勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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天の光は全てホシ

 

 

 

 

 

 その魔族は魔族の中でも擬態に特化していた。

 

 生まれた時から、生物の特性としてどのようにすれば人の警戒を解けるのかを知っていた。そして、警戒心のない相手は例え自分より強い相手でも容易く首を落とせることを知っていた。

 

 知能、形状、雰囲気、年齢、性別、所作、話術。全てが人に好かれ、人を綻ばせ、人を弄び、人を堕落させ、人を喰らう為に特化した生き物。

 

 人を愛し、人に愛され、人を喰らう生き物。

 

 

 

 ……なんとも皮肉な話である。

 

 

 気がつけば、彼女はこの世界で最も『人間』になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぅ──────ッ! どうなってるのよ! クソッ! クソッ!」

 

 通信担当の旗手術師も何も応答しない。魔獣(ペット)は既に全滅。

 絶望的な状況の中で、その魔族はひたすらに街の中を駆け回っていた。

 

「あらあら、どこに逃げるんですか?」

 

「その走り方じゃスピードは出ませんよ?」

 

「まぁ魔族ですから人間と体の作りは違うかもですが」

 

「そろそろ喉とか乾きませんか?」

 

 そこら中からあの神官の声が聞こえる。魔族は本格的に自分がおかしくなってしまったのかと、自分自身を信じることすら出来なくなるほど追い詰められていた。

 肥大化したあの神官に対して本能的に恐怖を感じて逃げ出したは言いものの、気が付けば不可思議な空間に迷い込んでしまっていた。

 

 見た目は先程までの街の外観と何一つ変わらない。だが、どれだけ駆け回ってもずっと裏路地が続くばかりで一向に大通りに出ることが出来ない。どの家に入っても空き家で人がいた形跡すら存在しない。

 

(クソッタレ……。発動条件は満たしている。あとは本体を見つけるか、せめて手頃な駒さえあれば……!)

 

 その魔族は『異能』を持っていた。

 接触発動、自身の掌で触れることにより自身の生態情報を人間のものに偽装、または人間を強制的に魔獣に変化させ隷属させる異能。

 

 月の出ている夜にしか使えないという制約こそあれど、触れただけでどんな相手だろうとものの数秒で知性の無い、自身の命令に従うだけの獣に変えてしまう強力無比な異能。本体を見つけられればそれで終わり、せめて手頃な人間さえいれば戦力増強に繋がると言うのに、それすら許されない。

 

「あ! そこ! 足元危ないですよ!」

 

「ほら前ばっか見てるから。ひゃー、あれは痛い!」

 

 加えて、何処からか聞こえてくる神官の声は魔族を煽りながら的確に攻撃を加えてくる。

 なんの前触れもなく、地面の一部が剣山のように形を変化させ、体の向きを変える間もなく魔族の足は容赦なく地面に足を踏み入れてしまう。

 

「いぎっぃ、っうぁぁぁぁ!!!」

 

 痛みに悶えている暇はない。すぐ背後からヒュンと空気を切る音が聞こえ、建物に亀裂が入る。叫んで痛みを誤魔化しながら走らなければ確実に何をされたのか分からないまま殺される。

 

「ほら頑張れ頑張れ♡あとちょっと♡もう少し♡」

 

「諦めたらそこで終わりですよ♡何事も前に進み続けるのが肝心♡」

 

「屍になっても突き進め♡呼吸が止まっても足を動かせ♡」

 

 地面から、耳元から、空から聞こえる神官の声。

 嘲るようなその声であるが、同時に油断を孕んでいることに気がついた魔族は決して悟らせないように表面上は痛みと絶望の表情を浮かべながら内心ほくそ笑んでいた。

 

 

 自分の異能は隷属状態にした対象を調教するところまで含めて異能だ。

 既にこの街の人間はかなりの数、ゆっくりと時間をかけて強力な魔獣に調教してある。

 そのペット達と合流さえ出来れば、街中に放ち、隠れている神官の本体を見つけることが出来るはず。神官本人は『術者は目の前にいる』と言っていたがどうせハッタリだ。奴の挙動は生命体としてありえないものばかりだった。目下考えるべきはペット達との合流方法と本体の発見だが……。

 

 

「あらあら? また油断しています?」

 

 

