後天的に『祝福』を授かることが出来る素質、『勇者』は決して多くはないが、人々が思うほど少なくもない。
だから、彼女は青年なら選ばれるかもしれないし、選ばれなくとも、残念だったねでいつもの日常に帰れるものだと思っていた。いや、そんなことは思っていない。
この世界で彼よりも『勇者』な存在なんているはずがないと信じていた。だって、彼はリスカにとって誰よりも強くて、かっこよくて、誰にも負けない、皆を守れる最高の勇者だったんだから。
「おめでとう、リスカ。やっぱりお前は凄いよな……それに比べて、俺は……」
やめて、なんで貴方がそんなに辛そうな顔をするの?
こんなの絶対に間違っている。私が『勇者』なわけが無い。怖がりで、醜くて、ただ人より何でも上手く出来るだけの私が勇者で、貴方が勇者じゃないって言うの?
「はぁ……わかっていたけど。リスカには勝てないな。うん、でもいつまでもへこたれてはいられないな。それじゃ、元気でな」
待ってよ、どこに行くの?
私は、『勇者』は魔王を倒す為にしばらくここで訓練をしなきゃいけないの。貴方はどこに行ってしまうの?
「『祝福』が貰えないなら、とにかく他の方法で強くなる。とりあえず、色々旅をしてくるよ。……帰ってきた時はお前に負けないくらい強くなってるからさ、お前は俺に負けない『最強』の勇者になれよ」
やだ、やだやだやだやだやだやだ!
貴方がいなくちゃ嫌だ! もう1人は嫌だ、勇者になんかなりたくない、魔王なんてどうでもいい! 私はただ、貴方が人生最後の日まで隣にいてくれるなら、どんな財産も力も才能もいらない。だから、だから側にいてよ!
『リスカは勇者なのに、そんなこと言うのか?』
『最強の勇者は、そんなこと言うのか?』
やめろ。
アイツはこんな事言わない。この世界でただ1人、リスカ・カットバーンを認めてくれる人。
…………でも、もしも。
もしも、アイツに嫌われちゃったら、私は。
「はぁ? 元から私はアンタに負けてないけど。せいぜいそこらで雑魚魔獣の餌にならないように頑張る事ね」
砕け散った仮面達が、私を嘲笑いながらまとわりついて来る。それがお前だと、それが■■■・■■■■■■だと、念入りに、もう二度とワタシが表に出てこないように、『勇者』の名前が塗りたくられる。
去っていくアイツの背中を追いかけることも出来ずに、私はリスカ・カットバーンを捨てていく。
だって、アイツの傍に立てる、アイツに嫌われない『最強の勇者』は誰よりも強くて、かっこよくて、誰にも負けない、皆を守れるんだから。
私は『勇者』に選ばれたんだから。
なら私はそれになろう。
リスカ・カットバーンなんてものはいらない。彼の傍に立てないワタシなんていらない。私が知ってる、最高の『勇者』になれれば、きっと私は本物の『勇者』の隣に立てる。そうでなければ、貴方と『おんなじ』
でなければ、私は貴方の隣に立てない。
だって、貴方は私と自分が同じだと言ってくれた。貴方の言葉を、嘘にはしたくない。
そうして、『切断』の勇者が生まれた。
破られた蛹の殻は、誰にも気づかれずに砕け散る。高いところから落ちた分、二度と元には戻らないくらい粉々に。
「…………これが、『切断』の勇者か」
ベルティオの『異能』はあらゆる物質を分解する。それがなんであろうと、分解してしまう。そう言う『理』を持つからだ。
強いて『例外』を上げるのだとしたら、分解されないという理を持つ相手だけ。
「知ってる? 勇者は負けないんだよ」
リスカ・カットバーンが手刀を振るう。自らの肌に触れる不届き者の腕に向けて。一瞬の攻防、刹那のうちに交わされた14手の駆け引き、その結果。
「我の『分解』すら防ぐその防御。……いや、違う。我が腕を切り落としたその手刀こそ、貴様の祝福の正体か」
ベルティオは自らの切り落とされた腕の傷口を握り潰し豪快に止血を行った。
二人の攻防の結果は、火を見るよりも明らかであった。リスカは『分解』の腕に触れられたにも関わらず傷一つなく、対するベルティオは腕をただの手刀に切断されていた。
「…………防御、なんて力は勇者らしくない。私の『祝福』は違う」
徒手空拳。
彼女の戦闘の原点であり、『切断』の勇者の真の戦闘スタイル。極めた手足を刀と成し、万物万象を切り裂く傲慢の化身。
「私が授かった『祝福』は『切断』。私が斬れると思ったものは、どんな物でも斬ることが出来る。それだけ」
「ほぅ…………何を馬鹿なことを」
切断する『だけ』?
