばかり何かを求める男は嫌われると、忠告はしましてよ?」

 

 

 眼球に針が触れた瞬間、針は空中で完全に静止した。

 前に進み、眼球を抉り脳に突き刺さるという主から渡された命令の全てを奪われた針は、金属音を鳴らしながら地面に堕ちる。

 

 

「相変わらず、意味のわかんねぇ『異能』だなおい。今の絶対目に当たっただろ」

 

「妾のは『祝福』ですわ。どうやら、妾の目も貫けないほど貴方の投擲がクソカスだったみたいですわねぇ」

 

「はっはっはっ、筋肉ゴリラは眼球まで硬いってか? 自虐ネタは程々にしろよ? 嫁入り前の体が目も当てられねぇことになるぜ?」

 

 

 仲間が殺され、かつての仲間と殺し合うしかなくなっているこの状況。

 

 それを楽しいと感じる自分に自己嫌悪なんてものはしない。ギロン・アプスブリ・イニャスは自らがこの世界で最も美しいと自負している。

 

 だから獰猛に笑う。新しい獲物に舌舐めずりをしながら、次の牙を選ぶ。

 より確実に、相手をぶちのめして自らの強さを証明する為に、獣の様に暴れ、貴族のように蹂躙してみせましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が恵まれた人間であることは知っていた。

 だから、動けなくなるほどの怪我でも数日あれば動けるようになることはわかっていたけれど、ギロンはそれを隠して『彼』と会話を重ねていた。

 

 自分とは違う、恵まれたとは決して言えない環境の中で生まれたのに、自分と同じように強欲なその青年の話は、聞いていて面白かったからだ。

 

 困難を乗り越えることが好きなんじゃない。むしろ苦しいことは嫌いだと言った口で常に苦しい選択をし続ける。

 出来ること出来ることって、明らかに個人が出来ることの範疇を超えていることにも愚直に挑んだ大馬鹿者。そういう話はとても好ましかったし、美味しそうだった。

 

 もしかしたら、他人の話をこんなに真面目に聞いたのなんて久しぶりだったかもしれない。

 

 自分と同じくらい欲深い人間なんて、この世に居るだなんて思わなかったのだから。

 

 

 

「…………貴方は、どう思いますか?」

 

「何を?」

 

「妾は、この世の全てが欲しいんです。力も、名誉も、富も。全て、全てが欲しいんです」

 

「……なんか急に魔王みたいなこと言い出したな。うん、でもまぁ分からなくもないな。そりゃせっかくこの世界に生まれたんだから、全部が欲しくなるって気持ちも分かる」

 

 

 

 上っ面の言葉とは思えなかった。

 心の底から、魔王様すら理解はせども共感はしなかった底なしの貪欲に、青年は当然のように寄り添ってきたのだ。

 

 

「色々見てきて思ったのはな、やっぱこの世界って綺麗なもんが沢山あるってことだし、なんでも欲しくなるよそりゃ。力だって強くなれば気持ちいいし、名誉や富なんて欲しくないやつがおかしいくらいだ」

 

 

 この世の全てを望んだ妾と、目の前のものを助けることだけを望んだ彼が、まさか同じ強欲を秘めているだなんて誰が予想出来るでしょうか? 

 

 

「だって、なにかに向かってひたすらに走ってる時が一番苦しいけど楽しいし、何より傍から見たら綺麗に見えるからな」

 

 

 生まれて初めて得た理解者。

 ただその存在がギロンは嬉しかった。自分にも、こんな存在がいるのだと、自分はこの世界で一人ぼっちじゃなかったのだと。

 

 だからギロンは、この青年を夫にしようと思った。

 それがギロンの望みだ。欲しいものは、どんなものでも手に入れる。手に入れてみせる。持てる手段を全て行使して、手に入れる。それが彼女のやり方だ。

 

 

 妾の夫になりなさい、と。

 あまりにもあんまりな告白の言葉が口から飛び出してくる、その直前。

 

 

 

 

 どこからともなく魔術による砲撃が飛んできて、青年は血を吐きながら吹っ飛んだ。

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 ゴギャッ、と人体が鳴らしていいはずのない音を鳴らしながら青年の体が地面に叩きつけられた。

 

 それを見て、ギロンは最初にこう思った、思ってしまった。

 

 

 

 

 ……美味しそうって。

 

 

 

 

「ギロン様、私はグレイリア様の遣いのものです。貴方の行方がわからなくなったと報告があり、捜索していました」

 

 グレイリア、魔王軍の幹部の名前だった。

 遠くから見れば私が捕まってるように見えたのだろう。そりゃぁ当然こうするだろうと、その魔族の行動を理解出来た。

 

 理解出来る。

 理解出来る。

 なんでこうなったのか、理解は出来るのに、納得が出来ない。

 

 

 ようやく、ようやく自分がもう取り返しのつかない場所に来てしまった事に気がついた。

 

 

 

 夫にしようと思った人間が吹き飛んだのに、何も感情が湧いてこない。美味しそうとしか思えない。もうとっくに人間じゃなくなっていた自分から目を逸らしていたんだ。

 

 

 

 

 

 自分が、愛や恋なんて理解の出来ない獣でしか無かったことに、ギロン・アプスブリ・イニャスはようやく気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






・ホシ
ダメージに対する反応が少々鈍い。

・リスカ
現在迷子。

・ギロン・アプスブリ・イニャス
望んだものがもうどうやっても手に入らなくなっていた事に気がついた。

・従者くん
全肯定に定評がある。理解のある彼くん。




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