 壁から鉤爪が突如として現れて、背中が抉られる。

 咄嗟に転がるように回避して空き家へと突っ込んでいなければ恐らくは肉体が寸断されていたであろう。

 この攻撃のタネも知りたいところだが、それはペット達との合流後にゆっくりと時間をかけて解析するべきだろう。

 

 とにかくあと少し、もう少し逃げることさえ出来れば希望はある。あとはこの不可思議な空間の出口を見つけるだけだ。幸いにも相手は油断している。油断している人間の寝首をかく方法なんて、魔族なら生まれた時から誰でも知っている。

 

 

 

 

 

 

「「「…………ふふ、は、あはははは!!!! もうダメ、もうだめですよこんなん、いや、面白すぎでしょ……ひひ、あはははは!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 どこからともなく、笑い声が木霊する。

 耳が裂けるほどの大音量。塞いだ程度では防げず、走った程度では逃げられない。世界を覆う大合唱。楽しそうなケラケラ笑いが月夜の静寂を蹂躙する。

 

 

「ひー、笑った笑った。いやぁ、『まだ勝てる』だなんて希望的観測ができるの凄いですよ。はい。まぁせいぜい頑張ってください。しばらく手出ししないので」

 

 

 不気味な笑いを終えると神官は声と共に気配すら完全に消えてしまった。

 先程まで周囲の至る所から感じていたその気配が完全に消えたのはそれはそれで不気味であるが、こちらで遊んでいるつもりならば好都合。最後までその油断に乗らせてもらうべく、魔族は傷をかばいながらも可能な限りの最高速度で夜の街を駆ける。

 

 既に完璧に覚えていた街の地形とは異なる道。だが微かに感じる人間の気配を頼りに走り、そして遂に大通りらしき場所に出た。

 

 

「え、うわっ!? アンタ怪我だらけじゃないか! 何があったんだ!?」

 

 

 人間を見つけた。

 月は出ている。条件は整っている。ならば、あとは触れるだけだ。素肌を指先でもいいから掌で触れなければいけないという軽めの制約ですら今は煩わしい。それでも魔族は確かに勝利への第一歩を感じていた。

 

 

 

 

 ぬぷり。

 

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 魔族は最初、自分の口からそんな間抜けな声が漏れてしまったことに驚き、次に自分の掌が目の前にいる人間の顔に沈みこんでしまったことに。

 

 

「えっ、うわっ!? うわっ!? う、うわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ………………ふぅ、どうですか? びっくりしましたか?」

 

 

 ゆっくりと、腕が沈み込む人間のような何かの形が、声が変わっていく。

 背が自分より低くなり、髪が金色に染まっていき、愛らしい顔立ちになり、最後に特徴的な藍色の瞳が配置される。

 

 何かの間違いだと絶叫したかった。だって、目の前で勝利への第一歩となるはずだった人間が、瞬きの間に神官(悪夢)へと変わり果ててしまったのだから。

 

「あ、手は貰っちゃいますね〜」

 

「──────ッ!?」

 

 沈みこんでいた手の感覚が消え、同時に手首に酷い痛みが走り、その場に尻餅をつくようにして神官から距離を取る。見れば、まるで鋭利な牙を持つ獣に噛みちぎられたかのように手首から先が完全に失われ、神官は小さな口を可愛らしく動かし、何かを咀嚼していた。

 

「うーん、50点! あんまり美味しくないですね。それじゃもう片手も頂きます」

 

「あ、やめ」

 

 もはや戦意は消え果てた魔族に対して神官は一切容赦せずに腕を触腕のように伸ばし、優しく、ドロドロに溶けた腕でその手を包み込む。一瞬裁断音、一瞬の悲鳴、一瞬の激痛の後に魔族の両腕の手首から先は完全に消え失せ、逆転の可能性は万に一つも消え果てた。

 

「肉体の一部に発動条件が依存している異能は不便ですよね。こういうことされたらもうおしまいですから」

 

「……なんだ、何をした?」

 

「はい?」

 

 魔族にも自らの強さに、異能にそれなりの誇りがあった。だからこそ『切断』の勇者を倒すだなんて無謀な計画に参加した。自分の強さならば、『あの方』の力になれた上で生きて帰れると確信があった。

 

 だがその希望的観測はプライドごと木っ端微塵に砕かれた。それでも、例えその命が1秒後に燃え尽きようとも、まだ彼女には負けた原因を追求し、次に活かそうとする意思が残っていた。

