勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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星堕ちる、雪降る

 

 

 

 

 

 

 

 

「翼、ようやく本気出したかあの精霊(エルフ)!」

 

 相手が本気を出したということは、それは面倒になったことに他ならない。なのに、視界の先でこの世のものとは思えない不可思議な光沢を纏った翼を広げた魔術師を見てヒルカは笑っていた。

 

 アレは次元が違う生き物だと。

 間違いなく単体で国を滅ぼす災害、本来生命が関わるべきではない自然の具現化。大いなる大地(地龍)が空に在った時の翼。そんな御伽話がほら話では無いのだと遺伝子をぶっ叩かれたかのような衝撃。

 

 

 こんな恐ろしい敵を魔王様に任せて貰えたこと。

 ただその事実だけでヒルカはこれから数千年は生きていけるであろう喜びに満ち溢れていた。同時に、意識を失いそうになるほどの恐怖もあったが。

 

 

 だから油断はなかった。それどころか思考は複雑化し、収斂し、目の前の敵を穿つことだけを考えて槍のように尖り続けていたのに。

 

 

 

 

 既に、視界の中に魔術師の姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

「転移……?」

 

 

 

 

 ならばと、優先順位の変更。まずは既に逃げられるような傷ではない人間の方からトドメを刺さんと狙い見つけた瞬間に、『目』と『扉』が一つ破壊された。

 

「あんにゃろ、気が付いたか!」

 

 ヒルカの異能『甲乱乙駁(コーラー・レフコス)』は大して特別な異能という訳では無い。ただ『迷宮を作り出す』と言うだけの代物。それを周囲に小さな『扉』と呼ばれる出口と覗き穴である『目』を張り巡らせて、一定の範囲をどこであろうと見えて、どこであろうと狙撃できる狩場にしているだけ。タネが割れてしまえばすぐに対策されてしまう程度の異能でしかない。

 

 加えて、迷宮である以上誰であろうと入れる『入口』を用意しなければならない。まぁ当然迷宮なので入られた方が有利……と言いたいのだが、祝福や異能を持つ相手なら入られたら割とどうにもならないし加えて今の相手は正真正銘のバケモノだ。

 

「あんなの入ってきたら絶対勝てないなぁ……」

 

 だからこそ、ここで一方的に叩き落とす。

 幸いにも相手はもはや姿を隠すつもりが一切ないらしく、まるで火山のようなエネルギーの放出を隠そうともせずに空を舞っている。

 

「くっそ、舐めやがって……」

 

 その姿は先程までとは一転、油断ということすら烏滸がましいほどの無関心さ。翼から形質不明の魔力を常時放出しながら、欠伸をして地面を見下ろしていた。

 

『ヒルカ。わかってると思うけど』

 

「無駄弾はなし。わかっています。一撃とて無駄にできる相手じゃない」

 

 妄想(イマジナリー)とはいえさすがは魔王様。とても良い事を言う。

 だが今から撃つのは当たらない前提であるが無駄では無い。相手の今の状態を知る為の貴重な一射。以前の様に翼に一撃当てれば飛行制御をブレさせることが出来るかもしれない。

 

 そうして放たれた一撃。

 狙いは寸分違わず翼の付け根。これをどう対処するか、まずは見させてもらおうと。

 

 

 

 

 龍は、避けようとすらしなかった。

 大きな欠伸をして、ぼーっと空に浮かんでいるだけ。狙撃は確実に当てたはずなのに。まるでそんなものはなかったかのように先程までと何も変わらない。空に輝く星のように、その姿を変えることなく当然のように鎮座している。

 

 

 

「ミ ツ ケ タ」

 

 

 

 唇がそう動いたように見えた瞬間に、大地が脈動する。

 最初はあの魔術師がなにかしたのかとヒルカは考えた。だが揺れが大きすぎてこんなタイミングで地震が起こったのか、とも考えたがすぐに首を横に振る。

 

