勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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そして彼女は少女に戻る

 

 

 

 

 レニヨンは強くて賢い魔族だ。

 勝てる相手には確実に勝つし、数の力で不利を悟ればすぐに逃げる。そうやって各地を転々として生きてきた。

 

 だからレニヨンだけなら、殺されることどころか怪我だってほとんどするはずがない。

 エオスは無知なりに、彼女がこれから死ぬ原因が自分にあることを察知していた。

 

 

「エオスはさ、私のことを見ても怖がらなかったよな」

 

 レニヨンの傷は深く、何をどうやっても血が止まらなかった。

 それでも何とかしようと必死に足りない知恵を絞ったが、当時のエオスの知識と力では、致命傷を負った仲間を助ける手段はどこにも存在しなかったのだ。

 

「こんな時に、なに言ってるの……?」

 

「こんな時だからだろ。これから先、私はもうお前に言葉を伝えることは出来なくなる。だから、今全部言うんだ」

 

 言葉を一言漏らす度に命が削られていく。誰よりもそれをわかっているはずのレニヨンは、一切躊躇わずにその残された時間の全てをエオスの為に使うことを選択した。

 

「私は、言葉も強いし見た目も傷だらけで恐ろしい。魔族とか人間とか問わず、誰も好んで近づいたりしなかった。別にそれでいいと思ってたのにさ、お前が現れちまったんだよ」

 

 自分のことを怖がらずに近づいてくれたエオスに心の底から救われたと、レニヨンが子供のように語った。

 

 でも、それは違った。

 エオスは当時あまりに幼かった。警戒心も恐怖もなかった。だから目の前の存在が恐ろしいということも、理解できなかっただけだった。

 

「だからなんだよ。お前がどう思ったとか、どうだったとかは関係ない。私を救ってくれたのはお前なんだ。だから、私は……」

 

 泣き腫らしたエオスの涙を指で拭い、それからもう一度笑って。

 

 

「お前の夢の果て、気に入ったよ。私もそこに連れてってくれ。色んなやつと笑顔で手を取り合えるような、そんな、所でさ。──────お前と一緒に笑いたいよ」

 

 

 レニヨンという魔族の命はそこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 半ばで折れた剣を手から落とし、魔王はその場に倒れ込む。

 あと数歩で気絶している彼の元に辿り着き、その命を刈り取ることができるはずなのにその距離を縮めようとすると体が突然言うことを聞かなくなる。

 確かに瀕死の重傷。だが、既に生物学的な要素で体を動かしていない自分にとってそんなものは関係ない。足がちぎれていない限り歩き続けることが可能なはず。

 

 何故、と疑問が浮かんだ魔王の目に映ったのは自身の腹に切り込まれた刃。

 彼が最後に魔王の腹に叩き込み、勝利を確信したが故に敗北した原因そのもの。

 

 

 ──────この刃の素材は何だ? 

 

 鉄では無い。

 そもそも、彼の装備のほとんどは自分と共に吹っ飛んだ際に破壊されているはず。ならばこの剣は、誰が彼に与えた? 

 

 

「ホットシート・イェローマム……!」

 

 

 この剣は恐らく彼女の肉体の一部を使って作られた剣だ。『死体を操る』彼女の異能によって、死体が姿と材質を変えて作られた剣。

 つまりこれはホットシート・イェローマムを構成する一部に他ならない。既に彼女の制御を離れていようと、これは彼女の一部なのだ。

 

「死体を操る……なるほど、まさか、こんなところで詰みになるとは……」

 

 彼女の残留思念のようなものだろう。

 ホットシート・イェローマムが最も守りたいと考える人間の危機に際して、その思念が外敵を排除するために行動を起こした。

 

 異能『生禍燎原(アポスタシ・サテライト)』は死体しか操ることは出来ない。

 

 だが、今の魔王の状態はどうだ? 