 

 

「……魔族って本当に救えないですね。知らない方がいいことなんて、この世に沢山あるのに」

 

 

 魔族の視界の端で異変が起きた。

 建物が崩れ落ちる。溶けるように崩れ落ちた建物が、形をぐにゃぐにゃと変える。柱が、屋根が、崩れて捏ねられて形を変える。

 

 

「…………え」

 

「ほら、知らない方が良かったって」

 

「今、後悔していますよね? 分かります」

 

「私もこんな力、知りたくありませんでしたから」

 

 

 溶けた家の破片が、神官の形に変化した。

 だが異変は終わらない。他の建物も次々と溶けて形を変えて神官の姿を取る。地面すらも熔けて、何処が上で何処が下か分からなくなっても、全てが形を変えて神官へと変わっていく。

 

 

「嘘、なにこれ、幻覚? 改変?」

 

「いいえ。違います。私の『コレ』はそんな大層な力ではありません」

 

「私の『コレ』は誰も望まない、取るに足らない力です」

 

「名前は生禍燎原(アポスタシ・サテライト)。その力は『死体を操る』ただそれだけです」

 

 

 四方八方、満天の星空に無限に浮かぶ神官の誰かがそう口にするが、魔族はとても信じられない。常にこの神官が自分を出し抜いてきたというのもあるが、純粋に今の光景が『死体を操る』だけで済ませられるものだとは到底思えないからだ。

 

「私は死体を操れるだけ。ですが、『操る』ってなんでしょうね?」

 

「動かすこと、いいえ、いいえ! 違います。違うのです」

 

「神は私に言いました。操ることは、『自由にしていい』のだと!」

 

 天に瞬く星々が形を変えてほくそ笑む。

 悪魔の様な、それでいて愛らしい神官の笑顔が夜空一面に瞬いている。あまりに美しく悪趣味な光景を見て、魔族はようやく彼女の言葉を理解することが出来た。

 

 

 死体を操る能力。

 そう、最初から全部死体だったのだ。自分のペット達に食べさせた神官も、そのペットの死体から現れた神官も、肥大化した神官も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全て、この神官が死体を使って作り出した虚影でしかなかったのだ。

 

 

「いつから……」

 

「さっき肥大化して見せた時ですね。その時に貴方は私の体内に飲み込まれて、ひたすら死体で構成された空間を現実と誤認していたわけです。あ、言っておきますけど生きて出しませんよ? まぁ出れないでしょうし」

 

 

 天の光は、全て敵。

 自身にとって常に味方であった月ですら、今は敵でしかないのだ。こんな状況で何をどうすればいいのだろうか? 

 

 

 

 

「それではさようなら。貴方の魂が今度は神に祝福されることを、祈っています☆」

 

 

 

 

 空間の全てが一匹の魔族を串刺しにし、一つの命が果てた。

 同時に、一つの死体が偽りの夜空の一欠片として呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、1匹の間抜けな魔族の話に戻りましょう。

 人間に擬態していたら、人間に近づきすぎて人間のような精神を持ち、人間を食べられなくなってしまったおバカな魔族はもう大変。

 

 残念ながら自分がもう生きられないことをすぐに悟り、諦めて眠りにつこうとしました。しかし彼女は自分がとびっきり、人間にとって愛らしい姿をしていることを忘れていたのです。馬鹿だね☆

 

 

 

 

「カミサマ、カミサマ。これを食べて元気になってください」

 

「カミサマ、どうか私達を救ってください」

 

「カミサマ」「カミサマ」「カミサマ」「カミサマ」。

 

 

 痩せ細り、儚さの増したその魔族はなんと人間に拾われて『カミサマ』にされてしまったのです。カミサマは人間が好きでしたが、それは餌として。でも擬態しすぎて本当に好きになってしまっていたのでとてつもない地獄の生活でした。

 

 栄養失調で動かない手足ではろくに抵抗できず、美味しそうで愛らしい人間を毎日毎日見せつけられる。食べたくもない、食べられもしない変なものを口に押し込まれる。目の前にご馳走があるのに、それが愛おしく見える。いえ、もうその頃には逆転して愛らしいもの(人間)がご馳走に見えるとすら思っていました。