 目の前の敵は本当に大地を揺るがすような大厄災。この揺れは、奴が何かしようとしているのだと。

 周囲の地面や岩が捲れ上がり、魔術師の周囲に集まっていく。やがてそれらは研磨されるように、精錬されるように滑らかに流れながら形を変えて、指向性を持った巨大な岩石へと変貌する。

 

儀式用具(オブジェ)? いや、あの形……まさか!」

 

 地面に角を向けたその巨大な円錐の正体にすぐに気がついた。だって自分でももし自らの潜伏場所が気が付いたら出来るのなら全く同じ手段を取る。そんなこと普通は出来ないからやらないだけで。

 

「アレは、掘削機(ドリル)か!」

 

 巨大な円錐が回転を始め、同時に隕石のような加速が加わり地面に叩きつけられる。

 

「クソッ、クソクソクソッ! バケモノが!」

 

 あくまで落ち着いて、狙いを定めて狙撃は行う。掘削機の起動と維持、更に山と見間違うようなサイズのそれを押し込む加速。同時に出来るだけでも奇跡だがそれをしている故かの無防備。それとも、向こうも気が付いているのだろうか。

 

「なんで、なんで弾が通んないだよ! ふざけんな!」

 

 柔らかそうな部位、手足の末端から眼球、胸やら骨の隙間に相当しそうな部位、翼のような形状の魔力の噴出口まで。以前なら通ったはずの部位全ての硬度が変わっている。と言うよりは、狙撃弾の術式が肌に触れる寸前で何らかの障壁によって掻き消されている。奴を魔術で傷つけるのはほぼ不可能だ。

 

 どうしよう。流石に冷や汗が全身を覆いそうになる。ヒルカの異能は『迷宮を創り出す』だけだ。それでも魔王様の力になりたくて、自分にある狙撃だけを磨いて磨いて、どうにかしてこの席に並んだのに、やっぱり何も出来ない。

 ベルティオなら触れさえすればアイツがなんであろうと粉にする。グレイリアなら視覚的に捉えられるモノならお手玉するみたいに弄べるだろう。ノティスは自分より弱いけれど、彼女の霧があればそもそも無敵に近い。エウレアでもきっと融かして倒すことが出来る。

 

 でも、自分にはそんな力はない。

 世界を塗り替えるほどの力なんて、自分には無いと知っている。

 

 自分なんてドジで間抜けでひ弱で根暗でどうしようもなくていつもみんなの足を引っ張って助けて貰ってるのにどうしても素直にお礼も言えなくて本当にダメでダメでダメでダメで、あの方の傍になんて本当はいるべきじゃない存在なんだって。

 

 

 

 

「うるさいなぁ! そんなこと知ってるんだよ!!!」

 

 

 

 

 それでも撃つのはやめない。

 幻影に励ましてもらうのも終わりだ。だって、魔王様ならきっとここで諦めたりしない。あの方は私の事を、ただ届かない背中に手を伸ばすことしか出来ない臆病者に素敵な言葉をくれて、その()()()()()を認めてくれた。

 

 だから、あとちょっとだけ頑張ってみる。勇気と無謀を履き違えるな。勝てる見込みがない戦いは時間稼ぎか逃げに徹しろ。絶対に、無駄死にをするな。魔王様がいつもヒルカ達に言っていた言葉だ。

 

 でもごめんなさい魔王様。

 勝てる見込みはないけれど、私はここで逃げることは出来ないのです。

 

 

 

 

 揺れが徐々に強くなり、白一色の部屋の天井にヒビが入り、一気に崩れる。

 迷宮の壁を突き破り侵入してきた巨大な掘削機の先端が砕け、その内側より精霊(エルフ)の魔術師はトカゲのような冷たく鋭い瞳をこちらへと向けた。

 

