「んぅー……」
──朝。
気だるそうに起きるリアは、正直寝不足だったかもしれない。
たくさん寝たのに、
どうも睡眠が浅かった、気がする。
「学校……行きましょう。ね。今は」
ほうと息を吐いて、髪と服の乱れと汚れと。ぜんぶぱしぱしと掃った。
鏡の前に立ってみると、よし、昨日通り。
いってきます、と無人の家に声をかけて、そのまま外へと出て行く。
外。
リアの家の前。
ブロック塀のその先に、真っ黒いローブを着て、フードを目深にかぶって顔を隠している、
ものすごく怪しくて危なげな人が立っていた。
家から出るに出れないでいると、その黒ローブは振り返った。
「!!」
反射的に後ずさると、黒ローブは何をするでもなく、
「スネィク・バイト。特技は変化。喧嘩は弱く根性無し。……東鈴金高等学校裏山にて、談笑中」
「……え……?」
「行くならば好きにしろ。ただ、気をつけろ」
低い、相当低い、男の人の声。
かっこいいのと、怖いのとが入り混じって、変な気分。
「えっ……あのっ……!」
ちょっと、と言いかけると、一陣の旋風が巻き起こって、
その黒ローブは包まれ、消え去った。
とたたたたたたっっ
学校の廊下を走りぬけながら、リアはいそがなきゃと思っていた。
はやく、教室に。
もどかしい。
……ガラガラッ
新入生の入室に教室内は僅かに沸き上がるも、
気にせずリアはリュウとハヤトの方へ歩み寄った。
「ひっ……東鈴金高等学校の裏山です! はやくいかないと……っ」
「え、あ、へ? なに。なになに?」
「……! 早……っ」
察したらしいハヤトはただそれだけ呟いた。
バン、と机を叩いて立ち上がり、自分の机を飛び越えていち早くハヤトが教室を出て行く。
続いて涼介とダイキも教室を出る。
遅れたリュウが行き様にリアに問いかけた。
「なんだよ、一体!?」
「スネィクさんです! たぶん……リュウさんの格好してお年寄りを殴ったのは……!」
走りながら、
なんとなく黒ローブの姿が頭を過ぎった。
話そうかな、と思いつつも、
結局話さないままに、裏山へと向かう──―。
―東鈴金高等学校、裏山。
うっそうと茂る邪魔な木々、
春にもかかわらず枯れて倒れた木。
そう、満足に手入れの行き届いてないここは、夏の肝試しのスポットだ。
首吊り自殺した人間の死体が見つかるとかなんとかの噂は、流石にウソだが。
「おおォ? ホンモノさんのお出ましかぇ?」
ニヤニヤ気色悪い笑みを浮かべながら、
スネィク(という名前らしい)は無惨に倒れた木の上に座って振り返った。
……成る程。想定通りの外見でないことは確かだ。
白髪で、髪の長さはリュウとちょうど同じくらい。
背格好もよく似てる。
学ランは着てはいるが、この学校のものではない。
そんでもってちょっとリュウは苛ついた。
……こんなやつが オレに 似てた だと?
