勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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4話も放っておかれた久々のホシ。






エンをキル

 

 

 

 

 

「交渉って……どういうことですか?」

 

「隠さなくても良い。お前が魔族であることは既にわかっている。その上で、交渉だ」

 

「何を交渉したいんですか? お仲間の肉人形なら幾らでも作ってあげ」

 

 言い終える前に炎を纏った足で腹部を蹴飛ばされ、ホシの体は小石みたいに地面を二、三度跳ねて木に叩きつけられる。

 

「ゲホッ……!?」

 

 思わず()()()()()()()、ホシはアグネの顔を睨みつける。

 

「痛みを思い出したか外道。こちらもお前の行いには憤慨している。下手な事を言えば魂ごと灰にする」

 

 呼吸の真似事をして痛みを落ち着かせる。手足は未だに上手く力が入らないどころか段々と感覚は遠のいていく。自分の体を動かすエネルギーが根こそぎ奪われてしまうかのような感覚だ。

 残念ながら打つ手はない。ここは話を聞くのが賢明だろう。リスカでもスーイでもギロンでも、誰かが来るまで時間を稼ぐ。

 

「端的に言おう。魔王軍に来い」

 

「脳細胞燃え尽きてるんですがァッ!? ぐぅ……ぁぁ、いっ、……づぅ……」

 

 思わず出てしまった言葉のせいで炎の槍で掌を貫かれ、久方ぶりの激痛に思わず見た目だけの涙を流し悲鳴を上げる。焼けるようなこの痛みはただの痛みではないが、何なのかはまだ分からない。

 

「お前の異能、最悪な力であるがその力を魔王様は高く評価している」

 

「言っておきますけど……貴方達のお仲間を殺した勇者様の仲間ですよ私。それに、私が居なければ彼らの死にもそれなりに意味があったのに、私はそれを全て塗りつぶしました」

 

「らしいな。正直、我としてはこの場でお前を串刺しにして殺してやりたいが……魔王様の命令だ。どうする?」

 

「さっき魔王は周りの者は殺せって言ってたって言いましたよね?」

 

「より正確に言うとギロン・アプスブリ・イニャスは絶対に殺しておけ、精霊(エルフ)はヒルカが失敗したなら無視だ。特にあの女(ギロン)は生かしておいても誰の得にもならない。我欲が強すぎる。アレを組織や集団に縛ることは不可能だ」

 

「全くもってその通りですけど言い方酷くないです? アイツでもさすがに泣きますよ? それに、ああ見えて意外と誰かに歩幅合わせるのが上手いんですよあの子」

 

 肉体を修復できる祝福や異能持ちというものは意外と少ない。特に欠損レベルの怪我となれば、スーイと同じレベルの魔術師でも難しく、それを成す奇跡は数少ない。

 手足を失うというのは当然ながら戦闘に大きく影響する。ならば、失った手足を戻す手段を持つホシを魔王が欲しがるのも納得出来る。

 

「……まぁ、いいですよ。別に私あの勇者様達にそこまで思い入れがあるわけじゃありませんし?」

 

「呆気なく仲間を裏切る、ということか?」

 

「そんなんじゃないですよ〜。軽い気持ちで手を貸したはいいけど、思ったよりも強くて下手に裏切ったら殺されちゃうなって。ちょうど抜ける機会を探っていたのでこの提案はとても嬉しいです」

 

 心にもないことを言うのはホシの得意技だ。たとえそれが嘘であるとわかっていても、勧誘をしてきたのが向こう側である以上はどうあれこの場では殺されないだろう。殺されたとしても、そうなるなら最初から生き残る手段はない。最善手ではないにしろ安牌だ。自分を助けなければ体の一部を失うことになる以上、リスカとギロンは何がなんでも助けに来るだろうし、とりあえずはそれで時間を稼がせてもらおう。

 

「ほら、抵抗出来ませんしさっさと魔王のところに連れてってくださいよ。そうでなくても勧誘相手をいつまでも地面に寝転がせて置くのは酷くないですか?」

 

