勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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すかすか見てたので突然死を刻む極位聖剣とか出てきても怒らないでください。







世界の中心

 

 

 

 

『祝福』や『異能』に序列というものは無い。それに分類される時点でどのようなものであろうと現実を覆す魔の法であるが故に、そんな愚かな真似をしようとする者は現れなかった。

 

 だが、確かにその能力群にも強弱は存在する。

 ギロンが自身の多くの経験と知識から考える中で『強い』とはっきりと言える力は3つ、そしてそのうち1つは戦闘力という訳ではなく厄介さという意味でのノティスの『夢幻抱擁(フォー・ファー)』であるため除外して残り2つ。

 

 エウレアの『融愁暗恨(マリィクス・マリアージュ)』とリスカ・カットバーンの『切断』だ。

 

 前者は視るだけで発動するという簡単な条件ながらほぼ即死に近い攻撃力を持ち、後者は本人の驚異的な思い込みの力を踏まえてであるが概念的な攻撃無効に近い防御力と防御不能の攻撃を兼ね備えている。

 

 多くの祝福や異能は触れる事が条件なものが多い。ホシが触れた死体を操るように、ギロンが触れたものから移動を奪うように。故に、そもそも触ることが出来ないという状態を作り出す力はギロンにとって非常に、厄介とか相性が悪いとかそういう訳では無いけれど、めんどくさい。

 

 

「寒っ、くっそ寒、いや寒いですわ!!!」

 

 

 周囲の気温がどんどんと下がっていくのは恐らくは魔王軍幹部『暴食』のラクスの異能の力だろう。触れただけでギロンの大事な大事な愛らしい右腕を世界一美しい氷像の右腕に変えてしまった力だ。大方、触れたものを凍らせるとか温度を下げるとか辺りだろうがまずいのはその規模だ。

 

「触れたもの、つったって限度がありましょうこれ!?」

 

「触れてんだろ、空気に」

 

 ただそこに居るだけで周囲の気温を際限なく下げ続ける。

 急いで止めなければどの道負けるが、近づけば気温の低下は急激に増して生命の活動に支障をきたす上、触れられればその時点でアウト。

 

「どうしたんだよギロン。アンタ、肉弾戦が得意って魔王様から聞いたけど、私とは殴り合わないの? それとも……もしかして、負けるのが怖いのかしら?」

 

「は? 妾がもやしコート女に負けるわけないが? テメェは絶対にミンチにしてぶっ殺してやるから覚悟してくださいまし?」

 

「やれるもんならやってみろって、言ってんだよ!」

 

「逸ってんじゃねぇ! 今方法考えてやりますから大人しく待ってろですわ!」

 

 飛来する氷柱を拳で叩き落としつつ、お返しに石を投げつけるが残念な事に地面から生えてきた氷柱に絡めとられて止まってしまう。

 動きは遅いが、異能が防御という面においては強すぎる。ギロンの『愛求虚空(ソリーテル・キャビテ)』では突破が難しい。勝つ方法として思いつくのは超遠距離からの投石を延々と続け、相手の防御の失敗を待つことくらいか。実際効果的だろうが現状ではその手法は使いにくいだろう。

 

 ちらりと、ホシのいるであろう方向に目を向ける。依然として炎と煙が立ち上り様子はあまり分からないが、恐らく向こうは向こうでこちらに援軍に来れない状況であるのは間違いない。下手に自分がここで距離を取ろうとすれば、相手に合流を許してホシと自分、それぞれが各個撃破されることになる可能性もある。いくらギロンでも、魔王軍幹部を2体同時に相手すれば間違いなく負ける。それはホシも同様だ。そして、逆にホシかリスカが助けに来てくれるという期待は持久戦が不可能な周囲の気温を考えて無し。

 

 ギロンの祝福は『高温』に関しては防ぐことが出来る。と言うよりも炎なら防げると言うのが正しいだろう。こちらに向かってくる『炎』であれば無意識にそれを『動くもの』と捉えて熱波ごと『移動』を奪って止めることが出来る。

