勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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夢の終わり

 

 

 

 

 戦闘における魔術の使い方は、『中遠距離』かつ『予め設定していつでも繰り出せるようにしておく』が鉄則だ。

 だから魔術は制圧という面には優れるが、柔軟性が低いし何より接近されると弱い。

 

 

 じゃあ魔術って弱いじゃんと師匠に言った時、彼はぶっ飛ばされたのを思い出す。その時珍しく、青い髪色の師匠の顔が真っ赤になっていた。

 

 

 

『多少の状況、実力差をひっくり返して、相手を速やかに『制圧』できるのが魔術の強みだ。だけどさっき言った通り魔術は『想定していない状況』に非常に弱い。私? 私はその場で組むから関係ない』

 

 

 

 ノティスが目の前で魔術を組上げる。

 懐から取り出した針が空中で固定され、針を囲むように現れる魔術陣からどのような魔術なのかあらかた予想をつける。

 相手は魔族。それも魔王軍幹部。異能からして直接戦闘の回数は少ないだろうが、それでも天性の才能からかかなりの魔力を秘めている。

 

 

 だが、彼女は戦闘に関しては多少の訓練をしていても()()()()()

 

 

 

 針を射出すると同時に、ノティスの視界から彼の姿が()()()

 

 

「え……下ッ!?」

 

 

 魔族は基本的に、人間と戦う想定しかしない。

 人間の背丈は戦闘に携わるものならある程度決まっている上に、針のような武器で一撃で仕留めるとなれば狙いも頭部と決まってくる。魔術の発動の為に目標に集中したノティスの意識は、倒れるように姿勢を低くし獣のように突撃してきた彼の姿を一瞬だけ『消えた』と認識してしまっていた。

 

 魔族の技術の多くは対人が前提。獣を狩る技を磨くものはほとんど居ない。

 

 振り上げられた剣が仮面を掠め、命が刈り取られかける感覚に心臓が縮むような思いをしながらノティスは後ろに飛ぶ。

 

 

 今の一瞬でも十分に相手の実力はわかった。

 自分の方が魔力も身体能力も優れている。彼はせいぜい簡単な魔術しか使えないだろうし、この森は自分の家も同然。自分が負ける理由は、戦闘経験の少なさを鑑みても有り得ない。

 

 なのに押されている。

 懐から針を取り出そうとした刹那、狙いすまされた見事な投石が腕に当たり、ノティスの手から針が落ちる。

 彼女自身、自分が魔術が不得手であることは理解しているが、あくまでそれはほかの魔族と比べてであり人間と比べれば平均よりも上の才覚がある。

 

「距離、取らせて貰えませんかね! そっちの方が楽勝(イージー)なんですよ」

 

 相手からの返答はなく、ただ無言で距離を詰めてくる。戦闘になった時点で向こうはこちらと話す気がない。魔族との戦闘に()()()()()とノティスは敵ながら賞賛してやりたくなった。

 魔族の吐く言葉なんて全て耳を腐らせる毒だ。その場しのぎの、相手を一瞬だけ気持ちよくさせる甘い毒。そんなもの、夢も見ない男に効くわけもない。

 

「だからといって負けてやりませんよ。こっちも信念(タマシイ)賭けてますからね」

 

 逃げる足を止め、追ってくる人間と向き合い魔術陣を展開する。

 針を定め、狙いを定め、呼吸を整えて限界まで引き寄せてから──────逃げる。構えた針を発射する魔術陣はブラフであり、本命は足裏に仕込んだ爆発の魔術陣。これで上手く横に飛んで、好きだらけの側頭部に針をお見舞いしてやろう。

 そうして引き付けて、剣の間合いギリギリになった瞬間にノティスは足裏の魔術陣に魔力を流し込んで発動させた。

 

 

 その瞬間、腹部を思いっきり蹴られる。

 

 

「──────ッ」

 

 

 横に飛ぼうとしたノティスの腹に飛び蹴りをぶち込んだ彼の脳裏に浮かんだのは、昔ほんの少しの間だけ自分に魔術師との戦い方を教えてくれた師匠の言葉。

 

