千空と女ヤクザ   作:イーディス艦

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5話

7月28日。朝食の時間に、一緒にクリスタル作りがしたい人を募ると、6人ほどが手を挙げた。一応、千空は晶と同伴でないと外出禁止なので、その6人に頼んで買い出しをしてもらった。

 

「そんじゃ、手順を説明すんぞ」

 

千空が道具をそれぞれに割り当てながら口を開くと、若い衆達は一斉にウンと頷いた。

 

「まずは瓶に熱湯をいれて、ホウ砂を溶けるだけ入れる。このお湯...60度なんだが、お湯100gあればホウ砂は130g溶ける。きちんと計算して入れろよ」

 

そういう訳で皆さん分量をカップで量りながら水溶液を作っていった。

 

「よし。じゃ、絵の具を入れんぞ」

 

千空は自分が宿題のポスターに使おうと思っていた絵の具を差し出した。そこでめいめいが好きな色の絵の具を取っていく。

 

千空は、皆が選ばなかった緑色の絵の具を選んでお湯の中に突っ込んだ。

 

「クリスタルの形の骨格として、モールを好きな形にして糸でぐるぐる結んで固定する」

 

栗生組の若い衆達は、裁縫もやらされているからか流石に器用らしく、さらさらと糸を結んでいった。

 

「割り箸に糸で吊り下げて、瓶の中に入れろ。モールが瓶の底につかないように、糸の長さは工夫しとけよ。...んで、ティッシュで蓋をする」

 

若い衆達が6人全員やり終えたのを見て、千空は、

「終わりだ」

と言った。

 

「ほんまにこれで終わりなん?」

石づくりというわりにあっさりしているのが意外だったのか、若い衆が尋ねた。

「そうだ。...そもそもクリスタルがどこで生まれるか、知ってっか?」

「洞窟」

「...まあそれも正解だけどな」

 

千空は、地下だよ、と言った。

 

地球の中心部の殻に含まれる二酸化ケイ素が、マグマの熱で溶かされ、冷えて固まれば石英となる。

 

そんな石英の中でも、無色のものが生成されたら水晶と呼ぶ。

 

「まあ簡単に言っちまえば、溶かして冷ませば作れんだ、クリスタルってのは。ダイヤモンドは、バカ高ぇ圧力かけなきゃ無理ゲーだけどな」

 

ほーん、と若い衆達が感心の声を上げた。

 

 

 

 

さて、皆のクリスタルのでき具合は、明日のお楽しみということになる。

 

 

そう思っていたのだが、晶が寝る準備をしていた千空に衝撃の1言を告げた。

 

「なあセンちゃん。明日あんた、帰れるで。今すぐ荷物を纏めなあかん」

 

「...は」

千空はぽかん、とした声を上げた。

「ほんまに釣れたみたいやで。思想犯」

晶はしんみりと言った。

 

犯行声明では1ヶ月...といったのに、まだ1週間しかたっていない。

 

「おめでとさん」

 

晶は千空の頭を撫でた。

「...おう」

確かに、白夜と会えるのは嬉しい。だが少しだけ...いや大分、栗生組の皆と離れるのは寂しかった。

 

千空が複雑な顔をして俯いているので、晶はほんのちょっと嬉しくなった。

 

「少しは楽しかったみたいやね、ここの暮らしも」

「...おう」

千空は素直に頷いた。晶は、良かった、と返すと、少し間を開けてから尋ねた。

 

「あんな。ネタバレしてもええ?」

「ネタバレ?」

「そそ。何であんさんが攫われたのか。まだ話してなかったこと、少しだけ」

 

晶は、ここから先のことを言うべきか否か少し迷っていた。真実を知るのが幸福か不幸か、晶には分からない。ただ、千空なら、教えなければいつか自分で探りそうだなという危惧は少しあった。

 

「何があっても、秘密にするって約束できる?」

「...分かった」

 

千空は晶の目を見てしっかりと頷いた。晶も頷き返して、話を始めた。

 