 心臓は動いておらず、血液も体を循環せず、致命傷を負っても動き続ける異能によって生かされた動く()()

 

「……剣を抜こうとしても、体の制御が出来ない。そりゃあ、死体の動かし方は向こうに一日の長があるに決まってる。……あの子を残していた時点で、ワタシの負けだったみたいだ」

 

「よく分からねぇけど、そうみたいだな」

 

 地面に倒れ込んだ魔王を、彼は見下ろしていた。

 手には魔王が取り落とした、彼女の剣の残骸を握りしめ呼吸を整えながらその体のどこを刺せば動かなくなるかを探る。

 

「その剣で、ワタシを殺すの?」

 

「腹に刺さったその剣が、いまお前が倒れてる理由だろ? ならそのままにしてこっちで殺した方がいい」

 

「合理的だね。……その剣は、ワタシの大切な、ワタシの勇者の遺品なんだ」

 

「……ッ」

 

「なんだ、さすがに躊躇うくらいの情けはワタシにもあるのか」

 

 この剣で殺されることは、魔王にとってあまりに耐え難いことだろう。

 彼女にとってやるべき事、仇敵と定め殺すことを目標にした勇者(リスカ)という存在。

 それだけの敵に冠せられた『勇者』という称号を、躊躇うことなく口にした。果たして魔王にとってそれがどれだけの意味を持つのか。

 計り知れないからこそ、彼の手は動きが鈍った。

 

「……ごめんな」

 

「何をだよ、今更同情?」

 

「いいや」

 

 涙の浮かぶ瞳を拭い、世界の破壊者に相応しい瞳を露わにして彼は魔王の命に狙いを定める。

 

 

「こんなことで躊躇っても、苦しませるだけだもんな。今楽にしてやる」

 

「敵へのせめてもの情け、ってところ?」

 

「そんなところだ」

 

 

 

 そうして刃が振り下ろされる。

 半ばで折れたその剣から、魔王は目を逸らさなかった。

 

 レニヨンという魔族が振るい、今日まで自分を守り続けてきてくれたその剣を見て、走馬灯のように自分の原点を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レニヨンを失ってからエオスはとにかくまず強くなることを目標にした。

 なんでそうしたか、と言われたら世界にとって『損失』があったからだろう。レニヨンは強く、賢く、美しい魔族だった。そんな彼女が自分を守って死んでしまったのは、損得で言えば損になってしまう。

 彼女の選択が世界にとってそんな結末になってしまうのが嫌で、それだけがエオスにできる抵抗だったから。

 

 レニヨンの残した手帳を必死に読んだ。

 いつかこうなった時のために、自分の為にレニヨンが考案してくれた剣術のいろはが描かれているそれを見て、エオスは更に自分が嫌いになった。

 

 レニヨンはなんで自分なんかを助けてしまったんだろう。

 だって釣り合わない。エオスがレニヨンにできたことなんて、住処の掃除くらいなのに、レニヨンはエオスにあらゆるものをくれた。

 

 生きる場所をくれた、生きる手段をくれた、生きる楽しさをくれた。

 生きる為の何もかもを与えてもらったのに、エオスは何も返せていない。

 

「なんで、怒ってくれなかったの」

 

 もしも最後の言葉が恨み言だったなら楽だった。

 後悔を抱えて、それでも生きることが出来た。でもなんで、感謝の言葉なんて残したんだろう。なんで夢を語ったんだろう。

 

 あんなこと言われたら死ぬ事も出来ない。悲劇に酔うことも出来ない。覚めた頭でずっとずっと考えなければならない。

 

 

 

 

 

 さらに月日が経ち、エオスの周りには数匹の魔族が集うようになった。

 

 理由はかつてのレニヨンとエオスの関係と似たようなものだ。

 自分では身を守ることが出来ない弱い魔族がエオスに庇護を求め、エオスがそれを拒まなかった。それだけの理由だ。

 

 この頃のエオスはそれなりに強くなっていた。

 あの日からずっと振るっているのに壊れることの無いレニヨンの剣と共に各地を旅してひたすらに強さを求めていた。

 

