千空と女ヤクザ   作:イーディス艦

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最終話

 

晶は、取調室で、「何故こんなことをしたのか」と若い男に言われた。

 

確か自分の事件は公安預かりになる予定だと晶の爺ちゃんが言っていた。だから、目の前にいる男も公安なのだろう。配属が、国内テロの外事3課からか、暴力団関係の3課からかはわからないが。

 

 

...晶が千空を誘拐し、犯行声明を出した理由は何だったのか?

 

そりゃ、あんたのとこの上層部とウチの爺ちゃんが計画したのを、忠実に再現しただけやけど...?

 

そんなことを言えるわけがないので、晶は黙って微笑んだ。

 

 

 

警察の取調があったら、怒鳴られようが泣かされようが、一言も喋ってはならない。供述調書を書かせないためだ。警察の皆さんはこれを書いて提出しないと次の段階に移れないということで、大変困るのだ。

 

取り調べ中の若い男は、押しても引いてもだんまりを決め込む晶に、だんだんと苛立ちを募らせているようだった。

彼は、最近ろくに眠れていないのかもしれないし、ようやくひと仕事を終えて家族と団らんというところで、晶のために仕事ができてしまったのかもしれない。

 

(ほんま堪忍な。ウチのこれやって、一応仕事やもん)

 

晶は微笑みながらただじっと耐えていた。

 

 

====

 

 

結局、刑務所に入れられることはなかったが勾留され、解放されたのは4年後、2015年になってからだった。

喋らなかったおかげか意外と早く解放された。

 

 

 

晶は、久しぶりの娑婆(シャバ)の空気を吸って、4年前とは随分変わった町並みを当てもなく歩いた。刑事施設を出たところからずっと尾行がついているのは気づいている。それが、晶たちが探していた情報漏えいの黒幕に繋がる組織の人間ならばいいのだが...。

 

 

 

無一文の晶は、近くの公園のベンチに座った。そこで何をするでもなく空を見ていた。子供たちも同じ公園で遊んでいたのだが、様子がおかしいお姉さんに近づこうとする人は居なかった。賢い判断だ。

 

 

やがて、にわか雨が降ってきた。晶はずぶ濡れになりながらも、やはり放心したように空を見上げていた。誰かが心配そうに傘を差し出してみても反応を返さなかった。

 

 

飲み食いも排泄もしないで、ひたすら座り続けること3日目。

 

晶は風邪やら極度の脱水症状やらで死にかけていた。その間も尾行する人間の気配はあったので、きっと有事の際は自分を助けようとするつもりだろうと晶は思った。

 

...だんだん意識が朦朧として、静かに背もたれに倒れかかる。

 

駆け寄ってくる誰かの気配を感じて、晶は目を閉じた。

 

 

====

 

 

「良かった。目を覚ましたんだね」

 

次に晶が目を覚ました場所は、見知らぬ場所だった。晶の爺ちゃんと同じくらいの年の白髪の男が、ベッドに横たわる晶をみて静かに笑っていた。

 

「君は公園で倒れたんだ。酷い熱を出して、その後2日ほど生死を彷徨った。覚えているかい」

 

晶は、喋っている白髪の男のほうを見向きもしない。

 

「君が助かって良かったよ」

 

白髪の男がそう言ったところで、晶の眉根が不機嫌そうにピクリと一瞬動いた。そしてまたすぐに真顔に戻った。

 

「なんで放っといてくれんのや」

晶は歌うように呟いた。

 

「...あのまま消えられると思ったのに」

「...どうして消えたいと思うのかね」

 

白髪の男は静かに尋ねた。彼は見極めているのだな...と晶には分かっていた。晶が彼らの仲間になれるか否か、見極めているのだ。

 

「ウチは爺ちゃんに見捨てられた。もう生きとっても意味ないねん」

 

晶が"演技"すると、白髪の男は痛ましいものを見る目で晶を見る。

 

「...そんなことを言わないでくれ。寧ろ君は生きるべきだ。公安警察の偽善に気がついた、私達の仲間であるのだから」

「...こうあん?」

 

晶は驚いたフリをした。そこで初めて辺りを見回してみる。白髪の男以外にも4人ほどの男たちが立っているのを確認した。

 

「そうだ。君は確か、元警備局長だった真木さんの養子だろう?」

「...あんた、ウチの爺ちゃんのこと知ってはるの?」

「勿論。彼とは警察大学警備専科教養講習で一緒だったからね」

 

晶は、ビンゴや、と思った。多分コイツが、爺ちゃんの言っていた『警視庁国際テロ捜査情報流出事件』の黒幕や。

 

 

 

晶はこれからこの男の懐に入り込み、自分を信用させ、この男が事件の黒幕である確証を取った上で...

