勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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神官さん奮闘する

 

 

 

 

 

 

 

「…………2人とも、生きてますか?」

 

「えぇ、お陰様で。さすがに今回は素直にお礼を言いますわ……。ホシがいなかったら妾達多分灰でしたわね」

 

 

 放たれた炎が直撃する瞬間、とにかくホシは2人を守ることだけを考えて2人を体内に取り込み、予め掘っておいた地下への逃げ穴へと入り込んだ。半ば異空間と化しているホシの体内ならばある程度体積を無視してこのような真似が出来るからと用意こそしていたが、本当に使うことになるとは本人も思っていたことであったが。

 

「大丈夫ですわよね? ホシの体内で蒸し焼きとかは勘弁ですわよ?」

 

「距離も相当離しましたし来た道は潰しておきました。……探知出来る限り相手も私達のことは無視して他の方々に攻撃を始めているみたいですし」

 

「大丈夫ですの〜? さっきあれだけ接近されても気が付かなかった」

 

「仕方ないじゃないですか! あれ絶対誰かの『異能』ですよ! マジで急に現れたんですからね!?」

 

「さすがにわかっていますわよ。んで、地上の状況は?」

 

「…………」

 

 ホシの声はただ沈黙を続けるのみで、それでギロンは察したくないことを大体全て察してしまった。言いたくないことは言わない方が精神衛生上良い事もある。悪い知らせなら尚更だ。

 

「敵は?」

 

「三体。全部魔王軍幹部クラス。多分さっき接触したのは灼熱大公さんでしょうから、魔王軍幹部の皆様決死の総攻撃ってところでしょう」

 

「最悪ですわね。強襲は警戒していましたが、まさかこちらの対策を全部すり抜けてくるとは」

 

 索敵に関する祝福使いもいた。

 ギロンもリスカも歴戦と天性の勘を備えていた。

 ホシに至っては、彼女は周囲の生命体の反応を読み取れる為に魔族が近づいてくれば確実に気が付けた。

 

 なのに、不意を突かれたならば素直に相手の上手さを褒めるしかない。ここでグチグチと不備を見つけていても不意を突かれた事実は永遠に変わらないのだから。

 

 

 正直ホシは焦っていた。相手がどのようにしてこちらに襲撃してきたかわからず、仲間を庇うために肉体の3割近くを一撃で消し炭に変えられ、でもそのことを伝えて今の不安定なリスカの精神に打撃を加えてしまわないように、必死に声の震えを抑え込んでいた。

 

 ギロンは昂っていた。決戦に相応しい状況、追い詰められてこそ獣はその牙を最大まで尖らせるというもの。そうは言っても死人は出てるし戦況は最悪。下手に嬉々を知られればホシはよく思わないだろうし吊り上がる口角を純粋な筋力で押さえ込んでいた。

 

「ではどうしますの? 上にいる灼熱大公さんは『強い』ですわよ。かと言ってあの方の異能は見るからに炎系ですし妾ぶっちゃけ死にますわ」

 

「じゃあ私が対処します。ギロンは他二つの反応のうち……そうですね。一つは周囲に結構な数の生き残りもいらっしゃるのでどうにかなるかもしれませんから、もう一つの方を頼みます」

 

「ホシ、ヤケになってません?」

 

「まさか。もう泣いて逃げ出したいくらい最高の気分です」

 

 そう言って、ホシとギロンは地上に出ることにした。

 その間彼女達はすぐ近くにいたリスカには一言も話しかけず、まるで居ないもののように扱い、今度はそれに関してすら触れる者もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんで、なんでまたアイツが」

 

 

 リスカ・カットバーンの中で、リスカ・カットバーンは自分を客観的に見つめる。

 今の自分の思考力は10年程前の自分程度まで下がっている。精神強度で言えばその頃の方がマシであったが、未成熟な在り方というのは感情への対策ができない。

 

