勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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おまたせしました。






この鼓動を追い越して

 

 

 

 

 

 

 

 既に仲間はもう誰もいない。

 エウレア、ベルティオ、グレイリア、ノティス、アグネ、ヒルカ、ラクス。それからラン、ミズ、アンデス、グリムラ、スマイ、ルルディ、レニヨン……。

 数え切れない数の仲間を失った。それでも、魔王はこうして立っている。

 

 誰の名前も忘れたことは無い。誰の顔も忘れたことは無い。こうして思い返せば、出会った日のことから最後に会った時のことまで全て思い出せる。

 好きだったもの、話し方、匂い、口癖。何もかも忘れない。忘れられない。忘れることは許されない。散っていった彼らの為にも、決して引き返すことは許されない。

 

「追い詰めたのはワタシだ。王手をかけたのは、ワタシだ」

 

 そんなこと口に出すまでもない。

 でも、音にしなければそうは思い込めなかった。

 

 こめかみに苛立ちが浮き出る。なんで、勝っているはずの自分がこんなにも、心を乱されている。

 どれだけ失っても、心はずっと一緒だと信じていた。そう信じて、そう言われてきたからこそ前に進めた。そうでもなければとっくの昔に心が折れてぐちゃぐちゃに泣いて座り込んで自分で首を掻っ切ってる。

 

 

 視線の先、赤い髪の少女の目にはもう魔王の姿は映っていない。

 彼女が見ているのは、傍らに立つ仲間と寄り添う従者だけ。既にその目は勇者のモノではなく、どこにでもいるただの女の子のもの。

 

 だからもう負ける要素はない。

 魔王はその安心感からか、それとも別の何かからか。久方ぶりに思ったことをそのまま口にした。

 

 

 

「……羨ましいなぁ」

 

 

 

 

 そう口にした事実ごと切り裂くように、魔王は万物を『切断』する一閃を放とうとした時、突然地面から煙が巻き上がり敵の姿が視界から消え失せた。

 

「っしゃ! スーイナイスですわよ〜」

 

「声出したら意味無いでしょ。ほら、さっさと作戦通りに散らばって」

 

 ドタドタと、仮にも魔王軍幹部を倒した人間のものとは思えない相手に居場所を知らせるかのような足音。かと言ってこれも陽動の可能性がある以上、魔王は落ち着いて敵の出方を伺う。

 晴れない土煙はほぼ間違いなく視界の撹乱が目的。魔王の持つ異能のうち、視認が発動条件のものは単純に見えなければ封じられる。

 

 もちろん、この間に逃げることだって考えられる。だが魔王は敢えて待つことにした。

 逃げに徹するならば、いつか追いつくにしろ彼女達の能力は非常に強力な代物だ。つまり、仕留めることは容易ではない。

 だがここまで魔王軍の長として、魔王軍幹部のほとんどを倒した彼女達の戦い方を知って、ここで逃げない事はよくわかっている。

 

 だから、待つ。

 

 

「そうだろう? 特にこういう時、キミが切り込んでくるだろうねギロン」

 

「さすが、妾の事をよく知ってますわね」

 

 ギロンが何かを振り下ろし、魔王はそれを剣で受ける。

 既に『神断祈泡(セレネ・へスペリス)』の力を己のモノとした魔王にとって、剣は最大の武器であり盾となる。ギロンの持つ祝福では、魔王の剣とは鍔迫り合いすら起きはしない。

 

「とか、柄にもなく油断してませんこと?」

 

「っ、!?」

 

 腕に衝撃が走り、魔王の体が僅かに地面に沈み込む。

 ギロンが振るった『何か』は魔王の剣によって切断されることなく、振り下ろした威力をそのまま魔王に叩きつけ鍔迫り合いを起こしている。

 

 ギロンの祝福はあくまで物体の『移動』を操るモノ。それも触れたモノという条件がある以上、『切断』を防げるような代物では無いはず。

 ならば振るったモノに特別性がある。魔王はあくまで冷静に、ギロンが振るった何かを確かめる。

 

 

「…………その、どうも」

 

「…………は?」

 

 

 突然魔王は一人の人間の青年と目が合った。

 武器を確認したはずなのに、なんで彼と目が合うのか。その現実を理解するのにさすがの魔王でも一瞬の時間が必要だった。

 

