勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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本当はここまでの3話は1話で終わると思ってた。
普通に無理だった。己の浅はかさを痛感しました。次回からは最初から無理なことに挑まない努力をします。






回想/花嫁亡き 後

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には上限がある。『祝福』/『異能』を持って生まれる生命体は必ず欠陥が付いてくる。持てる力の上限を越えないように、力の代わりに幸せを削られる。

 

 ベルティオは抱きしめてくれる誰かが欲しかった。だから彼は抱きしめる者を無に帰す白手を授かった。

 グレイリアは誰かと仲良くしたかった。だから彼の価値観は魔族の中でも特異なモノとして生まれた。

 ノティスは何も望まなかった。だから彼女には本当に何も与えずに、生まれた意味すらも与えられなかった。

 

 でも私から言わせればお前たちは幸運だ。だって、それがお前たちにとって当たり前なのだから。生まれた時からなかったのだから、もうあぁそうかと笑うしかない。不幸を嘆くことしか出来ない。

 

 私は違う。本当なら死ぬまで気が付かなかった異能が目を覚ましたのは冬のある日。この寒さは人間の彼には応えるだろうと、ちょっと民家を襲って人間用の食べ物とか、色々物資を抱えて戻って来る途中で人間に襲われた。

 夜の私はとても強いからどうにかなったけど、本当に死ぬかと思うくらい深い傷を受けて、頭をかち割られかけて殺される一歩手前で、死にたくなくて脳が熱くて今までにない力が目覚めるような感覚がして。

 それでも今は一秒でも早く彼の元へ帰りたくて、何とか辿り着いて。

 

 

 

 私を出迎えてくれた彼を一目見て、液体に変えた。

 

 

 

 生まれた時から見たものを、大好きなモノを融かすとわかっていたなら本当に悔しいし、認めたくないけど血が出るほど唇を噛み締めて納得出来た。

 でもこれはちょっと酷すぎると思う。どうして私はそんな欠陥を抱えて生まれて来れなかったのだろう。

 

 そうすれば、愛を失うことの痛みに慣れて生まれられたのに。

 愛の快楽に慣れた体に、その痛みは少々刺激的過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────今の」

 

 エウレアは一瞬だけ見せたリスカの反応に覚えがあった。

 ずっと昔に見た鏡。大好きな人を自分の愛で殺した滑稽な魔族が浮かべた貌。なるほど、()()()()()()()()()

 

 隠れている勇者はきっと動揺している。していないにしても、次の行動を繰り出すまでに呼吸の間を必要とする。

 

 ならば、と。

 エウレアは視線を倒れて動かなくなった人間に向ける。彼が何者なのかは知らない。だが、この場ではこれが一番効果的であると、エウレアの戦闘経験と人間を捕食するために鍛えられた本能が答えを出した。

 

 

 

 そうして視線を向けた瞬間、エウレアの右腕が肩口から消し飛ばされた。

 

 

「……狙撃?」

 

 

 そうなのであろうが、それにしてはあまりにも気配がない。

 魔術においてメジャーな狙撃術式は、鉄玉や針を射出する形で使われることが多い。それが一番簡単で安定して強いから。炎やエネルギーの塊を弾として打ち出すのはエネルギー的にも術式的にも無駄が多く、狙いが難しく、術者の技量が問われるからだ。

 だが今の狙撃は何らかのエネルギー弾を発動が感知できないほどの遠距離から、エウレアを()()()()()()()狙い澄ました一撃。もしも殺すつもりであったなら、今から攻撃されれば避けられるかもしれないが初撃は避けられなかった。

 

『その人間にこれ以上攻撃するな。そうすれば干渉しない』

 

 そう言うような狙撃。

 ギロン、リスカ・カットバーン、そしてこの狙撃手。3人相手でも勝機はあるが、得策ではない。右腕の恨みとして後で殺すにしても今は。

 

「貴方を殺すのが先よ。リスカ・カットバーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞こえています? 準備完了ですわ。今、むちゃくちゃな作業を全部終わらせてきましたわよ』

 

 耳に響く声が現実に引き戻してくる。

 ああ、そういえば戦闘中だったっけ。

 

「わかった。タイミングはいつでもいいから。作戦通りお願いね」

 

