勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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回想/花嫁亡き 前

 

 リスカ・カットバーンはすぐに状況を俯瞰する。

 街の至る所で悲鳴が聞こえ始めている。恐らくはエノレア……いや、魔王軍幹部、エウレアの部下が行動を始めたのだろう。どのような手段で街の外にあるはずの結界を通り抜けてきたのかは分からないが、今必要なのはそんなことではない。

 

「……溶けている?」

 

 エウレアの視線の先、そこにあった建物は温められた氷のように原型を保てずに崩れ、液体のようになっていた。

 

「どーこーに、隠れてるんですか勇者さーん。早く出てきてくださいなー」

 

 怒り、悲しみ、そういった感情で混乱していた脳が冷えていくのを感じて取れた。今もこうして戸惑ってる自分がいるのに、それでもなお剣を振るうのに最高のコンディションを生み出す体に嫌気がさす。

 

 魔王軍幹部、視殺のエウレア。確認されている被害規模では最悪の魔族と名高い『灼熱大公』に次ぐとされている魔族。彼と違いその行動範囲、行動基準は予測困難であり厄介さで言えば彼以上とも言われている。

 

「出てこないならこの街の人間みーんな殺しちゃいますよ? まぁ、出てきても殺すんですけどね」

 

 ……エノレアの笑顔が一瞬だけ脳裏を過ぎる。

 魔族が人を騙すのが得意技であることは知っている。ふぅ、と浅く息を吐いて思考を切り替える。

 

 そうだ。お前は勇者だろうリスカ・カットバーン。

 勇気ある者、魔王を討つ者。その名に相応しい人間になるために、彼の隣を胸を張って歩ける自分になる為に。魔王軍幹部は確実に殺さなければならない。

 

 

「……あ〜、やっと出てきてくれた。やっぱ『勇者』はみんな凄いよね。私の前に堂々と出てこれるなんて」

 

「…………」

 

 

 もう言葉は交わさない。相手の口から出る言葉の全ては自分を惑わすためのでまかせだ。一挙一動全てに神経を集中させて出方を伺う。『祝福』/『異能』を持つもの同士の戦いは一撃が致命傷になりうる。特にリスカの『切断』のような力ならば尚更だ。

 

 だからリスカは相手を見つめた。それと同じようにエウレアもリスカを見つめた。月のような瞳で、夜を映すようにリスカを見つめた。

 

 

 

 それで()()()()()()()()()

 

 

 

 肌にほんの少し、焼け付くような()()

 普通に生きている限り、この程度の痛みは気の所為と切り捨ててしまうだろうが、誰よりも痛みに臆病で、誰よりも痛みから遠い祝福を持つ彼女はそれが孕む危険を感じ取った。

 

 

「──────融愁暗恨(マリィクス・マリアージュ)

 

 

 再びリスカが物陰に飛び込むのと、その力の名が呟かれて現実を食い荒らしたのはほぼ同時だった。

 

 今度はリスカの背後にあった建物だけなんてレベルではない。建物は弾け飛び、さらにその先にいた人間も融け落ち、形のない結界も融けて液体に成り果てる。

 建物は建物のまま、人は人のまま、結界は結界のままただの液体に成り下がる。声も出せない体に成り果てた人の体が少しづつ地面に染み込んで消えていく。

 

「……ははっ、何よこれ……。馬鹿なんじゃないの?」

 

 噂には聞いていた。

 そりゃ、これと同格の相手が自分の故郷をただ近くを通っただけで焼け野原に変えてしまったわけだし、情報収集だって人並みにしていた。だから魔王軍幹部は恐ろしいものだと、リスカだって理解していた。

 

 そしていざ戦ってみてわかったことは1つ。魔王軍幹部は恐ろしいとかバケモノとか、そういう次元の存在じゃない。

 

 

 アレは例えるなら()()()

 生命1つが保有することを許される力を超えて内包し、この世の理に真っ向から反する人類種を滅ぼす為の災害そのもの。『祝福』なんて言う神様から与えられた奇跡がなければ到底勝てるはずがないと、あったとしても敵うものでないと、本能が警鐘を鳴らしている。

 

 融け落ちた人間と目が合った。もう人と呼べない液体になったそれは、体のあらゆる物質の色だけを抽出して混ぜたグロテスクな絵の具のような液体であり、それなのに生きている。嘔吐しなかったことが奇跡な程にそれは恐ろしかった。

 

「……あはっ、勇者様ったらひどーい♡貴方が私の攻撃を避けちゃったから、余計な人が融けちゃった。あの人達もう治らないよ?」

 

