勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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ギロっとギロギロ

 

 

 

 

 

 

 

 ギロン・アプスブリ・イニャスは思考する。

 

 美味しい料理とは一体何なのか、と。

 

 

 自慢ではないが、ギロンは自分は好き嫌いはあまりしないという自負がある。とりあえず、どんなものでも口にする。口にできる。それはギロンの自慢の一つでもある。

 だからギロンはあまり『料理』というものにこだわりが無かった。当然ながら、ギロンは自分磨きが好きな為一通り料理について学んだ。だが、料理とは根本的に『食べられないものを食べられるようにする』ことや『美味しくないものを美味しく食べる』ことが起源となる技術体系であり、『美味しいものをより美味しく』という部分もあるにせよどんなものでも食べることが出来る特殊な消化器官を備えている彼女にとって、料理とは『あまり必要のないもの』なのである。

 

「栄養や食感は問題ない……いや、妾基準じゃ岩でも問題ないってなる。でも、うーん……」

 

 考えどもやはり1人では限界というものは訪れる。

 ギロンは自分の限界をよく理解している。何故なら限界はいつでも超えるためにあるのだから、目標のことは常に知っておかなければならない。

 だからこそギロンは限界というものを超える最も手っ取り早い手段を知っている。

 

 それは『頼る』ことだ。

 教えを乞うこと、技術を喰らい、成長する。それがギロンの成長の仕方。そうでもしなければ、全てを手に入れるなぞ寿命がいくらあっても足りない。どうせやるなら効率的に、それでいて暴力的に。それがギロンの獣の美学だ。

 

 

「ホシさーん、妾にお料理を教えていただけませんか?」

 

「は? 何か悪いもの……はいつも食べてますね。何も食べてないんですか? 脳に血液回ってます?」

 

 

 確かにいつも背丈の関係で見下ろしているけれど、ちょっと下手に出てみればこの反応なので幾らギロンでも女の子なのでちょっぴり傷ついたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ギロンって料理できるんですか?」

 

「ホシは妾を文明から取り残された野獣か何かだと思っていまして?」

 

「自分を客観視する能力が貴方にあったことが驚きですよ」

 

 一瞬取っ組み合いになりかけたが、お互いの『祝福』と『異能』的に完全に意味の無い行為であるため、お互いに一発拳を入れて終わりにした。

 

「なるほど。レパートリーが少ないから私に教えを乞うと? 意外とプライドないんですね」

 

「別に誰かに教えを乞うことは恥ずかしいことではないでしょう? 仮に恥ずべきことだとしても、その一時の恥でより強い自分になれるのならば必要経費ですわ」

 

「あーヤダヤダ。皮肉が効かない相手は嫌いなんです。……それで、私は何をすればいいんですか?」

 

 ホシは普段の神官服の上から、どこから取り出したかも分からないエプロンを纏い、いつの間にか包丁も持って準備万端と言った様子になっていた。

 

「特に決まってはいないので、妾の知らなそうな料理を何か一つ、作り方を教えてくださいます? ほら、ホシって無駄に歳食ってますから物知りでしょう?」

 

「ははは。無駄にタッパと肉つけたガキがよく言いますね」

 

 軽口を言い合いながらも、さすがに包丁を持ったとなればホシの表情は真剣なものにある。野菜を一つ手に取り、鮮やかな手さばきで包丁を振り下ろし、見事自らの小さな手から指を数本切り飛ばして見せた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………はは」

 

「…………は?」

 

 

 あまりにホシが慣れた手つきで指を切り飛ばすものだから、ギロンは目の前の光景が現実のものと認識するのに時間がかかってしまった。さらに言えば、指を飛ばしたホシ自身も信じられないものを見る目で見ていた。

 

「あはは……。ほら、私戒律で刃物持てないので」

 

「いつも酒飲んでる似非神官の分際で何言ってますの? 前に貴方普通に刃物で魔族を串刺しにしていましたわよね?」

 

「……だって、仕方ないじゃないですか! 正直に言いますけど私に料理とか学ぶ機会なんてなかったんですよ! 実は文字だって最近覚えたばかりですし!」

 