「よ! さっきからちまちま豆鉄砲ご苦労さま。無駄だと理解してるのが魔術越しに伝わってきたのにやめなかったの面白いよねぇ。あ、せっかくだし」

 

 敵、とすら思われてない。

 道端に転がる石ころか、或いは踏み出した足の先にいることに気がついた虫。蹴り潰すか避けて通るか。そんな思考の暇を作り出したことが苛立たしいとばかりに見下し、嘲笑している。

 

「どうぞ。殺してくださいよ。どうせ逃げられませんし」

 

「それにしても空間生成系の異能かー。いやぁ臭い臭い。匂いですぐにわかっちゃったよ。翼を広げると感覚が戻るから気持ちいいね!」

 

 会話が成立しないというか、そもそも話を聞く気がないのだろう。狙撃相手は狙っているうちにだいたい思考パターンが読めてくるのだが、この魔術師は先程までとは思考パターンが明らかに異なっている。

 二重人格、或いはそう言う祝福、異能。どちらにせよそれを考えるような時間はヒルカという個体の残りの寿命ではもうないだろう。

 

「まぁ別にいいですけどね。元々ゴミみたいなもんですし、そういう扱いは慣れてますよええ」

 

 距離は約15mほど。こちらが有利な間合いではあるが、残念ながら向こうの移動速度を考えるとこちらが不利だろう。加えてそもそも向こうの防御を破る手段が存在しない。

 

「ふーん、手が四本、そのうち1つは射撃系魔術の構築に特化してるのかぁ。面白い進化の仕方した魔族もいるもんだね」

 

「……まぁいいですよ。どうせ私なんて石ころでしょうし。魔王軍幹部なんて称号も、正直あんまり好きじゃないんですよね」

 

 ほんの少しの静寂。

 逃げたい気持ちが漏れたような軽口も、会話の通じない相手には意味がなかった。次の瞬間にはきっと相手がこちらを殺しにくる。どうしようもないくらい恐ろしくて、逃げたくなるからそれを押し殺す為に。

 

 

『ダメだよヒルカ。君じゃ100%勝てない。ここは退くべきだ。今から逃げられるかは分からないけれど、その可能性は存在する』

 

 

 うん、魔王様ならそういうだろうけど本当にごめんなさい。

 私はその命令だけは聞くことは出来ない。だって、貴方がそれを絶対選ばないのに、私が選んだら貴方にかけてもらった言葉を嘘にしてしまう。

 

 

 恐怖を押し殺すために、叫ぶ。

 

 

 

「私は、私は魔王様と共に歩き、同じ夢を見て、共に立つ『従者』だ!」

 

 

 

 6発。

 それがヒルカが叫ぶと同時に放った弾の数。並列起動の負荷で焼け付くような脳の痛みと血液が途切れたような立ちくらみ。もう相手の攻撃を避けることは絶対に叶わない。放たれた6発で敵を仕留めなければ待っているのは確実な死だ。

 

 

 1発目。

 棒立ちの魔術師の頭に当たる直前、打ち消される。

 

 2発目。

 魔術師はようやく動き出して音を置き去りにする最高速度の射撃を退屈そうに観察するようにして避ける。

 

 3発目。

 指で弾かれる。

 

 4発目。

 対処するのが面倒くさくなったのか完全に無視して真正面から当たりながら距離を詰めてくる。

 

 5発目。

 無理。瞬きで消された。どうしようもない。スローになっていく世界でその魔術師だけが正常な速度でこちらに向かってくる。

 

 

 6発目。

 じっくりと観察してこれも避けるまでもないと判断したのか、魔術師はそのまま受けるようにして進む。そして、その肌に触れる直前で残酷にも今までと変わらず打ち消される。

 

 

 