 とにかく、それはとてつもない苦痛だったのです。だってそうでしょう? お腹が空いて死にそうなのに、目の前で餌が踊り狂っています。なのにそれを食べることが出来ません。少しでも食べようと思えば、葛藤で胸が引き裂かれそうになってしまいます。

 

 

 何かの罰なのかと本気で考えていましたが、それも命が終わるまで。元々弱っていたカミサマは最後は呆気なく、苦しみながら餓死してしまいました。その死に顔は、苦しみから開放されたとても安らかなモノだったらしいよ☆

 

 

 

 

 

 

 その魔族、後にホットシート・イェローマムと名乗る個体に宿っていた『異能』。

 死体を操る能力、『生禍燎原(アポスタシ・サテライト)』。その能力は、どこまでも残酷な能力だった。

 それは、ほんの些細な偶然。あまりに悪趣味な神の悪戯。『生禍燎原(アポスタシ・サテライト)』による『死体』の認識と、死した肉体から『祝福』や『異能』が消え去るまでの僅かなラグ。

 

 

 

「…………なんで、私は()()()()()?」

 

 

 

 安心して、カミサマ。

 確かにカミサマは死にました。ですが、カミサマは動きました。

 自らの『異能』、その効果で本能的に、反射的に自身の死体を動かし、まるで生き返ったかのようになってしまったのです。

 

 

 死んだはずのカミサマが生き返れば、人間達は大騒ぎ! 信仰は狂信に変貌し、大事に大事に手足を折られ、カミサマは縛り付けられました。

 私達にも奇跡を恵んで、と誰もが光の無い瞳でカミサマを見ていました。カミサマはこんな奴ら殺してしまおう、もう死んだのだから飢えも無いと思いましたが、ダメなのです。

 

 カミサマが最初に擬態を始めた『誰もが警戒を解く存在』は、そんな事しない、できない、血反吐を吐くほどの拒否反応は、カミサマから逃げる手段を奪いました。

 

 

 

 

「…………なにこれ? 死体が動いているだけ?」

 

「酷い。酷い! カミサマは私達を騙していた!」

 

「ニセモノだ! あんなやつ殺してしまおう!」

 

「コイツ死なないぞ? なら生きたまま埋めよう! そうしよう!」

 

 

 

 

 

 カミサマが望まれた奇跡を見せてみればあら不思議。カミサマはあらゆる暴行を受けました。

 もう死んでいるのに痛みを伝える律儀な体で、カミサマは何度も許しを請い、助けを求め、泣き叫び、ただただ叫んで、喉を嗄らして。バラバラにしても、何をしてもカミサマの肉体は本来ならありえない『死者が持つ異能』として暴走を引き起こし、律儀にその体を修復してしまいました。

 

 

 結果として、何度目かのカミサマ解体ショーが観客みんなの欠伸で終わったところで、カミサマは生き埋め、いえ死体なのでようやく埋葬されました。

 まぁ、カミサマは動く死体なので、動けない状態でずっと地面を見させられ続ける新しい拷問が始まっただけなんだけどね☆

 

 

 念入りに深く深くに埋められたカミサマは、ずっと涙を流していました。

 なんで自分がこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。人を食べたから? でもそれって人間基準の悪いことでしょ? 神様は人間の味方しかしないの? どうして私の味方はしてくれないの? 私の味方は何処にいるの? 

 

 考える時間だけは沢山あるものだから、カミサマはずーっと考えていましたけど答えは出ませんでした。

 

 そして、数えるのも億劫になってきた頃のことです。地形が変わり果てて、何か巨大な音が鳴り響いたと思ったら、なんの前触れもなくカミサマは久しぶりに土の重みから解放されました。

 

 

 

「…………え、えぇ!? ミイラ!? いや、生きてる……のか?」

 

 

 

 久方ぶりにカミサマが見たその生き物は、15歳くらいの人間の男の子でした。

 

 

 

 

「…………」

 

「えっと、あ、これ食べる? 干し肉」

 

「…………ぁ、い」

 

 声を出すのが久しぶり過ぎて、カミサマは最初声を出せませんでした。それでも、男の子は何となくカミサマの意図を読み取り、干し肉を引っ込めて自分の口へと運びました。

 

 

「その、なんで埋まってたの?」

 

「……うぇあれた」

 

「埋められた!? 誰に!? いつ!?」

 