 ホシは包丁を置いて指を治してからその場に蹲って誰に向ける訳でもない怒りをぶちまけ始めた。

 頬を膨らませ、瞳を潤ませて拗ねるその姿は非常に母性を擽られるが、それはそれとして先程までの自信に満ち溢れた顔を思い出すとギロンは思わず吹き出してしまった。

 

 実際、ホシの経歴には料理を学ぶ時間どころか、一般常識を学ぶ時間もほとんど無かったのだから、表面だけでも神官として振舞えているだけでも彼女の努力あってのものなのだが、それはそれとして包丁を持って自信ありげな顔をしている顔を思い出すと笑いを抑えることは、ギロンの異能を以てしても不可能だった。

 

「なんであんなすぐバレる見栄を張ってましたの?」

 

「だって……料理なんて普段扱ってる■■■の手足やギロンの目玉に比べたら絶対簡単だって」

 

「言ってることは何一つ間違ってませんのに結果が悲惨すぎて否定せざるをえませんわ」

 

 失った手足すら再現する、命を粘土細工のように扱う魔女がまさか料理もまともに出来ない不器用っぷりを見せるのは流石に想定外。

 

「私だってぇ、練習したんですよ……。でもなんか料理だけは上手くいかないんですよ……。そもそも私要領良くないんですよ。■■■に毎晩教えてもらってようやく日記を書けるようになった程度ですし」

 

「育ち良さそうなのに意外ですわね」

 

「えぇ。こう見えて学はないんですよ。この前まで土の下にいたので」

 

 しかし困ってしまった。

 以前、ホシから■■■に関しては『料理が出来ない』と聞いていたし、スーイは料理なんて出来なさそうだし、このままでは誰からも教わることが出来ない。

 

「そう言えば、なんで唐突に料理を教わろうと思ったんですか? ギロン、ぶっちゃけなんでも食べれますよね?」

 

「妾はいつでも昨日よりも強い自分を目指しているんですわ」

 

 

 

「なんだか善い向上心の匂いがした!」

 

 

 

 呼んでもいないのに、頼りにならなそうな青色の魔術師は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。でも私を不器用の極みのホシと一緒にしてもらっちゃ困る」

 

「不器用の極みで悪かったですね」

 

「それじゃあそんなギロンには私が師匠から教わった料理を見せてあげるから、ちゃーんと覚えるんだぞ」

 

「なんか普段よりテンション高いですわねスーイ」

 

「コイツ根本的に教えたがり(さみしがり)なんですよ」

 

 自信だけでは先程のホシと同じ末路になりかねないが、スーイはその自信に違わぬだけの手際の良さで次々と準備をしていき、慣れた手つきでお湯を沸かし始めた。

 

「すごいですわね。お湯を沸かせてますわよ。見ましてホシ?」

 

「バカにしてます? お湯くらい私にも沸かせます」

 

 そうしてスーイはお湯を沸かし……そこに指を入れると沸かした湯を捨てて何故かもう一度湯を沸かし始めた。

 

「アレは……なにか意味がありますの?」

 

「さぁ? まぁ水は全部スーイが用意したものなので好きに使っていいですけど、無駄遣いは感心しませんね」

 

 そうしてスーイはまた湯を沸かし……しばらくしてそこに指を入れるとそれを捨ててまた湯を沸かし直した。

 

「……何やってるんですの、アレ?」

 

「なんかブツブツ言ってますね」

 

 

「……ダメだ。温度が違う。沸騰分の水量の調節が甘かった。加熱時間、加熱温度もブレがある。そもそもこの鍋じゃ沸騰まで加熱したら僅かに成分が水に混ざる。別のものを用意しなくちゃ、いや、師匠が使ってた鍋を再現するか? そうしないと完璧に再現ができない。レシピ通りに作らなきゃ」

 

 

 スーイは、意外と凝り性である。

 正確に言えば魔術を扱う物として、非常に細かい部分まで気にする。小さなズレが手足を吹き飛ばしかねない事故に繋がる魔術師として、スーイが大成したのにはそういう心掛けを叩き込まれたというものがある。

 

 逆に、『料理も魔術も同じもの』として考えると彼女は料理も魔術を使うかのように完璧を求める。

 絶対、一分の間違いも許されない。魔術ならばレシピ通りにやらなければ必ず大惨事になる。強迫観念にも近い集中力でスーイは何度も完璧な状態の『お湯』を作り出すべく湯を沸かし続ける。

