「あの。なんで私の手足を縛った上で、地面に転がして剣を構えるなんてことをしているんですか? おはなしするだけなんで、もうちょっと
「3回そっちから攻撃しといてよくそういうこと言えるよな? 卑怯な魔族は沢山見てきたけど厚顔無恥を極めた魔族ははじめてかもしれねぇ」
「そっちだって攻撃してきたからおあいこ……あ、すいません。剣構えられると反射的に尿が漏れそうになるのでやめてください」
手足を縛って地面に転がして、ようやく俺はこの魔族が今まで出会った中で
魔族ってのは基本的に根幹に『騙す』がある生き物だ。どんな方法にしろ人を欺き、その肉を食む為に知恵をつけてきた魔獣達の進化の行き着いた先。だからこそ、コイツらは人の心を操ることが大の得意。
このノティスという仮面の悪魔は今まであってきたどんな魔族よりも『弱い』と
早い話、どれだけ気を引き締めていても心のどこかで『コイツなら大丈夫』と油断してしまう。
一挙一動、全てが道化。それが根っからの馬鹿から来るものなのか、それとも狙ってやっているのか。判断ができない。だからこそ恐ろしい。
「それじゃ、話の続きをしようか。あまりに急すぎて笑っちまうくらいの話の続きをな」
「え、人間って私の話面白いって感じるんですか?
狙ってやっているのだとしたら本当にとんでもねぇやつだなこいつ。
「こほん……とりあえず、私を縛るだけで殺しはしないということは交渉の余地はあるということですね?」
「まぁな。こちらとしては魔王を倒すためなら猫の手も借りたい。利用出来るものはなんでも利用するさ」
魔王という存在に関して、俺たちが知っていることはあまりにも少ない。些細な事でもいいから情報が欲しいというのは事実。それをこの魔族が持っている気はしないが。
「そういうことならおまかせを。まずは私と魔王様の
森に潜み、迷い込んだ人間を喰らう魔族。
それが私達の種族であった。戦闘という必要な要素が増える方向に特化するのではなく、効率的に餌にありつける為だけに特化した進化を選んだのが私達。
結果から言えば、その進化は間違いだった。
私達は人間との知恵比べ、生存競走に負けて残念ながら私以外全員が殺されてしまった。しかし、私達の種族で唯一幸運だった点は最後の一匹である私にとてつもない『異能』が宿ったということだろう。
力の名は『
一定範囲内の自らの『根城』だという認識を持つ場所に霧を展開し、霧に包まれた相手を問答無用で眠らせ、幸福な夢の中に閉じ込める異能。
ただ残念な事に、当時の私はこの異能の力を上手く使いこなせなかったし、この異能は生存の為には役に立たない異能だったのです。
喰らえば誰も目覚めない、絶対に幸せな夢に閉じ込められて衰弱死する。ただし、この異能の対象になった相手は眠っている間は外部からの干渉を
……なので、私は上手くこの異能で餌を確保しても手に入るのは干からびた死体だけと効率が悪い。かと言って、私自身はそこまで強くない。そして入ったら誰も帰ってこない森に人間は近づいてこないし、森の動物とかを下手にこの異能の対象にすると生態系崩壊して森が消えるしで何も出来ない。
毎日毎日、空腹と戦いながら干からびた死体を啜る夢も希望もないような日々。なんのために生きてるのかなんて考えるのはもうとっくにやめて、ただこの空腹から逃げたいと思っていた。
そんな日々を送る私を掬いあげてくれた方がいた。
私の森に迷い込んだその魔族は、なんと起き上がった。
私の『異能』を受けて起き上がれる生物なんて今まで1匹もいなかったから訳が分からなくて、とても怖くて、もう一度夢に落としたけれどまた起き上がった。
もう私は怖くて怖くて泣きながらもう一度異能を使ったけれど、それでも彼女は起き上がった。私はもう怖くて腰を抜かして失禁した。
『ごめんごめん。怖がらせるつもりはなかったんだよ。でもこの森には多分『異能』をもつ魔族が潜んでると思ってね。キミとお話をしに来たんだ』
彼女は『魔王』と名乗りました。