 その点で言えば、自分はそれに優れていたと自覚している。

 どれだけ怖くてもどれだけ痛くてもどれだけ苦しくてもどれだけ嫌でも。自分の想像通りに体を動かすことだけは出来てしまう。

 でも今はそれすら出来ない。最初の挫折、絶対に忘れられない苦い思い出。『あの日』以来一度だけかつての故郷に訪れたことがある。そこで見た光景は忘れることは出来なかった。

 

 

 既に炭となっている知っていたはずの『誰か』。

 燃え尽きることなく燃え続ける不壊の炎。

 彼から全てを奪った暴威の業火。

 

 

「無理、無理無理無理。怖い怖い怖い! 絶対に無理!」

 

 

 折れた腕、焼けた家、燃える人、異形の巨躯。そして、忘れるわけが無い自分を助けてくれたあの日の少年の横顔。

 痛みで狂いそうだったあの時は気が付かなかったけれど、彼は確か泣いていた。私を助ける為だけに、他にあったはずの大切なものを切り捨てる選択をした、させてしまった、させられた。

 

 そんな相手許せるわけがないのに、それ以上に怖すぎて体がまともに動かない。自分と彼から何もかもを奪った、アイツさえいなければこんな怖い戦いに身を投じることもなかったかもしれないのに、腕がへし折られる痛みも恐怖も知らずに過ごせたかもしれないのに。

 

 

「助けてよ、──────」

 

 

 勇者と呼ばれる少女は小さく幼馴染の名前を呟いた。

 もちろんこの場に彼はおらず、それどころか少女は既にひとりぼっち。

 

 残酷なまでに決戦は彼女を待つことなく始まってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、いやさっきぶりと言った方がいいですかね?」

 

「……ホットシート・イェローマムか。生きていたとは」

 

 逃げれば良かったとホシは思った。

 目の前に立つ自身の2倍はあろうかという巨躯を持つ深くローブを被ったその魔族は手負いであった。

 奇襲を受けたとはいえここに集まった者達は皆一流。そこらの魔族程度ならば傷一つなく鮮やかに殺してみせただろう。

 

 だが、そんな人間達は既に皆燃え尽きていた。

 そこら中に転がる肉体は全て既に魂を失い、宿っていた祝福すら消えうせた炭である。本来ならそんな状態になれば炎も消えるはずだが延々とその体は死してなお焦がされており、死体を取り込もうと下手に触れようとすればあの『異能』の炎に焼かれることを直感させた。

 

「死体を取り込み、自らの肉とする異能だろう。我の炎により焼かれた身を使うのは推奨しない」

 

「忠告どうも。こちらとしてもこんな汚らわしい炎で焼かれた死体使いたくもないですよ」

 

 魔族は言葉を重視する。話すのが好きなのではなく、単純に人間は『会話出来る』相手への攻撃を多くの者が躊躇うことを本能的に理解し、戦闘の手段として使う。

 だからホシはそれを利用する。1秒でも長く話して、1つでも多くの情報を得る。そうでもしなければこちらの異能が知られている上に()()()()()に勝つだなんて不可能だ。

 

 転がっている遺体はどれも一線級の『勇者』の者。単純な能力の出力ならリスカにも優る者もちらほら。それだけあってか目の前の魔族も無事ではなく左腕の前腕部にぽっかりと穴が穿たれ、胴体の裂傷から血を流している。

 逆に言えばそれだけのダメージを受けても戦ってちゃんと敵を殺せる相手だ。ますます戦いたくない。というか帰りたい。どっかに帰って、お酒飲んで寝たい。

 

 あ、あの死体『陥穽』の勇者ちゃんじゃん。いい子だったし良い祝福持ちだから生き残ると思ってたけどなぁ。最後まで槍を握っていて勇敢な子だなぁとか。

 あっちの死体は多分『赤腕』の勇者かな。臆病ではあったけど決して間抜けな人物ではなかったから奇襲をかけられたと気がついた段階で立て直しのために逃げようとしたのだろう。でもまぁ死んでしまったみたいだけど。

 

 