「……仲間を、武器にしてるの?」

 

「これが妾達の絆の力ですわ!!!」

 

「いや俺いいって一言も言ってないんだけど?」

 

「愛の力ですわ!!!」

 

「サラッと格上げするな」

 

 こんな形になるとは思わなかったが、魔王は一つの確信を得た。

 勇者の持つ『勇者は斬れない』という強固な認識及び、それによる概念的防御。その加護を今持つのは、自らを勇者と定義出来なくなったリスカ・カットバーンではない。

 ならば、今この世で最も盾として有用な存在は間違いなく『勇者()』である。理屈の上ではギロンの行動は理解はできる。

 

 

 それはそれとして先程までいい感じの雰囲気だった仲間を、ノータイムで武器として振るえるのは頭がおかしいし、心底気分が悪かった。

 

「惚れた男を武器にするなんて、ワタシの目に狂いがなかったことが改めて確信できたよ。キミに普通の社会に居場所なんてない」

 

「褒め言葉として受け取っておきましょう。それに、残念ながら妾はもう既に永久就職先を見つけましたので……こんな私を許してくれる人の下で……」

 

「一応言っておくけど俺は許してな」

 

「喰らえ愛の合体攻撃!」

 

 愛の合体攻撃と言うにはあまりに一方的過ぎるぶん回し攻撃から距離を取り、魔王は大きく息を吐く。

 ふざけている訳では無い。ギロンという女はこういう人間と言うだけであり、彼女なりに真面目に考えた結果がこれだとわかっている。

 

 普段はわかっていることにここまで囚われる性格ではない。自分でそれがわかっているのに、魔王は沸き立つ不快感を抑えきれずにこめかみに浮かぶ血管の感覚を感じ取る。

 

「あらあら、もしかして妾達のラブラブっぷりが羨ましいんですの?」

 

「いや、普通にカレが可哀想だなって……」

 

「負け惜しみなんてしてないで、悔しがってもいいんですわよ? ──────仲間のいなくなった貴方には、もう出来ないことなんですから」

 

「愛した男がいるなら守ることをオススメするよ。カレが弱いなら尚更ね」

 

 何も魔王の攻撃は『切断』だけではない。彼女は単身で『魔王軍』になり得る存在。その身に宿した異能の数は、小規模なものから単体で都市を滅ぼせるものまで合わせれば100を超え、その全てが玉石混交ではなく現実の法則を犯す正しく『異能』である。

 

「『空空縛縛(イミテンション)』」

 

「…………あ」

 

 視認した二つの物質の位置を入れ替える異能。その力を使えば、ギロンが武器のように振り回す彼を己の手の内に移動するのは容易いことである。

 いつの間にか足首を魔王に掴まれて地面に転がされていた彼は、また魔王と目が合って気まずそうに目を逸らしながらギロンの方に視線を向ける。

 

「………………」

 

「………………返していただけたりします?」

 

「おいギロン。化けてでるからな」

 

「てへ」

 

「てへじゃねぇよ。ほんと何やってんの? 俺このままじゃ殺されちゃうよ?」

 

「調子狂うなぁ。まぁいいけど」

 

 ギロンが馬鹿なのは知っているが、かと言ってそれが手加減する理由にもならない。幾ら今の彼があらゆる『切断』が効かないからと言っても、魔王の持つ異能はそれこそ100を超える。その中には切断に頼らず相手を殺す手段も当然あり、特に直接手で触れてしまえるならば方法は飛躍的に増加する。

 

「…………なんて、当然そうなった時の対策くらいしてますわよ! スーイ!」

 

 その声と共に、彼の体に発光する紋様が浮かび上がる。

 複雑に刻み込まれた魔術陣。魔王が一目見ただけでは効果が分からない程のものをいつ仕込んだのか、とにかく一応魔王が彼から手を離すと同時に、その現象は起きた。

 

「は?」

 

「え?」

 

 爆発だった。

 体に刻まれた紋様を起点に、激しい熱と風の奔流が魔王と彼を呑み込んだのだ。

 当然、一瞬前まで彼を掴んでいた魔王はその爆発に巻き込まれる。熱と風によって肉体が傷つくのは止められても、純粋なエネルギーによって体が吹き飛ばされるのは止めることは出来ない。

 爆煙で視界が遮られ、自分が何処まで吹き飛ばされたかも判断できない状況で魔王はそれでも冷静に思考を回そうとする。

 

 そして気付く。

 また彼、武器みたいに扱われていなかった? 