「にんえい、にえんえんうあい」

 

 

 2000年から先は数えてすらいないので、カミサマ自身自分がどれくらい前から埋められていたのかは分かりません。

 でも、出れたことは幸福だとは思いませんでした。どこに居たって、カミサマはきっとまた同じようにカミサマとして扱われる。この男の子も、助けてくれた訳ではなく雨宿りに使っていた洞窟が突然崩れて偶然自分を発見しただけだと言っていたし、何か変なことをされる前に逃げてしまおうとも思いましたが、ずっと動かしていなかった手足は動かし方を忘れてしまっていました。

 

 

「…………いや、信じられないなぁ。でも君が嘘をついてるとは思えないし……うーん……」

 

「…………」

 

 

 カミサマは、まさかこの人間は本気にしているのか? と思いました。だって、普通2000年も埋められてたなんて与太話かその時点でバケモノ認定です。でもこの人間、それなりに強いし勘は良さそうなのでそれなら本気で頭がおかしいのかな? と柄にもなく心配してしまうほどです。

 

 

 だから、でしょうか。

 喉の調子が戻ってきたカミサマは、自分の半生について口を開いていました。

 だってこの男の子、いちいち反応が大きくて面白かったんです。聞き上手と言うんでしょうか? とにかく、カミサマは思い出したくもない話なのに、埋められるまでの経緯をざっくりと、自分が『異能』を持つ魔族であることも話してしまいました。

 

「…………ゴメン、軽々しく聞くべき話題じゃなかった」

 

「別に、いい。もう昔のこと」

 

「良くないよ。君が魔族で人間の敵とか、そういうことは関係ない。君はとても長く、長く頑張ってたんだ。だから、もっと報われるべきだと思う」

 

 どんな理論だよそれ、とは口にしませんでした。だって報われるものなら報われたいじゃないですか。別にそこまで悪いことなんてしてないのに、ずっとずーっと苦しい思いをし続けたなんて理不尽です。不公平です。

 

「出来れば俺がどうにかしてあげたいけど、生憎今は俺は修行中でね。伝わるかどうか分からないけど、幼なじみが勇者に選ばれたんだけど……自分の力不足を実感して、誘いを断って身一つで飛び出してきた身だから、君の状況も、異能もどうこうできる力は無いんだ」

 

 まぁこんな木っ端人間にどうにかできる問題だとは最初から思ってないし、期待はしていませんでした。そもそも、期待なんて死体はしません。死体はもう、希望を持つなんて無駄なことはうんざりなのです。

 

 

 

 

「だから、約束しよう。俺は強くなって、必ずまた君に会いに来る。もしかしたら俺だけの力じゃどうにもならないかもしれないけど、その時は頼りになりそうな人も連れてくる。そして、君に『長生きして良かった』って思えるような最期を用意するよ」

 

「なに、いってんの?」

 

「…………あ、コレ殺害宣言じゃん!? 嘘、今のなし、ゴメン!」

 

 

 暴走した『異能』の力。生命の持つ最低限の尊厳を、術者のものすら冒涜する能力。かつてカミサマだった頃に『祝福』を持つものでも終わらせることが出来なかった動く屍(リビングデッド)

 それを、ただの祝福も持たない人間が殺す? しかも『長生きして良かった』なんて思わせる? もう2000年とちょっとで十分『長生きなんてしなけりゃ良かった』としか思えないし、そもそも肉体的にはもう死んでいる。

 

 あまりにバカバカしい。

 反吐が出るほどバカバカしい。

 

 

 

 

 それでもそれは、生まれて初めて誰かから貰った優しさだった。

 こんな土気色のミイラの言うことを純粋に信じ、ただ『そうなればいい』なんて絵空事を願ってくれる生き物なんて、今まで1匹もいやしなかった。

 

 

 

「うん。きたいしないで、まってる」

 

「っ、いや、期待しててくれ。必ず君の人生、魔族生? まぁどっちでもいいか。それが『良かった』で終わるような、そんな方法を探してみせる」

 

 

 

 雨が止み、その男の子は彼女を置いて洞窟から去りました。去る前に、今の世の中の状況をサラッと簡単に、人間と魔族が一緒に歩いていると良くないことが起きるということも含めて教えてくれました。

 

 まぁ、期待しないで待ってみよう。そう思うミイラの口端は生まれて初めて無意識に緩んでいました。

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……。

 

 

 

 が! 