 

殺すのだ。

 

理由は、それが爺ちゃんの意思だから。歯車のように粛々と実行するだけ。

 

 

====

 

 

2019年、5月16日。晶は黒幕の男と2人きりで、とあるオフィスの8階に立っていた。

 

2人だけで話ができるところまで黒幕に信用されるのに、実に4年かかった。黒幕の男は、かなり慎重な性格なのだろう。だからこそ昔の公安警察のような組織でも生き延びてこれたのだ。

 

...やっとここまで来た。だから晶は、核心をついた質問をした。

 

「2010年に、公安内部の情報をネットに漏洩しはったのは、あんさんですね」

「そうだよ」

 

黒幕の男はあっさりと認めた。

 

「何でそんなことをしはったんですか」

 

晶に尋ねられて、黒幕の男は、静かに手を組んだ。

 

「私は昔、公安警察、極左過激化対応の3課...今はもう改変されて、共産党関係は2課になったと聞いたな。まあ所属はいいんだ。共産党の党幹部や防衛委員を追っていた」

 

 

 

黒幕の男は現役の公安警察のときは出世頭だったという。その活動を支えたのは、ある1人のスパイのお陰だった。

 

「共産党の機関紙を配達している高校生を見かけたんだ。...丁度君くらいの。調べたら、両親が共産党員で、その子も将来は幹部候補だろうという子だった。私は偶然を装って彼に近づいた」

 

配達途中やバイト先で声をかけ、少しずつ距離を深めていく。仲良くなったら、バイト先のお勘定をその子のために多めに払ってやる。家族が入院したと聞けば多めに見舞いの金を渡したし、高校生だったその子の進路の相談にもよく乗ってあげたのだという。

 

 

 

「私が警察であることを匂わせ、共産党の資料を欲したときにはもう、その子は私から離れられなくなったんだ。両親や仲間を裏切り、野心を捨て、私の捜査に協力してくれた」

 

しかし、長年のスパイ活動はその子の心情に重たい影を落としたのだそうで。

 

次第にその子は、定職につかず酒に入り浸り、借金地獄に陥って、共産党の会議にも欠席がちになったという。

 

 

 

「私はその子に情が湧いていたから、個人的にもお金を貸していた。その子が落ちぶれていくのが辛くて、見ていられなかった。あわや共倒れみたいな状況だった。...それ以外にも、公安警察内の派閥争いやら不祥事やら家庭内の不和やら...煩わしくなって、私は公安を辞めたんだ。殆ど衝動みたいなものだ。スパイにしたその子にも1言も告げないで、逃げ出したんだ」

 

その後、黒幕の男は、探偵事務所を立ち上げてそれなりに成功していたらしい。

 

「...ある日突然、かつての上司から電話がかかってきた。私がスパイにしたその子が、自宅で首を吊ったのだと聞いた。10年間...私はその子と関わった警察時代の10年間を思い出して、涙が止まらなかった」

 

黒幕の男は堪えきれないと言いたげに立ち上がって、晶に背を向けて窓の向こうを見た。

 

「...その子は、私にあてた遺書に、"スパイはいつか必ず裁かれなくてはならないから、自分はここで死ぬのだ"と書いていた。あの子の死は私のせいだ。

 

...私は、人1人の人生をめちゃくちゃにした責任を、どう取ればいいのかと考えて...、考えて...」

 

黒幕の男は言葉に詰まったようだった。

 

「...せやから公安を、潰そうと思ったんですか」

 

晶が尋ねると、黒幕の男は少しの間を開けて首を振った。

 

「潰れればいいとまで言うつもりはない。けれど、こんな強引な捜査では...駄目だ。"民を安らかにする"のが公安の存在意義だのに、今のままではその"民"すら蔑ろにしている。

 

私はそう、君の養父...真木さんに訴えかけたことがあるよ。彼は聞く耳を持たなかったけれどね」

 

 

黒幕の男は、諦めきったような怠惰な動きで首を振った。そして晶の方に向き直ると、悲しそうに微笑んだ。

 

「君を見ていると、首を吊ったあの子を思い出す。君も公安の偽善に、...真木さんの計画に振り回されて、ヤクザなんてやらされて。最後は、自殺に見せかけて失踪した科学者を捕えるためだけに捕まるようなことをさせて、その後はあっさりとポイだ。