『了解。くれぐれもミスらないでくださいね。一手のミスで私達二人とも苦労ごと水の泡になっちまいますわよ』

 

 通信は終わる。

 よし。じゃあ殺そう。

 

 もう訳の分からないくらいの怒りとかなんだかよく分からない真っ赤な感情で脳が染まっている。

 エウレアという女に抱いていた感情は色々あったはずだけどそれが微塵も思い出せない。

 嫌い嫌い嫌いきらいきらいきらい。

 だから殺す。絶対に逃がさない。ここであの女の生命を断ち切る。

 

 どうして殺したいんだろう。

 

 分からないけど。これを気にしない方が強い。

 これを気にしない方が、自分は強くなれるとわかっていた。でも、なんで強くなりたいのかがわからない。

 

 わからない、わからない。

 わからないけれど。エウレアという魔族は殺さなければならない。そうでないと、自分が自分ではいられない。私という誰かの存在が揺らぐ。

 

 

 理由がわからないことだけが悲しいけれど、それだけわかっていれば戦うには十分だろう。

 それだけわかっていれば、アイツを殺せる。殺して殺して、絶対に殺す。それ以外何も考えられない。

 

 あれだけ嫌だった戦いや痛みを今は肉体が望んでいる。

 あの女を殺せるならば何をしてもいいと、口角が自分のものじゃないみたいに釣り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リスカが気配を消し、ギロンも姿を表さない。

 エウレアは静寂の中で2人の出方を伺い続ける。狙撃手はこちらを狙ってはいるが、攻撃してくる様子はない。見ればいつの間にか倒れている人間の周りに簡易的な結界ができている。壊そうと思えば壊せるが、巻き込む形で壊せるようなものでもないし、壊そうと意識を向けたら多分狙撃されるからあれはもう無視だ。

 

 さぁ来い勇者。今度こそ自分の愛を以て溶かしてやると瞳に力を込める。

 この異能は実の所効果は『催眠』だ。相手が融けると思い込むから融ける。見ることでその思い込みを強くするのがエウレアの力。だからこそ、愛という感情がトリガーになる。

 今のリスカ・カットバーンならばきっと一目で融かせる。彼女が勝負を決めに現れた時、それを真正面から打ち砕いて融かしてやろう。

 

 

 そうして、集中させていた意識の網に獲物が引っかかる。

 それは地面を高速で滑りながら近づいてくる巨大な建造物で。

 

「は?」

 

 見た目からして教会とかだろうか? 宗教というものはよく分からないので何となくそう思いながら、巨大質量が滑ってくる。誰の仕業かなんて、あのギロン(クソ野郎)以外に誰がいる。

 

「こんなので殺せると思われるとか……舐めるのもいい加減にしろォォォ!!!」

 

 建物は好きだ。寒さから身を守ってくれる。だから一目で融かすことが出来る。

 だが数が多い。何個も何個も、目につく建造物が全部スライドしてくる。自分に当たる前に衝突した建造物同士が音を立てて崩れ、余波で煙が上がり視界がどんどん不鮮明になる。

 

「あのアホ……まさか地下から建物の基盤をぶち壊して回っていたんですか!?」

 

 もうこの街の建物はほとんどが彼女が触れるだけで発射可能な弾丸となっているのだろう。もうどこで何が崩れているのか、聴覚が狂いそうになる崩壊音と土煙だけが知覚情報になる。

 

 ドカンドガンドシャン。

 

 投げる、滑る、そもそも自壊する。景気よく壊れる人の営み。生存者がいるかもだなんて考えてすらいないのか、躊躇いなく建物の全てが射出されてくる。

 

 

 でもこれはあまりに拙い作戦だ。この程度では自分は、魔王軍幹部は殺せない。エウレアはそう確信しているし、相手だってそう思っている。だから、本命はこの大混乱に乗じて迫ってくるであろうリスカだと、笑ってしまうほどにもわかりやすい。

 意識を尖らせ、リスカという人間の気配だけに集中する。土煙が晴れてきて、一人の人間の姿が見える。

 

 

「へーい! ピッチャー振りかぶって──────」

 

「お前、本当になんなんだよクソ!」

 

 