それが嘘であることなんて赤子ですら気がつく事が出来る。あまりにも下手くそな嘘にベルティオは何かのブラフかと勘違いを起こしかけたほどだ。
ただ斬るだけの祝福がどのようにして傷一つなく部下たちの攻撃を受けたのか?
どのようにして『
「……いや、まさか!?」
最悪の予想、同時にベルティオはもう一度地面に『
その一瞬の隙に再び距離を詰め、今度はリスカを掴むのではなく、ほんの少しだけ触れる。だが、リスカとて触れられるのを許すような安い乙女では無い。高速の手刀は空気抵抗の一切を無視してベルティオに向けて振るわれる。
「……ッ」
「やはり、か」
此度の交差を制したのはベルティオだった。僅かにリスカの左腕に触れ、確かにその肌が
何故、自身の分解の防御を貫く相手に対して接近を試みたのか。それは『確認』の為だ。
あまりにも暴力的なその事実を、認めたくないその現実を認め、抗う覚悟を得るために。
「斬れると認識したものを斬れる。それが貴様の祝福だな?」
「うん、そこは嘘はつかない。私の祝福は『切断』だ」
斬れると認識したならばその他一切の要素を無視して切断する、強力ではあるがそれだけの祝福。力としての強さならば、もっと強力なモノを持っていた人間や魔族などベルティオは数え切れないほど見てきた。
しかし、この力の問題は『認識』だ。
仮に彼女がこの世の全てを斬れると認識していても、斬撃を伴う攻撃の全てが防御不可になるだけだ。
…………では、こう考えたらどうだろうか?
斬れると認識したものを斬る能力で、『斬れない』と認識したものはどうなる?
「切断を司り、
「さすが魔王軍幹部。エウレアと言い、気が付くのが早い」
『切断』。
リスカ・カットバーンが切断できると認識した対象に限り、その強度の一切を無視して切断する。この祝福の対象は
ただ斬る。それだけの祝福。
彼女の祝福は、発現した時も溜息を吐かれた程度のものでしかない。
では何故彼女は勇者足り得るのか?
単純な話、この祝福は『認識』が重要であったからだ。
だって、勇者はどんなものも斬れるのだから。
堅牢な鎧も、城塞も、山も、魔術も、形のないモノも、なんであろうと勇者なら斬れる。
そして、
彼女がそう思うなら、斬れない。
殴られて血管が切れることも、焼けて細胞が切れることも、ありえない。勇者は斬れないのだから。
故に無敗。
故に無敵。
故に、最強。
その認識こそが、リスカ・カットバーンを最強の勇者たらしめる呪い。
「それで、どうする? 私との相性は最悪だと思うけど、まだやる?」
「…………あぁ、やらせてもらうとも」
戦意を失わないベルティオに対し、リスカは右の手で手刀を作り左の手で拳を握る独特の構えを取ろうとした。
しかし、妙なことに左の手に力が入らない。だらんとだらしなく垂れ下がり、力を込めようにも指先がピクピクとか弱く動くのみで構えるどころか拳を握ることも出来ない。
最初に思いついたのは毒、神経毒の類はリスカにも効くが、彼女の場合は呼吸の際に意識して生命維持に必要ない物質を『斬る』ことで無効化している故に、気体を吸引した影響とは考えにくい。液体であれば、そもそも経口摂取はありえないし肌を突破って血管に入るなんてことは最もありえない。
さらに異常は左腕のみでその他の部位に問題は見られない。
「分解……いや、
「肉体の結合を貴様の認識で『斬る』に至らない程度に
「エウレアもだけど、アンタ達って本当に私の祝福の穴を突くのが上手いわよね。アイツでも突くのには二手かかったわよ?」
「何分我は古参でな。勇者との戦闘は慣れている」
互いの中で互いの脅威度が一つ引き上げられる。
リスカ・カットバーンは『切断』を伴うあらゆる攻撃を無効化する。さらに、『切断』を伴うあらゆる攻撃を防御不能にする。これに対してベルティオは『分解』ではなく『弛める』ことで対策した。
肉体を締めるネジを弛めるような感覚だろう。確かにこれならば切断自体はされていないとリスカは認識し、その攻撃を素通ししてしまった。弛んだ体は伝達が上手くいかないのか上手く動かなくなる。全身にこれを喰らえば半永久的に行動不能にされる。しかも、一瞬左腕を触れられただけでこれなのだから、掴まれれば一瞬で全身を弛められるだろう。
だが、ベルティオにとってもリスカ・カットバーンは天敵だ。
あらゆる物質が干渉してくる前に体表面で分解してしまう彼にとって、分解を行えずに更には防具も魔族特有の硬い皮膚も魔術による防壁も魔力の放出による防御も全て無視して切断してくるその祝福は天敵と呼ぶに相応しい。