 見たくない光景ばっか目に入る。

 それだって仕方の無いことだ。ホットシート・イェローマムは今、2000年振りにとある感情を思い出していた。

 

 首に纏わりつく蛇のような寒気。肝から絞り出された汁をひっかけられたかのような不快感。

 

 

 

 この魔族は自分を()()()()()()()()

 第六感か経験則か。なんにせよ、そう確信できる緊張が空気に満ちている。

 

 

 

「さて。神官としては亡骸への過剰な攻撃は咎めさせて頂こうと思うんですけれど」

 

 心にもないことを口にしたせいか、ほんの少しだけ声が上擦った。

 

「そうか。こちらも仲間を殺されてそれなりに腹立っているからな。そら、かかってこい」

 

 魔族の言葉は本心からにも、完全なる虚偽にも聞こえる。自分も同じ魔族だったはずなのにどこで間違えてしまったのかと、大きく大きくため息を吐いて、神官は一言。

 

「……ホットシート・イェローマム。(わたし)の名のもとに邪魔者は蹴散らさせて貰います」

 

「魔王軍幹部、『灼熱大公』の異名()を賜りし槍兵、アグネだ。邪魔者は燃やす」

 

 

 生死を賭けた戦い。本当の意味でそんなものと出会うのは生まれてからも死んでからも初めてだ。

 魔王軍幹部と真正面から一対一で勝った者は少なくとも認知されている中ではリスカ・カットバーンとギロン・アプスブリ・イニャスの2人だけ。他にも討伐記録がない訳では無いが、それ以外は『勇者』数人がかりが基本である。

 

 そんな相手に自分だけでとか有り得ない。そもそも戦闘は得意というわけじゃないのになんでこんなことしなくちゃならないんだろう。こんなことならスーイじゃなくて自分があの人を送っておくんだった。

 

 そうやって嫌な理由を並べて並べて。

 なのに感情はどうしても隠せない。自分すら騙して死んだ魔族らしくもなく、自分に嘘をつくことが出来ない。

 

 

「…………あ、そうか」

 

 

 コイツが私を殺せるってことは。

 私はここで死ねるってことじゃないか。

 

 

 間合いを詰めるべく目の前の魔族の脚の筋肉に力が篭もるのを呆然と見つめながら、それでもホシはその場から動くことなく、吸い込まれるように槍の穂先へと近づいて……。

 

 

 

 

 

 

「いや普通に痛そう!?」

 

 

 

 

 

 すんでのところで人体の構造的に捻っちゃいけない部分を捻ってそれを躱した。

 

 よくよく考えてみれば死者を殺せる炎とかめちゃくちゃ痛そうだし普通に嫌だ。痛いのも苦しいのも嫌いだし、2000年もそんな感覚ほとんど忘れて過ごしていたから今更思い出したくもない。

 

「でも、やる気がイマイチ乗ってこないのも事実なんですよねぇ……」

 

「なら悪いが道を譲ってもらおうか。こちらの第一目標はリスカ・カットバーンの首なのでな」

 

「あ、どうぞどうぞ。勝手に探してください。その間に貴方の首を落とさせてもらうので」

 

 とりあえず、ホシは後ろに下がって間合いを詰められないようにする。槍は間合いの内側に入れば脆いとか誰か言ってた気がするが、そもそも相手の間合いに入る前にぶち抜かれるからあまり意味が無い。

 かと言ってホシは魔術は基本的に回復系専門であるし得意分野でもない。

 

 ならばと、体を練り直す。

 ホットシート・イェローマムは戦いとなればリスカのようにあらゆるものを切断して突き進むような理不尽さも、スーイのようにどんな奇跡も掌の明かりに乏しめる輝きも、ギロンのような……なんかよくわかんない底力もない。

 

 けれどホシはそれを誰よりも近くで見てきた。ホシはそれらを補うように立ち回ってきた。

 異能『生禍燎原(アポスタシ・サテライト)』は、死体を操る異能だ。ただそれだけで、ホシは生命を犯す災害へと至った紛れもない極点の一つである。

 