「自分のやったことでしょ。私に責任押し付けないでよ」

 

 あぁ、本当にその通りだ。

 ここで誰が死のうと、誰が殺そうと本当なら関係ないのだ。そんな知らない命のやり取りなんて、自分が背負えるもののはずがないのに。

 

 

 

 

『でもお前(■■■)は勇者だろう』

 

 

 

 

 そうだ。私は勇者だ。勇者でなければ、いけないんだ。

 だって勇者に選ばれたんだから。

 

 

 

「ッ、勇敢──────」

 

 

 

 決意から須臾。

 既に決断は済ませた勇者の体は魔族の首目掛けて一息で駆ける。

 

 既に二度、相手の『異能』を目にしたリスカは大方の予想はついていた。発動条件は『視認』、効果は『融かす』。

 だがリスカ・カットバーンの『切断』は彼女の肉体が斬れることを許さない。恐ろしい力ではあるが、最初の一撃だけならばほぼ確実に相手の異能は無効化できる。

 だから、相手がこちらの『祝福』に気がつく前に首を叩き落とす。一撃で確実に殺す。見るだけで相手を殺すことが出来るなんて異能、そんなものを持って油断が生まれないわけが無い。

 

 どんな存在であれ、強大な力を持てば僅かに油断が生まれる。

 

「ですが、ざんねーん♡私は魔王軍の幹部なんですよ」

 

 エウレアはどこからとも無く取り出した短刀を構え、リスカと切り結ぶ。

 だが所詮は短刀。そしてリスカ・カットバーンの『切断』がある以上は切り結ぶだなんて現象は起きない。あらゆる物質は彼女が斬れると思えば斬れてしまう。

 

 

 だからこそ『斬れない』と思ったものは斬れない。

 短刀が突いてきたのは剣の側面。刃のない部分では当然ながらモノは斬れない。最低限の衝撃で剣筋を逸らされたリスカは、凶眼の前で僅かな隙を晒してしまう。

 

「すぐにわかったよ。アンタが最近噂の『切断』の勇者で、その『祝福』もね。大層な思い込みですよね。でもね、甘いんですよ」

 

 月の瞳が狙いを定める。肌に焼け付くような痛みが走りソレは発動する。

 

 

「私は既に一度敗北している。だからどんなものでも視てから殺せる。──────貴方に勝ち目はないよ」

 

 

 

 そんな偉そうな説教、私に言われても困ると、悪態を飲み込んでリスカは全力で逃げる。とにかく視界を遮ることだけを考えて筋肉も関節も可動域を無視して飛び退く。

 剣が振られてから反応できる反射神経と、視認発動の異能。下手に飛び込んで勝てるような相手ではない。策を練って一撃で確実に殺さなければ。

 

 剣を確認しようとしたが、当然ではあるが刃の部分が融けて使い物にならなくなっている。そしてそれを握っていた右手もほんの少しであるが液体化していて上手く力が入らない。

 

「……くそっ、本当にバケモノ」

 

 そして、僅かに融けて液体になっている右手。

 まだかろうじて剣は握れるが、最悪なことに『切断』では相手の異能を防げないことが確かになってしまった。

 いや、もしかしたら発動しているからこそ、この程度で済んでいるのかもしれない。建物を一瞬で液体に変える異能をまともに受けたならば、本来なら既に地面の染みに変えられていただろう。

 

 ……氷が溶ける仕組みを知らないほどリスカは無知ではない。だからこそ、相手の能力が融かすことならば防げると思っていたがどうやら読みは外れたらしい。

 間合いの差は圧倒的。斬れる距離に近づかなければ斬れない自分と、目で見えるものならなんでも融かす相手。加えて接近すれば勝てるという訳ではなく、斬り合いならともかく躱すことに関しては向こうが一枚上手だろう。

 

「……一応、試してみるか」

 

 飛ぶ斬撃、というものがある。正確に言えば剣で上手く空気を切って押し出し、それを自分の『刃』だと認識することで形を与えて遠方、大質量のものを切断する技。剣は溶かされてしまったので、溶けかけの右手を構えて、大雑把に相手の位置を考えてから、思いっきり振る。

 

 

 ゾンッ、と。

 空気がすり減るような音が聞こえるからこの音は苦手だ。鎌鼬のように巻き起こる突風が刃となり、視界上の全てを切断しながら的に迫る──────が。

 

 

「ノンノン。見えてるなら光でも遅すぎます。特に、大好きな人の剣筋は見逃しませんよ」

 

 