 

「ありがとう、また助けられちゃったね」

 

 

 そんなふうにお礼を言われる度に複雑な気持ちになっていく。

 かつての自分を思い出して、レニヨンのことを思い出して、泣き出しそうになってしまうのに。

 

「ふ、ふへへ……え、そんなにワタシって頼りになる? かっこいい? リーダー的存在?」

「いやそこまで言ってないけど?」

「そんな謙遜しなくてもいいって。えへへ……」

「……面倒臭いなエオス」

 

 頼られることはやっぱりちょっと嬉しかった。

 いや、正直めちゃくちゃ嬉しかった。褒められたいし尊敬されたい。なんなら崇められたい。自分が思うよりもずっとエオスは承認欲求の塊の生き物だった。

 

 ワタシが笑って、みんなも笑って。

 そういう時間がすごく大切で。

 

 

 

 

「ごめんね、足引っ張ちゃって……でも、エオスならきっと───」

 

 

 

 また一人いなくなって、またひとつ背負った。

 

「エオスのせいじゃねぇだろ。気負うなって。魔族は人間を喰い、人間はそれに抵抗する。当たり前のことだ」

 

 それはそうだ。

 魔族は人間を喰らう種族であり、万物の霊長たる人間はそれに抗い魔族を殺す。自然界の在り方であり、弱肉強食の結果が闇夜に紛れる自分達と文明を発展させた人間。

 

「確かに人間は文明を持つが、俺達にだって継承の仕方や価値観が違うだけで文明はある。魔族とは、人間の思考に寄り添った捕食種だ。人間に近く、それでいて遠い、はるか太古から継承してきたその意思に、正しいもクソもあるものか。俺はこれを継承することを生きることと定義した」

 

 生命活動を続けることだけが生きることではないと教えてくれた者がいた。

 種族として残せたものが優劣を決めるなら、間違いなく人類が最優の種族だ。生きるべき種族だ。

 

 でも、ワタシが言いたいのはそういうことじゃないんだろう。

 

「人間のことって、嫌いにならなきゃいけないのかな? だって僕が助けた人は、僕を助けてくれた人は、きっと優しかったと思うし。そりゃ、捕食種と被食種なんて手を取れないし、向こうが嫌いになるのは分かるけど」

 

 あぁ。やっぱりそうだ。

 人間に傷つけられ、血を流し過ぎて回らない思考でエオスは答えを出した。

 

 ワタシは、人間が嫌いなんじゃない。

 ワタシは、魔族が好きなんじゃない。

 

 

 

「おや、目を覚ましたのかいアンタ」

 

「……ワタシ、魔族ですよ」

 

「だからなんだい。私は私が助けたい命を助けただけだ」

 

「今からアナタを殺して喰いますよ」

 

「構わねぇさ。食って喰われて、文明をちょっと発展させたくらいで人間は自分達がそれから抜けたと思い上がってる。私が好きにしたようにアンタも好きにしな」

 

「……ありがとうございます。答えが出ました」

 

「そうかい。アンタ、名前は?」

 

 

 それはかつて人間がとある魔族に付けた名前。

 魔族を束ね人類の全てを喰らわんとした悪意の王。

 

 ワタシはそんなモノになれないし、なるつもりもない。

 レニヨンほど剣脳でもないし、アルシフォンほど深い見識もない。チノのような優しさも、ディーファのようなカリスマ性もない。

 

 無いものばかりで、欠陥品で。抱えた不具合(異能)ばっか大きくて、本来持っているべきものを取りこぼしている半端もの。

 

 

「エオス・ダクリ。夜明けの涙、新しい世界に君臨する──────魔王だ」

 

 

 人間が嫌いだからじゃない。

 魔族がすきだからじゃない。

 