 

 

まずは栗生組、設立秘話について。

 

そもそも、晶の爺ちゃんは、公安のトップ...警備局長を勤めていた。彼は自分が引退するときに、このように考えた。

 

・ヤクザは現在厳しい取締を受けており、取締を逃れるために、これから、地下に潜ってマフィア化することが考えられる。そうなれば警察で立ち向かうのは難しい

 

・そうでなくても現在はヤクザではなく半グレが増えていて、犯罪者の一斉摘発が難しくなっている

 

・時代の煽りを受け、公安では現在、公安警察を反社会的組織にスパイとして潜り込ませるような活動は禁止されている

 

・現在、他国、特に中国のスパイ活動が懸念される。日本には、テロ対策法がないので、来日した外国人をスパイ罪で捕まえることができない

 

→これらの対策として、爺ちゃんは、幹部レベルに公安のOBばかりで、公安の手足として動く、非合法・非公式の実動部隊が必要だと考えた。

 

 

 

「せやから爺ちゃんは、OBや、エリートコース外れて左遷されたような元公安を、ぎょうさん集めた。

 

...ウチらは表向きヤクザやし、実際、ヤクザと全くおんなじことやっとる。けど麻薬(ヤク)の取引だけはしとらん。あとは公安のえらいひとの命令で、捜査を手伝ったり、...偶に、あんまセンちゃんに言いたくないこともする」

 

言いたくないこと、それは殺しの案件だ。

 

スパイ容疑では逮捕できない外国人でも、それ以外の罪で捕まえることは、勿論できる。

 

千空がいる間にも、晶は、外国から産業スパイしに渡日した男と寝ていた、水商売の女を撃ち殺し...眠る男の手にチャカを握らせる仕事をした。女を殺したのがスパイの男だと偽装して、殺人容疑で現行犯逮捕するために。

 

勿論、相手の女は、風営法には引っかかっているかもしれないが、射殺される必要性は皆無の一般人であった。

 

 

 

「...俺の誘拐も、公安の指示。確かにお前は最初にそう言ってたな。あんときは信じてなかったが...」

「今は、信じた?」

 

千空はこくりと頷く。

 

 

「そう。ある日、ウチんとこに、爺ちゃんがわざわざ訪ねてきよった。ウチらの関係性がバレるような行為は極力避けるべきやのに。...ウチは爺ちゃんを見ていて、きっと、今度の依頼は馬鹿にならんやつやな、と悟った」

 

晶は千空のほうを見た。

 

「センちゃん。あんたを誘拐して釣りたかったのは、思想犯だけやないねん」

 

 

 

2010年、10月29日。『警視庁国際テロ捜査情報流出事件』を起こした犯人。

 

この事件の犯人は特定されていない。表向き、公安内の派閥争いの結果、意図的に流された情報ではないかということで処理された。

 

しかし、裏では全く別の犯人像が打ち立てられていた。その犯人とは...、

 

「爺ちゃんの見立てでは、その犯人は、爺ちゃんの元同僚や。公安のやり方に嫌気が差したって言って自主退職した男がいるねんて」

 

その男は現在も、公安を潰すための協力者...現役やOBの公安警察官や、その協力者として働く者を秘密裏に集めているのだという。

 

「犯人グループが、仲間にしようと狙いよるのは、公安に恨みつらみを持つ人間や。

 

...せやからウチは、犯人グループに潜り込むために。明日、爺ちゃんにしっぽ切りされるんや」

「...どういう意味だ?」

 

千空が尋ねると、晶は何処か自嘲するように笑った。

 

「明日、栗生組に警察のガサが入る。一般人のあんたを殺そうとした罪で、ウチは逮捕される」

「...!」

「その後は余罪の炙り出しやね。5年、10年か分からんけど、長いこと捕まったほうがきっと、犯人グループを安心させられるやろ。"あの女は、今まで散々公安のため力を尽くしてきたのに、思想犯を捕らえるためだけに公安に使い捨てにされた。きっと公安のことを恨んでいるはずだ"...ってな。

