魔王軍幹部『万解大公』ベルティオが死した時点で勝敗は決していた。
彼が勇者と一騎打ちを引き受ける代わりに先に行かせた部下達は、道の途中で巨大なクレーターと遭遇。その底から溢れだしてきた
更に突如として街に現れた大量の魔獣は居合わせた者達が協力し、見事殲滅。大量の行方不明者を出しながらも、人類は犠牲の数を考えればとても効率的に魔王軍幹部の一角を堕とすことに成功した。
そして、その功績者である『切断』の勇者、リスカ・カットバーンとその仲間達は…………。
「どうですかリスカ。左手と右脚の調子は」
「まだ馴染まないけど、生活に支障はない」
「忘れちゃダメですけど、これでもう
ホットシート・イェローマムの異能『
本来回復魔術では元に戻せない欠損すら治すその姿はまさに『聖女』とすら呼ぶ人間もいるホシであるが、その実彼女の施しは所詮は死体による模造。常に彼女によるメンテナンスを受けなければ、死体と無理やり接合された肉体が悲鳴を上げ死に至る。
ホットシート・イェローマムは、リスカの生殺与奪の権を完全に握ったということだ。それはそれは素晴らしい笑顔でリスカの頬を軽く往復ビンタをして煽り散らしていた。
「……まさか、私の手足を飛ばす為だけにスーイと協力したとか……」
「
直前までのおちゃらけた雰囲気の一切が削ぎ落ちた、完全な否定。リスカもホシの事は大嫌いで信頼は全く出来ないが、こういう時の、『アイツ』が関わった時のホシの発言のみは信用出来るということは知っている。
幾らリスカやホシが単体でも魔王軍幹部と戦えるような存在であろうとも、戦場で背中を合わせるならばどんな弱者であろうと『信用』がなければそんなことは出来ない。それ程までに背中を合わせる仲間という存在は重要であり、そこに裏切りがあってはいけない。
「よっすお二人。朝から仲良さげだけど何? 出来てるぶぇ!?」
リスカ・カットバーンとホットシート・イェローマムは繰り返すが互いが嫌いだ。嫌いなので、相手がどんな行動をするかは基本的に常に予測している。嫌いなので。
ホシが両腕を縄のように変形させ、即座に現れたスーイの手足を縛り付けて、リスカが
「いった!? え、痛い!? 何すんの二人とも!」
リスカに全力で殴られながらもちょっと頬が赤くなっただけで人間の形をしっかり保っているスーイは抗議の声をあげるが、リスカもホシもちょっとそんな声は耳に入るような余裕はなかった。
「どういうつもりだスーイ」
「貴方、私達を利用しましたよね? それも、彼を弄ぶ為だけに」
「え、うん。そうだけど。それがどうかした?」
ゴキリ、と人であれば誰であろうとも耳を塞ぎたくなるような音が響く。ホシが自らの肉体をほんの少し動かし、スーイの手首を曲がらない方向に折り曲げて、関節をへし折った音だった。
「なーんでそんなに怒ってるのか。魔獣に変えられた奴と魔獣に食われた奴が死んだだけで死傷者なんて本当に少ないもんだよ? 少なくとも、ベルティオを本気で殺そうとしていたなら、今回の10倍は死んでた」
「数の話はしてないんだよ。残りの人類みんな殺されても別にどうでもいいし。……アンタ、アイツの肩に何したの?」
「何って……狙撃魔術をぶち込んだけど?」
床に転ばされたスーイの頭をリスカは有無を言わさず蹴飛ばした。首の骨がイカれる音と、リスカの持つ『祝福』の力によりスーイの顔の肉は抉れ、その端正な顔立ちは見る影もなく鼻から上が削げ落ちたバケモノのような面で彼女はただ笑っていた。
「別に殺そうなんて思ってないよ。それなら狙撃なんて狡いことしないで『翼』を使う」
「論点はそこじゃないですよ。リスカがキレているのは、何故彼を守ることが出来た状況で貴方は守らなかったか、です。そして、何故彼を守りに行こうとした私を邪魔しましたか? 納得出来る理由を、どうぞ」
「いや、死んでないんだからいいじゃんよ〜。多分、彼はまた一つ強くなったと思うよ? ふふ、そうそう、彼はまた一つ試練を乗り越えて成長した。それで全部いいじゃないか」
スーイ・コメーテストは楽しそうに笑っている。この女はいつでもそうだ。
この女は、彼が『成長』するのを眺める為にどんなこともする。一応、リスカに『魔族を可能な限り効率的に絶滅させる』という条件で協力はしているが、彼女は基本的にその最低条件さえ満たしたならばあとは何も行わない。
どれだけの人が死のうとも、どれだけ自分達が傷つこうとも、どれだけ
スーイ・コメーテストは笑いながらそれを見ている。
だが、事実としてベルティオをあの程度の被害で倒せたのはこの女のおかげだ。この女が内通し、リスカ達を誘き寄せ、餌にすることでベルティオを引きずり出し、おかげで100を超える人間が魔獣にされ、ホシが何回かミンチになり、リスカの左腕と右脚だけでベルティオを倒すことが出来た。もしもスーイがいなければ出来なかったことだ。