 ワタシが好きな者が、ワタシが愛した者が、そして何よりワタシが笑顔になれるように。ただそれだけのために世界を変える。

 ただそれだけの為に、この世界の全てを覆す。ワタシの友人達にはそれだけの価値があると、この世界の価値すら定める神に向かってだって叫んでやる。

 

「人間の書物が欲しいって、どれくらい? ……えぇ、全部って。あの町の図書館の本全部!? 何のために?」

 

 敵情視察は魔王として当然だから、知れる知識は全て頭に詰め込んだ。

 

「降参降参! もう俺っちの負けでいいって。何時間打ち込むつもりだよ……は? 俺っちで8体目!? お前何日これ続けてんの!?」

 

 強くなければ多くの魔族は付き従ってくれない。なら一番強くなるのが手っ取り早い。幸いにも、ワタシに剣を教えてくれた者はこと剣術においては最強の魔族だと今でも思っている。

 

「異能に興味があるんですね!? いやぁ、貴方みたいな魔族もいてよかった。異能という力を持つ魔族は精神的に不安定なことが多いんですが、これは生育環境によるものというよりは、異能そのものにそう言う性質があると言った方が良いでしょう。魔族が持つ異能は、必ず所有者を不幸にする。人間のように文明的な保護がない以上、過剰にその力を外部に出力してしまう結果だと言うのが私の見解です。いやぁ、魔族ってみんな狩りにしか異能使わないから研究が捗らなくて……え、えぇ!? 人間が使ってた研究所潰したから譲ってくれるって!? 私何も返せませんよ!?」

 

 色々なことを知っていけば、何が必要なのかもわかってくる。

 人間の判断、動向を察知する頭脳。歴史から判断するための知識、単純な力、背が高い方が威厳が出る。話し方も変えた方が威厳が出る。力。

 

「つまり精神の病気ってこと? 病気なら治るんだよね?」

 

「まぁそうですけど。そんなノウハウ、魔族にないですよ。環境もないですし」

 

「……精神病なら、人間の本で見たな。うん、人間の文明乗っ取るか?」

 

「え?」

 

「手っ取り早いでしょ。魔族を最も殺すのは人間だ。みんなが死ななければ、時間さえあればどんな傷だっていつかは塞がる」

 

 

 時間も力も何も足りない。だから命を削った。

 随分と前に貰った異能で、睡眠も食事も随分と必要な量が減っていた。減らした分だけ全てを利用する。

 それでもまだ足りない。世界を変えることが許される為には、こんなものじゃ足りない。

 

 

「……俺は炎だ。何もかも焼き尽くす。もとより何も無ければ失うものなどない」

 

「意固地だな! 寂しいなら寂しいって言え! ワタシが、ワタシ達が! キミの守りたいものになる! キミを守るものになる! だから言え! キミは何が欲しい!」

 

 好きな相手に我慢して欲しくない。

 もっと望んでいい、我儘でいい。無茶でいい。ワタシがそれが叶う世界を作ってみせる。

 

 キミの炎がいつかその紅蓮を誇りに思えるように。

 キミの手が当たり前のように花を愛でることが出来るように。

 キミの愛がもう一度何も融かさずに純粋に誰かに向けられるように。

 キミの迷いがかけた時間に相応しい素晴らしい出口を見つけられるように。

 キミの空がその分だけよく響く衝撃を見つけられるように。

 キミの火がいつか誰かの孤独を温めてやれるように。

 キミの虚に、全てを破壊してしまうそれを肯定はできなくとも少しでもその空腹を埋めてやれるように。

 

 

「魔王様がそんなに頑張る必要って、本当にあるんですか? 私は今でも幸せだから、だから……」

 

「ごめんねノティス。それはダメなんだ。まだワタシは、ゴールに辿り着けてない」

 

 

 どうして己の身を犠牲にしてまで、そんな夢物語に固執するのか。

 傍から見ればワタシはみんなの為に命を削っているように見えるらしい。実際そうではあるのだけれど、それは違うのだ。

 

 本当ならずっと昔。

 レニヨンに出会う前にワタシは死んでいた。

 