苛々して拳を握り締める。
だって、スネィクの目、ものすげー離れてんだもん。
顔の端っこに片目があって、もう片方の目は反対側の端っこについてんじゃんよ。
鼻の穴めっちゃでかいし。
口は裂けたみたいに人じゃないくらい大きい。
その中から覗く舌は無駄なほどに細い。
総合結果。
き し ょ く わ り ィ。
「──―~~ッッッ」
「おい……リュウ? だいじょ……」
「ざけんなテメェ気色悪ィんだよ!!! その面でオレん名前使ってんじゃねェぞカスァァアアァァァァアァ!!!」
「わっ。」
途端スネィクに殴りかかるリュウ。
一発目ほっぺたに命中したかと思うと、
そのまま馬乗りになってボコ殴り開始。
言い忘れたが周囲にはスネィクの取り巻きがいて、ハッとしたようにリュウを押さえにかかる。
が。
「邪魔ァすんなよ……?」
わざと威圧感のある声で言ってやって、背の高いハヤトは取り巻きのひとりを見下ろすと、
ズボンのポケットに突っ込んでいた手を抜いて鳩尾を殴った。
ブルーやダイキも加勢し、乱闘になる。
多勢に無勢かと思われたが、実は逆らしかった。
リアが思うよりも皆は強く、むしろ圧勝してた。
「馬鹿だよな、あいつら。なんかあるとすぐに喧嘩。……相当、頭コレだよね」
言いながら、頭の横で人差し指をくるくるさせてから、パーっと開いた。
……くるくるぱー、って言いたい。うん。
「……そう、でしょうか。 暴力っていうのは、なんていうか、……許されることじゃないですけど、
でも……いけない暴力、じゃない、と思うんです。……なんとなくですけど……」
困ったような、でもなんとなく優しげな笑みを浮かべて、乱闘を見守っていた。
──……暴力を、頭っから否定する人は、たくさんいると思います。
──教師をやっている方々は、たぶん……ほとんど、そういう思考を持っているのでしょう。
──でも。
──私は、なんとなくなんですけど、そうは思わないんです。
「どりゃああぁあぁあ!!」
「……ッ 痛ッ……! ってぇな……!」
「ナメんなよ……」
「よー っいしょおおぉお!」
──彼らは、とても、優しいと思います。
──暴力こそします。けれど、それはきっと、優しい暴力だと思います。
──リュウさんは自分の為に。ハヤトさんやブルーさん、ダイキさんは、リュウさんの為に。
──ほんとは暴力はいいことではないけれど、でも、人のために暴力をふるえるというのは、
一種の勇気の表れだと、私は思います。
「……よくわかんないや。 でも。やっぱりさ、あんたって、不思議な人だよ」
「そう……でしょうか。 ……えへへ?」
首を傾げるリアは、どことなく嬉しそうで。
乱闘を繰り広げている4人は、清々しそうな顔で。
涼介は、不思議そう。でも、自然と笑みが零れた。
ひとつの、微笑ましい笑顔は、苦痛に歪んだ。
リアの顔が歪んだと同時、涼介は振り返り、その苦痛の原因を睨み付けた。
スネィクの取り巻きのひとりが、リアの髪の毛を引っ張っていたのだ。
「てめェら、そこまでだ!! それ以上やッとこの女が痛ェ目見るぜェ?」
勝ち誇ったような声。
乱闘を繰り広げていた4人と涼介は、その場に固まった。
「──リア?」
ぐい、と引っ張られるリアの髪。
その耳元で下卑た笑みを浮かべる不良男がひとり。
まるで用心棒と言わんばかりにスネィクを庇う。
「──ナメてんのかよ。オレはその女がどうなったって……」
「っハヤト!!!」
ざり、と躊躇なく一歩踏み出したハヤトに、リュウが静止の声を上げる。
ハヤトが動いたその瞬間、リアの髪を余計強く引っ張りあげたのだ。
「……やめろ。動くな。……」
何故リアを庇うのか。
正直その真意はリュウ自身にもわかりはしなかったけれど、
ギリ、と下唇を噛んで右手を強く握って、
憤りを滲ませた声で言った。
「てめェ……卑怯だぞ……女ァ人質なんざ……」
「喧嘩にゃ卑怯もクソも無ェンだよ」
ニィィ、とそいつは笑って、
イー子ちゃん、とリアの耳元で囁いた。
失礼にもリアは全身に鳥肌が立ったが、振り返ることはその男の手が許さなかった。
「さァて…… どォしよッかなァ…… まずァ見せしめにハヤトかァ……?」
「……!」