「まだ信用は出来ん。しばらくはそのままで居てもらおう。それに、交渉はこれから始まるからな」

 

「はぁ? 手を貸すって言ってるんだからもう終わりでしょう?」

 

 

「魔王様からの言伝だ。お前が協力するならば、お前が望む()()()()()()()()()()()をお前に自由にさせる。決してその者には手を出さないと約束しよう」

 

 

 心の底からホシは恐怖した。ホシは魔王という存在を今の『前代』すら知っているが、直接会ったことはない。だからその人格というものはギロンの口から聞いた内容からしか推測出来ない。

 

 だからこそ恐ろしい。会ったこともない相手がなぜ心の内を読んだかのような、そんな協力しない理由が無くなるような案をホシに突き出せるのか。

 

「は、はは、何言ってるんですか。魔王軍は人間を皆殺しにするんでしょう?」

 

「そのようなつもりは無い。少なくとも抵抗できなくなる程度には数を減らすが、根絶やしになぞするものか。仇敵とは言え我らから見れば餌でもあるのだからな。それに、人の力は数と積み重ねてきた知識だ。個体一つでどうにかできる力はない。祝福もないとなれば余計にな」

 

 怖い。完全に思考を見透かされている。もしも魔王と顔を合わせれば、自分すら自覚していない欲望を指摘されてあっさり与してしまうのではないかと考えてしまうくらいに。

 

「それと、これも魔王様にホットシート・イェローマムに言っておけと言われたことだ。『こちらにはキミを殺す手段がある』とな」

 

「そう、ですか。それは、魅力的な話ですね」

 

 

 どうしよう。

 本気で寝返ろうかなと、ホシは考えていた。

 

 このままでは絶対に殺される。死にたいとは思っていたけどこんな雑な最期は嫌だし、何よりホシとしてもどうせ殺してもらうのなら彼に殺してもらいたい。

 この魔族が嘘を吐いてる可能性も、魔王とやらが口からでまかせを言ってる可能性だってある。その上で、あまりに魅力的な提案であることは間違いなかった。

 

 別にホシは聖人でもなんでもないただの死体だ。ぶっちゃけ彼以外の人間なんてどうでもいいし、彼が一緒にいてくれて、いつか自分を殺してくれるなら世界なんてどうなっても構わない。他の生き物なんて勝手にくたばってくれて結構だ。

 頭の中に浮かぶ仲間と呼んでいた者達の顔が、どんどんと色褪せていく。自分の欲望とその他の命を天秤にかけた時、どちらに傾くかなんて決まっている。

 

 そもそもこの場においてホシに選択の権利はない。ここで頷かなければどの道殺される。なら頷くのが当たり前じゃないか。決してこれは卑しい選択なんかじゃない。

 

 

「では、まずリスカ・カットバーンだ。あの女を無力化して連れてこい。殺せるならばそうしろ」

 

「何言ってるんですか、私が、あの勇者をどうにかできるとでも?」

 

「ベルティオならば手足の一本、いや二本は最低でも持っていく。あの女が五体満足な理由はお前であろう。ホットシート・イェローマム」

 

 

 ふざけんなよ。読心系の異能持ちでもいるのかよと言いたくなる。ここまで面白いくらいにこちらの考えが読まれていると逆に清々しい。

 どうする、どうする? リスカの手足を補填しているのは間違いなく自分だ。その気になれば、激痛で意識を奪った上で無防備なリスカを連れてくることが出来る。そうすれば自分と彼は助かる。彼、そう彼が助かる。考えるまでもない。きっとリスカだって自分と彼を天秤にかけたならあの子は迷うだろうけど最終的に彼を選ぶ。そういう子だ。

 スーイだって、ギロンだってそうする。たった1人、だ。殺した人間の数なんて覚えていない。彼以外の人間なんて、魔族なんて全部道具だ。他の全部を冒涜してでも、ホシは彼と共に生きて、彼と共に死にたい。

 

 たかが人間1人殺すのがなんだ。

 人間なんてみんな滅んでもいい。アイツらのせいで2000年も酷い悪夢を見続けた。魔族だって同族嫌悪で好きじゃないけど、人間は自分に滅ぼされても文句は言えないことをしてきた。