 そして、同時に7()()()が背後から襲いかかる。

 それに気が付いた魔術師がほんの僅かに反応し、ヒルカはほくそ笑んだ。

 正確に言えば避けられた2発目。これは完全に賭けだった。2発目が避けられる保証なんて何も無いのに、2発目だけは『避けられたら跳弾で背後から襲う』ように撃っておいた。そして、2発目と6発目だけは特別な細工をしてある。

 

 これも確証はなかったが、相手の魔術を防ぐプロセスは恐らく魔術の波長を分析して逆波長をぶつけて相殺している仕組みだ。それが皮膚にふれる直前に起動する。

 ならばもし、『仕組みの違いが大きい魔術を全く同時にぶつけたら』と考えてみた。上手くいっても術式を乱されて霧散、という可能性の方が高かった。けれどもヒルカは確かに賭けに勝っていた。

 

 6発目の弾丸を打ち消した魔術師の魔力防御は、背後からの7発目を打ち消すことが出来ずに、その翼にヒルカの渾身の狙撃が叩き込まれた。

 

「うおっ、ビックリした」

 

「え」

 

 次の瞬間、勢いよく炎を噴き出した翼が刃のようにうねりヒルカの胴体を切り裂いた。

 真っ二つになり分かたれた上半身と下半身の断面は焼き切られており出血は殆どない。そのはずなのに、その切り口から零れてはいけないものが零れていく肌寒さだけがヒルカに残された感覚だった。

 

「ち、くしょ、かけ……かったのに」

 

 視界の端に映るヒルカの渾身の狙撃を受けた魔術師の翼は、全くの無傷だった。初めから勝ち目などなかった。ヒルカの持っている攻撃能力では、そもそもあの生物の表皮を貫くことすら出来なかったのだ。

 

「あ、異能持ち殺したからここ崩れるか。さっさと出よ」

 

 魔術師は敗者になんの興味も示さず、入ってきた穴を通って外に出ようとする。ヒルカのことなんてきっとすぐに忘れて、そもそも既に忘れているかもしれない。最初から認識すらしていなかったのかもしれない。

 

 

「…………?」

 

「まお、さま。どうか、あなただけでも、あなたはわたしの……」

 

 

 最期に残された力を全て出し切り、上半身だけになったヒルカは去ろうとする魔術師の足首を掴んだ。果実すら握り潰せないその細腕で、万力のような力を込めて。絶対に離すものかと、絶対にお前を倒すと、消えることの無い意志の炎の宿った瞳で魔術師を睨みつけた。

 

「いや、邪魔」

 

 それに対して魔術師はその頭部を踏み砕いた。

 火元を踏み荒らされた意志の炎は燃え尽き、その肉体は生命から数度の痙攣を経てただの肉塊に成り下がる。

 

 持ち主が消え、崩れる迷宮から脱出するまでの短い時間。

 それが終わった時、魔術師は既に踏み砕いた頭蓋の感触すら忘れ去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ、ごふっ」

 

 溢れ出る血液を見てギロンは目を見開いた。

 有り得ないと、現実を疑っていた。滴る血液も、微笑む魔王の表情も、何もかも現実感がない。

 

 だって、こんな、これはあまりにも。

 

 

 

「魔王様、随分と……弱くなりましたわね」

 

「キミがここに来るまで『禁術』、『離散』、『極光』、『臨界』、『災連』、『木金』、『献花』の勇者と戦った。いやぁ、『切断』の勇者だけがワタシ達の障害だと思ってたけど、うん。油断したよ。カレらは強かった」

 

 それを言い終えると魔王の体は力なくギロンの体にもたれかかる。貫手でその体を抉っていたギロンは、『愛求虚空(ソリーテル・キャビテ)』を用いてその心臓から動きを奪う。完全に静止した心臓は二度と動き出すことはなく、その肉体は完全に生命活動を停止していた。

 

「偽物……ではありませんわよね?」

 

 死体を適当にバラし、色々確認してみても間違いなく本物。そもそも、なんだかんだ言ってこの魔王という存在の魅力に一度は惹かれて魔王軍に入った身であるギロンに限って間違えるはずは無い。