 そこに現れたのはリスカではなくギロンだった。

 足を高く上げ、瓦礫を握りこんだ彼女は想像よりもかなりの至近距離で構えている。

 投擲でこちらを殺すつもりだろうか? だが人間の投擲の能力に、彼女の防御よりの祝福なら充分に……。

 

 

 その冷静な思考に、エウレアの脳が待ったをかけた。

 

 

 ここまで派手に暴れ、遠距離から着実にこちらを削ろうとして、それでいてこちらの異能の対策をしていた抜け目ない女。裏切り者で最低最悪な女だが、魔王様が口にしていた彼女の評価をエウレアは思い出す。

 

 欲深く、決して獲物を逃さない狩人。一度噛み付いた相手からは顎は絶対に外さない。慎重さと貪欲さにかけて、魔王軍の誰も彼女には勝てないだろうと。

 

 今のは身長と慎重をかけたんだけどどう? と聞かれて魔王軍には彼女より大きい魔族が何体もいるだろうと返した、どうでもいい幸せな記憶を思い出す。

 

 

 そうだ、あの女は抜け目なく、それでいて狡猾な持てるもの全てを持ってこちらを殺しにくる獣だと教えてもらった。

 ならばこんなあからさまな愚策を取るか? 取るわけが無い。考えられる可能性は『祝福』の虚偽申告。触れた相手の動きを止めるという内容の祝福と聞いていたが、それは真っ赤な嘘で、投擲によりこちらに致命傷を与えることが可能な距離に近づくことを狙って、ずっと隠していたのかもしれない。

 

 

 なら、正解は投げさせないこと。

 何が仕組まれているか分からない以上行動させない。エウレアの瞳はギロンの肩を融かす。右肩が融けて、その腕から瓦礫の欠片が零れ落ちる。

 

 

「賭けを……外しましたわねぇ! 妾達の『勝ち』ですわ!」

 

 

 そしてギロンは融けた腕に目もくれず、高く上げた足で地面を叩き割った。

 ゴゥンと街全体が揺れる強烈なスタンプ。明らかに人間の筋力に魔力による強化を併せても()()()()振り下ろしは大地を踏み割り、石畳が衝撃で幾つも飛び上がって……

 

「これは……何!?」

 

「言ったでしょう? 妾達の勝ちだって」

 

 これは衝撃なんかでは無い。

 ギロンの祝福、『愛求虚空(ソリーテル・キャビテ)』は触れたものの『移動』を奪い、触れたものにその『移動』を与えることも出来る力。

 なんてことは無い。貯めた移動の全てを地面に叩きつけて、踏み砕いた地盤ごと全部を空に舞いあげたのだ。

 

 

「なんて──────めちゃくちゃな!」

 

 

 瓦礫も液体も何もかも。

 全部が月に吸い込まれるみたいに舞い上がる。地面に立っていた体が地面ごと空に投げ出される。土煙で遮られた視界も相まって方向感覚が消し飛んだ。どこが上でどこが下かわからない。でも、ただ一つだけ言えるのはこの瞬間が敵の狙い。だから、今から地面に落ちるまでの一秒あるかないかの時間に全てを賭ける。

 

 さぁ来い、勝負を決めよう。

 私が勝つか、お前達の作戦が勝つか。

 災害が勝つか、知恵が勝つか。

 

 ……ほら、どこからでも来い。逃げたりしない。お前達みたいにちょこまか逃げてやるものか。真正面から作戦ごとぶち抜いてやる。

 

 

 …………ねぇ、来ないの? 嘘でしょ? だって、この為だけに時間をかけて作戦を練って、時間稼ぎして、腕を犠牲にしてこの状況を作り出したんじゃないの!? 