 目に見えない空気ならまだしも。

 リスカが刃という形を与え、『切断』の概念を付与してしまったそれではエウレアに届かない。液化した風が地面にぶちまけられてそれで終わり。そしてついでにこちらはまた姿を捉えられるという訳だ。

 

「クッ……ソッ!」

 

「ぴょんぴょんぴょんぴょん、兎さんですかァ? いやぁ、兎さんはこんなにぴょんぴょん逃げ回る前に狩られちゃいますね。じゃあ貴方は捕らえても旨味のないカエルさんです! それなら無視されて生き残れるのも納得ですからね!」

 

 何がおかしいのかケラケラと笑うエウレアを無視して身を隠し思考を再開。そして一つの気付きを得る。

 

 融けていない。

 確かに姿を見られたのに、融けていない。間違いなく相手は異能を発動させていた。だって焼け付くような痛みがあったからだ。

 どうやら無駄撃ちかと思われた一撃も意味があったらしい。相手の異能は確かに視認で発動するが、『視認』故の弱点もあるらしい。

 

 距離か、それとも像か。

 視ることが条件ならば距離は関係ないと考えるのが妥当だろう。だって視線に速度はない。目とは光を受け取る器官であり、目が何かを発することで視界というものが生まれる訳では無いのだから。

 となれば相手の能力の鍵は──────像だ。はっきりとした『像』を視ることが効果を発揮する条件。融かす対象を定めなければ上手く力を発揮することが出来ないのだろう。

 

 それでも厄介なことに変わりはない。だいたい、はっきり視ることが条件なら尚更近づけない。夜の闇、遮蔽物、距離の三条件が揃ってようやく回避できるというのに、殺すためにはその内の二つの条件を自ら捨てる事に他ならない。つまり死ねということ。

 

 

「あぁ、やってやる。やってやるわよ!」

 

 

 そもそもの話。

 リスカ・カットバーンなんて女の子はもうとっくに死んでいる。ならば恐れるものは何も無い。勇者でなければ生きられない。ならば選択は死ぬか、死ぬか。一か八か、自分が液体になるのと相手の首を叩き落すかどちらが速いかの勝負。

 

 意識をエウレアの足音にだけ集中させる。相手を限界まで接近させ、懐に飛び込んで斬る。作戦はシンプル。それに全てを賭けることだけが勝機。暴力を相手にするならばこちらもシンプルな暴力で相対するのみだ。

 

 さぁこい災害野郎。華麗に其の首叩き落としてやる。

 

 

 

「んー、やめた! 先に他の子達で遊ぼっと!」

 

 

 

 足音が遠ざかる。

 

「……は?」

 

 演技かと思った。だが違う。あの魔族、急に標的を変えやがった。自分から、勇者1人から当初の目的に切り替えた。都市堕としのエウレア、一晩で都市を消してしまう本物の災害。

 なんて愚かだったんだろう。ヤツの注意を引き付けることこそが勇者の役目だった。逃げる時間を稼ぐことが勇者の役目だった。

 

 

「こっち向けテメェェェェェェェェ!!!」

 

 

 その叫びはあまりに遅かった。既にエウレアは跳ねていた。月夜に舞う花のように、その美しい体は街を見下ろしていた。

 

 先程、リスカはエウレアの異能は相手をはっきりと視ることで効果が上昇すると考えていた。だがそれはあくまで効果が上がるだけ。何も知らず逃げ惑う人々、動くことも出来ず佇む建造物達。

 

 一体彼らのどれだけが空から自分達を見下ろす月の光が致死の毒になると想像できるだろう。

 一体想像出来た者達の中に、そんな状況を覆せる者がいるのだろうか。

 

 

 既に何をしても遅すぎると判断したリスカは滑り込むように屋内に避難して、それから床を切り裂いて地面に潜る。そして、これから起きる自分の判断ミスの末路から目を背けるように感覚を閉ざす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄が生まれた。

 ゆっくりと、だが確実に全てが融け始めた。建物が重さをそのままに融けて蝋の津波みたく人を飲み込んで轢き潰す。運良く、運悪くそれで死ねなかった人達は今度はゆっくりと生きたまま融けていく。至近距離で視られていれば一瞬で融けて思考能力も消えていたかもしれないが、エウレアの瞳は遥か上空。虫みたいに小さく映る人1人を融かすのには、それこそ食虫植物が虫を融かすみたくゆっくりと、生まれたことを後悔させるようにしか融かせない。

 

 

