勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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Erosion/天の光

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……波の音が遠のいていく。

 

 だんだんと波の音が聞こえなくなっていって、代わりに聞こえてくるのは悲鳴、怒声、崩壊、そんな嫌な音ばかり。目を開けたくなくて、それでも目を開けなくちゃと思って、私は目を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……人助けとかしたくねぇですね。もうずっと遊んで暮らして誰かに感謝される生活がしたいです……いや、もう好きなことして褒められたいですね」

 

 神官としてというか、人としてどうなのかって言葉を漏らしながら、ホシは気だるげに下を向きながら歩いていた。

 

 まぁ確かに海で遊ぶなんていう経験は滅多に出来ないからうかれるだろうし、そこから転移を使って一気に戦地の真っ只中まで飛んでくれば気分もつられて落ち込むものだろう。

 

「それはそうと。俺、なんか後半の記憶ないんだけど何があったの?」

 

「派手に転んで頭を岩にぶつけたんですよ」

 

「そっかぁ。それなら仕方ないね」

 

 明らかに何者かに殴打された感じの傷が頭にあったのだが、なんだかこれは触れると今度こそ頭をかち割られる気がするのであんまり触れないでおこう。

 

「さて、やはり北に来ると寒いですね。なので体を温める飲み物を作りました」

 

「お、ありがとうホシ。ハーブティーとか?」

 

「白湯です」

 

「思ったより直球な温まる飲み物だった」

 

 実際寒いのでとりあえず飲んでおくと、冷えた体が芯から温められる優しい味がした。

 

 大陸北方。

 最初に魔王軍がその存在を宣言した場所でもあり、人類にとって苦い経験となった場所。

 周辺諸国は一丸となってこの殲滅にあたり、見事なまでに返り討ち。そもそも、魔王軍は『万解大公』と『灼熱大公』の2体だけで殆どの人類側の兵士を殺害し、優れた祝福を持っていた者達も他の幹部に個別でやられてしまったとのこと。

 

 それからは、人類側は『勇者』として優れた少数精鋭を送り込むことばかりに必死でほぼ防御の一辺倒。ソレでも今この状況は人類にとってかなり良い状況なのだ。

 

「『万解大公』に続いて『回刃』まで。魔王軍の厄介な奴らが2人も消えれば今が攻め時……と思ったらやっぱり全部勇者任せとは。慎重は美徳ですが臆病過ぎる気がしますけどねぇ」

 

「そうは言っても、魔王軍に負けた時は酷かったらしいからな。なんせ数え切れない数の兵士が送られて、生きて帰ってきたのは片手で数えられるだけの数だったんだ。誰だって、そんな相手と戦うのは恐ろしいだろ。特に、最も被害を出した『灼熱大公』はまだ生きてるんだし」

 

 魔王軍幹部は単体で災害に匹敵する恐ろしい存在。幾ら雑兵が集まったって勝ち目は無いに等しく、強い祝福を持った『勇者』を何人か送り出して個別撃破させるのが理に適っていると言えばそうではあるが、思わないことがない訳でもない。

 

 

 ……身近な人間、幼なじみがその『勇者』に選ばれた立場としてはだ。

 

 

「『灼熱大公』……そういえば、あまり思い出したくない話であれば無視して構いませんけど、リスカさんと貴方の故郷を滅ぼしたのも、あの灼熱大公らしいですね」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「そうなんだって……親の仇なんですよね?」

 

 そう言われても、実は今初めて知った事だしそれ以上の反応は出来なかった。そもそも、故郷を滅ぼした相手が誰だとか今まで考えて暮らすような余裕は一切なかったし。

 何もかも無くなってしばらくの間はリスカの両親が面倒を見てくれたし、その後旅の途中は本当に余裕がなかった。毎日生きるか死ぬかだった気がする。

 

「そう考えたら俺って運がないのかもな。ベルティオは直接会ったことないけど、今まで3体と1人の魔王軍幹部と関わるなんてな」

 