 ここでミイラは大変なことに気が付きました! 

 

 数百年くらいかければ、あの男の子でも本当にワンチャンあるかな? とか思っていましたけど、人間の寿命は100年もありません! 

 このままでは絶対に男の子が約束を果たせません! もう既にミイラは男の子に約束を破られることよりも、男の子のついた優しい強がりを嘘にしてしまうのが嫌なくらい、男の子にゾッコンでした。

 

 

 

 

 だって仕方ないでしょう? 

 2000年も冷たく扱われて、冷たくなってて、生まれて初めて優しくされたらコロッと落ちてしまいます。そりゃもう、()()()()を揺らされるくらいに。

 

 

 

 

 まともに動かない体を引きずって、洞窟の外に出ます。

 あの男の子はどういう子が好きなんだろう。昔の自分みたいに愛される見た目ならいいかな? とりあえず分からないからそうしておこう。

 

 何処に行けば会えるのかな? 

 人間の寿命は長くないから、出来るだけ早く合流して鍛えてあげないと、私を死なせる方法を見つけた時には男の子がおじいちゃんになってしまうかもしれない。

 

 

 ミイラはもう魔族ですらありませんでした。

 ミイラの真摯な想いに異能は応え、その力を変質させていきます。干からびていた手足が潤いを取り戻し、くすんでいた髪の色は本物の金のような鮮やかな光を纏い、気が付かなくてもいいけど、気が付いてくれたら嬉しいなとちょっとだけ期待を込めて大きな藍色の瞳だけをそのままに。まぁあの鈍感野郎は気が付かなかったんですけど☆

 

 

 

「……え!? 裸!? ちょっとそこの貴方、どうしたの!?」

 

 

 

 途中立寄った村らしき場所で、神官のような服装をした女性が声をかけてきました。

 

 ですが、可哀想なことにもうその少女の目にはあの男の子しか映っていません。なんとしてでも、彼と自分の夢を現実にする。その為ならばどんなものだって犠牲にしてみせましょう。

 少女は変質した自分の『異能』の力をすぐさま理解し、死体を『ストック』することにしました。

 

 

 

 

 

 

「ホットシート・イェローマム……ふむふむ、なかなか悪くない名前。よし、これで行こう」

 

 

 死体の準備万端と、廃村を見渡しながら少女は今は亡き神官の服に袖を通します。信じるものは、己の神のみ。この世で最も悪辣で、純粋で、信仰心の強い神官、ホットシート・イェローマムはこうして爆誕したのです☆

 

 

 

 

 

 ちなみにこの後再会するのに3年近くかかったりしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







・ホットシート・イェローマム
2000年以上前に自身の異能で自身の死体を操るというあまりに特異すぎる不死性を獲得した、人に擬態することを得意とした魔族。現在は存在意義の変更により『人』として振る舞うのを完全にやめている死体。
男の子との約束は彼女が初めて貰った優しさであり、男の子は彼女にとって世界で唯一の味方でした。なので彼女は、彼が約束を破ることよりも、そんな彼が自分へその優しさから吐いてくれた強がりを嘘にしてしまうことがとても悲しいことだと思いました。どこまでも他人思いで、どこまでも自分勝手な願いを引き連れた死者の軍勢。神官の死体を素体にしてるおかげで一応信仰由来の魔術が使える。


・異能『生禍燎原(アポスタシ・サテライト)
死体を操る異能。本来ならそれだけであるが、彼女の場合は異能が消滅する寸前のホットシート・イェローマムが死体となりゆくその瞬間の自身に対して発動されている。
死体からは異能が消えるのに、死体でありながら異能を使う世界のバグ。消滅寸前で肉体に繋ぎとめられ発動したその異能は暴走状態にあり、出力、制御の効かない暴威と成り果てた。その『操る』の自由度は形状変化から過剰圧縮、空間構成にまで及んでおり、最低でも10万を超える亡骸で現在の彼女の体は構成されている。遍く全ての命の輝きを冒涜する、理外の神の御業。



・魔族
前話の時点で負けていた。単純にホシが性格が悪いため生きていた。


・男の子
今は多分牢屋で寝てる。


・リスカ・カットバーン
現在めちゃくちゃ不機嫌。ホシとは同族嫌悪。

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