 

星体模写(スピトゥ・セイント)、リスカ・カットバーン」

 

 

 見た目上は質量を無視した肉の塊がホシの体からぬるりと飛び出していく。

 赤色の髪の毛、赤色の瞳。その姿を知らぬ魔族はもはやこの地のどこにもいないと言っても過言ではない。

 

 リスカ・カットバーンが確かにそこに現れていた。

 

「ほらどうぞ。お望みの勇者様の首、好きなだけご用意してあげます。ホシちゃんってば優しい聖女様なので」

 

「ほざけ。そのような人を喰らう獣の笑みを浮かべる聖女なぞいるものか」

 

 屍肉から作られたリスカの肉人形は、当然ながら祝福を持たない。彼女が振るう剣は物理法則に従って切れる物しか切れないし、その肉体も同じく通常の物理法則通りに切断される。

 だが、それを踏まえてその肉人形がアグネにとって無視出来るものであるかと言われれば答えは当然(ノー)

 

 リスカ・カットバーンが祝福にだけ頼った女であったのならば、彼女は魔王軍幹部の首に届く前にそこらの魔族に嬲り殺しにされていたであろう。

 

 アグネが突き出した槍を、ほんの数cm体を傾ける最小限の動きで肉人形は避ける。何も不思議なことは無い。この肉人形の元となった人物であれば、たとえ祝福なんてなかろうともその動きが可能だからと当然のように魔王軍幹部の凶槍の一撃を避けてみせる。

 

「ッ、見た目だけの木偶では無いということか」

 

「いやその女見た目だけで中身デクデクですよ。どうぞ好きに殺してくださいな。()()()()()()()()()()()

 

 その肉人形に祝福はない。ならば、とアグネが払うように放った炎で一瞬にして溶け落ちて動かなくなるが、それはただ1つ人形を壊しただけだ。

 ホットシート・イェローマムは既に個体と言うよりは一つの『世界』であり、彼女を殺すには世界をも滅ぼす出力が必要である。

 

「……何たる悪夢か。魔王様が出来れば周りにいる者達も殺せと仰っていた意味がようやくわかった」

 

 前を向けば3人の『切断』の勇者がこちらへと向かってきている。

 さらに上には羽を生やした同じ人間が、横からは挟撃の為か左右から2人ずつ。更には背後からも1人。

 そのどれもが全く同じ力量、祝福や異能無しでの斬り合いならば魔王軍幹部と同等であるそれはなんのリスクもなく神官が指先を弄ぶついでに量産されていく。これ程の兵士を1人生み出すのにかかる年月、費用を考えればこの異能の所有者を生かしておくという選択は誰にも出来はしない。

 

「優先順位を変更だ。まずは、貴様に対処しよう」

 

「何言ってるんですかぁ? 今、私が上で貴方が下です。早いところ手の内を見せてくださいな」

 

 祝福/異能の用いられる戦いで最も重要なのは相手の手の内を知ること。相手がどのような能力を持ち、どのようにしてこの世の在り方を歪め、こちらの身を滅ぼす災厄を巻き起こすのか。

 それだけを見ればホシは優れた戦闘の才覚を持っていると言えただろう。彼女の異能は手数と多彩さが武器であり、『死体を操る』という概要を知っていても彼女の手数を読み切ることは不可能に近い。だからこそ、彼女はそれを利用して相手の持てる札を全て吐かせる。万が一の逆転をも封じた上で確実に殺す。何も間違っていない、教科書に載せたいくらいに綺麗な戦い方だ。

 

 

 

 

「『千紫蛮紅(カロス・コキノ)』」

 

 

 

 

 忘れてはならない。

 魔王軍幹部は個体ではなく世界を滅ぼす災害であることを。その戦い方は嵐を前にしてようやく戸を立てる様な悠長な行いであることを。

 

 

 

 ホシは一度だけ瞬きした。それは生理的な反応と言うよりは生きていた頃の『クセ』を真似したもので、一応人間として生活するために不自然さを減らす為のものでもあった。

 

