2010年、10月29日。それは、『警視庁国際テロ捜査情報流出事件』が起きた日。
winnyというファイル共有ソフトに、公式文書114点が流出した。
文書の内容は、テロ関連の捜査対象者または協力者の在日ムスリム人についての個人情報、中東の在日大使館の口座記録、出入り、日本警察や在日米軍の機密情報諸々...だ。
この事件の犯人は特定されていない。表向き、公安内の派閥争いの結果意図的に流された情報ではないかということで処理された。
しかし、裏では全く別の犯人像が打ち立てられていた。
「そんで、なんで大阪までわざわざ来たん?あんた、歌舞伎町のマンションにおったんやろ?」
大阪に拠点を構える指定暴力団・栗生組の組長、栗生晶(くりゅう あきら)は、立派な文机と並ぶとちょっとユーモラスになってしまうほど小柄な娘だ。自称18歳。でも容貌は15くらいに見える。晶は時代錯誤な着物を着て、座布団に行儀よく座っていた。
「実は●●組に不本意な記事を書いてしまって、ずっと嫌がらせされて...、しまいには刺されたんです」
晶と対面して座る少し青白い顔をした男は、フリーのヤクザものの記者だ。
ヤクザについて知りたいという好奇心で、住人の8割5分がヤクザ(の事務所)というトンデモマンションに入居した命知らずである。そんな無茶をやらかすだけあって、本当に肝が座っている。
ヤクザマンションに居たとき、上の階から薬中(ポン中)のヤクザが落ちてきて、鉄柵に突き刺さった天然グロ画像流血沙汰事件を眼前で目撃したときも、ケロリとしていた。今までも何回もヤクザに不都合な真実を記事にして、何回もヤクザに「お前、殺すぞ」と言われても、やっぱりケロリとしてきた。...そんな男である。
そんな彼でもここまでノイローゼになることがあるんだな、おお、ヤクザ怖。これだから人殺しは嫌やねん。と、てめえもヤクザの人殺しの癖に晶は思った。
「気の毒やったな。ま、大阪ならあいつらも手出しできひんやろ。好きなだけおったらええよ」
そんなことを言いながら、晶は頭の中で、この記者を襲った某組に話を付けといてやろ、と思った。勿論、友好的な方法でである。
栗生組組長のもとには、記者だけでなく、政治家や企業人・芸能人・思想団体その他諸々、毎日多くの人が来る。
理由は単純で、暴力は金になるからだ。暴力団といっても本当に暴力できる(気概のある)人間は一部で、その他の構成員や協力者のカタギはただその暴力の傘を利用していることが殆どだ。
そして栗生組は人数こそ少ないが、幹部クラスはほぼ全員武闘派と呼べる。おかげ様で警察には日本で3組織しかない特定危険指定暴力団に認定されている(2011年7月現在)。
まあそれはさておき。
記者が去っていき、また新たな客人が襖を開けて入ってくるのを晶は見つめていた。
「よう来てくれはりました...」
いつもどおりに迎え入れようとして、晶は目を見開いた。晶にとってあまりに予想外の客人だったからだ。
「なんで...あんさんが此処に来はったんです?」
晶が困惑する声で尋ねたその瞬間から、石神千空の誘拐計画は始まっていたのだった。
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2011年7月21日。石神千空、9歳、小学3年生の夏休み初日。この日を迎えて浮足立たない小学生が日本に居るだろうか?...いや、居ない。
天才科学少年・千空君も、例に違わず浮足立っていた。今年の夏はロケットの素材づくりに費やしたいと思って、5ヶ月くらい前からウキウキだったんである。
夏休みといっても全てのことからフリーになれる訳ではない。午前中は夏休みなのに学校のプールがあって(千空には何故休みの日に体育の授業を受けなきゃなんねーんだと思った)、千空は今、その帰宅途中だった。
千空は青信号を待って横断歩道に立っていた。
...すると突然、自分の視界を横切るように車が止まった。この車、前に出過ぎじゃね、と思ったら、中から黒スーツの怖いあんちゃんが出てきて、千空の腕を車内に引きずり込んだのだ。
「アッー...」
と千空が言う間に、あれよあれよと拘束され、猿轡を噛まされた。
千空を乗せた車は高速道路に乗って大阪に到着。何がなんだか訳が分からない内に、無駄にでっかい和風家屋に連れて行かれ、大広間に行き着き、中高生ほどに見える若い女に値踏みされるような目で見つめられていた。
千空が体が動かないなりに眼球をぐるぐるすると、神棚や代紋つきの灰皿入れが置いてあって、黒いスーツのいかついあんちゃんが1室に10体は居ると分かった。
...ここ、ヤクザの事務所じゃねえのか?