名前を聞いても、自分は『魔王』だとしか答えなかったし、そもそも逆に名前を聞かれると当時の私には名前は無かったのでそこでそれ以上追及できなくなってしまった。
『ワタシは今、とある目的の為に優れた異能を持つ仲間が欲しいんだ』
『目的、ですか?』
『うん。人間を支配して、魔族が自由に暮らせる世界を作ろうと思うんだ』
その方は心の底から楽しそうに自分の目的と、仲間について楽しそうに語っていた。
ベルティオという名前の友人はとても手が綺麗で優しいんだとか、アグネという友人はすごく強いのだとか、エウレアという友人は見た目に気を使っていてすごく可愛いのだとか、ヒルカという友人は物静かだけどいつもそばに居てくれるのだとか、聞いてもいないことを、そんな彼らがどんなことを望んでいるのかをペラペラと語りだした。
みんな、違った望みがあってそれぞれがとても難しい望みだと思った。
『そうだね。きっとカレラ1人じゃ、ワタシ1人じゃ、絶対に無理だ。だからワタシ達は『軍』になる。そしてワタシはミンナの願いを叶える為に王になる。ミンナが自由に生きられる世界を作る』
『……それは凄いですね。頑張ってください』
私はいつも私一人だった。
仲間が殺されている時も、私が死ななければいいのだからと行動していた。だから、ほんの少しだけそんな風に生きられる彼女を羨ましいと、妬ましいと思った。
同時に私には無理だとも思った。
私には、彼女の助けになれるような力はないと。諦めて帰ってくださいと。
『キミの能力は『相手に幸福な夢を見せて、眠らせる』力だ。こんなに優しく、こんなに心強い力はない。むしろワタシの方から仲間になって欲しいと頼みたいところだよ』
じゃあ、なんで貴方は目を覚ましたの?
私の能力なんてその程度のものでしょう、と?
『……キミの能力はワタシと相性が悪い。多分、この世で破れるのはワタシくらいだ。ワタシは、幸福になれないんだよ』
『どういうことですか?』
『自罰的なのとは違う。どれだけワタシが望んでも、ワタシは『魔王』として役目を終えるその時まで決して幸福になることが
魔王は、ほんの少しだけ下を向いて雫を零した。
それから、その瞳から零れる雫を拭き取って立ち上がる。
『ワタシにはやらなきゃいけないことがある。キミが生み出してくれた、とても優しくて幸福な夢の中で立ち止まっていてはいけないんだ』
ようやく、私は彼女が背負っているモノの重さを理解した。泣くことも、弱音を吐くことも、立ち止まることも許されずに魔族の長として先頭を走り続けなければいけない、その責務の重さを理解した。
『だから力を貸してくれ。共に夢を見る必要も無いくらい、幸福な世界を作り出そう』
私は、その輝きの虜になった。
けれども私は同時にこうも思った。
そんなに頑張る必要、なくない?
別に夢の中で幸せになれるならそれでいいじゃない。みんな幸せなまま死ぬなら、結局同じじゃないか。
貴方だけそんなに頑張る必要も、貴方だけそんなに苦しむ必要も、貴方だけ夢を見れない必要も無いじゃないか。
そんなに頑張れる貴方だけが、こんなに苦しんで生きていいわけないじゃないか。
『……わかりました。いいですよ』
『それじゃあよろしく……名前が無いんだったね。じゃあノティスにしよう。よろしくノティス』
口ではそう言って、私は自分を定義した。
私は必ずいつか、魔王様を幸せな夢に閉じこめる。それで全てを終わりにする。私がこの世界で唯一見た光が、自分を燃やしながら輝き続けることに私は到底耐えられない。
貴方の夢を壊し、夢に閉じこめることこそが私が霧の中で見た星の光に出来る唯一の恩返しだから。
だから私は、私の夢で貴方の
「まぁ、そういうわけです。その後色々訓練して、私の異能はこの大陸の北部を概念的に守護する霧の防壁に進化したわけですが、未だ魔王様に対しては全く効果を及ぼせません。なので、研究の為に貴方に協力してもいいですよという話です。なんなら私はその為に魔王軍を裏切ってもいいですよ」
まず第一に、ここまで語られたノティスと魔王の過去についての話は全て嘘の可能性がある。