 でもワタシは彼女に助けられた。

 空っぽだった生きる屍が彼女に生き物にして貰えた。愛することを教えて貰った。生きる方法を教えてもらった。愛することと、愛されること。願いと異能(おもい)を受け継いで。

 

 大好きなキミが笑えるようにと。

 優しいみんながワタシに託していったこの願いが、こんな中途半端で終わっていいわけがない。

 

 だってこの世界に、大好きな相手と一緒に笑うこと以上の幸せなんてないのだから。

 

 大好きなみんなと笑い合うことが出来る世界を望んで、そこに辿り着くための覇道こそが魔王の夢だった。

 

 

「世界を全部ひっくり返して、新しい暁で泣くほど笑ってやるんだ!」

 

 

 そうして彼女にこう言いたい。

 ワタシの笑顔に託していったみんなにこう伝えたい。

 

 

 アナタ達の夢は、理想は、それに相応しい最高の笑顔で結実したんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シアおばあちゃん」

 

「は?」

 

「最初に好きになった人間の名前」

 

「……え。おばあちゃん?」

 

「ノーディアラ、カムル、ハナ。みんなワタシが好きになった人間の名前だよ」

 

 まるで年頃の女の子みたいに、魔王は顔を真っ赤にして大真面目そう言っていた。

 

「なんなんだよ。お前、本当に何が言いたいんだよ」

 

「最後の言葉さ。ちゃんと聞いていけよ」

 

 魔王の頭に剣を叩き込んだ。

 折れた剣でもそれは刃だ。生き物の肉を裂き、骨を割り命を蝕むには十分な勢いがあった。

 

「忘れたのか? ワタシは死体だ。徹底的に破壊しなきゃ、そりゃあ喋り続けるさ」

 

 なのに、魔王は消えてくれない。

 手に残った確かな殺害の感覚と現実の食い違いに思わず胃液が漏れそうになるのを彼はなんとか抑え込む。

 

「タチが悪いぞ。大人しく、死んでくれ」

 

「それが出来る体じゃないんだよ。黙らせたいなら口を壊せばい」

 

 すぐに刃を口に振り下ろして、何度も何度もそうやって顔をぐちゃぐちゃにして。

 

『……と言っても、口が潰れても喋れるんだよねワタシ』

 

「ははっ、さすが見た目だけ人間に似てるバケモノだな。なんでもありかよ……クソが」

 

『ごめんね。それでもさ、忘れて欲しくないんだ。どこかの誰かに、ワタシ達がどんなふうに生きて何を思って、何のために生きていたのかを覚えていて欲しい』

 

「なんで俺なんだよ。俺なんか、何もねぇだろ! 弱くて情けなくて、切り捨てないと大事なもんも守れないから、大事なもんをできるだけ少なくして守れた気になってる馬鹿野郎だ! そんな俺を──────」

 

 

 彼の叫びを聞いて、魔王はようやくそれらしい笑顔を作った。

 キミがワタシに似ていたから。キミは諦めて、ワタシは諦めなかったけれど。

 キミとワタシは真逆だったから。キミは切り捨ててでも選べた勇者で、ワタシは捨てることすら出来なかった臆病者だから。

 

 

 多分この言葉が、一番の本音だ。

 絶対に幸せになんかしてやるものか。キミ達にハッピーエンドは渡さない。

 

 

 

『キミのことも、好きだったよ』

 

 

 

 最期にその屍肉は笑った。

 どういう意味だと問いかけた。なんで今言ったと怒りを吐いた。お前なら、それを選べたのかと縋りついた。

 

 始めからわかっていたことだったんだ。

 彼は普通の人間で、彼女は魔王。もう二度と、彼はその名前を忘れることは出来ない。彼女が背負った数多の夢の存在を消すことは叶わない。

 

 その夢の正体が、己の根幹と全く同じ感情であるという事実から目を背けることは許されない。

 

 

 

