「ふーむふむふむ。なるほどなー。やっぱり最近の魔族は色々なことを知っていらっしゃる」
平原に転がりながら、ホシは先程食べた魔族の死骸の記憶を読み取っていた。
『死体を操る』能力も万能ではない。記憶を読み取るなんて行為は、要は脳みそという一度壊れたら再現不能の砂の城から欲しい部分だけ壊さないように抜き取る至難の業。故に、軽い口調ながらホシは実は真剣そのものだったりする。
「…………ん、あー……これやばいかも」
その中で一つ、少しマズイ情報を手に入れた。
この魔族が持っていた『異能』、それで魔獣にされた人間は決して元に戻らず、ついでに調教済みの個体は術者が死亡すると暴走を始めるらしい。
それが街の中に……ちょっと面倒なくらいの数いるらしい。しかも『調教』された個体はリスカ、自分、そして『彼』の顔と匂いを覚え込ませているらしい。優先的に狙えるようにだろう。
さて、なぜこの魔族は自分達の顔と名前を魔獣に覚えさせておいたのだろう?
自分達がこの街に立ち寄ったのは、本当に偶然だ。
仲間の一人であるスーイがここに来るように指定したから。その時点で答えは出ている。
「あんにゃろう……、今度は何企んでいやがる……」
魔族で遊ぶために街からかなり遠くに来てしまっていたが、今すぐ街に戻らなければとホシは肉体の変形を始める。
自分の周りにいる者は、『彼』以外は自分を含めロクデナシだと知っている。だからこそ、ロクデナシの考えそうなことは分かる。リスカはまだいい。大嫌いで心底クソ野郎だと思うが、アレの考えは基本的に単純だからだ。
だがスーイはダメだ。ギロンも、非常に常識がないボケ野郎であるが、あのクソ魔術師は次元が違う。アイツは行動指針が本当に意味不明すぎる。故に、やらかす時は何をやらかすか予測がつかない。急がなければ、街ごと彼が消し飛ぶなんて結末にだってなるかもしれない。
ふと、空を見上げると星が煌めいたような気がした。
そして、それと同時にホシは可憐な声で大地が震えんばかりの怒声を発し、肉体の形を走行から防御に特化させる。
「あの、クソボケ魔術師が──────」
天彗一閃。
宙よりの火が、ホシの肉体を大地ごと抉った。
目が覚めたら牢屋にいた。
なんで?
状況が分からない。確か昨日は普通に宿に帰って普通に眠ってたはずなのに目が覚めたら手足が縛られて牢屋にいる。訳が分からないよ。だが、俺を閉じ込めた何者かは詰めが甘かったようで拘束はガバガバで1時間くらい奮闘したら何とか解くことが出来た。魔術がかけられていたっぽいけどとりあえず筋肉イズパワーだ。
改めて周囲を確認すると、どこかの地下室のようだ。
牢の向こうには階段と、何故か俺の装備一式が置いてある。どうやら俺を誘拐した犯人は絶妙に危機感がないらしい。牢屋を1枚ぶち抜けば剣をゲットできるのは、もう牢屋に閉じ込めなくてもいいんじゃないか?
それとも、それほどまでに牢屋の方に自信があるのだろうか。一見錆びた鉄なので何度もタックルすればぶち破れそうだが、縄にかかっていた通りにこちらも魔術で補強されていると考えるべきか。
「ふん!」
バキンッ!
うん、試しにタックルしてみたらちょっとびっくりするくらい簡単に壊れたね。俺を閉じ込めた人はやる気あるの? 縄を解く方が時間がかかるような牢屋なんて用意する方が難しくないのかな?
ちょっとタックルして痛い肩をさすりながら、一応装備を確認してみる。もしかしたら内側に毒とか棘とか仕込まれてたりするかもしれないし、剣も握った瞬間爆発するかもしれない。
…………。
…………!?