「逆ですよ。普通は魔王軍幹部と会ったら死ぬんですから運が良いんですよ。……普通は、魔王軍幹部と鉢合わせたらまず確実に死にます。『勇者』が複数人で当たれば撃退こそ出来ますが、今までリスカとギロン以外で1対1で魔王軍幹部を倒した人間はいませんからね」

 

「待って、ギロンが魔王軍幹部倒したってどういうこと? 初耳なんだけど」

 

「あー……まぁ、ほら。魔王軍幹部の1席を潰してるんで実質的な?」

 

「何言ってるんですのホシ? グレイリアなら妾がタイマンで挽肉(ミンチ)にしましてよ?」

 

「このアホに気遣いとかした私がバカみたいじゃないですか。アンタの祝福、メンタルまで動かないようにできるんですか?」

 

 ギロンが元魔王軍幹部なのは知ってるし、同格の相手を真正面から倒せても驚きはしないけど、一体ホシは何を気にしていたのだろうか? 

 

「いえいえ。相性が良いだけで妾の祝福はそこまで便利なものではありませんわ。まず、質量が大きすぎるものから移動を奪うのは疲れますし、概念的な攻撃は大抵防げないので基本は相性ですわよ。例えば、精神のような触れることが完全に不可能なもの、あとは空気、地面、といった大質量のものは妾の認識では止めるのは難しいですわ」

 

「へぇ、祝福ってなんでも出来るもんだと思ってたけど、意外と制限もあるんだな」

 

「そういう話してるんじゃねぇんですよ。とりあえず生まれつきその鋼みてぇなメンタルしてるのはわかりましたから」

 

 ホシは沸騰しているお湯を乱暴に口に運んで一息で飲み込む。何かおかしい気がしなくもないが、ホシはきっと熱に強いんだろう。そういう人は今までにも何人か見てきた。

 

「待たせたね、周辺の探索終わったよ」

 

「予想通りっちゃ予想通りだけど、『霧の壁』を避けて北に行くルートはなさそう。あとは、同じこと考えて『霧』に囚われたんだろう死体が幾つかあっただけ」

 

 偵察に行っていたスーイとリスカはそう口にするが、要は進展なしという事だ。

 

 魔王軍が大陸北方広域に展開し、同時に人類が多数での攻勢を諦めて防御に回っている最大の原因。『霧の壁』。正確な範囲は不明であるが、この霧を避けて魔王軍の本拠地へ踏み込むことは不可能。だが同時に、この霧の中に踏み込んで帰ってきた者も誰一人としていない魔王軍の最強の防壁。

 

「成分を調べようとしたけど、ダメ。やっぱりあの霧は()()()()()。視覚的に在るだけで、物質的には存在しないね。間違いなく『異能』のものだ」

 

「じゃあどうしますの? 妾が祝福使ってぶっ飛んで一気に突破してみます?」

 

「どうせ途中で意識が刈り取られておしまいです。わかってることは『霧の中に長時間滞在すると意識を失う』ことと『そうなったら目が覚めない』事です」

 

 この中で一番魔術に関して詳しいスーイと、医学に関して詳しいホシの2人が協力してわかったことはそれだけ。ただ、霧に突っ込んでいかなければ無害であるという点は変わらない。

 そもそも霧は物質的には存在しないらしく、呼吸を止めた程度でどうにかなるものでもない。

 

「妾の異能も存在しないものには効果はありませんし、そもそも大陸を横断する規模の霧とか止められませんし、そもそも止めたら突破できませんわね」

 

「仕方ない。いつも通り、私が最初に進んで元を断ってくる」

 

 そう言ってリスカは立ち上がり、用意していた剣の中から無造作に1本選んで霧の中へと向かっていこうとするが、それはさすがにホシが止めた。

 

「待って待って。普段ならそれでいいんですが、今回は本当に魔王軍が発生してから一度として破られたことの無い『霧の壁』です。もっと慎重に行きましょう」

 

「じゃあ他に方法が思いつくの? 私が進んで、私が斬れば終わり」

 

「認めたくありませんが、リスカは人類全体で見ても最高戦力なんです。まんまと敵の罠にハマって死なれたら困るんですよ」

 

「えーっと、じゃあ最初に俺が行こうか?」

 