 

 いや武器どころか今度は爆弾だ。使い捨てにランクダウンしているまである。

 幾ら今の彼が『勇者』の加護を得てあらゆる切断を無効化する状態にあるからと言って、さすがにあの扱いは敵ながら魔王も同情してしまう。

 

 同情、という単語を頭に浮かべた事を恥じるように魔王は一度深呼吸をした。ギロンもスーイも、彼も今の魔王にとっては気にしなくてもいい存在だ。彼女達では魔王を殺すことが出来ない。だからこんな巫山戯た行動で撹乱し、冷静さを失わせようとしている。

 

 

「そうだろう? 魔王(ワタシ)を殺すとしたら、それは勇者であるキミ以外他にいないんだから」

 

 

 爆煙と砂煙が晴れた先に立っていたのは1人の少女だった。

 一体いつそんな時間があったのか、美しいドレスは脱ぎ捨てられ素朴で飾り気のない簡素な服に最低限の鎧。そもそも肉体が傷つくことの無い祝福を持つ人間に多く見られるような装備。

 

 燃えるような赤髪を風に靡かせながら、リスカ・カットバーンは魔王へと斬り掛かる。

 魔王とリスカの剣はぶつかり合い、拮抗する。あらゆる物質を『切断』する同質の能力がぶつかり合った矛盾。汽笛のような低く重い音が響き渡り、リスカと魔王の腕の皮膚が僅かに裂ける。

 

「『金剛不穢(オンリ・ジンギ)』がある手前、ワタシの方が有利かと思ったんだけどね」

 

 お互いに距離を置き、一呼吸を置く。

 最初からリスカが飛び出してこなかったのに、今になって1人で接近戦を持ちかけてきた理由を、魔王は『準備』が出来たからだと推測した。

 何とかしてリスカ・カットバーンという最強の刃を魔王の首へと届けさせる準備。

 

「いいね、決戦らしくなってきた。魔王と勇者の戦いらしいじゃないか」

 

 目を大きく開き頬を吊り上げ、魔王は威嚇の意味を込めた笑みを浮かべる。対するリスカはそれを見て少し身体を震わせ剣を握る手に力を込め直したものの、表情は決して変えなかった。

 怒りや憎しみ、我慢や恐怖、そう言ったものを顔に出さず、代わりに一つの疑問を投げかけた。

 

「アンタ、寂しくないの?」

 

「………………この期に及んでどういう意味?」

 

「私は勇者だったから、きっとこの世界で唯一と言っていいくらいアンタのことを理解できてたと思う。だからわかるの。アンタ、なんの為にこんなことしてるの?」

 

 リスカが勇者になったのは、平たく言ってしまえば自分のためだった。

 弱くて情けない自分を認めたくなくて、そんな人間だと思われたくなくて、嫌われたくなくてリスカは勇者になった。

 後悔はしているが、それでもその選択をただ間違いだと頭ごなしに否定するのは、この旅路の否定に繋がる。

 だから否定はしない。それでも、その生き方はあまりに辛く苦しいものだと知っている。

 

「だって、アンタは──────従者(仲間)を守りたかったんでしょ?」

 

 同情と共感。魂の宿痾とでも言うべき因縁。

 彼女は自分の為に、彼の為に剣を振るう事を選んだ。根が真面目な彼女はその選択をする上で、どうしても聞いておかなければならないと判断したのだ。

 

 自分達の私利私欲の為に殺す相手が、一体何を想って戦っているのかを。

 

「教えて魔王。アンタは、理由を失ったその先で何を成したいの?」

 

「ワタシからその理由(仲間)を奪ったキミ達がそれを聞く? そんなもの決まっているだろう。ワタシは託された。ワタシは背負った。キミと違い、ワタシは何も捨てない。それだけだ」

 

 魔王の返答を聞いて、リスカはほっと胸をなで下ろした。

 彼女は根が真面目で、背負い込みやすくて、自己中毒を起こしやすい。誰かのために戦えて、誰かのために命を懸けられる、そういう魔族だと知った。

 