ハヤトの周囲に数人が集まると、抵抗をしないハヤトの鳩尾付近を殴った。
一瞬呼吸ができなくて、酸素を求めて喘ぐハヤトに追い討ちのように踵落とし。
地に膝をつくのを踏ん張って堪えたハヤトが、リアを捕まえる男を忌々しげに見つめた。
「……クソ……」
「てめッ…… ざけんじゃねェよ……!!!」
リュウが走り出そうと動いたその瞬間、
容赦無くリアの足が払われ、膝をつかされた。
ぐい、と頭を押さえつけられる。
「いた……っ」
痛みに呻いたリアのその声に、リュウはハッと動きを止める。
仲間が殴られている。
でも動くと、──庇ってくれたリアが殴られる。
どうすればいい、とリュウは思考をめぐらせたが、いい考えが浮かばない。
―すると、リアが声を上げた。
「離……っしてください……!!!」
唐突に始まった抵抗。
けれど、男性に女性が勝てるはずもなく、
あっさり手を押さえられると、後頭部に蹴りを入れられた。
「あぐっ……!?」
視界がぐらぐらして、リアは前方に倒れ込んだ。
男はニヤァと笑ってそれを見ていたかと思うと、突如その場に崩れ落ちた。
「──―っ!? あれ……?」
「……何……が、?」
男とリアの背後に立っていたのは、黒いローブを着てフードを目深にかぶった──
「……だれ」
ダイキが短く問うた。
けれど黒ローブはそれには答えず、リアのそばに膝をつくと状態を確かめた。
気絶しているだけのようだ。
すっと抱き上げて木にもたれさせて座らせてやると、
そいつはリュウたちでさえ悪寒の感じる鋭い視線をスネィク諸々に向けた。
「お嬢様に危害を加えたな?」
「え……あ…… ははっ、な、なんだよお前……」
「 く わ え た な ? 」
「おれ……おれやってねえよ! やったのそいつだ!!!」
「見苦しい……言い訳か…… 醜いものは大嫌いだ。失せろ」
瞬間、その場から黒ローブの姿が消え去った。
「!!?」
ハヤトの周囲を取り囲んで呆然としていた男たちが、数秒もせずに崩れ落ちる。
黒ローブはハヤトのすぐ横に立っていた。
「…………」
無言のままに、黒ローブは鋭い視線をリュウへ向けた。
一瞬びくりとするリュウだが、標的はリュウの背後の人物だったようで。
リュウの背後で隙を伺っていた人物が呆気なく倒れ込む。
「強……っ」
「なんだよ……あいつ……」
絶句する二人。 否、絶句しているのは二人だけじゃない。
この場の全員が、絶句していた。
いつのまにか黒ローブがスネィクの背後に立ったかと思うと、何もしていないように見えたのにスネィクが倒れ込んだ。
気絶、 した?
「……地に伏したい者がいるなら来い」
威圧。
低い声。
身を震わせるその声に、立っていた者たちは一人残らず逃げ去った。
すべてが逃げてしまうと、残るのはびっくりしたままの5人と黒ローブだけで。
逸早く冷静を取り戻したハヤトが、去ろうとした素振りを見せた黒ローブを呼び止めた。
「……だれだよ、あんた。なんで助け……」
「わたしは貴様らを助けた覚えは無い。お嬢様を助けたまで」
「お嬢……リアのことか!?」
「知りたいならば名をくれてやろう。──我が名はタナトス」
タナトス──―死の、神。
「……てっ、偽名だろ絶対!! 親が死の神の意味を持つ名前なんてつけるかっての!」
「本名教えて何になると言う? 呼称を教えてやるだけマシと思え」
ぐ、とリュウが詰まるとタナトス(と名乗った黒ローブ)は背を向け数歩歩き出した。
「……こいつ、どうすればいい」
「あ、そう。俺ら家知らねぇし」
「じきに起きる。…………お嬢様を、頼んだぞ」
それは、今回だけの話でなく、
これからも、って意味を含めた言葉。
察した4人は小さく頷いた。
だが、5人目のハヤトだけは、頷くことはできなかった。
──リア。お嬢様? ……得体が知れねェってのに……
ひとり納得しないまま、タナトスは歩き去って行く。
だれも動くことができずに時間が過ぎて、数分でリアが起き上がると何も状況は知らないみたいで。
タナトスのことは、だれもが口にしないまま、帰路についたのだった。
.白の大鴉 ── White Raven 〝第一章 [Let's Go! ]〟 了