 

 

 

『逃げ回ってた魔術師が逃げるのやめたら要注意だ。よっぽど腕の良いやつじゃない限り、逃げに回った時点で自分は近接戦は無理ですって自己紹介してるようなもんだから、止まったってことは『何か策が思いついた』ってこと。一番わかりやすいのは、何らかの移動用魔術で急速に移動して不意を突こうとしてくる。……例えば、射撃魔術で目を逸らして、足元で爆発を起こして飛んだりとか。だからまず足元に注目してみるといいよ』

 

 

 

 

「わかりやすいんだよ。戦闘は始めてか?」

 

「っぅ、そうですよクソ。こちとら戦闘は処女(ハジメテ)ですよッ! 優しくしてね!」

 

「じゃあ動かないでくれ、優しく殺してやるから」

 

「地獄に行くなら女の子の前に立って様子を見てきて欲しいですね!」

 

「母さんに女の子には優しくしろって言われてるからな。レディーファースト(お先にどうぞ)だ」

 

「よくそんな歯の浮くようなセリフ、こんな場面に真面目な顔で言えますね、人間恐怖(コワ)!」

 

 

 

 立ち上がろうとしたノティスの体がふらつく。そしてその隙を彼は見逃してはくれなかった。

 大振りの剣による一撃はガードごと相手の頭を叩き斬る目的で放たれる。彼女の細い腕ごと頭蓋程度なら叩き割られる威力。隙を見せた相手に放つ終戦の一撃。

 

 そこで彼は自らの過ちに気がついた。

 絶対にしないと決めていたのに、魔族相手に戦闘中に『会話』をしてしまった時点で、相手の掌の上に立たされている。

 

 

 ノティスの黒色の仮面の下から一瞬だけ光が漏れ、彼の右目めがけて1本の針が放たれた。

 

 

「隠し針かよッ!」

 

 

 仰け反るようにして回避したがら空きの腹に、ノティスは腰に差していた短剣による一閃を食らわせる。決して深くはない、だが浅くもない傷から僅かに血が零れる。

 

感嘆(ヒュゥ)! さすが魔王様がくれた短刀、よく切れる」

 

 先程までのぎこちない動きが嘘のように、腕の力だけで体を起こしたノティスが滑らかに放った蹴りは彼の右手を正確に捉える。人体をひしゃげさせるような威力はないが、それでも指に蹴りが加われば骨が折れ、衝撃で持っていた剣は手から落ちる。

 

 落ちた剣を拾う余裕はない。左手で短刀を構え、向かってくる魔王軍幹部と対峙する彼の姿を見て、ノティスは最後の隠し玉を使うことを決意する。

 

 

「ありがとうございます。貴方が、普通の優しい人で良かった。私の話を聞いてくれる人でよかった。騙し欺くことを本質とする魔族(わたしたち)と話してくれるような馬鹿(ステキ)な人で、本当に良かった」

 

 

 ノティスは仮面を外した。

 その下にあるのは魔族としての『異形』。顔を横断するように裂けた巨大な口にナメクジのようにブヨブヨとした唇。大きさも対称性も揃わない不揃いの3つの目玉に、大火傷をしたかのように爛れた肌。

 人間が見た瞬間に驚いてしまうように設計された、同族にすら嫌悪されるこの異形こそ、ノティスの最後の切り札。ほら、優しい貴方ならほんの少しでも動揺してくれるって信じてた。

 

「だから私は勝ちます。譲れないモノのために、私は貴方を殺します」

 

 足を引っ掛けて、転んだ彼の体の上に馬乗りになる。魔力による身体強化を含めて身体能力はこちらが上。そこに重力が加わればどちらが勝つかなんて明白であろう。

 

 狙うは首。何となく頭は刺しづらそうだし、首を刺せばきっと死ぬだろう。それくらいの気軽さで、そこに万感を込めてノティスは短刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢から覚めるって言っても色々あるよね。意識を覚醒させるだけなら脳に細工すりゃいいけど、多分『異能』によって作られた強制的な昏倒だろう?」