 

 だから、こんな選択をするのは当たり前だ。

 

 

「……わかった。連れてくる。あの子の四肢は私の異能で補填してます。幾ら切断の勇者様でも、四肢がなければアンタには勝てないでしょう?」

 

「では、連れてこい。ほんの少しだけ体が動くようにしてやる。行け」

 

 

 動かなくなっていた体の感覚が少しだけ戻ってくる。酔っ払いみたいに覚束無い足取りで立ち上がったホシは、呼吸を整えてからアグネに背を向けて、リスカの元へと足を進めようと。

 

 

 

「──────お断りですッ!」

 

 

 髪の毛を刃に変えてアグネへと向ける。

 残っているエネルギーの全てを振り絞って、その首を断ち切る為に振る。届け、届けと存在しもしない神にまで祈って、その一撃は放たれた。

 

「そうか。……最期の言葉は、それでいいか?」

 

 向けた刃はアグネが体から出した炎で呆気なく溶かされ、その炎がホシの髪の毛に燃え広がると共に再び体から力が抜け落ちてその場にだらしなく倒れ込む。

 今度はもう遠慮なんてないようで、全身の筋肉が弛緩したみたいに倒れて上手く口も動かせず垂れた舌と唾液が乾いた土を湿らせた。

 

「あ……ぅ、ぁ」

 

「決して賢い選択ではなかった。だが、仲間を売らなかったその姿勢にのみは敬意を表する。このまま魂が燃え尽きるのを待たず、一撃で葬ってやろう」

 

 なんて馬鹿なことをしたんだろうと本気で後悔していた。

 今からでも逃げようと手足に力を込めるけれど、せいぜい舌足らずな言葉が漏れるだけで芋虫程度にも動けやしない。

 

 本当に本当に馬鹿だ。自分さえ良ければそれで良かったのに、他の奴らのことなんてどうでもいいのに、彼以外なんて生き物とすら思わないようにしてたのに。

 

 

 いつの間にか。

 あのパーティのみんながホットシート・イェローマムの人生にとってなくてはならない存在になってしまっていた。

 

 もうホシは彼女達を捨てる選択ができない。その選択をした瞬間、もう『人生』を良かったと言って締めくくることが出来なくなる。だからそれは絶対に選べない。

 

「でも、これもさいあく、ですね……」

 

 こんなところで、道半ばで誰も傍にいないところで寂しく死ぬのは決して良い終わりとは言えないだろう。2000年の旅路の果てがこれなんて、正直文句を言いたくなる。

 

 でも、そこに後悔はなかった。

 ここでこの選択を出来たこと。それ自体が良かったのだと、後悔はあれど胸を張って。ホシは彼に笑って逝く事が出来る。

 

 

 

 ごめんなさい、待ってるって言ったのに、どうやら私の方が先に行ってしまうみたいです。

 

 

 

 

 輝かしい劇に幕を下ろすように、名残惜しくもホシはその瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となく、このままじゃだめなんだろうなとはわかっていた。

 きっとみんな必死に戦ってるのに自分だけこんな風に縮こまって震えてるのなんてダメだってわかっている。

 

 別に自分は勇敢な人間なんかじゃない。

 リスカ・カットバーンは早熟な子だったから、その事には割と早く気がついた。痛いのも苦しいのも嫌いだし、好きじゃないことには大して努力も出来ない。

 ここまで頑張れたのだって奇跡みたいなものだった。本当はずっともう無理だって叫びたかった、助けてって言いたかった、誰か代わってと投げ出してしまいたかった。

 

 それでも、私は勇者だからと。

 そうじゃないと、彼の隣に立っていられないからと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、過ぎた望みかなと思ったこともあった。でもそれが私にとって本当に全ての願いだったんだ。

 

 そんなに裕福でなくてもいいから、生活に困らないくらいにしっかりお金を稼いで。贅沢なんてしなくていいから出来るだけ二人一緒の時間を沢山取って。子供は沢山いても、一人もいなくてもいいけれど本音を言うなら男の子と女の子が一人ずつ。どっちも君に似てくれると嬉しいなって。