と千空は流し見した任侠ドラマの知識を総動員させて結論を出した。
100億万点あげたい大正解。
「猿轡を外してやってくれや」
女が静かに指示を出すと、千空を攫った輩たちは言われたとおりに千空の口を自由にした。
「っふぅ...一体なんなんだよお前ら」
千空が気丈に尋ねると、周りの黒スーツあんちゃんが「失礼やな...」と体を乗り出した。それを晶は手で制した。
「ウチは、栗生晶申します。ピチピチの18歳、職業はヤクザやっとります。あんさんの名前は?」
「...石神千空」
なんでヤクザに素直に名乗ってんだ、と思わなくもないが、相手が先に名乗っている手前、無視もどうかなと千空は考えたのだ。根が純粋なので。
晶はウンウン頷くと、「依頼通りや。ほんまおおきに。中江、報酬をお渡ししたってや」と晶の右に座っている中年男性に声をかけた。
中年男性は頷き、千空を攫った輩らを引き連れて退出していく。
「依頼...って何だよ。俺を攫う指示を出したのはあんたなのか」
「ウンウン。色んな疑問があるよなあ。順番に答えたるから待っとれ」
そして晶は手を組んだ。
「まず一番大切な話をさせてもらうわ。千空君、あんた、その名前ちょっと贅沢すぎひん?」
「は?」
「空は要らんかな。あんたは今日からコードネーム千(セン)っちゅうことで、ウチらの仕事を手伝ってほしいねん♡」
晶はベリーチャーミングな笑顔を浮かべてそう言った。
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コードネーム千(セン)の初仕事は殴られることだった。というか、殴られるフリをすることだった。
背景が真っ白な部屋にて。
千空は目隠しされ、手足を拘束され、足が届かない椅子に座らされた。そして、まあまあ痛いかな...くらいの力でぶたれる度にカメラを止め、ぶたれた箇所に赤いチークを塗られ、またカメラを再開してぶたれてカメラを止めてチークを塗られ...。
そんなこんなでボイスチェンジャーやらモザイクやらで編集をばっちり済ませて完成した動画は、北野武監督監修の映画並にエキサイティングな仕上がりだった。
動画を再生してみよう。
真っ黒な廃墟をバッグに、KKKのような全身を隠す白い衣装を着た直立不動の人間と、目隠しした拘束されて座っている少年が映る。
白い人間は突然拘束された少年の頬をぶった。何度も何度もぶつ。そのたびに少年の体は、空気の少ないバスケットボールをドリブルしたみたいに跳ねた。おまけに殴られた場所はどんどん赤黒くなっている。
何分かそうした後、少年はぐったりして殴られても反応が鈍くなった。白装束の人間はようやく手を止める。
そこで、不愉快な機械音声が入った。
「●●●●に告ぐ。お前が姿を表さないなら、我々はこの少年を殺す。1ヶ月後だ」
...動画はここで終わり。
「センちゃん、役者やなあ」
晶はけたけた笑ってもう1回動画を再生しだした。
悪趣味すぎる、と千空は思う。
「こんなんで本当にその...思想犯が釣られんのか?」
「おん。絶対に釣られる」
「根拠は?」
「ウチの爺ちゃん」
てめえの爺ちゃんの戯言なんざ知らねえよ‼と千空は叫んだ。切実にお家に帰りたい。
...少しだけ、話は前に遡る。
晶は千空に「今日からあんたはセン」宣言した後、もっと荒唐無稽な話をしだした。
「ウチらはヤクザや。でも公安警察お墨付きのヤクザやねん。これは今此処におる奴ら以外には言うなよ」
決めつけちゃ悪いが、晶という女はパラノイア型の統合失調症患者なのかと千空は真面目に思った。