 弱点は幾つかあるが、その一つが『低温』かつ『気温』だ。低温という概念に対して、ギロンは理由は分からないが上手く祝福を発動させることが出来ない。

 

 攻撃であれば1000度の炎であれ、絶対零度の氷柱であれ他の要素を無視して止めることが出来るのに、情けないことにただ寒いだけと言うのは対処が難しいのだ。

 

「はぁ〜……キッツ。さすがにこれはキツイですわね」

 

 ある程度知り合いになった相手はよく勘違いするのだが、ギロンは別に所謂戦闘狂(バトルジャンキー)では無い。むしろ勝てる戦いだけをすると言った方が正しいだろう。至極単純に死んでしまえば元も子もないという部分はしっかり理解しており、その上で行動する。

 だから勝てない戦はしない意外と賢い獣。けれど、退けないとなると事情が違ってくる。やらなければならない時、絶対に譲ることが出来ない戦いになった時、どうするかは既に学んでいる。

 

「命に替えても、なんて柄じゃありませんが、妾はマヌケじゃないので仕方ありませんわね」

 

「さっきからブツブツ1人で気持ち悪いんだけど。地獄でみんなに会った時の謝罪の言葉でも考えてたの?」

 

「まさか。今夜の閨での睦言を考えていましたわ。魔王を倒したともなれば彼だって同衾くらい許してくれそうですし」

 

「ッ、お前……さっさと死ね!」

 

 さてではどうしようかと、思考に集中するため足を止める。

 実のところ投げられてくる氷柱はギロンの祝福の前ではなんの意味もないため、触れたら冷たい以外は避ける理由は無いので今は避けるのを一旦やめて極限まで思考を巡らせる。

 

 ラクスは恐らく、魔王軍幹部の中で最も『若い』。戦闘経験が少なく、ノティスを除けば本人の戦闘力は最弱に近いだろう。相性の関係上絶対的不利なギロンが勝てる部分はそこだけだ。

 

「引っかけ、しかないわね」

 

 凍える異能故かラクスの動きはギロンよりも完全に遅い。加えて経験不足なら一瞬の相手の判断ミスに賭けるのが最善だ。そうなるとここで必要なのは堅実な安全策でもハイリスクハイリターンの大勝負でもない。

 

 とにかく()()()()()()()()()()()()だ。幸いにもこれは得意だ。いつもホシに「なんでこういうことするんですか? 理解できないんですけど」と一切感情のない真顔で怒られたり、スーイに「どういう思考プロセスでこの行動に至ったの?」と見たこともないくらいの真顔で質問されたり、リスカに「信じられない」と心の底から侮蔑されたりしてるので得意だと思ったけど思い返すとさすがに少し辛くなってきた。幾ら元魔王軍幹部で掌が掘削機レベルで回転しているギロンとは言え、一応四捨五入したら20歳の女の子なので同性から本気でそういう目で見られるのは堪えるものがある。

 

 そんなことを思い出して少し悲しくなりつつも、ギロンはいつから持っていたかも分からない酒を取り出して、豪快に瓶を握力で砕き中の液体を頭から被った上で魔術を使い火を起こす。

 

 

「よし、火属性付与(エンチャントファイア)

 

「えんちゃんとふぁいあ……?」

 

「あらあら、まさか魔術すら初めて見ますの? こんなの初歩の初歩の炎を起こす魔術ですわよ」

 

「いや、それエンチャントって言うか……お前なんなの? バカ?」

 

 

 めちゃくちゃ熱いがこれならついでに低温により下がった体温もどうにかなるし何より意表も突ける。問題は祝福を使うと炎が止まっちゃうので普通に燃えててクソ熱い事くらいだ。この状態ならば極低温のラクスの懐にまで近づいてもギリギリどうにかなるだろう。

 

 しかも何より意表を突ける。

 

「なんか変なこと考えてそうだから言っておくけど、奇策と言うか誰も思いつかない戦い方って、大抵先人が思いついたけどやらなかったことだからね」

 

「妾は先人には出来ぬことをいつもやり遂げてるのでセーフですわ」

 

「なら、他の人間みたく普通に凍え死ぬか、馬鹿みたいに燃え尽きるかすれば?」

 