 彼女は仲間と見た夢のため、理想の為、そしてもうそこにはいない彼らの笑顔の為に『魔王』であり続け、たった1人になっても魔王軍として戦っている。

 

 

 

 ──────世界の為だなんて言われたらどうしようかと思った。そんな大義名分相手では、私達が悪者になってしまう。

 

 

 

「じゃあ勝負をしよう。アンタの惚れた弱みと私の惚れた弱み。意地と意地の張り合いだ」

 

「それなら尚更私の勝ちだ。一つ、言ってやりたかったことがあるんだよ。──────仲間を軽率に、武器とか爆弾みたいに扱うな!!!」

 

「それは向こうのバカ2人に言って!」

 

 

 音速で剣が衝突し、低い衝撃が音とは違う何かとして空間を走り、周囲を切り裂いていく。

 魔王とリスカ、2人の剣技は魔族と人間、それぞれの一つの極点と呼べるものであった。

 

 腕の関節が3つあることを利用した間合いと動きの不規則な突き、空中で滞空することが前提の足技、関節の構造が違うからこそできる衝撃の流し方。人型でありながら人とは違う構造を持つ魔族の中でも、己の肉体を熟知し相手が『人を殺す剣技』を極めれば極めるほどに引っかかるフェイントを織り交ぜた殺人剣。

 

 対するリスカは、ひたすらに受けに回っていた。

 元々の彼女の戦闘スタイルは、防御を捨てた完全攻撃型。『神断祈泡(セレネ・へスペリス)』による肉体への切断の否定と、相手の防御を完全に無視する切断攻撃。

 しかし今の彼女は前者による絶対防御を失い、僅かな傷で筋肉が断ち切れ、出血から死ぬ可能性を孕んでいる。

 

 その怯えが戦い方に出ていた。

 死ぬことを恐れ、傷つくことを恐れたその姿はとても勇者とは呼べない。自身が死なないことを前提に組み込まれた動きでは、自身すら燃やして敵を殺さんとする魔王の意思に勝てるわけが無い。

 

「……取った」

 

「ッ!」

 

 魔王はその逡巡を見逃す程甘くはなかった。攻撃か防御か、煮え切らない彼女の剣の鈍りを突き、心臓を一突き。回避も防御も不可能であることは、両者理解していた。

 

 

『ホシ、準備出来た!』

 

「遅いんですよバカ魔術師! いきますよ、リスカ!」

 

 

 だから、剣が()()()()()瞬間はさすがの魔王も驚き、それでもすぐに何が起きたかを冷静に分析した。

 

「転移の魔術陣、いつの間にこんな数を仕込んでいたのか」

 

 リスカの姿は魔王の背後にあった。

 簡易転移魔術陣。魔王の意識が人間バット()やリスカに割かれたりしている間にスーイが仕込んだリスカの補助術式。

 魔王が利用できないように、幾重もの複雑な安全機構が組み込まれたそれが、魔王が認識できる範囲でだけで数百、未だ励起させてないものを含めれば千を超えるであろう数が戦場に仕込まれていた。

 今の今まで存在すら感知させなかった隠匿性と、この数を戦場に仕込んでいた魔術師の腕。魔王の中での魔術の常識に当てはめれば正しく神技と言えるだろう。

 

「待って、心臓バクバクいってる、絶対死んだと思った」

 

「安心してください。死んだらそのまま私が操ってあげますから。憎たらしいその顔も生前より可愛く動かしてあげますよ」

 

「OK、死ねない理由が増えた。それよりさっさと魔王を倒して、アンタを切り刻む」

 

 誰かと会話するリスカであるが、その姿は魔王から見れば1人で喋っているようにしか見えなかった。

 だが魔王には彼女の体内に潜む存在の姿が、はっきりと魂として捉えられていた。

 

 ホットシート・イェローマム。

 不定形で質量すら変化させるその肉体の全性能を、リスカ・カットバーンの内側に潜ませている。

 もう一つの脳として戦場に散りばめられた魔術陣を適時起動させ、脳の神経伝達に頼らない反射神経で動きを補助し、最悪の場合己の身を盾にしてリスカを守る。

 