 

 自分が殺したこの存在、間違いなく『魔王』だ。疲弊しているとみてとりあえずで襲ってみたが、まさか殺せるだなんて思ってはいなかった。それでも魔王の心臓を己の祝福で止めたという事実だけは確かであった。

 

 

 

「…………っぅ、…………や、やったぁ〜! やりましたわ! 妾が大将首頂いちゃいましたわ〜! ひゃっほい!」

 

 

 

 ならば喜んでおこうと言うのがギロンクオリティ。

 魔王をここまで追い込み亡くなった勇者達に黙祷しつつ、弱ったところのおいしいところ取りであろうと勝負は勝負。遂に魔王へのリベンジを果たしたギロンはテンションをぶち上げてその場ではしゃぎ狂っていた。

 

「いや〜、ホシやリスカにスーイにも見せたかったですわね妾が魔王を倒す歴史的瞬間。彼が見てたらもう妾に抱いて! って勢いで飛びついてたこと間違いなしだったのに、惜しいですわ」

 

 とりあえず証拠とばかりに淡々と魔王の首を切り落とし、生首を掲げて色んな角度から確認する。

 間違いなく本物だ。せっかくなのでちょっと掲げてみたりとかもしてみる。人類の仇敵にしてこの旅の一つの目標、ギロンにとっては超えたい壁の一つだったのだ。それくらいテンションを上げてもバチは当たらないだろう。

 

「よっしゃぁ! 妾最強! 妾最強!」

 

「…………魔王様?」

 

 そんなギロンの背後に1人の少女が現れる。

 雪のような白い肌とそれとは対称的な燃えるような赤い髪。分厚いコートを纏ったその魔族が誰なのか、ギロンは瞬時に判断した。

 

「ごめんあそばせ。大将首、頂きましたわ♡」

 

「ギロン……お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 絶叫と共に大地から何本もの氷柱が迫り出してギロンを速贄のようにせんと迫るが彼女が取った選択は避けることでも迎撃することでもない。

 

 

「受けに回るのは、性にあわないんですわよっと!」

 

 

 攻撃。

 手に持っていた()()()()()を敵に向けて祝福も交えて全力で投げつけた。

 

「て、めぇ!」

 

「避けても防いでもいいですわよ。大切な魔王様のお顔がひしゃげてもいいならね?」

 

 コートの魔族は氷柱を消し去り、投げつけられた魔王の首を後ろに飛びながら受け止める。人外じみた筋力と加速効果のある祝福によって投げられたそれの破壊力は凄まじく、全力で受け流そうとした彼女ですら悲鳴をあげながら何十mを吹き飛ばされて景気よく転がされていた。

 

「っぅ……! 魔王様! 魔王様!?」

 

「どう見たって死んでいるでしょう? そんな呼び掛け誰も答えませんわよ」

 

 起き上がって魔王の首を確認するそのコートの魔族に向けて、ギロンは全力で拳を放つ。しっかりと、丁寧に魔王の頭を砕くようにしてそれごと敵を殴り付ける。魔王の首を潰す勢いで叩き込まれたその拳は、魔族の体をまたもポンポンと鞠のように吹き飛ばして行った。

 

「……はぁ? なんで生きていますの?」

 

 だと言うのに、ギロンは不満そうな顔をしていた。

 姿勢もタイミングも完璧。自分の全力の拳に祝福で加速を乗せ、受け流せないタイミングで顔面のど真ん中に突き刺す。これなら本来は吹き飛ぶのではなく顔が炸裂くらいしてもらわないとおかしいのだ。

 

 

「なんでって、あんたのその貧弱な拳じゃ、私の鼻も折れねぇからでしょ?」

 

 

 何となく、ギロンは自分の拳に目を向けた。

 右腕はパキパキと音を立てて凍りつき、その浸食は肘から上にも進んできていてそこを起点になんの比喩もなく全身の血液が冷やされて体温が急激に低下している。

 