 

「うーん、これ料理ってかなんかの研究じゃないんですか?」

 

「そうですわね。とりあえず放置しておきますわ。妾は今料理の気分なので」

 

「そもそも気温、湿度が当時の師匠の家の台所と違いすぎる。そこの条件から整えるべきか? ここまで来るとまず前提条件の整理から始めないと。まずは気温湿度空気中成分……」

 

 完全に自分の世界に入ってしまったスーイを置いておき、ギロンはどうしたものかと頭を抱える。

 別に最悪何も得られなくても良いが、それでは自分が良くても『相手』を満足させられるかが分からない。それを考えると、少々不安になる。決して自分がそういう面にて劣っていると認める訳では無いけれど、それはそれとして、なんというか、不安になる。

 

 

 そういう乙女心くらい、獣にだってあるものだから。

 

 

 そして、人間の気持ちの問題を解決できるのは、最終的にはバケモノではなく人間になってくる。

 

 

 

「さっきからなんなの? うるさくて眠れないんだけど?」

 

 

 

 苛立ちを隠す様子のない赤色の髪の毛の女の子が、最後の救世主として現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しますわ〜」

 

 相手を起こさないように、音を殺してギロンは部屋に入る。当然ながら、部屋の主はまだ眠っている。

 既に傷は治ったとはいえ、失血量が酷かった彼はすぐに目を覚ましはしたが体調が優れずに眠っている。

 

 無防備な姿で、安らかに寝息を立てている。

 呼吸の度に動く胸と喉。かぶりついてしまいたくなる瑞々しさ。動きの全てが、情婦の誘惑のようにギロンの理性の軛を外す。

 

「……一口だけ」

 

 無意識にそう呟いて、ギロンは彼の喉元へと近づいていく。

 鼻腔をくすぐる雄の香。唾液が滴るのを必死に抑えることに残りカスの理性は必死で他に大切なことを置いてきぼりにしてしまう。

 別に何もおかしいことは無い。ギロン・アプスブリ・イニャスは彼が欲しいのだ。欲しいということは、食べたいことだ。彼に認められるような女性になりたいし、それでいて彼を食べたい。この2つは彼女の中では何も矛盾していない。

 

 自分の異常性に気が付かない。

 それが貪欲な獣に神が与えた罰だった。

 

 朝起きて、昼に活動し、夜に眠る。

 服を着て、呼吸し、生きていく。

 そんな人として当たり前の行為。今から彼の首に食らいついてその肉を食らい鮮血を飲み干すことはそんな当然の行為でしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ。主菜に最初に手をつけるだなんて、貴方はいつから礼儀も知らない田舎者に成り果てたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを口にしたのは、他ならぬギロンであった。

 自らの指を噛み、血を啜る。喉の潤いと指の痛みは熱を伴いながらほんの少しだけ熱を冷ます。融けた理性が形を取り戻す。

 

 何が間違っているかはよく分からない。

 これが自分にとって正しい選択だと思いながら、それを拒否する。

 

 

 だって違うでしょう? 

 妾が欲しいのは彼の体だけだなんて、貴方はそんなに謙虚な獣? 

 いいえ。いいえ! 妾は自分がどれだけ貪欲かを知っている。彼の身も心も、全て自分だけのものにしたい。自分だけを思い、自分だけを愛して、自分だけしか考えられなくなるくらいに、彼にとって素敵になってやろうと。

 

 それが今の妾の目標でしょう? 

 それが妾の、貪欲でしょう? 