 なんでこんな便利で凶悪な異能を持っているのに、魔王軍幹部の誰にも勝てなかったのか本人を含め全員が疑問に思っていた。

 

「総力戦、ってことか!」

 

「舐めんじゃないわよ。ギロンに頼ってないからまだ私は本気出してない」

 

 その言葉と共に、リスカの姿が魔王の視界から消える。

 

「後ろッ!」

 

「嘘ォ!?」

 

 完全な死角からの完璧な不意打ち。しかしそれを魔王は防ぐ。

 死角から来るとわかっているならば死角に対処する。極めて単純で、それが出来れば誰も苦労しない事を魔王は極まった反射神経をもって可能にする。

 

 そして、動きが止まった瞬間にリスカの姿を視界に収める。その姿を目ではっきりと捉えることで、宿した『異能』の一つを起動──────

 

「させるかッ!」

 

 しようとした瞬間、魔王の視界からリスカが()()()

 正確に言うならば、魔王が自分からリスカの姿を視線から外してしまった。その間に彼女はまた別の魔術陣を踏んで姿を消し、再び死角から斬りかかってくる。

 

「なるほど、()()()()()()のか。『切断』の解釈ではやはりそちらが一日の長があるか」

 

 相手を視ることが発動条件である異能はこれでは使うことはできない。

 だが、それを防いだところで魔王の手数はリスカを圧倒的に上回る。

 無限の可能性を持つ究極の全。あらゆるモノを削ぎ落とす窮極の一である『勇者』の力であれば対抗できたであろう。

 

「『光災奪目(ヒオニアスピダ)』」

 

 魔王の剣が高熱の光を纏い、剣が交差する瞬間に先にリスカの剣が溶け落ちかける。すぐさまホシが剣を修復し、鎧のようにリスカの体を覆うがそれでも熱は完全に防げない。

 

「『霞山帯礪(イモータルラブ)』」

 

 距離を取った瞬間に追い打ちをかけるように魔王の腕から大岩が放たれる。

 最初、リスカもホシもそれを『大岩』と認識した。だが、魔王の腕から質量も体積も何もかも無視して現れるそれが大岩などではなく『山』そのものであると気付いた時には回避なんて選択肢は消え果てた。

 戦場の全てをすり潰すために放たれたその山を、リスカは愚直に剣を振るい、自分が潰される前に切り刻むしか無かった。

 

「ホシ、もっと私の体速く動かして!」

 

「これ以上速く動かしたらちぎれますよ! アンタ、自分が今まで祝福使って無理やり動いてたの忘れないでくださいね!?」

 

 1秒経つ事に自分達が追い詰められて言ってるのはリスカもホシもわかっていた。魔王は確実に殺せる瞬間を狙っていて、それがもう遠くないことも理解出来ている。

 

 ホシの防御も確実でも無限でもない。少しづつ焼かれ、斬られ、消えていく彼女の体。傷つき、血を流し息が荒くなっていくリスカ。

 

 

「……なんで、笑ってる」

 

「なんで、かな……? なんでこんな状況で笑えてるんだろうね」

 

 

 それでもその顔に浮かんでいたのは笑みだった。

 威圧や威嚇の意味の籠った笑顔ではなく、棒切れを振り回してはしゃぐ子供のような、純粋無垢な喜びの顔。

 

「なんとなく昔を思い出した。アイツも、私が何度ボコボコにしてやっても立ち上がってきて、諦めなくてさ」

 

 

 もうどこにも無い故郷で、まだ幼かった頃の自分達の姿。リスカに取って何よりも大切な時間。

 思い出の中にしかないその時間。もう絶対に手に入らないと思っていたその先を。

 

 

「……私は諦めたくない。こんな私を同じだって、認めてくれたアイツみたいに、当たり前に来る明日を、誰かに奪われたくない!」

 

「それはワタシだって、ミンナだって同じだった!」

 

「だから言ったでしょ。意地と意地の張り合いだって!」

 

 

 魔王が踏み込む。怒りに満ちたその剣は魔王のものではなく少女(エオス)のものであると確信しリスカは地面を強く踏み込んだ。

 

「ちょっとリスカ!?」

 

「ホシ、おねがい。勝負させて」

 