「めっちゃいい匂いする……」
幾ら手入れをしているとはいえ、多少臭いはどうしようも無い防具の染み付いた臭さが取れている。しかもこれ、めちゃくちゃピカピカになってるし、剣もご丁寧に研いでもらっちゃってる。
もしかして俺、歓迎とかされたのだろうか? 確かにちょっと牢屋に監禁されてたっぽいだけでそれ以外のあらゆる要素が俺にプラスの方向だし、もしかして親切な妖精さんが道具のお手入れをしてくれたんだろうか? ありがとう妖精さん、さてそろそろ現実に戻ろう。
あまりに不可解な点が多すぎるが、とにかく外に出てみようと思ったら、階段のところに張り紙が貼ってあった。
『暗いので足元に気をつけてください』
本当になにこれ?
俺は一体何をやらされているんだ? いい加減夢なんじゃないかって思いながら階段を上り地下室を出ると……。
「……犬?」
地下室を出た先にあった、恐らく空き家であろう空間に犬が一匹座り込んでいた。凛々しさと可愛らしさの混じった素晴らしい犬だ。あまりの可愛らしさと凛々しさに頬が緩みそうになるくらい。
そして、犬は俺の存在を確認すると頭が横に裂けて肉を断ち切る形をした恐ろしい大顎を顕にしながら飛びかかってきた!
「トラップが急!?」
突然の事態に驚きながらも横に飛んで回避し、そのまま遠心力に任せて剣を振るう。飛びかかったせいで空中で回避不能な体勢になっていた犬、いや魔獣は胴を両断されて内臓をぶちまけながら絶命した。
マジでこのトラップを作ったやつは性格が悪いだろ。ここまで謎の丁寧なおもてなしで油断させておいて、このワンチャン即死トラップはえげつない。
剣に付いた魔獣の血を払いつつ、一息つこうと思ったが外からは悲鳴が聞こえてくればそうは言っていられない。急いで外に出てみれば、自分がまだ街にいることは理解できたが、状況はまったく理解できない。
先程の犬型の魔獣に他にも蛇のようなものからもはや動物とは全く似ていない魔獣まで、選り取りみどりの魔獣が街中で人を襲っていた。
門の方向を確認するが、破られているような形跡はない。結界にも問題はなさそうなのに、何故街中に魔獣が!?
「そこの兄ちゃん! 何ボーッと突っ立って……って、アンタは確か昨日の神官の嬢ちゃんの彼氏!」
「違います!」
そこに現れたのは昨日ホシと一緒に飲んでいた強面だがやたら人が良い人。彼はその巨躯に良く似合う大槌を振り回して、魔物から街の人々を守っていた。
「……! ホシ! すいません、昨日俺と一緒にいた神官の子を見てませんか!?」
「くっ、すまん。こっちでは見かけてねぇ。こっちも突然現れた魔獣の処理で手一杯なんだ」
彼の話によれば、突然なんの前触れもなく街の内側から魔獣が発生して大混乱。何とか彼を始めとした戦闘可能な人々で魔獣を倒しながら街の人を守っているがそれで手一杯で誰も状況は正確に把握していないという。
本当ならば仲間の心配をするべきなのだろうが、リスカやホシ、もしも街に到着していたのだとしたらスーイも含めて俺の仲間は魔獣が出た程度で下手に心配するようなら逆にキレてくるような連中ばかりだ。ならば、俺がやるべきことは一つだろう。
「俺も協力する。とにかく今は魔獣の処理が優先だ」
「……それは心強いが、アンタ、なんか魔獣にめっちゃ狙われてねぇか?」
「え?」
そう言われて周囲を確認すると、数十匹の魔獣の人を襲う手が止まって、全員の視線が俺の方に向いていた。
「くふ、くふふ。良い良い。良いね。人間が虫けらみたいに頑張ってる。頑張ってるけど、死んでいる」
夜空を揺蕩いながら、魔術師スーイは機嫌が良さそうに独特な笑いを漏らす。
遥か上空を飛ぶ彼女を、地上で逃げ惑ったり戦ったりしている人間が意識を向けるはずも、向ける余裕もない。そんな人間とは対照的に余裕綽々の彼女は驚異的な視力で地上の人々の表情まで観察する。
恐怖、動揺、驚愕、そして自らを奮い立たせる勇気。実に素晴らしいと、拍手すら送りたくなる。
「……来た!」
そして、
メインディッシュの登場に、魔術師は三日月よりも鋭く、狂気的に口角を吊り上げた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!! 無理! 無理無理無理! この数は無理だァァァァ!!!」
どうやらこの魔獣達はあまり強くないようで、一匹一匹落ち着いて対処すればどうにかなりそうであった。
でも数十匹同時はさすがに話が違う。何匹集まっても烏合の衆、とはならない。普通に数というものは純粋なる脅威だ。数ではどうとでもならないような圧倒的な『強者』ってのはそうそういるもんじゃないし、もちろん俺はそうじゃない。なのでこうして街を疾走し逃げ回る。
「クソ! なんでコイツら俺ばっか狙うんだ!?」
「だが相棒がターゲットを引き付けてくれるおかげで市民の救助に手が回せる。安心しろ、相棒は俺が守る!」
大槌を担いだ昨日と強面の人は何故か俺を相棒と呼びながら守ってくれている。本当になんでだろう。
だが、彼の言う通り俺を優先的に狙うなら好都合。とにかく街中の魔獣に俺を狙わせて、その間に他のみんなで非戦闘員を安全なところに避難。そしてその後魔獣を掃討と訳の分からない状況なりに希望の目が見えてきた。
でもさすがに多すぎる!