 

 

 

 

 

 でも、こんな目の前に無防備な男が居て、据え膳食わぬは獣の恥ではある。

 無防備な唇に獣は狙いを定め直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ん、おはようギロン。なんで目の前にいるのか、聞いていいか?」

 

「いい朝ですので、ここで腕立て伏せでもしようかと思いまして」

 

「なるほど。時と場所は考えような。起きて最初に見るのが腕立て伏せはそれなりに驚くから」

 

「ええ。ここならやる気が出そうでしたので。起きてすぐですが、お腹は空いていませんか?」

 

「まぁ空いているかって聞かれたらそうだな。寝っぱなしとは言え何も食わないのは腹が減る」

 

「では、少し待っていてくださいまし? 今日は妾の手作りですわよ。期待していて欲しいですわ!」

 

 

 鼻歌を歌いながら、ギロンは部屋を後にする。

 部屋を出てすぐに、自分の頬と額に手を当てて汗や体温を確認する。少なくとも、掌を冷たく感じるくらいには顔が火照っていたのを確認して、さらに顔が熱くなる。

 

「バレてませんわよね……?」

 

 顔を近づけて、唇と唇が触れる寸前といった瞬間。

 ふぅ。と彼の寝息が唇に当たってびっくりしてその場で飛び上がってしまったのだ。

 

 いや、別にキスをしようとしたこと自体が恥ずかしいのではない。いずれ夫婦になった暁には唇同士どころか生殖器同士で触れ合うことになるのだからその程度で恥ずかしがるほどギロンとて温室育ちのおぼこ娘では無い。

 

 ……ただ、息が当たって恥ずかしくなってキスをやめたどころか、飛び上がって自分には似合わない甲高い悲鳴を上げてしまうなんて。

 

 

 

「それこそ、温室育ちのおぼこな生娘みたいじゃありませんの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 料理を最後にしたのはいつだったか。

 確か、彼が旅に出てしまう前にしたのが最後だろう。ずっと練習をしていたけど、いつか上手になってから振る舞いたいなどと考えていたら機会を逃してしまい、悔しくて仕方なかったのをよく覚えている。その程度でしかない自分のアドバイスをしっかりと聞くなんて、ギロンは変なところで傲慢なくせに変なところで謙虚なのだ。

 

 

 

 今では何を食べても味が分からないし、そもそもあらゆるものを『切断』してしまう人間なんて、危なすぎて包丁なんて持つことは出来ない。

 

 勇者が活躍出来るのは戦場で誰かを殺す時だけ。

 自分に宿った力が、誰かを守る力ではなく誰かを傷つける力であることは本人が一番よく知っている。

 

 

「なら、私は私の方法でやるしかない」

 

 

 お前は勇者だ。お前は勇者でなくてはならない。ならば、お前にできることはより多くを殺すことだけだ。

 そう言い聞かせて、また考える。

 

 魔王軍幹部は残り3体。相手の防御の要である『霧』が消え失せた今、いよいよ最終決戦というものは近いだろう。

 背教の神官も、彗星の魔術師も、獣の盾兵も、正直生き残れるかは分からない。むしろ今まで誰ひとりとして欠けていないのが奇跡なのだ。

 

 ここより先に進むことは、失うことに同意したと同じ。

 あの時のように、都合の良い奇跡で助かるなんてことはありえない。

 

 

 

 彼女にとって最初の魔王軍幹部。

 都市を溶かす厄災、『視殺』の異名()を持った魔族との戦い。

 

 

 

 あの時のようなことを繰り返さない為にも覚悟を決めなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・ホシ
人型を解けば神経に干渉できるほど器用だが、人型の時はぶっちゃけ一番不器用。神官服は体内に常にストックがあるが、それ以外の服は基本的に死体から作り出す。つまり神官服の時以外は基本全裸。

・スーイ
師匠直伝の料理があるし、レシピ通りに完璧に作るがレシピ通りを徹底するし、少しでもレシピ通りに作れない状況になると諦める。基本的に家事に関する能力は低い。魔術の飲み込みは早かったのでこれから楽が出来ると思ってた師匠は泣いた。根本的に師匠みたいな料理を作りたいという気持ちがあるので師匠は何も言わなかった。

・ギロン
咬合力と消化器官が人間のものではなくなっているので、自分に合わせた料理を作るととんでもない代物しか出来ない。人並みに合わせるように努力はしてる。魅力的な女を心がけているので、生娘みたいな反応は出来るだけしないようにしている。キスしとけば良かったって後でめちゃくちゃ後悔するタイプ。

■■■
味覚異常と祝福により料理は苦手。


・従者くん
一人旅をしていたので自炊能力は高い。味覚もおかしくないし、消化器官もおかしくないので唯一まともな料理が作れる。




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  • リスカ
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