「何がいいんだよ。テメェの脳みそはトカゲ以下か? いい加減こっちも我慢の限界だ」
そう言って、リスカ・カットバーンはスーイに手刀を向けた。
彼女の『祝福』を知るものならば、その意味はすぐに理解が出来る。いや、出来なければ彼女に戦場で並び立つことなんて出来ない。
「リスカ、落ち着きなさい」
「落ち着いてられるわけないでしょ。私は、これ以上はこのバカ魔術師は
「……何? 私とやり合う気なの? ──────人間如きが?」
魔術師、スーイ・コメーテストの
瞳の形が変化し、立っているだけで周囲のものがあまりの濃さに魔力酔いを引き起こしかねない程の魔力を発生させながら、遂にその顔は不機嫌そうに逆しまに歪んだ。
「ようやく人間のフリは終わりかクソ魔術師?」
「バーカ、お前を殺すのは無理でも、ぶちのめすだけなら私は『アレ』を使うまでもない」
喧嘩。
それだけ言えば可愛らしいものだが、この二人がぶつかればどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。せっかく魔王軍を倒してくれた皆様にと、街の人達が用意してくれた一番豪華な宿が更地になるどころか街も消し飛ぶ。今のうちに彼を抱えて遠くに逃げておこうかとホシは思案していた。
だって、この二人と戦うとか命が幾つあっても足りない。まぁ命がない自分は戦えるけれどそれはそれとしてめんどくさい。
「はぁ……もう勝手にやってください。ただ、ここでじゃなくてどっか別の場所でお願いします。これでも神官なので、無駄に命が消えるかもしれない事には口出しさせて貰いますよ」
「それもそうだね。人間が減っちゃうと愉しみが減るし。じゃ、ホシをぶち焼いた時に作ったクレーターまで……」
背中を見せたスーイの無防備な背に向けてリスカは無言で手刀を振り下ろした。
それを見て、ホシは速やかに屍肉を展開し、隣の部屋で現在眠っている『彼』を守るためだけに自らの異能を展開し、スーイは三日月のように口端を歪めながら振り向き、その
「はーい、二人ともそこまで」
リスカの手刀を、スーイの背中を何者かが軽く抑えた。
ただそれだけの行為で、一触即発であったリスカもスーイも完全に停止した。
「……あ、帰ってきてたんですか」
「…………」
「…………」
「はい。盾兵のギロン、ただいま実家より戻って参りました。それはそうとリスカさん、スーイさん、仲間の内で喧嘩はよろしくありませんよ?」
「歯を食いしばりなさいスーイさん!」
「おぶぇ!?」
パーティ1の巨躯を持つギロンから繰り出される渾身の拳は、先程めり込んだ壁にもう一度、さらに深くスーイを叩き込んだ。
「え、なんで!? なんか許される流れだったじゃん」
「それはそれですわ。いいですか? 力を持つものは弱者を守る義務があります。……それを貴方という方は……もう一回歯を食いしばりなさい!」
ゴス、ゴス、ゴスと何度か鎧を身につけたままのギロンがスーイを殴り、部屋が少し鉄臭くなってきたあたりでようやく鉄拳制裁は終わりを告げた。
「ところで、彼の状態はどうなんですかホシさん」
「魔力による身体強化をフルに回し続けて動いてたせいで純粋に疲れと怪我が溜まってるって感じ。命に別状はないから、数日間寝れば怪我はともかく目を覚ますよ。後遺症になりそうなものも無かった」
「良かったです……これでもしもがあったら、妾は大切な仲間を
「いや、そこに転がってるスーイさんもうミンチですよ?」
ギロンは特にスーイの心配などはしないどころか、地面に転がっている
「何してるんだギロン。スーイはもういいよ、めんどくさい」
「妾も彼女はどうでも良いので、やるべき事をやろうと思いまして。そう、寝たきりの傷病人がいるならば、
「「「…………ッ!」」」
洗面器と浸されたタオルを持ち隣の部屋に、『彼』が眠っている部屋に行こうとするギロンの前に、先程の一触即発の時よりも殺気を帯びたリスカとスーイ、そしてメイスを構えたホシも立ち塞がる。
「あらあら、どうしました皆様?」
「いやいや、ここは私がやるよ。ほら、私このパーティの実質的なリーダーじゃん? あんな雑魚でも面倒くらい見てやろうかなーって」
「いやここは私がやる。元はと言えば彼が怪我をしたのは私の責任だ。せめて罪滅ぼしの機会を与えてくれ」
「は? 筋肉共に人体のお世話なんて繊細な真似できるわけないじゃないですか。神も私を指名していますよ。筋肉達は引っ込んでろ」
「「「「…………最初はグー!」」」」
何かに駆られるように、乙女達は己の全てを賭けても良いという覚悟の元で血を流さない公正な決闘。じゃんけんを始める。
この場にいる4人全員、相手の手を見てから反射的に手の形を変えるのはあまりに容易。故に、相手に見切られないほどの速度で手を振り下ろす!