「素敵ですわねぇ、燃えて死にかけるのは実はしたことない経験でして。是非とも妾に味わわせて欲しいですわ」

 

 祝福や異能持ちには人格破綻者が多い。強大な力を身に宿したが故に、人格というものが上手く成長しないか、あるいはその力を宿すために生物が持つ当たり前の最低限の本能を捨てたか。

 ギロンは捨てた側の存在であるが、決して狂人ではないとラクスは気がついてきた。この女は狂ったふりが異常に上手い。魔族の常套手段である心理的要素で相手を油断させるという戦法を魔族より上手く使いこなす。面倒なのがそれはそれとして実際頭もおかしいというところ。

 

 どこまでが本気でどこまでが狂気か判断がつかない。ラクスは自分の経験の薄さを理解している。だからこそ、判断がつかない相手は純粋に捻り潰す。どのようにこちらに向かってきても目の前の憎い敵をぶち殺す準備は出来ていた。

 

「……という訳で逃げますわね」

 

「は?」

 

 別に本気でそう言ったわけじゃないと思った。

 ここで『逃げ』を選択することの意味は、流石に理解しているはずだから、この戦場においてギロンもラクスも2人とも下手に逃げは使えないと。

 

 だと言うのにギロンはラクスに背を向けて、言葉を出すよりも早く全速力で走り始めていた。

 

「ちょ、おま、は!?」

 

 幾つもの思考が絶え間なくラクスの頭の中を駆け巡る。

 フェイク、にしてはあまりに速い。加速も完全に前方にかけて、体勢も急に引き返したり出来るような様子じゃない。

 方向も味方と合流することを考えている方向じゃない。意図が読めないし何より速い。一切迷いがなく振り返ることすらせず逃げている。

 

 相手に迷いがないと思えば、自分の迷いの全てが間違いのように感じてくる。

 迷いが産んだ自己嫌悪が、更に思考を絡まらせていく。

 そうして、ラクスの思考がほんの一瞬だけ止まる。どうすればいいか迷いに迷い、どの選択も間違いに感じて呼吸すら躊躇する。

 

 

 加速のために振られていたギロンの腕が、自身の大腿に触れる。

 彼女の祝福、『愛求虚空(ソリーテル・キャビテ)』は触れた物質から移動を奪い取り、停止させる。その法則に従い走り抜けていたその肉体は一瞬にして停止する。

 

 加えて、彼女の祝福は奪い取ったその移動を別の物質、方向に与えることが出来る。

 

 

「──────なるほど。予想通り幼い顔立ちですわね」

 

 ラクスに背を向けたまま。

 一切の予備動作なくギロンの肉体は弾かれるようにしてその懐へと急接近を果たしていた。あまりに物理的にありえない動き。背を向けたまま逃げていた敵が全速力で接近してくる光景に、若い魔族の思考は追いつかない。

 

 祝福と異能乱れる戦場において、未熟はあまりに隙が多すぎる。

 

「まだっ!」

 

 それでもまだ自分が有利であると、ラクスは信じていた。ギロンの攻撃では触れた傍から氷結させられて致命の一打に至る前に腕を砕かれる。

 

 

 だから一手足りない。

 その思考が鈍色の光と共に砕かれる。

 

「そういえば言ってませんでしたけど、妾ってば王族なんですわよね。それも魔王様みたいに名乗ってるだけじゃなくて本物の」

 

 いつの間にかギロンの左手に握られていたのは本当に小さな、それこそ服の下に隠すのに適したサイズのナイフだった。だが施された装飾を見ればそれが高級品であることはひと目でわかり、刀身を見れば良く手入れされて大切に扱われていることもわかる。少なくとも、武器も防具も常に使い捨てのどこかの勇者様(むらむすめ)とは違って。

 

 相手の異能がどのような形であれ低温と結びついているのならば、急激な温度低下によって破壊されないものをぶつければいい。残念ながら人体ではその条件を満たせず、遠距離からの投擲では当然注意され対処される。

 なら近づいて刺せばいいとなるが今度は下手に近づけば死ぬという問題がある。

 