「……わかりましたよ。死んでも私のせいじゃないですからね!」

 

 2人の赤髪の少女の剣が、それぞれの想いを乗せて再度ぶつかり合う。

 汽笛のような音が周囲に響きわたり、雲が割れ地が裂け、何もかもが切り裂かれる中で。

 

 

「ワタシの、勝ちだ」

 

 

 リスカの剣が折れ、その右肩に魔王の剣が食い込んだ。

 大量の血が滴り落ち、リスカの体から力が抜けていく。あとはほんの少し力を込めて袈裟斬りにしてしまえば何もかもが終わる。

 それはリスカもわかっている。自分が負けて、あと数秒後にはその命が掻き消されることもわかっていた。

 

 痛みで顔を歪め、逃れられない死に涙すら流しそうになりながら。

 

 

「…………なんで、まだ足掻く。勝負は付いた」

 

 

 掌が切れて血が流れ落ちるのも厭わず、リスカは魔王の剣を掴んだ。

 リスカだけではない。ホシもまた、リスカの傷口を塞ぎ魔王の手足に絡みつき、ほんの少しでもリスカが切り裂かれるまでの時間を遅らせようとしている。

 

 ほんの僅かに死ぬのが遅くなるだけ。苦しむ時間が増えるだけの無意味な悪足掻き。それでも、リスカ・カットバーンの目から最後まで光は消えなかった。

 

「勝負は、ついたわね。アンタの勝ちで、私の負け」

 

 そして、魔王は思い出した。

 その光輝く瞳がずっと瞳に映していたものを。

 

 

 

「…………勇者(アイツ)の、勝ちよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく時間を稼いでくれた。陣は全て描き終わったから、あとは『弾』を打ち出すだけだ」

 

 スーイ・コメーテストが翼を開き魔力を励起させる。

 それと同時に瓦礫の下、雲の上、地平線の遥か先。幾つもの場所に別々の意味、別々の手法、別々の形で刻まれた魔術陣が共鳴するように光輝く。

 一つ一つ魔力を練り、描くのに1日は要する程精密な魔術陣を、長遠距離かつ連結させる神業。普通の人間がやるならば、一生かかりかねない大魔術。

 

 だがそれでも、『一生さえ』かけてしまえば使えてしまう程度のものに過ぎない。スーイ・コメーテストは魔術とはどこまで行ってもそういうもので、自分とはどこまで行ってもその程度だとわかっている。

 そもそもこの程度、『師匠』ならばここまで大掛かりにしなくてももっと簡単な手段で同じ結果を出せる。

 

 そういうものなのだ。

 人間ならば数の力でスーイを上回ることが出来る。究極の一とも呼べる才が全てを凌駕する。継承し研磨された技術が奇跡をも撃ち落とす。

 

 そういうものだから、スーイは魔術が好きなのだ。

 そういうものだから、これを教えてくれた人が好きなのだ。

 

 

「だから託すよ。さぁ、彗星のように駆け抜けろ大バカ弟子!」

 

「あぁ、行ってくるよ師匠」

 

「初期速度担当は妾なんですから妾にはなにかないんですの〜?」

 

「終わったらキスとかでいい?」

 

「なんか雑ですわね。まぁ、深いの覚悟してくださいまし?」

 

 ギロンが彼の肩に手で触れ、己の持つ全ての『移動』を与える。

 肩を押すその仕草は全幅の信頼と、文字通りの肩を押す意味が込められており、同時に祝福の力が込められたそのひと押しで物理法則を無視した初速をもって彼の肉体が射出される。

 

「スーイ! 加速!」

 

「任せて。全回路及び百二十八分割思考並列完了、星辰への接続、完了! 『万華鏡(パラレルオープン)彗星馳走(エストコメーティア)』!」

 

 そこに更に、スーイの全力とも言える速度強化の術式が載る。

 ギロンの渡した速度にも、スーイの付与した魔術も効果は只一つ。『速度を与える』だけ。

 肉体を守る効果も、筋力を強化する効果も、動体視力や反応速度に付与する効果もない。そんなモノにリソースを費やす余裕は、魔王の反射神経の前には存在しない。

 