 

「師匠うるさい。口より手を動かして」

 

「どうせ私はスーイの認識によって作り出された仮初の存在だから、スーイの能力以上の結果は出せないと思うよ?」

 

「いいから。師匠とこうやって一緒に研究するの、やってみたかったの」

 

 地面に複雑な魔術式を書いては消して、足りなくなっては場所を移動してを繰り返すスーイを彼女の師匠はぼんやりと見つめていた。

 

「……私が魔王と戦った時は、未来を予知してくる異能とか幻覚を使ってくる異能みたいな搦手が多かったから対策はいっぱい教えた筈なんだけどな?」

 

「全部覚えてる。その上で、今回は全部意味なかった。師匠から教えて貰ったことを、私が忘れてるわけないでしょ?」

 

「そう。私を喜ばせる言葉、随分と学んだみたいだね」

 

「機嫌悪いと私が死ぬかもしれないから、師匠を煽てる言葉の意味は一番最初に覚えた」

 

「……一時期『すごい』とか『綺麗』しか言わなかったのそういうことだったのか」

 

 確信はまだない。できるのならば認めたくないけれど、仮定としてスーイは今見ている現実の全てを『夢』としていた。

 もしそれが正しいのならば、師匠と会話するのは完全に無駄な時間である。そうとはわかっていても、スーイにとっての『師匠』という存在はあまりに大き過ぎる。

 

「でも、本当にここが夢だとして、抜け出すほどの理由がスーイにあるの?」

 

「師匠はそんな事言わない。師匠なら、『それくらい必死になれることが見つかったのなら何も言うことは無い』って言って部屋で寝てる」

 

「よーく私の事を知ってるね。でも仕方ないでしょ、私の役目はスーイをこの現実(ユメ)に引き止めること。この世界が、ほんの少しでもスーイが生きている現実に劣っているって言われたら、どうにかして否定しなくちゃいけないんだよ。スーイにはあるの? そこまでして私を否定する理由」

 

「……ないよ。あるわけないじゃん。夢だとしても、そんな事言わせないでよ」

 

 スーイにとって紛れもなく、嘘偽りなく師匠は全てだ。スーイの全てを作り、スーイの全てを与えてくれた、この世界のどんなものよりも大切な人。

 師匠さえいてくれるなら他には何もいらないと本気で思える。唯一並ぶかもしれなかった誰かのことも、この夢の中ではもうほとんど忘れてしまった。

 

「じゃあ、やめてもいいんだよスーイ。何も自分から進んで傷つく必要は無い。別に誰も怒らないし、誰もアンタを責めないよ」

 

 師匠の言う通り、スーイはとても出会いというものに恵まれてきた。ここで諦めたとしても、きっと誰も責めたりしない。みんなスーイのことを心配してくれる。

 

 

「でもそれは、()()()()()

 

 

 ここで諦めて微睡みに沈んで、胸の中に忘れたくなかったものが存在していることだけを示す()()から目を背けたら、スーイは()()()()()()()()。こんな気持ちの悪い感覚を、ずっと抱えて生きていくなんて真っ平御免だ。

 

「師匠、まだよく思い出せないんだけどね、私にも弟子ができたんだよ」

 

「へぇ、どんな子なの?」

 

「思い出せないって言ってるじゃん。……でも多分、優しくて、師匠みたいな人。あ、師匠みたいだったら優しくないねごめん」

 

「そこを謝る優しさがあるなら訂正しない優しさも身につけて欲しかったな」

 

 あぁ、嫌だなぁ。

 このままずっと、師匠と話していたい。

 

 そうやって思うことは何も間違っていない。きっと、これがスーイ・コメーテストの本音なのだろう。これこそが、自分の本当の望みなのだろうと肯定することが出来る。

 

「師匠はさ、良い師匠だと思うよ」

 

「この流れで言われても全く響かないんだけど?」

 