 第一、低温は自らを燃やして無視する。

 第二、隙は祝福による物理法則を無視した動きと火属性付与(エンチャントファイア)で作る。

 第三、近づいてナイフで急所を一撃で刺す。とにかく速く刺して殺す。心臓の位置を確実に見抜いて、何も考えずそこに向けて刃を振るう。

 

「ギ──────」

 

「ナイフと妾が凍るのと、貴方の心臓が切り裂かれるのは果たしてどちらが早いでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギロン、アンタは私よりも何倍も、何もかも上手い。けれど」

 

 誤算があったとすれば、ラクスが魔王軍幹部であったこと。

 強大な異能を持ち、その上でそれを磨き必殺の技に昇華させた生ける災害。

 見てわかる通りの未熟者がその名を冠する理由を、ギロンは考えていなかった。

 

 

「私の方が、()()

 

 

 熱したバターのようにどろりと、ナイフの切っ先が溶け落ちた。

 何が起きたか理解はできない。だが、失敗したことだけはわかった。すぐさま手の動きを祝福を発動して止め、同時に自身の体を可能な限りラクスから離れるように移動させる。

 

「……これは」

 

 その言葉をギロンはあまり好きではなかった。恵まれて生まれ、求めて生きてきたからこそ、その言葉は誰かへの侮辱になることを知っていたし、自らが浴びてきたその言葉への不快感を思えば口にするべきではないと。

 

 だがこの生き物にはこう言うのが正しいのだと本能でわかる。

 

 

 

「流石にその異能はズルですわよ、天災女」

 

「お褒めいただき恐悦至極、天才女」

 

 

 

 極低温の花園でその女は炎を纏っていた。

 何もかも燃やし尽くす蒼色の炎。それだけの高温がありながら極低温が同時に成り立つありえない光景。

 

 ギロンがすぐにその光景を理解出来たのは、単純に彼女が()()()()()の能力を宿していたからに他ならない。

 彼女の異能は温度を奪う()()()異能ではない。ギロン・アプスブリ・イニャスの異能がそうであったように、奪ったものを有効に使う、氷と炎を操る極地の異能。

 

 

「『落火繽紛(カロス・ヴィレ)』。それがアンタを殺す異能の名前」

 

「聞いてねぇ、んですわよそっちの異能の名前なんて。寂しんぼかぁ、ってんですわ」

 

「舌が回ってないよ。死を実感して疲れた?」

 

 

 すぐさま自身を燃やしていた炎を消すが、それを行えば再び襲ってくるのは極低温。そもそもギロンは一応人間でもあるので何も用意せずに体に火をつければ火傷もする。捨て身の作戦が見事に打ち砕かれれば精神的な疲労がどっと押し寄せてくる。

 

 低温に加えて炎を操れるとなれば万が一に考えていた投擲作戦も厳しいだろうし、これは明確に詰みと言うやつだろう。

 

「アンタが強くなりたいのもわかる。アンタが努力してきたのもわかる。その上で、私は持って生まれた力だけでアンタの全てを否定する。アンタの人生の意味を全部奪い取って殺して、散っていた仲間達の手向けにしてやるッ!」

 

「……これは、ギブアップですわね」

 

 勝てる見込みがない勝負はしない。こうなってくるとギロンが次に組み立てるのは逃亡のプロセスだ。

 ただ逃げるだけならできなくもないだろうが、そうするとホシが詰む。ホシが死亡、もしくは行動不能にされるとこちらの欠損レベルの傷の治癒手段がなくなって遅かれ早かれ詰みだ。

 ならばホシの方に逃げて2VS2に持ち込むか? 相手の異能は広範囲を絶え間なく攻撃してくる。これを破れるのはリスカくらいだろう。下手に合流は纏めて処理される。

 

 

 …………逃亡もできない。こうなってくるといよいよどうしようもない。

 

 

「一つ、聞いておいてもよろしくて?」

 

「何? 今更謝罪?」

 

「えぇ。ごめんなさいですわ。謝るから命だけは勘弁してもらって、今回は手を引いてもらえませんかね?」

 

「本気で言ってんだとしたらテメェだけは絶対に許さねぇよクソアマ」

 

 

 割と本気だったが命乞いチャンスはどうやらないみたいだ。

 こういう時はどうすれば良いのだろうかと、ギロンは考えてみる。とにかく頑張って逃げる、命だけでも助かれば儲けものとして考える。今回は負けても、次に勝てばいい。

 

 

 

 さて、では問題だ。

 もしも『彼』がここにいたらどうしている? 