 勝敗なんて、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔、ワタシを助けてくれた人間がいた。

 キミと出会ったのは彼女の息子が住むという村にふと足を運んだ時だ。

 

 魔獣の被害に困っていると言っていたから助けてあげて、ついでに一緒になった人間が彼だった。

 

 凡庸で弱くて、そのくせに頑固で。でも純粋なところもあって、困っている人を見過ごせなくて。好ましい人間だった。

 

 剣術を褒めてくれて、レニヨンが褒められてるみたいで嬉しかった。

 変なところで子供っぽくて、こっちもつい大人気なく子供っぽく張り合ってしまって。

 

 キミとの時間は楽しかった。

 キミという人間を好ましいと思った。

 

 魔族の為には人間という種の文明を最低限滅ぼす必要がある。だからきっとキミもどこかで、魔王軍との戦いで命を散らすことになる。

 

 

『この先にある街。そこにキミが寄るのだとしたら……キミはそこで死ぬことになる。どうかこれだけは覚えておいて』

 

 

 矛盾していることはわかっていた。

 ワタシが魔族だから魔族の友達が多いだけで、人間の全てが嫌いなわけじゃない。

 でも、一番多くの友達を笑顔にするためには人間は邪魔過ぎる。自分で望んだ道だったのに

 

 

『悪い。この先に大切な人がいるかもしれないんだ。だから、俺は行かなきゃならない』

 

 

 忠告を無視した訳ではない。

 ワタシの忠告が真実だと考え、その上で進むことを選択した。

 

 大切な人の為に、恐怖も不安も全てから目を背けて戦う意志を持って一歩前に踏み出した。

 

 ……アグネもそういう奴だ。

 ベルティオもそういうところがあるし、シュライとかデールンも、ジャスもシバリュアもそういう奴だった。

 

 レニヨンも、絶対に認めないだろうけどそんなやつだったのだから。多分これはワタシの大好きな特徴の一つなんだろう。

 

 

 この感情が好きだった。

 粘ついていて、誰かを絡め取り動けなくしてしまうこともある呪いとも言えるこの感情。

 だってワタシはこれのおかげでワタシになれた。どんなに醜くて歪んでいて汚れていても、この感情がきっと世界を回すのだから。

 

 

 あぁ、好きだなぁ。

 誰かのためにそんな純粋な目で走り回れて。

 

 それがワタシに向けられてないのはほんの少し寂しいけれど。どうか敵である彼の行先に良いことがありますようにと祈る。

 敵だから嫌うなんて、そんなことができるほどワタシは器用な魔族じゃない。

 

 好きになったものを諦められず。

 恋が多くて愛が多い。

 惚れっぽくてどうしようもない。

 

 そんな女の子の何度目かの一目惚れで。

 

 

 何度目かの、ありふれた失恋と離別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、何もかもが終わったのに俺の心は全く晴れていなかった。

 俺が選んだ道。俺が選択した死。俺が、殺した命、奪った世界。本当にそれだけの選択をする程の価値が俺にあったのか? 

 

「お前は、どんな世界を見ていたんだろうな」

 

 歩く度に道の先が暗くなっていく。

 信じた道のはずなのに、こうも暗いとなると己の正しさを信じきれなくなる。

 

 自分が強い人間だと自惚れていた。

 そうすれば守れると、勝てると思っていた。

 

 でも本当の強さを前にして自分の愚かさと小ささを知った。本当に、俺なんかが壊していい世界だったのだろうかと、思わずにはいられない。

 

 重くて苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。

 あんなに沢山のものを何も切り捨てなかったなんて想像もつかない。俺が、4人に絞ってなんとか背負い込めた気になっていた『世界』の重さが、何万倍にもなってのしかかってくる。

 

「あっ」

 

 石に躓き、体勢が傾く。

 もしも今倒れたらもう二度と立ち上がれないような気がして、思わず恐怖で固く目を閉じる。

 

 

「…………っ、あれ?」

 

「はぁ……間に合った」

 