 

 そんな未来を想像していた。

 そんな未来がどんどん膨らんでいった。

 

 多分ホシはなんだかんだ言いながらよく顔を出してくれるだろうし、スーイなんて明らかに子ども好きそうだし、ギロンは……あんまり子どもに会わせたくないなとも思っちゃったりするけれど、それでもまぁたまにみんなで顔を合わせて、旅の話を思い出として語れる未来が欲しくなってしまっていたんだ。

 

 傷一つない肌を君に見てもらいたくて。

 戦ってる勇姿なんかより、着飾った姿を見てもらいたくて。

 世界で唯一の勇者なんかよりも、どこにでもいる女の子になりたくて。

 

 

 

 

 でも、その願いは全て間違っている。

 私は勇者。魔王を倒す為に祝福を授かった人類の希望。ささやかな願いの全てを捨てて、魔を切り裂く刃となることを誓った者。

 彼の隣に立つために選んだその道は、彼の隣に立つことを諦めることに他ならなかった。そんな矛盾に気がつけないほど、私は愚かな少女だった。

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですかリスカ、急に立ち止まるなんて何かありましたか?」

 

 ちょっと怒ったように、ホシが足を止めてこちらを見ている。不機嫌そうに、それでいて心配そうにただじっとこちらを見ている。言いたいことがあるならちゃんと口に出せと言うみたいに。

 

 

「どこか痛いのかな? なら少し休んでいくべきだとは思うけど、休んだらその分走らなきゃね」

 

 心配した様子こそあれど、いつもの調子で薄ら笑いと共に厳しいことを言っているスーイは楽しそうで。

 

 

「どうしましたー? 早く来ないと置いていきますわよ?」

 

 気の抜けた、興味のなさそうな声はギロンのものだ。そんな風なことを言いながら彼女はしっかりと足を止め、振り返るだけではなく体をこちらに向けて私が歩き出すのを待っている。

 

 

 最初はみんな嫌いだった。

 だってどいつもこいつも揃って自己中だし、性格悪いし、うるさいし、デカいし、面倒だし、すぐに嫌なこと言ってくるし。

 でも、ホシと彼以外誰も私を子供みたいに扱って慰めてくれはしなかった。スーイと彼以外誰も私に何かを教えてくれはしなかった。ギロンと彼以外誰も私と同じ目線で物を見ようとはしてくれなかった。

 

 案外、私はこの生活を気に入っていて。そして傍にいてくれるどうしようもない化け物達のことが好きだったらしい。

 大切なものが増えるのは大変だけれど、幸いにも私は勇者だ。

 

 

 

 

「──────リスカ。大丈夫か?」

 

 

 

 だから、泣くのは終わりだ。

 本当に為したいことを定めて、それ以外の全てを捨てろ。幸せな夢を見る余裕なんか残されてはいない。

 

 刃を向けるのは、有り得たかもしれない未来。その全てへの繋がりを、ここまで結んできた縁を断ち切る。それが弱さとの決別であり、勇者としての覚悟。

 

 リスカ・カットバーンの全てを捧げて、ここに一人の『切断の勇者』を生み出すこと。それが、どこにでもいる村娘が背負った使命。

 

 

「ありがとう、私を助けようとしてくれて」

 

 

 大好きな人が差しのべてくれた手に別れを告げる。

 それは彼女にとって、世界(みんな)を守る為に一つの世界を捨てる決断。

 

 どこにでもいる普通の女の子が、大好きなモノを守る為に選んだ、どこにでもある普通の自己犠牲なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リス、カ……なんですか?」

 

 炎を断ち切り現れた少女は、リスカ・カットバーンにそっくりだった。

 顔立ちも、体型も、匂いも何もかもその少女は同じなのに、決定的に何かが違う。

 

「……怪我してる。下がってて」

 

「え、いやからだ、うごか……ぶえっ!?」

 

 腕を掴まれたホシの体が雑に投げ飛ばされる。

 そうしてホシを庇うようにして、勇者はアグネと向かい合っていた。

 