 

 もしも、『彼』が好きな女の子だったらどうする? 

 

 

 いいえ。

 いいえ、いいえ! そんな思考は自分らしくない。自分らしくないことをするのなんて嫌いだ、ギロン・アプスブリ・イニャスは誰よりもこの世界で自分を愛している。自分の美しさを知っている。

 

 だからこそここで問うのはただ一つ。

 

 

 お前はここでどうすれば、彼に自分がこの世界で一番『イイ女』だと、胸を張って誇れるか。

 

 

 

「仲間も守って敵も倒す。イイ女になるってのは、これは中々大変ですわね」

 

 

 強がりでもなんでもない、ただ自分がそうしたかったからそうしただけだ。片腕で拳を作り、敵を見据える。勝算は無いなら作るまで。全てを与えられた自覚があるのならばその全てを絞り尽くして可能性を生み出せ。

 

「逃げないの? なんか策を練って、私を倒そうとしないの?」

 

 表面上だけの煽りも口撃も今は必要ない。脳のリソースの全てをどのようにして勝つかにだけ捧げる。

 

「そっか、まぁ、仕方ないよね。終わりにしよう」

 

 周囲の気温低下が加速していく。その元凶であるラクスすら顔を歪める。これ本格的にやばいと全身が警鐘を鳴らし、体温が急激に下がっていく。

 血液の温かさを感じ、それが冷えていくのすら感じ、いい加減あの世ってものを理解しなければいけなくなるようなその限界ギリギリ。

 そこまで来てもギロンは世界を眺めていた。塵よりも小さいミクロの世界。そこにあるかもしれない勝利の可能性を探して最期まで目を開き続けた。

 

 

 

「────────────あ」

 

 

 

 瞬間、世界が沸騰する。

 

「え……お前、今何を……」

 

 ラクスの頬を冷や汗が伝う。

 いや、それは冷や汗ではなかった。コートを脱ぎ去ってしまいたくなるような暑さ。

 

()()……? なんで、お前の祝福は、そんな能力じゃ」

 

「……? あー、なるほどね、完全に理解しましたわこれ」

 

 ギロンが手を前に出す。その動作は、虚空に手を伸ばすと言うよりもまるで何かに触れているようだとラクスは思った。

 

 何かに、触れている。

 彼女の祝福は触れたモノを停止させる、または加速させるモノだとラクスは直観的に理解していた。そしてそれが自分と似た能力であるとも理解していた。

 

 似た能力、だ。

 

「なんか()()()()()()()()()()()()()、それが止まってたから動かしたらなんか急に暖かくなって、うっわ、なにこれ、頭痛いし、気持ち悪っ」

 

 いつの間にかギロンは目と鼻から血液を滴らせて、既に周囲の気温は寒さに震える必要も無いくらい暖かくなっているのに自慢の体躯を産まれたての子鹿のよう震わせて支えている。眼球には血が溜まり視界の一部を赤黒く染めあげ、最早最低限の生命活動すらギリギリといった様子。

 

 にも関わらず、両者ともにこの場を支配しているのはギロンだという認識を共有していた。

 

「ふはっ、いやこれすげぇですわね。世界の全部が掌の上みたいな最高の気分ですわ。今ならこの世界の全てをぶち壊せると、本気で思いますわね」

 

 重い足取り。だがその一歩はあまりに巨大。

 空気の流れの中心が変わっている。万物がギロン・アプスブリ・イニャスを中心に流動している。

 人の身には過ぎた力が本人にすら牙を剥いている。それでも笑顔を絶やさないまま、彼女はラクスへと近づいていく。

 