 ただ、その一瞬の瞬きを永遠に悔いた。()()()()()()。炎が吹き出して肉人形が一瞬にして全て焼かれて行動不能にされるその瞬間を見ることが出来なかった。

 

「さて、今度はこちらが見定める番だ。次の手は、どう来る?」

 

 フードの奥のアグネの瞳が赤く煌めく。睨みつけられただけで体の重さが数百倍になったかのようで手足に軽い痺れすら生まれてくる。

 

星体模写(スピトゥ・セイント)、ギロン・アプスブリ……ッ!」

 

 生み出した肉人形を盾にして投げつけられた炎の槍を何とか押し止める。

 

「肉人形は飽きた。次」

 

「飽きたって……私は曲芸師じゃないんですよ!」

 

 足を変形させて移動速度に特化させる。アグネはその場から一歩を動きもせず、異能の炎の放射と槍の投擲だけを行っているが、それだけなのに一歩も近づくことが出来ない。

 

「私なんか本気を出すまでもない、ってことですかそうですかそうですか。ならこっちにだって考えがありますからね」

 

 相手の異能による炎は間違いなくただの炎では無い。その性質がわかるまでは接近戦も的を広げる質量攻撃も使うことは出来ない。その為の星体模写(スピトゥ・セイント)であったが、これは生物の肉体を再現する都合上、大抵の生物の弱点である炎とは相性が悪い。てっきりあまり炎は使えないと思っていたが普通に全方位に絶え間なく熱を放てるなら尚更だ。

 

「次の手は思いついたか?」

 

「手加減してくれてるお陰様で、考える時間が出来ましたよ。星体模写(スピトゥ・セイント)、──────ベルティオ」

 

 

 ほんの一瞬、動きの止まったアグネを見てホシは心の底から安堵した。

 コイツらにも仲間意識とか、そういう感情があってくれて助かったと、魔王軍幹部の1体、ベルティオの肉人形をなんの容赦もなくアグネの元に向かわせながらホシは笑った。

 

「貴様、コレは」

 

「ただの肉人形ですよ。あ、もう一体追加します? 今度は……コイツとか」

 

 続いて作りだした肉人形も同じく魔王軍幹部、かつてはエウレアと呼ばれていた個体を再現したものだ。この2体は異能なしの身体能力や戦闘技術も高い。

 ついでに貫くのを躊躇ってくれるなら僥倖。あと数体ほど作っておくことにしよう。

 

「……やめろ」

 

「やめろ? 随分上からですね。頼む時はやめてください、って言うんですよ」

 

「このような行為が許されると思っているのか」

 

「どうですかねぇ。まぁ別に貴方に許されなくても何も問題は無いかなって」

 

 敵の逆鱗に触れ、感情を乱しそこから崩す。真っ当な戦法ではないとは思えどそれはやめる理由にはならない。信念、道徳なんて言葉は生者が机の上で語るもの。死者が戦場で考えるべきものでは無いのだ。今考えるべきなのは誰がどう思うかじゃなくてここをどう切り抜けるかなのに。

 

 体のどこかで、『彼』だったらどう思うんだろうなんて事を考えている。余計な思考だ。そんなことを考えながら勝てる相手じゃない。

 

 もっと手数を用意しろ。卑怯な策を用意しろ。

 後天的に得た人間性は必要ない。残酷なまでに悪辣に敵を削れ。気が付けば顔からは笑顔どころか表情が消えていく。いや、『顔』という部位も保っている必要は無い。

 だから戦うのは好きじゃないんだ。こうなってくると自分が『ホットシート・イェローマム』である必要性が薄れてきてしまう。それを実感するのが嫌だからホシは戦いが好きじゃない。

 

 

「だが助かったぞ。おかげで久方ぶりに何も気にせず怒ることが出来る」

 

 

