「…知らない天井だ。」
ノルマ又はお約束をきっちり遂行した後に目だけで回りを確認する。
ここは恐らく保健室だろう。衝立に人影がある。
起き上がろうと、右手をつくものの、力が入らずバランスを崩す。そういえば焼かれたのであった。そう思い出すと同時に腹に痛みを感じる。左手で病衣をめくると、明らかに貫かれ、焼け焦げた後がガーゼ越しにもわかる。
──あの後、どうなったのだろうか。僕が情けなくも意識を手放した後、何があったのか。一夏は、千冬さんは、更識さんは無事だろうか。
取り敢えず、左手を支えにして上半身のみを起こし、僕の横に置いてあったロザリオ──黒鎧を首に掛け、立ち上がる。貧血なのか、目眩がするが、何とか持ちこたえて衝立の向こうへ行く。
「鎮、起きたのか。」
何故か怒気を含んだような声で、僕を迎えたのは親友だった。
「どうして、そうやってお前はいつも無茶するんだ。」
「何がだい?僕は出来ることを…」
「VTシステム。」
親友の言った言葉に、僕の言葉は遮られる。
「千冬姉から聞いたさ。正式名称はヴァルキリートレースシステム。過去の世界大会でのヴァルキリーの動き、機体、思考の全てを模倣するシステム。アメリカが行った試運転での事故から、アラスカ条約で現在どの国家、組織、企業においても研究、開発、使用の全てが禁止されている最悪の機構。
──なあ、知ってただろ、お前は。」
何も言えない。僕は禁忌に手を染めた。その代償もあるだろうと思っていた。けれど、それでも、僕は
「『仕方がなかった』、とか言うんだろ?」
直後、右頬に拳が叩き込まれる。
勿論、今の僕に抵抗するような力はなく、そのまま床に倒れこむ。
そして胸ぐらを掴まれ引っ張られる。
「いい加減にしろ。いいか、鎮。良く聞け。お前にとって自分の行動は最善だったのかもしれない。実際にお前はそれで不明機を一人で撃退し、その後も千冬姉と協力して残りも倒した。俺なんかよりよっぽど凄い奴だよお前は!
けど、俺にとって
それは、親友から溢れる本音だった。掴まれていた手を放され、よろけながらも立つ。
──僕は、間違えたのか?
彼にここまで心配を掛けて、殴られて。けど、じゃあ何が正しかったんだ?
「──入るぞ。」
ドアが開き、千冬さんが入ってくる。
「起きていたか伊崎。なら話は早い、お前への処分だが──」
千冬さんが僕に何か紙を見せながら言う。
「一、伊崎鎮のISの使用を暫くの間禁ずる。責任者、織斑千冬の許可が降りたときのみ使用を許可する。
二、伊崎鎮の学業への参加を停止し、他の生徒へ影響を及ぼさないよう隔離を命ずる。
三、伊崎鎮へ、VTシステムの使用についての調査及び実験を行う。この調査及び実験で得た情報はIS学園内でのみ共有するものとする。
四、事故ではなくVTシステムを制御したと判断し、後日行われる日本政府によるVTシステムへの調査及び実験に協力すること。協力しない場合、伊崎鎮の身柄を拘束するものとする。この実験によるデータは非公式なものとし、実験に協力したことを責任者織斑千冬及び伊崎鎮以外が知った場合、身柄を拘束、処罰するものとする。
──以上だ、このバカ者。」
割と尋常ではない処罰が下ったようだ。やっぱり僕は間違ってたのか。けど、どうすれば良いんだ?何も分からない。自分が持っていた理想も、憧憬も、正義も、何もかもが分からなくなった。
「千冬姉、俺が聞いてたがそれは良いのか?」
「問題ないさ。私たちがどう話をしてるかもあのお偉いさん方は把握のしようがないからな。──さて、伊崎。」
千冬さんが此方に歩いてくる。
「お前がやったことは間違っていた。お前は、確かに処罰が下る相応のことをした。それを踏まえた上で、自分がどうしたいか、自分がどう生きねばならないのか。それを探してこい。」
そう言われ、千冬さんは去っていった。それを見届けました一夏も後を追うようにドアに手を掛け、
「──なあ、俺たちは、親友なんだよな…?」
そう呟き、去っていった。
何者かが無理矢理『鎮めた』かのように、静かになったその空間に寒気がした。
「僕は、」
ポツリと、何かが壊れたかのように、涙が溢れる。
「なら、僕は、どうすれば良い!?どうすれば──一夏を救えるんだ!何故、救うという役目を僕が背負うんだ!僕は──一夏と、ただ平穏に、馬鹿馬鹿しく、それでも、笑って過ごしていたいだけなのに…!」
僕の慟哭は、誰にも聞かれない。聞かれたくもない。僕は、彼を、裏切ってしまったのだから。
──聞こえてるさ。お前の慟哭くらい。けど、それでも俺は──俺の正義を、俺の理想を追わなければいけない。
けれど、この胸に穴が空いたような、この痛みは、忘れたくはない。