 

 

 腕から地面に着地して、柔らかく跳ねて立ち上がる。

 瓦礫がパラパラドスドス降り注いで、相手が何も仕掛けなかったことにエウレアはその『何故』を考えこむようにほんの少し視線を下げて。

 

 

 

「──────あ」

 

 

 

 月の光に照らされて、『影』が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫ごと舞いあげられた直後、ギロンとリスカは何も考えずに上を目指した。

 出来るだけ、可能な限りの上空。一緒に舞い上がった瓦礫を足場に高く、高く。

 

「……貴方、昼間の。まさかこんな形で再会するとは」

 

「ね。それより、頼んだよ」

 

「そちらこそ頼みますわよ? 妾の腕一本分。対価は魔王軍幹部の首でして」

 

 ここまでの全ての行動、この状況すらも全て囮。エウレアに『来る』とわかっている行動は全て対処される。だって相手は『視る』だけで終わるのだ。

 だから集中させる。集中させてさせて、鼻血が出るくらい集中させて、顔を真っ赤にした彼女がほんの少しだけ、もしかして攻撃をしてこないのか、何か別の策があるのかと緊張を緩めたところに、全てを賭ける。

 

「アンタが弩、私が矢。正しく人間バリスタ。生み出した隙と私の速度で足りない差をアンタの異能と落下という偉大なこの星の力で埋め合わせる」

 

「最ッ高にバカですわね! ですがそれでこそバケモノ退治! これだけの奇策を出してもまだ届かないかもと思わせてくれるなんて、やっぱ魔族はおもしれぇですわね!」

 

 知るかバカ。こんな気持ちは生まれて初めてだ。戦うことに楽しさなんてないし、痛いのも苦しいのも大嫌いだ。

 普段のリスカならば、怖くて震えそうな心を必死に奮い立たせてここに来ていたのに、今は何も怖くない。不自然なほど高揚した心でエウレアを見下ろして、狙いを定めてギロンの足裏と自身の掌を合わせた。

 

 

「ではいきますわよ。1、2の……発射!」

 

 

 リスカ・カットバーンの腕力、ギロン・アプスブリ・イニャスの脚力とその異能、そしてこの大地が持つ普遍的で強大な(いんりょく)

 持てるものを全て出した、鉄砲玉の一方通行の勝利への道。

 

 

 発射からリスカの脳内時間で一秒。

 残念なことにエウレアがこちらに気がついてその瞳を輝かせる。だが、彼女の異能は視界に入ったものしか融かせない。足を突き出して空気抵抗を極限まで減らし、同時に体を一直線にすることでどうあっても足からしか融かせない。だからあとは出力勝負。

 

 エウレアの異能が速いか、こちらの速度が上回るか。

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!!」

 

 

 叫んでいたのはエウレアだけ。

 だって、叫ぶことすらリスカは捨てていた。確実に、トドメを刺すことだけを考えて弾丸になった。足がどんどん融けてなくなっていくのを冷静に感じながら地面に近づいて、体感時間にして12秒。

 

 

 トッ。

 

 

 エウレアの反応速度が予想を超えていた。

 彼女の肉体はリスカという槍が突き刺さる直前にほんの少しだけ体を後ろに退いて。

 

「あっ」

 

 それでも足りないのだと気がついて声を上げていた。

 リスカ・カットバーンは生きている。なら、ほんの少し後ろに下がられようが腕を伸ばす。

 目が合う。伸ばした右手と顔の半分がどろりと融けて形を無くしたけれど、こちらの方が速い。だって、もうどれだけ融けても軌道に入った。伸ばした手がエウレアの肩に届いた。

 

 

 刃が届いたならあとは当然、振るうだけ。それももう完了している。

 リスカの体はそのまま地面に叩きつけられてゴム毬みたいに数度跳ねて転がって。

 エウレアの体は左肩から右脇腹に抜けるように、ほんの少しだけ触れたリスカの右腕によって『切断』されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「キミが噂のなんでも溶かす魔族かな?」

 

 もう何も見たくなくて。

 暗闇の洞穴の中で蹲っていた私に声をかけたのが彼女だった。

 

「こないで。なにもみたくないの」

 

「悪いけどそれは出来ない。キミの力、素晴らしいモノだ。ワタシはキミを利用しに来た」

 

 あんまりにもあんまりな言葉。どうせ嘘を吐いたらすぐバレるからと開き直っているのか、それでももうちょっと言い方はなかったのか。

 

「ほら、とにかく何か食べようよ。こんな暗いところにいちゃ、気分だってどんなに頑張っても上がらない」

 