 魔術を併用した跳躍。その時間は数秒、或いは数分だったかもしれない。だが、たったそれだけの時間で何十年何百年とかけて築かれた都市と人間の営みは全てが液体になって融け落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 阿鼻叫喚から離れた場所で、リスカはそれを聞いていた。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 

 その言葉は悔恨から来るものでは無い。だって、正直言ってしまえばリスカにとって知らない人の生き死になんでどうでもいいのだ。だからこそ、彼女は許しを乞う。

 

 

「助けられなくてごめんなさい、私のせいでこんなことになってごめんなさい、でも、でも、アイツさえ殺せば、私の事をまだ勇者って認めてください。お願いします……」

 

 

 それは誰かに向けたものでは無い自己暗示。魂の抜け落ちた屍肉(にくたい)に動く理由を吹き込む儀式。

 お前は最強の勇者だと。強くてかっこよくて、みんなを守れる勇者だと。

 

 彼の傍に立てないワタシを捨てたように。

 貴方の隣に立てる私を作ったように。

 

 

 今までの自分を捨てて、リスカ・カットバーンはまた一つ勇者になる。

 脳裏に過ったエノレアという女の子との会話、その笑顔を斬り捨てて、魔王討伐機構は完成に近づいた。

 

 

 

 

「さーて、やること終わったし勇者さーん? 街一つ守れないダメダメ勇者さんは何処かなぁ?」

 

 

 あぁ、今出てきてやる。お望み通り、街一つ守れない愚かな勇者が出てきてやろう。そんな大層な役割がこなせるわけが無い村娘が出てきてやるよ。

 なんにもない私が、勇者になる為に出てきてやる。そしてお前を殺してやると。

 

 

 

 

 

「へーい! そこの魔王軍幹部さーん! こっち向いてくださーい!」

 

 

 

 

 

 張り詰めた空気を切り裂く、気の抜けるような大声。

 そうして続くようにエウレアの足元に投げつけられた幾つかの肉塊。ぐちゃぐちゃに折り曲げられ、ひしゃげて潰されているそれがなんなのか、遠方に身を潜めるリスカには認識出来なかったが足元に投げつけられたエウレアは初めてその顔に張り付いていた楽しげな雰囲気を削ぎ落とした。

 

「…………レーマ、エステル、グレーテ」

 

 人名のような響き。魔族がお互いを呼称する為に呼び合う名前を肉塊に呼びかける。そうしてエウレアははるか遠方。街の周囲を取り囲み、以前までは結界の役割もあった外壁の上に立つ人影を睨みつける。

 

 

「プレゼントは気に入っていただけたようで結構! それじゃ……妾からの本命、受け取ってくださいね!」

 

 

 人影は片手で巨大な建築物を持ち上げていた。明らかに人間の筋力を逸脱、魔力による強化を踏まえても信じられないパワーを発揮しつつ、エウレアに向けてそれを投擲──────否、射出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、何やらとんでもない気配」

 

 意識を休眠状態に切り替えていた魔術師は目を覚ます。

 どうやら近くの街で1体の魔族と2人の人間が戦闘を行っている様子。特に人間の方はどちらも若い個体なのに恐るべき力を秘めている。魔術の才能もかなり感じられる。

 

 魔術師が『彼』を見失ってからしばらく。自分が見失うなんて有り得ないので、探すだけ無駄だし彼のことだからその内ひょっこり反応を取り戻すだろうと眠っていたらこれだから人間は面白い。近くに行って観察をしようと翼を展開しようとした時、魔術師は気が付いた。

 

 

「──────あの馬鹿弟子! 嘘でしょ、あー、もう馬鹿!」

 

 

 災害の中心。台風の目にして生存確率マイナスの極点。只人が近づいてはいけない祝福と異能の混ざり合う地点へと走っていく。

 

 久方振りに感じた彼の反応がそれなのだから、魔術師は嬉しさ7割呆れ3割で飛び出した。そうだ、彼ならば当然こんな状況身を投じるに決まっている。

 

 

 でも今回は駄目だ。

 自称であろうと師匠である以上、それだけは認められない。

 

 彼を死ぬ程追い詰めることはあっても、確実な死に飛び込むことだけは師匠として見過ごす訳にはいかないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







・リスカ・カットバーン
最初の覚醒。勇者としての関門。勇者とは孤高であり、隣に立つ者は必要ないと気が付けていない蛹の少女。


・変態3
サクッとエウレアの配下をぶち殺してついでに魔王軍幹部に喧嘩売りに来た変態。奪った『移動』を巨大な物質に渡しながら投擲することで超速殺人シュートを可能とする。街は壊れる。





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