千空と女ヤクザ   作:イーディス艦

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6話

7月29日。6時30分。

 

千空はいつの間にか早起きが習慣になっていたので自然に目が覚めていた。

 

晶は、初めて、この時間になってもなお千空の側にいた。いつもはさっさと着替えて仕事を始めていたのに。

 

それを見て千空は、この生活ももう終わりなのだ、と改めて実感した。

 

「...晶」

 

千空が声をかけると、晶は安心させるように微笑んだ。

 

「ほな、起きよか」

「...おう」

 

千空の部屋はダンボールだらけになっていた。

昨日の内に纏めておいたこのダンボール達は、中江が取りに来て、車に積んで、千空宅に送られるのだという。

 

 

中江以外の本家に居る若い衆たちは、一度は警察に身柄を拘束されるものの、すぐに別のヤクザ達のもとに引き受けてもらうという手はずが整っている。本家には居ない幹部達もそうだ。

 

こうして今日、栗生組は解散となる。

 

 

「...なあ千空。どうせならウチ、一張羅を着ようと思っとるねん」

晶がぼんやりと空を眺めながら呟く。

「一張羅?」

「そそ。せっかく逮捕されて、地上波に映るんやから、女っぷりを上げとこ思って!」

 

晶はいつの間に千空の部屋に持ち込んだのか、いくつかの着物を示した。

 

「どれが一番素敵に見える?」

「...」

 

...ベッドでファッションショーなんて千空は一生しないだろうと思いこんでいたものの、こんなに早く体験することになるとは、千空は思わなんだ。

 

「俺、ファッションセンスなんて持ち合わせはねえぞ」

「おん。それでええよ。千空が直感で一番ええなって思う着物がええ」

 

千空は少し頭を掻いて、

「じゃ、コレだな」

と指をさした。

 

薄い灰色の着物で、白い線でヒビのようなツタの模様が細かく入っている。硬くて脆い氷のような模様が、なんとなく、晶っぽい気がしたから。

 

「帯は?」

「...帯か」

 

千空は、何回か着物に帯を当てて、「あ"ー正解が分からん」とブツクサしながらも、

 

「やっぱコレか。山吹色...つうの?」

何となく明るい色の方がいいかな...と思って、光沢感があるオレンジのような黄色のような無地の帯を差し出した。

 

「さよか。おおきに」

「...やっぱ自分で選んだほうがいいんじゃねえの」

 

着物の合わせ方のルールなんて知らないので、千空は少し不安だった。

 

「ううん。千空のがええ」

 

晶ははにかんだように笑うと、着替えて来る、と言って立ち上がった。

 

 

 

 

朝食の時間に、荷物を送り届ける役の中江は居なかった。

 

ただ、それ以外はいつもどおりの朝ご飯の光景。...そのはずなのに、千空には何処か空気が張り詰めているように感じられた。

 

ここに居る若い衆たちは、千空が誘拐された本当の理由も、栗生組と公安の繋がりも、何も知らないのだという。

 

そして今日彼らの組長が逮捕されることも、勿論知らない。千空は、急遽新天地に放り出されることになるだろう彼らが元気にやってくれることを祈った。

 

 

...そして、"その時"は案外すぐに訪れた。

 

バタバタと機動隊が本家の門から推し寄せ、その内の1人が「手を上げなさい。何か妙な動きを見せたら射殺する」と宣言したのだ。

 

「...親っさん!」

「アホ。動いたらあかん」

 

若い衆達を静止し、晶は機動隊に、無抵抗の両腕を差し出す。すぐさま両腕に手錠がはめられ、厳戒態勢で外に誘導される。

千空の元にも機動隊の数人が保護のために駆け寄ってきた。

 

「...晶‼」

 

千空が叫ぶと、晶は歩きながらも、千空のほうを向いてふわりと微笑んだ。

 

(また会える。...そのはずだ。約束したんだから)

 

千空は、そうは思いつつも、去っていく晶の背中を見て、泡立つような不安感が消えなかった。

 

 

 

千空はその後、機動隊の人々によって東京の警視庁本部に連れて行かれた。そこに白夜が居るそうだ。

 

「...千空‼」

 

白夜は、千空を見かけた瞬間に駆け寄ってきて、抱きしめた。

 

「良かった...良かった、本当に」

 

白夜が男泣きしながら千空の無事を喜んだために、千空も泣けてきてしまった。

...白夜に久しぶりに会えた安心感と、これで二度と栗生組の皆に会うことがないという寂しさと。

 

 

 

 