 既に相手の言葉に対し無礼な返答をして神経を逆撫でする、という思考も放棄していた。何故高熱の放射を連続的に行わないのかは恐らく肉体に負担がかかるからだと判断してホシは近接戦に切り替える。好きではないだけで、肉体に可動域の限界や定形が存在しない彼女はむしろ得意ですらある。

 狙うはまずは負傷している左手。既に機能的には狙う必要性が薄くとも対生物ならば相手の失血を狙うのは非常に有効な攻撃だ。それから深くは踏み込まず、細かい攻撃で持久戦を狙う。下手に大ダメージを与えれば捨て身の一撃もありえなくはないからこそ、相手に最後まで拮抗していると思わせた上で殺す。

 

 

 そこまで考えて近づこうとしたあたりでホシは無様に地面に寝転んでいた。

 

 

「…………? あれ、え?」

 

 

 こんな時に何をしているんだろう。さっさと体を起こそうとするけれど末端に力が入らない。仕方なく胴体から腕を追加で生やして起き上がろうとしても、作り出した腕にさえ力が入らない。見れば視界の端で作り出した肉人形達も同じように倒れて芋虫のように蠢いている。

 

「ようやく効いてきたか。敵ではあるがその魂の総量には敬意を表そう。さて」

 

 足音が一歩ずつ近づいてくる。

 逃げなければいけないことはわかっているから、あらゆる手を尽くして体を動かそうとするがどうにもならない。四肢が動かないと言うよりは体を動かすという機能そのものが弱っている。

 そんなあまりに無意味な分析を終えた頃、長槍を携えた魔族はホシの首にあたる部位にその槍を押し付けながら、口を開いた。

 

 

「交渉を始めようか。口が動く内に返答した方が賢明とだけは言っておこう」

 

 

 最初から、戦闘をしているつもりだったのは自分だけであったと。

 例えようのない絶望の中でホットシート・イェローマムはその事実を思い知ることになった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「えーっと……いや、嘘ぉ、ですわ」

 

 

 同時刻、ホシに指示されて別の場所で他の魔王軍幹部クラスの反応を追ってきたギロンはそんな声を漏らしてしまった。

 目の前にあったのは、塵の山。かつて人間であったかもしれないその山の上で彼女を見下ろしていた人影をギロンはよく知っていた。出来ればちょっと気まずいしもう会いたくないと思っていた。

 

「『離散』、『極光』、そして『禁術』。めぼしいのはこれで全部か……いてて、さすがにどいつもこいつも一筋縄じゃいかなかった」

 

 腹に深く突き立てられた短剣よりも、頬についた浅い切り傷を抑えながら、人類の最高戦力の『勇者』に与えられた二つ名を首級のように呟くその女の魔族をギロンは知っていた。一度会ったら忘れられない、もしも彼と出会っていなければ自分が彼女に心酔していたかもしれない『もしも』すら想像出来る、そんな相手。

 

 

「お久しぶりですわね、魔王様」

 

「んー……あ、ギロン。うん、久しぶりだね。元気だった?ワタシは今めちゃくちゃお腹とほっぺたが痛い」

 

 

 

まるで買い物帰りの井戸端で出会ったような気軽さで。

魔族の王は戦場に降臨していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・『星体模写(スピトゥ・セイント)
肉体情報からその人物のコピーを作り出すホシの得意技。再現出来るのはホシがどのような形であれ一定量の肉体情報を獲得した相手のみかつ、生物的に再現出来る相手なのでギロンが死体を全部食べちゃったグレイリアやそもそも生物として次元が違うスーイは再現できない。当然、祝福/異能も再現できない。あと他のパーティメンバーから「さすがにどうかと思う」「普通に私達も同じことされたら怒る」と2名から不評なのであんまり使わない。

・ホシ
上記能力を割と躊躇いなく使うタイプ。そもそも体が誰かの死体で構成されているので割と今更。

・アグネ
魔王軍幹部。リスカと従者くんの故郷を近くを通り過ぎただけで滅ぼした。ベルティオとはかなり親しい間柄だったらしい。




・魔王様
部下が心配なので来た。





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