「それはごめん。でも、本当にいい師匠だと思う」

 

 記憶の中の師匠は、どんな時も弟子の為に頑張ってくれていた。自分みたいなダメダメな弟子に、自分の全てを教えて、託してくれた。

 

 

「だから私も、そんな師匠になりたい。ちゃんと、師匠から貰ったものを弟子に引き継げる師匠に。まだまだ教えてないことは沢山ある。だから、ここで寝てる場合じゃないんだ」

 

「……随分、楽しそうに笑うようになったね」

 

 

 そう言って、師匠は立ち上がって魔法陣を展開して、()()()()()()()()()()()()()()()()。最初は夢から覚める魔術だと思ったけれど、すぐにスーイはその魔術がなんなのか気が付いた。

 

「えっと、師匠?」

 

「夢から出る手っ取り早い手段は『ここを夢だと否定する』。アンタの場合、夢の核である私を殺すこと。──────出来る?」

 

「気持ちの問題なら、出来てるよ」

 

「バーカ。気持ちの問題じゃなくて、私を殺せるほど強くなったのかどうか、ここでバカ弟子の成長を見てやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さてと、それじゃあ少々手荒だけれど助けてあげるから、あとは君の力で頑張ってみてね」

 

 目が覚めて、魔術師は即座に霧の効果範囲内から魔術陣を組む。

 外側からの攻撃はこの『霧』が遮断してしまうため、再び異能で眠らされる可能性があったとしても霧の中で行動をする必要がある。

 

 全く大した『異能』だ。霧の中からしか干渉できないのに、霧の内側に入ればすぐさま夢に閉じ込められる。

 

 魔術師が再び霧の異能、『夢幻抱擁(フォー・ファー)』で眠らされるまでにかかった時間はほんの数秒。

 だが、歴史上最高の魔術師の1番にして唯一の弟子である彼女からすれば、それだけの時間があれば敵を殲滅するだけの魔術を組むのはあまりに容易い。

 

 

 それはそれとして。

 彼女は師匠としては少々厳しい性格をしているので、せいぜい自体が好転する程度、死ぬ気で頑張ればどうにかなるかもしれないくらいの援護しかしてくれないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その爆発は、なんの前触れもなく起きた。

 より正確に言えばノティスと彼では何が起きたのか分からないほどに素早く精密な魔術陣が組まれ、爆発が引き起こされた。

 

 吹き飛ばされながら、ノティスは最初は彼の仲間のうちの誰かが目を覚まして攻撃してきたのかと思ったが、それだと納得いかない点がある。

 

 

「ぐ……くっそ、なんだ? 何が起きた?」

 

 

 ぶっちゃけ自分より彼の方がダメージが大きい。

 そのままにしていたら、自分が勝っていたのだからそれよりはマシかもしれないが、『仲間』ならばそんなことはしないだろうし、組み合ってる自分達に対して遠距離から攻撃出来るほどの腕があるならノティスのみを狙って狙撃することも出来たはずだ。

 

 とにかく立ち上がって形勢を立て直す。まともに真正面から殴り合えば負けるのはこちらだが、搦手は魔族の得意分野。幸にも切り札こそ切らされたが戦う手段は残されている。

 

 

 

 

 

 

「おっはようございます、ですわー! 妾、とっても良い夢を見て気分爽快ですわ!」

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 なんか出た。

 なんか、当然のように起きてきた巨大な女が、魔王軍の裏切り者であるギロンが、こちらに視線を向けた。

 

「どなたか存じませんが、貴方が霧の主ですわね? 魔王から名前は聞いてますね確か……ノティスでしたっけ?」

 

「覚えなくていい! 寝てろ!」

 

 すぐさま再び『夢幻抱擁(フォー・ファー)』を発動させ、喧しい裏切り者を眠らせてからノティスは『彼』と向き合う。

 目の前の彼と違い、ギロンにはまだこの『異能』は有効である。そもそも、魔王軍幹部の中でもかなり武闘派寄りであるギロンとタイマンしても勝てる気がしないという理由から彼女は目標を『彼』に絞り込む。