 

 柔らかく、それでいて芯の通った赤い髪の毛が目に映る。

 顔色が青く、今にも倒れてしまいそうな覚束ない足取りで必死に俺が倒れないように、幼なじみの彼女は俺を支えてくれていた。

 

「全部、終わったのよね」

 

「……あぁ、終わったよ。終わらせた。終わらせてしまったんだ。俺が、選んでよかったのかな?」

 

 俺は強くない。

 断ち切ることもできない。

 呑み込み糧とすることもできない。

 紐解くこともできない。

 喰らい尽くすこともできない。

 

「違う。アンタが一人で選んだんじゃないの。私達が、みんなで選んだの。だから、お願い」

 

 夜が明ける。

 暁の光が照らした彼女達の顔は、みんながみんな宝石のように輝いていて、泣き出しそうに笑って。

 

「一緒に背負って、歩いていこう。私が貴方を支えてあげるから」

 

「そうですよ。私一人じゃ、きっとゴールにたどり着けませんし」

 

「君の歩き方はあまりに拙いから、まだまだ私の助けは必要だろう?」

 

「妾はその背負ってるもの含めて、全部欲しいんですもの。一人で持ち逃げなんて許しませんわよ?」

 

 追い従う者としてではなく。

 遠くに輝く星としてでも泣く。

 寄り添い支え合う者として、大切な人達がそこにいた。

 

 

「みんな、生きてるよな……?」

 

「見ての通り、全員元気に死に損ないましたよ。リスカとか、正直私は諦めかけてましたけど貴方の名前だしたらなんかすぐ治りましたし」

 

「ちょっとホシ! それ言わないでって言ったじゃん」

 

「普通に人体の限界超えてたからね。正直気持ち悪かったね」

 

「致命傷負ったならちゃんと死なないと致命傷に失礼だと思いますわね」

 

「アンタも心臓止まってたの私は忘れませんからね? どいつもこいつも、命をなんだと思ってるんですか」

 

「一番命を冒涜してるのはホシじゃありませんこと?」

 

「私は生きとし生けるものは全てに慈悲深い完璧神官ですが?」

 

 いつもと何も変わらないみんなが、いつものようにくだらないやり取りをして怒って、笑って、少しだけ泣いている。

 ただそれがわかっただけでもう十分だった。そりゃあ、山ほどある後悔とかが消えてなくなる訳ではないけれど、今はこれでいい。

 

 

「それじゃあ、帰ろう。勇者の凱旋なんだから、ちゃんと胸を張ってさ」

 

「……あぁ。帰ろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………それからしばらく歩いて。

 疲れたからひと休憩している時に、なんかみんなが俺をハブってコソコソとお話を始めていた。

 

 みんなの心が繋がった雰囲気があったのに俺だけハブるの酷くない? と思ったけれど、女の子4人に対して男は俺だけなので何も言うことは出来ない。と言うか、俺よく今までこの男女比で旅ができてたよな。

 

「うーん、やっぱりそうなりますねぇ」

「そういえばゴタゴタしてて忘れてたけど、そういう話だったもんね」

「まぁ今は異論はないですわね〜」

「よし、じゃあ決定ね」

 

 普段喧嘩ばかりのくせに、内緒の話はあっさりと意見が一致したようだ。

 リスカが俺の方に戻ってきて、肩を叩いて一言。

 

「その、魔王とか色々あって有耶無耶になってたけど。改めてアンタに言いたいことがあるの」

 

「え、い、いいよ……ああいうのは、一回で十分だし。みんなの前はやっぱり恥ずかしいし」

 

「…………勘違いしてるところ悪いけど、もっと前の話よ」

 

「え?」

 

「アンタ、追放だから」

 

 

 

 ……そう言えば忘れてたけど。

 俺、追放されたんだったわ。

 

 

 

 

 

 

 









次回、エピローグです。



好き

  • リスカ
  • ホシ
  • スーイ
  • ギロン

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