ウチらに騙されてやがんの。えらいウケるやろ?」

「...なんにもウケねえよ」

 

千空は苛立った。その、爺ちゃんとやらは、あまりに身勝手じゃなかろうか。警察の都合で晶たちに手を汚させ、警察の都合で捕まえてしまうなんて。

 

「...俺が警察に証言すればいいだろ。誘拐なんてなかったって。あのビデオは単なる悪戯だ、...まあ、実際そうだろ?そしたら、おめーは逮捕されないんじゃねーか?」

「そんなことしよったら、情報漏えいさせた犯人が捕まらんやろ?」

「......、だからってなんでおめーが、逮捕されなきゃいけねえんだよ」

「どっちみちウチは人殺しのヤクザやで」

「それは...、...その人殺しは、おめーの意思だったか⁉」

 

千空は声を張り上げ、小さな両手を晶の肩に置いて揺さぶった。

 

「ヤクザになれって言ったのは、おめーの爺ちゃんなんだろ⁉人を殺せって言ったのも爺ちゃんなんだろっ‼そんな酷い奴の言うことなんて...聞く必要あるかよ...‼」

 

千空の瞳は潤んでいた。何故かどうしようもないくらい怒れて、自然に涙が出てきたのだ。

 

「...爺ちゃんは、酷いんやない。正義のためなんや。正義のために、仕方なしに切り捨てるんや。

 

...爺ちゃん自身やって潜入捜査でなんべんか死にかけとる。嫁はんやって失った。それでも"民を安らかにするため"には仕方あらへんのや」

 

晶も千空の泣き顔につられて、静かに涙を流していた。

 

「...俺には...分かんねえよ」

「うん...そうやね」

項垂れた千空を、晶は強く抱きしめた。

 

「...ウチも、ずっと忘れとった。今思い出した。仕事する度、何でこの人殺さなあかんのやろって、昔はウチかて思っとったんや。

...いつから鈍くなってもうたんやろ...」

「...なら、」

「ううん」

 

晶はきっぱりと言った。もうここまで来て後には退けない。晶は今更、善人には戻れない。

 

「センちゃん...千空」

 

千空は、1週間ぶりの名前を取り戻した。千空には、そのことが、どうしてこんなに息苦しく感じるのか分からなかった。

 

「あんさんが死ぬまで、ウチを覚えとって」

 

晶の声が千空の耳を擽った。

 

「ウチが本当はどういう人間なのか、何を考えて何をしたのか、あんただけはずっと覚えてて」

「そんなん...言われなくたって、忘れられるわけねえだろ」

「...おおきに」

 

晶は心の底から安堵して、ため息のように掠れた声で返事をした。

 

 

「晶」

「おん」

「ぜってー死ぬなよ。また会いに来るから」

 

晶はそれを聞いて、千空から離れると、千空の頬を両手で包み込んだ。そのまま、愛おしそうに撫であげ...少し眉を下げた。

 

「...嬉しいけど、あかん」

「どうしてだよ」

「...いつ会いに来るつもりか知らんけど。あんたがウチの刑務所に尋ねてきたら、不自然やない?」

「...じゃあ、全部片付いたあとは。その...情報漏えいした犯人とやらを捕まえたあとは?」

 

千空が引き下がらないので、晶は目を丸くして尋ねる。

 

「なんでそんなに会いにこようとすんねん」

「お前、放置したら100億%自分から死にそうだから。俺が見張っとかねえとヤバいだろ」

「...心配?」

「おう。割とマジで。お前も白夜も、大人のくせにどっか抜けてて見てて不安になんだよ」

「あははは!」

 

晶はけたけた笑って、ほんまやねー、と呟いた。

 

「小学生に心配かけたらあかんわな。分かった。ウチら、何があっても精一杯生きような」

 

晶が力強く微笑む。

 

「...なあ、千空、あんたもやで」

「たりめーだ」

千空も口角を上げて頷いた。

 

 

 

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