「貴様がリスカ・カットバーンか」

 

「……お前は、……いや、誰でもいいか。どうせここで殺す」

 

「ああ、魔王軍幹部、『灼熱大公』アグネ。仲間の仇、討たせてもらおう」

 

 間合いは槍の有利な間合い。だが両者の身体能力を考えればそれは無いも同然の距離である。

 

 ……だが、この距離における優位性はアグネにある。それをホシは必死に口に出そうとしていた。

 

「行くぞ」

 

「…………」

 

 アグネの炎は所持品に触れた時点で終わりだ。その炎が繋がりから魂を焼き、相手を殺す。幾ら勇者が『切断』で防ごうとも、衣服でも何でも燃やされればその時点で詰みに近づく。

 

「り、すか……ほのおに……」

 

「大丈夫、ありがとう」

 

 ホシの言葉を遮って、勇者はそう口にした。

 にっこりと笑って、血のように濁った赤の瞳の奥に敵だけを捉えて。それでも確かにホシを見て笑って、炎に向き合った。

 

 

「燃え尽きろ、『切断』の勇者!」

 

 

 火山の噴火のように炎が押し寄せる。

 これがアグネの本気、自分との戦いは本当に手加減していたのだとホシは改めて力の差を思い知る。逃げ場はない、間に合わない。勇者も自分もこの熱波で消し飛ばされる、吹き飛ばされる。それだけがこの後に起きる結果なのだと理屈よりも本能が叩き出す。

 

「大丈夫、この炎は届かない」

 

 そうして炎が押し寄せる中で、勇者はただ虚空に刃を振るった。

 なんの意味もないようなその行為で、ホシは現実が切り刻まれるのを目にした。

 

「ぇ……?」

 

 炎が来ない。熱も風も、ホシと勇者に届かない。まるで見えない壁に遮られているかのように、彼女達に到達する前に止まってしまっている。まるで()()()()()()()()()()()()()みたいに、勇者の目の前で炎が行き先を見失って燻っていた。

 

「空間を切ったの。繋がってない場所には、さすがに辿り着けないみたいだね」

 

「は、はぁ!?」

 

 何となく、どういう理屈かは理解が出来た。『切断』の祝福はあらゆるものを文字通りに『切断』する力。その力の応用で空間を切断して物理的に炎が来るのを止めているのだろう。

 理屈で理解出来てもそうそう認められるようなものでは無い。あんまりにもデタラメなその光景を見て、ホシは改めてこの少女が『勇者』に選ばれた逸材であることを思い出した。

 

「どういうことだ……? 我が炎を、無傷で?」

 

 炎の波が消え、視界が晴れた向こうではアグネが驚愕を瞳に浮かべながらも己の手で確実に殺さんと槍を構え直し、それを見て勇者は手にしていた剣を腰に差してホシの方に手を伸ばした。

 

「貴方、多分剣とか作れるよね?」

 

「だから、いまからだ、うごかな……」

 

「出してくれないと、私達2人とも死ぬ」

 

「……わがまま」

 

 何とか体を練り直して、ホシは一振の剣を作る。

 生憎、ホシはその少女の体のことならば本人よりも知っている。重さも形も何もかも、勇者の為の剣を即興で作り出す。

 

「うん、ありがとう。良い剣ね。きっと貴方は……」

 

 何か言おうとして、その言葉を飲み込んで勇者は死地に足を踏み入れた。

 アグネの炎は触れれば終わり。だが触れるだけで終わる相手ならば既に勇者は経験している。それどころか視るだけで終わりにしてくる相手とすら戦っている。

 問題はその槍の突きの鋭さ。触れるよりも、視るよりもこの一閃は鋭く迅いのだと間合いに踏み込んでから気が付いた。回避や防御は間に合わない。貫かれることは無いにしろ炎に触れる事にはなる。

 

 ならばと、勇者は左手を前に出す。そうして、かろうじて捉えることの出来た槍の軌道に合わせて左手を全力で押し当てた。

 

「……ッ」

 

「魂を焼け、『千紫蛮紅(カロス・コキノ)』!」

 