走りながら剣を振り回せば何かしらの魔獣に当たるというレベルの数だ。既に強面の人が居なければ俺は魔獣の餌になっていたであろう。俺一人ならばまぁ最悪そうなっても良かったのだが、今はそうもいかない。俺が殺されてしまえばせっかく俺に向かっていた魔獣達がまた他の人を襲い始めてしまう。
「……この街の道はよく分からん! 道案内は頼んだぞ!」
「任せろ相棒! お前には傷一つつけさせやしねぇ! こんな危険な役割を 押し付けちまったからには、全力でサポートするぜ!」
誰だか知らないけどこの人本当にいい人だな。
強面の人が大槌を振り回し道を開き、俺が細かに襲い来る獣を斬り捨てる。既にこれを数えるのが面倒になってくるほどに繰り返す。血脂の付いた剣の切れ味が鈍くなり、呼吸と疲労も肉体の限界に少しずつ近づいているのを感じとれる。
だが、それでも止まるわけにはいかない。ここで死ぬわけにはいかないのだ。ここで俺が死ぬと、被害がどうなるか予測がつかないし、何より──────。
「
「おほ〜♡良! 良ぞ! ほんとに人の子、良!」
宙に揺蕩う魔術師スーイは絶頂していた。
歯を食いしばりながら、理不尽も逆境も弱音も飲み込んで走る青年の姿を見て、100人が見たら100人が容姿の端麗さと合っていなさすぎる汚さに振り返って目を疑うような笑みを浮かべて絶頂していた。
「さてさて、己が両肩に多くの民の命がかかってると理解したか。顔に覚悟が滲み出てる。うん、良い顔だ。近くにあったら舐めてあげたい」
スーイは荒い息を整えようとし、結局整わなくて諦めてを繰り返しながら独り言を呟き続ける。
彼女はリスカ・カットバーンの仲間だ。
神に選ばれた『勇者』の仲間だ。その『勇者』の仲間である青年は、当然ながら自分の仲間だ。そうでありながら、下に広がる惨状を彼女はただ見ている。見ているだけで、何もしようとはしない。
「理不尽な状況でも弱音を飲み込み、幸運と良き出会いに助けられながら、前を向く。うん、本当に良いね。人間の良さの極み」
そもそもの話、この街に魔族を誘い込み、魔獣を内側で発生させ、その上で自分の仲間を呼んだのはこの魔術師、スーイ・コメーテストなのだ。
人が多く死ぬことを当然のように教唆し、人類の敵に協力し、その場に仲間を引き込んだ。それに関して彼女がどう思っているか、罪悪感を感じているか、それとも上手くいったとほくそ笑むか。
それが彼女の答えだ。そんなことはどうでもいい。人類とか、魔族とか、どうでもいい。ただこの状況が欲しかった。
「あ! 腕に噛み付かれた! これでもう先程までのように剣は振るえないよ!」
仲間が魔獣に腕を噛まれ、痛みを堪えきれず声を上げながら無理やりにその顎を振り払う姿を見て狂喜する。
「はは、油断したのかな!? 僅かな隙間でもその魔獣は現れる……おっと、横の人間が助けたか」
気分はまさに演劇の観客。繰り広げられる地獄を特等席から物見遊山。
「……くく、会って間もないのになんであの二人互いを『相棒』って、意味わかんない……でも、二人ともいい顔だ。諦めが微塵も感じられない」
剣を振るう青年と大槌を振るう男。既に二人ともボロボロで限界が近づいている。対して魔獣はまだまだ元気いっぱいに血肉を求めて二人を追い詰める。
絶体絶命、絶望必至。
「……
心の底からの疑問が生じる。