「アンタが先に行って何が出来るのよ。ここは魔族の飼育場でもないのになんで餌を上げないといけないわけ?」

 

 相変わらず鋭い言葉が飛んでは来るが、相手の手の内が分からない以上はまずは最小限の浪費でどうにかして相手の異能のルールを知るのが、異能を持つ相手との戦いでの鉄則だろう。

 そして、この中で最もいなくなっても問題がない存在は俺である。

 

「まずは俺が行って、その間にホシとスーイで相手の異能を見極めてもらう。最悪、俺が死んでも問題は無いしホシとスーイならどうにか手がかりくらい掴んでくれると思ったんだが、どうだ?」

 

 自分では結構名案だと思ったのだが、めちゃくちゃ良い笑顔を浮かべてるスーイ以外の3人の反応が薄い。

 リスカは俺を矮小な虫けらでも見るかのような目で見てくるし、ホシは真面目な顔で遠くを見つめて何か考えているし、ギロンはあくびしてる。せめて興味くらい示して欲しかった。

 

「……ギロン、付いていってください。貴方の祝福があれば、万が一があっても戻ってくることだけはできる」

 

「ん、了解ですわ。でもいいんですのホシ。過保護な貴方らしくない選択だと思いますわよ」

 

「悪龍に向かう覚悟なき者に龍の財宝は手に入りません。厄介ですが、誰も内部を観測できたことがない以上は、こちらも手段は選んでいられません。何か異常を察知したならば、すぐさま戻ってくること。いいですね?」

 

「わかってる。さすがに死にに行くわけじゃない。あくまで偵察だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言ってしまえば大失敗だった。

 霧の中を進むこと数分。視覚がまともに機能しない濃霧の中をギロンと手を繋ぎながら歩いていたら、突如として()()()()()()()

 

 なんの前触れもなく、音すらせずにギロンは消えて次の瞬間には視界はブラックアウト。今はこうして何も見えない暗闇を、歩いているかすらわからずに進んでいるという認識で動いている。

 難攻不落の『霧の壁』を舐めすぎていたのだろう。せめてギロンだけでも無事に戻れていればいいのだが……。

 

 

「……光?」

 

 

 どこまでも続いていそうな暗闇の中、突如として今度は目の前の全てが光に包まれて何も見えなくなる。

 目が眩み、視界が正常に戻るまでの間に周囲の変化を他の感覚が感じ取る。

 

 肌を撫でる熱と痛み、パチパチと何かが燃える音、鉄の臭いと焦げ臭さが鼻腔を刺激し、目を開くとそこには。

 

 

 

「なんで、ここに……」

 

 

 

 そこは間違いなく数年前に滅びた俺とリスカの故郷。

 そして、再び炎に包まれて滅びようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マジですかぁ。発動条件、分かりませんでしたね」

 

 一切光のない暗闇でホシは目を覚ます。

 ギロンと彼が霧の中に踏み込んだのを見届けたと同時に、急に霧がこちらへと迫ってきて対応する暇もなく飲み込まれ、気が付けば意識を失っていた。

 

 だが、こうして意識が戻ったということはまだ何か対抗できるという事。

 

「……体の感覚が少し違いますね。幻覚の類でしょうか」

 

 生命体の脳に干渉するタイプの異能ならばホシは影響下にならない。同じ理由で毒物、薬物も効かない。なのでこれは意識に直接干渉している異能だという所までは判断が付く。

 

 霧の周囲にある死体がどれも外傷がなく、眠るように衰弱死していたこと。そして自分の今の状況を考えて相手の異能を整理していく。

 

「霧に包むことが発動条件、対象は……自我のあるモノとしておきましょう。これ程の広範囲に対して発動できるのは、場所を制限していることと……あとは意識がない間は外部から干渉出来ない等の制限がある?」

 

 ここまで考えたが、対抗手段は思いつきはしない。とにかくいち早く目覚めて他の皆も起こさなければならない。自分とスーイは眠り続けた程度では死なないが、人間は飲まず食わずで眠り続ければ死んでしまうのだ。

 

「さて、いよいよ幻覚が始まりそうですが……具体的に何をすれば解放されるんですかね?」

 