 

 

「おはようございますですわー! いやぁ、何度見ても良い夢ですわね!」

 

「…………は?」

 

 

 2度、目を覚ましてきた。

 とりあえずもう一度発動させて眠らせてから、ノティスは『彼』と向き合う。

 少し意識を逸らしている間に彼は立ち上がってしまっていたが、先程の爆発の手傷は向こうの方がやはり多い。特に足を負傷した様子で先程までと比べて足運びが覚束なくなっている。

 

 ──────今なら速攻を仕掛ければ勝てる。

 

 さぁ、勝負を決めに行くぞと覚悟を決めて一歩踏み出そうと

 

 

 

 

「おっっっはようございます!!! さすがにそろそろ飽きてきましたわ!」

 

「寝てろお前!!!」

 

 

 もう一度『夢幻抱擁(フォー・ファー)』を発動させて、あることにノティスは気がついた。

 この女は彼と違って『夢幻抱擁(フォー・ファー)』に対して耐性があるわけではない。実の所、3回目に目を覚まされて以降『彼』には全く効かなくなっていたのだ。それは魔王も同じであり、だからこそ彼女は彼に魔王を殺す手がかりを見出した。

 

 対してギロンはバッチリかかって、発言からしてしっかり幸福な夢を見ているはずなのに、何故か目を覚ます。

 

 

 

『新しい幹部に人間の子を入れたんだけどね。ギロンって言う凄く貪欲な子なんだよ。あ、どんな子か見たい? 待ってて今念写するから』

 

 

 

 

 しばらく前に魔王とそんなことを話したのをノティスは思い出した。

 貪欲、それがどう言う意味での言葉はよく分からないが、自身の異能については研究を重ねている彼女は一つの可能性に辿り着いた。

 

 

 ギロンの『夢幻抱擁(フォー・ファー)』の攻略方法。

 

 単純に、夢を終わらせてきている。

 異能で作り出した仮初の幸福が、彼女の貪欲さに追いついていない!? 

 

 

 

「おっっっっはようございますわ!!! まだまだ食い足りねぇですわね!」

 

「くっ、寝てて! お願い!」

 

 

 

 ノティスの読み通り、ギロン・アプスブリ・イニャスは耐性を得ている訳ではなく極めて単純な方法で幸福な夢から抜け出していた。

 

 まず、彼女の夢の分岐点は『愛や恋』について考える機会を奪うことから始まる。

 知らない方が幸せなことがこの世にある通り、無意識に彼女はこれを『知らなければよかった』と思っている。だから彼女はそれに気が付く機会を忘却し、魔王軍幹部として魔王の元で動く未来を夢に見る。

 

 だが、その結果は端的に言えば『暴走』。

 

 幸福な夢の中で満足してしまえば、二度と起きることは無い。だが、この生物に『満足』だなんて言葉は存在しない。この世のありとあらゆるものを自分のモノにして喰らい尽くすまで止まらない。

 

 ノティスの作り出す幸福(りょうり)では、貪欲の胃袋は満足しなかった。夢の中のあらゆるものを『食べ尽くして』その度にギロンは目が覚める。何も無くなった夢の中なんて、彼女にとって全く興味が無いのだから。

 

 

 

 

 

 突然の爆発、何度眠らせても起きてくる貪欲な女、そしてそもそも異能が効かないただの青年。

 

 3つのイレギュラー、ありえないはずの天敵。

 そこまでしてようやく、魔王軍幹部、『夢幻』の名を賜った魔族は自分が追い詰められたと実感する。

 

 爆発が再び起きないことから、下手人はきっと再び夢に閉じ込められた。ギロンも、常に意識さえしていれば耐性自体はないので眠らせておくことは出来る。

 だが、『常に意識』をさせられるだけで厄介。もしも起きて攻撃されれば一撃でミンチにされるだろうし、絶対に意識を割かなければならない。

 

「その状態で、貴方を相手しなくちゃいけないんですよね……」

 