 リスカ・カットバーンが、仲間と共に作った一瞬の隙。その隙に全身全霊、己の一撃を込めて魔王を倒す為に必要なのは速さだけ。

 魔王の異能は他者の祝福や異能を使用可能にする力。リスカから聞いたその情報が正しく、リスカの『神断祈泡(セレネ・へスペリス)』による絶対防御が魔王に在るならば、その力の根源がリスカの力であるならば。

 

 黄昏の少女の祈りは、この世界に防げないものが一つだけ存在する。

 

 それを知るのは、リスカという少女があの黄昏の中でどんな風に笑っていたかを知る者たちだけだった。

 

 

 

 

 

 

「ギロン、君の男の好みってどんな感じ?」

 

「顔が良くて……顔が良くて……うーん……そうですわね」

 

 名残惜しくも彼の背中が手から離れる。加速に乗っていくその瞬間まで目を離さず、彼女達は成功するかも分からない最後の賭け、帰り道なしの地獄行きに彼を送り出す。

 本当は掴んで抱きしめてしまいたくても、どうやったって覚悟を決めた男の子の背中を引き止めることなんて、乙女にできることでは無いのだから。

 

「後、背中がかっこいい殿方ってのはどうでしょう?」

 

「それはいい趣味だ。送り出す背中は、輝かしい方が安心出来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギロンがとにかく時間を稼ぎ、場を整える。

 スーイは魔術を使い必殺の為の仕込みを行う。

 あとはホシとリスカが魔王を一瞬だけでも足止めする。

 

 単純でわかりやすい作戦。けれど魔王は最後までその作戦に気がつけなかった。無意識に切り札が『彼』であるということを選択肢から外していた。

 理由はギロンとスーイの『彼』の雑な扱い……もあるが、それが全てではない。

 

 魔王にとって、敵はリスカだった。

 彼女を倒すことこそが魔王の最大の目標であり、彼女さえ倒せれば勝てると確信していた。

 

 それに、臆病で卑屈でそのくせ尊大で。そういうめんどくさい性質をしたリスカという女がこんなことをできるとは思わなかった。

 勇者としての資格を投げ捨てた少女が、己の命を懸けて相打ちを狙うならばともかく、囮を買ってでるなんて、リスカという少女の内面を知ってしまっていたからこそ想像できなかった。

 

 

「……見事だよ。リスカ・カットバーン」

 

 

 究極の二択。

 既に避けるという選択肢は残されていない中で、魔王は飛んでくる彼に対処するか、まずはリスカを切り殺すかを考える。

 

 まだギリギリ間に合うかもしれない。魔王にとっての勝利条件はリスカを殺すこと()()()()。勝利のための必要条件であれど、彼女を殺しても自分が死んでしまえば意味は無い。

 

 背負ったモノの重さを知り、王として君臨した理由。魔王軍の理念の為に、魔王は絶対に負けられない。

 

 

 ……頭ではそれがわかっていた。

 でも、どうしても我慢できなかった。

 

 夕焼けを眩しそうに眺める少女のように、戦場には似合わない愛らしい表情を浮かべ、敵ではなく大切な人を目に映して戦っていたその少女の存在を、魔王は認めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 剣が振り抜かれた。

 2つに裂かれた体の傷口から内臓や血液が飛び散り、地面へと落ちていく。傷口は異能の力で焼け、その熱によって幾つもの内臓に修復不可能なダメージを与えながら切り裂いた。

 

 どこかから響く神官の悲痛な叫び声。それを無視して魔王は飛んでくる彼に剣を──────

 

 

 

「言ったでしょ。アイツの、勝ちよ」

 

 

 確実な致命傷。それでもリスカ・カットバーンは魔王の剣を掴み、ほんの僅かな時間を稼いだ。

 

 それが決め手だった。

 音速を超えた超高速の砲弾と化した彼の肉体が、魔王に突き刺さる。衝撃で何もかもが吹き飛ばされ、遠のいていく中でリスカは確かに勝利を確信した。

 

「ははっ、すごいや。見えなかったなぁ……」

 

 最後の最後、あんまりに速く流星のように駆け抜けた彼の姿が視界に収められなかったこと。それが悔しいはずなのに、なんだか無性に嬉しくて。

 

 

 笑いながら、彼女は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

好き

  • リスカ
  • ホシ
  • スーイ
  • ギロン
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