「「「「じゃんけん……ポン!」」」」
風圧で部屋の内装が吹き飛び、窓ガラスが叩き割れる。
……結果は、リスカがチョキ、それ以外の3人が……グーであった。
まずは一勝。とりあえず一番えげつない動体視力をしているリスカが最初に脱落したのは幸運だ。そう思いながら次の戦いの為の作戦を練ろうとしていたホシのグーを、リスカのチョキが挟んだ。
「えい」
「は?」
祝福『切断』。
リスカ・カットバーンは切れると思ったものは何でも切れる。石だろうがなんだろうが、ホシの握り拳も簡単にチョキで切り裂くことが出来る。
「よし、私のチョキが最強ね。じゃあ行ってくる」
「は? 待てよクソアマ。私の可愛いお手手に何してくれてんの?」
「アー、クソマケチャッタナー。お先どうぞリスカ」
「公正な決闘の結果に文句は言いません。お先にどうぞ、リスカさん」
「待てや! 私のお手手! 切れてる!!! 切れてるんだけど!?」
「チョキで切られたら負けだぞ? ホシはじゃんけんのルール知ってるのか?」
「テメェ! 手足治してやってる恩を仇で返しやがったなクソアマァ!」
「…………入るわよ」
部屋の主は眠っているので、当然返事はない。仮に断られてもリスカは勝手に入るような人間であるため、全く意味の無い言葉ではあるが、それでも彼女はこうやって口にしていた。
「…………」
体の至る所が包帯で覆われている青年を見て、リスカはスーイへの殺意、自らの不甲斐なさ、そして彼の弱さへの侮蔑と憧れ。幾つもの複雑な感情が漏れそうになるのを必死に抑え込む。
こんなものは、『勇者』には必要ないものだ。噛み砕いて、切り刻んで、飲み込んで、消す。いつもやってきた事が、彼の前だと途端に難しくなる。
……さっさと済ませてしまおう。別に小さい頃に彼の裸くらい何度か見た事ある。ただ、それが他の誰かに見られるのが気に食わないと言うだけ。身体を拭いてやることなんて、ベルティオとの勝負に比べたら朝飯前、いけるいける。
「えっと、失礼します……?」
タオルを軽く絞って、慎重に彼の体に近づける。別になんにもやましいことは無い、断じてないのになんだかイケナイことをしているみたいで、魔王軍幹部を前にしても平常を保っていた心拍が加速している気がする。
落ち着け、落ち着くんだ。お前は勇者だ、この程度の、ただ幼なじみの体を拭くだけでこんなに心拍をはね上げるのは勇者らしくないだろう。
いつもならそれで落ち着く肉体は、何故か今日は全く言うことを聞かない。だが、退けない戦いというものがここにはある。彼をあの
「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」
絶叫しながら飛び出してきて、危うく壁を突破って外に出そうになったリスカをギロンが受け止める。
「16秒。思ったより持ちましたねこのクソうぶクソアマ。ちなみにですが、何があったんですか?」
「か、かたい……思ったより、胸板かたかった……昔はもっと柔らかかったのに、すごく逞しくて……」
顔を真っ赤にして何かをボソボソと呟くリスカに向けて、聞こえるようにホシはしっかり舌打ちをしたが完全に脳みその端から端まで全てが沸騰しているリスカには聞こえていなかった。
「リスカがこうなってしまっては仕方がない。ここは私が行く。ギロンには任せられない」
「私はお前達の誰にも任せたくねーですけどね。まぁ、とりあえず行ってみてどうです?」
最初に言っておくと、スーイは勝利を確信していた。
まさか幼なじみの胸板を触った程度で顔を真っ赤にして何も出来なくなる程、リスカがアホだと知った時は吹き出しそうになったが、そこを耐えてリスカの逆鱗に触れるのさえ避けられれば自分の勝ちだ。
「さぁて、私が来たからにはもう安心さ。しっかりと、全身くまなく拭いてあげるからねぇ〜」
女の子がしちゃいけない表情を浮かべながら、スーイの魔の手が眠っている青年へと忍び寄る。
そして、顔とは裏腹に思ったよりもちゃんと、手際よく体を拭いていく。さすがは彼が傷ついていく過程を観察していただけはあり、傷の周りに力を込めてしまい彼を起こさないようにも気を配っている。