「…………」

 

 彼はもう何も喋らなかった。

 こちらと会話しても、集中を散らされるだけと学んだのだろう。ほんの少しそれを寂しく思いながら、短刀を構え直す。

 

「……言葉は不要とか、そういう感じですか?」

 

「…………」

 

「じゃあ私だけ言いますけど、まぁ、はい。多分貴方と立場さえ違えば仲良くできたと思うんですね」

 

「…………」

 

「あー……はい。いや、うーん……」

 

 バツが悪そうに、片手で頬を掻きながらノティスは最後にこう口にした。

 

 

「全部嘘です。貴方を油断させる為に言いました。さぁ、再開しましょう?」

 

 

 そうして、互いに全力で大地を蹴る。

 皮肉なことにお互い同じことを考えていた。

 

 片手に構えた剣を囮にして、相手の顔をぶん殴ろう、と。

 そうして同じことをすれば、僅かにリーチの長い彼の方が有利であった。

 指の骨と顎の骨が碎ける音と共に倒れたノティスに対して今度は彼が馬乗りになる。

 都合の良い爆発は今度は起こらない。防御の為に出されたノティスの掌ごとその喉に向かって短刀を振り下ろす。

 

 

「……ッケンナよクソがァァァァァ!!!」

 

 

 確実に勝ったと、そう思った刹那。ノティスは最後の力を振り絞って咆哮し、()()()()()()()()()()()()()

 その手には大して力は入っておらず、自分に振り下ろされた一撃と違って直接命を削るには届かない。

 

 でも、致命傷だ。

 首の傷は出血とかなんやかんやで人間は簡単に死ぬと、前に聞かされていた。

 

 こんな大したこともない、ありふれた実力の青年1人しか道連れに出来なかった自分が情けなくて、涙が溢れてくる。

 

 

(ごめんなさい、魔王様。私は、貴方を……)

 

 

 殺したかった。

 心の底から、貴方に死んで欲しかった。

 

 

 でもそれ以上に、貴方が何も背負わずに、心の底から笑えるそんな世界を作りたかった。それが、霧の中の醜い化け物に星の輝きを教えてくれた貴方に出来る、自分の全てだったから。

 

 

 もっと考えることは沢山あった。

 もっと思うことは沢山あった。

 

 

 ただ、小さな体に秘めたその思いを全て消化するのに、今際の際は短過ぎた。

 

 ひっそりと、魔王軍幹部の1人の命が消えて霧が晴れる中で、1人の青年は地面に倒れ込む。

 爆発で食らった傷が痛むし、何より最後に貰った首の傷から血が溢れ出す。自分はここで死ぬのだと察してから、何か考えるより先に出血と疲労で彼の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「駄目ですよ。まだ貴方が死ぬ時じゃないって、神も言っているわ」

 

 現れた神官は、その陶器のような指先で首の傷口に触れる。

 欠損しているならまだしも、首の傷を縫い止めるだなんて欠伸の出てしまうような作業。傍から見れば、傷口に触れただけで傷が消えてしまったかのように見えるそれは正しく神の奇跡、神を騙る不遜なる業。

 

 

「何はともあれ、一件落着ですかね。起きるのが遅れた手前、あまり強い事は言えませんが、スーイは1発ぶん殴りましょう」

 

 

 晴れていく霧を確認し、1体の魔族の死体を取り込んでからとりあえず遠くで目を覚ました魔術師をぶん殴ろうと、ホットシート・イェローマムは心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 求められるのは嫌ではなかった。

 

 誰かの笑顔を見るのは好きだった。

 

 

 

「ありがとうカミサマ」

「感謝しますカミサマ」

「カミサマ」

「カミサマ」

 

 

 みんなが笑っているなら、それでいいとは思います。えぇ、確かに思いましたよ? 