 食べようとするものはみんな溶けて飲むことしか出来なくなる。

 何を見ても溶かしてしまう。だってこの世界に嫌いなものがなかった。この世界の全てが、エウレアという個体にとって好ましいものだった。

 そんな奇跡みたいな恋を完膚なきまでに砕いたこの力が怖い。何もしたくない。死にたくない。怖い。嫌だ。私は誰かを愛したいだけなのに。大好きな愛という感情が、どうしてこんなに鋭い刃に変わってしまうんだろう。

 

 

「ちょっと失礼? うわ、思ってたより美人でビックリ。嫉妬しちゃうな」

 

「なっ……!?」

 

 

 あろうことか、来客はこちらの頭を掴んで伏せていた顔を無理やり上げさせてきた。

 そんなことをしたのならば、見てしまう。見たくなくても見てしまう。そして見た瞬間に私の異能は発動する。

 

「い……いづぅ!?」

 

 目と目が合ったらそれは最悪だ。眼球という脆くて水分の多い部位はその異能にとって格好の的。ほんの一瞬の時間だけで、こちらを見てきた来客の両目はどろりと眼窩から融け落ちてしまった。

 

 何をしているのかと問いかける暇もない。来客は痛みを堪えながら何かをブツブツと呟いている。

 

「大丈夫。覚悟はしていた。視覚がなくなっても今まで得てきたもので代用できるし……」

 

「そういう問題じゃないでしょ!?」

 

 急いで治してやろうにももう何もかもが遅い。エウレアの異能は『融かす』だけ。それ以外は何も出来ない血も涙もない最悪な力。

 

「いや、違う。キミのこの力を受けてみてわかった。……この力はキミの愛情だ。だからこそ、最悪であることに変わりはないけれど、これ程に血の通った異能も存在しないだろう」

 

 来客はエウレアの異能をエウレアよりも早く読み解いた。

 愛しているものを融かす、愛を伝える力。内包するそれがあまりにも大きく、あまりにも熱いが故に結果としてモノを融かす。

 彼女に授けられたからこそ最悪の効力を発揮した力。

 

「もう何も見たくない。どうせ愛しても融かしてしまう。それを見て、夜の私はきっと嘲笑うんだから。好きなモノを、もうこれ以上融かしたくない」

 

「──────そこでなんでキミが遠慮するんだい?」

 

 だって、それはこれが私の力だから。

 

「爪があるから触れるのを諦めろと? それこそおかしいだろう。キミ達が生まれた時からどんな力を持っているかなんて関係ない。キミ達は生まれたからには、誰かを騙して、喰らって、それでも幸せになる権利がある。それが生命というものだろう」

 

 その声は明らかに怒りを孕みながら、エウレアにはその感情を一分として向けてはいなかった。その憤りが刺し貫いていたのは、もっと大きな、目に見えない何か。

 

 例えるなら、生まれた時から昼に愛したモノを夜に喰らうことだけを生き甲斐として。

 相反する昼と夜の両方が受け入れたモノですら『愛していた』という理由で融かしてしまって。

 凡そ知性に宿る幸福の全てを奪われた。そんな運命に対しての怒り。

 

「ワタシは魔王。キミ達が幸福になれる未来を作り出す。キミのその力も、愛情に起因するものならば何か変える手段がある。だからワタシは……」

 

 そこで暗い夜は明けた。

 どれだけ永く暗い夜も必ずソレは訪れる。昇る陽の光を背にして、彼女は誰かに語り掛けた。

 

 

 

「ワタシ達のような災害が、ガラス細工のように脆い幸福に触れることができる世界を創る。そのために、邪魔な全てを殺す。力を貸してくれるかい?」

 

 

 

 それは何も映したくなかった瞳が映した光。

 世界で唯一の、もう何も失ったはずの私の中に生まれた最後のトクベツ。

 

 だからね、魔王様。

 私は貴方の事なんか好きになりたくなかった。だって、この世界の全てが好きな私にとって、それって全然特別じゃなかったんだもの。

 勇敢で、いつもみんなの前に立って、なのに怖がりなところもあるし抜けているところもある。本当はそんな貴方の隣に立てる存在になりたかった。

 

 貴方の隣で、貴方と対等に笑い合える。

 そんな、誰でもない、どこにでもいる友達に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからそこに湧いたのは死ねない理由。

 貴方の手足として命令を遂行するよりも。小さな背中を震わせて、あまりに大き過ぎる玉座で涙を流すあの子を、友達として1人には出来ないと。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッチ」