「ふーん、こんな簡単に折れちゃいそうな体であんなに駆け回ってたんだ。やっぱ面白いね。さて、次は下半身……へ?」
「すっげぇち〇こデケェ」
「なんの報告ですか」
「いやマジでナメてた。人間ってあれ使って増えるの? え? マジ? アレが? メスに? 無理でしょ死ぬわ。意味わからん……怖っ……人間怖い……」
廊下の端っこで顔を真っ赤にしてなにかブツブツ呟いていたリスカの隣に、顔を真っ青にしてうわ言のように「デケェ……」と呟くスーイが置かれ、赤と青のアホが揃い最強に見える。
「えっと、私が行っていいですか?」
「いえ、ここは妾にお任せを。皆様が大変な時にいなかったせめてもの償いとして。償いとして」
「償いに赴くやつの圧じゃねぇんですよ。……さっさと行ってきてください。ダメそうだったら大人しくスーイの隣に行ってくださいね?」
「ご心配なく。妾はそこのお二人と違い、下心無しですので」
三番手に青年のお世話へと赴いたギロンには、勝利の確信があった。
何故ならば、彼女は他のうぶな者たちと違い、しっかりと知識を蓄えていた。
昔から興味のあるものにはなんにでもトライ出来る環境があった故に、田舎のおぼこ娘達とは経験値が違う。
そう、男性のアレは触ると血液が集まり膨張する──────勃起という現象が起こることを知っている。
別にやましい気持ちはないが、下半身のそういうところは汚れが溜まりやすいのでしっかりと拭いてやらなければならない。その際に勃起が起きてもそれは所詮事故でしかない。そう、仕方の無い事故だ。
「では……
「クソデケェですわ!? ち〇こデケェですわ!?」
心が一撃で折れた。
格の違い、というものを知ったギロンはその威容から逃げるように廊下に飛び出し、三角座りをしてうわ言のように何かを呟いているリスカ、スーイの隣に並び、その巨体を可能な限り縮こませた。
「かたい……おとこのこかたい……あんなのしらない……私が、知らないうちにあんなに……」
「怖い……にんげんこわい……絶対無理、アレは武器だって……」
「クソデケェですわ……あれはおチ〇コ様ですわ……」
「…………はぁ」
青年の体を拭く、という簡単な作業すら出来ない人類最強格の戦士達を見て、ホシはもう体の中の酸素を全て吐き出す勢いの大きな溜息を付いてから、青年の眠る部屋に入った。
そして、服をはだけさせて念入りに体を拭いてやり、服を戻して怪我の状態を確認して、それから部屋を出る。
「終わりました」
「「「…………?」」」
「貴女方が裸ごときでギャーギャー言ってる間に全部終わらせました」
この時ホシ以外の3人には、ホシが今まで出会ってきたどんな生き物よりも強大な生き物であるように感じられた。彼女達はそんな圧倒的強者に、無意識のうちに跪き、神を崇めるような姿勢を取っていた。その姿勢は、きっと思考や意思とは関係ない生命の本能だった。
「ホシ様……」
「マジで崇められるのは嫌いなんでやめてください。……だいたい裸なんて、私はもう彼に1度見られてますからね。今更相手の裸なんて、別になんとも思いませんよ」
「「「は?」」」
ホットシート・イェローマムが始めて青年と出会った時、彼女は裸であり、そしてほぼミイラであった。そのせいで青年は全く覚えてないだろうが、ホシにとってかけがえのないその瞬間、自分の裸を見られた瞬間を忘れるはずがない。
「…………でも、思ったより逞しく成長してて、ちょっとドキドキはしましたね」
小さく呟いたホシのその言葉を聞いているものはこの場には既にいなかった。
青年が目を覚ますまで、後約6時間。それは同時に青年の命の終わりになりかねないタイムリミットでもあった。
・リスカ
実は赤髪。普通に初心。
・スーイ
実は青髪。人間やべぇ……。
・ギロン
ヤバい奴。こんなの妾のデータにありません。
・ホシ
人間じゃないけど比較的常識人なせいで損をすることがある。
異能が異能なのでそういうものは見慣れているし、意外と神官として真面目に働くタイプ。下心はなかったけどちょっとドキドキした。
・青年
従者くん。脱ぐと筋肉が凄いタイプ。ただし4人の誰にも勝てない。
好き
-
リスカ
-
ホシ
-
スーイ
-
ギロン