諦めた方が楽だ。生き物は楽な方にと進化していくものだ。この地上で最も繁栄した種族である人間が、なぜ諦めないのか。なぜ試練に向かい、それを乗り越え、必要のない強さを身につけていくのか。
スーイ・コメーテストには分からない。
■■■■には理解出来ない。理解できないからこそ、愉快で愛らしい。
「…………ここでもう一つ、試練を追加しよう。乗り越えてみせてよ!」
この少女は人を理解しない、人はこの少女を理解できない。
宙に魔法陣が現れ、リスカ・カットバーンですら手放しに賞賛する神威の魔術が地上に落とされる。
「──────ッ!?」
「なっ、相棒!?」
突如、肩に激痛が走る。
いつの間にか、鋭い矢に穿たれたように肩に穴が空いていた。しかも利き腕だ。反対の手も先程魔獣に噛まれて負傷してしまった以上、もう剣を振ることは出来ない。
一体誰が攻撃してきたのか、そんなことを考える余裕は今はない。とにかく、今この状況、魔獣に追われている状況だけを考えなければ。どうする。どうする。どうする。
作戦は何も浮かばない。もう諦めて餌になるしかない。脳が引っ張り出す答えはろくなもんじゃない。
このまま逃げ回り少しでも時間を稼ぎたい。最善ならば、援軍が駆けつけて助かるかもしれないが、今は最悪。剣を振れなければろくに逃げ回ることも叶わない。
「……くそっ、なんだ、簡単じゃねぇか」
利き腕を軽く動かす。肩に空いた穴が激しく痛み、涙と声が漏れそうになる。しかも感覚が覚束ず、いつものように動かせない。
落としそうになった剣を強く握りこみ、さらに強く前へ一歩を踏み出す。
「相棒! あとどれ位逃げればいい?」
「……! 5分だ、それくらいあれば、俺の頼れる仲間なら駆けつけてくれるはずだぜ!」
どうやら強面の人は仲間まで怖いのは顔と実力だけらしい。本当に俺は出会いというものの一点ならばとても恵まれている。
まだそもそもなぜ魔獣が現れたのかという原因はわかっていないが、きっとそっちは世界で最も頼もしい俺の仲間達がどうにかしてくれているはずだ。
「……待ちわびたよ」
「待たせたつもりは無い。そもそも、頼んでもいない」
覚悟を決めた青年がひたすら魔獣から逃げている頃、その街の遠方にて二人の生物が邂逅する。
片方は、神より祝福を授かり魔王を倒すことを宿命とされた『切断』の勇者、リスカ・カットバーン。
そしてもう片方、背後に50体ほどの魔族を引き連れ現れた双角の魔族。
「部下が世話になったな。『切断』の勇者」
「なんのことだか。それよりも名前くらい名乗れよ。どうせこっちのは知ってんだから私は名乗らなくてもいいだろう?」
自らを見て恐れる様子の欠けらも無い『切断』の勇者を見て、同じく双角の魔族は名を名乗る。
「魔王軍幹部、『万解大公』の
「通りたいなら通ってけ。──────私の死体を飛び越えて、な」
・従者くん
自己評価(リスカと比べて)と
・相棒
本名はミッシェルって言うらしい。昔は大槌を振り回し魔王軍ともドンパチやっていたが、友人の死と共に前線から退く。現在は輸送の護衛の仕事をしており、趣味は植物の観察。その人柄から友人が多い。
・スーイ・コメーテスト
やば♡人間弱弱♡それなのに諦めない♡
なんで?理解できない
・ホシ
死なないのでダメージ担当になりつつある。現在挽肉。リスカが嫌い。
・リスカ
ブチ切れ寸前。強さという面であれば人類種の一つの極点。ホシが嫌い。
好き
-
リスカ
-
ホシ
-
スーイ
-
ギロン