「公安警察っちゅうのは...あ、公安調査庁もやけど...スパイ獲得を重視するやん。暴力団とか左翼とか宗教団体とかに入っとる一部の奴らを唆して組織を裏切らせ、密告させんのや。
右翼の活動団体なんかには、スパイ獲得よりは、牙抜きっちゅうて、公安警察の身分を明かした上で組織公認アドバイザーになって、団体設立のために制服やらパンフレットやら手配したり、勉強会に参加したり...まあ色々宥和政策してはるけど。
な?」
「そういうモンか」
千空はイマイチぴんときていない顔をした。今までの興味の範囲外だったので。
「要するに、公安に協力する暴力団員は、そう珍しいくないっちゅうわけ。せやけどウチらは結構特殊や」
晶によると、この組の幹部クラスは全員警察OBか元自衛隊員であり、時々公安から依頼を受けおっている事実上の下部組織だという。
千空は100億%うそくせえと思ったが、それが事実だと仮定して話を進めようと思った。
「んで、お前らが公安の下部組織だっつうことと、俺がどう関係すんだよ」
「名前は言えんけど、とある思想犯がおってな。機械による超管理社会のために色々工作しよるねん。そいつがあんたを狙っとるんやって」
「はあ?」
「だからあんたを餌に思想犯を釣り上げようっちゅう試みらしい」
「なんで思想犯が俺を狙ってんだよ」
「...えらいショタコンやからやないの。知らんけど」
千空はその後も色々と尋ねたが、「これ以上の説明はできへん。っちゅうかこれだけ喋ったのが公安にバレたらどつかれるから黙っときなはれ」と言われ有耶無耶にされた。
結局この女達が集団洗脳にかかっているのか真実を言っているのか千空には分からなかった。
ただ1つ確実に分かるのは、逃げるなら慎重にタイミングを伺わなくてはいけない...ということだけ。周りの奴らは全員ポッケがちょっと膨らんでいて、銃を持っているのは容易に想像できた。
動画撮影を終えた千空は、1つの部屋をあてがわれた。やはり畳じきの部屋だ。違い棚や文机、行灯、あとは千空が普段使っているランドセルや洋服なんかも積まれていた。
「お前ら、俺の家に行ったのかよ」
驚いた顔で千空は晶を見やる。
「ウン」
晶は全く悪びれずに頷いた。
「...ってめえ、白夜になにかしやがったらマジで許さねえぞ」
「安心しい。荷物を預かっただけやないの」
晶は、ランドセル青色なんて、洒落とるんやねえと呟いた。
「白夜は俺のこと、なんて...?」
「ウチはさっきまでセンちゃんと一緒におったやろ?知らんに決まっとる。けど、多分、公安の方から説明されとるんやないかな...」
捜索願いは出てないはずやで、と晶は言う。千空はそれを聞いて、外から助けてもらうのは難しいのか...と思った。同時に、白夜は今頃どうしているのか気になった。本当に無事なのだろうか。俺と同様に誘拐されていないのだろうか。
「とにかくセン。あんた此処で1日5時間、生活能力やらマナーやら覚えてもらう。それ以外は自由時間。外に出る以外は自由にしてええよ、あと他になんか必要なもんは揃えたる」
晶は早口でそう言って、「中江、おるか?」と縁側に向かって声をかけた。するとツカツカと、庭作業していたのか剪定バサミを抱えた中年男性がやってきた。
「さっきの話聞こえとった?」
「はい」
「ならよろしく。ウチは今からちょっと出かけるから、センちゃん見とって」
「はい」
晶がすたこら去っていくと、中江は渋い声で「ほな説明さして頂きます」と言った。やけに逆らえない雰囲気がある男だと思った。
「センさんは一応、組織の中では部屋住みっちゅう身分で働いてもらいます」
「...」
こいつも俺のことを千空と呼ばないのか。今更だけど、なんだよ空が贅沢っていう理論。と千空は思ったが本当に今更なので言わない。