 辺りが光に包まれて、世界が切り替わっていく。

 かつて相手にしたことがある幻覚系の異能はホシには効果を示さないか、幻覚の中に術者の精神の写しのようなものがありそれを破壊する、または自害などが解除条件として多かったと記憶している。

 

 今度は果たしてどうなるのか、そう思いながら再びホシは目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「カミサマ」

 

 

 

 

 

 

 

 聞きたくもない、聞き飽きた、聞いてあげたかった言葉が最初に耳に入り()()()()()()

 

 呼吸、そうだ、自分が呼吸をしていることに気が付いたホシは胸に手を当てる。

 柔らかい、暖かい、鼓動が聞こえる。生きている。今まさに私は生きている。

 

 ■■■■■■・■■■■■■は生きている。あらゆる感覚がその事実を告げている。

 

 

「カミサマ、助けてください」

 

「この子、息してないんです」

 

「カミサマ、カミサマ」

 

 

 既に彼女は知っていた。自らの異能の力が、死体を操るだけの力であり自分に誰かを生き返らせる力はない。そんなこの世の理に反した力は自分にはない、知っているはずなのに、同時に彼女は知っていた。

 

 自分は「カミサマ」と呼ばれて頼られていて、自分には皆の願いを叶えられる力がある。自分なら、みんなの期待に応えられる。

 

 

 自分なら、皆を助けられると「カミサマ」は知っていた。だからいつものように祈りを捧げて、いつものように()()()()()()()

 

 

 

「……違う」

 

 

 

 脳が警鐘を鳴らして目の前の全てを否定している。

 彼女の記憶では、彼女はこんなこと出来ずに死体を操って中途半端に見た目だけ甦らせて、偽物の「カミサマ」として埋められて、そしてそれから長い時間苦しんで、彼に……。

 

「彼……?」

 

 

 彼って、誰のことだろう。

 気がついた時にはもう遅かった。それを忘れることが取り返しのつかないことと、忘れた後に気がついてしまったから。

 既に自分が今まで何をしていたのか思い出せなくなっていた。自分が今まで名乗っていた名前も思い出せない。この村の人から与えられた「カミサマ」という言葉でしか自分を表せない。

 

「くそっ、くそっ、クソッ!」

 

 忘れないように爪で自らの腕を引っ掻き、どうにかして文字を残す。久しく感じたことのなかった痛みを伴う記憶ならばと、最後の希望も容易く喰らい尽くされる。

 

 腕に刻んだ文字が次々と意味のわからない単語の羅列に切り替わっていく。わからない、なんで私は自分の腕を引っ掻いていたんだ? それすら思い出せないことがひたすらに気持ち悪くて、悔しくて、本当に本当に大切なものが奪われた空白だけが、その大切なものの存在を伝えていて、それが堪らなく悲しかった。

 

 

 

「カミサマ、大丈夫?」

 

「──────あ」

 

 

 

 けれど、そんな細やかな抵抗もこれでおしまい。

 彼女は自分を不安そうに見つめる小さな女の子を見て、すぐに全てを忘れて「安心させてあげなきゃ」と思った。

 

 

「私は大丈夫だよ。心配しないで」

 

 

 いつものように優しく語りかけると、女の子は安心した笑みを浮かべて何処かに走っていった。

 辺りにはいつもの光景。みんなが笑っていて、みんなが幸せそうで、私はここから動けないけれどそれだけで幸せだった。

 

 私の、「カミサマ」の幸福はみんなが幸せになってくれること。

 

 その幸福がカミサマの脳からいらないものをかき消していく。気が付けば先程自分が付けた腕の傷も消えていたが、それすらもどうでも良かった。

 

 

 カミサマは幸福そうな人々の顔を見て腱を切られて動かない足を軽くさすってから、微睡みの中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・カミサマ
魔族としての本能は詐称。相手を油断させることに特化した姿形と精神性を突き詰めた進化の最終系。初めて貰った優しさに報いる為に全てを捧げる擬態の聖女。冷静だが、熟考を重ね過ぎて手遅れになることも多い。



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