 

...お陰で4年前には、君は死のうとしただろう?」

 

公園で何もせずに座り続けて高熱を出した、あの日の話をしているのだろう。あれは、この黒幕をおびき寄せるための晶の演技だということを、目の前の男は知らないのだ。

 

 

「君が死なないでいてくれて良かったよ。こう言ったら失礼かもしれないが、少し罪滅ぼしができたような気持ちになるんだ。君を見ているとそれだけで、今の自分の道は間違っていなかったと思える」

「...堪忍してください」

 

それ以上は聞きたくなくて、晶は思わず口を挟んだ。

 

「気分を害してしまったかな。しかし感謝の気持ちを伝えたかったんだ。君はいつも、本当によく働いてくれているから...」

「...」

 

やめてくれ。晶は耳を塞ぎたくなった。

 

...私は今だって、あんたを裏切っとるんや。今日はあんたを殺そうと思って、懐に銃(チャカ)を入れてきた。

 

「君は、真木さんのことを裏切っていることに、罪悪感を抱いているかもしれないが...」

 

もう黙れ、と思って、晶は男の頭蓋骨に正確にチャカを撃った。どぉん、と鈍く音が響いて、男が床に崩れ落ちた。

 

...血がどくどくと床に広がるのを、晶は地獄を発見してしまったかのような心地で見つめていた。

 

 

 

 

この4年間、晶の体調は最悪の状態を更新し続けていた。不思議なことだが、千空と別れたあの日から、一度も熟睡できたことがない。疲れ果てて、やっと寝られた...と思ったら、今度は悪夢ばかり見るのだ。逃げるように飛び起きる日々だ。

 

...それなのに、起きていたって悪夢を見る。ほら、目の前に倒れている男も悪夢だ。

 

(...こんなのもう散々や。何が正しいのか分からん)

 

先程、黒幕の懺悔を聞いて、晶の心は揺れていた。

 

爺ちゃんだけでなく、撃ち殺した男にも、彼なりの正義があったということを、晶は4年間でまざまざと知らされてしまったのだった。

 

...でも、2人だけではない。電話ボックスで孤独死した仙人も、捉えられた科学者にも、彼らなりの歴史があり、彼らなりの美しい何かがあるのだろうということを晶は分かっていた。

晶は多分、他人にそれについて説明されたら、その全てを「そうかもしれん」と肯定してしまえるだろう。多分、晶の血液は無色透明なのだ。だから、彼女にとっては、人類全員に何かしらの理があるように見えてしまう。

 

...何が正しいのか分からん。もしかしたら、正しいことなんて何処にもないのかもしれん。

 

そう思えてきて心底迷った晶は、今までずっと、晶の爺ちゃんこそ絶対唯一の正義だと思い込もうとした。だから、爺ちゃんのためにヤクザになった。どんな酷いことも耐えてきた。

 

 

 

...けれど、今ではもう、そうやって思い込むことすら難しい。晶はあんまりにも疲れて擦り切れていて、ほとんど空っぽだった。

 

何も気にせずに眠れたらいいのに、とふと思った。

 

 

 

「ごめんなセンちゃん...約束、守れんかもしれん」

 

ー「ウチら、何があっても精一杯生きような」ー

いつか2人でした約束も、数秒前は、確かに守る意欲はあったのだけど。

 

「でもなぁ、ウチが生きてても、手ぇが汚くなってくだけなんよ...」

残念なことに、汚してしまったらもう元には戻らないのだ。

 

晶はチャカを自らのこめかみに押し当てて、目を閉じた。

 

「...堪忍な」

 

 

 

 

 

 

 

晶が自死を選んだその数分後に、世界を緑色の光が包んだ。その光は、人類を石化する光であり、同時に人間の死をキャンセルする魔法の光でもある。

 

いつもでも眠りたかった晶が次に目を覚ました場所が、彼女の望み通りの冥界であるのか、はたまた、ストーンワールドという名の現世であるのかは、石"神さま"のみが決めること。

 

 

 

 

おわり!

 

参考資料の数々。

カーボン

イラストでよくわかる世界一のお掃除術

外国人に正しく伝えたい日本の礼儀作法

右翼の掟公安警察の真実

潜入ルポヤクザの修羅場

公安警察スパイ養成所

あとネットでひいたものもいくつか。

 

参考にした歌は米津玄師さんの『カンパネルラ』でした

 

 

 

 

 

 

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