代わりに、「部屋住みってなんだ?」と尋ねた。
「組の若い衆は、生活基盤が成り立っとりません。せやから自立できるまでは、組長の家の1部屋に住まわしてもろて、資金援助を受け取る代わりに家事をします」
「タダ飯食うべからずってか。理屈は分かったけどな、俺は不可抗力で此処に連れて来られたんだが?」
誘拐された被害者が加害者のハウスキーパーするなんて話聞いたことねえぞ、と千空は付け足した。
「...組長のお考えとしては、あんさんに1人で生きる力を身につけてほしいとのことです」
「余計なお世話すぎんだろ。なんでそんなことを会って数時間のねーちゃんに言われなきゃいけねえんだ...」
「貴方がこれからずっと、大人の都合に振り回される人生になることを危惧してのことです」
中江は実に含みのある言い方をする。なんとなく、思想犯が何故か千空を狙っているという話と関連していそうだ。きっと聞いても答えないだろうが。
千空はため息をついて、「そりゃお優しいこった」と言葉を投げた。
しち面倒くせー、と思っていた掃除は、中江の発言ですぐに吹き飛んだ。
「ええですかセンさん。掃除は科学です」
「っ...!」
千空の表情が分かりやすく輝く。
「キッチンの油汚れ、手垢、排水口のぬめり...これらの汚れに共通することは?ヒントはpH(ペーハー)です」
「ククク...んなもん正解言ってるのと同義だろ。酸性だァ」
中江は満足そうに頷く。
「そのとおり。これらの酸性の汚れは、アルカリ成分で中和して落とします。では逆に、アルカリ性の汚れといえば?」
「そうだな、トイレの汚れとか...、石けんのあととか...だろ?」
千空は指折りながら数えてみた。今まで、汚れを科学の教材としては認識していなかったため、そんなにポンポン挙げられない。
しかし、中江は「ほんまにようできますな」と褒めてくれた。
「あとはシンクの黒ずみやとか、タバコ吸われる方やったらタール汚れもアルカリですわ」
「確かにそーだな」
「ほいじゃ次は洗剤の種類を参照しましょか...」
千空と中江のお掃除講義からもうすぐ5時間というところ、用事から帰ってきた晶は本家中を歩き回っていた。
「...センちゃん、中江。どこお?」
「その2人なら、今も何処かで掃除してはると思います。さっきまでは洗濯機掃除してたから、近くでやっとるんちゃいます?」
「え、まだ(掃除してはるの)?」
確かに中江はスパルタなところがある。そろそろ止めさせんと、と晶は心配になった。
そこで、風呂場のほうから千空らしき男の子の声が聞こえる。
晶は風呂場の扉を開けた。
「なあ、あんたらそろそろ終いに...ウワッ」
晶は腰の抜けたような声を出した。
もともとそれなりに綺麗な風呂場が、病的なまでに磨き上げられているのが見えたからだ。本家の風呂場はちょっとした銭湯くらいの設備と広さがあるが、それら全てに1ミリのくもりさえ存在していなかった。
「ウワッ...なんやえらいことになってはるやん」
晶の呆然とした顔に、千空はやけにキマった顔で、
「これが科学の力ってやつだ。唆るだろ?」と投げかけた。その隣では中江が孫を見るような優しい顔で千空を見ていた。
「...おん」
一体、この短時間で2人に何があったというのだろう。
夕食を食べるときも、中江のお小言は続いた。
「センさん、今のはちょっとあきまへん。もう一度。座るときはまず、下座足を半歩後ろに引く」
「おう」
「一定速度で垂直に、両膝を曲げて腰を落とす」
「こうか」
「ええです。ほいで下座足が床についたときに反対側の膝を床に付けて跪く...そう。片足ずつ寝かせて腰を落とす」