 

 舌打ちはエウレアの口から漏れた。

 一歩、二歩と後ろに下がった足で何とか地面に倒れずに踏ん張り、既に神経が断絶されて動かないであろう左手をプラプラとみっともなく揺らしながら()()()()()()()()()()()()()()

 

 信じられない。あれほど災害めいた振る舞いをして、あれほど強気でいた女は、その致命傷(いちげき)を受けて道連れでも、反抗でもなく逃亡を選択したのだ。

 

「てめ、ふざけ……ぅ……」

 

 立ち上がろうと力を込めたリスカの体が崩れる。

 足は既に膝から下は完全に融け落ちて、右手ももう形があやふや。顔も半分くらい融かされた影響か左半身がろくに力も入らない。

 

「逃げ……るな、お前はここで、殺してやる……」

 

 何とか立ち上がって、左手を構える。逃げるだけの憐れな子兎1匹、飛ぶ斬撃でぶち殺してやれる。だいたいなんだ。■を殺しておいて、逃げるのか? 許すわけないだろ、お前はここで死ね、でも逃げてくれるのはありがたい。だって、逃げたい理由があるのだから、それを潰してやればこの頭の熱も少しは冷めそうだ。

 

 

「……角度固定。認識結界、安定。月の光よ、ここに冬の夜の夢を」

 

 

 赤色の泡を吹き出しながら、エウレアの絞り出したその言葉が魔術の簡略化詠唱であることに気がついた。問題ない。防御であるのならば、『切断』はあらゆる事象を無視出来る。こちらを攻撃してこない雑魚なんて一撃で

 

「これを、壊せるかしら、ゆうしゃさま?」

 

 周囲の融けていた建物達が一斉に起立する。恐らく今の魔術は自身の異能で作り出した液体に干渉したのだろう。街の至る所で液体が塊針山のように聳え立つ。だが所詮は材質は大半が石か木材。これならば斬れる。

 

「……助けて。誰か、助けて」

 

 ……手が止まった。

 石の棘に紛れて、赤と肌色の何かが声を上げる。完全に液体になって、再び固められて。もう明らかに取り返しのつかない状態なのに。

 

 どうしてか、それは命乞いの声を上げた。

 なんで、助からないってわかっているでしょ? やめてよ、そんな目で、声で見つめられても私には何も出来ない。

 エウレアの愛を受けて融けた時点で、もうその命は本来終わっているのだ。だから、お願い、やめて、ください。

 

 命乞いは終わらない。

 助けて助けてと大合唱が始まる。ダメだ。ここで刃を振るえば大切なモノを失う。取り返しのつかない選択をして、自分のカタチが保てなくなる。

 だって彼らに罪はない。ただ普通に生きていて、死にたくないと助けてと思うのは当然のこと。エウレアの傷は助かるかも分からない。助かったとしても、簡単には治らない。それはこちらも同じだが、ならば痛み分けでいいのかもしれない。ひとまずは街を守りきれたし、それでいいだろう。

 

 

 

 

「──────ダメでしょ」

 

 

 

 

 

 だって、アイツ彼を殴った。

 首が折れて、頭がひしゃげてた。

 

 そんなの許せないじゃないか。

 だいたいさ、私に助けとか求めないでよ。そう言うの、めんどくさいし弱いくせにみっともなくて癪に障る。

 

 

 

 

 

 

 斬。

 

 

 

 

 

 

 振るわれた手刀は助けを求める声ごと、街に残っていた大合唱ごとその先にあったエウレアの首を斬り裂いた。

 

 

 その瞬間、リスカ・カットバーンは己の勝利と共に最高の快楽を味わった。憎い敵を殺すこと。復讐を成し遂げた最高に軽やかな気分の夜明け。

 

 

 

「……助け、て」

 

「あれ…………なんで?」

 

 

 

 その高揚は誰かの最期の言葉で消えた。

 いや、待ってよ。私はこの街を侵す魔王軍を倒したんだよ? なら、向けられる言葉や眼はそんなものじゃないでしょう? 