 熱であろうがなんであろうが本来なら『切断』の前では干渉出来ないはずだが左腕に焼け付く痛みが迸る。同時に、全身から体を動かす力そのものが削り取られ、大地を踏みしめることも剣を握ることも出来なくなって倒れそうになる。

 

 この異能の炎が焼いているモノに、勇者は気がついた。

 魂だ。形のないソレは幾ら『切断』でも斬れないと定義することが出来ない。変なところで現実的な彼女は、そんなものの存在を考えていなかったからだ。

 分かりやすく認識し直すならば意識と言ったところだろう。物事を思考する力を焼く。焼いて、灰にしてしまえば思考を失ったそれは死ぬことと何ら変わりは無い。しかも、火力によってはほんの僅かに触れただけでこれとは。

 

 

 けれど、もう何も問題ではない。

 魂というモノがこの世界に『在る』ならば。勇者の魂は何人たりとも切り裂くことは叶わない。

 

 

「貴様、我が炎を受けて何故ッ!」

 

「勇者、だから」

 

 

 腕にも脚にも力が戻ってくる訳では無い。これ以上魂が『切断』されないだけで焼かれた痛みもあるし感覚も戻らない。

 だが進む。力がいつもより入らないのならいつもの数倍力を込めろ。勇者はこの程度では止められない。そう思えば、思っただけの力が湧いてくる。

 

 

 一撃必殺の異能の癖に、アグネの防御行動は速い。このままでは致命傷を与えられない。力が上手く入らないから、逃げられるかもしれない。

 殺せないなら、別のものを断ち切る他ないだろう。意識を集中させて、本来ならば捉えられない何かを視界に映す。

 

 

 

 

 

 それは神すら断ち切らんと願った、泡と消えた少女の祈り。

 魔を打ち倒すために天より与えられた、勇者の為の祝福の名。

 

 

 

神断祈泡(セレネ・へスペリス)

 

 

 

 勇者の刃がアグネの脇腹を貫く。

 相当な傷であるが、致命傷では無い。相手もそれをわかっていて身を引きながらその手から炎を……

 

「……炎が、出な」

 

 一瞬動揺して動きが止まった。その刹那に勇者はアグネに蹴りを叩き込む。

 上手く受け流されて『切断』は出来なかったが、少女とは思えない脚力から放たれた蹴りは自身の倍近い体躯の魔族の肉体を小石のように蹴り飛ばして視界から失せさせた。

 

「ふぅ、何とかなった」

 

「何とかって……アイツ殺せてませんよ! 逃げられたらリスカはともかく私が……ってアレ?」

 

 すぐに追うように促そうと、ホシは立ち上がっていた。

 先程までは喋るために顎と喉に力を込めることすら難しかった体は当たり前のように立ち上がり、指先もしっかり動き、体を変形させて鎌や網を作り出すこともいつも通りできる。

 

「リスカ、何をしたんですか?」

 

「切った。それだけ。あの魔族の異能は、もうこの世に無いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






・リスカ・カットバーン
ただ誰よりも才能のあったどこにでもいる、少しだけ気弱な普通の女の子。大切なモノの為に全てを賭けられる当たり前で尊い精神を持っていた。

・祝福『神断祈泡(セレネ・へスペリス)
リスカ・カットバーンの祝福『切断』の真の力。あらゆる物質を切断する本来の力に加え、祝福や異能と言った概念そのものを断ち切り、相手から永続的にその力を消滅させる制定の理。この世の原理を乱す魔の法を断ち切り、あるべき世界に戻す勇者に相応しい祝福。


・異能『千紫蛮紅(カロス・コキノ)
魂を焼く業火。燃やした物質、またはその所有者の『魂』を燃やす炎を出す異能。炎が効かない者であろうと、その所有物から魂を辿り、灰にする。相手にもよるが、一度でも炎を受ければ数時間で魂を完全に失い死亡する。槍として出した炎は特にこの性質が強く、かすりでもすれば立っていることすら難しくなる火力。その上、純粋な炎熱としても非常に高い火力を備えている。

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