夕食の時間が近づいてぞろぞろ集まってきた若い衆は、千空たちのレッスンを興味しんしんで見ていた。彼らの大半が、千空と同様に中江にしごかれ済みだったからだ。
ちなみに今日の夕飯はサバの味噌煮だった。ヤクザ達がご飯を食べるとき、難しい魚の骨を取る作業も意外と上品にできているのは、中江の熱い指導のお陰である。
千空が綺麗に座れるようになったのを見て、
「なんやお前、えらい飲み込み早いやん」
と、若い衆の1人は感心したように千空を褒めた。こうして1人が千空と会話し始めると、他の人間もぞろぞろ話しかけたがった。
...基本的に、ヤクザだって可愛い子供は好きなんである。
若い衆とヤクザの話題は、いつの間にかお酢パック(中江に習った。お酢をトイレットペーパーに浸して貼り付けるだけで、タイルの黒ずみを一発で綺麗にできるスグレモノ)になり、またいつの間にか学校の授業についてになり、果てにはロケットづくりの話になった。
千空はいつか自力でロケットを飛ばして宇宙に行きたいのだと宣言した。
男どもの目がロマンで煌めいた。
「ロケット軽量化に不可欠なカーボン作るには、炉がい(る)んだよな」
千空はそういえば、という顔で呟いた。
「炉ぉ?」
晶は目をぱちぱちさせた。
「何でも必要なもん買っていいってことは、炉は...流石に駄目か?」
千空だけではなく周りの全員が、期待に満ちた眼差しで晶を見た。晶は頭を掻いた。
「...本体価格は?」
「100万」
「ええよ」
晶には千空への負い目があるし、成果物もぶっちゃけ気になる。100万の支払いは、晶のポケットマニーからだった。
炉は3日で届くと聞いて、千空はとっても嬉しそうにした。
その日の夜、晶は寝間着姿で布団一式を持って千空のもとへ訪れた。
「...?布団ならちゃんとあんぞ」
千空は宿題の手を止め晶を見つめた。
「せっかくやから、一緒に寝よう思うて」
「ハ⁉」
何でそーなんだよ、と千空が突っ込むと、晶は「見張りやけど?」とあっさりした口調で言った。
「別に今んとこ逃げる予定はねーよ」
そこは若干諦めて開き直っている。千空はたくましいのだ。
しかし晶は、千空を親元から引き離した罪悪感が作用して、せめて一ヶ月の間寂しさを感じさせないくらい忙しくて騒がしくしようと思っていたので引き下がらなかった。
代わりにこんな与太話をした。
「ウチ1人で寝よると、殺した奴らの霊が枕元で、憎い...憎い、とか言うてくるねん。おかげで万年寝不足や」
「そーいうの要らねえ」
千空が不満げに口を挟むと、晶はちょっと大げさに肩を竦めた。
「オカルトなんて存在しねえっつうのは、これまで色んな研究者が証明済みなんだよ」
幽霊を見せるのは極度の孤独とストレスだという研究結果もある。
「幽霊なんて100億%幻想だ」
その言葉を聞いて、晶は1瞬表情の抜け落ちた日本人形みたいな顔をしたあと、意味ありげに薄く笑った。
「なんだよその顔...何訴えかけてんだよ」
「実はなセンちゃん...この建物、」
「おう」
「...やっぱ何でもないわ」
「言えよ‼」
千空は幽霊なんか信じていないが、信じていないからって不気味さや不快感を感じない訳ではない。
確かにこの和風家屋は、少し手を加えればお化け屋敷のセットに使えそうなほど、物の1つ1つがアンティークで静謐な雰囲気を纏っていた。
それだけでなく、ここはヤクザが住んでいるのだ。流血事件だって何回かあったのだろう。
「...」
結局千空は晶と一緒に寝ることになった。
別に怖いからではない。ないって言ったらないのである。
一緒に寝るといってもお互いになにか会話をするでもなく、疲れていた千空はすぐに泥のように眠った。