 

 動かなくなった液体達が向けている目は、感謝や尊敬じゃない。怨恨なんてものはほとんどないけれど、ただみんなその目は「なんで?」と疑問のままに終わっている。

 

 貴方は私達を助けてくれる勇者じゃなかったのかと。

 

 

 思い返してみろリスカ・カットバーン。

 お前は勇者として、誰かを助ける為にエウレアと戦ったのか? 

 

「違う」

 

 お前は『彼』に誇れる気持ちでその力を振るったのか。

 

「……違う」

 

 私欲に駆られ、怒りと殺意から弱者を切り捨て敵を葬ったのだろう。

 

「ちが……」

 

 

 ならお前はもう『勇者』でいられないと。

 

 彼女自身が自分を終わらせてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斬れた体を繋ぎ合わせて、ホットシート・イェローマムは数時間前まで生きていた、もう完全に滅んだ街を歩く。

 建物は融けているか燃えているか砕けている。転がっているのはかつて人だった液体と、魔王軍幹部の死体を一心不乱に傷付けている死に体の女。

 

「わたしはまだゆうしゃだもん、まだ、ゆうしゃだから……おまえをころせば、まだ、まだ……」

 

 それは既に死んでいる。

 死体の方ではなく、人間の女を見てそう思った。生かしている原動力、心や知性が拠り所としていた何かが完全に砕けてしまっている。

 

「しね、しねしねしね……わたしは、わたしは……」

 

 見ていられない。

 ホシは体を薄く伸ばして、その女の首の後ろに()()()()()脳を弄る。別に何か酷いことをした訳では無い。ただ、そのまま体を動かし続けていたら脳が溢れてしまいそうだったので意識を奪っただけ。とりあえずこれで治療は後回しにできる。

 改めて、ホシがわざわざここに駆けつけた原因を見る。

 

 

「誰ですか、貴方」

 

「…………誰でもいいでしょ。手伝って。私一人じゃ覆せない」

 

 

 フードを深く被った青髪の女は、地面に横たわっている彼の体を魔術で観察している。あまりにも手馴れた動き。繊細な動作。女が何者であるかという疑問がどうでも良くなるくらい、全身全霊でその終わりかけた命を戻そうとしている。

 

「状況は?」

 

「頭蓋が砕けて脳が若干ミンチ。首もイカれて呼吸停止からしばらく」

 

「OK。酒を飲む余裕があるくらいの状況で助かりました」

 

「……マジ? 私の目から見てこれは死に体だよ?」

 

「一度死んだ身が言うんです。間違いありません。手を尽くせば余裕です」

 

 人体を死体で置換するまでもない。内側に体の一部を通して、骨と骨、肉と肉、血管と血管を全部繋ぎ合わせて脳を元の形にセットする。人体の構造への理解という面において、魔族に敵う生物はこの世に居なければ、その上でホットシート・イェローマムに敵う存在はいない。

 

「ただ、呼吸停止から時間がかかりすぎました。後遺症は残るかもしれないですが……」

 

「そこは大丈夫。脳は私がクリーンな状態で保存しといた。神経系は……彼の肉体の強さを祈らせてもらおう」

 

「はぁ? 治さないなら私が治しますよ?」

 

「大丈夫。彼は強いから」

 

「そうですか。どうやら見ない間に随分とタチの悪い悪霊に憑かれていたみたいで、さすがに同情しちゃいますよ

 

 ひとまず彼の状態が安定したのを確認してから、ホシは先程意識を刈り取った少女へと近づいていく。

 

「──────その人間に干渉するのはやめておきなさい」

 

「なんですか? これも自分の玩具だと言いたいんですか?」

 

「人外仲間、先輩としての忠告。その人間、非常に好ましいけどもう()()()()()。出来ないことを無理やり続けて、そこに負荷をかけ続けて、致命的なエラーが発生した。それはまやかしで生きている死体だよ」

 

 なるほど。なら尚更ホシに彼女を見捨てる理由は生まれない。

 まやかしで生きている死体なら知っている。死ぬべき時に死ねず、夢を見て、みっともなく腐乱した体で生きるその魔族を知っている。だからこそ、同じ光を見たものとしてその生き方を否定することは出来ない。

 

 ……脳を弄る。あっさりと、本来はあらゆる切断を否定する肉体に細胞単位のメスが入る。既に彼女の認識で自分を『勇者』だと保てなくなっていたからだ。

 