暫くして白夜の涙が落ち着いてから、2人は1週間ぶりの自宅に戻った。そして白夜は、家に見覚えのないダンボールの類が積まれているのにびっくりしていた。

 

 

 

...これは中江が持ってきたものだろう、と千空はすぐに分かった。

 

ひときわ大きなダンボールを開けたら、例の炉(カーボンを作ったやつ)があって、白夜は更にびっくりした。

 

「お前それ、まさか、ヤーさんに買って貰ったやつか...⁉」

「おう」

「幾らしたって?」

「100万」

「おおお...」

 

白夜は両手をぷるぷるさせていた。それって後から不当な金額を要請されるんじゃ...とか、犯罪の片棒を担がされるんじゃ、とかを心配していたのだ。

 

「...別に、晶はそんなんしねーよ」

 

そういう性格でない。...それに彼女はもう、捕まってしまったのだ。請求したくなったって千空のもとへは行けないだろう。

 

「...晶...さんか。なあ千空」

「ん?」

「警察には、千空が暴力振るわれてた動画は偽物で、ちゃんとお前は丁重に扱われてるって聞いた...けど、それって本当なのか?」

「まー、そうだな」

「怖いこととか痛いこととか、何もなかったのか?その晶とかいう人を、庇っているんでもなく?」

「そんなんねえよ」

「ホラあれだ。1回脱げ千空」

「...」

 

千空はいやいやながらも脱いだ。

 

こうして白夜は、千空の体にアザの類が一切ないのを知って、確かに千空を傷つけるようなことはなかったのだろうと少し安心できた。

 

 

 

 

その後、千空が妙に掃除・洗濯・料理などでスキルアップし、佇まいや所作が美しくなり、何より夜ふかしを控えるようになったのを目撃した白夜は、そういう変化を見咎める度、ヤクザの英才教育ってすげぇ...!という感嘆の声を上げることになる。

 

 

====

 

 

晶の事件は、それから連日報道されることとなった。

 

被害者となった千空には、未成年で存命なことから、強い報道規制がかかっている。

 

しかし、いたいけな少年を誘拐し、ネット上に暴力的な犯行声明を出した暴力団組長の犯人さんのほうは、何回も写真や映像が出た。犯人は女性、しかも若くて愛らしい顔だち。加えて、犯行目的がよく分からない奇抜な事件だった...とあって、多くの人の関心が寄せられたらしい。

 

 

 

一躍有名人になった晶は、好き勝手に色々言われた。犯罪者に人権はないのだ。

だから、犯罪心理学の専門家が、複雑な養育歴によって非行を重ねたのだろうと言い、元警視総監が暴力団の摘発を強化するべきだと主張し、一般のコメンテーターたちが、怖がったり痛ましがったり遺憾の意を示したり、下世話なあれそれを想像したりしていた。

 

 

 

「若いのだから、罪を償って、真っ当な道を歩んでほしい」

 

大体どこのニュースでも司会がそう言って締めくくるのを、千空は、

 

(事情なんか断片的にしか知らない癖に、よく口が回るよな)

 

と思いながら聞いた。別に怒っていたわけではない。そんなもんだろ、と無感動に聞いていただけだ。

 

 

...ニュースによると、晶は取り調べでも黙秘を続けているのだという。それも"爺ちゃん"の指示であろうことは想像できるが。

 

 

 

 

 

 

連日の報道を見ながら、千空は、そういえば晶にクリスタルを渡しそびれたことに気がついた。完成するはずの日に警察のガサ入れが入ったのだから、渡せなかったのも仕方ないけれど。

 

「...うし」

 

以前作ったものはどうなってしまったのか分からない。現場検証を済ませたら、きっと近いうちに捨てられるのだろうな、とは思う。

だから、どうせなら、大きな人工クリスタルを作りなおそうか。

150cmほどしかない晶と同じくらいか、それ以上かの背丈のもの。...そんなデカブツを持っていったら、きっと晶は腰を抜かすだろう。

 

(なんやえらい大きないソレ、...そんなんウチどう運べばええねん‼)

 

なんて突っ込んで、その後で、

 

(...約束、覚えてくれはったんやね。おおきに)と笑うのだろうか。

 

...笑ってくれるだろうか。

 

 

 

「ククク。唆るぜ、これはよぉ」

晶の反応を想像して千空の口から自然に笑いが溢れた。

 

実は、クリスタルは、ゆっくりと冷まして固めたほうが大きな結晶が出来る。幸い時間はたっぷりある。これから、晶に再び出会うその時まで、少しずつ大きくしていけばいい。

 

 

 

再び会えるという約束を、今は、ただ信じていたかった。

 

 

 

 

 

 

 

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