互いに接触致死。
故に勝負は一瞬。
思考を巡らせ、策を練り、たった一手の賭けに勝利した方が勝つ。
最初に動いたのはリスカだった。相手は地面を分解し、流砂を引き起こす故に常に動いて的を絞らせないようにしなければ、ほんの少しだけ足を取られる。
実力が拮抗する以上、そのほんの少しの間は確実に致命の間となる。実際に左腕が動かないのはその間が原因だ。
そしてそれを見たベルティオも動き出す。
「我の勝ちだ」
──────勝利を確信し、凱旋の為に動き出す。
既に二度流砂による拘束を見せた以上、それに捕らわれないように相手が動くことは読んでいた。だからと言ってこの勇者の洞察力を前には事前に作る罠は確実に見破られる。相手が動いてから作るのは、相手の読み通り異能を発動させてからのタイムラグで捉えきれない。
だからこれは賭けだった。
相手が動き出す直前、その動きの方向を予測して分解を使い流砂を作り出す。僅かでも予測が外れれば罠として機能せず、更には自らは隙を晒すこととなるが、ベルティオは見事に勝利した。
流砂に足を捉えられたリスカの動きが鈍る。ただでさえ動かない左腕のせいで、体がバランスを崩す。そこを見逃す甘さがあったならば、今日までベルティオは魔王軍幹部の一角として生きてはいない。
魔の手が、無慈悲にリスカ・カットバーンの左腕を掴む。その瞬間、『
「アンタも見事だけど、二手、私が上回った」
ベルティオに掴まれたリスカの腕が粉微塵に
何故ならば、それは既に
「腕を、囮に!?」
リスカは掴まれた瞬間に、左腕を切断して『
更にそれだけでは無い。流砂に捉えられていたその体が空を舞う。足首の周りに浮かび上がる紋様は魔術を発動させる時に伴って現れる魔法陣。それと共に空気が火を吹き、噴射の勢いでリスカ・カットバーンは跳ねるように空を駆けた。
「貴様、魔術を──────」
「隠していた訳じゃない。ただ、使う必要がなかっただけ」
魔術と近接戦闘を併用するものが少ない理由。
単純に魔術は高等技術であり、修得には非常に限られた才能と長い鍛錬が、発動にはかなりの集中力が要される。故にこと近接戦闘においては殆どの場合は魔力を身に纏い強化した肉体で戦う方が有効であり、魔術は中遠距離からの攻撃手段として用いられる。
例えば、彼女が使用した足元で爆発を起こし自分の体を狙った方向に吹き飛ばす魔術も修得するだけでも普通の人間ならば10年は専門で学ぶ必要があり、実践で使うとなれば10秒程度の時間を要しても思った通りに跳べる人間は100人の中で半分以下。
だが、リスカ・カットバーンは天才だった。
腕を自切した激痛に耐えながら、一手のミスで即死する極限状態で、高速戦闘での使用に使える精密な魔術を発動させる。
それを読めなかった時点で、勝敗の天秤は公平ではなくなっていた。加えて、リスカ・カットバーンも『相手が左腕を狙ってくる』という賭けに勝利した。ならば、勝敗は公正に下される。
「リスカ──────」
「じゃあね、万解大公」
爆発音と共にリスカ・カットバーンの肉体が急加速する。
振り下ろされる手刀は『祝福』を伴い、あらゆる物質を一切の容赦なく切断する。例えそれが魔王軍幹部の肉体であろうと、残酷なまでに平等に。左肩から入り込んだ手刀は、ベルティオの右脇腹を抜け、その肉体と命を『切断』した。
『うわぁ……もしかして分解って汚れも分解してるの? キミ、すっごく綺麗な手してるね! いいなぁ〜私も欲しい』
ベルティオは信じられなかった。
自分の手を眺めながらはしゃいでいる、見た目は人間の少女にしか見えない相手に自分が
『……勝敗は決した。殺すならば殺せ』
『え、なんで……? ワタシ、そもそも殺すとか言ってないよね? キミを倒せたら、ワタシの仲間になってって』
仲間というものがどういうものなのか意味としては理解出来るが、魔族にとってそんなものは存在しない。狩りのためにコミュニティを形成することがあっても、人間達が使う『仲間』という関係はせいぜいが相手を利用する為に騙す嘘。
『……恐ろしくないのか?』
『何が?』
『我が腕は全てを解く。先の戦いでも見ただろう? 命の源ですら解くこの腕を、なぜ恐れない?』
ベルティオの『
以降、ベルティオは自らの生命の邪魔となるもの全てを塵にして生きてきた。花鳥風月の全てを塵に帰す悪魔の手が、その手だった。
『まぁ怖いけど、キミは酷いことはしないだろう? だって、ほら!』