「なるほど。なら私も、協力しようかな。中々面白い素敵な輝きが見れそうだし。あ、そうそう。向こうにももう1人、魔王軍幹部討伐の功績者がぶっ倒れてるから治療に行ってあげて?」

 

「自分でいけ、カス」

 

「口が悪い女はモテないって、師匠が言ってたよ」

 

 

 そうして人類は初めて魔王軍幹部の一角を潰すという戦果を得た。

 代償は一つの街と一人の女の子のココロ。あまりに少ない犠牲。そんな最小単位の犠牲によって、偶然にも彼女達は出会った。

 

 切断の勇者、星の神官、彗星の魔術師、虚の獣。

 それからしばらくして、この4人がパーティを組んで、ついでにそこに一人のただの人間が加わることとなったのは、神官の提案だった。

 

 

 

 それは、壊れてしまった少女の最期を遅らせる延命装置。

 未来に押し付けていた終わりの刻はもうすぐそこまで近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






・リスカ
この時のことをよく覚えていない。ただ目を覚ましたら知らない女3人が付いてくると言っていたしで混乱していた。彼が付いてくると言ってきた時はちょっと躊躇ったけど、結局断ることが出来なかった。

・ホシ
辿り着いた時には全てが終わっていた。まだリスカのことを好ましく思ってる頃。元々彼を探して旅をしていたので利害の一致からリスカについて行くことに。

・スーイ
本当は弟子が実力に不相応な戦場に行くのを止めることが出来なかったことを死ぬほど悔やんでいる。この一件で彼女は遠くからではなく、近くで彼を見守ることを決意。師匠として誰であろうと弱っている姿を見せたくないのでかなり強がってる。

・ギロン
街を壊したのは80%コイツ。魔王軍幹部をぶっ殺したと嬉々として報告しようとしたが、ホシとスーイによりエウレア戦の詳細を語るのは禁止されたので仕方なく他の成果を見せつけようとリスカについて行くことに。

・従者くん
本来ならここで死ぬはずだったが、偶然にも助かってしまう。
多少の記憶喪失程度で住んでおり、リスカと再会できたこともあって彼女について行くことにした。






・エウレア
惚れっぽい性格の少女。何でもかんでも惚れてしまい、何でもかんでも融かしてしまう厄介な瞳を真っ直ぐ見てくれた1人の友達の隣に立つために自らの根底に抗った魔族。
種族としての特性は詐称を窮めた魔族。日中は自信すら騙す偽の人格を作り、闇夜に紛れて獲物を喰らう簒奪者。昼も夜も記憶は共通であるが、昼と夜の人格は互いに互いを偽物だと思っている。
夜間ならば異能と戦闘能力の両方で間違いなく魔王軍最強の存在であったが、大切なモノを融かしたくない自分と、大切だからこそその気持ちを受けとめて欲しいと願う自分。どちらも本心でありどちらも認めてくれた大切な友人だけは融かすことが出来なかった。


・異能『融愁暗恨(マリィクス・マリアージュ)
魔王軍幹部エウレアの持つ異能。視覚的に認識した物質を、温度や硬度等を無視して強制的に融かす愛の矢。融解の速度や範囲はエウレア本人の好感度により増減する。通常状態ならば、注視して1秒程度で焼け付くような痛みと共に融解が始まる程度。嫌いなものならば数分見つめ続けて表面が微妙に融ける、告白をするほどの相手ならば本来なら一瞥しただけで完全に融解する。
本質的に効果は彼女の『愛』という認識に由来するため物質的な干渉ではなく、精神感応。『愛という融けるような感情』を伝える事で物質を融かす力。正確に言えば、自分が相手に向けた愛という感情で相手に『融けてしまう』という思い込みをさせる異能であるため、『認識』が重要な『祝福』/『異能』使いに対しても効果が高い。また、相手に伝えることが本質である為相手の姿がはっきり視認出来ないと効果を上手く発揮できない。この能力が最大の脅威を発揮するのは真昼の平原のような遮蔽物のない場所であるが、エウレアの主な戦場は夜の街であった。
『融ける』という概念がある限りこの世の物質は決してこの異能から逃れられない月の瞳。




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