「何、なんなんだよお前。その力はなんだ!」

 

「知りませんわよ。でも、すごく心地いい」

 

 万物を支配下に置いて。

 万象を掌で転がして。

 

 

 その上で、彼女は望んだものを間違えない。

 世界の全ては確かに欲しい。全てを自分の支配下に起きたい。でも、そんなものよりも今は彼が欲しい。彼が思わず抱かれたくなるような、そんな女になる為に。

 

 彼に抱かれる資格があると、自分を認められるようになるために。

 

 

「我慢比べといきましょう? 妾と貴方、どちらが貪欲か」

 

「欲深さでアンタに勝てる気はしない。……でも、それ以外なら私はアンタより強い」

 

 

 それ以上言葉を交わさず、ギロンとラクスはお互いの左手で互いの首を掴む。

 気道を締める訳では無い。そんなことに意識を集中させれば一瞬で()()()()()()()

 

 祝福『愛求虚空(ソリーテル・キャビテ)』と異能『落火繽紛(カロス・ヴィレ)』が真正面から激突する。

 

 片や、あらゆる物質の()()()()からすら移動を奪い。

 片や、あらゆる物質から熱量を奪い。

 

 お互いにその奪った力を自らに還元する力。ならばお互いに全身全霊で相手から奪い、奪った分を全力で奪われた分の補填に回す。

 一秒ごとに全ての血液を抜かれては入れられを繰り返すような虚脱感。正しく命を吸われるような不快感。

 そして、接触部位だけは誤魔化せない低温による細胞の壊死。首が冷えれば流れる血潮を伝い全身が冷えていく。この時点でこの勝負は実力も才能も何も関係の無い、どちらの方が死ぬ直前まで死ぬ気で敵を殺せるかだけの勝負になる。

 

 

 

 

 

 確証はないけれど、ギロンは勝利を確信した。

 だって、いつも自分はこの貪欲(きもち)に全身全霊を捧げているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







・ギロン
戦闘スタイルは素手と投石という原人よりも原始的に見えて1番道具に頼る頭脳派ゴリラ。肌に触れたものから移動を奪うことで磁石みたいにくっ付けて服の下に色々隠せて便利。なんでコイツが盾兵を名乗っているのかはスーイくらいしか知らない。ホシはドMだからだと思ってる。

なんか小さいの見えるようになった。


・ラクス
魔王軍幹部。『暴食』の名を賜ったが食は細い。魔王軍幹部の末っ子ポジション。生まれた時に何もかも完成しきった暴力装置。


・異能『落火繽紛(カロス・ヴィレ)
触れた物質から温度を奪い、その温度を炎という形で放出可能にする異能。その性質から歩き回るだけで戦場を極地に変更し敵陣を壊滅させる。技術も応用もいらない、起動するだけで何もかもを破壊する純粋無垢な暴力装置。その分精密な操作は苦手。


・祝福『愛求虚空(ソリーテル・キャビテ)
貪欲の体現。世界の全てを支配下に置く祝福や異能の枠組みを超えた権能の片鱗。万物から移ろいの権利を奪う神獣の顎。





魔術について

・リスカ
天才なのでだいたいなんでも出来る。そもそも本来そっち方面の研究職志望だったので意外と詳しいし、スーイから教わってる。炎、風系統が適性。

・ホシ
神官の使う魔術は少し仕組みが違うので一概に言えないが苦手。ぶっちゃけ何やるにしても異能が便利過ぎてそっちで代用する方が早いとなる。そうするとかなりスーイが苦い顔をするので一応勉強しているがそもそも勉強が苦手。適性は土系統だがめちゃくちゃに不満。

・スーイ
最高の魔術師の一番弟子(自己申告)。

・ギロン
実はリスカよりも上手く使えるしなんなら知識も豊富。本人の祝福の性質上、高速で相手に触りに行くことが戦法になるので使う機会が少ない。こういうところで育ちの良さ出されても腹立つだけとホシが言ってた。炎、水系統が適性。

・従者くん
そもそも才能無い。帰れ。



好き

  • リスカ
  • ホシ
  • スーイ
  • ギロン

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