人間を騙す為にありもしない話をでっち上げる魔族なんて、これまで腐るほど見てきた。
「……俺が見た夢は、昔故郷が魔王軍の攻撃で滅んだ時のものだった。3回とも、俺が死ぬ事で目が覚めたんだと思う」
「ありがと、自殺ってのは1番わかりやすい否定のトリガーですからね。私の異能は、作り出した夢を本人が一番強い形で否定することで目が覚める。……でも同時に理解できない部分があります。なんで故郷が滅ぼされた時のことを『幸福な夢』の中で見たんですかね?」
「それは……」
ノティスの話を聞いて、なんでそんな夢を見たのかはすぐにわかった。わかったけれど、言いたくはなかった。
「…………」
「言いづらいことがあるのは分かりますけど、言って貰えると私がすごく助かるな〜と」
「……あれが、今までの人生で一番幸せな瞬間だったからだと思う」
あの日、俺は多くのものを失った。
人生の中で、最悪から数えた方が確実に早い日であったはずなのに、なのに俺はあの日のことを思い出すとどうしても嬉しい気持ちが湧いてくる。
だって俺はあの日、リスカを助けることが出来たから。
弱くて、何をしてもリスカに勝てない俺が、あの日だけは確かに彼女を救うことが出来たのだと。
あの日だけは俺は弱い自分を許すことが出来た。だからきっと、俺にとって最も幸福な夢はあの日になるのだろう。
そしてリスカが見つからなかったのは、単純にあの日リスカが怪我ひとつせずに避難してくれたらもっと嬉しかったから。
そして、俺が死ぬのは父さんと母さんが殺されてるのにその日のことを幸福に感じてしまう自分が許せないから。
「なるほど。貴方、優しいんですね。魔王様みたい」
「それ褒めてるのか?」
「私の語彙では
「そういうお前も、言ってることが全部本当なら俺もあんまり戦いたくないタイプだよ」
そうして俺は剣を握り直して、ノティスの首に目掛けて振り下ろした。
「……だからダメだ。お前は、俺達と利害も一致するし、魔王を自分の異能で殺したいとも思ってるだろうけど、絶対に
「流石ですね。
一瞬で縄を解き、曲芸師のような鮮やかな動きで木の上に登ったノティスがこちらを見下ろしながらそう口にする。
彼女は魔王軍幹部の中で、直接の戦闘能力は本当に低いのだろう。それでも、俺よりは多分強いし、先程までの情けない言動は全て俺を油断させるための演技であり、交渉の為の演技でもあった。
「もっと攻撃する機会はあったはずだよな?」
「貴方と交渉したかったのは本当ですので。私、結構貴方のこと
「あぁ、俺もお前の性格は好きだよ。でも、俺は
「私は魔王様を裏切れない。……それじゃあ始めましょうか」
木から飛び降りたノティスは俺から距離を取り、黒色の仮面の位置を調整してから、見たことのない独特の構えを取る。
「魔王軍幹部、『夢幻』のノティス。魔王様の首を討ち取らんとする貴方達を、ここで打ち倒します」
「名乗る程の者でもない、従者だ。勇者が魔王を倒すために、その邪魔となるものは倒させてもらう」
「……
「そりゃその方がいいだろうけど、相容れないもの、譲れないものはこの世にはある。だから──────」
地面を蹴って距離を詰める。勝てる気はしないけれど、負けていい理由は無い。
「夢を見る時間は終わりだ」
「夢も見ないのに、寝言を吐くな」
「……スーイ、どうかした?」
「あー、師匠。ちょっといい? お願いがあるんだけど」
「ん、最近いい子にしてたから聞いてあげる」
大好きな師匠と星を眺めながら、彼女の顔を見ずにスーイはただ一言、流れる星と共に言葉を漏らした。
「夢から覚める魔術、教えてくれる?」
・ノティス
星の輝きに憧れ、同時に輝く星を哀れんだ魔族。愛故に、星を撃ち落とすことを選んだ。
・従者くん
リスカに危害を加えそうなら倒すしかないのかなぁって。
にぼしみそ様にリスカ・カットバーンの立ち絵を描いていただきました。今回登場してないけど美麗なので我慢出来ませんでした。
【挿絵表示】
好き
-
リスカ
-
ホシ
-
スーイ
-
ギロン