 

 

 だって、『カミサマ』は『私』じゃないんですから。

 この夢は、カミサマだった頃の私が望んだ夢だ。自分を含めて誰も不幸にならないで済む、幸福な世界。

 

 

 いやこんなものクソ喰らえですね。

 だって私が、ホットシート・イェローマムが望むものはこんなものでは無い。この世界が嫌いなのかと聞かれたら違うけれど、今の私の自分の『定義』はそうじゃない。

 

 

 信じるものは、己の神のみ。この世で最も悪辣で、純粋で、信仰心の強い神官。

 優しい青年の優しい強がりを、嘘にしない為だけに走る自分勝手で役立たずなカミサマ。

 

 ホットシート・イェローマムはそうやって自分を『再定義』したのだから。

 

 

 

 そうなってしまえば話は早い。

 残念なことに、死体は夢を見ないのです☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧が晴れて、目が覚めて、ゆっくりと全てを思い出す。

 

 穏やかな時間、勇者なんて知らないで、ただの女の子として彼と共に過ごして、愛を育んだあの現実は、全てが夢でしか無かったと。

 

 

「ぁ……あぁ……」

 

 

 そして、次は自分の罪と向き合う時間。

 勇者であるはずなのに、自分は逃げた。楽な方へと逃げてしまった。

 

「いや、ごめんなさい……ゆるして……ゆるして!」

 

 誰も彼女を責めていない。本来なら幸福な夢から抜け出せる方が『異常』なのである。『普通』は本来、責められるべきものではない。

 

 だが彼女の場合違う。

 勇者に『普通』は許されない。勇者は常に、誰よりも『異常』や強さで前にでなければならない。なのに、それが出来なかった。

 

 

 彼女は何も出来なかった。

 

 

 

『勇者なのに何も出来なかったの?』

 

『勇者が何も出来ないなんて、そんなはずないよね?』

 

『じゃあ貴方はなんなんだろう?』

 

 

 

 

「私は……なんなんだろうね……はは、ははは……」

 

 

 

 霧が晴れて、黄昏の光が少女を照らす。

 

 

 

 

 

 誰でもない少女は、本当に誰でもなくなった。

 

 

 

 

 

 

 







・スーイ
師匠が大好きであり、師匠から受け継いだものが大好き。ちゃんと計算して従者くんの方が重傷を負うように爆発を起こした。それはそれとして夢でも師匠を殺させられたことに対してはかなり苛立っていてあと少しで普通に『翼』を使ってた。

・ギロン
満足できなかったので起きた。夢の中で全部食べたら何も無くなってしまったらしい。
こう見えて、『恋なんて知らなければよかった』なんて思う感性も備えていたりする。それはそれとして知ってよかったこともあるし、現状には満足していないが不満はない。そもそも多分永遠に満足しない。

・ホシ
彼女にとって自分は『彼の約束を嘘にしない』為に動く死体であるので、彼女がホットシート・イェローマムである限りは絶対に目を覚ます。それはそれとしてみんな笑顔の方がいいよねってちょっと思っちゃうので普通に効いたが、ギリギリ異能が解除されるよりも早く目が覚めて、ギリギリ間に合った。



・ノティス
本来は森の中限定のはずの霧の結界の範囲を『魔王城に行くためのルート』全てに拡大したのは彼女の努力。
努力家であり、それでいて必要以上の努力が好きではない。自分では無い誰かのために動ける少女。

・異能『夢幻抱擁(フォー・ファー)
霧の範囲内にいる相手を昏倒させ、幸福な夢に閉じこめる異能。夢を見ている間、対象には何者も干渉できなくなるが、逆に言えば自力で夢から脱出するか、彼女が異能を解除しない限りは衰弱死する。また、霧の外からの攻撃を完全に遮断するなど、自分の領域内ならば無敵に近いが、逆に言えば霧の外ではノティス本人も大して強くないため無力に近い異能。
その力の全ては、彼方の君に安らぎを捧げる為に。憧れた星を撃ち堕とす為に磨かれた愛の刃。


・従者くん
何が起きたか分からないけれど、とりあえず重傷。





・■■■
何も出来なかった。



好き

  • リスカ
  • ホシ
  • スーイ
  • ギロン
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