「うわっ、キモッ」

 

 特に慌てたり驚いたりする様子はなく、ギロンは自分の右腕を千切り、それをコートの魔族に向けて投げつける。今度は彼女はそれを避けようともせず、額に当たった瞬間に投げつけられた腕の方がガラス細工のように粉々に砕け散ってしまった。

 

「妾の世界一愛らしい右腕が世界一美しい氷像になったあと、世界一綺麗な粉氷になっちまったじゃねぇですの。責任はどう取るおつもりで?」

 

「責任……責任? アンタ、よくそんなこと口にできるよね? アンタが私達にした事、忘れたの?」

 

 コートの魔族の灰色の瞳がギロンを睨みつける。そこに込められた並々ならぬ憎悪と殺意は本当に周囲の気温を低下させる程に冷たいのか、肌寒さを覚えつつギロンは記憶の糸を辿る。

 

 したこと。したことってなんだろう。

 魔王様から受けとった情報全部彼やリスカ達に横流しにしたこととか? グレイリア殺したこととか? 去り際に数人くらい不意打ちでかなり位の高い魔王軍のメンバー生首にしたこととか? 

 

 まぁその辺は別に怒られることでもないだろうし、別のことだろう。

 

「えー……? あ、さっき実は魔王様の死体の味見しちゃったこととか? 一緒に食べたかったなら言ってくれればまだ向こうに残りがありますわよ」

 

「──────ぶっ殺す」

 

 空を曇天が多い、急速な気温の低下とそれに伴い風が強くなり、視界には白色の飛来物、雪が混じってくる。

 偶然、と言えばそうとも取れるし目の前の魔族が天候を変えたと言われればそうも見える。まぁ天候を変えられるからなんだという話。空から水や氷を降らすくらいギロンだって出来てしまう。

 

「口だけ達者な輩は沢山見てきましたわ。特に魔族は口先で生き延びてきた駄獣だけあって──────遠吠えがお上手な方々(負け犬)でしたわよ」

 

「魔王軍幹部、『暴食』のラクス。マトモな脳みそ持ってないお前と話しても無駄だってわかった。裏切り者は、しっかりとぶち殺す」

 

 

 

 とりあえず触れただけで氷漬けにされた右腕のことを思い、相性最悪だからホシのいる所まで逃げてバトンタッチしようかなとギロンは止血をしながら考えていたりした。

 

 

 

 

 

 

 

 






・ヒルカ
魔王軍幹部の仲では総合的に見れば最も見劣りする存在。自分の無力さとそんな自分に価値を見出してくれた存在の気持ちを推し量り、その上で賭ける選択をできる勇者。普段のスーイ・コメーテストが最も好きなタイプの存在。特別な誰かではなく、ただ憧れた人の隣に立ちたかった者。

・異能『甲乱乙駁(コーラー・レフコス)
魔王軍幹部ヒルカの持つ異能。その効果は迷宮を作り出すというもので、空間を自由自在に作り出せるという点では非常に便利ではあるが戦闘には不向きな異能。
ヒルカはこれを狙撃場を作り出す異能として使用し、予め用意した『扉』と『目』から観測と狙撃を一方的に行う戦い方を得意としていた。ちなみに一つの場所を完全に狙撃特化に変えるには結構準備が大変。リスカ達の元になんの前触れもなくアグネを出現させたのも、彼女の異能で予め作っておいた出口から彼を出したという仕掛けで戦闘以外における利便性は非常に高い。


・スーイ
好きな子に自分だけを見ていて欲しいお年頃。

・ギロン
作中最強格のメンタルを持つ。特技は煽り行為とパンチ。自己申告では盾兵。

・従者くん
肩がすごく痛い。


好き

  • リスカ
  • ホシ
  • スーイ
  • ギロン
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