少女が指さした方向には、分解された大地の中でほんの少しだけ分解から逃れた場所、そこに咲く一輪の花。
『キミの力はとても優しい力だ。どんなに恐ろしい敵からも、仲間を守る最強の盾だ。わたしはキミのその強さにこそ畏れど、キミのような優しい相手を恐れる理由はない』
ワタシの方が強いしねと憎まれ口を叩きつつ、少女は倒れ伏すベルティオの頭を撫でる。
長い生で、頭を撫でられた経験なんて一度もない。撫でられている双角を見れば、あらゆるものは自分を恐れるか、刃向かって塵に帰っていった。
……あぁ、存外悪くない。
『ワタシは『魔王』。キミのその力、ワタシの夢の為に貸してくれないか?』
「──────ォ、ォォォォオオオオオオオオオ!!!」
「なっ、仕留め損なった!?」
何度も魔族を斬り殺し、相手を『殺す』感覚を体に馴染ませていたリスカは驚愕した。確かに自分はベルティオの命を断ち切った。その感覚が確かに腕から伝わってきたのに、体が二つに分かれ、もはや生命を維持することは不可能なはずなのに、ベルティオの体は動いた。
ベルティオは自らの首を掴み、速やかに『
「勇者よ、地獄には、貴様も来てもらう!」
崩れ落ちる体が最後の力を振り絞り、その頭部を投げる。完全に相手を殺害し、ほんの僅かに気が緩んでいたリスカ・カットバーン、その右脚へ。
着地の瞬間と重なり避けられないリスカの右脚へとベルティオは噛み付いた。そして、命が消えるまでのほんの僅かな刻、『
「勇者の、左腕と、右脚、申し訳ありません魔王様、我は、この、戦果を以て、塵に──────」
咄嗟に右脚も切断することで、リスカ・カットバーンはなんとかその最後の攻撃から生還する。
今度こそ、確実に魔王軍幹部『万解大公』ベルティオが死んだのを確認してから、リスカ・カットバーンは周囲を見渡し、大きな溜息を吐いてからその場に寝転んだ。
「…………あー」
月が見下ろす夜空を見つめ、口を開く。
「あー……ああああああああぁぁぁ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いもうやだ、もうやだこんなのやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだぁ!」
戦いが終わったこの一瞬。
勇者は、リスカ・カットバーンとして涙を流した。
・祝福『切断』
勇者リスカが授かった祝福。彼女が『切れる』と認識した万物万象を切断する。それだけの能力。
恐るべきは彼女の認識。たとえ実体のない火であろうが、固く堅牢な鎧であろうが、魔術であろうが、彼女は『自分なら斬れる、自分なら斬れなければならない』と認識しており、結果的に本当に『あらゆるものを切断する』能力へと昇華した。
この能力は彼女の肉体、及び彼女が振るう『刃』に付随する。
故に、彼女が切れないと思ったものは切れない。
彼女は自分自身のことを『切れない』と認識しているが故に、その肉体は何があっても『切れない』。殴られれば血管が切れる。なら切られるはずがない。射抜かれれば肉が切れる。なら自分が切られるはずがない。その認識だけで物理的なあらゆる攻撃は彼女に届かない。自らの認識で神の力すら書き換えた、蛮勇の権化たる祝福。
・リスカ・カットバーン
この世で最もリスカ・カットバーンを嫌う人物。故に、信じてくれた相手の言葉ですら自分を信じられず、勇者の仮面を被ることを選択した。
選択するしかなかっただけで、彼女は決して強い人間ではない。何故ベルティオが死したはずの体で動けたのかは、理解出来なかった。
・異能『
魔王軍幹部、万解大公ベルティオが持つ異能。自身が触れた対象を塵に分解する。その分解速度は彼の肉体に接触してから効果を及ぼすまでの間に分解を行なう程に速く、攻防一体の非常に強力な異能。
リスカ・カットバーンに対して使った『弛める』がどういうものかは彼自身理解していない。即席で彼女の祝福を超える為に編み出した技であり、彼が単純に強力な異能の力で魔王軍幹部の座にいる訳では無いということでもある。
この異能故に、ベルティオはあらゆるモノを近づけず、あらゆるものをその手で解体し生きてきた。その長き生で彼の手を恐れなかった者は唯一敬愛する主と自身の最期を見届けた勇者のみであった。
・ベルティオ
リスカの左腕と右脚を持っていくという快挙を成し遂げた魔族。趣味は森林浴。長い生の中で渇望していたものは、既に貰っていた。故に彼は満足して散った。
好き
-
リスカ
-
ホシ
-
スーイ
-
ギロン